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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第五十五話 第七次イゼルローン要塞攻防戦(その5) 

帝国暦 486年 5月  7日 17:00   イゼルローン回廊    帝国軍総旗艦 ヴィーダル   シュターデン



戦況は膠着状態に有る。此処までは特に問題は無い、想定通りと言って良いだろう。これから先問題になるポイントは二つだ。一つは我々の後背を衝くであろう反乱軍の別働隊がいつ来るか、そしてその攻撃を抑えられるかだ。抑えにはメルカッツ提督を置いた。多少の兵力差なら戦術能力でカバーできるはずだ。それだけの力量は有る。

もう一つはミューゼルの小僧がいつ来るかだ。予定では十四日だが本当にその日に来るのか、こちらも決して余裕のある状態ではない。イゼルローン要塞で足踏みなどされては堪らん。この二つ、この二つを乗り切れば帝国は反乱軍に勝てる。

ゼークト提督率いる駐留艦隊は良くやってくれている。反乱軍の二個艦隊を引き付けこちらの負担を減らしてくれている。この後、反乱軍の別動隊に後背を衝かれるこちらとしては反乱軍の正面戦力が一個艦隊少ないと言うのは有りがたい。

駐留艦隊が相手にしている二個艦隊の内、片方の艦隊はいささか動きが鈍い。おそらく艦隊司令官が代わった艦隊だろう。まだ艦隊を十分に掌握していない様だ。それが艦隊の動きに表れている。残念だったな、ヴァレンシュタイン。あの艦隊が精鋭だったら今の時点で駐留艦隊は撤退し遠征軍は敗北していただろう。

「シュターデン少将、反乱軍の別動隊と言うのは本当に来るのか?」
不安そうな表情でクラーゼンが問いかけてきた。もうこれで何度目だろう……。総司令官なのだ、もう少し落ち着いてくれ。周囲に与える影響もある、総司令官が不安そうにキョロキョロしているなど話にならんだろう。

「先ず間違いなく別働隊は存在します。我々を目指して行動しているはずです」
「そうか……、大丈夫なのか、メルカッツの艦隊は一万隻だろう、反乱軍を抑えられるのか」
またこの話だ。クラーゼンは必ずこの話をする。不安なのか、それともメルカッツ提督の力を借りるのが不満なのか、或いはその両方なのかもしれないが、今は勝つことを優先すべきだろう。

「反乱軍の別動隊はおそらく一個艦隊です。もし三個艦隊なら正面から我々を阻止できたはずです。二個艦隊なら伏撃、足止めが可能でしょう。それが出来ないからこそ背後からの挟撃、……反乱軍の別働隊は一個艦隊です」
「そうか、……そうだな」
クラーゼンが頷いている。この話も何度もした、そして何度も納得している。

「同数の兵力、いえ五割増しまでならメルカッツ提督は互角以上に戦えます」
「そうか、しかしもう少し兵力を増やした方が……」
この馬鹿! 自分が何を言っているのか分かっているのか? どこから兵を引き抜くのだ? 正面から兵を引き抜けるのか? お前にそれが我慢できるのか?

「では、正面の兵力を少し後背に回しましょう」
私の言葉にクラーゼンはギョッとしたような表情をした。
「いや、それには及ばない。メルカッツの手腕を信じている」
「了解しました」
頼む、この話はもうこれくらいにしてくれ……。

うんざりだった。顔に感情が出ないようにするのが精一杯だった。腹立たしさを抑えているとオペレータが緊張した声を出した。
「後背に艦隊、反乱軍です!」

艦橋の空気が瞬時に緊迫した。皆の顔が緊張に包まれている。クラーゼンがオドオドした表情でこちらを見ている。いい加減にしろ! 怒りを押し殺してオペレータに問いかけた。

「反乱軍の規模は?」
「二個艦隊、約三万!」
「さ、三万? 馬鹿な……」
顔から血が引くのが分かった。三万? どういう事だ……。周囲の人間達も皆凍り付いている。

「シュ、シュターデン……」
クラーゼンが縋りつくような声を出したが構っていられなかった。どういう事だ? 何故三万隻もの艦隊がここにいる……。

二個艦隊有るのであれば遠征軍を足止めし反乱軍の本隊はイゼルローン要塞の攻略に専念する事が出来たはずだ。わざわざ包囲を崩しこちらに向かってくる必要など無い。おまけに一時的とはいえ帝国軍に挟撃される危険が有るのだ。兵力に余裕があるとはいえ正しい選択とは言えない。

