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グランドソード~巨剣使いの青年~

作者:清弥
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第4章
2節―変わらぬ仲間―
  侍が望むは――

 ―私には、憧れるものがあった。

 幼き頃…まだ彼女が人としてまだ“幸せ”だと感じていた頃、彼女はとある職業に憧れていた。

 “侍”。

 土地を褒美として分け与えてくれる将軍に対し、仁義を尽くす彼らに彼女は酷く惹かれていたのである。
 “恩を恩で返す”そんな当たり前、けれど行うのは難しいことを通し切っていた彼らのようになりたいと彼女は思っていた。

 自分も、母に恩を返せるように――。

「辛くても、悲しくても、怒っていても、笑いなさい。こんなものかって」

 口癖のように、母はそう言って笑っていた。
 気高く、決して折れぬ大木のような心強さと温かさを、彼女は誇る。

 私の母は凄く強いんだぞ。
 私の母は負けないんだぞ。
 私の母は――

 ――ヒーローなのだと、思っていたのだ。

「貴女が居なければ」

 彼女は裏切られた。
 彼女は知らされた。
 彼女は理解してしまった。

 所詮、人の心なんて脆いものだと。
 所詮、人の気持ちなんて簡単に変わってしまうのだと。

 だから、地獄のような環境の中で彼女は決めた。
 その声に誘われた時決めたのだ――

 ――“あの人()”のようにはならないと。




「…最悪の夢」

 深春が起きて一番初めに口にしたのは、悪夢への愚痴だった。

 自身が納得したはずの悪夢、けれどソレはいつまで経っても追いかけてくる。
 忘れるなと、思い出せと、悪魔の手がずっと擦り寄ってきているのだ。

「“後悔”…ね」

 思わず呟くのは、良く彼が言葉にしていた単語。
 自身を説得する際に一番印象的な顔つきで、一番印象的な感情で呟いた言葉だ。

 “後悔したくないだけ”。

「…そういえば、全然知らないな」

 あの時、彼が説得するときに自分のことを話したのはほんの少しだけ。
 “中途半端”と理由をつけて逃げ込んで、そしてそれに気が付いて謝りたい…それだけだ。
 何一つ、彼の過去を自分は知らないのだと今更気付く。

「――ミハル様。お時間でございます」

 不意に聞こえる大人びた女性の声。
 メイドが起床時間を知らせに来たのだろう、と深春は察すると大きく伸びをして返事を返す。
 カーテンを開いて外を見れば、もうとっくに明るくなっていた。

「…よし」

 ―今日も一日頑張ります、母さん。

 朝、起きた時に最初にするのは“誓い”だ。
 今日も気高く、大木のように暖かな存在であるという誓い。
 同時に今日も“恩を恩で返す”、仁義を尽くす侍であるという誓いでもある。

「さて、行くでござるか」

 すっかり馴染んだ様子のエセ侍語で気合いを入れると、深春は扉を開けた。

 今日も、ハードな一日が始まる。
 それを告げるかのように、ニワトリ―に似た何か―が元気よく嘶いた。




 ソウヤが倒れ深春達だけが普通の地上へと来て、深春が何よりも先に望まれたのは『試練』へと挑戦し『申し子』となること。
 上級天使に匹敵する力を備え、襲撃する天使を打ち倒し来たるべき決戦の力添えとなることである。

 すでにウィレスクラの力によって『申し子』になっていた深春だが、それはまだ不完全なものであった。
 世界神と言えど、強制的に完璧な『申し子』を深春に付与することは難しかったようである。

故に、深春は言われるがまま『試練』へと赴き、現在…未だそれを乗り越えられずにいた。
 かなりの時間が経っているのにも関わらず、『試練』は深春を拒絶し続けている。
 そして、深春は今日も『試練』の門を叩かんと扉の前に来ていた。

「――ではミハル様、『試練』のご達成…お祈りしております」
「行って…来るでござるよ」

 深春は震える身体をどうにかして抑えきると扉を開き、『試練』へと挑戦する。

 『申し子』となる為の『試練』は大きく3つに分かれていた。
 その『試練』の内容は人によって変わるが、ただ一つのみ変わらないルールがある。

 “肉体”、“精神”、“心”をそれぞれ試すのだ。

 元々尋常ではないほどの力をつけていた深春は“肉体”の『試練』はいとも簡単に攻略している。
 だが、“精神”からの『試練』は何日経ってもクリアする気配を見せていない。

