入れ替わった男の、ダンジョン挑戦記
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育め、冒険者学園
第十二話
このままでは授業にならないと、教師が中断を宣言し、僕に凍らされた生徒を保健室に連れていった。
この学年の問題は、冒険者の真似事しか出来ていないことか。考え方が短絡過ぎる。
「マオ、コレは骨が折れそうだね」
「まったく、雛鳥どころか卵にすらなってない者達ばかり、目星がつかんのう…」
依頼の期間は長くないので、このままでは、教えても意味がないで終わりそうなのが懸念だ。
「にしても、自習になったら誰も残らないんだね。少しは質問されるかとも思ったけど」
「ワシらの言動が、腹に据えかねたのであろうよ。情けない、他に差をつける好機であったろうに」
教師に授業の中断と自習を宣言されると、三々五々生徒は退室していき、僕とマオだけが残った。本当に自習をしているかもしれないが、現役の冒険者から情報を聞こうとか考えないのか。同じ考えを持ったか、マオもまた幻滅した顔をしていた。
中断をしたが、他はまだ授業中で、終了を待つしかない。今回に備えて、リアさんの店で新武器を用意したのに、無駄になりそうだ。
結局チャイムが鳴るまで、誰一人戻るものはなく、教師を絶句させていた。
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職員室で実態を説明された教師達は、あからさまに落胆した様子を見せており、兄さん曰く、才能は過去最大級の黄金世代が二年生なんだとか。…アレで?
「なまじ才有るが故に傲慢になりおったか。…鼻をへし折るならレギオスが適任じゃが」
「徹底的にやるからなぁ、彼…」
あの二年生の自信を奪うならレギオスは最適だが、傲慢になった奴は大抵多人数で報復に来る。その報復を全力で葬るのがレギオスであり、何人もの再起不能者を出してしまう。そうなったらおしまいだ。
二年生の情報を共有したハヤテ達も難しい顔をしている。新入生は素直にハヤテとリーシャの話を吸収し、三年生もレギオスが及第点を与えるだけあって、学年の生徒自体は優秀なのだ。
「さすれば、差を見せつければ?」
「見せてこの体たらくよな。持ち上げられて舞い上がった阿呆共よ」
「認めず、求めず何がしたい?不可解な事を…」
「お山の大将ばっかなんだよね、前提から勘違いしてるから」
「そんな輩は例外無く魔物の糧になる。俺達も嫌と言うほど見てきた」
現役冒険者一同の会話に、教師達も反論は出来なかった。才は有れど経験無し、そんな者がモンスターに挑んでも、手痛い失敗で済めば幸運な程現実は厳しい。
何気無く英司達が口にする経験も、教科書に載せたいほど貴重な経験、情報の宝庫であり、態々ソレを破棄するような二年生を何とかしなければ、と教師達は強く感じていた。
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翌日、二年生の実技の時間、マオと来てみれば。
「あ、誰も来ない?ボイコットかな?」
「単純よな。斯様な幼稚な真似でワシ等がどうこうなるなど、本気で思っておるのか?」
生徒は一人の影もなく、授業を拒否するようだ。
「じゃ、全員欠席っと。…んあ、お客さま?」
「うむ?」
出席簿に欠席を書き込んでいると、ドアの隙間から覗き込む二対の眼。気配の消し方が手馴れていて上手い…、三年生か。
「速攻ばれたでウチ等の気配遮断!ホンマに本物やん!」
「失礼でしょ!!…スイマセン、連れが非礼を…」
「問題ないよ、暇だし」
「かかっ!学生の身であれば、その技術は中々よ。存分に励むがよかろ」
マオが褒めるだけあって、その生徒二人、女子生徒達の腕に偽り無し、ダンジョンの浅い階層なら問題ない。
「にしても、後輩君立派になったなぁ。ウチ見直したわ!」
「『玲奈(れな)!』」
「『絵里(えり)』、やってヨーンやで?人工島十指の実力者に最年少で数えられる、雑誌とかでも話題のヨーンや。信じられへん、あの後輩君がなぁ…」
「世話になっておったのかヨーン?」
知り合いなのかとマオに見られる。やけに親しげな玲奈と呼ばれた生徒達に関して、『僕』はさっぱりだが、『残滓』なら知っているだろうと、記憶を引っ張り出してみる。…はっ!
「……あの日。僕が素うどん(200円)を啜っていた前で、贅沢に『DX天ぷらうどん(1080円)』を食べて見せたあの…!」
「そーそー、後輩君羨ましそうやった…って違う!ウチそんな事してへん!第一ウチはかき揚げ派や!」
「反論が別なような気がするのだけれど?」
あ、間違えた。これ彼氏君だった。……あーあー!
