大淀パソコンスクール
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節目の日
夜
「それでは良いお年を」
「カシワギ、また来年に会おう!!」
今年の業務のすべてを終えた大淀さんとソラールさんが、教室を後にした。残されたのは俺一人。俺にはこの後、今年最後の大仕事が待っている。まさか今年の仕事納めを、あんな賑やかなヤツと共に過ごすことになろうとは……ここに来る前は、思ってもみないことだった。
川内がやってくるまではまだ時間がある。俺は、昼間にソラール先輩の指導の元、神通さんが作成した『Pizza集積地 商品別売上集計表』のExcelファイルを開いてみた。本当はAccessを進めなきゃいかんのだけど……誰しも、腰が重い時ってあるよね。
「おお……がんばったな神通さん」
『Pizza集積地 商品別売上集計表』はしっかりと完成していた。俺が見学していた時に苦戦していた、前年比のところの条件付き書式はもちろんのこと、月別で一番売れたメニューの強調表示。そして月別の売上の縦棒グラフと、売上構成比の円グラフ……きっかりと文句なく仕上がっている。
改ページも問題ない。キチッと表とグラフの境目で次のページに切り替わるように設定されているし、その印刷区域もきちんと紙の中央に配置されている。ヘッダーとフッターにもページ数と印刷する日付、そしてページ数が入っていてバッチリだ。
『神通……俺だけの太陽……!』
『先生……いや、提督……私の……私だけの提督……!!』
ああやって、ただ二人で異世界ランデブーしていたわけではなかったのか……ピンク色の空気を展開して遊んでいただけではなく、やることはきちんとやる……恐るべしソラール先輩。伊達にヘンタイ太陽戦士なわけではない……。
だけど、思えばあの人にも世話になった。
あの人を初めて見た時の衝撃は今も忘れない。なんせ教室に入ったら、二人のおじいちゃんと一緒に、胸に太陽のイラストを備えたコスプレ野郎がいたわけだから。しかもそのコスプレ野郎は、授業中は妙な歩き方で教室内をうろうろと歩き回るし、突然意味もなく前転しては、背中から着地して『ガチャドチャリ』とか音立てるし……正直、あの非常識さは治したほうがいいんじゃないか……と今でもよく思う。あの姿に慣れてしまって、もうこの教室の名物のような気がしてきている今でさえ。
でも、あの人の仕事にかける情熱は本物だし……何より、俺は大切なことをたくさんあの人から教わった。どんな話でも強引に太陽に結びつけていくあの話し方は玉にキズだが……あの人に対しては、ドン引きと同じぐらい、感謝の気持ちでいっぱいだ。
と妙にしおらしい気持ちを胸に抱く。きっと今日が、今年最後の勤務日だからだ。今年一年の……というより、この教室で働き始めてから今日までのことを、つい思い出してしまう。やはり最終日ともなると、普段とは気分的に違うものなのだろうか。
時計を見る。午後7時5分前。いつもどおりなら、奴がそろそろやってくるはずなのだが……
「……!?」
……フと、教室内の温度が下がった気がした。温度計を見る。室温は23度。決して低い温度ではない。だか、体感では2度ほど室温が下がったような……そんな感覚を覚える。
「……何事だッ!?」
コレは異常事態……まさか……奴が来たのか! ヤツを取り巻くヘンタイ夜戦バカの殺気が、ヤツを待つこの俺の皮膚に寒さをもたらしているというのか……ッ!?
