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魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~ Another

作者:月神
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プロローグ

 
前書き
 前に書いていたものをsts編まで過ごしたショウに合わせて書き直してみました。 

 
 何か……頭の中に浮かんでくる。



 崩壊の中。プレシアはそっとアリシアの入ったカプセルに寄り添う。彼女の視線は、アリシアではなくテスタロッサの方へと向いている。

『私は行くわ……アリシアと一緒に』

 それはあくまで俺の主観になるが、拒絶の言葉ではなくて別れの言葉のように感じた。

『母さん……』
『言ったでしょ……私はあなたが大嫌いだって』

 大嫌いだと言いながらも、プレシアの声色はこれまでのものと違って優しいものであり、顔も見方によっては微笑んでいるようにも見えた。それと同時に、ふと嫌な予感がした。
 次の瞬間、プレシアとアリシアのいる付近が崩壊し始め、テスタロッサはふたりの名前を呼びながら駆け寄ろうとする。しかし、それは落下してきた巨大な岩石によって阻まれた。

『……いつもそうね……私は気づくのが遅すぎる』

 テスタロッサよりも先に動き出していたこともあって、俺はプレシアの腕を掴むことができていた。彼女は走馬灯でも見ているのか、独り言を呟いている。

『気づけたのなら……変わればいい』
『――っ!? ……あなた……何をしているの?』
『聞かなくても……分かるはずだ』

 重い……プレシアの身体には全く力が入っていない。
 アリシアと共に死ぬつもりでいるから……という理由だけじゃないだろう。ロストロギアを用いた不確定なやり方や先ほどの吐血からしてプレシアは病を患っている可能性が高い。身体に力が入らない状態でも不思議ではない。

『……放しなさい。このままだとあなたも死ぬわよ……』
『死ぬつもりはない。だからあんたも生きろ』
『……ふふ、勝手に助けようとしているくせに身勝手なことを言うわね。……いまさら生きてどうなるというの? もう遅いのよ』
『遅くなんてない!』

 声を荒げてしまったからか、床が少し崩れた。
 もうあまり時間が残されていない。さっさとプレシアを引き上げて脱出しなければ、俺もあの世行きだ。そうなってはファラを道連れにしてしまうだけでなく、叔母やあの子を悲しませることになる。

『あの子はあんたのことを母親だって思ってる。それにあんただって気づいたんだろ! だったらやり直せるはずだ!』
『……やり直す時間なんて私には残されていないわ』
『だとしても……あの子と話せる時間があるのなら、できる限り話すべきだ! ……親と話すことは、子供にとって必要なことなんだから』

 俺は今にも泣きそうな顔を浮かべているのか、プレシアの目が大きく見開かれている。彼女は一度俯いた後、再びこちらに顔を向けた。それは母親の笑みと呼べそうな顔だった。

『あの子のこと……お願いね』

 プレシアは最後の力を振り絞って俺の手を払った。声にもならない声を上げて手を伸ばしたが、彼女の手を握り直すことはできない。
 落ちていくプレシアに自分の母さんの影が重なり、悲しみや寂しさ、喪失感が一気に湧き上がる。

『アリシア! 母さん!』
『フェイト!』

 落ちていくプレシアやアリシアに手を伸ばすテスタロッサをアルフが止める。
 テスタロッサがふたりの名前を叫ばなかったなら、俺が「母さん!」と叫んでいたかもしれない。そんなことを考えているうちに、ふたりの姿は見えなくなってしまった。テスタロッサの目からは涙が溢れている。
 ――何で……何でもっとしっかりと握っていなかったんだ!
 自分がしっかりと握っていたならば、プレシアだけでも助けられたかもしれない。助けられなかったとしても、テスタロッサに会話させてやれたはずだ。親を失う悲しみを知っているのに……俺は……。

『あんたも何じっとしてるんだい! 脱出しないとくたばるよ!』

 アルフに腕を引かれた俺は、思考の渦から抜け出せない状態だったが脱出を開始した。脱出する中、俺の口の中は血の味がしていた。



 これは……そうだ。
 プレシアを……フェイトの母親を助けることができなかったときの記憶。



『リインフォース! リインフォース、みんな!』

 はやては押し殺していた感情を爆発させるように声を上げた。この声にリインフォース達も気が付いたようで、全員の視線がこちらに向いている。

『はやて!』
『動くな! 動かないでくれ。儀式が止まる』

 こちらに駆けようとしたヴィータをリインフォースが制した。動いてしまうと儀式が止まってしまうのだろう。
 俺は車椅子を押し続け、リインフォースの前で止めた。それと同時にはやては再び口を開く。

