グランドソード~巨剣使いの青年~
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第2章
3節―始まり―
歯車の狂い
真っ暗な中で、私は一人きり…。
そんな暗闇はどこか冷たくて、そして温かみが一切なくて…まるで死体のような冷たさだったのです。
―いつになったら目を覚ますのです。
そんなこと、私は考えていましたのです。
…でも、心の奥底では知っていました…いいえ、私が知りたくなかったのです。
もう…私がこの暗闇から目を開けることもないことも…そして父上にも姉上たちにも会えることもないことも。
―…いや、なのです。こんな…冷たくて、寂しくて、つらいこんな暗闇の中にずっと居たくないのですっ!!
最初は小さく拒否していたそのことも、最後に激しい感情の渦に巻き込まれて…もう、私にも訳が分からなくなってきたのです。
でも、この気持ちだけは…”助かりたい”という気持ちだけは捨ててはなくて…。
また、いつものように街を出歩いて…住民の方と触れ合って…調子の悪そうな人がいたら治療してあげて…チンピラさんがいたら退治して……。
そして…なによりみんなの笑顔を見てたくて…。
だから私は…この気持ちだけは捨てたくはなかったのです。
―お願い、助けて…。
感情の渦に巻き込まれていた懇願も、いずれかか細い声となり…希望を捨て始めるのです。
架空の涙を流し、それすらもできないと知り…さらに傷付く。
でも――
―『最後まで…あきらめない』父上の言葉を忘れるわけには…いかないのです。
――私はあきらめなかったのです。
この暗闇を閉ざしてくれる…そんな人が現れることを…っ!
―負けないっ!負けないのですっ!!こんなところで…。私、みなさんに何も借りを返してないのですっ!!
私に笑顔をくれて、まるで家族のように接してくれた皆さんの…民の皆さんのために…。
こんな、病気で死ぬわけにはいかないのですっ!!
―だから、お願いなのです。誰か…誰か……私を助けて……。
「大丈夫だ、今助かる」
そんな、口調はぶっきらぼうだけどあたたかくて…人の心配を一心に向けてくれるような…そんな男性の声が聞こえて…。
そして私を取り巻く暗闇は破裂したのです。
「だ………誰………わた…を……けて」
美しい女性…エミアから、そんなか細い声が聞こえた。
一晩で何とか調合した霊薬をソウヤは1時間前に投与したばかりだが、もう効き目が出ているようである。
ソウヤは、そのエミアの声がひどく寂しそうで…すぐに消え去りそうで。
だからつい反射的に少し温かみを増してきたエミアの右手を両手で温めるように包んで――
「大丈夫だ、今助かる」
――そう、静かに発した。
瞬間、エミアの瞼が揺れる。
身体の熱も一気に上昇していく…まるで、死体が息を吹き返したように熱くなった。
「ん、んぅ…」
そして…1週間ちょっと、まさに眠り姫と化していたエミアが…今覚醒をした。
エミアの吸い込まれるように美しい赤い瞳がそっと暗闇から顔を出す。
そして、驚くように目を一瞬揺らすと静かにベッドの横に座るミラジュと老人を見つめた後…。
小さく可憐なその口を開けて――
「ちち、うえ。エミ…コ?」
――掠れた声だが…確かに発声した。
ミラジュの涙が一気に溢れそうに瞳にたまる。
そして、すぐさまエミアに抱き付いた。
ソウヤは空気を読んでか、エミアの意識が覚醒した途端部屋の隅に移動している。
部屋を出ていかないのはそうミラジュに頼まれてからであった。
「ちち、うえ。ちちうえっ!!」
まだ、覚醒して時がたっていないせいか舌足らずな声で父を呼び…1週間とはいえ放置していた筋肉を酷使して抱き付く。
老人…エミコ―漢字で書くと咲子だろう―はそれを微笑ましい顔でそれを見ていたが、目に涙が少したまっていた。
ソウヤもそれに気付いていたが、あえて何も言わず静かにほほ笑むだけである。
そんな、暖かい空気がその部屋を充満していた。
「本当にありがとう。ソウヤ殿。娘を救ってもらって、御もてなしぐらいしか出来ることはないが」
「別に大丈夫だ…というよりそれだけでもありがたく思っている。ここまでおいしい飯は滅多に食えないからな」
あれから1時間後、目一杯泣いた親子は満足するとソウヤたちの自己紹介がてら昼飯をいただくことになった。
なお、調合だけに丸1日かかっているのでほとんど物はミラジュを含め誰も食べていなかったのである。
エレン達も自分たちだけは…と言って食べていなかったようであった。
そのせいか、昼飯は意外と量が多い。
「では、さっそく自己紹介をしていこう。まずは僕からのほうが良いかな?まぁ、みなさんの知ってのとおり、このエルフの国を纏める王…ミラジュだよ。もっともこれは愛称なんだけどね」