立ち上がり、入り口ドアのドアノブを見る。異常は……ない。ノブが回された形跡もなければ、ガチャガチャと向こうから触れられている感覚もない……強いて言えば、あの夜戦バカの殺気が、ドアの隙間からドライアイスのようなもくもくとした煙状となって室内に侵入してきているぐらいか。だが。
「……静か過ぎる……ッ!?」
そう。静か過ぎる。室温が下がり殺気が侵入しているというのに……ヤツは必ず近くにいるはずなのに、静か過ぎる……奴は……川内は一体何をたくらんでい
「わッ!!!」
「ひゃぁあんっ!!?」
背後からの突然の大声。無防備の俺の鼓膜に容赦なく届く不意打ちの衝撃……俺の肝が無意識に反応し、脊髄反射で情けない悲鳴を上げた。腰が砕け、両足がへなっとしなり、俺は腰からガクンとその場に崩れ落ちてしまった。
「あひゃひゃひゃひゃ!! 相変わらずせんせーの悲鳴が情けないっ!!」
苦労して振り返った俺の背後には、腹を抱えて涙目で可笑しそうに笑う、夜戦バカの川内の姿があった。ドアは閉じているというのに、一体どこから入ってきたのか!?
「お、お前……ッ!!」
「ん? なにー?」
「どこから入ってきた!? ドア開いてないぞ?」
「デュフっ……あっち!」
まるでネオンいっぱいのブロードウェイの夜景のような眩しい笑顔を見せつけながら、川内は自分の後ろを振り返って、教室の窓をビシッと指差した。指差した先を視線で追っていくと、教室の窓が一箇所、開いていた。
「窓から侵入したのかッ!?」
「いや、今年最後だから、せんせーをびっくりさせたいなぁと思って!」
「意味が分からんっ! そもそもちゃんとドアから入ってこいって!」
「えー。だってそれじゃせんせーをびっくりさせられないじゃん」
「びっくりさせなくていいんだよっ」
「夜戦だよ? 相手をびっくりさせるのは夜戦の基本だよ? “兵は詭道なり”だっけ?」
「意味違う。絶対に意味違うっ。第一、夜戦じゃないし勝ち負けなんてないんだよっ!! いいから早く窓閉めてこいって寒いんだからっ!!」
「ちぇー。ぶーぶー!!」
口をとんがらせブーブーとブーイングをかましながら、自分が侵入した窓を閉じに行く川内。そっか……急に寒くなったのは、あいつが窓を開けたからか……しかしどうしよう……腰が抜けて立てない。
「ちぇ〜……これじゃ夜戦に勝てな……って、どうしたの?」
未だに腰が抜けて立てない俺を見て、窓を閉じて戻ってきた川内が俺を見下ろす。きょとんとした眼差しが妙に綺麗で、それがまた俺の神経を逆なでしてくる。
「川内、手」
「ん? て?」
「手!」
「私のカシワギせんせーは甘えん坊さんだなぁ」
「誰のせいだよ侵入者のくせにッ!!」
くっそ……俺が腰が抜けて立てないのをいいことに、俺の頭を優しくなでなでしてきやがる……腹立つなーこいつ。Hello Worldの喜びを思い出させてくれた恩は感じているが、今日のこいつはやることなす事、いちいちムカついてくる……ッ!!
ムカつく笑顔と共に差し出された川内の手を借りて、俺はなんとか立ち上がった。まだ腰がちょっとガクガクしてるが、しばらく安静にしていれば元に戻るはずだ。腰が砕け落ちてしまわないよう細心の注意を払い、俺は川内を教室へと案内した。
「せんせーの腰、つっついていい?」
「やったら『侵入者よッ!? 侵入者に襲われているわッ!?』て大騒ぎするからな」
「ひどっ」
川内をいつもの席に座らせ、俺はその隣に座る。さっき川内がいたずらの為に窓を開け放っていたせいで、教室内は若干寒い。だが川内はそんなことまったく意にも介さないようで、まさに精一杯立ち上がってる最中のPCのモニターを、相変わらずのブロードウェイスマイルで瞳をキラキラと輝かせながら凝視していた。
こいつとも、もうそこそこ長い付き合いになるけれど、結局何も変わらないままだなぁ……初めての授業のときから何も変わらない、あの時の、賑やかでうるさくて、夜戦にばかり気が行く、夜戦バカのままだ。自分の席のパソコンにも電源を入れた後、うるさいほどに眩しく笑う川内の横顔を眺めながら、俺はそんなことを考えてしまう。
