ポケットモンスター『強さを求める者』
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『好きで面倒ごとに巻き込まれてるわけじゃない』
『アンタ…才能ないからトレーナー諦めなさいよ』
ふと思い出すのはそんな言葉。
そして今、その言葉を俺に放った少女が俺の目の前にいた。
『ルナ』、飛行タイプを主としたパーティを自由自在に操るエリートトレーナーの卵。
今年ポケモンリーグから一目置かれているトレーナーだ。
「ま、アンタがトレーナーになったのはどうでもいいわ、それで?みんなを指揮してどうするつもり?」
「…解決する」
「どうやって」
「わからない、この事件が何故起きたのか、考えられるのは君がさっき言った3つだ、とにかく、最悪の事態を想定して3つ目の可能性を疑ってかかる」
人間が故意的にスピアーの群れを放ち、人間を襲わせた可能性。
確実にないとは言いきれない上、もしそうなら最悪人だけでなく、ポケモンまでもが死ぬ可能性がある。
特にトキワの森のポケモンに危害が及べば生態系さえ崩れるかもしれない。
そうなった場合、この付近でトレーナーを目指せる者はいなくなるし、近隣の街をポケモン達が襲う可能性まで出てくる。
それだけは絶対阻止しなければならない。
「とにかく左右前後を常に警戒できるように2人1組で行動してもらう、あと明かりは出来るだけ小さく、でないと的になる、連絡手段として全員の携帯の連絡先の交換もだ、あとは、襲われた時、近くにいる人間がすぐに助けに行けるよう発煙筒かなにかあればいいね、とにかく怪しい物や人間を見かけたらすぐに手を出さないで全員に連絡してください」
「…へぇ」
今はトラウマに怯えてる場合じゃない、ルナさんとは事が解決したら話し合えばいい。
とにかく目の前の事態を解決するのが最優先だ。
そう自分に言い聞かせ、俺は集まってくれたトレーナー達に考えを全て話した。
「出発は1時間後、それまでに準備を整えて、2人組を作ってください、ルナさんは俺と組んでくれる?」
「いいわよ、別に」
1時間後、準備を整えた俺達はトキワの森へ侵入しそれぞれ別行動を取った。
「…スピアー、蜂ポケモン、怪我人の情報からして群れの中にいたっていう一際大きいのがリーダーで間違いないだろうね」
「そうね、でも他のスピアー達も侮れないわよ、スピアーそのものが素早さがかなり高いし、物理攻撃ならポッポやコラッタの比じゃないわ」
こんな時のルナさんは心強い、ポケモンの知識は俺よりもあるし、バトルの才能もある。
俺達は明かりをつけず、サーシャのテレパスで障害物を避けて歩いていた。
それにしても、不自然すぎる。
音が…ない。
ポケモンが動く音も、鳴き声も聞こえない。
酷く静かだ。
なのに肌にピリピリくるこのプレッシャー、これは…。
「…走ろうか」
「…そうね」
俺達脱兎の如く駆け出した。
それと同時に聞こえてくる羽音。
「キシャァアァァァアアア!!」
そして鳴き声。
スピアーの群れだ。
「サーシャ『フラッシュ』」
サーシャに目眩しを頼み俺はその隙に発煙筒を灯して再び走る。
とにかく、他のトレーナーと合流しないとこの暗闇では戦闘ができない。
「ルナさん!なんでバレたと思う!?」
「スピアーの複眼は暗闇でも機能するの!噂によれば熱感知らしあわ!」
熱感知、やられた!
確かにそれなら明かりは関係ない。
だがこのスピアー達は何処から来た?
いつの間に俺達を取り囲んだ?