『あかん! やめてリインフォース、やめて!』
『…………』
『破壊なんてせんでええ。わたしがちゃんと抑える! 大丈夫や。やからこんなんせんでええ!』
『……主はやて、よいのですよ』
『良いことない! 良いことなんて……何もあらへん』

 はやての目に涙が浮かんだ。それを見てもリインフォースは穏やかな笑みを浮かべたまま、彼女を見ている。
 一瞬リインフォースと視線が重なった。はやてを連れてきたことで何か言われるかと思ったが、俺に対しても穏やかな顔を向けるだけだった。彼女は視線をはやてに戻すと話し始める。

『ずいぶんと長い時を生きてきましたが、最後の最後であなたに綺麗な名前と心を頂きました。ほんのわずかな時間でしたが、あなたと共に空を駆け、あなたの力になることができました』
『ぅ…………』
『騎士達もあなたの傍に残すことができました。心残りはありません』
『心残りとかそんなん……』
『ですから、私は笑って逝けます』

 リインフォースの表情は穏やかなものだが、そこには強い決意を感じる。彼女ははやてに何を言われようとも、儀式をやめるつもりはないようだ。

『あかん! わたしがきっと何とかする。暴走なんかさせへんて約束したやんか!』
『その約束はもう立派に守っていただきました』
『リインフォース!』
『主の危険を払い、主の身を守るのが魔導の器の務め。あなたを守るための、最も優れたやり方を私に選ばせてください』
『……そやけど』

 弱々しい声と共にはやての目から涙が溢れた。
 その姿を見た俺の胸の内に、自分がやったことは正しかったのかという疑問が湧き上がってくる。自分が正しいと思ったことが、他人にも正しいことだとは限らない。俺が行ったことは、はやてを苦しめているだけなのではないか。

『ずっと悲しい思いしてきて……やっと! ……やっと救われたんやないか』
『私の魂は、あなたの魔導と騎士達の意思の中に残ります。私はいつもあなたの傍にいます』
『そんなんちゃう、そんなんちゃうやろ!』
『駄々っ子はご友人に嫌われます。あなたの大切な彼も困っていますよ』

 ゆっくりとはやてが俺の方を振り返る。
 涙を流している彼女の顔に思わず顔を背けたくなったが、ぐっと堪えて視線を重ねた。俺は自分で思っている以上にひどい顔をしているのか、はやては何も言わない。溢れる涙で何も言えないのかもしれないが。

『ですから聞きわけを我が主』
『……リインフォース!』

 一度俯いた後、はやてはリインフォースの元へ向かい始めた。しかし、雪で隠れていた石に車輪がぶつかり横転してしまう。
 反射的に駆け寄りそうになるが、リインフォースに視線を向けられ足を止める。
 ――はやての思いは分かる……俺もリインフォースを救いたい。だけどリインフォースの思いも理解できるし、はやてのことを考えるならば彼女の意思を尊重することが正しいのだろう。

『なんでや……これからやっと始まるのに。これからずっと……幸せにしてあげなあかんのに』

 倒れた状態のまま泣くはやてを見て、リインフォースは魔法陣のぎりぎりまで歩み寄り片膝を着く。俯いていたはやてもそれに気づき視線を上げた。

『大丈夫です。私はすでに世界で一番幸福な魔導書ですから』
『リイン……フォース』

 リインフォースは優しげな笑みを浮かべるとはやての顔に付いていた雪を払い、彼女の頬に優しく手を添える。

『我が主、ひとつお願いが……私は消えて小さく無力な欠片へと変わります。もしよろしければ、私の名はその欠片ではなく、いずれあなたが手にするであろう新たな魔導の器に与えてもらえますか?』

 はやては返事を返せずにいたが、リインフォースは彼女から手を放すとさらに続ける。

『祝福の風リインフォース。私の願いは、きっとその子に継がれます』
『……リインフォース』
『はい、我が主』

 はやては一際大きな涙を流し始め、リインフォースは立ち上がった。魔法陣の中央に戻るかと思ったのだが、視線を俺のほうへと向けてきたため彼女へと歩み寄る。

『君は主のため、騎士達のために色々と頑張ってくれたのにひどい真似をしてすまなかった』
『……謝るのは俺のほうだ。助けるって言ったのに……何もできずに見送るしかないんだから』

