ハナビラ
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アンズ~星空凛~
前書き
杏子......花言葉は、「臆病な愛」「乙女のはにかみ」「疑い」「疑惑」
ガタンゴトン、と静かに電車は揺れて終点へと向かっている。
「……雪だ」
僕はふぅっと静かに息をついて、手に持ったぬるいお茶を口につける。
しんしんと降りつもる雪を見ていると心が落ち着く。
あれからもう半年が経ったんだ。時の流れは速いものだとしみじみ感じてしまう。
時間は、僕を無視して先を歩いていく。
流されて、溺れる。きっと......君も僕も、時間に殺される。そんな気がする。
「......そっか。君はもう、いないんだね......」
空席の隣を見て、あの子が座っているのかもしれないシートを撫でては、ひんやりした感触に空虚さを感じる。
───残念だった。それと同時に、嬉しかった。
不思議と、辛いという感情は現れなかった。気持ちは安定している。落ち着いていられる。不安も、後悔も、何の迷いもなく......。
君がいなくなって、寂しいのだろうか?
僕の心はまるで雪のように白く染まってしまっている。
......何かを忘れてしまったような感覚。
「僕もいつか、そっちに行くから」
......きっと、そっちに行けば本当の僕を見つけられるかもしれない。
そう思う。間違えなんてない。
───僕の進む先を照らしてくれるのは、君。
「約束、したからね」
〜☆〜
「あ、おはよう!ようへー君」
僕が登校してきて、真っ先に声をかけてくれたのは同じ経済学部に在学する星空凛くん。
「昨日は残念だったね。あのアーティスト有名過ぎだから売り切れちゃったね」
ボーイッシュな髪型に、和らげな口調。
大学生になって初めての講義は指定席。隣に座っていたのが凛くんで、以降僕の数少ない親しき友人だ。
「でも、仕方ないよね?時間経ってから行けばもしかすると新しく入荷してるかもよ?」
講義の10分前なのにノートを開いて、前回の講義の内容を復習している凛くん。成績はそこそこだと聞いているけれど、非常に真面目な好青年。
「凛も聴きたかったなー」
時々見せるちょっとした仕草に、一種女の子の姿が映ってしまう。
「そうだようへー君。今日のお弁当はハンバーグなんだよ。後で凛のお弁当と分け合いっこしよ?」
まだ一限始まっていないのに、もう昼ご飯の話ですか、と思う。でも、凛くんの見せる弁当は、弁当は弁当でもそこらへんのコンビニ弁当で、しかもカップ麺もセットときた。
「何か言いたそうな顔してるね?弁当ばかりだと飽きちゃうからたまにはカップ麺もいいかなーなんて」
よく食べるヤツだな、いつもそう思う。
栄養が偏ってそうで少し心配ではあるが、食べることがとても楽しみな微笑みに、言うのをはばかられてしまった。
「別に羨ましいとか、そういうのじゃないよ?凛のお母さんは仕事が忙しいだけだからね?仕方ない事だよ、うん」
そう言って、見せびらかしてきた昼食をカバンにしまう、
棒読みな発言に、くすりと笑ってしまう。
「凛ももう、わがまま言っていられるような歳でもないから。我慢するところは我慢する。」
確かに、僕らはもう20歳の学生だ。でも凛くんは、見た目は年相応でも言動は年より少し幼く感じる。
常識が無いとかそういう話ではなくて、遊び心を捨てきれない高校生という感覚。
僕は、彼のそんなところに憧れていたのかもしれない。
「ねぇ、もうすぐ夏だね。というか、本当に時間が流れるのは早いよね。ようへー君と出会ってから、もうこんなに時間が経っているよ」
凛君と出会って早1年。ここまで仲良くなれるとは僕も思ってなくて、彼と一緒に過ごす時間が当たり前となっている。
「ようへー君......君は覚えている?」
〜☆〜
彼が言いたいのはきっと、僕と凛君の出会い。
