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魔術師ルー&ヴィー

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第一章
  XXI


 ルーファスらがファルの街を達て七日が過ぎた。流石にファルから王都へ魔術で…と言う訳には行かず、彼らは大人しく馬車で王都へと入ったのである。王都周辺では、たとえコアイギスであっても移転魔術の行使は禁止されているのである。
 さて、バーネヴィッツ公自身は王城へ詰めているようで、ルーファスらはバーネヴィッツ公に会う名目で入城することを許可された。まぁ、バーネヴィッツ公が手を回していたであろうことは想像に難くないが…。
「ったく…何でこうもややこしくなってんだ?」
 城内へ入るなり、ルーファスはそう不機嫌そうにぼやいた。
「ルー、そう言うな。」
 ウイツは苦笑しつつルーファスをなだめたが、その後ろではヴィルベルトが溜め息を洩らしていた。
 その様な三人を、周囲の者達は奇異の目で見ている。この王城の中で、三人の風貌は場違いと言えたのである。
 尤も、ルーファスの銀髪は何処でも人目を引く上に長身となれば致し方無いとは思うが。
「アダルベルト!」
 三人が女公爵が待つ部屋へと向かっていた時、不意にそう呼び掛ける者がいた。その声に、ルーファスは些か驚いて振り返った。
「師匠っ!?」
 ルーファスの驚き様に、ウイツもヴィルベルトも目を丸くした。彼らの前に現れたのは、魔導師の正装をした小柄な女性であった。この女性こそ、この大陸第一位の魔術師、ベルーナ・コアイギスその人である。
「何故お前が王城に居るのだ?」
「あ…えっと…話せば長くなるんだけど…。」
「長くなっても良い。今はどうせ暇だからな。どこぞの誰かが二体の妖魔を滅ぼしたお陰でのぅ。」
「……。」
 三人はコアイギスにそう言われ、笑みを引き攣らせた。そんな三人を、コアイギスは有無を言わさず自室へと引き連れていったのであった。
 彼女の自室は魔術師らしく必要最低限のものしか無かったが、清潔感のある明るい部屋であった。
 コアイギスは三人を座らせると、いきなり核心を突いてきた。
「さて、もしやと思うのだが…今、王と女公爵が話し合っていることに関係があるのではないかな?」
 笑みを見せてそう言うコアイギスに、ルーファスは表情を強張らせて冷や汗を流した。
「やはりそうか。」
 コアイギスは分かりやすいルーファスに溜め息混じりにそう言った。どうやら昔からそうだったようで、横ではウイツがそれ見たことかと言った風にルーファスを横目で見ていた。ヴィルベルトに至っては、目の前の大魔術師に緊張している様で、体を硬直させていた。
 そんな彼らを見て、コアイギスは何や小声で呪文を唱えると、奥にある扉から何かが出てきたため、それを見て三人は驚きのあまりに一斉に叫んだ。
「ウッドドール!?」
「お前達、これを知っているのか?こんな古い玩具、一体どこで見たんだ。」
「玩具って…師匠…。」
 ルーファスは改めてコアイギスを恐ろしいと感じた。それを悟ってか、コアイギスが半眼になってルーファスへと言った。
「アダルベルト。今、何を考えた?」
「い、いえ…何も…。」
 コアイギスの問いに、ルーファスは目を游がせて冷や汗をかいている。
 そのやり取りにヴィルベルトは吹き出しそうになるのを堪えていたため、ルーファスはそんな弟子を軽く小突いた。
 それを見たコアイギスは、やれやれと言った様子で口を開いた。
「アダルベルト、それがお前の弟子か?」
「そうだ。」
 ルーファスがニッと笑ってそう返したため、ヴィルベルトは慌てて自己紹介をしたのであった。
