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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第四十七話 敗戦の余波

帝国暦 486年 1月 20日  オーディン オフレッサー元帥府 ラインハルト・フォン・ミューゼル



一月十一日にクラーゼン元帥が宇宙艦隊司令長官に正式に親補された。そして反乱軍でも宇宙艦隊司令長官が決まったことが分かった。新しい宇宙艦隊司令長官はシドニー・シトレ元帥、統合作戦本部長からの異動だった。

それを聞いた時、俺も驚いたがリューネブルクは俺以上に驚いていた。統合作戦本部長は帝国で言えば統帥本部総長に相当する。軍令を統括する部署である以上実戦部隊の責任者である宇宙艦隊司令長官よりも格は上と言って良い。その統合作戦本部長が宇宙艦隊司令長官に降格した。

“有り得ん人事だな。ここ最近反乱軍は優勢に戦いを進めている。ロボス元帥が解任されたがそれは彼個人の責任だった、シトレ元帥に関係は無い。それが宇宙艦隊司令長官? 有り得ん……”

その有り得ない人事が起きた。シトレ元帥は以前にも宇宙艦隊司令長官を務めている。その時には第五次イゼルローン要塞攻防戦で並行追撃作戦で帝国軍を味方殺しにまで追い込んだ。厄介な敵だ、少なくとも反乱軍は帝国より宇宙艦隊司令長官の人事で上を行ったようだ。

同時に艦隊司令官の交代も発表されている。二人交代したが新任の司令官はリューネブルクも知らなかった。情報部に確認してみると士官学校を出ていないため人事面では冷遇されていたらしい。それを艦隊司令官に抜擢した、という事は実力を買っての事なのだろう。反乱軍は着々と体制を整えつつある。

クラーゼン元帥は宇宙艦隊総司令部に入り、艦隊司令官、幕僚等の選抜を行っているようだ。基本的にはミュッケンベルガー元帥の幕僚を引き継ぐような人事を行っているため混乱は少ないようだ。少なくとも全くの素人に任せるわけではない。その点は評価できるのかもしれない。そして体制が整えばカストロプ公の処断となる。おそらくその時期は遠くは無いはずだ。

噂ではクラーゼン元帥は早期の出兵を考えているらしい。焦っているようだ。実績を上げて自分の地位を安定させたいのだろう。ヴァレンシュタインはクラーゼンの事は良く知っているだろう。クラーゼンの焦りも当然分かっているに違いない。そして反乱軍のシトレは実績が有るだけに余裕があるはずだ。ヴァレンシュタインとシトレか……、嫌な予感がする。

アルベルト・クレメンツ准将が辺境から帰還した。彼はオフレッサー元帥に挨拶をした後、俺のところにやってきた。話をするならリューネブルクも一緒の方が良いだろう。彼を呼び三人で話をすることにした。長くなるだろう、コーヒーを用意させ、ソファーに座った。

「よく来てくれた、クレメンツ准将。何といってもこの元帥府は装甲擲弾兵の臭いが強すぎる。卿が敬遠するのではないかと心配していた」
俺の言葉にリューネブルグが苦笑を漏らした。

「そんな事は有りません。あの退屈な辺境警備に比べれば天国と言ってよいでしょう」
「安心してくれ、クレメンツ准将。ミューゼル少将は冗談が下手でな、装甲擲弾兵は貴官を差別するようなことはせんよ」
リューネブルクの言葉にクレメンツは笑みを浮かべている。笑顔は悪くない、変な癖のある人物ではなさそうだ。

「これからはこの元帥府も陸戦だけではなく艦隊戦もこなせるだけの陣容を整えたいと思っている。協力してほしい」
俺の言葉にクレメンツは笑顔を大きくした。
「元帥閣下からもミューゼル少将に協力してほしいと言われております。小官に出来る事で有ればなんなりと……」

