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魔術師ルー&ヴィー

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第一章
  XIX


 死者を葬り終えたルーファスらは、教会前でグスターフと対峙していた。これから行うことが、ここでの最後の仕事なのである。
「グスターフ、本当に良いのか?」
 ルーファスは険しい表情でグスターフに尋ねた。それに対し、グスターフは微笑を浮かべて返した。
「ああ、構わん。私が存在する以上、この力はどこまでも世を冒す。」
「なら…最期に言っておきたいことはねぇのか?」
「無い。私の真実の姿を知る者は皆、先の戦で地に還った。今更何を言い残すのだ?愛する者と滅ぶなら、これ以上の至福がどこにあるというのか?」
 グスターフがそう言った時、黙っていたヴィルベルトが手前に出て言った。
「僕達が知りました!だから…そんな悲しいこと言わないで下さい!」
 ヴィルベルトは悲痛な表情を見せていたが、グスターフはそんなヴィルベルトへとただ、微笑んだ。
 ルーファスは尚も何かを言おうとした弟子を制し、その耳元でそっとある提案をした。
「えぇ…!?師匠…そんなこと…」
「やってみねぇと分かんねぇだろ?」
 その師弟の会話に、後ろに下がっていたウイツが首を傾げた。そんなウイツにルーファスは同じことを耳打ちすると、ウイツも目を丸くして言った。
「ルー…いくらなんでも…」
「分からねぇっつってんだろうが!そら、やるぞ!」
 こうなってはやるしかないと、ヴィルベルトとウイツは仕方無く行動に出た。
 そこで、初めにウイツが呪文を唱えた。
「在りし日の残像、過ぎ去りし記憶、時を逆巻き、今此処に汝の在りし日の姿を垣間見せよ!」
 ウイツが行使した魔術は、特定のものから記憶や記録を抜き出して投影する魔術であった。ウイツはそれをグスターフへと行使したのである。
 すると効力は直ぐ様表れ、グスターフの傍らに女性の姿が浮かび上がった。それはセシルの真実の姿であった。
 それを見たヴィルベルトは、直ぐ様次の魔術を行使した。
「大地を覆う元素、我が命に従い、我が思いを型と成せ!」
 それは以前に土人形を造った造形魔術であった。その呪文も直ぐに効力を発揮し、シセルの幻影と重なる様に形作られ、まるで生きているかの如くに精巧な造りをしていた。
 そして…。
「光を構成する七つの色よ、我が手に集え!」
 全てを完成させるべくルーファスが色彩魔術を施すと、それは生きた人間と見分けがつかぬものとなった。
 全てを静観していたグスターフは、ただただ感嘆の表情を見せるばかりであった。まさかこの三人の魔術師が、この様な魔術を行使するなど考えもしていなかったのである。
 しかし、これだけではなかった。ルーファスはその後、こう言ったのである。
「おい、セシル。力が弱くなっても意識はあんだろ?お前、その器ん中に入ってみろ。」
「おい、何を…」
 グスターフがそう言いかけた刹那、セシルはグスターフから離れて三人の造った器へと入ったのであった。
 暫く待っているとその器が動き出し、グスターフのみならず、造った本人達さえも驚きの余りたじろいだ。
「し…師匠…!」
「本当に動いちまった…。」
「ルー、お前どれだけ無責任な奴だよ…。」
 ウイツが溜め息混じりにそう言った時、不意にセシルの口が開いた。
「充分な器ね…。もっと早くこれがあったら私は…他人を怨むこともなかったかも知れないわ…。」
 その声は美しく、とても人形が喋っているとは思えなかった。これが本当の声だと思うと、今まではその怨みから全く変わっていたことが窺えた。
「セシル…。」