「失礼しました!お初にお目にかかります。僕はヴィルベルト・レームクールと申します。」
「レームクール…あの商家のレームクールか?」
 コアイギスにそう問われたヴィルベルトは少し体を強張らせたが、直ぐに気を持ち直して「はい。」と答えた。
 コアイギスはヴィルベルトの些細な変化に気付いてルーファスへと視線を向けると、ルーファスは目でそれ以上この話題に触れぬ様合図を送った。それを察し、コアイギスはもう家のことについて問うことはせず、話を先の話題へと戻したのであった。
「で、先の話だが…今、王は女公爵と謁見しておる。気付いているかと思うが、王はダヴィッドの爵位譲渡を認めぬと仰せだ。それを女公爵が説き伏せようとしている…と言ったところだが…。」
 そう言ってコアイギスは溜め息を洩らし、ウッドドールが淹れたお茶を啜った。
 そのコアイギスの話に、今まで黙していたウイツが口を開いた。
「王は…何故ダヴィッドの爵位譲渡をお許しにならないんだ?もう何年も家を出ていたと言うのに…。」
 そのウイツの独り言とも取れる問いに、コアイギスはその表情を変えた。
どうやら答えを知っている風ではあるが、それを話すことは躊躇われる…と言った様子なのである。
「師匠、何か知ってんだったら教えてくれよ。」
 ルーファスはコアイギスの表情を読み取って問うが、コアイギスは眉を潜めて声を低くして返した。
「それは話せん。それを話すには王の許可が必要だからな。」
 そう言われては、流石のルーファスもそれ以上問えなかった。
 暫しの沈黙の後、ふとウイツがコアイギスへと問い掛けた。
「コアイギス師。それで…ダヴィッドはどこへ?」
「彼は今、この城の一室に幽閉されている。それと言うのも、彼は頑なに王の命令を拒んだため、王は直に幽閉を決めたのだ。」
 コアイギスがそう答えると、ルーファスは難しい顔をして言った。
「会ことは?」
「無理だな。その事についてもあの女公爵は説得しておるだろうが、かれこれ二時間近くは話し込んでおるからな。」
 そう言ってコアイギスは何度目かの溜め息を溢した。
 しかし、これからが大変である。王との謁見は一人だけで、他は何があろうとも謁見の間には入れない。いかな王とて、それが女公爵ともなれば「時間だから帰れ」…とは容易く言えまい。
 だがその時、王に一通の書簡が届けられて事態が一変したのであった。
 その書簡の差出人は…あのファルの街長からである。急を要する旨を示す印が捺されていたため、それは謁見の最中であるにも関わらず、直ぐさま王へと届けられた。
 不機嫌な王はその書簡を読むなり、直ぐに女公爵との謁見を打ち切って執務室へ戻ってしまったのである。
 その様なことなど露知らず、コアイギスとルーファスらは先の話を繰り返していたが、そこへ扉を叩く音がしたため話を中断してコアイギスが言った。
「開いておる。」
 そう言うや扉が開かれ、そこから当の女公爵が顔を見せた。
「ルーファスが来てると聞いてな。ベルーナ、邪魔をするぞ。」
「クリスティーナ、お主がここへ来るのは久しいな。」
 コアイギスは苦笑しつつ女公爵へと席を開けた。名前で呼び合っているため、ルーファスらは些か面食らっているようであるが。
「全く…王にも困ったものだ。国法を曲げろとは言うておらんと言うに。」
 女公爵は腰を下ろすや、苦虫を噛み潰した様な顔をして言った。そしてそのまま視線をルーファスへと向けたため、ルーファスは眉をピクッと動かした。
「ルーファス、随分と遅かったではないか。一体何を悠長にしておったのだ?」
「いや、これでも飛ばして来たんだぞ?魔術を行使出来りゃもっと早く着けたけどよ、王都周辺じゃ師匠すら行使出来ねぇじゃんか…。」
「分かっておる。八つ当たりだ。」
「叔母上…。」
