ソードアート・オンライン 〜槍剣使いの能力共有〜《修正版》
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ALO編ーフェアリィ・ダンスー
18.ルグルー回廊
灯り一つない暗闇の洞窟にカタコトの呪文が壁に反響する。すると仄白い光がリーファの体を包むと、すっと視界が明るくなる。
「暗視能力付加魔法か。スプリガンも捨てたもんじゃないわね」
シルフ領から世界樹へと行くための最大の難所。ルグルー回路にたどり着いたリーファたち。
「あっ、その言い方なんかきずつく」
「いいじゃねぇか。俺なんか魔法使えないんだし」
「シュウ君は使えないじゃなくて使いたくないんでしょ」
リーファがそう詰め寄るが大げさに手を振って、
「いやいや、本当に俺の場合は魔法が使えないんだって」
そこまで頑なに使いたがらないということは何か理由でもあるのだろうか。追求しようにもシュウのことだからはぐらかされて終わるのがオチだ。
「でも、使える魔法ぐらいは暗記しといた方がいいわよ。得意なのは幻惑魔法くらいだけど」
「……幻惑?」
「幻を見せるの。実戦ではあんま使えないけどね。まぁ、スプリガンのしょぼい魔法が生死をわける状況だってないとも限らないし」
「……うわー、さらにきずつく」
曲がりくねった洞窟をさらに下っていく。いつの間にか入口の光は見えなくなっていた。
「うええーと……アール・デナ・レ……レイ……」
「機械的の暗記するんじゃなくて、力の言葉の意味を覚えて魔法の効果と関連を付けて暗記するのよ」
リーファがいうとキリトはがくりとうな垂れる。
「まさかゲームの中で英語の勉強みたいな真似事するとは……」
「言っとくけど上級スペルなんて二十ワードくらいあるんだからね」
「うへぇ……。俺もうピュアファイターでいいよ……」
「泣き言言わない!」
洞窟に入ってすでに二時間近くが経過した。十回は超えるオークとの戦闘も二人のおかげで難なく切り抜けることができ、スイルベーンでもらった地図で今のところは迷うことなく順調に進んでいる。
スペルワードに悪戦苦闘しているキリト。それを茶化しているシュウ。何故、二人とも世界樹を目指すのか理由はわかっていない。
キリトが人を探しており、それをシュウが手伝っているようにも見えるがどこかそんな単純な話ではない気がする。しかし、彼らは世界樹だと言った。アルンで人探しというならわかるが、世界樹となると不可能だ。
今一度、二人にそれを聞こうかと思った時、メッセージを告げる音が響いた。
「あ、メッセージ入った。ごめん、ちょっと待って」
「ああ」
立ち止まり、メッセージウインドウを展開。先ほど入ったフレンドメッセージを確認する。
誰から来たメッセージかは見るまでもなくわかった。やはりレコンだった。
『やっぱり思った通りだった。気をつけて、s』
書かれていたのはこれだけだった。
何に気をつければいいのかがわからない。まるで文章を途中で送りつけたようだった。それほど焦っていたのだろうか。
「エス。何だこりゃ? エス……さ……し……す……うーん」
「どうかしたのか?」
シュウがリーファのメッセージを覗き込む。すると不意に険しい顔になる。
これだけの意味不明な文章で彼は意味を理解したというのだろうか。理由を聞こうとしたその時だった。
「パパ、接近する反応があります」
キリトの胸ポケットからユイが顔を出す。
「モンスターか?」
キリトが背中の巨剣に手をかける。だが、ユイは大きく首を振る。
「いえ、プレイヤーです。多いです……十四人」
「じゅうよん……!?」
リーファは絶句する。通常の戦闘単位にしても多すぎる。