 グスターフは思わず彼女を抱いた。今までは叶う筈のない願いだったのだ。それはまたセシルも同様であり、彼女も彼を抱き返していた。
「貴方に…ずっと逢いたかったの…。こうして…抱きしめられたかったのよ…。」
 セシルの言葉…それは偽りのない率直な言葉だった。実体の無い彼女にとって、温もりを感じる術がなかったのだ。愛しい者の温もりを感じる幸福を、彼女は切に求めていたのであった。
 抱きしめ合う二人に、ルーファスらは胸に込み上げるものを感じた。それと同時に、もうこの様な過ちを繰り返すことがないようにせねばならぬと心に誓ったのであった。
「これで充分だ。さぁ、解呪の詠唱を。」
 暫くして、グスターフはルーファスに言った。その言葉に、セシルも三人を見て頷いて言った。
「私も、もう充分です。これから先、この世ならざる世界でこの人と共にあり続けたいと思います。」
 それはこの世で果たせなかった願い…いや、打ち砕かれた願いだった。
 確かに、この二人に殺された者は数知れず、この二人を自らの手で消し去りたいと願う一族も多かろう。それを考えると、ルーファスらは深い哀しみを覚えた。
 人を媒体とした魔術実験は戦が終わった後に糾弾され、率先して行っていた者らは皆、死罪を免れることはなかった。それは貴族でも同じであった。
 しかし、未だこうして深い傷痕を残したままである。それは今もって戦が終わっていないことを示唆していた。
 そんな思いを胸に、ルーファスはヴィルベルトとウイツを見ると、二人とも同じ思いだと言う風に頷いた。それは合図ともなり、ルーファスは意を決して口を開いた。
「黒き雲、その想いの鎖を断ちて、全て在るが儘に成すべし!」
 ルーファスがそう唱えると、聖ニコラスのサファイアとラファエルの涙から光が溢れ、大地へと再び光が降り注いだ。その光は抱き合うグスターフとセシルを包み込むや、二人の姿は砂が零れ落ちる如く、時の波間へと静かに消えて逝った。
 その姿が完全に消え去る刹那、グスターフとセシルは満面の笑みを溢して三人の魔術師を見た。
 二人の笑みは至福に満ち、その姿はルーファスらの心へと焼き付けられたのであった。
「やっと…終われたんですね…。」
 光が消えた時、ヴィルベルトはグスターフとセシルがいた場所を見つめてそう呟いた。
 ルーファスもウイツもそう思ってはいた。だが、口にすることはなかったのであった。ただ、寂しそうに虚空を見つめたままのヴィルベルトに、「そうだな。」とルーファスは一言だけ返しただけであった。
 その後、三人はそのまま街を立ち去ることにしたが、その前に街に張られた結界を解くことにした。邪気は消えたと言え、このまま結界を張り続けていれば、この土地は完全に腐ってしまう恐れがあるからである。
 もう妖魔はいない。生ける屍が徘徊することもない。ただ…古き想いだけが残っているだけである。
 ルーファスは先ず、ウイツに南東二つの塚の封を解いてくるよう頼み、自身は北西二つの塚の封を解きに行った。
 二人が出払っている間、ヴィルベルトは教会内へ残り、この騒ぎを知った王都の魔術師が来た際にその経緯を説明するようにしていた。封を解けば、直ぐに王都の魔術師は確認に出向くことは分かっていた。
 特に、ルーファスの師であるコアイギスが気付かぬ訳がないが、彼女程の力であれば、二体の妖魔が消えたことさえ気付いている筈である。
 しかし、ルーファスはコアイギスではなく、寧ろ他の上位魔術師の行動を懸念していた。調査にこの街を訪れても、結局は何も出来ずに状況を見るだけしか出来なかったのだから、この件で何も口出ししないとは考え難い。
 ルーファスは特に、学院時代に競っていた同期のイェンゲンとホロヴィッツの二人が来ないことを祈った。この二人は何をするか分からないからである。