「……あ、そうだせんせー」
「ん?」
「今日は予定を変更したいんだ」
「お? なんか作りたいものでもあるのか?」
「うん」
自分の足元のメッセンジャーバッグを開き、川内はその中にもぞもぞと手を突っ込んで、一冊のファイルを取り出した。そのファイルを開き、中身を見せてくれたのだが……中にはたくさんの人の住所氏名、そして電話番号が記載されてある。
「今年はもう年賀状書いちゃったけど、確かWordでも年賀状作れるよね?」
「作れるな」
「んで、先に住所のリストを作っとけば、それを読み込んでWordで相手の住所の印刷出来るんでしょ?」
んー? 差し込み印刷のこと言ってるのか? 確かにExcelかWordのどちらかで住所録を作っておけば、それを読み込んではがき印刷に繁栄させることが可能だが……。
「まぁ、出来るな」
「だったらさ。今日のうちに住所録を作って、それを来年の年賀状とか暑中お見舞いとか、夜戦お見舞いとかに使えるかなーと思って」
「一つだけ妙なものが混じってた気がするけど、確かに一回作っちゃえば来年以降使い回しが出来るから楽だな」
「うん。だから今日は住所録作ってもいいかな」
なるほど。住所録の作成に集中してくれるのなら、俺もAccessのフォーム作成に集中できる。それに、WordじゃなくてExcelで住所録を作らせれば、川内にとってもいい気分転換になるかもしれん。そろそろWordだけじゃなくてExcelの使い方を学ぶことも視野に入れていいだろうし。
「わかった。んじゃ今日は、WordじゃなくてExcelで住所録を作るか」
「おっ。さすがせんせ! 物分りがいい!!」
「そこはフレキシブルって言わないと、ただの悪口になるから注意な? んじゃ、Excelを立ち上げてみてくれー」
「はーい」
俺の忠告が川内の心に響いたのかどうなのかはよく分からんが……こいつはいつものようにスタートボタンを押してタイルを表示させ、WordのタイルのそばにあるExcelのタイルをクリックした。
「……なんか変な感じ」
「なんでだ?」
「いっつも青色のタイルをクリックしてるからさ。緑のタイルをクリックってのがどうにも……」
「まぁなぁ」
ほどなくして立ち上がるExcel。川内はExcelのウィンドウを最大化し、画面いっぱいに表示させた。画面いっぱいのマス目に圧倒されたのか、急に不安げな顔でこっちを見つめはじめる川内。だから、そういう普通っぽい反応するの、やめろって……。
「せんせ〜……よく考えたら私、Excelの使い方わかんない……」
「そういや、Excelなんて全然触ったこと無いもんなお前……」
「うん……どうしよ……」
仕方ない……今からExcelの使い方を覚えていたら出来るものもできなくなる……
「川内、ちょっと席代われ」
「うん?」
「俺が簡単にフォーマット作るから。ちょっと代われ」
「いいけど、フォーマットって?」
「大元。いいからちょっと代わってみ」
川内が頭に大きなはてなマークを浮かべながら席を立つ。俺が川内の席に座ると、こいつは俺が座ってた席には座らず……
「お?」
「ん?」
俺の席の背後に立ち、俺の両肩に両手を置きやがった。『座れよ』と文句を言おうとも思ったが、こいつの手の感触が、じんわりと心地よい。
「……まいっか」
川内の笑顔に背後から見守られる中、おれはちゃっちゃとフォーマットを作成していく。名前、よみがな、郵便番号、住所、電話番号、メールアドレスの項目を作り、それぞれに入力規則を設定してやった。よみがなの部分は関数を利用し、名前のフィールドに漢字で名前を入力すれば、自動でよみがなが入るように設定しておく。こいつが少しでも、早く正確に、そして楽に住所録を作成出来るように……