やはりこの森、何かがおかしい。
とにかく走りひたすら走り、なんとか逃げ切った俺達は少し開けた場所に来ていた。
そこには既に数人のトレーナーがおり、何人かは怪我をしているようだ。
恐らく他の道を行ったトレーナー達なのだろう。
話を聞いてみると怪我をしたトレーナー達もスピアーに襲われたらしい。
直ぐに発煙筒は焚いたがなかなか合流することは出来なかったそうだ。
「どうゆうことだ?ここにいる全員が同時に襲われたなんて」
「…ねえ、もしかしたらトキワの森の『どこか』にスピアーの巣があるんじゃなくて、この森『全体』がスピアーの巣ってことは?」
…その言葉に戦慄が走る。
それは俺だけではなく、周りのトレーナー達も同じようだ。
そしてここにはいない他のトレーナー達、今俺達がいるのとは別の道を行ったトレーナー達も同じ目にあっているとしたら…。
「マスター、何か来ます。」
サーシャがある一点を見据えながらそう言った。
俺もサーシャの見る方を見る。
ブゥゥゥゥゥ……ウゥゥゥゥン。
羽音だ。
だが1匹分しか聞こえない。
「…どうやら、私達が当たりを引いたみたいね、アンタは下がってなさい、私がやるわ」
ルナさんがそう言うと一つのボールを投げる。
現れたのは白い翼を大きく広げた美しい白鳥ポケモン、『スワンナ』。
水、飛行タイプのポケモンだ。
そして、スワンナが繰り出されたと同時に羽音の主も姿を見せた。
「…なっ!?…だよ、それ…」
現れたのはスピアー。
それも俺の2倍ほどの大きさのスピアーだ。
けどそんなものはどうでもいい、巨大だと聞いていたからまだ想定内だ。
俺が注目したのはスピアーの両腕の毒針だ。
その巨大な針は赤黒く染まっていた。
トレーナーのものか、ポケモンのものか、恐らくは両方の血液が大量に付着しているのだろう。
一体どれだけの数が被害を受けたのか。
「ル、ルナさん、流石に1人じゃ無理だ、俺もやる」
「いい、邪魔」
体が恐怖に震えるのを無理やり押さえ込み、ルナさんに問いかけるが即答で一蹴される。
けど、だけど、ここで引くわけにはいかない。
考えたくないが、ルナさんが敗北すればルナさんも俺も、ここにいる人たち全員が危ないのだ。
「やるよ、邪魔にならないようにする、俺だってたくさん勉強したんだ」
「…サーシャは使わないように、相性が悪すぎるから」
「…うん」
俺は腰に付けていたボールを投げ、シフォンを繰り出す。
シフォンは一瞬スピアーを見て、驚愕の表情を示したが、直ぐに笑みを浮かべた。
『かっ、ワシの初陣にはおあつらえむきの獲物じゃの』
まるでそう言っているかのような表情は、俺の緊張を解してくれた。
『防御形態』
そして出現下と同時に発動される裏特性。
『威嚇』で相手の攻撃力を下げ、『硬くなる』で自身の防御を上げる。
「シフォン、攻撃はスワンナに任せて!俺達はスワンナがダメージを受けないように受けに回る!」
「御意!」
「スワンナ!『燕返し』」
スワンナが燕返しの体制に入ると同時にシフォンはスピアーの前に出てスピアーの気を引く。
『挑発』
挑発を直に受けたスピアーはスワンナに目もくれずシフォンに襲いかかる。
シフォンは跳躍してそれを回避し、シフォンのいた所にスピアーの毒針が空をきった。
同時にスワンナの燕返しがスピアーに直撃する。
タイプ相性では有利な飛行タイプの技だ、スピアーは堪らず仰け反る。
「スワンナ、休ませないで!『ドリル嘴』!」
そして再度スピアーの傍に現れたスワンナは鋭い嘴でスピアーを襲う。
攻撃が終わり1歩引いたスワンナ。
対するスピアーは疲弊しているようで、更にこちらを警戒しているのか襲ってこない。
「まずい、相手を冷静にさせた!?」
「それ以前にスワンナの攻撃でここまで耐えること自体が異常よ、やっぱりあのスピアー、化け物ね」
