グランドソード~巨剣使いの青年~
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第1章
1節―プロローグ―
Fairy The World ―妖精世界―
前書き
※ここから14話まで、一度手直しをいれています。
それ以降は昔に書いた文章そのままになっているので、お気を付け下さい。
徐々に元の文章に戻っていきますので、気にならない方は読み進めで頂けると幸いです。
静寂だけが蔓延る森。
生き物たちがただただ生きるだけの世界に、雑音が入り込む。
地面を低く鳴らす足音に、生物の荒い息音。
そして――
「くそ…!どうしてこんなことに…」
――青年の声が響く。
”この世界では”珍しい黒く半透明の羽を生やした漆黒の髪と目をした青年は、後ろから聞こえる足音から逃れるように走る。
服装は麻の服と旅人が付けていそうなマントのみで、少なくとも戦える者ではない。
そんな青年を追い立てるのは、異形のものだった。
ライオンに翼を生やしたその化け物に、全身鎧を着込んだ二足歩行をする豚が2匹。
どれも”青年の世界”ではあり得ない姿形をしている。
なぜ、自分はこの異形のもの達に追い立てられているのか。
そんなことを思い返すように青年は思考していた。
青年は、自身の部屋に戻るとすぐに袋を開けニヤニヤと顔を破綻させる。
その中身は”Fairy The World”と書かれた箱だった。
「いやぁ、手に入れるの大変だったなぁ」
思いふけるように青年は椅子に座り、全身を背もたれに預ける。
まるで老人のような行動に、青年は気にせず満足気な笑みを浮かべた。
”Fairy The World”。
通称”FTW”は、”約束された勝利のMMO”と呼ばれる大いに期待されているゲームである。
だが、FTWは当初は内容が殆ど既存の内容と変わらないと言われ、量産型の3DMMOだと叩かれていた。
それでも、物好きな者達はやはりFTWにも手を出しαテスターとして参加する。
幸運にもαテスターとして選ばれた人々は、ログインすると同時に絶句することになったのだ。
まず、あまりにもNPCの量が既存のゲームに比べ圧倒的だったのである。
有名どころのRPGは、NPCが1つの街に様々な問題で10~20人となっていた。
しかしFTWは圧倒的にNPCが多く、パッと見で10~20人ほどいたらしい。
ログインしてすぐパッと見で10~20人ということは、街の規模にもよるが現実と同じくらいの街の人口になってしまう。
まるでオフラインゲーム並の人の多さに、αテスターはたいへん驚いたらしい。
そのAIも凄まじく、“一人一人が意思を持っている”と言っても過言ではないほどに高度なものだった。
さらにプレイヤーを驚かせたのは、そのあまりに緻密なプログラムやグラフィックに対し求められるPCのスペックがあまりにも低かったのである。
また、グラフィックだけで見る素人とは別にMMO玄人であるおっさんたちも唸らせたゲームシステムも人気の出る一つでもあった。
“完全成長制”。
「剣を振る・鍛冶を行う・魔法を使う」等々を行えば徐々にスキルの熟練度が上がることでステータス等々が上がる。
レベルが存在せず、文字通り何かしらの“経験”を得られれば自身のステータスも徐々に上がる。
そうやってプレイヤーが成長していくシステムのことを“完全成長制”と人々は呼んだ。
昔から数多くあるゲームの中に“完全スキル制”というスキルの熟練度によりステータス等々が上がるのみのゲームもあった。
だが、経験により徐々にステータスが上がるゲームはほとんど存在しない。
何故なら“あまりにバランスがとりにくい”からだ。
少しでもバランスが崩れれば一瞬でゲームが崩壊する。
そんなあまりに難しい天秤を、このゲームの作成会社はやってのけた。
グラフィック神、(見た目に反して)低スペック、ゲーム制完璧。
そんなゲームに人気が出ないはずがない。
月額制の有料ゲームだったが、それでも欲しいと思う人は多くいたのは当然であった。
そんなゲームに、またこの青年は惹かれていたのだ。
何故か予約がないし、しかも初日に発売するのは全国で10万本。
青年の近くのゲームショップでも、5000本しか発売しなかった。
そんな状態に軽く青年は絶望し、辛うじて夏休み中だったので初日発売から何日も前から並びギリギリ13本前に購入できたのである。
そして今、先ほど家に帰ってきた青年は意外と大きい箱を身体に抱え、老人のような疲れたため息をこぼした。
時間を見てみれば、11時28分。
“FYW”が始まるのは13時ピッタリなので、ダウンロードなどの時間を考えればあまり時間がないことを知る。
―時間までに、初期設定済ませないと。
青年は大きく伸びをすると箱を開いて、中身をばらす。
中に入っていたのは主に2つ。
“FTW”のパッケージ。
そして、頭をすっぽり覆うヘルメットのような装置。
中にある説明書を読むと、キャラ作成に必要な装置らしい。
配線が意外と面倒だったが完了すると、説明書通りにヘルメットを被る。
そして、パッケージを開け中のCDを読み込みさせると初期設定画面が現れた。
「メールアドレスにID、パスワード…ね」
そう呟きつつ、予め決めてあったものをさっさと入力したりして、初期設定を済ませていく。
「ん?本名入力の下に米印…?」
『※本名を必ず入力してください。ゲームが正式始動しなくなる可能性があります』
何それ怖…と青年は思いながら本名を入力する。
「斑斗蒼也っと」
そのまま青年…蒼也は初期設定を行っていくと、ダウンロードが始まった。
「1時間かぁ…」
蒼也は意外と普通なダウンロード時間を確認すると、大きく伸びをする。
その間に、蒼也はまだ見ぬキャラ作成の詳細を頭に思い浮かべ始めた。