 深春が足を踏み入れると“肉体”の試練の間が視界に映るが、とっくにクリアしているので気にした様子も無く次の間へと足を進める。

「はぁっ…ふうぅ」

 大きく深呼吸をしてなんとかざわつく心臓を押しとどめると、深春は意を決して“精神”の試練の間へと足を踏み入れた。

「辛くても、悲しくても、怒っていても、笑いなさい。こんなものかって」
「――――」

 目の前に、懐かしい若々しかった頃の母が映り、口を開く。
 母の表情は明るくて、頼もしくて、勇気が出る…そんな心からの笑顔だった。

 それを聞いて、見て、深春は小さく息を飲み込む。
 心からの笑顔で励ます、そんな母の姿を知っているからこそ…深春には突き刺さる物があった。

 視界に、ノイズが走る。

「貴女が居なければ」
「――――ッ」

 視界のノイズが消えた時、目の前に現れたのは“ナニカ”で汚されボロボロの姿で倒れこんでいる母の姿だった。
 彼女が、深春へと手を伸ばす。
 その瞳には“憎悪”しか残っていなかった。

 深春は叫びたくなった。
 目を手で覆い、「こんなのは母じゃない」と拒絶したくなった。
 …居なくなれと、思いたくなった。

 けれど、同時に深春にはわかってしまう。
 ここで叫んでしまえば、拒絶してしまえば、思ってしまえば『試練』に失敗するのだと。

 深春の“精神”の『試練』に立ち塞がる存在。
 それはかつて尊敬し、心から誇りに思っていた母なのだ。

 ―結局、私はこの母の顔を忘れることはできない。

 心から深春に死んでしまえと叫び、心から深春を拒絶し、心から深春を嫌いだと思う…その母の顔を。
 視線を合わせるだけで、彼女の憎悪が伝わるほどに深く…黒い感情。

 ―怖い。

 深春は無意識に思う。
 母が怖いのではない、“母の目”が怖いのだ。

 どれだけ口で死ねと、消えろと言われても構わない。
 どれだけ手や足で殴られても、蹴られても構わない。

 ただ、“その瞳”が怖かった。

 口だけならばどれだけでも嘘だと思える。
 殴られても蹴られてもまだ嘘だと思える。

 ただ、“その瞳”からは本物の感情が伝わってくるようで、偽れなくて…怖かった。

 母の目を見るたびに、深春は彼女が本当に自分のことが嫌いなのだと、死んでほしいのだとわかってしまう。
 それが嫌だった。
 だから深春は母と視線を合わせないように過ごしていたのだ。

「ねぇ深春」
「――!?」

 母に、慈しむように呼ばれ深春は体中が震えるのを感じた。
 ガタガタと体が笑えるくらいに震え、目が気持ち悪いほど上下左右に動き、口もガタガタと鳴らし出す。

 もう、限界だった。

「……てよ!」
「深春…?」

 うるさい。

「やめてよ…!」
「どうしたの?深春」

 もう、呼ばないで!!

「そんな目で私を呼ばないで!!!!」

 視界が、暗転…す……る。




 次に気づいた時、深春はベッドの中で寝転がっていた。
 未だ定まらない視界の中で、深春は大きくため息をつく。

「また…駄目だった」

 精神が疲れ果てていたのか、深春は結局意識を取り戻せぬまま、また深い眠りについた。




 目覚めては『試練』を受け、心が悲鳴を上げ倒れる。
 そんな毎日を送っていた深春はもうすでに精神を消耗しきっており、限界に近かった。

「――ではミハル様、『試練』のご達成…お祈りしております」
「行って…来るでござるよ」

 同じ言葉を繰り返し、深春は今日も『試練』に赴く。
 一歩、歩むたびに心臓と胃と腸と脳が痛みを伝えてきた。
 それはストレスが過度に溜まり、内臓の管理が全く出来ていないから。

 けれど…深春は1人で進まなければならなかった。
 『試練』は1人で受けるもの、そうルールで決まっているからである。
 誰も深春を助けられない――

「そんな決まり(ルール)、拒否だ」

 ――彼以外は。

 ガラスが砕けるような音がして、本来1人しか入れないはずの『試練』に踏み入る者が居た。
 深春は気付かぬ間に光を失っていた瞳を、瞬く間に輝かせる。

 何故この青年は救いが欲しいと望んだ時、来るのだろうか。
 何故この青年は助けてほしいと望んだ時、来るのだろうか。
 何故――

「ソウヤ、ど…の……?」
「よう、来てやったぞ。深春」

 ――この青年は決まり(ルール)を拒否してまで手を差し伸べてくれるのか。

 そんな疑問が湧いた深春を見透かしたかのように、ソウヤは笑う。

「お前を救わないと、俺は一生後悔するからな」 
 

 
後書き
侍が望むは――救い 
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