ピクリと。
スピアーの肩が動いた。
ルナさんの言葉に反応した。
『化け物』という言葉に。
「…サーシャ」
「…マスターが考えてる通りだと思いますよ」
だとしたら、そもそもここで戦っていることは間違いだ。
「なに?」
「ルナさん、ポケモンセンターでスピアーの出現理由の話、したよね、多分あのスピアーは元々トレーナーのポケモンだよ、けど、あの巨体と耐久力、そして凶暴性…いくら強いトレーナーを目指していても恐れたんじゃないかな、あのスピアーを」
会話を続けている今も、スピアーは襲ってこない。
まるで俺達の会話を聞いているかのように。
人に捨てられ、『化け物』と罵られ、出会うトレーナー全てに恐れられ、逃げられる。
孤独なあのスピアーが、俺には可哀想に見えてきた。
捨てられた時はまだ人を恨んでいなかっただろう。
スピアーは何も悪くないのだ。
ただ、強くなりすぎた。
それだけで、人に、俺達人間に虐げられたスピアーの気持ちを、俺達は理解してやるべきだったのかもしれない。
「サーシャ、スピアーと話せる?」
「少し待ってくださいね………大丈夫そうです、私が話してきますね」
サーシャはそう言ってスピアーに近寄る。
そしてスピアーとサーシャはお互い見つめ合った。
恐らくテレパシーで会話しているのだろう。
やがて、サーシャが俺の所に戻ってきた。
「マスター、人間は愚かですね、あの子、まだ子どもですよ、トレーナーに捨てられたのは自身が異常だとわかっていたから割り切ることはできたそうです、だけどあの子は野生で生きる術を知りませんでした、だから他のトレーナーに近づいた、でも…」
でも、近づいたトレーナー全てがスピアーを見て逃げ出した。
『化け物』と言って。
何故、謂れのない罵倒を受けなければならないのか。
何故、ただ大きく、バトルが好きなだけで逃げられなければならないのか。
何故、何故、何故。
…人が自身を受け入れてくれないのならば2度と人と関わらなければいい、と。
以降スピアーは人を襲うようになったそうだ。
トキワの森のヌシがこの件に関与していないのは、スピアーの肩を持ったのだろう。
「…スワンナ、戻りなさい」
ルナさんがスワンナをボールに戻し両手を上げる。
降参だ。
そう言った。
俺も、周りにいたトレーナー達もポケモンをボールに戻す。
サーシャに頼んでスピアーと二つの約束をした。
一つ、トキワシティとトキワの森入口、ニビシティのポケモンセンターにスピアーが無害である事を伝える。
一つ、以降、バトルはともかくとしても殺しはしない、あくまでバトルの範疇に留めること。
スピアーもそれに頷いてくれて、群れを率いて森の奥深くへと姿を消した。
後書き
後日談。
スピアー事件を解決した俺はトキワの森入口のポケモンセンターに戻り夜を明かした。
そして早朝、トキワの森を抜けるべく再び森へと足を踏み入れると、そこにはルナさんがいた。
「…昨日はありがとう、アンタがいなかったら私達はずっと間違え続けていたわ」
どうやらお礼を言ってくれているらしい。
「あ、いや、それはお互い様だよ、ルナさんがいなければ俺も多分解決できてなかったし…」
「そのルナさんっての止めてくれない?普通にルナでいいわよ、後、あの言葉、取り消すわ」
「?」
「『アンタ…才能ないからトレーナー諦めなさい』、この言葉は取り消す」
その一言は俺を救うのに充分過ぎる言葉だった。
自然と涙が頬を伝う。
「後、ニビシティ行くんでしょ?私もハナダに用があるしついて行くわ」
「…ん、…うん!」
俺達は歩き始める。
壮大な冒険を前にして。
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