フロンティアを駆け抜けて
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子供たちの夜
バトルタワーでの戦いを終え、ジェムとダイバは直通のエレベーターに乗って一番下まで降りるようにエメラルドに命じられた。アマノがどうなったのかジェムは問いただそうとしたが、エメラルドは降りればわかると笑って言うだけだった。ダイバも同じ意思らしく、ジェムはダイバを信じて従うのだった。
エレベーターを使ってもこのバトルタワーは高く一番下までは時間がかかる。ゆっくりと下降していくエレベーターの中で、ジェムは自分のポケモン達に話しかける。
「まずはお疲れ様、キュキュにラティ。とっても良く頑張ってくれたわ!」
「こぉん」
「ひゅん!」
戦いが終わり、レックウザが去った後メタグロスと分離したラティアスと、元気を取り戻したキュウコンが仲良く返事をする。このバトルタワーではルール上登録した二体しか出せなかったのですごく負担をかけてしまった。回復はさせたとはいえ疲れは残っているはずだが自分のために笑ってくれる仲間にジェムも微笑む。
「それとね、他のみんなもありがとう。皆が私を見守ってくれるから、私頑張れたよ」
帰ってくるそれぞれの返事。今はまだバトルタワーの中だからボールから出せないけれど、ここから出たら思いっきり抱きしめてたり撫でてもらったりしようと決めるジェム。
「……」
ジェムがそうしている間、ダイバはなんだか心ここにあらずと言った感じでぼんやりしている。彼が無口なのはいつも通りだが、本当に突っ立っているだけで動かない。仲間たちとのお喋りを終えたジェムは声をかけてみる。
「ダイバ君……大丈夫? 疲れた?」
「……」
「ダイバ君!」
「……え、何?」
大声で呼んでようやく気付く。こちらを振り向いたダイバの顔は赤らんでいた。そしてそのことを自覚しているわけでもないようだった。フードで顔を隠そうともしていないからだ。
「なんだかぼーっとしてたけど、考え事? アマノさんの事とか?」
「いや……違う、そういうのじゃない。特に何か考えてたわけじゃなくて……さっきのパパとのバトルを思い出してただけ」
「そっか、すごいバトルだったもんね。ポケモン同士が合体できるなんて思ったこともなかったわ」
「それもだけど……よくわからない。ポケモンバトルに勝つことなんて当たり前の事なのに、頭の中をぐるぐる回ってて……」
本気で不思議そうに首を傾げるダイバ。ジェムも少し考えたが、すぐに意味を理解する。
「あ、わかったわ。ダイバ君はエメラルドさんに勝てて嬉しかったのね! それはそうよね、あんなすごいお父様に勝てたんだから!」
「嬉しい……僕が、バトルに勝って……?」
「ダイバ君には……あまりよくわからない?」
ダイバは無言で頷く。でも、それは仕方ないかもしれないとジェムは思う。ダイバは強いから。あの時のジェムばかりかブレーンまで平然と倒せる実力があって、昔からバーチャル相手にジェムよりずっと色濃く勝負をし続けた彼にはバトルを楽しいと思うことも勝って嬉しいと思う心も薄れていたのかもしれない。
「そっか、じゃあ私にもわからないわ。でも私はきっと自分のお父様に勝てたら……すっごく嬉しいと思う」
でも、それはただの想像だ。実際には全然別の感情ということもあり得る。だから、そうやって曖昧に呟いた。
「それとね、このシンボルはダイバ君に渡すわ」
エメラルドから受け取ったシンボルをダイバに手渡す。エメラルドの渡したシンボルは一つだけだ。マルチバトルルールには二人で挑戦するものだが飽くまで登録上は一人であり、ジェムの立ち位置は協力者だからである。その事は納得した上で挑戦していたので渋る理由はない。
「ねえ、フロンティアパスって集めたシンボルが多くなると新しく出来るようになることがあるのよね?」
「……そうだよ。見る?」
「うん! 見せて!」
