衛宮士郎の新たなる道
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第2話 閻魔の裁量
前書き
天神合体のアレ、外部からの協力者(OB含み)って、相当な人数用意しなきゃできないと思うんですけど?
東西交流戦。
それは川神学園学園長兼川神院総代の川神鉄心の嘗ての愛弟子、鍋山正が九州地方を地盤に福岡県に建てた天神館の修学旅行で東京に来ている生徒達からの挑戦状で始まった突発的イベントだ。
一年VS一年、二年VS二年、三年VS三年の三回戦で行われる。
昨夜の時点で既に一年戦は川神学園の敗北で終わっており、今夜は三年戦が始まっている。
『天・神・合・体ッッ!!!』
「・・・・・・・・・・・・」
武神・川神百代を倒す為、天神館OBとの協力も取り付けての妙技で挑んで出来る三年生勢に百代は意気高揚――――していなかった。
これが士郎との鍛錬以前までなら倒し甲斐が有ると興奮していただろうが、今の百代にとっては取りあえずちゃっちゃっと済ませるかと言う程度の想いしかなかった。
「川神流――――星殺しぃいいいいいい!!」
『ウォオオオオオオオオオオオオ・・・・・・』
一応礼儀として、大技で仕留めて差し上げる百代。
「ユーミン、残敵掃討宜しく~」
「了解で候・・・」
「ん?如何した矢場」
「いや、百代がいつもより覇気が少なくて驚いているので候」
「確かにその気を感じるが・・・・・・衛宮がいないからだろう」
彦一の推測が耳に届いていた百代は僅かに反応する。
「成程で候。最近百代は衛宮にべったりだから、いざ傍に居ないと寂しそうになるで候」
「そこまで露骨じゃないだろう!?」
「何だ?聞いていたのか」
「白々しい!絶対聞こえる音量で話してただろうが!」
百代の怒声をまるで涼風の様に受け切る彦一。
こと、声だけなら言霊使いの彼に分があるから、ビビる事も無いのだ。
「なら百代は如何して今日そんなに覇気が無いで候?」
「それは・・・」
「その反応、矢張り衛宮関連か。確か衛宮の家で新しい留学生を受け入れるなりなど聞いているからな。忙しいから来るなとでも言われて拗ねていると言った所か」
「ッ」
彦一の指摘により反応する百代。
それでは認めているも同然であり、まあ、事実である。
「如何やら図星の様で候」
「愛しの衛宮からつれなくされれば、さしもの武神も乙女になるのか」
「いや、それは逆ではないか候?」
「む、そうか?いや、確かに矢場の言う通りかもしれん」
言いたい放題い合っている2人に百代が怒鳴る。
「ずいぶん言ってくれてるが、その前にだ――――何が愛しの衛宮だッ!何時私が士郎の事を愛してるなんて言った!?」
吠える百代。
しかし、矢場も彦一も「ん?」と疑問を呈している様な顔をしていた。
「違うのか?」
「違うので候?」
「せんっぜんっ、違う!アイツは私にとってただの戦闘意欲の解消役にすぎない!」
「ほぉ?」
「何だその意味ありげな反応は!?」
「いや、何。と言う事は、今まで通り戦闘意欲の解消役を継続させてくれれば、衛宮が誰かと付き合おうと干渉しないと言う事かな、武神?」
「っ、当然だ!」
彦一の言葉に一瞬つまる百代だが、直になんて事は無いと言う態度で返す。
その上で。
「まあ?アイツのような朴念仁を好きになるモノ好きが現れればの話だろ?」
何やらわざとらしく笑いながら答える百代だが、明らかに意地っ張りな態度だと言うのは一目瞭然だ。
だからその態度を崩す為に決定的な事を告げる。
「そうか。武神が衛宮を異性として見ていないと言うならば、件の女性も安心だろう」
「・・・・・・何の話だ?」