この道を通るということはシルフである可能性が高い。しかし、そんな規模の大パーティを動かすなどという情報は掲示板にはなかった。
正体不明の集団がシルフというならなんの問題もないがまさかこんな場所で集団PKを起こすわけもない。しかし嫌な予感がする。
「ちょっと嫌な予感がするの。隠れてやり過ごそう」
リーファが隠密魔法のスペルを唱えようとする。するとシュウは今だ険しい顔をしながらアイテムストレージを開くと短剣をオブジェクト化する。
「ちょっと……何を……?」
なんとなくやることはわかっていた。先ほどと同じように思いっきり振りかぶると先ほど通ってきた道めがけて投げる。短剣は一直線に進み暗闇の中へと消えていく。何も起こらなかった。そう思った次の瞬間、パリン、という何かが砕ける音が洞窟の奥で響いた。そして遠くの方に小さく赤い光が見えた。
「よっしゃ! ビンゴ!」
ガッツポーズをするシュウ。しかし、それはまずい行動だった。咄嗟にシュウの手を掴んで走る。キリトも慌てて後を追ってくる。
「街まで走るよ、シュウ君、キリト君!」
「え? あれ潰したから問題ないんじゃ?」
「さっきユイちゃんがプレイヤーが近づいてるって言ってたじゃない。そいつらの中にさっきシュウ君が壊したトレーサーの術者もいるはずよ。だとするともう相手にこっちが気づいたって気づかれてるわ! それにさっきの光。あれは火属性の使い魔だわ。つまり……」
「サラマンダーか!」
察しがいいシュウが顔をしかめる。
「つまり、シュウが余計なことして敵に気づかれてやばいってことで今の状況はあってるんだよな」
「いや、あれだけ気配出してたら普通気付くし、ずっと見られてるみたいで気持ち悪かったんだよ」
「お前は神経質過ぎるんだよ」
「お前が鈍過ぎるんだよ」
「なんだと!」「なんだ!」と言った言い争いをしているシュウとキリトを制す。
「言い争ってないで早く逃げるよ!」
一目散に駆けながらマップを広げ確認するともうすぐ一本道が終わる。その先の大きな地底湖がありそこにかかる橋を渡りきれば鉱山都市ルグルーの門だ。そこに飛び込むことができれば、アタック不可能圏内なためいくら大人数とはいえ、手出しは出来ない。
「お、湖だ」
キリトの言葉に顔を上げる。ゴツゴツした通路が終わり、石畳の整備された道に変わり、その向こうで空間いっぱいに開けて、広大な青黒い湖が広がっている。
湖の中央を石造りの橋が一直線に貫き、その先に巨大な城門がそびえ立っている。そこへと飛び込めば、リーファたちの勝ちだ。
少しばかりの安堵して、リーファは後方を振り返った。追っての灯す赤い光はまだかなり遠い。
「どうやら逃げられそうだな」
「油断して落っこちないでよ」
橋の中央に差し掛かったその時だった。
背後から二つの光が高速で通過する。それは魔法の起動弾に間違いない。しかしリーファたちに当てるにしては的外れすぎる。
魔法弾はリーファたちの十数メートル先に落下する。するとゴゴーン!という重々しい轟音とともに、橋の表面から岩壁がせり上がってくる。
「やばっ……」
二人の黒衣の剣士は走る勢いを緩めることなくそれぞれに背負われる剣を抜き放つと岩壁目掛けて突進。
「あ……」
無駄よ、と言う前に二人の剣はガツーン!とい衝撃音と共に弾き返されて橋に尻餅をついた。
「……無駄よ」
「もっと早く言ってくれ……」
「反動がイテェ……」
「キミたちがせっかちすぎるんだよ。これは土魔法の障壁だから物理攻撃じゃ破れないわ。攻撃魔法をいっぱい撃ち込めば破壊できるけど……」
「その余裕はなさそうだな……」
後方には赤く輝く鎧をまとった集団の先頭が橋のたもとに差し掛かるところだった。
「飛んで回り込むのは?」
「湖に飛び込むのはどうだ?」