一つ集めるとパスが地図の役目を果たし、二つ集めると自分の現在地がわかる。三つ集めると一度パスを見せあった他人の位置がわかるようになるのは知っていた。四つと五つ目は何なのかは気になるので頷いて見せてもらうジェム。そこには地図に新たな場所が表示されていた。
「……温泉マーク?」
「四つ以上集めた人間だけが入れる特別な温泉宿らしいね。まあパパらしい……実力者への特別待遇ってやつかな。他にもゲームコーナーとか、酒場とか……ポケモンバトル以外の娯楽設備もあるみたい」
二人で並んでダイバのフロンティアパスを眺めながら情報を確認する。
「そっか、じゃあダイバ君はそこに泊まれるんだね。私も明日新しく取れたら行ってみたいわ」
「……さすがに一人専用ってことはないよ。ブレーンを四つ以上持ってる人間の招待なら五人までは入れる。ジェムも、今日はここに泊まったほうがいい」
「いいの!? ありがとうダイバ君!」
「うわっ……勘違いしないでよ、昨日はチャンピオンが一緒だったからどうでもよかったけど、今日別々にいるとまた何が起こるかわからないだけで」
「五人までならアルカさんやドラコさんも一緒に行っていいわよね? 後はジャックさんはこのこと知ってるのかな……知らなかったら誘ってあげたいけど……ダイバ君は誘いたい人はいる?」
「……はあ、いないよ。人数の範囲で好きにして」
喜びダイバを抱きしめるジェムに呆れたような、ほっとしたようなダイバの声。温泉やゲームコーナーと聞いてテンションの上がったジェムはその理由に気付かない。ダイバはバトルタワーのシンボルをパスに
「それじゃあ、五つ目は?」
「五つ目は……これは」
出てきたのはフロンティア全体の地図だ。違うのは今まではジェムと自分の居場所しか表示されていなかったアイコンが他にもいくつも出現したことだ。試しにアイコンの一つをタップしてみると、そのトレーナーの持っているシンボルまでもが表示された。
「……なるほどね」
「他の人の居場所とどのシンボルを持っているのかわかるようになった……だけ?」
四つ目が豪華だっただけにちょっと期待外れ気味のジェム、しかしダイバは帽子を目深に被り真剣な表情をした。
「どうしたの、ダイバ君?」
「いや、何でもない。僕にとっても重要なことじゃないねこれは」
「そう……だよね、他の人が持ってるシンボルの種類なんてわかっても別にシンボル集めるのに関係ないし……」
「……まあね。それより、もう着くよ」
「お話ししてたらあっという間……アルカさんとアマノさん大丈夫かしら」
エレベーターの下降が止まり、一瞬の浮遊感を残して地上につく。ジェムはすぐにエレベーター、そしてバトルタワーを出る。するとそこには、自分の師と父親がいた。エメラルドと昨日の博士、目を覚ましたネフィリムもいる。
「ありがとう、そしておめでとう……ジェム、よくこの戦いを乗り越えてくれた」
「さすが僕の弟子だね、最高の結果を見せてくれたよ!」
「ジャックさん……それに、お父様」
ジャックは自分に駆け寄り、抱きしめてくれた。ジェムも慌てて抱きしめ返す。サファイアは少し離れた場所で拍手を送っている。
「改めてよくやった。あいつらを倒し、バトルタワーの危機を解決したことを、俺の息子として誇りに思うぜ、ダイバ!」
「ええ、さすがダイ君の作戦は完璧でした。眠らされていて見れなかったのが残念だけど……」
「お前にとぉーっての目標の一つがついに果たされましたねえ。もっと素直に喜んでもいいのぉーですよ?」
「パパ、ママ……グランパも」
ネフィリムがダイバを抱きしめる。ダイバは困り顔で母親を見た。それはジェムにとって素晴らしい光景だった、自分もダイバも家族や尊敬する人に認められる、ここに来た時、いや今までの人生でずっと求めていたものだった。すごく嬉しいし、頑張ってよかったと思う。まるで自分の夢の中のように幸せだった。サファイアが近づいてきて自分を更に褒める。ジャックも満面の笑みで自分を賞賛する。
「オーナーに勝ったってことはメガレックウザに勝ったんだろう? 僕でさえ御することのない最強格の伝説をよく攻略したね。もう僕から教えられることなんてないかな?」