「如何やら武神には話が言っていない様だが、例の衛宮の家の一室に下宿する留学生に同行者の女性がいるのだが、その同行者の女性が衛宮を会った初日に押し倒そうとしたと、シーマから聞いたものでな」
「なっ・・・・ぉ・・」
「まあ、超一流の天然ジゴロだが年齢不相応な程の節士な衛宮だ。そう簡単に流される事は無いと言えど、もし関係が深まる事があったとしても、武神が衛宮を異性として見ていないのだから何の問題も無いのだろうな」
そんな事を態と言い残して百代の傍から立ち去る彦一だが、彼は確かに見た、聞いた。
百代が黒い笑みを浮かべながら、
「人の唇を奪っておいていいご身分だなぁ・・・!」
と言う言葉を。
それに対して彦一は省した。
但し自分の迂闊な言葉によって親友の修羅場フラグを打ち立てた事では無く、自分の力不足に。
(衛宮は天然ジゴロの女誑しだが、ラッキースケベ属性など持っていなかった筈なのに川神百代の唇を故意に奪ったと?今日までそれに気づけなかったとは、まだまだ修行不足だな)
結局親友への謝罪は、心の中ですらする事は無かった。
-Interlude-
本日、藤村組本部周辺は異様な空気に包まれていた。
まるでこれから武力闘争でも起きるのではないかという緊張感にだ。
その空気の中で藤村組本部前に、黒塗りの高級車が止まった。
中から出てきたのは、まずは九鬼従者部隊のヒュームとクラウディオ。
続いてミス・マープルと九鬼英雄、そして最後に九鬼帝の5人だった。
「まさかこんな形でここに戻って来るとはな」
「父上、何か?」
「いや、単に独り言だから気にすんな。それより英雄が今回の事に付きあう必要は無ぇんだぞ?」
「いえ、今回の問題の責任は我ら九鬼財閥トップ陣営全員にあると思います。ですから如何か、御伴させてください。父上」
息子・英雄の言葉に帝は、嬉しさと自身の至らぬ所を感じる。
「嬉しいぜ、英雄!お前がそんな決意を持って此処まで付いて来てるんだ。父親である俺も少しはいいトコみせねぇと嘘だよなぁ!」
と、カッコよく藤村組本部の門を潜り敷地内に入るが、迎えの1人もいなかった。
「・・・・・・誰もいませんね?」
「今日、此処に来いって言った上でこの対応はつまり、勝手に自分の下に来いって事だろ」
「ですが案内も無しでは何所に行けばいいか・・・」
当然戸惑う英雄ですが、帝は4人に背を向けたまま言う。
「安心しろ。基本構造さえ変化してなきゃ、俺が知ってる」
「父上・・・?」
「いいからついて来い」
帝はまるで全て知っているかの様に、玄関に勝手に入ってから突き進んでいく。
勿論残りの4人も、それについて行く。
そうしてある部屋に着いた処で襖を遠慮なく開くと、そこには藤村雷画を含む数人がいた、
「ふぅむ?なんだ、来たのか」
開口一番にそんな事を言う。
「そちらの女性が近いうちに呼び出すから、予定を開けておけって聞いたんですがね?」
帝の視線の先には座禅を組んだままのスカサハがいた。
「ほう?そんな事言ったのか?」
「如何でもいい事と判断すれば忘れるのが私の悪い癖でな、すまぬが覚えておらぬ」
「っ!」
それに直接伝言を受け取ったヒュームが反応するが、すかさずクラウディオとミス・マープルが目で制止させる。
「ふむ。矢張り儂らのスケジュールのミスでは無く、お前達が単に忘れて間違えただけじゃないのか?我ら藤村組に謝罪を入れるのを忘れていた時の様に」
「っ!」
「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」
最初は神妙な顔をしていたくせに、今は全力で揶揄う気満々に人の悪そうな笑みを浮かべている藤村雷画。