「どっちも無理ね。飛ぶのはインプのシュウ君以外無理だし。湖には超高レベルの水竜型モンスターが棲んでるらしいからウンディーネの援護なしに水中戦するのは自殺行為よ」
「じゃあ戦うしかないわけか」
「そうみてぇだな」
巨剣、長剣と槍を構え直す二人にリーファは頷きつつ唇を噛む。
「それしかない……だけど、ちょっとヤバイかもよ……。サラマンダーがこんな高位の土魔法を使えることってことは、よっぽど手練れのメイジが混ざってるんだわ……」
橋の幅が狭いため包囲殲滅されるという最悪の展開は避けられそうだ。しかし十四対三という圧倒的に不利な戦力差の上、空中戦はシュウ以外行えない。だが、その彼も空中戦等には不慣れだ。
リーファは腰の長剣を抜いた。重い金属音を響かせながら敵集団はもう目視できる距離まで迫っている。先頭、横一列に橋いっぱいに並んだ巨漢のサラマンダープレイヤーが五人は分厚いアーマに身を固め、左手にメイスなどの武器、右手に巨大な金属盾を携えている。
少し嫌な予感を感じ、隣に立つキリトがリーファをちらりと見て、言った。
「君の腕を信用してないわけじゃないんだけど……ここはサポートに回ってもらえないか」
「え?」
「俺たちの後ろで回復役に徹してほしいんだ。その方が俺たちも全力で戦える」
リーファは二人の剣士を見た。息が合っていないようで互いに信頼し合っているシュウとキリト。数回の戦闘を見てこの二人は言葉を交わすことなく連携を取り合っている場面を何度も見てきた。リーファはこくりと頷き、軽く地面を蹴って橋を遮る岩壁のギリギリの場所まで退いた。
キリトは腰を落とすと体を捻り、巨剣を体の後ろ一杯に引き絞った。重圧でサラマンダーの五人が迫る。
「───セイッ!!」
キリトは左足をずしんと一歩踏み出すと、青いアタックエフェクトの光に包まれた剣が重戦士たちに向けて横薙ぎに叩きつけた。
「えっ……!?」
とてつもない威力を秘めた斬撃はガァーン!!という大音響を轟かせ、タワーシールドを薙いだ。重戦士たちは、わずかに後方に押し動かされただけで攻撃を耐えきった。
リーファは慌ててサラマンダーたちのHPバーを確認した。揃って一割以上減少している。だがそれもつかの間、次の瞬間戦士たちのHPバーが全快する。後方のメイジ部隊が瞬時に回復させている。
「スイッチ!」
キリトの叫びと共に後方へと飛び退いた。シュウが後方から引き絞られた槍をサラマンダーの重戦士目掛けて投げる。ガァーン!!という爆発音にも似た大音響を鳴らし、タワーシールドへと直撃。しかし、サラマンダーのHPバーを二割ほど削っただけで槍は上空へと弾き飛ばされる。
シュウが飛ばされた槍目掛けて翅を広げて飛翔する。上空で槍を掴むと体に捻りを加えて槍を弓で放つように引き絞る。
「うおぉぉぉ───!!」
叫びと共に放たれる、はずだった。その前にシュウに無数の火球が襲いかかる。それはキリトの立つ場所へも降り注いだ。
「シュウ君、キリト君!!」
リーファは思わず悲鳴にも似た叫びをあげた。二人のHPバーは急減少し、一瞬でイエローまで突入。
この敵集団は、間違いなく二人を対策した方法だ。
重装備の前衛五人は一切攻撃せず、ひたすら分厚いシールドで身を守る。そして残る九人が恐らく、全員メイジだ。一部が前衛のヒールを受け持ち、それ以外が火炎魔法で攻撃する。
リーファは使用できる最も高位の回復魔法でヒールする。すぐにHPは充填されるがただの気休めでしかない。
この先どれだけ戦闘を続けても勝負は見えている。何度やっても同じ結果が続くだけだ。
それなのに二人は諦めることなく何度も炎に呑まれながらも立ち上がり、剣を、槍を振るう。回復魔法を虚しく唱える。
これはゲームだ。こんな局面に至れば誰だって諦めるのが当然だ。負けるのは悔しいけれど、システム上の動きである以上どうしようもない。