その間、川内はじっと黙って俺の操作を見ていた。何か感じるところがあったのか、時々俺の肩をつかむ手に力が入っていた。本音を言うと、ちょっとこり気味だったから、そのまま肩を揉みほぐしてくれても良かったのだが……そんなことを言おうものなら、セクハラオヤジに転落してしまう気がして、すんでのところで口走るのを我慢した。
数分の俺の奮闘の後、完成した住所録フォーマット。念の為俺は、出来上がったフォーマットを川内の保存フォルダに保存しておく。あとは完成したときに上書き保存さえしておけば、これが消えることはない。
「うっし。元は作った。だからあとは、お前が自分で住所と名前と電話番号を入れていけ」
「ホントに?」
「色々と小技も使っておいた。これなら入力もだいぶ楽になるはずだ」
「ありがと!」
俺は席をたつが、川内は俺の肩から手を離さない。わざわざ俺の右隣に来て、俺の右肩から手を離さずに、嬉しそうに俺を見上げていた。
「うわー……改めてこうやってみると、せんせーおっきいねぇ」
「そか?」
「うん」
いや、そんなに背が高い方じゃないけどな俺……背が俺の首筋より少し上ぐらいしかない、川内の方が背が低いんじゃないかと思うんだが……俺は川内が肩から手を放すのを確認した後、隣の自分の席に戻る。OSはすでに立ち上がっていて、スタンバイOKの状態だ。
「なぁ川内?」
「うん?」
川内はちょうど自分の席に座り、今まさに入力を始めようとしているところだった。見慣れたWordじゃなくてマス目模様にExcelだというところに不安を感じているのか、その表情は、珍しく若干引きつっている。気にせずガンガン打てばいいのに。こいつも緊張することなんてあるんだなぁ……。
自分のOSが立ち上がってることを確認した後、Accessのタイルを探してダブルクリックする。画面に表示されるAccess立ち上げ中のアニメーションを無視し、俺は隣の川内を振り返った。今日のうちにフォームだけでも作っておかないと……
「この前『夜戦しますか?』てやつ、俺やってたろ?」
「ぁあ、あれ? 楽しかったよねー」
「俺は今日もあれをやらにゃいかん。分からないところは聞いてくれて構わないから、おれも作業を進めてもいいか?」
「いいよ。でも分からないところはちゃんと教えてね?」
「おう」
「生返事しないでね」
「おーいえー」
……お、ちょっと緊張がほぐれたか。川内の表情がすこーし柔らかくなった。
俺はそのままAccessを立ち上げ、作成途中の業務基幹ソフトを開いた。なんとか今日中に生徒情報閲覧フォームだけでも作っておかないと……
「ねーねーせんせー」
「んー?」
「入力の仕方がわかんない」
……あ、そういえばExcel初体験なんだっけ。Wordとは少々勝手が違うし、そらちょっと戸惑うな。うかつだった……。川内の画面を覗き見た。一人目の名前の項目がアクティブセルになっている。
「緑の枠に囲まれてるマス目があるだろ?」
「うん」
「キーボードで文字を打ったらそこに入力されるんだ。打ってみ」
「はーい……お、入った」
「入力が終わったら、タブキーを押してみな。緑の枠が右に動く」
「ぉお。ホントだ」
「それで1マス1マス、ゆっくり打っていけ。慣れてきたら、スピードを上げるんだ」
「はーい」
これでよし……隣の川内のキーボードから、少しずつ軽快な音が鳴り始めた。川内自身は……よし。いつもの顔で画面をジッと見つめはじめたな。作業に没頭しはじめた時の顔だ。これなら、俺はAccessに専念出来る。
俺はそのまま、自分の画面へと視線を移した。Accessはすでに準備万端。作成中のデータベースを開き、俺は作業に入る。テーブルを開くと、中にはすでに既存のデータベースから移植したデータが表示されている。あとはこれを元にフォームを作成すればいいわけだ。よーしよーし……
「ねーせんせ?」
「んー?」
「タブキー押して右に移動してたんだけど、最後のマスのとこでもタブキー押すの?」
「エンターキー押してみ」
「はーい……おおっ。次の行の一番最初に戻った!!」
「んー」