―どうしようかなぁ…。やっぱ戦士系にしようかな、あんまり手先器用じゃないから細かい操作できないんだよねぇ…。でも――
と、深い思考の海の底に落ちていると軽快な電子音が鳴りインストールも終わったことを知らせる。
時間を見ると12時37分。
本当に時間が少なくなっているので、蒼也は焦ったようにゲームを起動しキャラ作成を行い始める。
「まずは名前、えっとこれは…っと」
またもや予め決めてあった名前を入力する蒼也。
次に現れたのは種族設定だ。
“FTW”には“Fairy”と付くだけあり、種族はすべて妖精である。
「種族の選択によりプレイヤーの遊び方が変わる」と言われるほど、種族間の差はあまりにも大きい。
“木魔法”を最初から扱え、魔法がかなり得意な 木の妖精
“風魔法”を最初から扱え、魔法も物理もある程度こなせる“風の妖精”。
“炎魔法”を最初から扱えるが、魔法がかなり苦手で物理盾に特化した“炎の妖精”。
“水魔法”という回復を中心とした魔法を最初から扱える回復役の“水の妖精”。
“地魔法”を最初から扱えるが、それよりかは速度を重視した物理攻撃に特化した“地の妖精”。
“鋼魔法”という鍛冶・錬金に特化した魔法を最初から扱え、全ステータスが平均的に上がる“鋼の妖精”
もちろん、種族ごとに適したスキルはあれどそれに固執する必要はない。
現にテスター達もエルフでタンクをしていたりする人も結構いることを蒼也は知っている。
だからこそ――
「まぁ、これでいいかな」
――何も決められていなかった蒼也はヒューマンを選択した。
ステータスが平均的に伸び、また錬金・鍛冶が行えるヒューマンはやるプレイングの指向性が決まっていない人、またはソロなどで遊ぶ人には持ってこいの種族だと言えるだろう。
―次にキャラ作成を行います。あなたの身体情報を元に作成しますのでご了承ください―
「……は?」
システムの文章の意味がよくわからず、思わず間抜けな声を出してしまう蒼也。
だが、それに機械が待つはずもなくすぐさまヘルメットから青い光の線が蒼也を包み込む。
「っ…!」
現代にはあまり見られない光の光景に、蒼也は声の出ない悲鳴を上げる。
青い光の線が消えた後、パソコンの画面に現れたのは蒼也とほぼ瓜二つの青年だった。
違う点があるとするならば、背中から黒く半透明の羽を生やしているのと耳が三角形に尖がっていることだろうか。
ナチュナルショートヘア、と呼ぶべき至って普通である黒い髪に、意外と最近では少ない純粋な黒色をした瞳。
身長は現在推定180越えで、部活で陸上をしていたせいか足が少し太い。
中肉中背ならぬ、中肉高背という言葉が似合うのが蒼也という姿だった。
あまりに唐突な個人情報の流出に蒼也は言葉を失っていたが、やがて諦めたかのように画面に向かう。
いつの間にか初期メインスキルの設定になっていた。
職業能力とは、その名の通りキャラクターのプレイングを決めるメインのスキルのことを指す。
メインスキルを選択できるのは同時に1つのみであり、所謂普通のMMORPGでいう職業のようなものである。
よって、初期メインスキルの選択は最初のスタートダッシュに最も大切な項目であることは必須であり、その数は4つと少ない。
“戦士”は物理成長に特化したスキルで、育て方によって物理アタッカーにもタンクにもなり、基本的にチームでもソロでも戦える数少ない職業。
“魔法使い”は魔法成長に特化したスキルで、魔法アタッカーやデバフに主に分かれ、基本的にチームの火力役を持つ。
“僧侶”は魔法成長に特化したスキルだが、主に回復とバフを扱う。しかし、準魔法アタッカーとしても使える。
“武闘家”は物理成長に特化したスキルだが、速度を重視した物理アタッカーとなる。チームではボスで貴重視されるが、基本的にソロ向けの職業である。
その中で蒼也が選んだのは、当然“戦士”だった。
理由は先ほど言っていた通り、不器用だから操作が簡単なやつがいい…というものだった。
―剣使いたい…という気持ちが無くもないけれども。
そんな厨二心を押しとどめて、あくまで“不器用だから”で突き通すことにした蒼也は気を取り直して画面を見る。
次の画面は、まぁメインときたら次はサブとくるのは当然。
サブスキルの選択画面だった。
特徴能力。
メインスキルが職業ならば、これはパッシブスキルやアクティブスキルのことで、これは同時に幾つも選択できる。
この選択画面でも2つ得ることが出来るようだ。
しかし、相当多い筈のサブスキルの数がかなり少ない。
“○術”系のみしかないのである。
“○術”系とはその名の通り○の中に入る物に補正が入るスキルで、追加で熟練度があがるごとにアクティブスキルを覚えるスキルだ。
それしかないということは――
「――“経験”して覚えろ…ということなんだろうなぁ」
“完全成長制”であるゲームの心髄を、より感じてほしい一心なんだろうか。
そんな疑問を蒼也は抱きながら、“剣術”と“体術”を得ることにする。
何故“剣術”と“盾術”とかではない…というのは愚問だろう。
男は誰しも、ロマンを求める生物なのである。
そうしてやっとこさ初期設定が終わった蒼也は大きく伸びをして時間を確認した。
12時59分。
今更ながら、かなりギリギリの時間だったと蒼也は冷や汗を流す。
そうして時計の針を無意識に期待した目で追い始める。
12時59分56秒。
57。
58。
59。
……60!
13時となった瞬間、ヘッドホンをしていた蒼也の耳に無機質な女性の声が響く。
「――ようこそ、“異世界”へ」
そうして、いきなり蒼也は意識を暗闇に落とした。
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