「さすが私と……母さんの娘だ。ポケモン達と心を一つにするという意味では私も負けるかもしれないな」
「うん、ありがとうお父様、ジャックさん。すごく嬉しい!!」
この気持ちは嘘じゃないと言い切れる。。二人は本当に自分を褒めてくれている。でも……何かが、ずれているように感じた。例えるなら覚めたら全てが泡沫に消えそうな虚無感。抱きしめるジャックから離れ、ネフィリムから離れたダイバの背をバンバン叩いて褒めているエメラルドを見る。
「でもね……私は今聞きたいことがあるの、エメラルドさんに」
「……あん? 俺に? なんだよ、せっかく家族水入らずで話してんだから素直に勝利の余韻に浸ったらどうだ?」
「いや……僕からもパパに確認したいことがある」
ダイバも叩かれた背中をさすりながらエメラルドを見る。その場の全員の視線が、二人の子供に注がれた。
「アマノさんはどうなったの?」
「……アルカとドラコはこの後どうなる?」
「……はっ、自分たちへの褒め言葉よりバトルフロンティアを脅かした罪人が気になるってか? そんなもん俺様の知ったこっちゃねえよ」
「そんな! じゃあ本当にアマノさんは……落ちて死んじゃったの?」
無情なエメラルドの言葉に戦慄するジェム。しかしダイバは周りを確認した後首を振った。
「いや……それなら少なくとも大量の血がこの辺にあるはずだ。死体を片付けることくらいなら可能だろうけどこの五分そこらじゃ血は綺麗に出来ないはず。だからあいつはまだ生きてるよ」
「御明察……上を見な」
二人の疑問は別だったが、大体意図は同じだった。エメラルドはもったいつけるように上を指さした。ジェム釣られて見上げると上空には、フライゴンとチルタリスがいた。それはエメラルドの様子に気付いて降りてくる。近づいてくるにつれジェムとダイバにはフライゴンの上に人間が乗っていることに気付く。ぐったりした様子のアマノがフライゴンに乗せられており、アルカとドラコはチルタリスに乗っていた。チルタリスが地面に降り、ドラコは毅然とした態度でジェムの正面に立つ。アルカはまだ眠っているようでチルタリスが羽毛布団のようにその体を包んでいた。
「ドラコさん! アマノさんを助けてくれたの?」
「命令されていたわけでもなし助けるつもりなどなかったが……お前達の助力に向かおうとこいつらで上を目指していたらこいつが落ちてきてな。見殺しにするのはいくら何でも目覚めが悪いから拾ってやった。ついでにアルカもな。……ジェム、お前は私の頼みを成し遂げたんだな?」
「うん、危なかったけど何とか止めて……これから仲良くなれればいいなって」
「そうか、ならば礼を言おう。お前がいれば、こいつは……悪夢のような人生から解き放たれるはずだ」
アルカを止めてやってほしいという願いは、ダイバの鉄拳とジェムの優しさで叶えた。とはいえまだ彼女の人やポケモンを平然と殺し、自分を卑しい人間だと卑下する心の毒は消えていない。それを癒すのは時間がかかる、だから一緒にいる必要があった。
「ううん、私一人じゃ無理よ。私に頼むならドラコさんも、一緒にいてくれる?」
「そうだな、私は――」
「おおっと、それはお前らに決めさせるわけにはいかねぇな!」
答えるドラコに割り込むエメラルド。彼はフライゴンに落とされ膝をつくアマノの方へ歩き、見下す。
「本来ならお前らは三人纏めて犯罪者だ。だが今回の場合こいつの催眠術がある以上話が違ってくる。アマノは有罪確定だがお前ら女二人には事情酌量の余地があるってわけだ。というかドラコの方は状況的に無理やり支配されてたことが明白だから実質議論の余地があるのはアルカだけだな」
「ふん、その為にアマノの証言を信じるのか?」
「催眠術をかけた当の本人だからな。さあ心して答えろよ? 催眠術師、お前はアルカをどこまで支配してた?」
「貴様……!」
天から放り出されしばらくは落ちていたのか、息は荒く遠めから見ても体は震えていた。エメラルドを睨んでいたが、もはや反逆の手段はないと悟ったのか息を吐いて語った。
