魔術師ルー&ヴィー
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第一章
Ⅵ
その後、ルーファスはマルティナとダヴィッドから二人の関係などを聞いた。聞いてみれば、二人は幼馴染みだという。
話によれば、マルティナは元は商家の娘であったが、十年ほど前に王都の商人に流通ルートを奪われ、商売が成り立たなくなったという。マルティナの両親は死に物狂いで新ルートの開拓に走り回ったが、それさえも王都の商人に横取りされてしまった。
その中で、疲れから母は病に倒れて帰らぬ人となり、それを追うかのように父と兄も事故死した。残されたマルティナと妹は親戚筋を転々と回され、ある親戚の家で妹は売られてしまったのであった。叔父にあたる人物が金欲しさに貴族に売ったのである。無論、この国で人身売買は禁止されていたが、それでも時折こうしたことはあった。そして最悪なことに、その貴族はマルティナの妹をいたぶり尽くした挙げ句、その命を奪って道端へと捨てたのだ。
「そんな…貴族でそんなことしたら死罪じゃないですか!」
ヴィルベルトは怒りで顔を真っ赤にしたが、ルーファスはそれを制した。
「その話、確か聞いたことがある。王命で取り潰されたシュクリール家がそうじゃないか?」
ルーファスがそう問うと、マルティナは自嘲気味に笑うだけだった。そして話を続けた彼女は、もうそのことに触れることはなかった。
一人になったマルティナは親戚の家を逃げる様に出て、以前住んでいた家へと戻った。そこは空き家となって久しく、かなり傷んでいた。そこでマルティナは近くの造船所で働き、家を少しずつ修復していったのだ。それをダヴィッドが偶然見つけ、それ以来、ダヴィッドも手伝う様になった。
修復もかなり進みそれなりになったとき、マルティナはある決断をした。
- ここを娼館にする。 -
勿論、ダヴィッドは反対したが、マルティナそれを押し切って娼館を始めたのだ。
ダヴィッドはマルティナを愛していた。故に娼館などやってほしくはなかった。愛した女が他の男に抱かれるなど、ダヴィッドは認められなかった。
だが、ダヴィッドにはそれを止める術がなかった。一応貴族とは言えど、放浪生活同然であるダヴィッドに財産があるでもなく、飛び抜けて秀でた才能もなかったからだ。
生きるには金がいる。ダヴィッドとてそれは痛感していた。それ故、彼はマルティナの傍らにいることを決めたのだ。痛みを分け合うために…。そして、いつか二人で生きられるよう、マルティナを影から支え続けていたのであった。
「はぁ…だからあんなことしたんか…。」
深い溜め息を洩らし、ルーファスはそう言った。ヴィルベルトも呆れ顔でダヴィッドを見ている。
要は、幸せそうにしている人を見るのが腹立たしかった…と言うことで、それで嫌がらせをしていたのである。何とも幼稚だと、ルーファスとヴィルベルトは呆れ果てた。
「まぁ、分からなくはねぇが、そんなことしても意味無ぇだろ?」
ルーファスは何度目かの溜め息と共にダヴィッドへと言った。だが、ダヴィッドは心底悔しそうに返した。
「しかし、毎年ああなんです。こっちは必死だってのに、あいつらは…。」
「そうは言うが、ここへグリューヴルムを見物しに来る奴らにだって、何かしらの悩みはあるだろうが。全く悩みの無ぇ人間なんて居ねぇよ。そうは考えなれんかったのか?」
「…はい…。」
ダヴィッドの囁くような答えに、ルーファスはやれやれと言った風に肩を落とした。すると、そこへマルティナがダヴィッドを擁護するように言った。
「私も悪いんだ。彼の好意は前々から気付いていながら、こうでもしなきゃ食べてけなかったし、今いる店の娘らだって私の境遇と似たり寄ったりで、とても見捨てられなかったから…。」
「似たり寄ったりって…それじゃ…。」