 口から出た声は震えていた。はやてのように胸の内が感情で溢れつつあるのか涙も出そうになる。
 リインフォースは優しい笑みを浮かべながら、俺を落ち着かせるかのように頬に触れてきた。その状態のまま話し始める。

『そう自分を責めないでくれ。君やあの子達は、私の悲しみの連鎖を断ち切ってくれた。それだけで充分に助けられているよ』
『だけど……』
『ふふ、意外と君も聞き分けがないのだな』

 そういうところ我が主に似ている、と続けるリインフォースの顔は幸せそうに見える。
 今迎えようとしている結末は、彼女が本当に望んでいることなのだろう。高町達も1歩たりとも動こうとはしていない。儀式はもう止まらないと分かる。ならば俺がすべきことは笑って彼女を見送ることなのかもしれない。

『俺は……はやてよりも駄々っ子じゃないさ』
『ふふ、そのようだ。……終焉の時も近い。最後に君にもお願いがあるのだが』
『構わないよ』
『では……これから先もどうか主――いや、主だけじゃない。主がいつか手にするであろう魔導の器も騎士達と共に見守ってほしい』
『……ああ、約束するよ』

 震えそうになる声を押さえ込み、どうにか力強く返事をすることができた。リインフォースは礼を言うかのように微笑むと魔法陣の中央へと戻る。
 穏やかな笑みを浮かべるリインフォースの身体が青色に発光し始めたかと思うと、彼女の身体は徐々に青い光と共に空へと消えて行った。
 誰もが無言で空を見詰めていると、何かに気が付いたはやてが身体を引きずりながらリインフォースが立っていた場所まで進んだ。彼女が身体を起こして座りこんですぐに空から発光する物体が降りてくる。
 はやての手の平に落ちたそれは、金色の十字架のようなアクセサリーだった。リインフォースが言っていた欠片なのだろう。

『う……ぅ……』

 欠片を大事そうに胸に当てながら再びはやては泣き始める。何を言えばいいのか分からない状態だったが、俺は彼女へと近づいて片膝を着いた。
 潤んだ瞳がこちらに向けられたかと思った次の瞬間には、俺の胸ではやては出来る限り声を殺して泣いていた。高町達も静かに駆け寄ってくるが、誰もはやてに声をかけない。俺と同じように何を言っていいものか分からないのだろう。
 何も言えないのなら抱き締めてやるだけでも、と思って手をはやての背中に回したがやめた。今の俺にそんな資格があるとは思えなかったからだ。
 ――どうして……こんな結末にしかならないのだろう。本当にこんな結末しか迎えられなかったのだろうか。
 俺は静かに視線を上げて、リインフォースが消えて行った空を見た。そこにあるのは舞い散る雪だけであり、何か答えがあるわけではない。そう分かっていても見上げずにはいられなかった。
 ……リインフォース。
 俺は今日の出来事を絶対に忘れない。
 お前との約束を果たすために強くなるよ。もう今日のような結末を迎えないために。お前の大切な主や騎士達を守れるように……。



 これも覚えている。
 初代リインフォース……はやての大切な人を救うことができなかった日の出来事だ。



『何で……何でいつも守れないんだ。……父さん達の時も……プレシアの時も……リインフォースの時も。…………今回は……あのときちゃんとあいつの気持ちを考えていたなら止められたはずなんだ。どうしていつも俺は……』



 忘れるはずもない……なのはが墜ちてすぐの頃、俺がはやてに漏らした言葉。
 一度弱音を吐き出すとなかなか止めることができなくて。だけどあいつは何も言わずにずっと優しく抱きしめてくれた。



 これらの記憶と想いは今の俺を作るうえで欠かすことができない出来事。そう断言できる。
 だが……どうして今こんなことを思い出しているのだろうか。
 今脳裏に過ぎった日のことを忘れたことはない。忘れられるはずがない。
 でも俺は押し潰されることなく、前を向いて……未来に向かって進んでいたはずだ。
 ……どうしてこんなにも胸が苦しいのだろう。
 もちろん笑ったりできない記憶だということは分かっている。
 けれど、悲しみや苦しみを味わってもあいつらは強く気高く前を向いて……笑いながら毎日を過ごしていた。楽しそうに過ごしていた。
 なのに……どうして俺はこんなにも苦しんでいるんだ。最も苦しい想いをしたのはあいつらのはずなのに。