「……アルカもドラコ同様催眠術によって強制的に支配していた私の忠実な操り人形だった。この事件にはこいつらの意思ではない。……全て私のせいだ」
ジェムははっと息を呑んだ。ジェムはアルカの夢を覗き見ている。その中でのアマノは、アルカに対して催眠術によっていくつか行動に制限は課していたけれども。それでも心を無理やり支配するようなことは――していなかったはずだ。
「さぁて、首謀者様はこう言っているがどうなんだジェム・クオール? 直接戦った相手だ。あいつらに自分の意志があったかどうかは一番正直に言えるのはお前のはずだぜ? ダイバはその辺の判断は苦手だろうしな、お前の証言が全てだ」
「……」
少し黙り、ジェムはアマノを見た。自分の心を弄び操ろうとしたひどい男の人。だけどジェムを見るその目は弱く、それでいて無言で何かを懇願するようだった。
「うん……ドラコさんもアルカさんもこの人に無理やり言うことを聞かせられてたわ」
「本当か? 嘘だったらお前も罪人扱いになるかもしれないぜ? 悪人を庇った偽証罪ってやつでな」
エメラルドはにやにや笑いながらジェムを見る。なんだかすべてを知っていて反応を楽しんでいるように見えたのは気のせいか否か。それに弾かれるようにジェムは断言した。
「絶対間違いないわ! だってアルカさんは言ったもの。『誰も私を愛してくれなかったから、死にたくないからわたしは仕方なくこんなことを……! わたしだって、本当はこんなことしたくないです……!』って! だからアマノさんはアルカさんの事庇ってるわけじゃないしアルカさんはこんなこと絶対したくなかった! 本当よ、そうよねダイバ君!」
「え……ああ、うん。間違いなくそう言ってた」
嘘を嘘で塗り固めるようなジェムの言葉。でもアルカがそう口にしたこと自体は事実だ。でなければ咄嗟にこんなセリフを考えられるほどジェムはアルカを理解できていない。裏の裏は表。アルカの嘘を、ジェムは自分の嘘のために利用した。それがアマノとアルカにとって残酷な言葉だったとしてもだ。アマノは切りつけられたように俯いた後、言葉を零す。
「……すまない。私のことはどう思ってくれてもいい。ただ……アルカを頼む」
「あなたの事は許せないけど……でも、いつかアルカさんに会いに来てあげてね」
「ああ……」
アマノはチルタリスの方へよろよろと歩み寄り、羽毛に包まれるアルカの顔を見る。アルカは瞼を濡らしながらもぐっすりと眠っていた。何を思ってそうしているのかは当のアマノ以外には誰にもわからなかった。決して本心を口に出すことは出来ないから。ただ、きっとアルカのためにあんなことを言った……ジェムはそう思うことにした。
「なら決まりだな。罪人はアマノの野郎一人だけだ。――連れていけ」
エメラルドが待機させていた警備員らしき男達がアマノに手錠をかけて連れていく。アマノはもう抵抗することなく何処かへ向かっていった。恐らく警察のところへ連行されるのだろう。後は法律による裁きが下されるはずだ、子供のジェムにどうこうできる問題ではない。
「……疲れただろうジェム。もう日も暮れるしポケモン達も疲れただろうから休んだ方がいい」
何も口出しせず見ていたサファイアがそう声をかける。ジェムは頷いてからドラコに言う。
「ドラコさん、今から私達温泉宿に行くんだけどドラコさんも来てくれるかしら?アルカさんも一緒に……皆で話がしたいから」
「さっきはそこのオーナーに邪魔されたが、異論はない。このフロンティアにいる間は付き合ってやろう。私もお前達に借りがある立場だ」
「……ありがとう」
ドラコはふっと息を吐き、口元可愛いとか美しいよりもカッコいいという言葉が似合う笑みを浮かべる。ジェムはそれを少し羨ましく思いつつもあどけなさのある表情で微笑んだ。
「それとね、あと一人までは入っていいらしいから……ジャックさん、良かったら来てくれないかしら?」
「僕かい? いいけど、子供たちの夜に水を差さないかな?」
ジャックがきょとんとした表情で応える。するとダイバがジャックの方に近づいてジェムには聞こえないように呟いた。それを聞いたジャックが、テレビに出てくる妖しい妖怪のようににやりと表情を歪めた。
