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angelcode~とある少女の物語~

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シャンティエにて

 馬車に揺られて何時間経っただろうか?

 見渡す限りの湿地かと思われた景色が変わり始め、陽が西に傾き、宵の明星が瞬きはじめた頃になって、ローヌ川沿いに栄えるシャンティエの町並みが、眼前に見えてきた。
 耳に心地よいシャンティエ教会の鐘の音が、久しぶりの夕焼け空にこだまする。
 今夜は、シャンティエ教会に泊めてもらう事になっているが、問題はその先だ。
 長雨の影響で橋が流されていれば、橋が復旧されるまでシャンティエに留まるか、それとも迂回して別の橋を渡らなければならなくなる。しかもここから先は、自分達で乗り合い馬車を探さして、手配しなければならないのである。
 
 3人は農夫にお礼を言って馬車から降りると、一先ず教会に向かって歩きだした。
 前以て連絡が着いていたのか、ドレファス神父が扉の前に立って、可愛らしい客人達を待っているのが見える。

「ドレファス神父様ですね。今夜はお世話になります」
 そう言ってソフィアがお辞儀をすると、遅れてルゥとべティも頭を下げた。
「無事に着いてよかった~。最近は食糧難で、日中は強盗や追い剥ぎが出るかと思えば、夜は魔物や悪魔が出没するようになっちゃってねぇ~。時折、葬式をしなきゃならなくなるんだよ…」


 なんとも物騒な話であるが仕方ない。


「とりあえず、真っ暗になる前に入ろう」
 観音開きになっている入り口の扉を開けると、ささと手を出して、ソフィア達3人を先に入らせ、ドレファスは最後に入ると振り返ってから、扉を締めて頑丈に3本もの閂を下ろす。
 入ってみれば、町民も出入りする極一般的な礼拝堂になっており、真ん中の通路を挟んで長椅子が並び、奥に聖母子像を背にして祭壇が設えてある。左手の壁際には2ヶ所ほど扉があり、厠と倉庫、炊事場と執務室ならびに緊急用の医務室が備わっていて、だからこそ、このシャンティエに泊まる手筈になっていたのだった。
 神父というものは、神に帰依する者の常として、余程の事情でもない限り妻帯は認められておらず、大抵独りで教会にいるか、世話係がいても女の子一人が普通で、寝室は別になっている。3人位ならば医務室のベッドで寝ることが出来るので、どちらにしても問題ないと思ったらしい。

「ここが、3人が寝る医務室だからね~」
 医務室に案内されて、各々が荷物をベッド脇に下ろしたところで、べティが神父に近づいて、こそこそと話をしていたが、
「ちょっと待ってて~」
と言って部屋から出ていくと、扉が閉じられてしまった。

 しばらく後にノックの音がして、扉に一番近いベッドを選んだルゥが開けると、料理を一杯のせたトレイを持ったべティが立っていた。ノックのわわりに音が下から聞こえたのは、両
手が塞がっているので爪先で蹴っていたからのようである。

「神父様に訊いて、夜食を作ってきたよ~♪ 長雨のせいで作物が育たないから、なんでもかんでも値上がりしてて、あんまり使わないでくれって言われたけど、これくらいなら大丈夫でしょっ」
 スライスされたライ麦パンが6枚、ウィンナーとジャガイモの入ったスープの皿が3つに、サラダボウルも3個トレイに乗り、フォークも3本添えられている。
 最低の食材で3人の食事を作ってきたべティは、そう言えば町の出身だと聞いていた。

「神父様が言っていたんだけどね、物の値段が高騰してるのは、やっぱり橋が流されてしまたかららしいわよ~。どうする~?
復旧工事の目処すら立ってないらしいわ。流されてない石橋のある町まで行く乗り合い馬車も、今は休んでるらしいわよ。そりゃあ、走らせたら馬に干し草食べさせなきゃいけないけど、干し草も不足してるから、走らせないようにしてるんだって~……」
パリパリとサラダのレタスを噛む音がする。

「じゃあ、ここに居るしかないやん~っ」
ズズーっ。

「美味しい~っ♪」
ソフィアも、スライスされたパンをかじってみれば、バターを塗って軽く炙った物で、ライ麦の芳ばしさが増している。

「一応、教会にはある程度の蓄えはあるけど、中央に物資の配達を頼であるとは言え、ヤバイかもしれない、とドレファス神父様は言ってたけどね…。という訳で、シャンティエにいる間は、私が料理を作るから、ソフィアとルゥの二人で、どうするか考えてちょうだいねっ!」



 食事が終わると、べティは食器を片付けてまた炊事場に戻っていった。 
夜も更けて、ソフィアとルゥはあーでもないこうでもないと話し合い、そして、最後にたどり着いたのは、やはりシャンティエに留まるしかないという結論だった。

 数日の間シャンティエに留まるという事は、もしかしたら、近くの貴族の館に逗留してる筈のベリル様と再会できるかもしれない。そんな淡い期待を胸に秘めながら毛布に潜り込んだソフィアであった………。



 その頃執務室のドレファス神父も、3人の夜食に使われた分で現在の備蓄分を、あと何日間持つか計算して割り出して、頭を悩ませていた。独りなら、一ヶ月以上は大丈夫な筈の食糧が、あと数日しか持たない計算なのだ。人数で言えば、一気に4倍になったのだから、当然である。
 先程、扉が開く気配がして、廊下をそっと見てみればべティと言う、料理をが得意だと言っていた娘の後ろ姿が見えた。食器を下げて洗いに行くのだろう。
 彼女に、シャンティエの食糧難事情を話しておいた方が言いかもしれない。


「やぁ、後片付けかい?残りの2人は何をしてるのかな?」
炊事場入口に立って、べティに話し掛ける。
「2人なら、多分礼拝堂で祈りを捧げてるわよ。堅物のソフィアがいるからね~。」
「ソフィア君かい?確かに身が堅そうだねぇ。君と違ってあれは修道院のシスターが着る服だろ…。なら礼拝は欠かせないからねぇ」
 町の教会と修道院では、礼拝の回数が違う。
『俗世』の人々の為に、門戸を開き礼拝の場を提供し、時には悩みを聴き、時には死者を弔うのが町の教会だとすれば、神に身も心も捧げて帰依する修道院は、数時間おきに礼拝を重ね、残りの時間を寝食と労働に割り当てるのである。
 水だけなら大量にあるので、カチャカチャと木の軽くぶつかる音が小気味良い。
「君が料理が得意なのは判ったけど、出来れば、僕のも含めて、少ない食材で4人分作ってくれると助かるんだけどなぁ…。
君達を泊めるのは教会の指示だから仕方ないけど、実はこの分だと数日しか持ちそうに無いんだよ…。君達を泊めるのが決まったのが、食糧を調達した翌日だったからねぇ。かといって町民や貴族から寄付してもらうのも、この食糧難を考えると気乗りしなくてね。なにしろパンなんて値段が4倍に高騰してるんだ………」

 教会の指示で教会関係者を宿泊させる場合は、中央から物資その他の資金が調達出来る筈……なのだが、馬車が動いてないらしく、シャンティエの町は教会も例外なく皆がカツカツの状況にあった。


 
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