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魔術師ルー&ヴィー

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第一章
  Ⅷ


 ルケの村へ入ることが出来た時には、もう日が傾きかけていた。
 ルーファスとヴィルベルトは急いで食糧を調達し、それを馬車へと詰め込んだ。事情を話した店の店主が力を貸してくれ、他の店でも安く食糧を手に入れることが出来たは良いが、馬車の中も上の荷台も一杯になり、帰りはヴィルベルトも馭者台に乗ることになった。
 馬車本体にルーファスは軽減の魔術を施し、馬には出来るだけ負担にならぬようにしたが、それでもファルの街に着く頃にはすっかり日も暮れてしまっていた。
「もうすぐ着きますね。僕、水で体を拭きたいです。」
「そりゃ俺もだっての。一応二日分の宿代払ってあんだし、また風呂にでも入りゃいいだろうが。」
 忘れていたが、二人は宿に泊まっていた…筈なのである。前金として二日分渡してあるため、戻ればゆっくり出来るのである。
 しかし、ファルへと戻ってみると、二人のそんな思いを打ち砕く出来事が起こっていたのであった。
「な…なんだこりゃ…。」
 二人が街に入って直ぐ、道を塞ぐ様に人が溢れていたのである。どうやら暴動が起こっているようであった。
 馬車では、この本通りしか通れない。引き返そうにも、後ろからも人が詰め掛けており、とても馬車を動かせる状況にはなくなっていた。
 人々は食糧や薬、住居など、生活に欠かせないものを要求しながら街長の館へと行進しているようであったが、その様な中へ馬車で入ってしまったため、暴徒化した民衆に目を付けられない筈はない。
「師匠…ヤバくないですか…?」
「そうだな…こりゃ、ヤベェよな…。」
 そう二人が呟いた時、周囲の民衆が一斉にルーファスらへと視線を向けた。正確には、そこにあった物資に…と言った方が良いが。
 身の危険を察したルーファスは、仕方無く立ち上がって魔術を行使した。
「星々よ、憩の時を齎せ!」
 その言葉を聞き、隣のヴィルベルトはギョッとしてしまった。何故ならその魔術は…睡眠の魔術なのだ。それをこの様な場所で行使すれば…。
「あぁ…。」
 周囲の人々は次々に眠りに落ち、その場は眠る人々で埋め尽くされてしまうのであった…。無論、馬車は全く進むことは出来ない。
「これ、どうするんですか?人が眠っただけで、状況は全く変わんないじゃないですか…。」
「…ったく面倒くせえ!いっそのこと、こいつら纏めて吹き飛ばすってのはどうだ?」
 ルーファスがそんな物騒な意見を述べた時、背後から不意に声を掛ける者がいた。
「相変わらずだな、ルー。」
 さも可笑しいと言ったその声に、ルーファスはハッとして振り返り、直ぐ様馭者台から飛び降りた。
「ウイツ!」
 そこに立っていたのは、ここの街長の所へ来ていた魔術師であった。ルーファスとは長い付き合いで、親友と呼べる者の一人である。
「ルー、久しぶりだな。そこから顔を出しているのがヴィルベルト君だね?」
 そう言われたヴィルベルトは、直ぐに馭者台から降りて師の傍らに立って頭を下げた。
「お初にお目にかかります。ヴィルベルト・レームクールです。」
「これはご丁寧に。僕はウイツ・フォン・エーベルハーネだ。以後宜しく。」
 ウイツはそう言ってヴィルベルトへと握手を求めたため、ヴィルベルトは慌てて「はい!」と言ってその手を握ったのであった。
「ヴィー、何だ?ウイツと俺のこの差は何なんだ?」
 ニコニコとウイツと握手する弟子を半眼で見やり、ルーファスは納得いかぬと言った風に言った。すると、ウイツが事も無げに返した。
「ルー。それは僕の方が品があるからだろう?」
「ウイツ!そりゃ、俺に品が無いっつぅことか…!?」
「決まってるだろ?全部吹き飛ばすなんて言い出す奴に、品もへったくれもないじゃないか。」
 ウイツがそう言うと、ヴィルベルトもそれに便乗してルーファスに言った。
「そうですよ師匠。あんな物騒なこと言うなんて、そこに品なんて…」