「ダイバ君、どうしたの?」
「もう恥ずかしがり屋だなー。ジェムがフロンティアに来るまではどんなふうに過ごしてたか僕に聞いてみたいんだって! 一応僕も体は男の子だし、君の目線で話してあげることは出来るよ!」
「えっ?」
「おい、ちょっと……」
びっくりしてダイバを見るジェム。ダイバはやや苛立ちを込めてジャックを睨んだ。ドラコが面白がって口を挟む。
「なんだ、惚れているのはそっちの方だったか……私の目は曇っていたようだ」
「違う!! 僕が言ったのはそんなことじゃ……」
「じゃあなんて言ったの?」
「……単に、どんな風に育てばそこまで能天気になるのか興味があっただけだよ。それ以上でも以下でもない」
「能天気って……もう」
相変わらず口の悪いダイバに頬を膨らませるジェム。ジャックや大人たちは子供たちの様子を微笑ましそうに見ていた。ジェムにダイバ、ドラコとチルタリスの上で眠っているアルカが四人で同じ方へ歩き始める。
「それじゃあ、子供たちの引率は老いぼれに任せて大人の皆さんはそれぞれの仕事に戻った戻った! まだまだバトルフロンティアは始まったばかりなんだからね!」
「ではジャックさん……子供たちをお願いします」
「ま、女三人男一人じゃいづらいわな。任せた」
「ふふ……ダイ君にいろいろ教えてあげてくださいね?」
声変わりしていない少年の声でジャックは大人たちに言い、四人の子供たちの後ろにつく。サファイアにエメラルド、ネフィリムが一礼して去っていく。ジャックの事を知らないドラコが彼を指さす。
「おいジェム。こいつは何者だ? 一見お前達よりも年下だが、雰囲気がまるで幾千の時を生きた竜の風格だ」
「えっとね、ジャックさんは私のポケモンバトルのお師匠さんで……すっごく長生きなんだよ」
「長生きとはどれくらいだ?」
「えっと……三千年くらい、なんだよね?」
「うんそうだよー?」
あっけらかんとジャックは言うがスケールが大きすぎてジェムには実感がわかない。可能なのはジャックか同じレベルで生きられるポケモンくらいだろう。ドラコも少しの間無表情になったが、特に取り乱すこともなく頷いた。
「そうか、とりあえず把握した」
「……それで納得するの?」
「詳しく聞いたところで理解できる類のものでもなさそうだからな、さて……」
ドラコがチルタリスの上にいるアルカの意外に優しく肩を揺すった。アルカが目を覚ます。無理やり眠りから起こされて周囲を見回し、彼女は呟いた。
「アマノは……アマノは、どこに行ったのです……」
「アルカさん、アマノさんは――」
「いい、私が言う。あいつは罪人として捕らえられた。わかっているだろう」
「……」
ドラコが厳しく言った。アルカはチルタリスに包まれたまま悲しげに俯いた。
「わたしは……捕らえられなかったのです?」
「それも見ればわかることだ。こいつらが警察の類に見えるか?」
アルカがジェムとダイバ、ジャックを見る。ここにいるのは少なくとも外見は子供だけだ。大人はいない。
「じゃあアマノは……本当に、全ての罪を被ったのですね」
「アルカさんは、その……アマノさんの計画が失敗したことを知ってるの?」
「当然だ、私がチルタリスの上に乗せるときに一度起こしたからな、アマノが落ちてきたのもこいつ自身が見ている」
「じゃあそのあとまた寝たの?」
ダイバとジェムがアルカを見る。アルカは沈痛な面持ちで声を出さなかった。代わりにドラコが説明する。
「お前達はアマノの取り柄を忘れたのか? ……眠らせたんだよ、アルカが自分も罪を被ると聞かなかったからな」
「……あの人は、言いました」
――お前も罪を被るだと? 馬鹿を言うな、これを計画したのは私だ!
――自分の意志? お前にそんなものはない、私が催眠術でそう考えるようマインドコントロールしていたにすぎん!
――計画への貢献? チャンピオンもその娘の足止めも出来なかった分際で何を言う! お前など何の役にも立たなかった! ドラコもだ! お前達のような役立たずを計画の駒にした私の人選ミスだ!
