| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔法少女リリカルなのは ViVid ―The White wing―

作者:鳩麦
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

第三章
  三十二話 回答

 
前書き
就活の合間に三十二話。

では、どうぞ。 

 
「お、居た居た」
ライノスティード・ドルクがクレヴァー・レイリ―を発見したのは、スタジアムの出入り口だった。荷物をまとめた彼が、外に出ていこうとしているところに、ちょうど出くわしたのである。

「ってなに帰ろうとしてんだおめぇはっ!!」
「ぐぇっ」
いきなり後ろから首根っこをひっつかまれて、クレヴァーがおかしな声を上げる。首をさすりながら振り返ると、至極不機嫌そうなライノが自分を睨んでいた。

「ら、ライノ。何いきなり……」
「何じゃねぇよお前せめて最後まで試合みてけよ、せっかく憧れの舞台に来たんだろ?来年もあるんだろうが」
「来年……?」
「?」
まるで何を言われたか分からないと言わんばかりに首を傾げるクレヴァーに、ライノは傾げ返す。少し二人の間を沈黙が流れたのち、彼はようやく合点がいったらしく、そうかと声を上げた。

「来年も、あるんだよね、IMって」
「おいおい……」
大丈夫かお前、と、ライノは額を抑えて顔を上向ける。IMが毎年やっている事くらい常識の範疇だ。一体彼は何を言っているのか。

「ご、ごめん……正直、こ、今年の、事しか、頭に無かったから……来年の、事なんて、全然、考えた事、なかった……」
「あのなぁ、視野狭窄しすぎだろお前……負けたら来年、ってのが普通のメンタルだぞ。ほれ、戻ろうや」
「あ、えっと……」
「?」
手招きして戻ろうとするライノを引き留めるように、クレヴァーはその場にとどまったままで呼びかけた、ライノが首を傾げて彼を見ると、彼は少し俯きがちに地を見て、首を横に振る。

「やっぱり、僕は、いいや……」
「?なんだ、そんな帰りたかったか?」
普段少し自信なさげなので、少し強引に誘ってみたが、彼はついさっきまで試合で、しかも負けているのだ。彼の性格上次の機会の為に他の選手の研究を優先するかと思って誘ってはみたが、敗北の傷をしっかり癒したいというのなら流石にこれ以上引き留めるつもりもない。が……

「そう言う訳じゃ、ないんだけど……僕みたいなのが、此処に、これ以上、居るのは……」
「……はぁ?」
「だから、その、IM、みたいな、ちゃんとした場で、あんな、小ズルい手、使って……凄く、相手にも、不快な思い、させたし……何度も出るのは、それこそ……「アホかテメェは」痛ッ!?」
パコン、と綺麗な音を立てて、ライノが彼の頭をひっぱたく、頭をさするクレヴァーを見ながら、呆れたようにライノはため息をついた。

「ったく、お前ちょっと待ってろ」
「え?」
「待ってろ!お前のよく分からん勘違いを正してやる」
ふんっ、と面白くなさそうに鼻を鳴らして、ライノは通信で誰かに連絡を取り始める。少しばかり首を傾げながら彼がその様子を見ていると、不意に、控室に続く通路の方から見知った顔が飛び出した。と言うか、あれはついさっきまで試合をしていた……

「クラなふげっ!?」
「逃げんな!」
「?」
咄嗟にその場から逃げ出そうとして、ライノに首根っこを掴まれて引き留められる。これが世界代表戦準優勝の実力か。結局、強制的にクラナと向き合わされることになったクレヴァーは、クラナの顔を直視できないまま、会話に入る羽目になった。

「…………」
「……?えーっと?」
「よし、うんじゃ改めて紹介するわ。こいつ、クレヴァー・レイリ―」
「ど、どうも、です……」
「んでこっちがクラナ・ディリフス・タカマチ」
「あ、うん、よろしく……って、え?これ、どういう状況?」
何故に今更クラスメイトから同学年の男子を紹介されているのかという話はお互いこれまでさほど面識はなかったので置いておくとして、なぜこんな場所でそれも今?そんな疑問を込めてクラナはライノを見る。と、彼は肩をすくめて答えた。