その嫌味を英雄は反応しかけるも、なんとか堪える。他の4人は涼風の様に受け流した。
「まあ、招待していない招かれざる客であろうとも、何度も来られても迷惑じゃし、話くらい聞いても良いぞ?」
当然ではあるが、何所までも上から目線の態度を崩さない雷画。
それに対して下手に出続ける帝だが、漸く今夜此処に訪れた主目的へ移行させることが出来た。
「ではお言葉に甘えまして――――以前起こした我ら九鬼財閥の所業、如何か赦しては頂けないでしょうか」
「赦して欲しい・・・・・・か。今でこそ儂らは警察とも非公式的に連携を取る様になったが、極道の矜持は今も持ち続けておる。そんな儂ら極道者に許しを請うと言う事は、相応のけじめを見せねばならぬ事位は承知しておるのじゃろうな?」
「それは勿論」
「潔いな。では右か左のどちらかの腕を出せ。それで赦してやろう」
「なっ!?」
声を出して驚いたのは帝では無く、英雄。
しかし英雄が驚いたのは“話が違う”からだ。
士郎の話ではそこまで深刻な事にはならないと言っていたのに、蓋を開けてみれば腕を出せと言うけじめを強要してくる。それも世界を背負う偉大なる自分の父に。
こんな事が例えけじめであろうと許される訳がないと叫ぼうとしたところで、一瞬父と視線が合った瞬間に目で言われてしまった。
『これが俺の覚悟であり、責任。だから口を出してくれるな』と。
これに英雄は歯を食いしばりながら黙るしかなかった。
その2人を見ていた従者3人はそれぞれに思う。
マープルは、元々の責任は情報管理を徹底する事の無かった当時の自分を恥じ、呪った。
クラウディオは、自身の無力さを呪う事しか出来なかった。
そしてヒュームは、
(帝様が片腕を失えば、当然何故失ったのかの経緯を調べる者達が出て来る。そうなれば必然的に藤村組に行きつき、世間から非道だと責められるのは目に見えている。それを分からないお前では無いだろ。雷画・・・・・・!!!)
鉄心同様、生涯の強敵と認めた男がこんな事にも気づけないのかと、失望に近い怒りを感じていた。
しかし3人がどう思うと、現実は着々と進んでいく。
雷画が取りだしたのは、ある風呂敷だった。
その風呂敷から出てきたのは光り輝く――――。
((((何だあれは??))))
帝の後ろから見る4人は、雷画が取りだした物の正体が掴めずにいる。
目の前に居る帝も本来であればその様なリアクションを取っていただろうが、そんな場合では無かった。
「さて、引き返すなら今じゃぞ?」
「此処で引き返したら俺が来た意味が無い」
「いい度胸じゃ。では――――のっ」
雷画が“何か”を使って、差し出された左腕目掛けて振り下ろした。
「ぐっ・・・・・・・・・・・・?」
振り下ろされた時、激しい痛みが腕から感じたが、何故かそれだけ――――肝心の継続的な激痛と斬られた先の喪失感がまるでないのである。いや、そもそも、
「何で繋がってんだ?」
斬られた手首の先の左手を普通に動かす事が出来るのだ。
如何いう事か尋ねようとしたところ、雷画から僅かに嗤い声が聞こえて来た。
「ククク。随分とした神妙な顔じゃが、事態がまだ呑みこめんとはお前らしくないのぉ?」
「は?」
「つまりの、藤村組の方針としては随分前から今回の件はほぼ赦していたんじゃ。九鬼財閥にダメージを与えたい幾つかの企業連合やら連盟隊からの誘いを断るのも面倒じゃったしの。まあ、一応けじめとしてこの場を設けたがのぉ」
「・・・・・・・・・」
「それにしてもアレじゃの、お前のその真面目くさった面に敬語は何というか傑作じゃったわい!世界中のお偉いさん方とは喧嘩友達と、豪語していた男とは思えんほどにのぉ?」
雷画の一方的な話に帝以外の4人――――特に英雄はキョトンとしていた。