川内の方から再びカタカタというキーボードの音が鳴り始めた。よしよし。川内の作業は順調。俺はそのまま川内の方を確認せず、自分の作業に戻ることにする。
Accessにはフォームを自動で作成してくれるフォームウィザードがある。既存のテーブルかクエリを選択すれば、それを元にAccessが最適なフォームをデザインしてくれるというわけだ。なら、今回はそれでフォームの大まかな形を作って、それを元にして形を仕上げていくか。
俺は素早くフォーム作成ウィザードを立ち上げ、必要な設定を済ませていく。ところどころ意味がよくわからないが、そんなところはとりあえず適当に進めればいい。うまくいかなければ、また一から作り直せばいいわけだ。こんな時は、迷わずに進める。結果を見て、まずければ修正。その精神が大事だ。
「ねーせんせー」
「んー?」
「せんせーの家の住所も入れていい?」
「んー」
「ありがとー」
川内の軽快なタイピングの音が鳴り響く。ウィザードで出来上がったフォームは……備考欄がない。失敗か。ならばもう一度。俺は出来上がったフォームを削除し、再度フォーム作成ウィザードを立ち上げ、もう一度フォームを作成し直すことにした。きっとフィールドの選択を間違えたんだ。どうせあとで調整するんだし、ケチらず全部表示させてやる……
「ねーせんせー?」
「んー?」
「大変そうだね。難しい?」
「んー」
……よし出来た。いい子だ。フィールド全部のせフォームの完成だ。これをいじり倒して、フォームを完成させる。IDの項目は表示させといたほうがいいけれど、編集は出来ない状態にしておいた方がいいだろう。編集禁止にしておくか……。ID表示のテキストフォームのプロパティを表示させ、編集可否の部分を編集禁止に設定した。
「ねーねーせんせー」
「んー?」
「せんせーってさ。彼女いないんだっけ」
「んー」
フォームを上半分と下半分に分けて……上半分は生徒情報、下半分は該当する生徒の受講状況を一覧リストにしとけばいいか……。各カラムのテキストフォームの大きさと位置を調整しつつ、画面上半分のレイアウトを整えていく。とりあえず上半分のレイアウトをアバウトに仕上げて……
「ねーねーせんせー」
「んー?」
「彼女いないんならさ。私が彼女になったげよっか」
「んー」
備考欄ってちょっと広めに取っておいたほうがいいよな……上半分の右半分ぐらいを備考欄に割り当てておこうか。これならある程度長い文章が書かれていても、一目で確認が出来るだろう。あと左半分は生徒の情報を載せておけばいい。備考欄のテキストフォームの領域を広げ、それで右半分を埋める。これならある程度長い文章でも確認がし易いはずだ。
「せんせー」
「んー?」
「せんせーが好きなきなこのおはぎ、また作ってあげるねー」
「んー」
「鍋焼きうどんも作ってあげるねー。今度は海老天ちゃんと乗せるねー」
「んー」
「だからちゃんと、私と夜戦してねー?」
「んー」
……しまった。メールアドレスのカラムを作成することを忘れていた……今の業務基幹ソフトだと生徒さんのメールアドレスなんてカラム作ってないから……今ならまだ間に合う。今の内にちゃっちゃと作っておこう。テーブル編集画面に切り替え、生徒情報テーブルに、新しくメールアドレスのカラムを追加する。データの型は……とりあえず文字列型でいいか。
「カシワギせんせー」
「んー?」
「好きだよー?」
「んー」
よし追加完了。あとはわけわかんなくなりそうだから、もう一度フォームウィザードでフォームをさくせ……ん? ちょっと待て。
「川内」
「ん?」
俺は作業の手を止め、いつの間にかキーボードの音が鳴り止んでいる、川内の方に視線を移した。
「お前……今、なんて言った?」
すんごいべっぴんな女の子が、こっちをジッと見て笑っていた。そいつはキラッキラに瞳を輝かせ、嬉しそうに思いっきり口角を上げていて、眩しい光でおれの目にダメージを与えてきていた。でもちょっとほっぺたを赤くしてて、それが俺の胸の辺りをつんつんと突っついてきて、恥ずかしいようなうれしいような、妙な感覚を覚える。