 だが、ヴィルベルトはそこまで言って黙してしまった。目の前に立つ師が、今まで見せたことのない様な笑みを浮かべていたからである。
「えっと…師匠?別にそれが悪いとかでは無くてですね…」
「良いんだよ、ヴィルベルト君。別に私を非難しても、私は怒ったりしないから。」
 その言葉とは裏腹に、ルーファスからは凄まじい怒りを感じたヴィルベルトは、青冷めてウイツへと目線で助けを求めた。すると、ウイツはルーファスの肩をガッチリと掴んで言った。
「お前がどんな奴でも、僕はお前のことが好きだぞ!」
 その言葉に、ルーファスもヴィルベルトも間の抜けた表情になってしまった。
「好きって…ウイツさん、そっち系の方だったんですか…?」
「ってかウイツ…フォローにすらなってねぇぞ…。」
 ルーファスとヴィルベルトはそう言って脱力し、目の前の問題に戻ることにした。ウイツはそんな二人をニコニコとしながら、一人満足そうに見ていたのであった。
 さて、そんなウイツを引き連れ、ルーファスはこの状況を打破する術を模索すべく行動した。
「で、これどうすりゃ良いんだ?」
 周囲には眠り続ける人々が溢れ、月明かりがこれ見よがしに照らしている。ルーファスに問われてそれを見やるや、ウイツは少し考えて答えた。
「そうだなぁ…こうすれば良いと思うけど。」
 ウイツはそう言うと、静かに呪文を唱えた。
「暁の満ち足る時、消え去る闇と来るべき光、刹那の眠りの中に我が声を聞き、我が意思を行え。」
 ウイツが唱え終えると、眠り続ける人々が起き上がり、道を開けるかの様に端へと歩いたのであった。
「そうか、この手があったか。」
「ルー…一応お前は大陸第二位の魔術師で、しかも魔導師の称号を与えられてるんだぞ?これくらい覚えとけよ…。」
 ウイツは溜め息を吐きつつそう言ったが、後ろで控えていたヴィルベルトは驚いたように言った。
「えっ!?師匠って…魔導師の称号を持っていたんですか!?これで?」
「ヴィー…これでは余計だ。ま、称号は十五ん時に授与されてっけど、あんなもん何の役にも立たねぇかんなぁ。」
「何てこと言うんですか!魔導師の称号は、単に力が強いだけじゃ与えられないものなんですよ?」
 ヴィルベルトは顔を紅潮させ、ルーファスの言葉に反論した。まぁ、ヴィルベルトが反論するのも無理からぬことなのである。
 魔導師の称号とは、魔術師の玄人であるだけでは与えられない。無論、魔術の力は重要であるが、他に精神力、学力、剣術など、様々な視点から術者を観察し、それら全てが一流でなくばならない。
 その中で学力がかなりの難関と言え、特に魔術構成論と神聖術読解の二本柱が難解なのである。魔術構成論は魔術師には必須だが、なぜ神聖術読解を学ぶかが鍵なのである。
 神聖術は魔術とは全く違う性質を持つが、二つの術が互いにいがみ合うのは得策ではなく、寧ろ歩み寄れば何倍もの力となる。そうなれば大陸を平安に保つことが出来ると考えた数代前の王達が、魔術師には神聖術読解を、神聖術者には魔術構成論を学ばせることに賛成したのである。因みに、神聖術者には<大賢者>の称号があり、大陸に二人のみ存在している。
 ともあれ、ヴィルベルトにとって魔導師の称号は憧れであり、目指すべき目標なのである。それをルーファスは役に立たないと言ったのだから、ヴィルベルトにとっては憧れを否定されているのと同じなのであった。
「まぁ、そう怒んなって。単に強いだけじゃ、世の中渡ってけねぇぞ?強いってのはな、それだけで弱者を助ける義務がある。要はな、自ら得たものを世に還元しなきゃなんねぇってことだ。」
「でも…強いに越したことないじゃないですか…。」
 不服気にヴィルベルトが師に言うと、聞いていたウイツがそれに答えた。
「ヴィルベルト君。強くなりたいのは分からなくはないが、強くなれば多くの義務が生じる。それに対し、責任感を伴わせなくてはならない。単に力だけ得ても、それは自分だけ強いだけであり、実はとても弱く脆いものなんだよ。得た力を自分の意識で制御し、人々から慕われることが出来てこそ、本当に強いと言えるんだ。力は振るうためにあるんじゃなく、守るためにあるんだからね。」
「そう言うものですか…。」
「そう言うものだよ。」
 ウイツはずっと笑っている。どうやら、ルーファスとヴィルベルトの二人が面白くて仕方無いらしい。