「いやなに、ついさっきまで互いに競い合ってた同級生を、自己紹介もしないままにしとくってのもあれだろうと思ってな?」
「……成程?」
「…………」
それにしては相手が完全にだんまりなのはどういう事だろう、という疑問はさておき、それならばと女性陣が居ないためか珍しくクラナの方から自己紹介に入る。

「えっと……クラナ・ディリフス・タカマチです。先ほどはどうも」
「あ、い、いえ、こちら、こそ、クレヴァー、レイリ―、です。先ほど、は、すみません、でした」
「?すみません?って……」
突然詫びを入れてきたクレヴァーに、クラナは首を傾げる、すると彼は慌てて補足するように、ますます身を縮こまらせていった。

「あ、その、さっきの、あんな、小賢しくて、小狡い、戦い、方、IMの、名前を、汚した、かなって……」
「……え?いや、さっきの試合の話、ですよね?」
「おう、こいつそう言ってんだわ」
「…………」
俯いて、落ち込んだようにそう本気で言っているらしいクレヴァーを見て、クラナは幾つかの複雑な表情をした後、頭を掻いて返した

「えっと、取りあえずですね……ちょっと何言ってるのかわからないです」
「はっ……?」
「あの、その小賢しいとか小狡いとか、そんな感じの人と試合した覚えないです。俺がさっき試合したのは、自分が持てる限りの魔法で全力で俺を倒しにかかってきた、手強くて尊敬できるライバルだったって記憶してます」
「ら、ライバッ!!?」
誰だ其れは!?と言わんばかりに目を見開いて、余計にクレヴァーがおどおどとし始める。言われたことが、まるで信じられないと言った様相だ。その様子に、思わずクラナは苦笑した。

「あの、あれだけ追い詰められた方としては、その相手がただの小賢しいだけの相手だったとかってなるとそっちの方がよっぽどへこむんですけど……」
「で、でもボク、ただ、君の事、調べてただけで……」
「相手の研究は俺も普通にしますよ」
「く、クラナ選手の、能力の、弱点、突いただけ……」
「それも普通です。と言うか、俺の能力の場合、それを考えない人の方が少ないです」
「に、逃げてた、だけ……」
「正確には、攻撃を受けないよう自分の位置を隠蔽しつつ、適宜遠隔による攻撃を行っていた、ですよね」
クラナによって、出した自己評価を次々に上昇志向に修正され、クレヴァーがしどろもどろになるのを、ライノが面白がるようににやりと笑ってみる、しかしそこに至って、クレヴァーはひときわ暗い表情でうつむいた。

「でも……僕、格闘、出来ないから……IMの、男子は、肉弾戦が、普通……」
「え、そうなの?」
その言葉に、クラナが首を傾げてライノに問う。彼は一つ肩をすくめると、心底くだらないと言わんばかりに少し不機嫌な顔で言った。

「あー、そうか、お前はそう言うのあんま詳しくないか……そう言う面もあったんだよ、昔からな、てか、お前とかオレが固有魔法と格闘の組み合わせで勝ち上がるようになってからが、魔法戦型の台頭だったんだぜ?」
「へー」
「けどな、言っただろうが、そんなんルールには書いてねぇ、やろうとするやつがいないだけで、格闘戦無しでも勝ち上がれないかなんてのは分からねぇって、なんでそう変なところで卑屈になるかね」
「でも……」
しかしそれを聞いても、クレヴァーの表情は晴れなかった。この弱気さは、彼の価値観の根底に根差すものだ。晴らすのがそう簡単ではないのはライノも分かっている。ただ……今回は少し、勝手が違う。