「それはね……あなたが心の底では常に助けたかった、救いたかったって思ってたからだよ」

 どこか聞き覚えのある声が耳に届いた直後、暗い海の底に沈んでいくような不快な感覚が消える。まぶたを上げてみると、何とも表現しがたいが温かな光に満ちた世界が飛び込んできた。周囲を見渡すとひとつ小さな影が見える。

「……フェイト?」

 いや……明るく長い金髪や顔立ちはよく似ているが、俺の知る最も古いフェイトよりも目の前にいる少女は幼く見える。
 ただ彼女とは以前にもどこかで会っているような気がする。
 それもごく最近……そうだ。先ほど蘇ってきた記憶の中にほんのわずかばかりだがこの子の姿があった。彼女は……

「……アリシア?」
「うん、そうだよ」

 アリシアはにこりと微笑む。
 フェイトのオリジナルとは知っているが、こうして見ると見た目は似ていても別人だと感じた。
 何故ならこの子の笑みは、明るく活発な印象を受ける。対してフェイトは穏やかで優しげな笑みを浮かべていた。プレシアがふたりが同一の存在ではないと思ったのも頷ける。

「ふふ、そう思えるのはあなたがフェイトのことをきちんと見ていたからだろうけどね」
「……君は人の心が読めるのか?」
「あはは、わたしにはそんな力はないよ。魔導師としての才能もあまりなかったしね。あなたの考えが分かるのは、ここはそういう特殊な空間だからだよ」

 あなたにもわたしの心の声聞こえるでしょ?
 と、アリシアは口を開いていないのに俺の中に声が届いた。信じがたい現象ではあるが、こうして現実に起きてしまっている以上、信じないわけにはいかない。
 そもそも、俺は《魔法》という存在を知っているし、《ロストロギア》といった時として奇跡的な力を秘めた存在も知っている。心が通じ合うくらいの現象でパニックを起こしたりしない。

「思考が読める理由は分かった……ついでにいくつか質問したいんだが」
「どうぞどうぞ」
「まず最初に……どうして俺はこんな場所に居るんだ?」

 少し記憶が曖昧になっているが、俺ははやてに誘われて機動六課に出頭し……それでヴィヴィオに出会って、最終的にはジェイル・スカリエッティが起こした事件を解決。それで機動六課が解散された……そのあとは技術者の仕事をベースに生活を送っていたはずだ。
 ロストロギアに関わる仕事はしていなかったのに、どうして今居るような不思議な空間にいるのだろうか。ここに来る直前のことも分からないので見当がつかない。

「それはね……うーん、ちょっと説明しにくいんだけど……神様って存在信じる?」
「神様? ……基本信じてはいないが、いないとも言い切れないな。無数の次元世界が存在している以上、神様みたいな存在がいる世界もあるかもしれない」

 俺の言葉にアリシアは、肯定的な返事をありがとうといったニュアンスの言葉を口にし、続きを話し始める。

「ここはね、神様が作り出してる空間なんだ。だからあなたの中では死んでいるはずのわたしが存在しているし、言葉を発しなくても会話することが出来る。あなたがここに居るのは、神様に呼ばれたというか選ばれたからかな」

 にわかには信じがたいことではあるが、目の前には俺の記憶ではすでに死んでいるはずのアリシアの姿がある。
 それにこの空間は魔法で作られているようには見えない。魔法とは別の力が働いているような気がする。
またアリシアが嘘を言っているようにも見えないため、心から納得はできなくても割り切ることはできる。ただ……

「……どうして俺が選ばれたんだ?」

 俺はそれほど特別な人間ではない。
 魔導師としての才能は身近な人間に比べれば平凡なものだったし、身体能力や知能的な面も天才と呼ばれるものでもなかった。
 自分なりに努力して周囲から認められる強さや技術は身に付けはしたが、それでも俺よりも優れた人間は数多く居るだろう。俺の生きた時間軸だけが対象になっているように思えない。にも関わらず、何故俺が選ばれたのだろうか……。

「それはね、あなたの中にわたしのお母さんやリインフォース……アインスを助けたい。なのはに辛い想いをしてほしくないって強い想いがあったからだよ。……あなたはパラレルワールドって分かるかな?」

