魔法少女リリカルなのは『絶対零度の魔導師』
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アージェント 〜時の凍りし世界〜
第一章 《凍てつく白銀の大地》
ゼスタ事変③
「〈《ハイバネーション》!!〉」
暁人が魔法を発動し、純白の光が辺りを照らす。周囲の氷が一つずつ消えていき、暁人と氷雪の二人を残して全て消滅した。
暁人の放った《ハイバネーション》は、対象のリンカーコアを強制的に非活性化状態にする魔法だ。当然一時的なものであり、また、発動に使用する魔力も砲撃三発分と中々。さらには対象に三秒以上直接触れる必要もある。
だが、決まればその時点で勝ちだ。氷雪の様にリンカーコアが原因の暴走も大抵止められる。
「ハボクック、スキャン!」
〈Vital check………No problem.〉
「そうか……。」
相棒の報告に一安心する暁人。本当なら直ぐにでもミハイルに診せたい所ではあるが、暁人にはそうもいかない事情があった。
「……どうする、やるのか?」
後ろを見ずに話し掛ける。暁人の背後にはレイジングハートを構えたなのはがいる。
「白峰……暁人さんですね?氷雪ちゃんから聞きました。」
確かめる様に尋ねるなのは。暁人は沈黙しているが肯定と受け取った。
「……あなたが、スノウスフィア強奪の、犯人ですか?」
聞きたく無い様に、認めたく無い様に、ゆっくりと言葉を絞り出す。しかし、
「……そうだ。」
「っ………。」
暁人から返って来たのは短い肯定。信じたくは無いが、彼の言葉は、真実を話さない事はあっても、嘘を話す事はない。そんな確信がなのはにはあった。
「……で、どうするんだ。捕まえてみるか?」
暁人がハボクックを握り直す。既に魔力残量は三割を切っているが、撤退に全力を注げばどうにかできるだろう。
対するなのはは、表面上は平静を装ってはいたのだが、完治していない体でディバインバスターを放ったのだ。負荷が掛からない筈が無かった。
だが、
「はい……ここで逮捕します!」
決然と答えるなのは。事情は後で聞けばいい。体も後で治せばいい。今大事なのは逃がさない事だ。周囲の人も避難している。
「そうか……なら、容赦はしない。」
暁人がハボクックに魔力を流す、なのはも対抗するために身構える。
拮抗を破ったのは、突如乱入した第三者だった。
「《ストリングバインド》!」
藍色の魔力で創られた糸がなのはを拘束する。反射的に声の主を探すなのは、その隙に暁人が撤退に移る。
「ミハイル!」
「暁人、随分と派手にやらかしたね。君らの事がバレた以上、僕もここには居られない。」
「っ………済まん。」
「いいよ、覚悟はしていた。医者として、怪我人を戦わせる訳にはいかないし、患者を放ってもおけないしね。……それに、氷雪ちゃんの暴走を未然に防げなかったのは、僕のミスだ。済まない。」
謝罪するミハイル。否定しようとした暁人だが、この友人は聞かないだろうと思い直し、あえて何も言わなかった。
普段のなのはならさして労せず解除できるバインドだが、本調子ではない今の体では、思ったより手間取っている。
その間に暁人達は、《オーロラカーテン》で姿を消してしまうのだった。
「「なのは(ちゃん)!どういう事 (や)!?」」
混乱も落ち着き、一段落ついた所で、なのはに待っていたのは、応援に駆け付けた親友二人からのオハナシタイムだった。
「アレほど無茶しちゃ駄目だよっていったよね!」
「う……でも……」
「でも、やない。確かになのはちゃんが居らんかったらもっと被害が大きくなってたかも知れん。だけど、それでなのはちゃんに何かあったら意味無いんやで?」
「うう……それは……」
二人から同時に責められ、さしものエースオブエースも為す術がない。
「けど……あの人、此処に来てたんだね。」
「ほんまに入れ違いやったんやなぁ。」
「え?何の話?」
事情を知らないなのはに、フェイトとはやては暁人に遭遇した時の事を話した。
「そんな事が……」
「まさか病院に用事とはなぁ……分かってたら逃がさへんかったのに。」
驚くなのはに、はやてが悔しそうに言う。病院は物的被害こそあれど、怪我人は出なかった。
「そういう意味では、犯人の……えっと、白峰暁人だっけ?あの人に救われたんだよね。」
フェイトが言う様に、暁人の迅速な初期対応と、その使い魔であるミミの避難誘導が無ければ、被害はこんなものでは無かっただろう。少なくとも病院まるごと氷漬けにはなっていた。
「………あー、もう!分からん事が多過ぎるであのお兄さん!一体何がしたいんや!!」