「……あの、こういう事、今、俺が言うのは何なんですけど……」
何故なら、今日はこの場所に此奴(クラナ)が居るからだ。

「……俺は、凄いと思ったよ、レイリ―の戦い方」
「……!」
「正直、術式に直接干渉して俺の加速を封じてくるなんて想像もしてなかった、完全に意表を突かれたし、焦ったよ。対応し切れて、まして勝てたのは、半分くらいは偶然だ。あれだけの幻術が使える奴も、初めて見た。あんなに正確に、多彩に幻術で惑わしてくるなんて、管理局にもそうそう居ないよ」
「ぼ、僕は……そんな……」
目を白黒させて両手を振りながら数歩後退するクレヴァーに、クラナがズイッと詰め寄る、真っすぐに目を合わせたクラナの黒い瞳が、吸い込みそうなほど近くでクレヴァーを見ていた。

「それにさ、レイリ―……俺、すっげー楽しかったんだ」
「……!」
「ずっと、最初から最後まで神経張りしっぱなしでさ、耳の後ろがチリチリして、一手でも間違えたら負けると思ったら、凄く緊張した。でも、そんな風に全力で競い合える奴と出会えて、レイリ―と試合出来て、本気で、心の底から楽しいって思えた。出来るなら……」
「…………」
次の言葉を、きっと自分は分かっていたと思う、そう思いながら、しかし特に止めるでもなく、クレヴァーは次ぐの言葉を待った。何故ならそれは紛れもなく……

「レイリ―さえよければ、出来るなら、いつかまた、あんな試合がしたい!」
「!!」
──紛れもなく、自分が心から言ってほしいと望む言葉だから。

「そしたら、今度はもっと上手くやる、もっと、その時の俺は強くなってる、そうありたいし、そうしたいって、今は素直に思えてる……レイリ―は、違うか?」
「…………ッ」
気が付くと、クレヴァーはポロポロと目尻から滴をこぼしていた。慌ててそれをぬぐいながら、彼はそれでも、必死に顔を俯かせないようにと務める。

「え」
「っ、僕……僕、は……ッ!」
「く、クレヴァー?」
「…………」
急に泣き出したクレヴァーに、戸惑ったようにクラナが肩を置こうとするのを、ライノがそっと手を出して止めた。

「……言わせてやってくれや」
「…………」
「僕はっ……!」
腕を下げたクラナの前で、レイリ―は必死に顔を上げる。何度もしゃくりあげ、何度も息を詰めながらそれでもクラナの事を正面から見つめるその瞳には、強い決意の光が宿っていた。

「僕は……いつかきっと、君に勝って見せる!」
「…………」
「君に勝って、ライノにも勝って……世界代表戦で優勝して、証明する……!魔法だけでも、格闘戦が出来なくても……勝てるって……!!」
「…………」
「……へっ、やっと言いやがったなこの野郎」
心底満足そうにライノが笑う。そう、これがクレヴァー・レイリ―の夢であり、そして回答だ。
確信した、これだけの事を言わせることが出来たのだ。魔法戦には間違いなく可能性がある、魔法戦だけで勝ち上がる事は、間違いなく可能なはずだ。だからいつの日か必ず、この回答を証明して見せる。そう、クレヴァーは経った今、本当に自分に誓った。夢は「出場」から「勝利」へと変わった。
そして……その対象となる二人が今、挑戦的な笑顔で、自分の前に立っている。

「あぁ……待ってる、かかってこい、クレヴァー」
「ま、勝つのは俺だがな?」
きっとこの二人に勝つのは困難を極めるのだろう、しかしそれならば、自分は自分の魔法をそれ以上の場所へと押し上げるだけだ。自分の夢は、その場所を目指す戦いなのだから。

「クレイって、呼んでほしい」
「えっ?」
「友達で、ライバルの君には……昔は、そう呼ばれてたから」
「……分かった、クレイ、改めて……クラナ・ディリフス・タカマチだ。よろしく」
「……うんっ」
コクリと頷いて差し出された右手を取り、二人の間で握手が成立する。その様子を満足そうに見ていたライノが首を傾げた。

「……ん?」
「ライノ?」
「……なあクレヴァー、俺らはダチだよな?」
「?う、うん……」
確認するように問うライノに、おずおずとクレイが頷く。「それなら」と、ライノが続けた。