ヴィルベルトが表情を曇らせて言った。そんなヴィルベルトを見て、マルティナは寂しげな笑みを浮かべて答えた。
「そう…ここに集まっている娘らは、皆孤児だったの。幸い私にはこの家が残ってたから娼館なんて始められたけど、もし家が無かったら…その辺で野垂れ死にしてただろうね。そういう娘が少しでもいなくなるよう、私が声を掛けて回ったんだ。勿論、強制なんてしなかったさ。何しろ仕事が仕事だしね。出来ないと断った娘も、出来るだけ世話したけどさ。」
「世話した?」
今度はルーファスが訝しげに問った。マルティナはルーファスが訝しく思っているのが分かり、直ぐにその問いに答えた。
「変に勘ぐらないで下さいな。他の娘らは、ここより金は安いけど全うな仕事を世話してくれるとこに行かせたんですよ。」
そう返したマルティナに、ルーファスは何かを思い付いたように言った。
「そんじゃさ、ここもそうした店にすりゃ良いじゃん。世間には商業ギルドもあるが、この街にゃ無ぇかんなぁ。」
ルーファスのこの言葉に、マルティナとダヴィッドだけでなく、ヴィルベルトさえも目を丸くしたのであった。
商業ギルド…それは幅広く人と職を集め、適材適所へと人を派遣する組織のことである。良い人材を派遣出来れば高い報酬が得られ、その報酬で次の人に身支度をさせて派遣する。これを幅広く繰り返すため、立ち上げにはかなりの資金が必要なのである。
元来、ギルドは貴族か資産家の連名によって作られる。魔術師ギルドも同様で、金が無くば人も職も集められないのが実状。無論、マルティナとダヴィッドにそんな資金を調達出来ようはずはない。少なく見積もっても、軽く三百ゴルテは必要なのだから。
「何言ってんだい!そんな金、ここにあると思うかい?まぁ、それは夢だね。私だって、こんな商売いつまでもって思っちゃいないが、今は日々の暮らしで手一杯さ。」
マルティナはそう言って苦笑いした。だが、そんなマルティナにルーファスはニッと笑って言った。
「そんじゃ、こいつがあれば?」
そう言ってルーファスが取り出したのは、小さな革袋だった。ルーファスの掌に収まる程のそれをマルティナへと手渡すと、マルティナは怪訝な顔をしながらその中のものを出してみた。
「あんた、これどうしたんだい!?」
革袋に入っていたものは、どれも上質の宝石だった。少なく見積もっても、それは五百ゴルテにはなる代物で、マルティナはあまりのことに呆気に取られていた。
「それか?前の仕事の報酬で貰ったんだ。本当は要らねぇって突っ返したんだが、荷物に入れられてたらしくてな。使い途も無ぇし、お前らだったら有効に使ってくれそうだったからな。」
ルーファスは事実をそのまま言ったのであるが、マルティナは訝しく思い、ルーファスと宝石とを交互に見ていた。
稀に貴族や資産家などが寄付してくれることはある。だが、それでも精々五十ゴルテが上限である。マルティナが手にしているのはその十倍。訝しく思うのも無理はない。隣のダヴィッドはマジマジと宝石を眺めていたため、マルティナは宝石を革袋へと戻してルーファスへと言った。
「私は施しなんて受けないと言った筈だが?」
「それは施しじゃ無ぇよ。この町のためにってことだ。ここへギルドが出来りゃ、この町は活性化する。そうすりゃ、貧しさから抜け出せる奴らも多い。金持ちにはなれなくとも、相応の幸福を受けられはするんじゃねぇか?」
ルーファスはマルティナの言葉にそう返し、そして再びニッと笑って見せたのだった。
そんなルーファスに、マルティナは少し戸惑った。ここで「はい、そうですか。」とは、如何なマルティナでも容易く答えられない。いくら普通に接してほしいと言ったとはいえ、やはりルーファスは貴族なのだ。
マルティナは迷ってダヴィッドを見ると、ダヴィッドは真剣な眼差しでマルティナを見ていた。ダヴィッドはどうしたいかを決めていたのである。その為、マルティナは意を決してルーファスに言った。
