ひぐらしのなく頃に 礼 沙都子IFルート
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沙都子IFルート
前書き
ひぐらし礼の一話、ソウルブラザーズが合流し、レナ達が説得する前からの分岐となります。
「圭一さん!」
沙都子の叫びにも似た呼び掛けで、膠着した空間は容易く切り裂かれた。
イリー(入江所長)、クラウド(大石刑事)、トミー(富竹)、そしてK(圭一)で結成されたソウルブラザーズが力を合わせ、モテモテパンツの守備は完全無欠のプールサイド要塞と化した今、成す術はとうに失われたはず──そう確信していた圭一にとって沙都子の呼び掛けは、まったくの予想外だった。
沙都子は、驚きを殺し平常心を装う圭一に無防備に近付いて行く。
「な、なんだ沙都子ちゃん。 もうそっちは万策尽きた筈だぜ。 そうやって考え無しに近付くのは沙都子ちゃんらしく……っ!」
尚もうつむき無言で距離を詰める沙都子に不気味さを覚えたのか、自分でも気付かず早口で捲し立てる。
が、それが聞こえていないかのように更に近付き、遂に目と鼻の先まで来た沙都子に言葉を遮られる。
ごくり、そう音が響くほど唾を飲み込む。頬に一筋の汗が滴るのを感じたと同時に、沙都子が口を開く。
「──す」
「す?」
「好きなんですわ!! 圭一さんの事が!!」
──
────
──────へ?
「い、今……なんて」
理解が追い付かない。意識が遠のく気がする。天と地がひっくり返ったような、もはやちゃんと立ててるのかさえわからなくなってきた。
周囲も同様にクエスチョンマークとエクスクラメーションマークを浮かべているなか、沙都子は困惑を極めた圭一さえお構い無しに、堰を切ったようにドンドン告げていく。
「好き……どうしようもなく、たまらなく好きなんですわ……圭一さんの仕草からその優しい声や笑顔も全て」
「────」
「だから、嫌。 だって圭一さんがモテモテになってしまえば、私が割り入る隙なんてありやしないでしょう? ──そんなの絶対に嫌ですわ」
「────」
「好きな人を独り占めしたいと思うのは当然だとは思いませんこと? ──ずっと、ずっと私の、沙都子のにぃにでいて欲しいんですのよ」
驚きが重なると人はなにも考えられなくなるのか、等と関係ない事が頭に浮かぶ。
──現実逃避もいい加減にしろ、そう心の中でふざけていたはずが、漏れでた声があまりに息詰まっていて更に驚きを重ねる。
「沙都、子──っ」
その息苦しい声を聞いた沙都子は、優しく圭一へ寄りかかり、上目遣いで受け答えをするように名前を呼ぶ。
「──圭一……」
少しばかり涙ぐんだように見えたその表情は、図らずとも独り占めしたいと考えてしまった圭一を誰が責められよう。
応えなければ。
「ぬ、脱いだ!」
思わず声を荒げたのはレナだった。
声を放った後、つい叫んでしまったと申し訳なさそうにしているが、しょうがないだろう。なにせもう無理だと思われていたパンツ奪還が叶ったのだから。
──そう、圭一は自らモテモテパンツを脱いだのだ。
周囲が騒然とする中、圭一は再度呼び掛ける。
「沙都k「引っ掛かりましたわね、圭一さん!!」
────へ?
「嘘ですわ! 今までの全部!! すべてはモテモテパンツとやらを奪還するための方便でしたのよ!! ヲーッホッホッホ見事騙されましたわね!!」
我ながらなんたる最高の策だろうかと胸を張り自画自賛する沙都子。
「お、おま、お前……お前なぁ~!!! やって良いことと悪いことがあるだろ!?」
──ドヤ顔も可愛らしいが今はその百倍腹立つ!!