「俺にはなんでクレイって呼べって言わなかったんだ?」
「……えっと、何となく?」
「オイィ!?俺は今ちょっと傷付きましたねぇ!?なんだ、ダチだけどライバルじゃねぇってか!?さては舐めてんなお前!?」
「えぇ!?そ、そんな事ないけど……」
[お言葉ですが舐められるとしても仕方無いかと、少なくともマスターのような方が侮られたとしても私には何の疑問もございませんし寧ろ当然であると思いますが]
「俺の尊厳何処也や!!?」
相変わらず自分のデバイスを相手にかってに騒ぎ始める自分達の親友を横目に、二人の青年は苦笑を交わすのだった。

────

「あ、来たよヴィヴィオ!」
「お疲れ様~」
「「クラナ先輩、おめでとうございます!」」
「おめでとうございます、先輩」
「あ、あぁ……」
観客席に着くや否や駆け寄ってきたリオとコロナに、若干戸惑いながらもクラナは頷いて答える。正直な所、未だに彼女達のこの元気のいい感覚に慣れない。せめて隣で頭を下げているアインハルトくらい落ち着いた話し方をしてくれると戸惑わずに済むのだが……

「ほら、ヴィヴィオ」
「あ!え、えっと……」
「…………」
そのハイテンションな二人の間から、押し出されるように妹が顔を出す。上目遣いに自分を見るその二色の瞳には、迷いと、ほんの少しの恐れのような感情が浮かんでいるように見えた。しかし顔を上げて真っすぐに自分を見ると、ヴィヴィオは普段の彼女とは違う少し不器用な笑顔を浮かべて言う。

「お、おめでとう、お兄ちゃん……次も頑張ってね!」
「…………」
言うべきことは分かっている。「ありがとう」そのたった一言を言ってやれば、彼女の顔には花のような笑顔が浮かぶ筈だ。ジークに言ったように、なのはに言ったように、そのたった一言だけで済む。なのに……

「ぁ……」
何故かその言葉が、のどの奥でつまり、声にならない。たった一言、たった五文字の言葉だというのに、その言葉が、音にならない。
結局……

「……あぁ」
口に出たのは、いつものそれ、そっけない、短い一言の受け答えだけだった。経った一戦乗り越えただけでは、足りないという事なのかもしれない。それでも、ヴィヴィオはそれが奇跡のように表情を明るくしてコクリと頷く。
分かっている、ヴィヴィオにとって、自分は彼女の言葉に答えるだけでも奇跡的な存在だ。何せついこの間まで、その言葉に答えるどころか、その身を視界に入れる事すら避けてきたのだから。そうさせたのは自分で、自分と彼女の関係をこんなにも歪ませてしまったのもまた、クラナ自身だ。

『……ごめんな』
そう言おうとしても、やはり言葉は出ない。その髪を梳こうとしても、触れるために手が動くことすらない。ただの短い受け答えに喜ぶヴィヴィオの様子に、どこか違和感を覚えたらしいリオとコロナと、クラナの間に重たい空気が流れ始める、その時だった。

「あ、そっス、ヴィヴィオ」
「?」
不意に、座って様子を見ていたウェンディが悪戯っぽく笑う、その続く言葉に、クラナとヴィヴィオの二人が同時にギョッとした。

「クラナの隣に座ったらどっスか?」
「え」
「ふゃぁ!?」
クラナが思わず声を漏らすのと同時、ヴィヴィオの口から凡そどこから出したのかさっぱり分からない奇妙に裏返った声が上がる。しかし不意を打たれた二人をよそに、ちびっ子二人の反応は早かった。

「あ、そうだよ!」
「ほら、ヴィヴィオ!」
「うぇ!?ち、ちょと、コロナ!?リオ~!?」
「…………」
丁度クラナが座ろうとしていた隻の隣に、二人がヴィヴィオを連れてくる……というより、押し込んでくる。一本道で逃げ場のないまま後ろからぐいぐい押されたヴィヴィオは、つんのめるようにクラナの前に叩きだされると、真正面から兄の瞳と向き合い、視線を数瞬泳がせたあと、おずおずと問うた。