アルカはドラゴンの上でのアマノとの会話を諳んじる。アルカの意思を軽んじる心無い言葉、彼がバトルタワー頂上でしていたのと変わらない喚き散らすような醜い言葉だった。
「だからあの人は全部自分のせいなんだって……降りたらお前は何も言うなって命令して……でもわたしは何とか命令に逆らおうとしたから……」
「あいつは『催眠術』でアルカを眠らせた、というわけだ。心無い言葉で今生の別れを迎え、アルカに恨まれることになったとしてもな」
「……そう、なんだ」
でもそれはきっとアルカのため。少なくともジェムにはそうとしか思えない。
「アルカさんは……どう思ってる?」
「やっぱり最後まであの人は……わたしの気持ちなんて考えてくれませんでしたね。自分勝手で無謀で……酷い人です」
アルカは潤んだ瞳から涙を静かに零して言う。罵倒する言葉は、最初にジェムが聞いた時と同じで愛想を尽かしきってはいなかった。寝かされていた体を起こして、涙を拭って誓う。
「だから、わたしはあの男を許しません。もしまたのこのことわたしの前に現れたら……その顔引っ叩いて、蔓で締め上げてやります」
「うん……きっと、それでいいと思うよ」
アマノはいつか会いに来ると言っていた。ならばそれは恐らく叶うはずだ。その時もう一度、新しく関係を作ることが出来ればいい。
「あのねアルカさん、私達今から温泉宿に行くの、一緒に来て……くれるよね?」
「嫌だと言っても償ってもらうとあなたが言ったのですよ。仕方ないからついていきます」
素直ではないけど、同意の言葉。それを聞いて明るい声を出したのはジャックだった。
「よし、それじゃあこれで本当に事件解決だね! 最後まで何が起こるかわかったもんじゃないからひやひやしてたけど、なんだかんだ弟子が無事で終わってよかったよ。もう一度言うけどおめでとう、ジェム」
「あ、さっきはせっかく褒めてくれたのに遮っちゃってごめんなさい……」
「いいんだよ、それが君の美徳だ」
ジェムの頭を撫でるジャック。今度はそれを中断して言いたいことはジェムにはない。他の人が見ている前なので照れくささはあるが、素直に撫でてもらう。
「……ふぅん、まるでコンテストの演技でも終えた子供相手への言葉みたいだね」
それにダイバは普段の皮肉とはちょっと違った含みのある言い方をする。ジャックはにっこり笑っただけで何も言わなかった。ジェムは気づかず、顔を綻ばせる。
「解決したってことは、これからはアルカさんやドラコさんも一緒にバトルフロンティアを回れるのね!」
「……なんですか、わたし達二人と過ごしたかったんですか?」
「あのね、私今までずっとおくりび山にいて……あそこってお墓参りをするところだから年の近い子ってほとんど来なくて、女の子の友達がいなかったの」
「男の友達は……ああ、そこにいましたね。子供かどうか知りませんが」
「僕は何千年生きようと心は子供だよ?」
「なるほど、お前が浮世離れしているはずだな。……まあ、その辺の話は風呂に入りながらすればいいだろう」
シンボルを四つ以上集めたもののみが入れる宿が見える。あまり大きくはないが、木造でおごそかな建物からはどこか遠くの地方を思い出させる雅さがあった。ダイバが先に中へ入り、一緒に泊まる人間の申請をしてくれる。五分ほど待つと、中に入ってもいいと言われた。まずは温泉で疲れを落とそうということになり、男女別れて温泉に行くことにする。ダイバがジャックにジェムの過去を聞こうとしているらしいので一応釘を刺すジェム。
「えっと……じゃあジャックさん、あんまり恥ずかしいことは話しちゃダメよ?」
「合点承知。ついでに覗いたりしないかどうかも見張っとくよ」
「……誰が覗くか」
ダイバがむすっとする。ジェムとしてもダイバに限ってそれはないと思っているので軽く笑ってアルカとドラコに続いて紅い暖簾を潜っていった。
「誰かと一緒にお風呂に入るなんてすっごく久しぶり……お母様あんまり一緒にお風呂入るの好きじゃなかったから」
「私は慣れているぞ。うちには銭湯があるからな」
「わたしは……記憶する限り同性と入るのは初めてですかね多分」
意気揚々と服を脱ぎ始めるジェム、慣れた様子でマントを外し始めるドラコ、何か思い出して自嘲しつつ白いワンピースを脱ぎすぐさまタオルを巻きつけるアルカ。
「ドラコさん、私一緒に背中流しっことかしてみたいんだけど、どうすればいいのか教えてもらっていいかしら?」