「えぇ~? なんのことだかさっぱり──にしても流石の演技力ですわね私! 女優も夢じゃなくってよ!」
おちゃらけた態度で尚もしらを切る姿に怒りを通り越して呆れてくる。というより怒っても無駄だろうなという一種の諦観である。まあ好きなわけがないという気持ちがあったから受け入れやすいというのもあるだろう。
ただそんな圭一とは裏腹に未だ信じられないという人がいた。レナと魅音だ。
「えぇ~~!!? ホントに今の演技なの!?」
「えぇそうですわ。 驚かせてしまってごめんなさい、でも成功率をあげたくて……敵を騙すならまず味方から、でしょ?」
「ホ、ホントのホントに嘘なんだよね沙都子ちゃん!?」
「はい。 ですから安心してください魅音さん」
「も、もぉ~おじさんビックリしちゃったよ……心臓止まるかと思った」
「そんなに沙都子が俺の事を好きになるのがありえないか!?」
「け、圭ちゃん、別にそんなことは……あるかも」
「あるのかよ!」
全く……揃いも揃って失礼な奴らだぜ。
そんなささやかな悪態を心の中で吐いていると、沙都子が突然背を向けてどこかへ歩いていく。
「あ、おい沙都子どこ行くんだ?」
「圭一さんのために必死に演技したら喉が渇いたのでジュースでも買ってこようかと……圭一さんにも何か買って来ましょうか?」
「いや、大丈夫ありがと」
「いえ」
どことなく軽やかなステップで去っていく。演技ということにそこまで念をいれなくてもわかってるっての……。
「──ん、どうしたんだ梨花ちゃん、そんな顔して」
「百面相して恥ずかしくも慌てふためいていた圭一に顔を言われたくはないわ」
「え!?」
「冗談なのです。 なんでも圭一は真に受けすぎなのですよ~」
「えぇ……?」
たまに妙に大人びた雰囲気を出すのはなんだろう……いつも誤魔化されるけど──
「それに、心配は無用、杞憂だったのですよ。にぱー」
こんな風にね。
胸の辺りで拳を握りしめ、想いを噛み締める。顔が赤く火照るのがわかる。とてつもない羞恥心と嬉しさに押し潰されそうだ。口角が思わず歪む。
「──私にも、まだ私にもチャンスはあるんですわね……」
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あの後も白鳥の水着を穿かされそうになったりソウルブラザーズを説得したりと大変だったが、なんだかんだ閉館の七時まで遊び尽くした。
帰り道、へとへとになりながら一番後ろで夕陽に照りつけられながらとぼとぼ歩く。前の方で元気そうに話してる魅音達が不思議で仕方ない。
「体力の無さを実感させられるぜ全く……と、そうだ、沙都子!」
「ひゃいっ!」
裏返った声で返事する沙都子。前を向いたままだが耳が真っ赤なのがわかる。演技とはいえ告白の真似事をしたんだ、気まずい気持ちはわかる。
「はははなんだよ、その声」
「な、なんでも良いじゃないですの!」
思った通り顔も真っ赤にして怒る沙都子。頬を膨らませたその表情もなんだか愛らしく見えた。
「ありがとな」
「え、え?」
「その怒られて喜んでるこの人ヤバイみたいな表情でこっち見るのやめてくんね!?」
「だって今の流れでは完全に……」
「まあ確かにタイミング間違えたとは思ったけどさ! 違うんだ、俺が礼を言いたいのは昼のことだよ」
「────」
「聞いたよ、あのパンツを穿き続けたらナルシストになるって話、本当だったんだろ。 ソレを危惧して沙都子は体を張ってくれたんだよな。 俺が鈍感な余りにあんな言いたくないことまで言わせて……ホントごめん」
最初は試練のための作り話だとばかり思っていたが、魅音に聞いたところおじさんが持ってた説明書にちゃんと『名前を書いた人の事を好きになる』と書いてあったそうだ。 ……今度会ったら問いただしてやる。
ただ海パンを忘れた圭一にも責任はある。なのであらためてこうして──
「全く、礼を言うのか謝るのかどちらかにしてほしいですわ」
不意に沙都子に一喝される。 確かにこれじゃ支離滅裂だった。
再度言い直そうかと考えていると、沙都子が言葉を続けた。
「──でも、あの言葉の中には、真もあったんですのよ」
「へぇ……え!? どどどどどれが!? どの部分!!?」
余りにあっけらかんと言い放つので、まんまと聞き流してしまいそうになった。というか真!? 全部が嘘じゃなかったって事……だよな!?
あのときのドキドキが返ってきたようで、鼓動が騒がしい。喉仏がうなり飲み込まれていく唾。額から頬へかけてを伝う汗が、熱されたアスファルトへ吸い込まれていく。
「──秘密、ですわ!」
いつも見ていたはずのいたずらなスマイルに、何故か今日はやけにドキッとさせられる。まるで夕陽のように輝くから思わず目を細めてしまうほどに。
何が真か、気にならないと言えば嘘になるが、とりあえずは沙都子の機嫌も元通りなんだ。
「今は、まぁいっか!」
不思議そうな表情の沙都子にこちらも負けじと笑い返す。
ひぐらしがやけにうるさい。 夕陽に照らされた二人を野次のごとく囃し立てるように。
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