「あ、あの……隣に、座っても、いいですか?」
「…………」
お前はバスで知らない人の隣に座ろうとする人見知りの少女か。と突っ込みたくなるのを何とか飲み込み、クラナは彼女から視線を逸らして自席に座る。その仕草に、無視されたと感じたのだろう。ヴィヴィオの視線が地面へと下がるが、その瞬間……

「……好きにしろ」
「へ……?」
聞き返すようにヴィヴィオがクラナを見る。しかし彼は答えないまま、隣の席に置いていた水筒をそっと足元に下ろした。

「……!う、うんっ!」
高速で三回も頷いて、彼女はクラナの隣へと座りこむ。試合であれだけ動いたせいか、あるいは服にしみこんでいるのか、隣に座る兄からはうっすらと汗のにおいがした。その匂いに何だか甘いようなくすぐったいような感じがして、ヴィヴィオは小さく微笑む。
彼らの司会の外でリオとコロナがなんとも嬉しそうにハイタッチしているのを、ディエチとウェンディとアインハルトは微笑ましく想いながら見ていた。

「あれ?そう言えばクラナ、ライノは?」
「あぁ、彼奴は……」
ディエチの問いに、クラナが少し遠くを見る。その方向に視線を向けると、少し離れた観客席にクレヴァーと共に座るライノが見えた。

「あ、レイリ―選手!」
「ホントだ!そっか、そう言えば同級生って……」
「クラナ先輩もなんですよね?」
「……あぁ」
本当を言うと、自分も向こう側で見ようと思っていたのだ。しかし、ライノに殆ど強制的にこちらに来るように押し込まれてしまってはどうしようもなかった。どうにも彼の思惑に乗ってしまった気がして気に食わないが……まぁ、それくらいなら些細な事の範疇である。

「それなら、あの二人もこっちに来ればいいのに……」
「…………」
そう言ったディエチに軽く肩をすくめて答えるが内心、クラナはそれは無理だろうと知っていた。何故ならつい先ほど、クレヴァー・レイリ―がどれだけ女子に対して苦手意識があるかを、とっくり聞かされたばかりだからだ。少なくともリオやコロナ、ヴィヴィオに詰め寄られて、精神的に平静でいられるとはとても思えなかった。
そんな中……

「っと、そろそろ、次の試合が始まるっスよ~!」
そう言われて視線をリングに戻す。クラナにとっては注目せざるを得ない一戦が、始まろうとしていた。

────

エーデル・シュタイン先ほど見た試合を思い出しながら、天井に視線を向けていた。同じ予選四組に居る青年、この大会で、今回自分がまみえるのを楽しみにしている人物の一人でもある彼が、つい先ほど見せた、圧倒的に不利な状況からの逆転と勝利。

「…………」
彼と、一戦交えてみたい、先の楽しみが増えた事にどこか期待しつつ、しかし心を平静に保つ。先を見据えるあまりに、今の相手を見る事を疎かにすることは、その相手は勿論、自分に技を授けてくれた人、今日という日の為に自分を支えてくれた人にも失礼だ。

「シュタイン選手、入場をお願いします!」
「……はい」
閉じていた目を、スッと開いて歩きだす、手元に掛けたお守りにそっと呼びかける。

「……行くよ、イーリス」
[はいマスター!]