 さて、人々が押し寄せていたのは街の中心の大通りだけだったようで、他はいつも通りであった。ただ、セブスの人々が押し掛けてきているため、人々は幾分忙しなく動き回ってはいたが。
 人々がウイツの魔術で道を開けたため、ルーファスらは難なくマルティナの店へと着くことが出来た。無論、眠りの魔術は解除してきていた。
 店に着くや、三人は直ぐ様荷を下ろして店の中へと運んだ。ここに来たセブスの人々は皆静かにしており、街中の騒ぎには全く無関係であるようであった。
「皆ご苦労様。って…あれ?さっき、もう一人いたよね?」
 マルティナが顔を出してそう言うと、ルーファスは苦笑いしながら答えた。
「あいつは帰った。ま、仕事で来てっかんな。」
「そうなの…。ま、二人共ゆっくり休んどくれ。中に夕食用意してあるから、食べたら風呂にでも浸かって疲れを取っとくれよ。これだけ調達できれば五日はもつし、それまでには街長がどうにかするだろうしねぇ。」
 マルティナはそう二人に言うと、直ぐに厨房へと入って行ったのであった。ここへ来た人々の夕食を作っているようで、中から何人もの声が入り交じって聞こえていた。
 二人は夕食を受け取ると、セブスの人々がごった返す中へと入った。情報収集も兼ね、一緒に食事をしようと考えたのである。
 中に入り二人が驚いたことは、皆その表情が柔和であったと言うことであった。村を焼かれて逃げてきたとは思えぬほど、人々は安堵しているのでる。手伝いに来ている街の住人とも打ち解けており、それはマルティナらがいかに彼らの為に尽くしているかが分かることであった。
 ふと見ると、マルティナは出来た食事を持って歩き回り、その都度人々に話し掛けいる。話し掛けられた人々の顔からは笑みが溢れ、それが周囲に温かさを与えていた。マルティナも疲れを感じさせることはなく、人々のことを心から想っているからだとルーファスは思った。それがマルティナという人物なのだと。
「ダヴィッド!そんなとこに突っ立ってないで、早くそれ運んどくれよ!」
「分かってるって!その後に薪割りだろ?」
 マルティナとダヴィッドの会話に、周囲からドッと笑い声が溢れた。
「兄ちゃん。お前さん、尻に敷かれとるなぁ。お子さんはおるんかい?」
 ダヴィッドへ、直ぐ近くにいた老婆が微笑みながら聞いた。それにダヴィッドは苦笑混じりに答えた。
「いゃあ…結婚はしてないんで。」
「おやまぁ、これからだったんかい?」
「えっと…。」
 ダヴィッドは答えに詰まり、頬を掻きながら苦笑いするほかなかった。
 マルティナのことは愛しているし、結婚したいと思ってはいる。だからこそ、ここへ留まり続けているのである。だが、当のマルティナから返事を貰えてないのが実情なのだ。
 実は、ダヴィッドは一度プロポーズして断られている。マルティナ自身、娼婦として働いていたため、結婚は出来ないと言ったのである。これも仕事と言い切るには、やはりそれなりの覚悟はあったのである。
 しかし、ダヴィッドはそれでも諦めることはなく、ずっと彼女の傍らに居続けているのである。
 尚も揶揄われているダヴィッドへ、厨房からマルティナが顔を出して大声で言った。
「ちょっと、まだなのかい!そんなんじゃ、結婚してやんないよ!」
「…え!?」
 ダヴィッドは目を見開いてマルティナを見ると、彼女は満面の笑みを見せていた。
「それって…一緒になってくれるって…」
「そうだよ!だから早くやっちまいなって!」
 そう言って恥ずかしそうにマルティナは厨房へ引っ込んでしまったが、店の中からも厨房からも拍手や祝福の声が飛び交った。
 村を焼かれて逃げ延びた人々見て、マルティナにも思うところがあったのであろう。
「ま、こういうのもありか。」
「そうですね。」
 ルーファスとヴィルベルトは食事をとりながら苦笑しつつそう言った時、隣に座っていた老婆が不意に話し掛けてきた。先程ダヴィッドに子供の話をした老婆である。
「お前さんは結婚せんのかい?」
「は?俺のことか?」
 ルーファスは急に聞かれたため、もう少しでむせるところであった。
「そうじゃよ。見たところ旅のお方じゃろうが、一人もんじゃろ?」