ミラジュはそう言ってお茶目にウインクしてみせた。
王の威厳が全く無く、エレン達もあきれ顔になっている。
「では、次は私なのです。私は第三王女のエミアと申しますのです。今回は皆さんにご迷惑をお掛けしたことを、本当に申し訳なく思うのです。そしてソウヤ様、今回は貴重な霊葉を使ってしかも丸一日かけて霊薬を作っていただいたと、たくさんのお礼を申し上げたいのです」
「別にいいですよ。この国に貸しを1つ。それだけで私は十分ですので、エミア様が気遣う必要は全くないですよ」
仕切りにエミアが謝ってくるのでソウヤは少々、強引ながらもエミアを納得させた。
途中からエミアの言っていることが訳が分からなくなっていたなとソウヤは思い、エミアはテンパると訳が分からなくなる性格なのだろうとソウヤはあたりを付ける。
「では、私からも「その前に、ソウヤ殿」…?」
ソウヤはこちらも自己紹介を行おうとしていた時、ミラジュから停止の声がかかった。
それに疑問を覚えて、ソウヤはミラジュを見る。
ミラジュは、ニカッと笑った。
「公の場ではないのだから、そういう無駄に堅苦しい敬語はやめよう、ね?」
茶目っ気にウインクする500歳ほどのイケメン。
それを考えてゾッとしたソウヤは、そのことを一生考えないようにしようと心に誓った。
「…ふぅ。わかった、では敬語はやめる」
「うんうん」
ソウヤは深呼吸をしてミラジュに対する怒りを収めて、口を開いた。
「俺の名前はソウヤだ。周りからは妖精最強なんて言われているが、特に気にするな。以上だ」
俺の簡易的な自己紹介を終えたところで、エレン達も少しずつ自己紹介を行っていく。
全員の自己紹介を終えて、ミラジュに「君、王でもないのにハーレム作れるなんて、凄いね」とソウヤに向かって爆弾を落とされた。
それに対する反応は様々だ。
エレンは「ソウヤとは戦友だよ」と言っていたが、多少顔が赤くなっている。
ルリは「ソウヤさんはお優しいですから」と、なんだか肯定をしているようであった。
レーヌは「そ、そんなことないわよっ!!」…どこぞのツンデレだとと言いたくなる返事をしている。
ナミルはやはりあって間もないのか「何言っているんだよ」と真面目に怒っていた。
エミアはエミアで「ハ、ハーレム……」なんて言って頭から湯気を出しそうなくらい顔が赤くなっている。
そして当のソウヤは紅茶でも飲んでいて華麗にスルーしていた。
…なんともカオスな空間である。
「あれ、否定しないってことはソウヤ殿はそういう気でいるの?」
さらにミラジュは面白がって爆弾を落とした。
…が、その爆弾にソウヤは――
「…そんなことを思えるほど余裕なんてなかった。俺はそういう気は全くない」
――酷く真面目な表情で、爆弾を解体した。
その、悲しみと辛さを含んでいるその表情に室内の全員が心打たれたようだった。
そんなカオスな空間が一気に冷め、静かにご飯を食べているその時…いきなりドアが開かれる。
「陛下っ!無礼を詫びてご報告しますっ!!」
「…なんだ、即急に話せ。客人に迷惑だ」
「はっ!数にして3000の魔物の軍勢がこちらに向かっているとのことですっ!」
その言葉にソウヤは眩暈を覚えた。
休めると思ったらこれなのだから、その心は言わずもわかるものだろう。
「…今出動できる兵士の数は?」
「2000ほどとなっており、援軍が来るまで最低1日は掛かるそうです!」
兵士1人での強さは大体魔物1匹~3匹ほど。
最低で2000、最高でも6000だが大きな被害は免れないだろう。
それを察したソウヤは、小さくため息をついて椅子から立ち上がりミラジュのもとへ跪いた。
「陛下、魔物の軍勢の排除。私たちに任せてもらえないでしょうか?」
「…しかし大きな襲来があって間もない。できれば休んでもらえればいいのだが……」
「ここにいて休んでいて、戦いの勝利を願うことしか出来ぬより、よっぽどマシです」
ミラジュは、しばらく手を口に当ててしばらく…静かに、ソウヤに願った。
「…頼める、か?」
「わかりました。陛下の頼みであれば」
ソウヤはそういうと、扉にいた兵士を横にどけてそそくさとその部屋から出ていった。
準備しに行ったのだろう…そうミラジュは思う。
「デルガだったか。できるだけ良い御もてなしができるよう使用人に言ってこい」
「…はっ!」
ミラジュは思う。
こんなまだ15,6歳ぐらいであろう者たちにこんなことを任せる時代…それは――
「――ひどく、嫌な時代だな」
小さくミラジュの言葉だけが、その部屋を響いていた。
――そして、歯車は狂い始め…そして1つの直線へ往く。
血のように紅く…戦意に満ちたその目が、静かに歩くソウヤの背中を見つめていた――。
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