同じ講義室の、窓際にぽつんと座る、1人きりの少年。その姿は僕と同じだった。大学生になって一人で講義受ける光景は見慣れていくけれど、彼の時は少し異なった。
講義中も、移動も、昼休みも、帰宅も、いつも一人でいるイメージ。こうして話していると陽気でお喋り好きで、一緒にいて飽きない性格なのに、ずっと一人ぼっち。
......そんな彼がいつも握しめていたのは黄色の音楽プレーヤー。
"待ってて愛のうた"
画面を見て、僕は運命を感じた。
"待ってて愛のうた"を知っている人は、日本のどこかを歩けばいるかもしれない名曲。"浦の星女学院"が排出したスクールアイドル"Aqours"が歌う中の一曲を彼は真摯になって聴いていた。
僕と同じにおい。
だから、彼に強く惹かれたんだ。
声をかけたのは、当然僕から。
いきなり声をかけられて、まごまごされたのは今ではいい思い出だ。
「ど、どうかしましたかにゃ......あぁいや、どうかしました?」
動揺しきった彼を落ち着かせるように、僕は自己紹介をして、声をかけた経緯を軽く話す。
「君と......話した事無い、ですよね?」
当然、ある訳が無い。いつも、君の横顔を眺めていただけだから。
「......まぁ、 話しかけてくれてありがとうございます。僕、星空凛っていうんだ。よろしく......お願いします?」
凛くんが手に持つ音楽プレーヤーは"待ってて愛のうた"が流れていて、それを指摘すると、彼は嬉しそうに話し出した。
「このスクールアイドル、可愛いよね?今凛が1番好きなスクールアイドルなんだ。特に"待ってて愛のうた"っていう曲が好きなの」
〜☆〜
「ようへー君は、知っている?凛たちはあれから毎日、一緒にお昼ご飯を食べているんだよ?」
彼は、講義が始まっても耳元で話しかけてくる。余程思いである一件だったのだろうか。
「まさか君とこうして仲良くなれるなんてね。人生わかったもんじゃないねー」
心底楽しげに微笑む彼は、まるで女の子のようで、時々心臓が高なってしまうことがあるから困る。
「嬉しいね?こうして趣味のことや、勉強の事を語り合える人がいるっていうのは」
勉強の事だけに関して言えば、語るのではなく、ノートを写させてもらう、の方が正しい。
『他にも友達いるだろ?』という問いに、彼は表情を曇らせてノート上にぐちゃぐちゃとシャーペンを走らせる。
「凛は......あはは。凛は、君以外に友達なんていないんだよ。高校生の時は、沢山いたんだけどね......ちょっと、色々あって。みんな離れ離れになっちゃったんだ。君は......ようへー君は、どうなの?凛から離れないで、ずっと仲良くしていてくれる?」
切なげな表情で言われると、『もちろん』としか応えられなくなる。いや、『もちろん』以外の選択肢なんて有り得ないけれど。
そう答えた僕に対して、彼はまた女の子のような微笑みでにんまり笑う。
「そっか......えへへ、それは嬉しいね」
同じものが好きなのに。
同じ趣味を持っているのに。
彼は、僕とは違う何かを持っている
そんな印象を受けた。
僕と同じ場所にいるのに、
同じ世界にいるのに、違う世界を、生き方をしている。
僕は、ただ優しいふりをしているだけ。そんなことは自分自身がよくわかっている。
彼と同じになれないことがもどかしいのだ。
純粋に、楽しく生きる彼に。
こんな有害な、有毒な関係が僕らの常識を壊そうとするから。
───出会う前から、互いに好きだったものは......運命じみたものを感じる
時折見せる、女の子のような表情
凛くんは、男なのに。
......だから。だから僕は錯覚してしまうのだ
凛くんが、女の子だったなら。僕達は、恋人のような距離感があるから。心のどこかで強い繋がりを感じるから。
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