「貰っとくよ。いつかは分からないが、私はダヴィッドと二人、ここへ立派なギルドを作ってみせる。」
マルティナはそう言い、ルーファスと同じようにニッと笑って見せた。それは決意の表れで、それを見たルーファスもヴィルベルトも微笑んだ。マルティナの隣に座るダヴィッドは、そんなマルティナを眩しそうに見詰めていたのであった。
さてその夜、四人は旅の話を肴に飲み交わした。まるで昔からの知り合いと言わんばかりで、夜更けまで様々な話に華を咲かせた。無論、ヴィルベルトはお茶であるが。
四人が眠りに着いたのは朝方に近く、マルティナとダヴィッドが店仕舞いを終わらせた後である。
ルーファスは床に入って良い気分で眠っていると、外からガヤガヤと多くの人の声が聞こえて目を覚ました。外はうっすらと白んでおり、最初は各々の店が仕入れにでも出ているのかと思ったが、何だか様子がおかしいと窓を開けて見た。
「何だ…?」
ルーファスが窓から見た光景は異様で、人々が右往左往していた。中には怪我人がいるようで、肩に担がれたり担架に乗せられたりしている者までいたのである。
ルーファスは直ぐ様部屋を出て、正面の鍵を外して通りへ出ると、そこにはまるで火事で焼け出されたとおぼしき人々が押し寄せていたのであった。
「おい、この連中は何をしているんだ?」
ルーファスは目の前にいた男を呼び止めて問った。すると男は疲れ果てた表情で答えた。
「俺達はセブスの村から来たんだ。昨日の夕刻に村が賊に襲われ、そん時に火を放たれちまってな。何とかここまで逃げて来たんだ。」
「なんだって!?」
男はルーファスの驚きなどどうでもいい様で、フラフラとその場を離れてしまった。
ルーファスは急いで部屋へと戻り、マルティナとダヴィッドを叩き起こした。
「何だい何だい…まだ早いじゃないか…。」
「さっき寝たばっかだろ…どうしたんだ…?」
二人共寝惚け眼ではあったが、ルーファスの言葉で一気に目を覚ました。
「セブスの村が賊に焼かれたそうだ。」
「何だと!?」
ダヴィッドはそう言って目を丸くし、マルティナは直ぐ様ベッドから出て窓を開け放した。
「こりゃ…!」
マルティナはそう呟くや、直ぐに部屋を飛び出して大声を出した。
「お前達、緊急事態だ!悪いが起きとくれ!」
そう言って暫くすると、あちこちから女達が扉を開けて出てきた。
「姉さん…どうしたんです…?」
「セブスの村が賊にやられ、村人達がこの街に避難して来てんだよ。今から店を解放するから、悪いが受け入れ手伝っとくれ。」
マルティナがそう言うが早いか、女達は上着を取って店へと駆け降りていったのであった。
その騒ぎでヴィルベルトはやっと起きた様で、ルーファスはそんな弟子を苦笑混じりに見て言った。
「お前は図太い神経してんなぁ。」
「はぁ?まぁ…いいです…。それで師匠、これは一体何の騒ぎですか?」
不機嫌なヴィルベルトにルーファスは溜め息混じりに説明すると、二人は直ぐに支度を整えて外へと出たのであった。他に受け入れ出来そうな店や家々を回るためである。怪我人を癒す神聖術師のいる教会は無論こと、街長の館の門も叩き、町全体へと呼び掛けをして回ったのであった。
一方のマルティナらは怪我人の手当てや食事の用意で手一杯となり、朝日が昇ってルーファスらが帰ってもそれが終わることはなかった。だがその頃には、ルーファスらが街長に緊急を知らせたことが幸いし、セブスの村人達は何れかの公的建物や教会、資産家などの屋敷などへと入ることが出来ていたため、何とか一段落つきそうではあった。
「やっぱりここが一番受け入れが早かった様だな。」
ルーファスが疲れた表情で茶を啜りながらそう言うと、マルティナは誇らしげに返した。
「そりゃね、この店の働き手はこの街一番だからね。でもねぇ…。」