クレメンツの答えが嬉しかった。だが同時に少し意外な思いがした。オフレッサーも艦隊戦の陣容を整えようとしている。あるいはいずれ宇宙艦隊司令長官、という事が頭に有るのか……。リューネブルクも何やら考え込んでいる。俺と同じ事かもしれない。

「ミュラー大佐とは会ったかな? 卿の教え子だと聞いたが」
「ええ、会いました。良い軍人になりました。キスリング中佐もです」
「そうか、……実は卿に教えてもらいたい事が有る。……エーリッヒ・ヴァレンシュタインの事だ」

俺の問いかけにクレメンツはそれまで浮かべていた笑みを消した。コーヒーを一口飲む。
「何故でしょう?」
「前回のイゼルローン要塞攻防戦だが、ミサイル艇の件、聞いているかな?」

俺の問いかけにクレメンツは頷いた。
「ええ、聞いています。閣下であれば見破るだろうとヴァレンシュタインが警告したと……」

「元帥閣下にあの男と互角と言われた。だが私はそうは思えない。ヴァレンシュタインは私があの作戦を見破ると考えた。だが私はあの作戦をヴァレンシュタインが考えたのだと思ったのだ。本当に互角ならあの作戦はヴァレンシュタインが考えたものではない、そう考えるはずだ……」
「……」

口の中が苦い。負けるという事、それ以上に及ばぬのではないかという思いが口中を苦くする。コーヒーを一口飲んだ、どちらが苦いだろう? 分からなかった。
「あの男は私の事を良く知っている。あるいは私以上に知っているのではないかと思えるときが有る。だが私は彼の事をほとんど知らない、その事がどうしようもなく恐ろしい……」

クレメンツが俺を見ている。嘘は吐きたくなかった。これからは彼の力を必要とする事が多くなるだろう。正直に話そうと思った。
「だからあの男の事を知ろうとした。そしてあの男の事を知る度に怖いと思う気持ちが強くなるのだ、勝てるのかと不安になる。それでもあの男の事を知らねばならないと思う」
恐怖を感じて蹲るか、それとも戦おうとするか……。俺は戦わなくてはならない……。

「……勝つために、ですか」
「そう、勝つために……。いやそれだけではないな、私はあの男をもっと良く知りたいのだと思う。イゼルローンで会ったが不思議な男だった、一体あれはどういう男なのか……」

この男がキルヒアイスを殺した、そう思ったが実感が湧かなかった。俺が勝った、それも思えなかった……。後に残ったのはあの男に対する恐怖だけだった……。そして時が経つにつれてその想いは強くなる。

「……因縁ですな、二人とも未だ階級は低い。しかし帝国を、反乱軍を動かす人間になっている。戦うのは必然ということですか……」
クレメンツが首を振りつつ呟くように吐いた。妙な事を言うと思った。帝国を動かす?

「それはどういう意味かな、准将」
リューネブルクが訝しげにクレメンツに問いかけた。
「今回、クラーゼン元帥が宇宙艦隊司令長官になったのは、元はと言えばミューゼル少将とヴァレンシュタインが原因なのですよ」

思わずクレメンツの顔をまじまじと見た。嘘を吐いている様子は無い、リューネブルクの顔を見た。彼も困惑を顔に浮かべている。そんな俺達をクレメンツが黙って見ている。

「よく分からない、分かるように教えてくれないか、准将」
俺の問いかけにクレメンツはコーヒーを一口飲んでから答えた。
「今回、クラーゼン元帥が宇宙艦隊司令長官になったのは自らそれを望んだからですが、そこにはクラーゼン元帥を焚き付ける人物が居たからです」

意外な話だ。リューネブルクも不思議そうな顔をしている。
「それは?」
「シュターデン少将です」
「シュターデン……、宇宙艦隊総司令部の作戦参謀だが、それが?」
問いかけるとクレメンツは無言で頷いた。