「にひっ」
記憶を懸命に辿る。えーと……確か住所を入力していいか聞かれて……難しいか聞かれて……えーと……彼女がいるかどうか聞かれて……そしてそのあと……
……あ。
俺は記憶の糸を必死にたどり、やっと答えを見つけ出すその間中ずっと、俺の隣にいる新しい彼女さんは、いつもの眩しい……でもハラタツ笑顔で、俺の方をジッと見つめていた。
……分かった。こいつ、わざとだ。俺が作業に没頭したら生返事しか出来ないことが分かってて、あえてそれを狙ったのか。
「せんせ!」
「お、おう」
「これからよろしく!」
「よ、よろしく……」
「とりあえず、住所録作っちゃうね!」
「お、おう」
川内は俺に改めての挨拶を交わし、ほっぺたを赤く染めたまま、再び自分の作業に戻った。俺はというと、なんだか頭が混乱して、ぼけーと川内の横顔を眺めることしか出来ない。突然の告白……そしてフォームを作らなければならないという義務感……目の前にいるのは新しい彼女さん……しかもすんごいべっぴんさん……でもすんごい残念な夜戦バカ……いろんなことがごっちゃになって、頭の中が、目の前の川内の笑顔でいっぱいになって、なんだかもう色々と手につかない状況だ。
「せんせ?」
「ん、んお?」
「それ、続きやらなくていいの?」
「あ、ああ。そうね」
「ぷっ……しっかりしてよせんせー。私の新しい彼氏さんなんだから」
「す、すまん」
川内にそう促され、慌ててAccessの画面に戻る。フォームウィザードが途中で止まってる。えーと……これを再開して、新しくまたフォーム作ればいいんだよな……えーと……
「♪〜……♪〜……」
俺の隣から、あの鼻歌が聞こえてきた。俺の家の台所で聞いた、あの、妙に心が安らぐ鼻歌だ。
川内にバレないよう、こっそりと横顔を見る。俺の隣で川内が、楽しそうに笑顔を浮かべ、住所録にデータを入力していた。
「……」
「♪〜……♪〜……」
前を向き、そのまま一度、目を閉じる。川内の鼻歌のおかげなのか、不思議と少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
「……うっし」
「♪〜……♪〜……」
落ち着いて、改めてフォームウィザードを見る。もう一度フィールドを選択しなおし、フォームを作成する……よし。出来た。
「♪〜……♪〜……」
「♪〜……♪〜……」
気がついた時、俺も自然と、この間抜けな鼻歌を歌っていた。教室内に響く、二人の鼻歌。いつものような大騒ぎもないし、この前みたいなアクシデントもない。川内といっしょにいるはずなのに、とても静かで、それでいて楽しい時間。
こんな時間が過ごせるのなら、二人でいるのも悪くない。最終日に新しい生活が始まるというのも妙な話だが……
そんな具合で、俺は一人で小さな幸せを噛み締めていたのだが……やはり、俺の隣にいるのは夜戦バカだった。次の川内のセリフを聞いて、俺は、こいつとの生活は、さぞうるさくて、振り回されて、苦労の絶えない……それでいて、この上なく楽しくて、賑やかで、笑顔の絶えない日々になるだろうという、確信が持てた。
「ところでせんせ。今晩の夜戦はどうする?」
「どうする? ってなんだよ? つーか早速ですかい……」
「私は改装済み20センチ連装砲2つと探照灯でいくけど」
「そっちか!? 俺を肉片にするつもりかッ!?」
「本気で撃沈するから覚悟してね!!」
「おにぎりはどうした!? 前はおにぎりで行くって言ってたよな!?」
「えー! だってせんせーは私の彼氏さんなんだから、手加減無しでいいじゃん!!」
「殺すなッ! 自分の彼氏を殺すなッ!!」
「いいから野戦ッ!! やーせーんんんんんんん!!!」
「ぉぁぁあああああ!!! うるさいぞ川内ぃぃいいいい!?」
おわり。
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