 このやり取りに、コアイギスは笑いを堪えている風で、口元が微妙に歪んでいた。しかし、ここで何か言えば薮蛇と、ルーファスは話題を切り替えた。
「っと忘れるとこだった。叔母上、これ。」
 ルーファスはそう言って女公爵へ渡したのは、借りていた聖ニコラスのサファイアとラファエルの涙であった。
「そうであったな。ラファエルの涙は私が返却しておこう。」
 女公爵はそう言ってそれらを受け取るや、コアイギスがルーファスへと言った。
「アダルベルト…お前、未だ家に帰っておらんのか?」
 その問いに、ルーファスの表情に陰が差した。そのため、ヴィルベルトとウイツが話に割って入った。
「師匠は僕の鍛練のために旅を続けてくれているんですよ!」
「そ、そうですよ。ルーは何もわざと帰らない訳ではないのです。飽くまで修行のためであって…」
「まぁ良い。そんなことだろうとは思っておったからな。」
 二人の言い訳を一刀両断したコアイギスは、何とも寂しげな表情をしたのであった。
 コアイギスは最初から分かって言ったのである。それを見て、女公爵も寂しげな笑みを浮かべた。
「さて、行ってみるか。」
 暗い雰囲気を払拭するかのように、コアイギスがそう言って席を立つと、それにヴィルベルトが首を傾げた。
「どこへ行かれるのですか?」
「何を言っておる。王の執務室だ。そろそろ結論を出した筈だからな。」
 それを聞きヴィルベルトだけでなく、ルーファスとウイツも背中に嫌な汗をかいた。女公爵だけはやはりと言った風であったが、三人にとっては大事と言えるのである。
 そんな四人を引き連れ、コアイギスは意気揚々と王の執務室へとやってくると、執務室の前に初老の男性が立っていたのであった。彼はコアイギスらに気付くと、直ぐ様礼を取って挨拶した。
「これはコアイギス様にバーネヴィッツ公様、大変御無沙汰しております。」
「そなた、何故ここに居るのだ?まさか息子を案じて参った訳ではあるまい?」
 コアイギスが不可思議と言わんばかりに問うや、男性は苦笑混じりにそれに答えた。
「いや…やはり気になるものでして、王に今後どの様に為さるか御伺いしておったところに御座います。」
 話の内容から三人は、この初老の男性がダヴィッドの父であるフランツ・オッタヴィオ・ヴァートコルン侯爵だと気付いた。
 ヴァートコルン侯は正装ではない上に場所も執務室であることから、直ぐに非公式の謁見であることは分かった。
「して、そなたはどうするつもりなのだ?」
 コアイギスは目を細めてそう問うと、ヴァートコルン侯は些か困った表情を浮かべて返した。
「そうですなぁ…。あれは嫡男と言えど放蕩息子。ここ数年は家に寄り付きもせず、私は無理にあやつに爵位を継がせるのは如何なものかと王へ伝えて参りました。ですが、王はどうあってもダヴィッドに爵位を継がせよと仰せでして…。」
「そうか…では、我等も話しに行くとしよう。」
 コアイギスがそう言うや、ヴァートコルン侯は直ぐ様その身を壁際に寄せて道を開けた。
 そうして後、コアイギスはルーファスらを引き連れて執務室の扉を叩いたのであった。
「入れ。」
 執務室からはその一言だけ聞こえた。そのため、五人は直ぐに扉を開いて中へと入った。
「何だ、コアイギスか。で、後ろにぞろぞろと…一体何事だ。」
 王はあからさまに面倒と言わんばかりの表情を見せた。聞かずとも分かると言った風である。
「王よ、我等はダヴィッド・イグナーツ・フォン・ヴァートコルン殿の事で参った。」
「その件であればもう決まった。先にヴァートコルン侯が来ていたからな。」
「して、どうされるおつもりか?」
 コアイギスのこの問いに、王は迷いもせずに答えた。
「爵位はダヴィッド以外認めん。」
 そう返されたコアイギスは眉を潜め、一歩前へ歩み出て何か言おうとするや王が言葉を繋いだ。