しかし帝を揶揄うような話す口は止まらず、やれさっきの場面を撮影したいから、さっきまでの一連の動きを取るのを協力してくれんかのぉ?とか、やれ撮影したらお前の喧嘩友達とやら全員に動画を送っていいかのぉ?とか、遠慮なしに言いたい放題である。
そして言いたい放題言われていると当人は、
「やっっっっって、くれたじゃねぇか。クソ爺ぃぃ・・・・・・!!」
雷画を睨みつけながら不敵な笑みを浮かべていた。
「ほ、その呼ばれ方、随分久々に聞いたわい。漸くらしい面構えに戻ったのぉ?帝ぉ~」
「んと、良い性格してやがる。つか、小僧言うな!」
「フン、言う様になったな。ところで、お前の倅が事態の把握に戸惑っている様じゃが説明――――出来る訳無いかえ?何しろ自分の黒歴史を息子に暴露するなんて、カッコつけたがりの小僧の出来る筈も無かったのっ!」
「うるせぇっ」
「なら儂が説明してやる。クラ、面倒じゃからソイツお前の糸で押さえとけ。しないなら部下にやらせるがな」
「ふざけって、クラウディオ放せ!」
「ご辛抱ください帝様」
雷画の指示通り、帝を鋼糸で拘束するクラウディオ。
それを自分の目で確認せずに英雄の前まで移動する雷画。
「確か九鬼英雄と言ったかの?」
「あっ、はい。それで、藤村雷画殿は父上とどの様な関係で?」
「帝の小僧が昔、親に将来を悲観させるほどのアウトローだったと言うのは聞いてるかのぉ?」
「はい」
「何!知ってたのか!?」
何故知られているんだと、顔だけ乗り出す帝。
「クラ、面倒じゃから口も縫うとけ」
「 !!」
自分の部下をいいように指示する雷画と、その部下当人のクラウディオに口を閉ざされたまま抗議する帝。
当然それを無視して話を続ける。
「続きじゃが。小僧のアウトロー時代、よく頻繁に出入りして所があったんじゃよ」
「 !!?」
「・・・・・・あっ、まさか、此処ですか?」
「うむ。じゃからと同年代と言う事で、主の親である小僧とよくつるんでいたのが、儂の倅である嵐臥じゃったわい。のぉ?」
「事実だが義兄弟の杯を交わした間柄でもない部外者だ。そんな奴を簡単に赦すなんて、組織としての面子に関わる事だぞ、組長」
「この件は既に話は済んでいたはずじゃ。これ以上蒸し返すな」
「・・・・・・」
嵐臥の反応を見た英雄に苦笑する雷画。
「すまぬがこんな感じでの、藤村組全体も今回の件で全員が納得してるわけでは無い。じゃから次はこうはいかぬ。笑い話のように空気は切り換えたが、次は今度こそ腕を貰うぞい」
途中からの言葉は、何時の間にかクラウディオの拘束が解かれた帝へ向けてだった。
「重々承知してるぜ」
「なら、いいがの」
2人の会話に英雄は自らの至らぬさを自覚させられた。
雷画が笑い話風に空気を切り替えた時、英雄は安心ではなく憤りが込み上げたのだ。
そんな笑い話にするほどの事なら、なぜもっと早く話を付けてくれなかったのかと。
今回の件は全面的に自分たち九鬼財閥が悪いのだとしても、そんな笑い話で片づけられる事でどれだけ父上が苦しんだと、そう考えていたのだが今思い至ったのだ。
組長殿が笑い話の様に切り替えたのは、無理矢理ついて来て、先程まで切羽詰っていた自分を安心させる為なのだと。
(姉上はカッとなりやすい自分の性分を反省していたが、我はそれ以下だな)
今のやり取りは高度な腹の探り合いと言う点では初歩の初歩だろう。
その程度の真意に気付けないとは――――と、自嘲するしかなかった。
そんな時英雄はある事に気付く。
(確か今夜の交流戦メンバーで士郎は列席されていなかった筈・・・。てっきりこの場に同席するためと思っていたが違うのか?)