これ以上見てられなくなって、リーファは二人の背中に叫んだ。
「もういいよ、シュウ君、キリト君! またスイルベーンから何時間か飛べば済むことじゃない! 奪られたアイテムだってまた買えばいいよ、もう諦めようよ……!」
だが、二人はわずかに振り返ると、押し殺した声で、
「「嫌だ」」
二人の声が重なる。
「俺が生きている間は、パーティーメンバーを殺させはしない。それだけは絶対嫌だ」
「諦めてたまるかよ……まだ生きてるんだ。だから仲間を死なせたりするか、絶対に!」
リーファは言葉を失って立ち尽くした。
結局これはゲームなのだから皆が擬似的な《死》に慣れていく。
だが、この二人は違う。この世界で必死に生きようとしている。瞬間、リーファはここがゲームだということを忘れた。
「「うぉおおおおおお!!」」
二人は叫び、そびえ立つシールドの壁に無謀な突進。キリトは強引に作り出した防御壁の隙間に大剣を突き立てて無理やりこじ開ける。シュウは強引な連続攻撃でシールド兵をジリジリと後退させていく。その狂乱の攻撃は陣形をわずかだが崩していく。
「チャンスは今しかありません!」
いつの間にか小妖精のユイが右肩に掴まっている。
「チャンス……!?」
「不確定要素は敵プレイヤーの心理状態だけです。残りのマナを全部使って、パパへの次の魔法攻撃を防いでください!」
リーファはこくんと頷いてスペルを詠唱。相手のスペルよりもわずかに早く無数の小さな蝶が飛び出すと、キリトの体を包み込んでいく。
直後、敵も詠唱を完了する寸前にシュウが翅を展開して飛び上がると数十本の短剣をオブジェクト化するとメイジ部隊目掛けて雨のように降り注がせる。
最後の詠唱を邪魔されて数人の魔法がキャンセルされる。しかし、完成した火球がシュウとキリトを襲う。
「パパ、今です!!」
「いけ、キリト!!」
ギリギリのHPで耐えきったシュウが倒れそうになりながらも叫ぶ。
紅蓮の炎の中、キリトは剣を掲げ、呪文を唱えている。
───これは……幻影魔法!?
それはプレイヤーの見た目をモンスターに変える幻影魔法だ。だが、それは実戦向きではない。なぜなら、変化する姿はプレイヤーの攻撃スキル値によってランダムに決定されるのだ。大抵は雑魚モンスターになってしまう上、ステータスの変動がないことから恐れるものは少ない。
「え……!?」
大きな火炎の渦からゆらりと黒い影が動いた。それはあまりに巨大な化け物の姿だった。
サラマンダーの前衛の優に二倍の高さがある。
「キリト君……なの……?」
呆然と呟く。
立ち尽くすリーファの眼前で、黒い影は頭を上げた。その頭部は山羊のように長く伸び、後頭部から湾曲した太い角が伸びている。丸い眼は真紅の輝き、牙を覗く口からは炎の息が漏れている。
その姿はまさに悪魔だった。
サラマンダーたちも皆が凍りつき動きを止めていた。
「グリーム・アイズ……」
隣にまで来ていたシュウが驚愕を浮かべながら小さく呟いた。
それがあのモンスターの名前なのだろうか。古参プレイヤーのリーファも聞いたことのない名前だった。
「ゴアアアアアアアアア!!」
轟くような雄叫びを上げた。
「ひっ! ひいっ!!」
サラマンダーの前衛の一人が悲鳴を上げて数歩後退した。その瞬間、恐ろしく早い速度で悪魔が動いた。鉤爪の生えた右手を無造作にシールドの隙間に突き刺さるとその指が重戦士を貫いた。そして一撃でエンドフレイムへと変わっていく。
「うわあああ!?」
たった一撃で仲間が倒されるのを見て完全に陣形は崩れた。
すると後方のメイジ集団の中から、リーダーと思わしき怒鳴りが響いた。
「馬鹿、体勢を崩すな! 奴は見た目とリーチだけだ、亀になれば───ぐあああ!!」