 そう言ったこともあり、ルーファスはウイツにも出来る限り素早く済ませて戻る様に言ったが、その点はウイツも承知していた。
 先に話した通り、封印の塚は東西南北の四つ。実は、この内の二つを解けば済むのだが、長い年月に封の上に封を幾重にも重ねていたため、ルーファスとウイツはそれを上から解いて行かねばならない。その様な封印の塚を一つでも残せば、後に何が起こるか分からないために全て解くことにしたのであった。
 夜が開けて暫くすると、封を解き終えた二人が教会へと戻ってきた。二人は教会へ同時に帰ってきたため、二人はその疲れきった表情を見て苦笑したのであった。
「ヴィー、帰った…」
 ルーファスは扉を開いてそう言いながら入った刹那、答えたのヴィルベルトではなかった。
「ルーファス!お前達、一体何をした!」
 そう怒鳴ったのは…二人の既知の人物であり、その声にウイツもうんざりとした顔をしたのであった。
「ホロヴィッツ…お前、何でこんなとこ居んだ?」
 目の前に仁王立ちしていたのは…先に話した魔術師の一人であった。
 ホロヴィッツとは、とある中級貴族の出で、魔術師の階級は第六位である。六位と言えど、第三位から第九位までは然程差があるわけでなく、かなりの実力があると言える。
 要は、第二位と第三位の差が大き過ぎるのである。それと言うのも、第一位であるコアイギスが直接弟子にしたのはルーファスただ一人であり、他に弟子がいないこともあるだろう。
「何で…だと?今、王都は大騒ぎだ!大妖魔二体の封印が解かれ、その大妖魔二体の力が共に消滅したのだ。これが騒ぎにならぬ訳が無かろう!」
「いや…騒ぐこたぁ前提として無ぇだろ?んな大袈裟な…」
「大袈裟などではない!コアイギス様ですら消せなかったの妖魔が消えたのだ!確り説明のゆく経緯を話してもらおうか!」
 ルーファスがうんざりしながらヴィルベルトを見ると、もう魂が抜けた様にポカンと口を開いたまま椅子に座っていた。相当ホロヴィッツに嫌味なりを浴びせられたのだろう。そうして…延々と説明を繰り返していたに違いなかった。
「そんじゃ仕方無ぇ…初めっから話すぞ。」
 そう言うや、ルーファスはその場に座り込んで話始めた。それこそ全てであり、朝日が昼の陽射しに変わっても未だ終らず、その日が少し傾きかけた頃にやっと終わったのであった。
 しかし、最後のグスターフとシセルが消え逝く場面に入ると、ホロヴィッツは堪え切れずに涙を流していたのであった。
 彼はルーファスに突っ掛かりはするが、意外と情に脆い人物なのである。
「そうか…。では、もうこの地に邪気が蔓延することはないのだな?」
「そいつは俺とウイツが保証する。」
 そうルーファスが答えると、ウイツがルーファスの横に立ってホロヴィッツへと付け足した。
「そうだな。もう一度ルーにそのニコラスのサファイアを使って浄化してもらえば、自ずと大地は蘇るだろう。そうすれば、遠からず動物も帰ってくるだろうしな。」
 それを聞くや、ホロヴィッツは立ち上がって「私は帰る。」と言った。どうやら王への報告には充分と判断した様である。
 そして立ち去る前にルーファスへと振り向いて言った。
「今までの話から察するに、お前には未だやり残したことがあるようだ。爵位の関わる人物には出来る限り伏せておく。尤も、そればバーネヴィッツ公が誤魔化されることだろうから、余計なことは言わないがな。」
 ホロヴィッツはそこで一旦言葉を切ると、表情を硬くしてルーファスに言った。
「しかし、私はお前の態度を許しはしない。バーネヴィッツ公とコアイギス様のお気に入りだからと言っていつまでも好き勝手しているとは。その点は王へ進言しておく。」