そう考えていた時、雷画が自分達に尋ねる。
「主ら、飯は如何する?」
「ん?戻ればあるだろうが・・・もしかして用意してんのか?」
「うむ。そろそろ出来るはずじゃ、食う気があるなら食ってけ」
「オイオイ大丈夫か?俺達は舌が肥えてるし、味について厳しく批評させてもらうぞ?」
「厳しく?出来るならな」
余程これから出てくる料理に自信があるのか、帝の言葉に怯むどころか驚くなと言わんばかりに胸を張って言葉を返す雷画。
そこへ幾人もの女中が入り、料理を並べて行く。
最後に和服姿にたすき掛けをした、料理人服姿の士郎が入って来る。
「今夜の夕食の調理を任されました。衛宮」
「士郎!?」
「最後まで自分で名乗らせてくれよ」
士郎の登場に思わず立ち上がる英雄だが、当人は紹介を妨げられて嘆息する。
その士郎の登場と料理にクラウディオが思わず微笑む。
「御噂は聞いています。衛宮士郎様が調理される料理はどれも絶品だと」
「お褒めに与り恐縮です。私もクラウディオ・ネエロ殿のお話は英雄からかねがね」
「私の様な雑排の身をお記憶に停めて下さっていたとは、私の方こそ恐縮次第でございます。衛宮士郎様」
「いえいえ」
「なんのなんの」
そのやり取りを見ていた6人(嵐臥は料理が運ばれる前に退出した)は、折角用意された食事が進まないので、席に着いて食べ始めた。
「おっ、こりゃ旨ぇっ」
「そうじゃろそうじゃろ。何と言っても士郎が作ったんじゃからな!」
「この鮎のかば焼きなんて、黒糖焼酎が欲しくなりますよ」
「・・・・・・・・・」
帝とマープルも士郎の調理した料理に対して絶賛する中、ヒュームだけは無言だった。
別に口に合わなかった訳では無い。寧ろ、帝とマープルに同意出来る程の味だった。
ただヒュームの性格上、他者を――――しかも初対面の相手の賛辞を口にするなど、したこともない上、する気も無いからだ。
(高級食材を使わずこれほどの味を仕上げるか。確かに噂に勝るとも劣らぬ腕ではあるようだな)
だから心の中だけで思うだけ。
そんな緊張が緩みまくった空間――――ちょっとした宴の席で、帝が気にしていた事を聞く。
「つか、そこの絶世の美女は誰なんだ?まさかとは思うが、爺さんの愛人か?」
「ほぉ?面白い事を言う小僧だ」
帝の揶揄うような言葉に対して返答したのは雷画では無くスカサハだった。
口元は不敵に笑っているが、目は全く笑っておらず、猛禽類の如き鋭さだ。
ちょっとした冗談で言っただけの当人たる帝は、睨まれただけで心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。
「グッ!?」
「儂の顔に免じて許してやってくれ。この無謀者はまだまだ世界を知らない井の中の蛙なんじゃ」
「許す?この程度で私が怒りに身を焦がしたとでも?」
「・・・・・・・・・・・・」
「その辺にしてください、師匠。折角の空気が壊れかけてます」
「士郎まで本気にしたのか?今のはちょっとした冗談のつもりだったんだがな。私としてもシャレは分かる」
スカサハの言葉に帝はほっとしたが、ある事に気付く。
「今俺の事小僧って言わなかったか?」
「ん?言ったが?小僧呼ばわりされるのは好かんのだったか」
「いや、そうじゃなくてだな・・・」
如何いう事かと、雷画に視線だけで説明を求める帝。
その雷画は従者3人に視線を向けて言外に言う。
『魔術に関わる事だが、説明していいのか?』と。
それに対して答えを返そうとした3人の前に空気を読んだ帝が、
「魔術に関する事なら説明してくれていいぜ?英雄にだけは教えたからよ」
「「「帝様!!?」」」
従者のトップ3人も知らなかった事をサラッと暴露した。
「正式に俺の跡継ぎを英雄に決めたわけじゃねぇけどよ、3人の内誰か1人くらいは言っといた方がいいんじゃねぇかと思ってよ、教えたんだ」
「勿論我もこの事は他言無用と教わったので、言いふらす気は無いぞ?」
「言い含めた事は兎も角、倅にだけ教えた本音は?」
「そりゃ、そっちの方が面し――――俺の決意よ!」
「「「・・・・・・・・・」」」
毎度のこととは言え、従者3人は溜息をつき、雷画は呆れていた。
「見繕わなくても本音が見据えておるぞ?お前の人生観そのものじゃな・・・」