────

「さて、準備はよいか?セルジオ」
「うン!いつでもオッケーだゾ!」
威勢よく答えた少年、セルジオ・マルティネスのコーチである、ミゲル・サラスが、その答えに一つ大きくうなづく。実際、今日のコンディションは良い。指導者として、選手の体調管理は常に怠らないようにしているし、セルジオはミゲルの家に住み込みで日々の練習に励んでおり、食事、睡眠の管理も万全を期している。一年ほど前にセルジオの才能に惚れこんで彼と彼の両親を何とか説得し、遠い別の世界からわざわざセルジオを引き取ってきたミゲルに取ってそれは、コーチである以前に保護者として当然の責任であり、同時に彼を試合に出し、勝たせたいという強い決意の表れでもある。
そのミゲルをして、気力、体力共に十全であると判断しているのだ。間違いなく、今日のセルジオは絶好調だろう。
しかしそれでも、今日の試合には一本、懸念材料もあった。

「セルジオ、今回の相手は……恐らく今までのようにはいかんだろう。くれぐれも、油断だけはするなよ」
今日の相手は、都市本戦でも十位に入る実力者だ。セルジオの実力が現在のIMの環境にどれだけ通用するか確かめる意味ではいい機会だが、地区予選本線の序盤で当たりたい相手ではなかった。そのこともあってそう言ったミゲルの顔を、セルジオは不思議そうな顔で首を傾げて覗き込む。

「ユダン……?」
そうだった、別の世界で育ち、こちらに来てからも練習と試合に多くの時間を割いてきたセルジオはまだこの世界の常識や一般的な名詞にも疎い、少し考えて、ミゲルは言い直した。

「そうだな……相手を、弱いと思うな、と言うことだ」
「弱い……ン!わかっタ!思わなイ!」
頷いてそう言うセルジオは、笑顔で続ける。

「弱いって、思ったことなイ!モリのエモノも、みんなつよかっタからナ!」
「……そうだな、その意気だ」
そうだ、そんな心情が、彼に在る筈もなかったと、今更になってミゲルは思い直した。少なくとも彼がこれまでに経験してきた「戦い」と言う戦いは全て、「命」を取り合う、本当の殺し合いであり、その血肉と共に、彼は生きてきたのだ。そんな甘えた感情を、彼が戦いに持ち込む余地はない。

「それにせんせー!ミウラも勝った!」
「ん?あぁ、そうだな、あの八神道場のお嬢さんは見事だった」
つい昨日の事、映像ごしに見たセルジオと共に練習をした少女の映像を思い出して、ミゲルは一つうなづく。彼は一度背を向けて体の調子を確かめるようにピョンピョンと跳ねると、振り向いてニカリと笑った。

「だから、オレも勝つゾ!!」
「…………」
少しだけ、ミゲルは驚いていた。セルジオが、自分の戦い(しあい)の前に“誰か”の事を引き合いに出したのは初めてだ。この世界の人々との交流を経て、少しずつ目の前の少年の中にも何かしらの変化と思う所があるのだろう。

「マルティネス選手!入場をお願いします!」
「ヨッシ!」
「…………」
「?せんせー、どーしタ?」
「ん?いや、何もない、なら、行くとするか、セルジオ!」
「おウ!」
言うが早いが、セルジオは首元のネックレスを掴んで叫ぶ。

「ハグラー!」

────

「……セットアップ」
「セットアップ!!
二人の少年が、ほぼ同時に叫んだ。

[Ja!!]
[Set.]

────

「ナカジマちゃーん」
「ん?あれ、ミカヤちゃん、今来たのか?」
手続きが一息ついて、次のクラナの試合まで少し時間の空いたノーヴェがウェンディ達とチビーズを探していた時、不意に後ろから声がかかった。階段の少し上の方に、ミカヤ・シェベルが手を振っているのが見え、歩み寄る。

「やぁ、大学で少し用事かあってね、しかしおかげで、ヴィヴィオちゃんのお兄さんの試合を見逃してしまった」
「あぁ、オッケー、後で録画見せるよ」
ミカヤとノーヴェは色々とあってちょっとした友人だ。ノーヴェの方か腹チビーズのスパーリング相手を頼むこともあるし、ミカヤはミカヤでそのスパーリングを利用して近接格闘戦対策をしていた。

[「間もなく、予選第四組、第五試合を開始します」]
「おっと、そろそろ始まってしまうか……どうかな、そこで一試合一緒に見ていかないかい?」
「ん?あー、うん、いいよ」
「決まりだ」
ニコリと笑って、ミカヤとノーヴェは近くにあった席に隣り合って座りこむ。