「どうしたんだ?」
マルティナが急に黙ったため、ルーファスは首を傾げて問うと、マルティナはルーファスの前へと腰掛けて言った。
「正直、食料が全く足りないのさ。なにせこの人数だから、街には金があっても食料がないって有り様なんだよ。さっき見てきたら、どこもかしこも品切れでねぇ…。」
マルティナがそう言った時、不意に裏口の扉が開かれてダヴィッドが帰ってきた。彼もまた、セブスの村人達のために動いていたのである。
「あ、マルティナ。ちょうど良かった。これから馬車でルケまで食料を調達してくるから、何が必要か書き出してくれるか?」
「え?馬車なんてどうしたんだい?」
マルティナは目を丸くして聞くや、ダヴィッドは馬車を借りた経緯を掻い摘んで話した。
ダヴィッドは初めは馬車屋を使おうと考えたのであるが、生憎小さな馬車しかなかった。そのため、街長の所持しているやや大きな馬車を借りれないかと相談に行くや、そこにそれ以上に大きな馬車があった。街長の所へ来ていた客人のものであったが、その客人が是非使ってほしいと申し出てくれたとのこと。街長もそれならば使わせてもらえば良いと、そのまま乗ってきたのであった。
「あんた、馬車なんて扱えたのかい?」
「ああ。二年程馬車屋を経験したことがあったんだ。」
「それって…家出した時かい?確か親父様と口論してって話を前に…」
「そんなことはどうでもいいだろ!それより食料だよ!」
ダヴィッドはそう言うや、恥ずかしげに外方を向いた。それが子供っぽかったため、マルティナもルーファスも思わず笑ってしまったが、ルーファスは直ぐに笑いを止めて言った。
「その役目、俺とヴィーで引き受ける。ダヴィッド、お前はここでマルティナのサポートに回るんだ。お前はこの街を良く知ってるからな。」
「おいおい。お前さん方は一応客人だ。そんなことさせらんねぇよ。」
ダヴィッドは慌ててそう言ったが、ルーファスはそんなダヴィッドへと真顔で返した。
「いや、魔術師が関わっているんだったらルケも危ない。さっき言ってた街長の客人ってのは魔術師だろ?」
「ああ、そうだ。よく分かったな。」
ダヴィッドにそう言われたルーファスは、近くの窓から見える馬車の一部を指差して言った。
「あの馬車に見覚えがあるからな。俺とヴィーが出てる間に何かあったら、街長んとこいってその魔術師に頼め。俺の名を出せば、あいつだったら助けになってくれっからよ。」
そう言うや、ルーファスは「ヴィー!」と言って席から経った。直ぐにヴィルベルトがやってくるや、ルーファスは「買い出しに出るぞ!」と言ってキョトンとする弟子を引っ張って裏口の扉を開いた。
「ちょっと、あんた街長の客人と知り合いなのかい?」
出ていこうとするルーファスにマルティナが聞くと、ルーファスは苦笑混じりに言った。
「まぁな。そんじゃ、行ってくるわ。必要なもんは大体予想つくしな。ヴィー、早く乗れって!」
そう言って扉を閉め、馭者台にルーファスが着いた。ヴィルベルトでは馬車が操れないためで、ヴィルベルトは荷物運びの手伝いで連れていくと言った方が正しい。
ルーファスが馬車を走らせようとした時、マルティナとダヴィッドが扉開けて出てきた。
「二人共、あんまり無理するんじゃないよ。」
マルティナは心配そうに言ったが、ルーファスはそんな彼女に笑かけ、そんな師匠を他所にヴィルベルトは溜め息混じりに言った。
「マルティナさん、旅にアクシデントは付き物です。特に師匠といると、アクシデントが無いことが無いんですから…。もう慣れましたけど。」
「うっせえぞ、ヴィー!ほれ、出発すっぞ!」
ルーファスは大声で周囲に合図を送り、そのまま馬車を出したのであった。
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