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魔術師ルー&ヴィー

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第一章
  XⅡ


 女公爵がシュテンダー家へ赴いてから六日が過ぎようとしていた。
 ルーファスらはその間、周囲にある村や町などに出向いて情報収集していた。
 その合間の時間を使い、ルーファスは弟子であるヴィルベルトの訓練も同時に行っており、暇をもて余していた訳ではなかった。
 三人がいた場所から一番近いリッケの村は、村とは言え規模は大きく、必要な物資を揃えるには十分な村であったため、そこにはウイツが何度か買い出しと情報収集に赴いていたのであった。
 その村も例に漏れず、あのファルケル崇拝が盛んであり、あの肖像画も大半の店に飾られていた。
 ウイツは出来れば見たくはなかったのであるが、店という店に飾られていては仕方無いと観念はしていたのであるが、はっきり言ってうんざりしていた。
 ルーファスは幾つか別の小さな村へヴィルベルトと赴き、わざと宿や酒場などに入って情報収集をしていたが、これはファルケル崇拝がどれ程浸透してどれ程の影響を与えているかを調べるためであった。
 その結果、貴族の力が強く及んでいる村ほどファルケル崇拝は希薄になっており、その逆、つまり貴族があまり熱心に介入していない村は盛んにファルケルを崇拝していたのであった。そこはつまり、あまり豊かとは言えない村であり、不満や鬱憤が蓄積していた村なのであった。
 三人は夜に情報交換をし、粗方ファルケルの戦略は理解出来たのではあるが、やはり理由は掴みかねていた。
「そろそろなんだがなぁ…。」
 ヴィルベルトの訓練を見ていたルーファスが呟いた。
「師匠、そろそろって…公爵のことですか?」
「そうだ。往復で五日から六日…そう考えてんだけどよ…。」
 そう言ったルーファスの顔には、明らかに訓練に飽きたと言わんばかりの表情が見てとれたため、ヴィルベルトは大きな溜め息を洩らした。
「師匠…もう少し真面目に遣って下さいよ…。」
「俺はいつだって真面目だ。真面目に飽きたんだっての!ファルケルの奴がどうしてっかも分んねぇし、こんなとこで暢気にしてる訳にゃいかねぇだろうが!」
 ルーファスがそう言って立ち上がり背を伸ばすと、向こうからウイツが帰ってくる姿が見えた。
「ウイツ!何か分かったか!」
 ルーファスがそう声を上げると、ウイツは「駄目だ!」と返してきたため、ルーファスは浅い溜め息を吐いて寝転がってしまった。苛立ちを通り越して遣る気が失せた様である。
 空は青く、そこへ薄い雲が風に流されている。これから何が起こるか分からない地上と比べ、何て閑なものだとルーファスは少しばかり苦笑した。
「ルー、寝転がってないで弟子の訓練を見てろよ。」
 青空を仰ぐ友の顔を覗き込み、ウイツはやれやれと言った風にルーファスへと言うや、そんなウイツの顔を半眼で見返してルーファスは言った。
「ウイツ…そうは言うがなぁ、こうも毎日同じことしてりゃ飽きるってもんだろ?ヴィーには四元素の第三位の魔術まで教えてあるし、後はその応用みてぇなもんだかんな。今はまだ、それ以上のは教えらんねぇしよ。。」
 ルーファスは何とはなしにそう言うと、ウイツは眉をピクリと動かして返した。
「おい…あの歳で四元素魔術第三位までを会得したのか?」
「ん?ウイツ…俺は十四の時には四元素魔術は第一位まで会得してたぜ?ヴィーが第三位までを会得できねぇ筈ねぇだろ?」
 ルーファスにそうあっさりと言われ、ウイツは呆気にとられてしまったのであった。
 四元素魔術とは、言わずと知れた火・水・土・風の力を使用する魔術である。第一位から第七位まで別れ、本来は二十歳前後に第三位を会得出来るのが通例であった。世間が思うほど容易い魔術とは言い難いのである。
 確かに、この魔術の呪文を覚えるのはそう難しくはないのであるが、それを自らの精神で完全に操るとなれば話は別で、相当の精神力がなくば自らをも傷付ける。故に、小さな魔術を積み重ねつつ精神力を養い、階級を上げて行くのである。それはどの魔術でも同じであるが、四元素魔術はその階級の多さで難さが際立つ魔術と言えた。
「ルー…ヴィルベルト君を弟子にしてどれ位になる?」
「そうだなぁ…三年位か?」
「それで…第三位まで教えたのか?」