「シュ、シュターデン、話が違うではないか」
黙れ! 私は考え事をしているのだ! 何故だ? 何故足止めしなかった? 何故伏撃をかけなかった? 一週間もすればミューゼルの小僧が来る。此処で勝ってもイゼルローン要塞を攻略できない可能性が出るではないか、それでは本末転倒だろう、艦隊を撃破しても肝心の要塞の攻略に失敗する……。本末転倒? もし本末転倒で無いとしたら? これが最初からの狙いだとしたら……。

「シュ、シュターデン……」
「……正面から数千隻程引き抜き、メルカッツ提督の指揮下に置きます」
押し殺したような声だった、とても自分の出した声とは思えない。その声にクラーゼンが怯んだような表情を見せた。

多分無駄だろう……。オペレータに指示を出しながら思った。してやられた、ヴァレンシュタインの狙いはイゼルローン要塞では無い、我々遠征軍、そしてイゼルローン要塞駐留艦隊の殲滅だ……。

「オペレータ、駐留艦隊に撤退するように伝えてくれ」
「閣下?」
「シュ、シュターデン、何を言うのだ、それでは我々は……」
クラーゼンが蒼白になっている。哀れな男だ、この男は此処で死なねばならない、宇宙艦隊司令長官が戦死……、悲惨な事になった。

「反乱軍の狙いは遠征軍、そして駐留艦隊の殲滅です。今のままではイゼルローン要塞は丸裸になってしまいます。我々は逃げられませんが駐留艦隊は撤退が可能です。撤退させイゼルローン要塞の防衛に当たらせましょう。あと七日でミューゼル中将が来ます。要塞の保持は可能です」

クラーゼンが全身を震わせている。キョトキョトと周囲に視線を向けていたが、誰も彼と視線を合わせようとしない。何度も唾を飲み込む音がした。
「シュターデン、我々はどうするのだ、降伏するのか」

「……残念ですが現時点では降伏は出来ません。今我々が降伏すれば駐留艦隊は反乱軍の大軍に追撃を受け甚大な被害をこうむるでしょう。イゼルローン要塞の保持もおぼつかなくなります。我々は此処で反乱軍を引き付けなければならないのです」
「……」
全滅するまで戦う、一分一秒でも長く戦う、それだけが要塞を救うだろう。

「或いは駐留艦隊の撤退も不可能かもしれません。その場合は我々同様、此処で反乱軍を引き付ける役を担って貰いましょう」
クラーゼンは蒼白になって震えている。嫌悪よりも哀れさが込み上げてきた。何故この男を担ごうとしたのか……。オーディンで飾り物として儀式にだけ参加させておけば良かったのだ。私がこの男を地獄に突き落とした……。

「シュターデン閣下、残念ですが駐留艦隊には連絡が」
「つかんか」
「はい……」
オペレータが項垂れた。八方ふさがりだ、気落ちしているのだろう。だが、私にはそんな事は許されん。何としても要塞を守る、あれが有れば帝国は守勢をとりつつ戦力の回復を図る事は難しくは無いのだ。

「ワルキューレを全機出せ、連絡艇として使うのだ。一人でも突破し駐留艦隊に辿り着けばよい」
「はっ」
「それから、駐留艦隊に辿り着いたら、戻る事は不要と伝えよ」
「……了解しました」
難しいかもしれない。反乱軍の大軍をすり抜け駐留艦隊に辿り着く……、溜息が出そうになった。

「元帥閣下、小官が反乱軍の作戦目的を読み違えた事については幾重にもお詫びいたします。ですがこの上は帝国元帥、宇宙艦隊司令長官としての職務と責任を全うして頂きたいと思います」
私の言葉にクラーゼンが指揮官席で震えている。近づいて小声で囁いた。

「指揮は小官が執ります。元帥閣下におかれましては暫くの間、御辛抱下さい」
「シュターデン……、私は何をすれば良い」
恨み事を言われるかと思ったがそうではなかった。無能かもしれないが、軍人では有ったのか……。どうやら私は最後まで人を見る目が無いらしい。

「難しい事ではありません。将兵達の戦いを、その死に様を見届けてください。それが指揮官の務めです。そしてヴァルハラで良く戦ったと誉めてやってください……」
「分かった、それなら私でも出来そうだ」
蒼白になりながら引き攣った笑みをクラーゼンが浮かべた。