「それで?どうだったんだい?試合の方は」
「あぁ、初戦から大苦戦。正直危なかったと思うよ」
「あれ、意外だな、てっきり順当かと思ってたよ」
「まぁ、そこは追々ね」
ノーヴェとしても、あそこまで苦戦するのは予想外だったのだ、こればかりは、完全にIMに対する見立ての甘さと不意を突かれたと言う他ない。そう言う意味でも、今一度気を引き締めなければならないというのが今のノーヴェの心境だった。

「そう言えば、これから試合するシュタイン選手、順当に行けば三回戦で……」
「クラナ君と当たる。うん、彼も見ているだろうし、ナカジマちゃんもしっかり見ておいた方が良いだろうね、エーデルは強いよ」
「あ、ミカヤちゃん知り合いだっけ」
そう言えば双子からそんな話を聞いていたことを思い出して、ノーヴェが彼女の顔を見る。と、少し、驚いた。

「あぁ、うん。そうだね、友人だ」
「…………」
その横顔を、どう表現したものか、どこか羨むような、期待するような、あるいは……

「ミカヤちゃん的にはどうなの、この試合?」
「うん?そうだな……一応、エーデルが勝つと、友人としては期待しているよ。ただ……」
そう言うと、少しミカヤは自嘲気味に笑う、その真意は、ノーヴェにはわからない、ただ……

「私は今少し……彼が勝つことを恐れているのかもしれないな……」
そんなつぶやきを彼女の口からきいたのは、これが初めてだった。

────

[「さぁ続いては第五試合、此処に来て上位選手(トップファイター)の入場です!!」]
アナウンスによって一息に会場が湧いた。此処で登場する選手が、高い人気を誇る選手である証だ。歓声と共に、上下の白い道着に黒い帯を締めただけのシンプルなバリアジャケットに身を包んだ少年が入場してくる。

「レッドコーナー!IM男子の部においても屈指の柔拳の使い手!!管理外世界の伝統武芸を主体に、都市本戦十位まで駆け上がった男……エーデル・シュタイン選手ぅ!!」
盛大な歓声を受けながら、けれどリングに向けて歩み寄る少年の姿はただただ静かだった。凛とした立ち姿のままリングに向かうと、きっちりと一礼して線を跨ぐ。その反対側の入り口から、上半身を裸にし、トランクスとブーツ、ボクサーグローブだけという装いの少年が飛び跳ねるように入場してきていた。

「対するブルーコーナーは、今年登場したフレッシュルーキー!しかして、名門、イスマイルスポーツジムが誇る重鎮、ミゲル・サラスコーチ直々の秘蔵っ子と噂の絶えない異世界の少年!!なんとここまで全試合1R(ラウンド)K.O勝ち!セルジオ・マルティネス選手ゥ!!」
こちらの歓声も、中々の大きさだ。出場こそ初出場だが、セルジオのコーチであるミゲルは既に何度も世界代表戦出場選手を輩出している名コーチである。数年前に第一線から身を引いたと思われていた彼がわざわざ戻ってまで押し上げてきた秘蔵っ子と会っては、注目するなというほうが無理な相談だ。

主審が間に入り説明をする間、セルジオはずっとワクワクとした笑顔を浮かべ、エーデルはその様子を真っ直ぐに見ていた。

やがては慣れて二人が向かい合う、そこで……

「……?」
「…………」
エーデルはセルジオに向けて、深々と礼を一つする、その意味が分からないらしかったセルジオは、少し不思議そうに小首をかしげて、しかし開幕のベルが鳴るとすぐに表情を戻し、左腕を軽く前に出して半身に構えを取る。対するエーデルも礼を終え、静かな動きで右足右手を前に左手を腰に当てて構えた。
刹那の静寂の後……

「[Ready set──]」



「[──Fight!!!]」
開幕を知らせる鐘が鳴り響いた。

────

ゴングと同時に、セルジオの姿が書き消える。否、観客席のほとんどの客には、そのように見えた。そう錯覚させるほどの圧倒的なスピードの踏み込みが、一直線にエーデルを捕える。