「以前は丁寧に指導してもらいました、先輩!」
「それや!もー、後輩君ビックリしたで」
「玲奈ならやりかねそうだから何も言えないのよね。…改めて久し振りね、楠君。アナタが冒険者になってるなんて」
過日に目を細める絵里こと、『氷雨絵里(ひさめえり)』先輩。元の『僕』が度々稽古を付けてもらっていた才女。隣の『竜見玲奈(たつみれな)』先輩も、よく面倒を見てくれた。
昔の僕は、澪と同じ進路に進みたいと、周りに相談したりして、生徒会だった絵里先輩達に可愛がってもらっていたようだ。
「先輩には感謝しています。こうやって冒険者として活動していられるのも、先輩達にお世話になったからです」
「後輩君、肩肘張らんでええて。気楽にいこ」
「玲奈ではないけど、素で良いわ。今はアナタが指導者で、我々が生徒だもの」
先輩達に言われ、普段の口調で疑問を投げる。
「なら先輩達、何故僕等を覗き見てたの?」
「そうじゃな。三年生はレギオスが授業中じゃ、抜け出したりしてはおらぬな?」
「お墨付き貰ったんや。『好きにしていい』って」
「昨日の授業中で教えることはないと言われ、全て出席扱いに」
二人の内容に目を丸くする。戦士たるレギオスが太鼓判を押す人材が居るとは思えなかったので、それは下手な冒険者より二人が強いことになる。
「で、ウチ等ココでも生徒会長と副会長やってんねんけど、後輩君の幼馴染みの澪ちゃんも居るんやわ。その澪ちゃんから昨日話が上がってな、上から分かったように言われてクラスから大不評やったんやって?」
「それで二人に話を聞きたいと思って…」
「目立たないように様子見していた、と。まあ大体違わないよねマオ?」
「未熟を指摘して逆上されただけじゃな、ヨーンもワシも、正しいと思う事を口にしたにすぎぬ」
まだダンジョンでの実戦等を経験してないのもあるが、それにしたって舐めている。教えに来た冒険者が雑魚かも、なんて言えるのがその証拠だ。
「僕からみたら二年生は有象無象のドングリの背比べなんだけど、先輩達に言わせるとどうなの?」
「ワシ等より見てきたその評価を知りたいのう」
冒険者が見た、ではなく、学園の一員としてはどうか聞いてみたい。兄さん達は黄金世代と称した。先輩達には?
「んー、微妙やねぇ。確かに今の二年生は黄金世代言われとるけど、差が激しいねん」
「上は三年生すら優位に立つし、下は本当に底辺そのものなの。…残念だけど、男子は大半が下よ」
「澪ちゃんは上やで!一緒にウチ等と生徒会やってるわ」
先輩の答えで知りたいことは得られた。澪はどうでもいい。
「あれ?反応薄いやん、どったん後輩君?昔は食い付き良かったのに」
「彼氏居る幼馴染みの情報をどうしろと…」
彼女を好きだったのは入れ替わる前の僕であって、僕は何にも関心がないのだ。幼馴染み?彼氏?お好きにどうぞが心情だ。しかし、先輩達に僕の事情など知るよしもない。反応の違いに困惑するのも無理はない。
(…アイツ澪ちゃんの彼氏なん、絵里?別の娘口説いてなかったか?)
(初耳だけど…彼見目がいい子には大体声を掛けてるわね)
急に密談を始める先輩達。さて、何を話しているやら。
「澪ちゃんも物好きやなー。さっ、後輩君ヤるで!」
突拍子もなくファイティングポーズをとる竜見先輩。主題がないですが?
「相手をしてあげて楠君。今回の問題解決に必要なの」
「せや!ウチは強いで?」
「…昨日のよりは長引きそうだ。マオ、お願い」
「かかっ、存分に興じよヨーン」
マオに結界を張ってもらい、ギンセカイを召喚する。
「へぇ、別のじゃなくてもええの?」
「一番調整しやすいからね。さあ、どこからでもどうぞ」
「なら遠慮無く!」
足並み軽く、左右に揺さぶって接近、飛び膝蹴りを仕掛けてきた。受けて投げるか。
「油断大敵、ウチの膝は痛いで!」
「…!?」
「む、ヨーンが受けられぬか?いや…」
左手で受けようとした膝が想定外に『重い』。勢いよく吹っ飛び、空中で回転し、体制を直す。見た感じそれほど力を込めた様子はなかった。…コレは?
「どうやウチの膝!現役冒険者がたじたじや!」
「お返ししようか…なっ!」
得意気な先輩に、ギンセカイの氷の弾丸を無数にお見舞いする。だが、氷は叩き落とされていく。
「ほう、ヨーンめ。『化けの皮』を剥がしにかかりおるか」
「…ですか?」
「見ていれば分かる」
見物人のマオは何をするのか予想できるようだ。『膝の種』はコレで暴く。
「この氷はどうする?」
人一人嘲笑うように潰せそうな氷塊を降り下ろす。予想が間違っていなければ、
「もち、こうするわ!」
軽々と受け止めて見せた。ああ、やっぱりか。
「先輩、『重力操作』してるでしょ?」
「んなっ!?な、なななな、何でそんないきなり…!」
「その氷、見かけだけで薄いし中味スカスカなんだよね」
ギンセカイの柄で地を軽く叩く。外見は立派だった氷は、砕けてその正体を晒した。
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