耐えきれずに頭を下げた。指揮を執らなければならない、何時までも頭を下げてはいられない。だが込み上げてくるものが有った。
「シュターデン、指揮を頼む」
「はっ」



宇宙暦 795年 5月 7日 18:00 宇宙艦隊総旗艦 ヘクトル  フレデリカ・グリーンヒル



第四、第六艦隊が帝国軍の後背に着いた。これで同盟軍の勝利が確定した。帝国の遠征軍は前後七万の艦隊に挟撃され、イゼルローン要塞駐留艦隊は二倍の敵、第一、第十二艦隊を相手にしている。ミューゼル中将の艦隊が来るまであと一週間はかかる。帝国軍が逆転できる可能性は無い。

帝国の遠征軍は後背の同盟軍に対抗するため正面戦力を減らし後方に回した。少しでも長く持ち堪え、包囲を突破するチャンスを窺おうと言うのだろう。だが正面の兵力を少なくした分だけ正面から押し込まれている。状況は徐々に帝国軍にとって厳しいものになっていく。

先程、帝国軍が単座戦闘艇(ワルキューレ)の大編隊を発進させた。少しでもこちらに損害を与え包囲を突破しようと考えているのだろう。こちらも単座戦闘艇(スパルタニアン)に迎撃を命じている。その所為で宇宙空間ではお互いの単座戦闘艇による激しい格闘戦が行われている。大丈夫、帝国軍がこの罠から抜け出せる可能性は無い、私は断言する。

今回の戦いで一番苦労したのが動員兵力の秘匿だった。公表では五万五千隻、第五、第十、第十二の三個艦隊、そしてシトレ元帥の直率部隊、これが内訳だ。その他に密かに動員したのが第一、第四、第六の三個艦隊。第一艦隊は海賊組織の討伐という名目で艦隊を動かし、第四、第六の両艦隊は艦隊司令官が代わったことで訓練に出ている事になっている。

第四、第六艦隊が到着すると総旗艦ヘクトルの艦橋は爆発するような喜びの声で満ち溢れた。ベレー帽が宙を飛び、其処此処でハイタッチをする姿が見られた。シトレ元帥も満面の笑みを浮かべワイドボーン准将、ヤン准将もにこやかに会話をしている。私もミハマ少佐と喜びを分かち合っていた。何と言っても五万隻の遠征軍を挟撃することが出来たのだ。

そんな中でヴァレンシュタイン准将だけが一人冷静さを保っていた。周囲の喧騒に加わることなく、戦術コンピュータとスクリーンを見比べていた。ワイドボーン准将が“これで勝った、少しは喜べ”と言ったのに対し“未だ終わっていません”とにべもなく切り捨てた。

何時しか艦橋から喧騒は去っていた。皆がヴァレンシュタイン准将の冷静さに圧倒されている。今回の作戦は准将が立案したものでその作戦が成功しつつある。全てが成功すれば帝国軍は大打撃を被るだろう、にもかかわらず准将は無表情に戦況の推移を見守っている……。どうしてそんなにも冷静でいられるのか……。この勝利を少しも喜んでいない様にも見える。やはり帝国人を殺す事に忸怩たるものが有るのだろうか。

「単座戦闘艇(ワルキューレ)が攻撃してきません。後方にすり抜けようとしています」
オペレータが困惑した様な声を出した。単座戦闘艇(スパルタニアン)の迎撃を突破した単座戦闘艇(ワルキューレ)がいるようだ。しかし後方にすり抜ける? 第一、第十二艦隊に向かっているのだろうか。

「第一、 第十二に向かうのかな」
「或いは駐留艦隊に向かうのか……」
「遠征軍はもう助からないと見たか……、だとすれば有り得るな」
ワイドボーン准将とヤン准将が会議卓の椅子に座り、スクリーンを見ながら話している。ヴァレンシュタイン准将はその傍で無言でスクリーンを見ている。狙いは第一艦隊だろうか、帝国軍は単座戦闘艇(ワルキューレ)が第一艦隊を混乱させれば駐留艦隊の突破は可能だと考えている? 突破して同盟軍本隊の後背を衝く?