「そうだ。ま、そんための旅でもあったしな。光系統の魔術は苦手みてぇだけどよ、他の中級魔術は相性が良かったみてぇだし、別に問題ねぇよ。」
「お前って奴は…、」
 ウイツ呆れて大きな溜め息を吐き、寝転がるルーファスの隣に座った。
 ルーファスの話からすれば、旅そのものを弟子であるヴィルベルトの精神の鍛練にしていたのである。ルーファスからしたら旅は趣味であり、そこへ実益を加えただけに過ぎないのであった。
 ヴィルベルトにとって旅は大変有益であった様で、その力を確実に伸ばしていることはウイツも認めざるを得なかった。
「師匠、こんなの造ってみました。」
 話している二人の前に、ふとヴィルベルトが何かを手にやってきた。二人がそれを見ると、それは手のひらサイズの土人形であった。
 ルーファスは起き上がってウイツと共にそれを見ると、それは精巧に造られた猫であり、その毛並みさえ感じとれそうなものであった。
「お、良く出来てんじゃねぇか。これなら売れっぞ?」
 ルーファスはそれを手に取って弟子の作品にご満悦の様であったが、隣に座るウイツは驚いた表情で固まってしまっていた。
「ウイツ?お前、何やってんだ?」
「いや…。ルー、お前…造形魔術まで教えたのか?」
「少し前にな。こいつは意外と便利だかんなぁ。」
 あっけらかんと答えたルーファスに、ウイツは手を額につけて言った。
「そういう問題ではなく、造形魔術は魔術師の試験課題の一つで、こんな簡単に扱える筈が…」
「そう言えば、ウイツは造形魔術が苦手だったよな。ヴィーはこの手の魔術に相性が良かったようだけどよ、別に今どうこうって訳じゃねぇし、良いじゃんか。ヴィー、もう一つ何か造ってみろ。」
 ルーファスはウイツの言葉を遮ってそう言い、弟子に再び造形魔術を行使するよう促すや、ヴィルベルトは「はい。」と答えてルーファスとウイツの前で呪文を唱え、土から人形を造り出したのであった。
 造形魔術は四元素魔術を応用した魔術で、それらを組み合わせることで自分の意識下にあるものを形造る魔術である。これこそ精神を集中させて行わねばならず、苦手とする魔術も多い。
 一般に修復や復元の魔術と混同されがちだが、これはそれらとは全く異なり、新しいものを創造するのが造形魔術なのである。
「お、今度はリスか。これは叔母上が喜びそうだな。」
 そう言うや、ルーファスはその人形をヴィルベルトから受け取り、それを光へと翳して言った。
「光を構成せし七つの色よ、我が手に集え!」
 ルーファスがそう言った刹那、その土人形に鮮やかな色彩が施され、まるで今にも動き回りそうに感じるものになった。まぁ、実物の四分の一程度の大きさではあるが。
「いいなぁ。僕、まだ色彩魔術は全然ですから…。」
「こりゃ光の魔術の一つだかんな。お前、まだ光を出せねぇだろうが。」
「はい…まだ力を制御出来ないです…。」
「精神力が足んねぇんだよ。ま、旅してりゃその内に上達すっさ。」
 二人の会話を聞いて、ウイツは唖然としていた。
 ルーファスは大陸第二位の魔術師で魔導師の称号も与えられており、その弟子もまた弱冠十六歳で造形魔術さえ使いこなせる。
 二人とも異例なのだ。その様な二人だからこそ、ウイツはいつかこの二人が大きな事を成すのではないかと思った。いや…確信したと言うべきか。
「全く…お前達は可笑しな奴らだ。」
 ウイツは何か諦めた様な口振りでそう言った。
 それはまるで…自分が置いて行かれることを分かった者の様で、どこかしら寂しげに見えた。
「どうした、ウイツ。腹でも痛いのか?」
「あのなぁ…。」
 ウイツがそう言った時、遠くから馬の駆ける音がしたため、三人は耳を澄ました。
 ルーファスらはそれが何者か確かめるべく林から道の端へと出ると、音の方へと目を細めた。
「やっと来た様だな…って、あれ?」
 そう言ったきり、ルーファスは固まったままになってしまった。
「師匠?どうしたんですか?」
 ヴィルベルトは不思議そうに師へと問ったが、ルーファスは顔色を悪くして冷や汗をかいて遠くを見詰めていたため、ヴィルベルトも未だ遠くにあるそれを見詰めた。
 ウイツも二人と同様に近づく者達を見ていたが、彼にはルーファスがなぜ体を強張らせしまったのか直ぐに理解出来た。
「ルー。あれ…親父殿だろ…。」
「え?もしかして…シュテンダー侯爵様が…?」
 ヴィルベルトは未だシュテンダー侯爵には会ったことはなかった。ルーファスが実家に帰ることが無かったためだが…。無論、顔は知らないのである。