その声は途中で悲鳴へと変わった。リーダーと思われた男の腹部に光り輝く槍が突き刺さっている。槍をこんな馬鹿げた距離を飛ばせるプレイヤーなどリーファは一人しか知らない。
隣で先ほどまで驚愕の表情を浮かべていたシュウに他ならない。
リーダーを失ったパーティーはもはや壊滅寸前だ。先ほどまでの優勢が嘘のように巨大な悪魔と馬鹿げた槍と剣使いが次々となぎ倒していく。
あまりのことに呆然としていたリーファだったがようやく我に返った。
「あ、キリト君!! そいつ生かしておいて!!」
最後の一人をキリトが食い千切ろうとするのを辞めてどこか不満そうな顔をしてから空中で解放する。
放心状態でいる男にリーファは長刀を男の足の間に突き立てる。
「さあ。誰の命令とかあれこれ吐いてもらうわよ!!」
男はショックから逆に醒めたのか、首を振って、
「殺すなら殺しやがれ!」
「この……」
その時、悪魔が黒い煙になって消滅して黒衣の剣士が現れる。
「いやあ、暴れた暴れた」
キリトは首をこきこき動かしながらのんびりした口調で巨剣を収める。するとサラマンダーの隣にしゃがみ込み、肩をポンと叩く。
「よ、ナイスファイト」
「は……?」
唖然とするいとこに向かって、爽やかな口調で話す。
「いやあ、いい作戦だったよ。俺一人だったら速攻やられてたなあー」
「ちょ、ちょっとキリト君……」
「まあまあ」
リーファが声を出すと、パチリとウインク。
それを冷たい視線を向けるシュウ。
「さて、物は相談なんだがキミ」
左手を振ってトレードウインドウを出す。
「これ、今の戦闘で俺がゲットしたアイテムと金なんだけどな。俺たちの質問に答えてくれたら、これ全部、キミにあげちゃおうかなーなんて思ってるんだけどなぁー」
男は数回口を開けたり閉じたりした後、キョロキョロ見回し───恐らく周りのリメインライトを確認しているらしい。
「……マジ?」
「マジマジ」
ニヤッと笑みを交わす両者を見て、リーファは思わずため息。
「男って……」
「なんか身もふたもないですよね……」
「バカだな……」
────────────────────
「───今日の夕方かなあ、ジータクスさん、あ、さっきのメイジ隊リーダーなんだけどさ、あの人から携帯メールで呼び出されてさ、なんでもたった三人を十何人で狩る作戦だって言うじゃんか。イジメかよオイって思ったんだけどさ、昨日カゲムネさんをやった相手だっつうからなるほどなって……」
「そのカゲムネってのは誰だ?」
「ランス隊の隊長だよ。シルフ狩りの名人なんだけどさ、昨日珍しくコテンパンにやられて逃げ帰ってきたんだよね。あんたたちがやったんだろ?」
キリトは疑問符を浮かべているがシュウとリーファには覚えがあった。おそらく昨夜撃退したサラマンダー部隊のリーダーだった男のことだろう。
「……で、なんで俺たちを狙ったんだ?」
「なんか《作戦》の邪魔だとかで、相当でかいこと狙ってるみたいだぜ。今日入ったとき、すげぇ人数の軍隊が北に飛んでいくのを見たよ」
リーファは唇に指先を当てて考え込んでいる。
「……世界樹攻略に挑戦する気なの?」
「まさか。さすがの前の全滅で懲りたらしくて、最低でも全軍に古代武具級の装備が必要だってんでユルド貯めてるとこだぜ」
「ふうん……」
「ま、俺の知っているのはこんなトコだ。───さっきの話、ホントだろうな?」
「取引でウソはつかないさ」
スプリガンの少年は手慣れた手つきでトレードウインドウを操作した。
そしてサラマンダーは元来た方向に消えていった。
まるで先ほどの戦闘が嘘だったかのように静かだった。リーファがキリトの顔をまじまじと眺めている。
「ん? なに?」
「あ、えーっと……。さっき大暴れした悪魔、キリト君なんだよねぇ?」