「まぁ、そうだけどよ…。」
 老婆の問いに、ルーファスは些か鬱陶しいと思った。そんな話をするために食事をしている訳ではないのである。だが、老婆はルーファスに尚も話し掛けた。
「早ぅ良ぇ嫁さん見つけんさい。そうせんと、皆持ってかれちまうでのぅ。」
 老婆はそう言って笑っているが、ルーファスは苦笑いしつつ渋々返した。
「こいつが一人前になったら考えるさ。」
「ほぅ、弟さんかいの?」
 老婆はそう言ってヴィルベルトを見た。ヴィルベルトもまた苦笑している。
「いや、こいつは弟子だ。これでも魔術師なんでな。」
 ルーファスがそう言うと、老婆は少し驚いた表情を見せた。ルーファスにはそれが何なのか分かりかねて暫く様子を見ていると、この老婆は二人が驚くようなことを何とはなしに言ったのであった。
「魔術師とな…。私の兄は神聖術師でのぅ。半年ほど前に逝ってしもうたが、お前さんの様に弟子はとらんかったでのぅ。甥には幾分目を掛けてくれとったが、その甥がまさかあんな放蕩もんになっちまうとはのぅ…。」
 まるで何かを思い出す様に老婆は言ったが、それは単なる独り言ではなかった。その話に合致する人物は、そう多くはないからである。
 その老婆へ、ヴィルベルトが躊躇いながらも問い掛けた。
「貴女は…もしかして大神官老ファルケル殿の妹様ですか?」
「様など付けなさんな。しかし、さすがに兄は名が知れておるのぅ。」
 老婆はそう言って笑っていたが、ルーファスとヴィルベルトは顔を見合せた。まさか、大神官の妹が隣に座っていようとは、一体誰が考えよう。
 二人はその後、老婆から様々な情報を聞き出すことが出来た。
 老婆から聞いた話によれば、甥のファルケルはかなり前に家を捨て、家族や親戚とも完全に縁を切ったそうである。と言うより寧ろ、親族から縁を切られたようであるが。
 幼い頃に父を亡くし、かなり貧しい環境で育ったファルケルは、自分の力を過信し、本来してはならない行動をとったと言う。
 その力…“神聖術"で金儲けをしていたのである。
 神聖術者は、そう多くはない。魔術師同様、それは血統によって受け継がれるが、神聖術者は貴族ではない。術者がそうなることを拒んだためであり、基本は神に仕える形となっている。それ故か、神聖術者は少なく、得てして貧しい家系に生まれることが多い。
 これまでファルケルの様に振る舞う例はなかったが、今回のこれは歴史に残るであろう事態だと言える。
「お前さん、あの子のとこへ行くんかい?」
「そうだ。何をやらかすか分かんねぇが、それが何であれ、止めねぇとなんねぇかんな。」
 ルーファスがそう言ってヴィルベルトと立ち上がると、老婆はルーファスの手を掴んで言った。
「どうか、あの子を全うなもんにしてやっとくれ。兄が大層可愛がっとったんじゃから、根は優しい良ぇ子なはずじゃ。」
 老婆は皺の刻まれた手に力を込めていた。
 やはり身内である。縁を切ったとはいえ、心配で仕方無いのであろう。それを察し、ルーファスは老婆の手を握り返して答えた。
「分かったよ。」
 そう返すや、ルーファスはヴィルベルトを連れてマルティナのいる厨房へ行き、街を出ることを告げて直ぐに外へと出た。
 二人が馬車へと行くと、そこには既に先客がいたのであった。月明かりの中、馭者台にはウイツが笑いながら座っていたのである。
「ウイツ…お前、さっきの話聞いてただろ?」
「ご名答。二人だけ行かせる訳にもいかないしね。どうせ聞かなくても出るつもりだったんだろ?」
「…お見通しってか?」
「ま、長い付き合いだからな。街長には言ってある。食糧も金も積んであるから、何の心配もないぞ?」
 ウイツがそう言うと、ルーファスもヴィルベルトも、今日何度目か分からない苦笑を洩らしたのであった。
 そうしてルーファスは馭者台に、ヴィルベルトは馬車の中へと着くと、ウイツは静かに馬車を出したのだった。
 マルティナの店からは賑やかな声が聞こえ、空には光輝く月と星々があった。
 だが、三人の心は晴れない。この先に待つ何かが、三人の心を暗い曇で覆っていたからである。



 
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