 唐突に何を言っているのだろうか……まあ今は気にせずに話を進めるしかないんだろうけど。

「まあ何となく……俺の世界を基準にすれば、君が生きていた世界みたいなことだろ?」
「そうそう。えっとね……信じられないかもしれないけど、あなたが過ごした世界。ジュエルシードや闇の書を巡る事件が起きる世界は無数に存在しているの」

 確かに……聞いてすぐに「はいそうですか」と鵜呑みにできる話ではない。が、心が通じ合う状態のせいかアリシアが嘘を吐こうとしていない気持ちは理解できる。
 正直……伝わってくる感覚からしてどうやらアリシアも俺と同様にここに呼ばれた存在のようだ。なので完全には状況を理解していないらしい。まあ単純に年齢が問題してるかもしれないが。

「あ、今わたしのこと子供だってバカにしたでしょ。そりゃあわたしはこんな見た目だけど、あなたより色々と知ってるんだからね。そういうこと考えると教えてあげない」

 といっても、ある程度のことは伝わってくるのだが……今伝わってくるのは子供染みた悪口ばかりなので、このままでは話を進めることはできない。ここは素直に謝るべきだろう。

「悪かったよ。それで……神様は俺に何をさせようって言うんだ? できれば元の世界に帰りたいんだが」
「あぁーそれは無理だね。ここにいるあなたは、あなたの世界に居たあなたと同一の記憶を持ってはいるけど別の存在だから」

 あなたあなたと少し分かりにくかったが、つまりは

「……一種のクローンってことか?」
「うーん……わたしやフェイトみたいな関係とは違うけど、まあそんな感じかな。いきなりこんな場所に連れて来られたのにこんなことを言うのもなんだけど、あなたには帰る場所はないよ」

 可愛い顔でさらりと残酷な現実を告げてくれるものだ。
 帰る場所がないのだとすれば、俺はいったいどこで何をすればいい。ここでずっとこの少女の相手をして過ごすことになるのだろうか。

「あはは、まあそれもひとつの選択肢ではあるね。けど、一応あなたにはここに留まる以外にも選択肢はあるんだよ」
「選択肢?」
「そう。それはね……無数に存在している並行世界のひとつ。あなたが存在してなくて、わたしが死んでて、なのはが魔法に出会って、ジュエルシードや闇の書を巡る事件が起きる。正史とでも呼べる無数の世界の基準となっている世界にわたしと一緒に行くって選択肢とかね」

 正史ということは、それが本来というか基準となっている世界ということか。
 確かにアリシアの今言った流れと、俺が体験してきた流れは大筋似ている。流れに大きな差がないのは、俺の能力が存在していようと存在していなくても変わらない微々たるものだったからか。そのように考えると納得できる……が、納得できない部分もある。

「行ってどうするんだ? あの頃のなのは達よりは強いだろうし、起こる出来事が大きく変わらないのなら先回りして変えることが出来るかもしれない。だがそれは……」

 人生は言動を選択することで成り立っている。常にルート分岐があるようなものだ。些細な違いであれば大本の筋書き通りに進むだろう。だが小さな変化でも積もれば別のルートに移る可能性はある。
 そうなれば先回りすることはできなくなるし、それが元で従来よりも重い未来が訪れることになるかもしれない。

「うん……確かにそうだね。あなたが思ったようなことになる可能性はある。あなたは魔導師として1人前の力量を持っているし、向かう世界の時間軸によっては未来の技術の知識も有しているから。わたしよりも大きな変化をやろうと思えば起こせると思うし」
「なら……俺は」
「ううん……行かない方がいいなんてことはないんだよ。だってどうなるかなんて分からないし、良い方向に変わることだってあるんだから」

 アリシアは迷子に向けるような優しい笑みを浮かべる。生きた時間は俺の方が長いのだろうが、それでも彼女が先に生まれたのだと理解させられるような大人っぽさがあった。

「それに……全てを変える必要なんてないし、大きく変える必要もない。本来別れないといけない人とほんの少しでも長く一緒に居られること。将来を左右しかねない怪我を少しでも軽くすること。それだけでも……あの子達にとってはプラスになるんじゃないかな。だから……」

 アリシアが小さな両手を前に出すと、そこに光の奔流が生じ一点に向かって集まり始める。まるで魂のような根源的な存在を思わせる光は、集束されていくに連れて黒曜石のような漆黒色の十字架へと変わる。

