グランドソード~巨剣使いの青年~
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第1章
3節―平穏を裂く獣―
盗み、殺す
ソウヤが呪いを受けて、2週間が経つ頃。
今日の12時に自身の枷が外れると知ったソウヤは、最後の手伝いを行っていた。
「…?なんだか今日は動物が少ないなぁ」
「そう、ですね。ソウヤさん、早めに戻りましょう」
不安げに顔を暗くしたルリにソウヤは頷くと、集めた薪や食料を担いでルリと共に走る。
その胸に、妙な胸騒ぎを灯しながら。
「ソウヤさん!」
「これは…!?」
急ぎ村に戻ったソウヤとルリが目にしたもの、それは“地獄絵図”だった。
炎が舞い、男は殺され、女はもっと酷い目に。
物を奪い、盗み、殺し、愉しむ。
「盗賊…!」
この惨劇を生み出した存在にソウヤは当たりを付けると、拾い集めた物を地面に落とし身軽になる。
そして今の自分が出せる最高の速度で村へ走った。
「ルリは早くソクさんの家へ…!」
「え…ソ、ソウヤさん!」
ソウヤは走りながらステータスを開くと、そこに映る『呪い』を確認する。
―あと、約30分…!
「新しい獲物だぁッ!」
「…ッ!!」
奇声を発して突如現れたシルフの男は、ソウヤ目掛けて血で染まった剣を振るいかぶる。
それを見てソウヤは舌打ちをすると、護身用として背中に刺していた鉄の剣を抜きすれ違いざまに殺した。
「――――」
初めて人を殺した。
そんな事実が突き刺さるが、そんなこと知ったことかとソウヤは走り続ける。
急いでいたソウヤが村に入り真っ先に目に入るのは、シルフの女性とその赤ちゃんが賊に襲われている状況だった。
「赤ちゃんだけは…赤ちゃんだけはどうか……!!」
「うるせぇぞ糞アマ!」
そのまま女性の服を破り、唾を啜る男性にソウヤは音無く背中から心臓を一突きする。
急に起きた救いに意識が止まってしまう女性を尻目に、剣に刺さったままの賊を女性から離して放り投げた。
―今、何を話しかけても無意味…か。
呆然とする女性を前にソウヤはそう判断すると、剣にこびり付いた血を拭い再び走り出す。
「――――!」
走っていると、突如として人ならざる叫び声を聞いたソウヤはその五月蠅さに眉を潜め――
「…!」
――その声の正体が“魔物”だとわかり一気にスピードを引き上げた。
―魔物を連れ込んだのか…!?
魔物らしき声の発生源までたどり着いたソウヤ。
そこでシルフの賊が発狂しながら魔物を操り、人を殺していた。
「ハッハハハハ!殺せ、殺せ!!」
男の狂った命令を忠実に従うのは、大鎌を両手に持った死神。
漆黒のローブを纏ったその中身はただただ紫色に発行している虚無のみだ。
―確か、サイトルとかいう魔物…だったかな。
αテストでは最後近くになって出てきた“中ボス”で、挑んだ多くのプレイヤーがその強さに苦しんでいたはずである。
虚しくもαテスターでなかったソウヤは、しかしその強さを知っていた。
鉄の剣を構え、今出せる全力で攻撃を仕掛ける。
「ッ…!」
無言の気合いから放たれる一閃。
現時点で最高の一撃は、サイトルの持つ鎌によって簡単に防がれてしまう。
―流石に、きついか…!?
“巨剣使い”を持たないソウヤのステータスは、プレイヤーであった人と比べてもかなり高いはずだが、それでも一人で中ボスを倒すには辛いものがあった。
「――――!」
内心で愚痴るソウヤに、サイトルは離れる時間を許さず鎌で受け止めたまま柄の部分でソウヤを殴りつける。
強い痛みと圧迫感と共に吹き飛ばされるソウヤは、何とかそのまま受け身をとり再び突撃。
死神の大きな身体に対して、潜り込むように接近したソウヤは鋭い下段攻撃を行った。
だが、それも鎌の柄で防がれてしまう。
―なら…!