「ッ!」
「!」
が、これまでのセルジオが相対した多くの選手と同様に何も出来ないという展開は、目の前の彼には有り得なかった。瞬時に反応したエーデルの左正拳が、即座に迎撃に動く、相手の突進力を逆利用しての、カウンターとして置くように放たれる其れ、後踏み込み一足でセルジオの間合いと言うところで放たれたそれは、セルジオの運動エネルギーを殺すだけの距離が無い以上、ほぼ確実に当たる、筈だった。

「!?」
次の瞬間に、今度こそエーデルの視界において、セルジオの身体が“ブレる”。突進しながら、上体を即座に右にずらしたセルジオが、その拳を「潜り抜けた」のだ。
重心を右にずらした彼の身体は、滑るようにエーデルの懐、やや右側へと移動した彼は、放とうとしていた右のストレートを、即座に左のコンパクトなフックに切り替え……


「…………あレ?」
次の瞬間、セルジオの身体は宙を舞っていた。
身体が空中に浮いている、即座にそれを理解して、彼は瞬時に体制を立て直す。ギリギリのところで頭から着地するのだけは避けた彼の視界の先には……先程と何ら変わらない様子で構えを取ってこちらを見る、青年の姿がある。

「……うん、強い」
「…………!」
静かな声、けれど彼がかつて聞いたどんな獣の唸りよりも脅威と感じるその一言が、セルジオの産毛を震わせた。
 
 

 
後書き
はい、いかがでしたでしょうか?

ヴィヴィストブーストが切れて以来ご無沙汰となってしまっていた更新となりました。申し訳ない……

さて、今回は前半クレヴァー君のアフターフォロー、後半はエーデルとセルジオの試合開始という風な流れになりました。

人間というのは欲深いもので、目的を一つ果たすともっと欲しい、もっと欲しいという風に、自分の欲望を拡大させていくものであります。人によってはそれを強欲と呼び、また人によっては向上心と呼ぶわけですね。
今回クレイことクレヴァー・レイリ―が手に入れたのは、きっと……

エーデルの能力、此処まであえて深く言及はしませんでしたがこれも、察しが良い方は既にお気付きかもしれませんw次回には、詳しく解説していくつもりです。

さて、次回はいよいよ、投稿キャラ同士の熱いバトルが始まります。

では予告です。


アル「アルです!新たな夢、新たな目標、そして新たな戦い!一試合終えてからいうのもなんですが、盛り上がってきましたねぇ!」

ウォ「そうですね、次回の試合も楽しみです」

ハグラー「オレもだ!なかなかどうして、一筋縄じゃなぁいかねぇなこりゃあ!」

ア「おや、貴方は確かボクシンググローブの……」

ハグラ―「おうよ、ハグラーってもんだ!アームドデバイスなんで、向こうじゃ話さねぇが、それはそれ、これはこれよ!ま、向こうの場合は、機動力をとにかく重視するっつースタンスで行くぜ!」

ア「下手したら女子のBJより露出多いですもんねぇ、いえまぁ女子のBJが露出多くても目のやり場に困りますが」

ウ「下手をするとバルディッシュさんに聞こえますよ」

ア「それは不味いです!」

ハ「別にただ露出してる訳じゃねぇ、元々この格好にゃあ、服の中に凶器を以ってねぇ事の証明やフットワークの軽さを極限まで重視する機能性とフェアプレーの精神、何より、元々は服なんぞ着ずに裸体でやるもんだったボクシングの、伝統が詰まってんのよ!なんなら、いっその事全部脱いでやり合っても……」

ア「それはやめてくださいヴィヴィオさん達が卒倒しかねませんからぁ!!」

ウ「教育上もさすがにまだ早いですからね、いくら大人びているとはいえ……」

ハ「なんだい、ざんねんだねぇ」

ア「そ、それでは次回!《野生と理性》」

ハ「見てくんな!!」
 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