「わたしと……この子、《レイディアントノワール》と一緒に行こう。ほんの少しだけかもしれないけど、流れを変えて……あの子達にとっての幸せな時間を増やせるかもしれない」

 流れを変える。
 それはプレシアやアインスを救うことができるかもしれない、ということか。
 アリシアは基準となる世界ではジュエルシードや闇の書を巡る事件が起きると言った。つまり、プレシアの死や初代リインフォースとの別れは必然的に起こる出来事ということになる。なのはのあの一件もそれに含まれているのかもしれない。
 あの出来事は全て関わる人間に悲しみや寂しさ、痛みのを残した。
 そうならないようにした方が良いのかもしれない。でもそれがあったからこそ、ここに来る直前までの……俺の知る彼女達が居たのではないのか。世界の流れを変えてしまえば、彼女達の存在そのものを変えることになるのでは?
 だが……それでもやる価値はあるように思える。
 何故なら行く時間軸にもよるが、おそらく全てを変えることは不可能に近い。だけど


 もしも……あのとき俺がプレシアを助けられていたのなら。
 もしも……アインスが空へと還らなければならないと事前に知っていたのなら。
 もしも……なのはを特別扱いせず、抱えていたものに目を向けていたなら。


 アリシアの言うように少しだけでもあいつらにとって幸せな時間を増やせるのかもしれない。
 それによって俺の知るあいつらとは別の道を歩むことになる可能性はある。だが……大切なのは

「うん……そうだよ。これから行くことになる世界からすれば、わたしやあなたは異物。見知った人間は存在していても、わたし達のことを知っている人間はいないの。どんなに姿・形は似ていても、そこにいる人達はあなたの知っている人達とは別人。過去を変えれば未来が変わるように……流れを変えればその後どうなるか誰にも予想できなくなる。あなたの知っている彼女達じゃなくなるかもしれない」

 でもね……

「あなたの知っているように世界が進むとも限らないし、もしも……の可能性に溢れてる。それでも……その世界のあの子達が自分で満足できる答えになったのなら、違った道に進んでいいとわたしは思うんだ。人にとっての幸せはひとつじゃないんだから」
「そうだな……」
「答えは決まってる気がするけど、あえて聞くよ……あなたはどうする?」

 そんなの決まっている。
 アリシアの言うように俺の知っている彼女達ではないだろう。根っこは同じであっても、俺という存在がない世界に行く以上、俺のことを知る者はいない。ならば俺の知る彼女達とは異なっている点があって当然だ。
 でも俺はその世界で何が起きるかを知っている。
 全てを変えるなんて言えないけども、少しでも幸せな時間を過ごしてほしいという想いがある。
 それはもしかすると彼女達の人生を歪めてしまうことになるかもしれない。しかし、俺の知るものに似た流れで世界が進むのだとしたら……悲しい出来事が多すぎる。
 それを少しでも無くし、俺にとって大切だった人々をわずかにでも笑顔にすることができるのならば、やってみる価値はある。

「俺は……もしもほんの少しでも流れを変えることができるのなら……悲しみを減らすことができるのなら――」

 行く世界の人間からすれば余計なことかもしれないし、俺の自分勝手なことなのかもしれない。けど……

「――少しでも幸せな未来が切り開けるのなら、たとえ嫌われることになろうと挑戦してみたい」
「そっか。じゃあ、一緒に頑張ろう。たとえこれから行く世界でどんなに苦しいことや辛いことがあっても、わたしはあなたの味方でいるから」

 そう言ってアリシアは黒に輝く十字架を俺に渡し、それにも負けない輝かしい笑みを浮かべる。
 やっぱり……アリシアとフェイトは別人だ。同じような外見をしていても、本質の部分は異なっている。例えるなら太陽と月のようなものだ。同じ光を放つ存在でも照らし方が異なる。

「話もまとまったことだし、さっそく出発しよう!」
「ああ……どうやって出発するんだ?」
「そ・れ・は……」

 アリシアが指を鳴らすと、突然浮遊感に襲われる。
 視線を落とすと、そこには真っ暗な穴が存在しており、留まることを許さない力が働いている。そのため俺の体が必然的に落下し始めていた。

「テンプレどおりというやつですよ♪」
「そんなの知るか!?」

 というか、先に一言言っておけ!
 そのように言う暇はなく、俺はアリシアと共に暗い奈落の底に落ちて行った。終始彼女の顔が笑顔だったのは言うまでもない。


 
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