 そうしているうち、三人の目には馬に乗った四人の人物姿がはっきりと分かった。一人は言うまでもなく女公爵であるが、その少し後ろについている男性をヴィルベルト知らなかった。その後ろに並んでついている二人の従者には見覚えがあったため、その男性がルーファスの父であるシュテンダー侯爵だと分かったのであった。
 その男性は精悍な顔立ちで、深い碧の外套を纏っていた。
「いや、待たせたな。」
 そう言いつつ、女公爵は三人の前へとやってきた。そして、その後ろにいた男性にも声を掛けた。
「早ぅ来い!全く、何をモタモタしておるのだ!」
「そう怒鳴るな!わしも歳なのだ!」
 その男性はそう怒鳴り返し、直ぐに女公爵の隣に馬をつけた。すると、女公爵は軽い笑みを浮かべて言った。
「何を言っておる。私は未々走れるぞ?」
「お前は相変わらずだな。わしはとうにそういうことから引退しておるのだ。少しは考えてほしいものだ。」
 男性がそう言いながらルーファスら三人の前に来た時、三人は同時に片膝をついて礼をとった。そして些か緊張気味にルーファスが口を開いた。
「お久しゅう御座います、父上様。」
「アダルベルト…また厄介事に巻き込まれた様だな。」
 アダルベルトとは、ルーファスのミドルネームである。
 父であるシュテンダー侯爵は、決してルーファスをファーストネームでは呼ばなかったが、これには些かの理由があった。それはファーストネームを付けた人物を知っていたからである。
 シュテンダー侯爵は、内外からルーファスに大して態度が冷やかであると言われていることは承知していたし、その態度にルーファス自身は父に嫌われているのだと家を出た程なのである。
 しかし、それはルーファスの秘密によるもので、ミドルネームしか使わないのは名付けた者への敬意なのである。ここで詳しく語ることは敢えて避けるが、後に明らかになるだろう。
「申し訳御座いません。」
 父の言葉に、ルーファスは固い口調で答えた。シュテンダー侯爵は少しだけ寂しげな表情を見せたが、直ぐに表情を戻して言った。
「別に良い。今に始まったことではないからな。で、これが必要と聞いたが?」
 シュテンダー侯爵はそう言うや、懐から小箱を取り出して開いた。それは紛れもない、シュテンダー家の家宝“ラファエルの涙"であった。
「これがあれば、確実にあのミストデモンを滅せると聞いた。本当か?」
「はい。先に叔母上より話しをお聞きと存じますが、その“ラファエルの涙"であれば、確実にミストデモンを打ち滅ぼすことが出来ます。但し…その代償は宝玉の消滅ですが…。」
 ルーファスはそう答えるや、少しだけ顔を上げて父を見た。家宝を「消滅」させるために「貸せ」と言ったのだから、ルーファスは内心気が気ではなかったのである。
 だが、そんなルーファスの思いを知ってか知らずか、シュテンダー侯爵はこうルーファスに返したのであった。
「それはどうでも良い。これであのミストデモンを滅ぼせるのならば安いものだ。」
 そう言って後、ルーファスの前に歩み寄り、手にしていた小箱をルーファスへと手渡して言った。
「アダルベルト、しくじるな。お前の事だから巧く遣り抜くだろうが、今までの様に一人で突っ走るな。今のお前には守るべき者がある。故に、この件は必ず成功させねばならん。」
「解っております。シュテンダー家の名に泥を塗る様な事は致しません。」
 ルーファスの返答に、シュテンダー侯爵は浅い溜め息を吐いて言った。
「ずっと馬鹿ばかりやっていたが、お前はそれ以上のことも成したからな。良い、お前を信じよう。」
 そう言うや、シュテンダー侯爵はルーファスらから離れて馬へと乗った。
「クリスティーナ、後は頼んだぞ。私は執務に戻らねばならんからな。」
「全く忙しない奴だな。少しはゆるりとして行けば良いだろうに。」
 シュテンダー侯爵の行動に女公爵は苦笑しつつ言ったが、彼はそれを聞かなかったことにして馬の向きを変えて言った。
「アダルベルト…たまには家へ戻ってこい。マリアーナが心配しておったからな。」
 そう言い終えるや、直ぐ様従者に「行くぞ。」と声を掛けて走り去ってしまったのであった。
 シュテンダー侯爵が去って後、未だ冷や汗をかいていた師へ恐々と問い掛けた。
「師匠…大丈夫ですか…?」
「あぁ…平気だ。全く…父上まで来るなんてな…。」
 ルーファスは冷や汗を拭いながらそう言うと、女公爵は苦笑しつつ言った。