「ですがそんな中にも勝算はある筈です。父上は要所要所では常に勝者だったと聞き及んでおりますので」
「・・・・・・大した信頼関係じゃな?」
「いいだろぉ!で?そっちの女性は魔術と如何いう関係があるんだ?」
「・・・・・・」
雷画が視線で自分で言えと、スカサハを促す。
それに彼女は面倒そうに溜息をついてから言う。
「影の国の女王にして神殺しの不死者と言えば理解できるか?」
「「?」」
「何だって!?」
「何ですと!?」
「何っ!?」
スカサハの言葉によく解っていない九鬼親子に対して、従者3人は驚愕していた。
「馬鹿言うんじゃないよ!神代が終わりを迎えてから影の国だけでなく、アヴァロンなどの現実との境界線は相当強固なものだ。不死の神殺しどころか、幻想種だっておいそれと現実の世界には来れない筈だ!」
「例え来れたとしても相当な制限がかかる筈です。そんなリスクを負ってまで、現実に顕現したい魅力など無いと思えますが・・・」
「事情が色々あってな、意図なく来てしまったのだ。確かにクラウディオの言う通り制限が掛かったが、それもだいぶ解けた。それに無理して還る必要も無いのでな、暫く留まることにしたのだ」
「「・・・・・・・・・」」
正直、言葉も存在をも信じられない2人だが、当人であるスカサハは、
『信じるか否かは好きにし』
と、最低限の説明はした為に食事に戻った。
それを聞いていた従者3人の内の最後の1人であるヒュームにとっては、真偽などどうでも良かった。
説明をしていた時のスカサハから感じた圧倒的強者と女王の風格は、(表の)世界最強の座に君臨するヒュームに無意識的に武者震いさせるとともに意気高揚させるものだった。
それを説明が終わった直後に初めて自覚したヒュームは、自制出来ぬまま、戦意を滾らせんがらスカサハを見る。
当然それに気づいているスカサハは、溜息をつく。
「小僧、それで私を口説いているつもりか?」
「クク、影の女王にかかればオレも小僧扱いか。フン、確かに今すぐにでも殺し合いたいものだが、応じてくれると?」
「オイ、ヒューム」
「これ、殺戮執事」
空気を読まずに血気盛んなヒュームを止めようとする双方のトップ2人だが、意外にもスカサハ本人がそれを諫める。
「構わぬ。雷画から小僧は根っからの戦闘狂だと随分前に聞いた事もある。そんな無頼漢が強者を前にして高揚してしまうのは致し方ない事よな」
「理解への判断感謝するぞ。女王よ・・・!!」
つまり応じてくれるのだと立ち上がろうとするヒュームだが、しかしと。
「だが今は宴の席で、私は玉座にて夕餉を楽しんでいる女王だ。その私から褒賞を賜りたいのであれば、まずは洗礼を見事受け流してみせよ」
「洗れ・・・・・・!?」
突如自分の異変に気付くヒューム。
乳様突起、人中、こめかみ、喉ぼとけ、顎。
人体の急所で特に狙われやすい幾つかの内、五ヶ所に尖端の針の代わりに吸盤の付いた玩具のダーツがいつの間にかに張り付けられていた。
「・・・・・・・・・」
それらを瞬時に引き剥がしてスカサハを睨み付けるヒューム。
当人は汁物を吸ってから気だるげに答える。
「魔術は使っておらぬぞ?」
「それ位は分かる。つまり賜われぬと?」
「貰えないなら奪えばいいと言う考えもあるぞ?だがその考えを雇い主の親子と、旧友兼同僚からの理解を得る他ないが」
「・・・・・・・・・」
周囲からの視線が強いのが容易に解る、つまり不可能である。。
これには断念せざる負えないヒュームだったが、スカサハからのまたも意外な言葉があった。
「私は大概暇を持て余している。何時でもとはいかぬが、貴様との都合が合えば相手をしてやれることもあるだろう」
「・・・・・・・・・ッッ!!」
明らかに士気を取り戻したヒューム。
それを旧友兼同僚の従者2人が仕方ない奴だと、ほとんど同じような反応を見せる。
そんな3人とは違い九鬼親子は、魔術の話になってから人払いしたこの部屋で何度も出入りを繰り返している唯一の人間である士郎に注視していた。
「なあ、爺さん」
「ん?」
「あの少年」
「自己紹介しただろう?儂から言うのも変な話じゃが、好きに呼んでいいと思うぞ?」
「じゃあ、衛宮士郎も魔術について知ってるのか?」