第七十四層、軍のパーティーを壊滅に追いやりユニークスキルを使わなければもっと犠牲が出ていたであろう青眼の悪魔、ザ・グリーム・アイズ。その姿に酷似していた。
「んー、多分ね」
「多分って……」
「俺、たまにあるんだよな……。戦闘中にブチ切れて、記憶が飛んだりとか……」
「うわ……大丈夫なの、彼?」
リーファが若干引きながらキリトを指差す。
「そこについてはノーコメントで。俺も人のことを言えたもんじゃないからさ」
苦笑いを浮かべる。むしろ言うならばシュウはキリトよりもタチが悪い方かもしれない。自分ではそうしているつもりはないのだが、デュエルやモンスターと戦っている最中は、かなり強気になり、強引だとよく周りから言われる。
「まあ、さっきのはなんとなく覚えてるよ。ユイに言われるまま魔法使ったら、なんか自分がえらく大きくなって、剣もなくなるからさ、仕方なく手掴みで……」
「ボリボリ齧ってましたよ〜」
リーファの肩でユイが可愛らしい声で嫌な効果音を口にする。
「ああ、そう言えばモンスター気分が味わえて楽しかったな」
リーファは恐る恐る聞いている。
「その……、味とか、したの? サラマンダーの……」
「ちょっと焦げかけの焼肉風味と歯ごたえが……」
シュウは呆れたという表情を浮かべながらリーファの背中を押して、
「こんなバカほっといて先に急ごうぜ」
目の前の地下空洞から天井まで聳え立っている門をくぐるとそこが鉱山都市ルグルー。
リアルではもう零時を回っているらしく。リーファも一時前には落ちるということだ。なので今日はここで一泊することになる。
「へええ、ここがルグルーか」
「結構賑わってるな」
目をキラキラさせ、歓喜を上げながら辺りを見回しているリーファの姿を見てシュウは笑みをこぼした。リーファもここは初めてくる場所だといっていた。初めての場所、冒険というのは本来ワクワクするのもだ。そんな純粋にゲームを楽しんでいる姿がすごく眩しく見えた。
「なに? 人の顔見て笑って、何かついてるの?」
「いや、なんでもないよ」
「えー、そう言われると気になるじゃんか」
頬を膨らませながら可愛らしく怒るリーファ。
そう言えば、といってキリトが背後からのんびりした口調でいった。
「サラマンダーズに襲われる前になんかメッセ届いてなかった? あれなんだったの?」
「忘れてた」
リーファは慌ててメッセージウインドウを開き、確認する。それを覗き込むようにシュウ再び確認する。
───やはりそうなのか。
シュウが感じていた違和感が徐々に形になっていく。しかし、仮にこの考えがあっていたとするならば、先ほどの襲撃の辻褄があう。だが、まだ完全に決めつけるには決め手となる一手がかけている。
「シュウ君、この文章の意味がわかるの?」
「なんとなくだけどな。でも、一応レコンに確認とったほうがいいと思う」
「だけど、あいつもう落ちちゃてるのよね。ちょっとリアルで確認してくるからちょっとあたしの体よろしくね」
「ああ、了解」
手近にあったベンチに腰を下ろすとリーファはログアウトしていった。
リーファの隣に腰をかけるとシュウは口元に軽く握った拳を当てて考える。
今まであったおかしなことの全てを……一つ一つ考えていく。
「どうしたんだよ。そんな険しい顔してさ」
そこら辺の屋台で買ってきた何かの爬虫類と思われる串焼きを食べながらキリトが呑気に近づいてくる。
「お前もおかしいとは思わなかったか?」
「へ、なにが?」
キョトンとした顔をするキリトに内心腹立っていたが話を進める。
「さっきのサラマンダー部隊のやつらまるでお前のことまで知っているように思えなかったか?」
「そう言えば……」