「済まぬ。あやつに事情を話したら、自ら持って行くと言い出して聞かんでな。」
 女公爵がそう言うと、今まで黙していた大神官が付け足す様に口を開いた。
「全くのぅ。血が繋がっておらんでも、やはり子は子じゃ。あやつ表面には出さんかったが、内心気が気ではなかったからのぅ。」
「ファル、それは言うてはならん。」
「お、こりゃ失敬したのぅ。じゃが、遅かれ早かれ知れることじゃ。」
「それはそうだが…。」
 二人の会話は、単にルーファスの父が息子を案じていた…と言うこと以上のことであると感じたルーファスは、意を決して女公爵へと問うことにした。
「叔母上、私は父と血が繋がってないことは知ってます。ですが、それだけではないのですよね?」
 その問いに、女公爵は「うん…。」と唸り、どう答えるべきかを考えた。
 ルーファスは自分の出自を性格に把握しているわけではなかった。見れば家族の誰とも似てないことは一目瞭然で、母とさえ血縁関係がないことは気付いている。
 ではなぜ、ルーファスはシュテンダー侯爵家に実子として育てられることになったのか?ルーファスは現在に至るまで、それについて考え続けてる。
 赤の他人の子を、なぜ育てる必要があったのかが分かれば、そこから本当の両親が分かるかも知れないという淡い期待がルーファスにはあった。
 無論、育ててくれたシュテンダー侯爵とマリアーナは両親として愛してはいる。だが、産みの親を知りたくない訳ではないのである。
「叔母上…。」
「済まぬが…私の口から語るべきことではないのだ。許せ。」
「わしもつい口が滑ってしもうた。悪いことをしたのぅ…。」
 女公爵と大神官にそう言われては、ルーファスもそれ以上は聞けなかった。
 この二人がそう言って話を避けたと言うことは、ルーファスが考えていたよりも大きな力が働いていたのである。ルーファスもそれに気付き、敢えて追及はしなかったのだ。
 女公爵も大神官も、その力はかなりのものである。そんな二人が口を鉗むと言うことは、そうとうな力が掛かっている…そう考える他ないのである。
「分かりました。もう、これについては聞きません。」
 そうルーファスは女公爵と大神官へと言うと、直ぐ様ウイツを呼んだ。
「どうした?」
 ウイツがそう言ってルーファスの元へ来ると、ルーファスはこれからどう行動するかウイツに伝えた。すると、それを聞くやウイツは見る間に顔を顰めて返した。
「ルー…それ、本当に大丈夫なのか?」
「今んとこ、これしか方法無ぇだろ?」
「そりゃ…まぁ…。」
 ウイツは口籠った。
 ルーファスがウイツに言った方法とは、ルーファス自身が囮になってミストデモンを誘き寄せ、宝玉“ラファエルの涙"へ封じて後に結界を張ると言うものであり、一歩間違えればルーファス自身がミストデモンの餌食になりかねない。
 もし仮に、これが失敗してルーファスの体と力がミストデモンに奪われたなら、それこそ国家の一大事と言わざるを得ない。
 しかし、ウイツでは宝玉“ラファエルの涙"を操る力はない。ヴィルベルトに至っては論外であり、消去法でルーファスしか出来ないのは言うまでもないことである。
「ルーファス、お前は大丈夫なのか?あの妖魔は…」
「叔母上、誰かが遣んねぇと終わら無ぇだろ?だったら俺が遣るってだけだ。

 心配そうな女公爵にルーファスは笑いながらそう返すと、「さて、行くか。」と言って馬車へと向かった。
 だが、ウイツは馬車へと向かうルーファスを呼び止めて言った。
「ルー。もうこんな時刻だし、明朝にでも発てからでも…」
「いや、直ぐに移動した方が良い。奴らだって俺達がラファエルの涙を手にしたことは気付いてる筈だ。ここで留まれば、恐らく倍の手勢で襲ってくんだろうかんな。」
 馬を撫でながら、ルーファスはそう皆に聞こえる様に言った。すると、ヴィルベルトが驚いた様に言った。
「師匠って…一応は考えてるんですね。」
「ヴィルベルト君。今、何か言ったかな?」
「…いえ、何でもありません。出発しましょう。」
 ヴィルベルトは表情を強張らせてそう師に返すや、皆は吹き出してしまった。それこそ女公爵の従者まで。

 今宵の月は少しばかり欠けているものの、その光は道を照らすに充分であり、ルーファスらは月明かりに導かれるように前進したのであった。



 
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