帝の言葉に同じように疑っていた英雄は勿論、従者3人も注目する。
それに対して雷画は何と、
「と言うか魔術師――――魔術使いじゃ」
「「「「なっ!?」」」」
「もっと言うなら十日前と一月前ほどの騒ぎを治めたのも士郎じゃ」
「「「「はっ!?」」」」
まさかの爆弾発言に英雄と従者3人は驚きを隠せない。
勿論帝も驚いているが、それ以上に、
「ほぉ~?そいつは驚きだが、今迄魔術師の存在をひた隠していたのに、如何いうつもりだよ?噂じゃ、衛宮士郎は爺さんのお気に入りなんだろ?それが実は魔術師だったと明かすなんて、如何いう魂胆なんだ?」
「フン、単にお前達にも事の重要性を明かしといたほうが良いと判断したまでじゃ」
「なら俺達が知らなかった2件の騒ぎの事情についても明かしてくれるわけだ。なら早速説明してもらおうか」
「それは私の口から直接説明させて頂きます。九鬼財閥総裁殿」
何時の間にか雷画の横に正座していた士郎が答える。
「そんな肩っ苦しい呼び方しなくていいぜ?衛宮し、いや士郎って呼ばせてもらうぞ。お前さん、英雄のダチなんだろ?なら俺も帝で良いぜ?」
「では帝さんと」
「おう、それでいいぜ。じゃあ、聞かせてもらおうか?」
「では、少々お時間戴きまして、まずは――――」
-Interlude-
今現在、九鬼メンバーは九鬼極東本部へ帰還のために車内にいた。
しかも全員助手席又は後部座席に。
行きはクラウディオが運転していたが、今運転しているのは何と士郎だ。
理由は英雄以外全員酒を口にしているのと、自分が運転して送っていくと言う士郎の提案に甘えた格好だ。
その運転中の士郎を英雄以外の4人は値踏みしながら、自分達が知る事の出来なかった事情説明の時の事を思い出す。
シャドウサーヴァントの顕現している所からの推測による原因。
ゴールデンウィーク前に起きた、事件の全容。
先月起きた騒動にて、藤村組で出来た知り得る限りの情報と戦闘内容と結末。
それらを話し終えた後、自分達の協力が必要不可欠なのかと揶揄い交じりに雷画に言った帝だが、藤村組としては別に頼る所は九鬼財閥しかない訳では無いと突っぱねて、寧ろ、士郎と言う魔術師的戦力を借りたいなら高くつくぞと揶揄われた事も思い出す。
(思い出すだけでも腹が立つ。何てむかつく笑顔だったんだあのクソ爺ィ・・・!)
そしてヒュームは強敵である鉄心の怠慢に憤る。
(孫の教育と指導に失敗し、剰え他者に頼るとは。何と言う無様さか)
三つとも関わっていた百代の件についても話をしたことで、呆れを隠せずにいたが、今はそれ以上にヒュームだけでは無い4人の興味の中心は士郎その人だった。
クラウディオは値踏みと言うよりも力に溺れない強固な精神に感心し、マープルはさらに魔術使いとしての力量に興味を持ち、残りの2人はまるで楽しそうな玩具を見つけたように見ています。
事実帝は、
『爺さん!士郎を九鬼に入れてみな』
『断る』
『いいじゃねぇ』
『却下』
『減るもんじゃ無ぇし』
『減る』
なんて応酬があったぐらい気に入ってしまっている。
そして矢張りヒュームは士郎の戦闘力についてだ。
弓の才能は兎も角、それ以外は自分や百代と違って才能の無い士郎が無理矢理見事壁を越えた愚直なまでの努力し続ける姿勢などに興味関心が尽きない様子だ。
その4人の視線をものともしない士郎は運転しながら英雄と話している。
「――――それにしても士郎がまさか魔術師だったなんてな、何故隠していたんだ?」
「いくら親しいからと言って、ベラベラ話広める事は出来ないし、するべきじゃない。本来ならお前が知るべき世界じゃない。帝さん本人だって、つい最近教えられたばかりなんだろ?」
「むっ」
「それにお前は何れ世界を背負うんだろ?そんな人間でも知るべき情報と知らずにいるべき情報があるんだぞ?」
「・・・・・・後者だと言いたいのか?」
「当然」
「言い切るのだな・・・」
「英雄が教わった魔術の情報は裏社会と繋がっていると言うか、その最深部の入り口みたいなものだからな。そこに近づくと言う事は死へのリスクが大きく高くなるだけだ。余計な世話かもしれないが、これでも心配してるんだぞ?」
「ぬぅ・・・」
隠されていた事には不満があったが、最後の一言に黙る英雄。