「まだ、俺はあの時、カゲムネとかいうサラマンダーと戦ってるから実力がバレてるのはわかるが、お前の情報はどこから漏れた」
するとキリトの胸ポケットから小妖精が飛び出す。
「パパなら一度サラマンダーと戦闘していますよ」
「は……?」
思わず耳を疑った。
「飛行の練習中にそのまま制御不能になって空中を飛んでいたサラマンダーのパーティーと接触してしまい、そのまま戦闘になってましたよ」
「それほんとの話か、キリト」
するとキリトは分が悪そうにコクリと頷いた。
それなら少しは納得がいく。だが、新たな疑問も生まれる。なぜ、サラマンダーはリーファとシュウ、キリトが一緒にいることを知っていたのだろうか。それにまるでこちらがルグルー回路に向かうことを知っているようなタイミングでの襲撃。そしてレコンの意味不明なメール。
この全てのピースを揃えていくとシュウはやはりあの男へと辿り着いてしまう。
「……シグルド」
違和感を感じたのは、デュエルをした時だった。なぜだかはわからないがあの男からサラマンダーと同じ気配を感じたのだ。言葉にすればあやふやで曖昧で不鮮明だが、確かにそんな異様な気配が感じられた。そしてレコンの『やっぱり思った通りだった』という文章。
旅立つ前にレコンにシグルドのことは気をつけろと忠告をしたが、彼は彼で何かを掴んでいるような口ぶりだった。さらにシュウたちがルグルー回廊に入ったタイミングを狙ったような襲撃。キリトが一緒にいるということを知っている。それら全てを繋いでいくとシルフの中にサラマンダーに通じる誰かがいてそれがあの男という結論へと辿り着いてしまう。
さすがに考え過ぎか、と思ったその時だった。
隣で沈黙していたリーファのアバターが不意に立ち上がった。
「おかえり、リーファ」
「おかえりなさい」
「そんなに慌てて何かあったのか?」
リーファは頷く。
「あたし、急いで行かなきゃ行けない用事が出来ちゃった。説明してる時間もなさそうなの。たぶん、ここにも帰ってこれないかもしれない」
余程のことということだろう。
シュウは立ち上がると軽く伸びをしながら、
「なら、移動しながら聞こう。キリトも早くそれ食い終われ」
「おう」
キリトが串焼きを一気食いする。
「……わかった。じゃあ、走りながら話すね」
────────────────────
人波を掻き分けながらアルン側の門目指してリーファは駆け出した。
三人の靴を鳴らす音が地底湖にかかる橋を鳴らす。リーファは二人に事情を説明する。
シグルドがサラマンダーと繋がっていたこと。
シルフとケットシーの両領主の会談が狙われており、もう襲撃まで一時間を切っている。
「───なるほど」
「チッ……もっと早く気づいてれば」
「いくつか聞いていいかな?」
「どうぞ」
「シルフとケットシーの領主を襲うことで、サラマンダーにはどんなメリットがあるんだ?」
「えーと、まず、同盟を邪魔できるよね。シルフ側から漏れた情報で領主を討たれたらケットシー側は黙ってないでしょう。下手したらシルフとケットシーで戦争になるかもしれないし……。サラマンダーは今最大勢力だけど、シルフとケットシーが連合すれば、多分パワーバランスが逆転するだろうから、それは何としてでも阻止したいんだと思う」
橋を終え、洞窟に入った。
「あとは、領主を討つっていうのはそれだけですごいボーナスがあるの。その時点で、討たれた側の領主館に蓄積されている資金の三割を無条件で入手できるし、十日間、領内の街を占領状態にして税金を自由に掛けられる」
「そうなのか……」
「やっぱこのゲームむちゃくちゃだな」
「だからね……シュウ君、キリト君」
隣を走る少年たちに視線を向ける。