どういう事だ? クラーゼンの宇宙艦隊司令長官就任には俺が関係しているとクレメンツは言っている。そしてシュターデンがクラーゼンを焚き付けた……、だが俺には両者とも接点は無い。何故俺に繋がる? 俺達が困惑しているのがおかしかったのか、クレメンツは微かに苦笑を浮かべている。

「シュターデン少将はお二人を恨んでいるのですよ、そしてヴァレンシュタインの事も……」
「……」

またクレメンツが妙なことを言った。ヴァレンシュタインは敵だから分からないでもない。だが何故俺とリューネブルクがシュターデンに恨まれるのか……。彼とは特に因縁らしきものは無い。リューネブルクも困惑している、つまり彼も心当たりがないという事だろう。

シュターデン少将、不機嫌そうな表情をした男だ。眼の前のクレメンツとは違い癖の有りそうな男に見える。主として参謀として軍歴を重ねてきている。戦場を共にする事は有っても共に戦ったという意識は無い。恨みを買う? 今一つピンとこない。

「彼はヴァンフリートで帝国軍が反乱軍に敗れたのはお二人の所為だと思っているのです」
「……」
リューネブルクを見た、憮然としている。確かに俺達は基地を攻略できなかった、だからと言って帝国軍の敗戦が俺達の所為とは極論……、ではないか、そうか、そういう事か!

「お分かりになったようですな」
「ああ、分かった」
「ミューゼル少将、どういう事だ?」

リューネブルクが俺を見ている。訝しげな表情だ。俺がシュターデンの立場ならやはり俺達を恨むだろう。そして今訝しげな表情をしているリューネブルクを憎むに違いない。

リューネブルクは分からないだろう。あの時、彼は反乱軍の航空攻撃を受け命からがら逃げていたはずだ。周囲を見る余裕などなかったに違いない。だが俺はあの時、味方主力部隊が敗れる所を見ていた……。確かにシュターデンが敗戦の責任は俺達に有ると思うのも無理はない。思わず溜息が出た。

「ヴァンフリート4=2に反乱軍が来た時、グリンメルスハウゼン艦隊は為すすべも無く撃破された。ミュッケンベルガー元帥率いる帝国軍主力部隊は仇を討つべく反乱軍に攻撃をかけた。当初は優勢に攻撃をかけていたんだ、あのままなら勝利を得る事が出来たかもしれない。だが基地からの対空防御システムがミュッケンベルガー元帥を襲った。あれで形勢が逆転した……」

「つまり俺達が基地を攻略していれば帝国軍は負けずに済んだと、シュターデンはそう考えているという事か……」
「そういうことだ」
また溜息が出た。リューネブルクも首を振っている。敗戦の重さというのがひしひしと感じられた。敗戦直後よりも時が経ってたらの方が重く感じる。どういうことだろう……。

「シュターデン少将は敗戦の責任はお二人に有ると考えた。ところが次のイゼルローン要塞攻防戦ではその二人が最大の功績を挙げたと称賛され、総司令部に居た自分は反乱軍の計略に引っかかり要塞に侵入を許したと非難された。ミュッケンベルガー元帥はその責任を取って辞任した……」
「……」

元帥の辞任はそれが理由ではない。だが表面的に見ればその通りだろう。俺も当初はそう思っていた……。

「シュターデンにとって許せなかった事はお二人がオフレッサー元帥の元帥府に招聘されたこと、そしてミューゼル少将の用兵家としての評価が上がったことです。敗戦の元凶にも関わらず軍内部において確実に地位を確立しつつあると考えた」
「……」

用兵家としての評価が上がったか……。味方ではなく敵が評価することで上がった。公論は敵讐より出ずるに如かず、そういうことかもしれない。だが苦い評価だ、俺には少しも喜べない評価だがそれを知る人間はごく僅かだろう……。当然だがシュターデンも知らなかった、知っていればどうしただろう、それでも俺を恨んだだろうか……。