「任せておけ、ただし加減はせんぞ?」
「背中流すのに加減も何もありますか……まあ、どうでもいいですけど」
タオルを体に撒いて入っていくジェムたち。それからはドラコに正しい体の洗い方を教えてもらったり、アルカがタオルで体を撒いたまま温泉に入ろうとするのを止めたり、水風呂の冷たさを味わったり露天風呂から眺める夜の海を堪能したりした。ドラコはあまりこういう所に慣れていない二人を年長者として見てくれたし、アルカもタオルをはぎ取られた時は傷跡だらけの身体を見られて嫌そうな顔をしたが、なんだかんだ楽しんでくれた……とジェムは思う。
一方その頃、ダイバとジャックの男二人は――――――
「いやあ~年を取ればとるほどお湯の温かさってやつは身に染みるね」
「……」
「サウナもあるらしいし、男同士の我慢比べでもしてみるかい? 思わぬ友情が芽生えるかもしれないよ」
「…………」
「女の子たちは楽しくやってるみたいだねえ、僕達も喋らない?」
「………………」
二人で温泉に浸かっているが、喋っているのはジャックだけ、ダイバはじっと何かを考えているようで答えない。隣の浴場からは女性陣の話声が絶え間なく聞こえているのにこちらは会話すら成立しない。さすがに困った顔をするジャック。
「……あのー、君が僕に用があるって言ったんだよね?」
「……ああ、うん」
ダイバがジャックの方をようやく見る。お互い背が低いため座っていると顔しか出ない。退屈しのぎに泡が出る場所の上でぶくぶくしているジャックに聞く。
「……ねえ、パパから話は聞いてたんだけど君って色んな伝説のポケモンを持ってるんだよね、この地方の伝説に限らず、フーパとかビクティニとかも連れてるって」
「うんそうだよ? あの子はバトル向けじゃないから戦わせないけど、バトルピラミッドに来たら僕の仲間を見せてあげるよ」
「さっき事件が解決したって言ったけど……バーチャルシステムに異常が発生してから僕達がアマノを倒すまでは二時間以上かかってる。その間何してたの?」
「話が飛んだね。何してた……と言われても一応バトルピラミッドのブレーンだし、君のお父さんであるオーナーの指示もないから待機してたよ」
「……じゃあ、僕とジェムが事件に巻き込まれてることは知らなかった?」
ぶくぶくしていたジャックの表情が一瞬固まるが、すぐに首を振った。
「一応状況は聞いてたよ。ジェムと君が解決に向かったって。僕も助けに行こうかと思ったけどでもバトルタワー自体の入り口が封鎖されててどうしようもなかったんだ。二人の実力は信用してるから、任せようってことになったんだよ」
「……そう」
「バトルフロンティアは君とジェムのお父さん、二人が作り上げたこれからのバトルを面白くするための総合機関だ。正直それが乗っ取られでもしたら困るから不安だったんだけど……さすが彼らの血を引く子供たちだ。見事だったよ」
ジャックはまたしても褒める。ジェムにしたのと同じように褒めちぎる。ダイバはその賞賛には答えず質問を続ける。
「最後にグランパの研究のために聞きたいんだけど……フーパってどんな伝説ポケモンだっけ?」
「ええと……特徴的なのはあらゆるものを空間移動させる能力だね。他の地方にパッと行くのに便利だよ」
「一回会ってみたいんだけど、今ここに呼べる?」
「随分フーパに興味があるんだね。おーい! フーパー出ておいで―!! 出ないと目玉をほじくるよー!?」
ジャックが浴場に響く声で伝説ポケモンを呼ぶ。するとあっさりとジャックの頭上に金色の輪っかが出現し、異次元を通ってフーパが出現した。そのまま落ちて温泉にダイブする。
「あ~い」
「どうかな? こんなに小さくても伝説のポケモンらしい力があるでしょ」
「うん……ありがとう、最後にもう一つだけいいかな」
「いいよいいよ、何でも聞いて?」
フーパを自慢げに見せるジャック。その声は玩具を自慢する子供のようだ。でもダイバはジャックを睨んで聞く。
「その能力、なんでバトルタワーに入るのに使わなかった?」
ジャックが、あどけない子供の表情から老獪な仙人のようなダイバの知るどの人間も浮かべたこともない笑顔になる。それが何よりの答えだった。
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