「これは、シルフ族の問題だから……これ以上キミが付き合ってくれる理由はないよ……。多分会談場に行ったら生きて帰れないから、またスイルベーンから出直しで、何時間も無駄になるだろうしね。───ううん、もっといえば……」
リーファはこの先を言うか考えた後に口を開いた。
「世界樹の上に行きたい、っていうキミたちの目的のためには、サラマンダーに協力するのが最善かもしれない。サラマンダーがこの作戦に成功すれば、十分以上の資金を得て、万全の体制で世界樹攻略に挑むと思う。キミたちの実力なら傭兵として雇ってくれるかもしれないし。───今、ここで、あたしを斬っても文句は言わないわ」
するとシュウはわずかに速度を落としてぽつりと呟くように言った。
「所詮はゲームだから何してもいい。そんな奴は嫌ってほど見てきたし、俺も昔はそうだった」
シュウが言葉をつないでいく。
「だけど、そうじゃないんだよな。プレイヤーとキャラクターは一緒なんだ。どれだけ分けて考えたって結局同じ人物なんだよ。仮想世界じゃ確かに痛みを感じないかもしれない。でも、それでも心ってのは結構簡単に傷ついちまうんだよ。だから俺はどんな理由があっても、キミを傷つけたりしない。リーファは俺の大切な仲間だからさ」
「シュウ君……」
リーファは立ち止まる。わずかに遅れて二人も停止する。
言葉にできない感情が溢れてくる。
今までこの世界で、どうしても他のプレイヤーとの距離をとってしまっていた。それはキャラクターとプレイヤーの違いで本当の人の言葉の裏ばかり気にしていたからかもしれない。どう接していいかわからなかった。
だが、この一日は楽しかった。プレイヤーとキャラクターという壁を忘れて思いっきり笑ったり、思いっきり怒ったりすることができた。それはこの二人の不思議な少年に出会ったからだった。
「……ありがとう」
心の底から浮かび上がった言葉。
「あ、あれ……何言ってんだろ、俺」
シュウは急に照れたようにリーファから視線を逸らす。
「ううん、嬉しかった」
するとキリトが数回咳払いをしてから口を開いた。
「いい雰囲気のところ悪いんだけどさ、もうそろそろ急いだ方がいいんじゃないか。ユイ、走るからナビよろしく」
「りょーかいです!」
肩に乗った小妖精が頷く。
「そうだな。ちょっと失礼するよ」
シュウは左手を伸ばし、リーファの右手をぎゅっと掴む。不意の出来事にリーファの心臓がドクンと跳ねた。次の瞬間、シュウとキリトは猛烈なスピードで駆けた。
あまりの早さにリーファの体はほぼ水平に浮き上がり、洞窟を曲がるたびに左右にぶんぶん振り回される。
「わああああ!?」
たまらず悲鳴をあげると前方にモンスターが出現するのが見えた。しかし二人は全くスピードを落とす気配がない。
「わぁ─────っ」
シュウとキリトはモンスターの敵群の隙間を瞬時に見つけ出してダッシュで駆け抜けたのだ。
「おっ、出口かな」
キリトの言葉の直後、視界が真っ白に染まり、足元から地面が消えた。
「ひえええええっ!?」
思わず両眼をぎゅっとつぶり、喚き声をあげながら脚をばたつかせる。すると不意に体を支えられる感覚があった。眼を開けるとリーファの体をシュウが抱きかかえながら飛んでいる。いわゆるお姫様抱っこの体勢だ。
慌てて翅を広げ、赤くなる顔を必死で押さえ込みながら二人に悪態を吐く。
「───寿命が縮んだわよ!」
「わはは、時間短縮になったじゃないか」
「まぁ、いいじゃねぇか。さっさと向かおうぜ」
「ハイ! 出発です!」
三人とひとりが会談場めがけて翅を広げていく。
後書き
誤字脱字、気になる点、おかしな点などありましたら感想等でお願いします。
また読んでいただければ幸いです。
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