「元帥閣下、通信妨害を解除しては如何でしょう」
ヴァレンシュタイン准将がシトレ元帥の元に近づき通信妨害の解除を進言した。シトレ元帥はスクリーンを見ていたが、ヴァレンシュタイン准将に視線を向けると大きく頷いた。
「そうしよう」

相手に対して奇襲、或いは孤立させるには通信妨害が必要になる。しかし挟撃が成功した以上、ここから必要になるのは各艦隊との連携になる……。通信妨害は総旗艦ヘクトルの他にも何隻かの艦で共同して行っている。それをやめさせるには連絡艇を使って各艦に伝えなければならない。これには結構時間がかかる。最終的に全ての艦が通信妨害を解除するには三十分はかかるだろう。

「それと第一、第十二艦隊に駐留艦隊を撃滅せよと改めて命じてください。このままでは取り逃がしかねない」
ヴァレンシュタイン准将の声には幾分苛立たしげな響きが有った。シトレ元帥も同じ事を感じたのだろう、微かに苦笑を浮かべている。

「いいだろう。十万隻動員したのだ、戦果は多いほど良い。ボロディンとクブルスリーには連絡艇を出そう」
「宜しくお願いします」

ヴァレンシュタイン准将が席に戻るとヤン准将が困惑したような表情で話しかけ始めた。
「駐留艦隊を無理に殲滅する必要は無いんじゃないかな、イゼルローン要塞は攻略しないんだろう? 余りやりすぎると帝国軍の恨みを不必要に買いかねない。適当な所で切り上げた方が……」

ヤン准将は最後まで話すことは出来なかった。ヴァレンシュタイン准将が冷たい目でヤン准将を見据えている。
「不必要に恨みを買う? 百五十年も戦争をしているんです、恨みなら十二分に買っていますよ。この上どんな不必要な恨みを買うと言うんです?」
「……」

「遊びじゃありません、これは同盟と帝国の戦争なんです。もう少し当事者意識を持って欲しいですね。何故亡命者の私が必死になって戦い、同盟人の貴方が他人事な物言いをするのか、不愉快ですよ」
「……」

ヤン准将は反論しなかった。口を閉じ無言でヴァレンシュタイン准将を見ている。その事がヴァレンシュタイン准将を苛立たせたのかもしれない。准将は冷笑を浮かべるとさらに言い募った。

「亡命者に行き場は無い、利用できるだけ利用すれば良い、その間は高みの見物ですか、良い御身分だ」
「そこまでだ、ヴァレンシュタイン、言い過ぎだぞ」
ワイドボーン准将がヴァレンシュタイン准将を窘めた。ヴァレンシュタイン准将が納得していないと思ったのだろう、低い声でもう一度窘めた。
「そこまでにしておけ」

ヴァレンシュタイン准将はワイドボーン准将を睨んでいたが“少し席を外します”と言うと艦橋を出て行った。その後を気遣わしげな表情でミハマ少佐が追う。二人の姿が見えなくなるとヤン准将はほっとした表情でワイドボーン准将に話しかけた。

「有難う、助かったよ」
「勘違いするなよ、俺は“言い過ぎだ”と言ったんだ。間違いだと言ったわけじゃない」
「……」

「奴はお前を高く評価している。それなのにお前はその評価に応えていない」
ワイドボーン准将の口調は決してヤン准将に対して好意的なものではなかった。そしてヤン准将を見る目も厳しい。ヤン准将もそれを感じたのだろう、戸惑うような表情をしている。

「そうは言ってもね、私はどうも軍人には向いていない」
「軍を辞めるつもりか? そんな事が出来るのか? 無責任だぞ、ヤン」
「……」
准将の視線が更に厳しくなったように感じた。

「ラインハルト・フォン・ミューゼルは着実に帝国で力を付けつつある。彼の元に人も集まっている、厄介な存在になりつつあるんだ。どうしてそうなった? ヴァンフリートの一時間から目を逸らすつもりか?」
「……」

ワイドボーン准将の言葉が続く中シトレ元帥は目を閉じていた。戦闘中に眠るなど有りえない、参謀達の口論を許す事も有りえない。眼をつぶり眠ったふりをすることでワイドボーン准将の言葉を黙認するという事だろうか……。つまり元帥もワイドボーン准将と同じ事を思っている?

ヤン准将が顔面を蒼白にしている。ヴァンフリートの一時間、一体何のことだろう……。
「お前がヴァレンシュタインより先に軍を辞める事など許されない。それでも辞めたければミューゼルを殺してこい。それがせめてもの奴への礼儀だろう。俺達が奴を苦しめている事を忘れるな」

そう言うとワイドボーン准将は視線を戦術コンピュータに戻した。遠征軍は次第に前後から追い詰められて行く。戦況は圧倒的に同盟軍の優位だった。そして総旗艦ヘクトルの艦橋は凍りついたように静かだった……。


 
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