とうとうはやてが、ヤケになった様に叫ぶ。初回の遭遇の時も今回も、見ていることしか出来なかった彼女だけに、悔しさも大きいのだろう。
「おや、聞き覚えのある声だと思えば貴女方ですか。」
突然、三人以外の誰でもない、落ち着いた男性の声が響く。つい先日、スノウスフィアの解説をしてくれた現地協力員のドウェル・ローランだ。
「ドウェルさん!?どうして此処に?」
「いえ、スノウスフィア強奪の犯人が事件を起こしたと聞いて、偶然近くにいたもので……何か分かりましたか?」
「あー、犯人の事を民間人に話すのは……」
「ああ、それなら大丈夫です。今度正式に協力員としてアースラに乗艦する事になりましたから。」
「あ、そうなんですか!なら……いいかな?」
「いいんとちゃうか?会議で分かるんやし。」
民間協力者、スノウスフィア研究の第一人者であるドウェルが参加するのであれば犯人の目的も見えてくるだろう。
「えっと……犯人の名前は白峰暁人さんって人で……」
「白峰暁人!!?」
「ふぇ!?」
フェイトが名前を告げた瞬間、ドウェルの顔色が変わり、突然フェイトの肩を掴んで揺さぶる。
「え、ちょ、ど、ドウェルさん!?」
「白峰暁人だと!?間違いないんですか!!」
取り乱すドウェルの様子は間違いなく暁人を知っている為のものだ。
「や、奴には妹がいる筈ですが……!」
「氷雪ちゃんの事ですか?」
「氷雪……白峰氷雪で間違いないのですね!?」
「は、はい……御存知なんですか?」
そこで我に返ったのか、ドウェルはフェイトの肩を放し、一人で考え込む。しばしの沈黙の後、ドウェルが口を開く。
「ええ、確かに知っています。ですが……信じがたい話ですので、少々整理する時間を頂いても?」
「え?えっと……余り掛かると困るんですけど……」
「………分かりました。明日、アースラに資料をお持ちします。その時に……」
「は、はぁ……。」
「……では、今日はここで。」
そう言ってドウェルは足早に立ち去っていった。去り際の呟きは誰にも聞こえていなかった。
「白峰暁人……“生きていたのか”。そして、白峰氷雪……否、《白雪姫》。今度こそ……彼女を……」
「暁人、氷雪ちゃんの容態だけどね。」
「分かってる、薬が手に入らないからな。安定させるには……」
「お察しの通り、今以上のスノウスフィアが要る。」
眠る氷雪のベッドの傍で、暁人とミハイルが話し合っていた。今回の暴走は今までで最大の物であり、また、暁人一人で止められる物でも無かった。
氷雪の体にかかる負担も尋常では無く、次の暴走には耐えられないというのがミハイルの診断だった。
「ミハイル、すぐに安定させるには幾つ必要だ?」
「………最低でも8つ。でもフリーなスノウスフィアは……」
「ああ、後一つだけだ。俺たちが五つ、未発掘のが一つ。後の六つは………」
「……研究所、か。」
アージェントに存在する管理局のロストロギア研究所。人口が少なく、空白の土地が多い為に多少危険な研究も出来るという訳だ。スノウスフィアも此処で研究されている。
「……警備は、間違いなく強化されてるよ。何せ、“奴”の本拠地だ。」
「分かってる。……エヴァがアースラに潜り込んでくれた。あいつが上手く撹乱してくれる。少なくともエース三人は居ない筈だ。」
現状暁人にとっての最大の驚異はあの三人であった。あの三人以外であれば残りは有象無象と言い切っても良かった。
「そうか……仮に、だけど。“奴”がいたら、どうするつもりだい?」
「……殺しはしない。氷雪を助けると決めた時に、そう誓った。」
だが、と暁人は続ける。体の奥底まで凍り付く様な、絶対零度の響きで。
「……死んだ方がマシ、ぐらいには思わせてやるよ。」
「……まあ、妥当だろうね。」
暁人も、ミハイルも、“奴”に対する憎悪は並みでは無い。それこそ、殺そうとまで思うぐらいには。
「暁人、くれぐれも気を付けてくれ。君の実力は知ってるけど、絶対は無いんだから。」
「分かってる………これでも“一度死んだ身”だ。二度目はないさ。」
「頼むよ。僕もエヴァも二回目は勘弁だ。」
様々な人の様々な思いを孕みつつ、アージェントの夜は更けていく。
寒天の星空に浮かぶ白銀の月が照らすのは、果たしてどんな未来なのか。
後書き
一応此処までで第一章的なものは終了です。章分けも追加しました。次から第二章《暁に凍る世界》です。
それでは予告を
続々とアースラに集まるメンバー達。その中にはドウェル・ローランやエヴァ・ローズマリーも含まれていた。
会議で語られる暁人の過去とは?
一方の暁人は氷雪の容態を安定させる為に研究所襲撃を企てる。
次回《白峰暁人》
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