再び受け止められた鉄の剣をソウヤはそのまま空中で手を放す。
そして、鎌の長い柄を両手で掴み全身の体重を乗せると逆上がりのように体を反転させ――
「…らぁっ!」
――死神の顎―があるであろう―部分を蹴り抜いた。
確かな感覚を得られると共に、死神が衝撃で手を放した鎌を奪い取る。
そのまま未だ体制が整っていない死神に向けて、ソウヤは使い慣れない鎌で纏うローブを引き千切った。
引き千切ったローブから露わになるのは、死神の“核”。
それを見逃さず、ソウヤはアイテムストレージからグラギフトを取り出すと核に向けて突きを放つ。
「――――!!!!」
背中が凍えそうなほど甲高い絶叫を放ったサイトルは、そのままローブを残して消滅した。
「な、え…?」
最強だと思っていた手下の死に、動揺を隠せない賊の男。
それに向かってソウヤは鎌を持った右手を振るい――
「死ね」
――その首を落とした。
未だ騒がしく賊の襲来は終わっていない。
その事実をソウヤは確認すると、片手に鎌、片手に剣を携える。
「はぁ…」
1つため息をつき、ソウヤは走り出した。
一方、ソク老人の安否を確認するために疾走していたルリ。
だが着いた家にいたのは――
「おぉ、やっと帰ってきたか。ヒヤヒヤしたぜ、アイツ等には美人がいるって伝えてなかったからなぁ」
――圧倒的な巨体を持つ炎の妖精の男と、その周りを囲う悪辣な5人のシルフだった。
下種な笑みを浮かべながら、それぞれの得物を持っている賊を尻目にルリはソク老人を探す。
「義父様!」
「ルリ、逃げるのじゃ…!!」
ソク老人は体中に痣を作っていて、その貧弱な老体を更に痛めつけたような姿にルリは頭に血が上った。
それ故に、ソク老人の忠告を無視して全力でそれらを行ったであろう6人の賊に凄まじい速さで近づく。
「――!?」
あまりに圧倒的な速さに油断していた6人の賊は誰も反応できない。
それを利用し、ルリはリーダー格であろう巨大な男の無防備な体に強烈な蹴りを放つ。
女性から出たとは思えない威力が男を襲い、成す術無く吹き飛んだ。
地の妖精は元々、身軽で素早く一撃が重たいことが特徴の種族である。
その分魔法や耐久にほかの種族よりかなり劣っているが、あまりそれはグルフにとって致命的ではない。
何故なら、それを躱しきれるだけの技術があったのだから。
ルリはそのグルフの中でも珍しい、灰色種の狼の血を持っていた。
通常の茶色の瞳と髪を持つグルフと違い、灰色の瞳と髪を持つ灰色種は周りよりも早く走れ、周りよりも重い攻撃が放てる。
それ故に、この中の誰もがルリに勝つことが出来ないのだ。
「っのアマァ!」
――リーダー格であろう、巨躯を操る男以外は。
その怒りに満ち満ちた声をルリが聞いた次の瞬間、ルリは“吹き飛ばされた”。
「――――!!」
背中と壁がぶつかり合い、襲い掛かるのは声の出ないほどの痛みと、肺中の空気が抜けていく感覚。
その両方を襲われながらルリは意識を何とか保ち、顔を上げる。
「糞アマが、ふざけやがって…!」
目の前にいたのは“鬼”だった。
怒りを燃やし、自身を痛めつけた相手を徹底的になぐり殺すことだけを求めた鬼。
ルリが特殊であったと同時に、巨躯な男も特殊であったのである。
その男は、生まれた時から忌子だった。
小さいころから癇癪を起こすと家が吹き飛び、地面に穴が開く。
彼は、怒りを巻き起こすと誰も止められない存在に“生まれた瞬間”から成っていた。
そんな彼が初めから持っていた能力、それが“怒炎の鬼”。
怒ることで攻撃力と素早さが最大20倍にまで膨れ上がり、代わりに自我を忘れ防御力が1/20に固定される。
性能がぶっ壊れているのは一重に、唯一しか持てない“希少能力”に分類されるからだった。
―体が、動きません…!?
そんな、文字通り馬鹿力に殴られながらもルリの体が潰れておらず意識を保っていられるのは、男が捕まえるために手加減したからである。
だが、意識はあるのに体が言うことを聞かない。
そんな意味ではこの男は卓越した技術力を持っているといっても過言ではなかった。
「ル、リ…!」
自分の娘が危険なことを知り、ソク老人は這ってその男へ向かっていく。
あまりにも遅く、虚しい抵抗ではあったが――
「ッチ、うるせぇぞゴミ」
――バーサーカーと成り果てている男からしてみれば、十分イラつかせるのに十分であった。
地面を這っているソク老人へ近づいていく男。
その光景に耐えられず、ルリは口を開き止めるため叫ぼうとする。
「ま…って……!」
だが、それは肺の空気を殆ど全て吐き出されたルリにとって難しいこと。
懸命に声を出そうとも口から漏れ出るのは、掠れたような音にもならないものだけだ。
男は苛立ちをそのままに、後ろ腰にかけた短剣を引き抜くとそれを振り上げ――
「たす…け、て……」
「あぁ」
――耳を疑うほどの爆音とともに、それは降り立った。
掠れるように、絞り出すように紡がれた救いを求める声はある人物にだけ届く。
誰も聞こえるはずのない声は、超強化された聴覚には届いていたのだ。
「助けに来たよ。ルリ、ソクさん」
「ソ…ウヤ、さん……」
その声に頷き、降り立つのはソウヤ。
――“巨剣”を手に、復活した“均等破壊”のソウヤだったのだ。
一瞬にして5人の部下を全滅させたソウヤは怒りを燃やす男に向けて、殺気を飛ばす。
「お前は絶対、許さねぇ」
「あ…?なめてんのか糞野郎、ぶち殺すぞ」
煽られたことで更に怒りを燃やし、最大限にまでステータスを強化する男。
それを見て、ソウヤは崩壊する家を気にせずその巨剣を振り上げた。
希少能力同士の戦闘が今、始まる。
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