「そう怖い顔をするな。何もマルティナ嬢と婚姻を結ぶなとは言っておらん。」
 その一言に、皆は一斉に目を丸くした。
 そもそも、この様に話がややこしくなってしまったのは他でもない…ダヴィッド自身、爵位がマルティナとの婚姻を邪魔すると考えたからである。身分違いも甚だしいと、敢えて爵位を棄てようとしたのである。要は、マルティナと立ち位置を同じにすれば婚姻出来ると考えたのだ。
 しかし、ここで問題になっていることは、その爵位譲渡のことについてなのである。
 爵位譲渡は国法にその規定があり、本人が罪を犯して剥奪されるか、または死亡した時にしか認められてはいない。
 例えば、当主が病で臥せっていたとしても、その周囲には常に後継出来る人物が存在するため執務に支障はないはずであり、仮に本人の意識が混濁していようと、死ぬまで後継が代役を務められる仕組みになっている。これでは余程の事情がない限り、爵位は嫡男にしかいかない。
 これは御家騒動を避けるためのものなのだ。貴族間の御家騒動は、下手をしたら国家を揺るがしかねぬ代物なのである。
 このシステムは第三代国王の時代に、国を揺るがした御家騒動が実際にあったために出来た国法である。
 しかし今回、王はこの法を云々ではなく、マルティナをどうするかを考えていた様であった。
「王よ、では…どうされるつもりか。」
 コアイギスが眉間に皺を寄せ、王へと威圧的に問い掛けた。すると、王は些か苦笑しつつ答えた。
「ファルの街長から書簡が届いてな。その中には、街の住人やセブスの村人等の書簡も入っていたのだ。箱に入って届く書簡とは…それでバーネヴィッツ公との謁見を切り上げたのだよ。」
 王はそこで一旦言葉を切り、立ち上がって窓辺へと寄って再び口を開いた。
「しかしな…娼婦の娘にこれだけの人望が集まるとは驚きだよ。ダヴィッドの活躍も克明に記されていたが、あやつの一本木にも大いに驚かされた。」
「で、どうしようと?」
 再度コアイギスが問うと、その答えに全員が静かに耳を傾けた。
「ファルの街長の養女とであれば問題あるまい。街長もその様に書いて寄越したからな。」
 その言葉に、コアイギスらは呆気に取られた。
 要はこうである。王はダヴィッドに侯爵位を継がせるためだけに、マルティナ自身の位を上げようと考えていたのである。しかし、王が独断で位を与える訳にはゆかず、街長が養女にする件をさっさと了承することで解決させようとしているのであった。
 だが、それでもまだ問題は残る。
「僭越ながら…王よ。ファルの街長の養女となっても、侯爵家と釣り合いが…。」
 残る問題をウイツが進言したが、それに対して王は少しばかり驚いた表情を見せて返した。
「何だ…知らんのか?」
「は?」
 王の言葉に、ウイツは何のことか分からずに間の抜けた返事をしてしまった。ルーファスやヴィルベルトも首を傾げている。
 だがその中で、コアイギスと女公爵は何か面白い事が始まると言わんばかりにルーファスらを見ていたが、次の王の言葉を聞いた三人を見て堪え切れずに笑い出したのであった。
「ファルの街長は伯爵だぞ?」
「はぁ!?」
 三人は同時に同じ声を上げた。そしてルーファスは女公爵を見たが、彼女は外方を向いて笑っていた。コアイギスも同様で、ウイツでさえ面食らった顔をしていた。
「叔母上…。」
「私は何も聞かれなかったぞ?知っておるとばかり思ぅておったわ。」
 そう返されたルーファスは、ヴィルベルトとウイツへ振り返って、もう勘弁して欲しいと言わんばかりに溜め息を洩らしたのであった。
 そんな彼らを見て、王もまたその顔を笑みで満たしたのであった。



 
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