矢張り魔術師だろうと士郎は士郎、そう完結させたのだろう。
しかし当の士郎は英雄の感情にお構いなく、彼以外の4人に言葉を向ける。
「それはそれとして、雷画の爺さんはああは言いましたけど、魔術の件での仕事を頼みたければ言ってください。極力引き受けますから」
「おっ、ホントかい?それは助かるねぇ」
「ですが条件があります」
「条件?」
「おっ、金の話か?正直意外だが、幾ら欲しいんだ?」
「俺はそこまで望みませんが、少なすぎてもアレなんでしょう。ですからそちらは雷画の爺さんと折衝しあってください。――――俺の条件と言うのは弟分や“家族”に手を出した場合、容赦なく敵に回ると言う事です」
士郎の言葉に面喰らう一同だが、帝とヒュームが凄く楽しそうに返す。
「又もや意外だな。温厚そうに見えたが、まさか条件どころか脅迫してくるとは」
「喧嘩を売っていると言うなら、極東本部に到着次第喜んで買ってやるぞ?影の女王の洗礼だけでは欲求不満だったからな」
「受け取られ方はどうとでも。ですが事前に宣言しておかないと舐められそうだったので」
士郎の返答が余程痛快だったのか、帝は笑いながら言葉を続ける。
「俺とヒュームの挑発にも臆せず冷静に返す・・・・・・か。やっぱ、お前好いな!将来なんて言わず、明日から九鬼財閥に来ねぇか?」
「お誘いは光栄ですが、将来の選択肢の一つとして検討させて頂きます」
「のらりくらりと躱すか。けどな、俺は気に入った奴は絶対逃がさない主義だから、覚悟しとけよ・・・!」
「世界の九鬼の総裁に、そこまでご評価して頂けるのは誠に恐縮です――――が着きました」
言葉通り九鬼極東本部前に着いた車から、九鬼陣営に此処まで運転してきた士郎も降りる。
「送ってくれてアリガトよ。けどホントに1人で帰る気か?」
「ご心配には及びません。魔術師としての見回りがありますから」
そう言うと一瞬で、髑髏の仮面に赤い外套の正体を隠す魔術使いの衣装を転送させて身に包む。
士郎の魔術は投影では無く、自宅地下にある剣や槍などの形をした魔術礼装の転送と説明している。
流石にそこまで手の内を明かすべきでは無いと言うのが、士郎と雷画とスカサハの3人の議論の末の結論なのだ。
そして当の九鬼陣営は、帝とヒュームは直感的に嘘だと理解し、マープルとクラウディオは知識から偽りだと見抜き、目の前で実演を見た上で改めて再認識した。
だがその事を理解しても、それ以上突っ込む事は無い。
無理矢理な情報開示要求などすれば、今回の件がまた蒸し返されると考えての事だからだ。
ちなみに、英雄には魔術的知識も乏しければ、観察眼も直感も前者2人に比べれば劣っているので、疑う事すらしていなかった。
とは言え、決して英雄が不甲斐無いのではなく、彼以外の4人が人外なだけである。
閑話休題。
「オイオイいいのかよ?それってお前の魔術師としての戦闘衣装なんだろ?九鬼極東本部前で姿晒して」
「ご心配には及びません。車から降りた後、直に公式非公式関係なくの全監視カメラの位置と角度の把握も完了させましたし、従者や社員の皆さんの視線の把握も終えています。と言うか、今立っているこの位置が今この時ばかりの唯一の死角です」
「フン。それに気づけるとは大した小僧だ」
「お褒めに与り光栄です。では皆さん、今夜はこれにて失礼させて頂きます」
挨拶した直後にその場から夜闇に消える士郎。
それを見送った帝が感想を聞く。
「如何だ?」
「申し分ありませんね。魔術使いが必要な時には士郎ボーイに頼むのが得策かと」
まずはマープルが。
「クラウディオは?」
「完璧かと。流石は藤村雷画殿のお気に入りと言えるでしょう」
「ふむ。ヒュームは?」
「魔術師としての事で言えば門外漢なので正式な評価は出来かねますが、どの様な戦闘をするのか興味が尽きませんので、許可さえ戴けるのなら是非とも戦闘したいものです」
「お前がそこまで言うなんてな。とは言う俺も気に入ったが――――ともあれこれで正式に始められそうだな?」
「はい。――――長年の夢と僅かな希望、武士道プランを表舞台に押し上げる時です」
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