 そう言い終えると、ホロヴィッツはそのまま振り向くことなく立ち去ったのであった。
 彼の姿が見えなくなって、やっとヴィルベルトの生気が戻った。そして、未だ泣きそうな表情で師へと言った。
「師匠…僕、あの人嫌いです…。」
「まぁ、分からなくはねぇな。昔からああなんだ。俺が気に入らねぇみてぇだから、俺とつるんでたウイツもよく当たられてたかんな。」
「ルーが余計なことばかり言っていたからだろう…。」
 ウイツが溜め息混じりにそう返すと、ルーファスもヴィルベルトもつられて溜め息を洩らしたのであった。

 さて、三人はそれから直ぐに街の外へと移動した。そして、ルーファスは街全体に向かって魔術を発動させたのであった。浄化の魔術である。
 そもそも、魔術に浄化の力はない。だが、魔力…即ち魔の力を反転させることは可能であり、要は邪気として地を汚している力を使って別の力を引き出すと言うことなのである。
 ルーファスは先に語った"旋律魔術"に別の魔術を加え、自身のオリジナルとして魔術を行使した。
「これ…やっぱり雪みたいですね…。」
 ヴィルベルトは空を見上げながら誰とはなしに呟いた。その魔術は墓地の時と同様、淡雪の様な光が大地に降り注ぐものであった。ウイツもヴィルベルトと同じように、その光景を目を細めて眺めている。
 オリジナルの創造…これが第二位の魔術師と言われるルーファスの力である。
 オリジナルを創造することは容易い訳ではない。教養や体力があれば良い訳でなく、かなりのキャパシティがなくば創造出来ない。それこそ天性のものであり、ルーファスにはそれが備わっていたからこそ、師であるコアイギスに弟子として認められたと言われている。
 そのルーファスの魔術は、直ぐに効力を発揮し始め、枯れ果てた大地に小さな緑を生み出したのであった。
「師匠、凄いです!こんなに植物が芽を出して…。」
「見りゃ分かるっつぅの!ったく…俺は疲れた。ウイツ、ツィンクに転移の陣は書いてきたんだろ?」
「ああ、こんなこともあるかと思って部屋に書いていてある。前金で三ゴルテ払ってあるし、後金で二ゴルテ払うと言ってある。馬車も部屋も無事だと思うよ。」
 ウイツがそう言うや、ルーファスは虚空に向かって何かを描く様な仕草をした。
「師匠…何してるんですか?」
「ヴィルベルト君、あれば陣を描いてるんだよ。」
「…?それって地面に描くんじゃないんですか?」
「普通は…ね。まぁ、見ててごらん。」
 ウイツにそう言われたヴィルベルトは、暫くそれを見ていた。すると、手を動かすのを止めたかと思うや、ルーファスはいきなり大きな声で言った。
「現れよ!」
 そうして手を強く叩くと、虚空に光を帯びた陣が浮かび上がったのであった。
「…これ…どうなってるんですか?」
 ヴィルベルトは目を見開いて問うと、ウイツは苦笑しつつそれに答えた。
「これ、ルーとコアイギス様以外は使えないんだ。今のこれは簡易的なものだけど、空間そのものに陣を刻み込むことも二人には可能なんだよ。」
「師匠って…やっぱり凄いんですねぇ。こんなんでも…。」
 ヴィルベルトは溜め息を洩らしつつそう言うと、ルーファスはクルリと振り返って言った。
「こんなんでもは余計だっつぅの!ほれ、行くぞ!」
 そうして三人は陣の真下へと移動した。が、ヴィルベルトだけは表情を強張らせていた。
「これって…やっぱり…」
「彼の場所へ我を繋げ!」
「やっぱり!」
 ヴィルベルトの叫びも虚しく、三人は再び移転魔術を行使してその場より立ち去ったのであった。

 後に残されたものは、憂いの消え去った穏やかな風景と、そこに刻まれた幾多の想いだけであった。



 
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