俺の想いをよそにクレメンツの言葉が部屋に流れた。
「そしてオフレッサー元帥を宇宙艦隊司令長官にという話が出た。もし、それが実現すれば新しい宇宙艦隊総司令部はミューゼル少将を中心に編成されると彼は考えた……」
「シュターデン少将はそれが許せなかった、そういう事か……」

クレメンツとリューネブルクの会話が聞こえる。シュターデンは納得がいかなかった。何故ヴァンフリートで失敗した俺が総司令部を仕切るのか……、だからクラーゼンを焚き付け宇宙艦隊司令長官にした……。なるほど確かに今回の人事は俺が引き金になったのは間違いない。

「ヴァレンシュタインが絡んだのもシュターデンを強硬にしたのだと思います」
「どういう事だ、それは」
「シュターデン少将も小官と同時期に士官学校の教官を務めたのですよ」
意外な事実だ、思わずリューネブルクと顔を見合わせた。彼も驚いている。

「しかしヴァレンシュタインの成績やレポートの評価欄にはシュターデンの名前は無かったが……」
リューネブルクが首を傾げながら問いかけた。その通りだ、シュターデンの名前は無かった。有るのはクレメンツがほとんどだ。リューネブルクの問いかけにクレメンツが苦笑交じりに答えた。

「シュターデン少将が彼を嫌ったのですよ。いや、それ以上にヴァレンシュタインがシュターデン少将を嫌ったと言った方が良いでしょうね。おかげで彼に対する評価は小官が行う事になりました」

またしても意外な事実だ、だから評価欄にはクレメンツの名前が多かったのだ。ハウプト中将がクレメンツの名前を挙げたのもその所為だろう。
「……何故そのような事に?」

「……シュターデン少将は戦術にこだわり、戦術シミュレーションでの勝利を重視しました。戦場では戦術能力の優劣が勝敗を決定すると。しかしヴァレンシュタインは戦争の基本は戦略と補給だと考えていたのですよ。戦術シミュレーションでの勝利にこだわる事は無意味であり、有る意味危険だと彼は考えていた」

確かにそうだろう、生き残ることにあれほど執着を見せたヴァレンシュタインだ。戦略的な優位を確立したうえで戦う事を重視しただろうし、それが出来ないなら、勝てないなら退却を選ぶ事を迷わないに違いない。三百敗のシミュレーションがそれを証明している。

「彼の戦術シミュレーションが拙劣なものならば負け犬の遠吠えでした。しかし彼は非常に優秀だったのです。兵站科を専攻した彼が戦略科のエリート達を片端から破った、にも拘らず彼は戦術シミュレーションでの勝利を重視しなかった……。シュターデンは何時しか彼を嫌い疎むようになった」
「……」

部屋に沈黙が降りた。リューネブルクも俺もクレメンツも黙っている。コーヒーを一口飲んだ。冷めかけたぬるいコーヒーだ。苦さだけが口に残った。

「シュターデン少将にとってヴァンフリートの戦いはヴァレンシュタインとミューゼル少将の所為で敗れたようなものでした。そしてイゼルローン要塞攻防戦でも名を上げたのはヴァレンシュタインとミューゼル少将だった……」

「シュターデン少将は私達を許せないと思い、クラーゼン元帥を宇宙艦隊司令長官にした。彼の狙いは自らの手で反乱軍、いや、ヴァレンシュタインに勝利する事か……」
「その通りです」

酷い戦いになる、そんな気がした。実績を上げたがる司令長官と復仇に囚われる参謀……。この二人が組んだ時、一体どんな軍事行動を起こすのか……。積極的というよりは無謀に近い行動をするのではないだろうか? そしてヴァレンシュタインはそれを見逃すほど甘くは無い……。

「酷い戦いになるな……」
思わず呟いていた。そしてリューネブルクとクレメンツが厳しい表情で頷くのが見えた。酷い戦いになる……。







 
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