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僕の梅雨が嫌いな理由

作者:閏 冬月
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梅雨の晴れ間

僕は梅雨が嫌いだ。
いつも、高校から独りで帰る時に、薄鈍色の雲に支配された空が、《お前は独りぼっちだ》と嘲笑ってくるような気がするから。
そんな空に対して、僕はいつもイライラしながら帰っていく。
「ただいま」
「あら、おかえり」
母親は僕を見たけれど、すぐに家事へと集中を向けた。仕方のないことだ。
「学校は楽しい?」
母親はいつも決まって、それを聞くけれど、僕はいつも返さない。
だって、そんなの答えは決まっていたから。
僕は自分の部屋の扉を閉めた。
「楽しいわけなんかあるかよ」
その言葉はなんだか、僕を否定するようで、自分でも嫌な気持ちになった。中学校の時からそうだった。誰かの為になると思ってやったことを、誰かが気付いて、誰かか分からないけれど、感謝されると考えていた。けれど、幽霊がやったとか、怪奇現象が発生したとか、僕がやったことは全て超常現象として処理される。
これ以上に嫌と思ったことはなかった。
「何が青春なんだよ」
高校に入学すれば、何かが変わると考えていた僕をぶん殴りたい。そんな思いを込めたセリフは虚空に消えていった。

僕の所属しているクラスは、はしゃぎ回ったり、馬鹿やったりしている奴らが集まっていた。
クラスの人気者とか言われる奴も当然、馬鹿やったりしている。
ピチピチと窓から入ってくる雨が鬱陶しいから窓を閉めようとする。
窓を閉めた後、空を見上げると、未だに薄鈍色の雲に空は覆われていた。
《ほら、お前はやっぱり独りなんだ》と言われている。
1人なのはいつものことだ。
だから、
「だからどうした」
こんなに鬱陶しい空は見たくない。集中が削がれる。
カーテンを勢いよく閉めた。
授業が終わり、休み時間。またクラス全員が騒ぎ始める。当然、僕は独りぼっちなわけだ。いつまでも気づかれないまま、僕はこの学校を卒業するのだろう。自虐的な思いはズルズルと頭の中を這いずり回り、口に出そうになったが、すんでのところで出さなかった。ペットボトルのほうじ茶と一緒にその言葉を飲み干した。

「今日のホームルームを終わるぞ。明日もちゃんとしろよー」
担任の先生の間の抜けた声が教室全体に届くと同時に、一部の男子は勢いよく扉を開けて飛び出した。
「今日も雨か」
そう呟いたとき、不意に話しかけられた。
「なあ、輪島。今日俺傘を忘れたんだけどよ。一緒に入れてくんね?」
久しぶりに、名前を呼ばれたような気がした。話しかけてきた張本人は、クラスのムードメーカーの寺田だった。
「君だったら、傘なんていくらでも入れてもらえるでしょ。なんで僕なの」
「仲の良い奴、全員帰ってさ。だから誰も入れてもらえねえんだよ。それにこのクラスん中で俺と帰る方向が一緒の奴、お前だけだし」
辺りをぐるりと見回してみたけれど、確かに寺田といつも一緒にいるメンバーはすでに影も形もなかった。
「な?ごめん、今日だけだから」
「良いよ、別に。独りでいつも帰ってたし」
そのとき、外の雨の勢いが若干緩やかになったような気がした。

「お前さ、昨日何してたの?」
クラスのとある女子から話しかけられた。喧嘩腰で。
「昨日?何時ぐらいか言ってもらわないと、僕のしてたことって色々あるから」
僕が独りぼっちだって、やることはたくさんあるんだ。それを解らないとはこの女子は一体何を考えているのだろう。
「お前の方が何考えてんだよ!」
思っていたことが口に出ていたようだ。独りぼっちが長く続きすぎたせいで独り言の癖がついてしまった。今度から直さないとな。
「なんで昨日の放課後、お前が寺田君と帰ってたの?寺田君はさ。傘忘れたから。とか言ってたけど昨日は傘を忘れてなかったの」
そうだったのか。何たる嘘吐き。
昨日の一緒に帰ってる内に、寺田のイメージは良くなっていたが、これは下降修正をしなければいけない。
「お前、寺田君のこと脅してんの?」
「脅すとか知らないよ。第一、僕が他人を脅す必要性なんて皆無だし」
「じゃあ!なんで!昨日!2人で帰ってたんですか?!」
鬱陶しい。そう思った僕は彼女から目を逸らした。
「ハッ。図星指されたらだんまりですか。そうですか。ちょっとこっち来い」
「なんも脅されてもないけど」
昨日、聞き慣れた声が女子の背後から聞こえた。その声は寺田だった。
「なんかさ。輪島のこと勘違いしてるみたいだけど。輪島は俺のことを脅したりする度胸も頭も力も無い。ましてや、今の今までお前らが気付かないぐらいに、根暗でボッチで影薄くて空気みたいな存在の輪島が俺を脅したり出来るとか思うか?」
何だろう。今、物凄く寺田を殴りたくなってきた。多分、彼には何の悪意もなくただただ、事実を述べているのだろうけれど、僕にとってはこれ以上とない最高に傷を抉る言葉達だった。
「けどよ。毎回掃除の後始末とか黒板消しとか、皆が気づいてないところでこいつはやってんだよ。それに気付いてないお前らはさ、こいつの何に気付いてんだ?」
寺田は言い切った。多分僕ならば、ここまでいうことは出来ないだろう。だから、寺田がカッコ良く見えた。
「ん。なんか、ゴメン」
女子がそう言ってきた。それに対して僕は大丈夫、気にしてないから。とだけ返しておいた。そして、僕に突っかかってきた女子はそそくさと自分の席へと戻っていく。
「寺田、ありがとう」
「大丈夫だって!ところで今日にカラオケ行かない?」
「馴れ馴れしすぎるでしょ。初めて喋って1日でカラオケ誘うとか」
「やっぱダメ?」
「駄目、今日は。今日は用事があるから」
「え?ボッチのお前が何か用事あんの?」
「さっきからボッチとか言わないで!何気傷つくから!」
「あ、ごめんごめん」
軽い返答で少々不安が残るが、ある程度は信用しておこう。だって、僕に気付いた久しぶりの人なのだから。
「まあ、明日は何もないからカラオケ行けるけど…」
「よっしゃ!明日行こうな!」

最近、雨続きだったけれど、今日から1週間ほどは雨は降らないらしい。
「行ってきます」
家の玄関を開けると、今まで雲に隠されていた太陽が久しぶりだと言わんばかりに、さんさんと照り輝いている。その光はとても眩しくて目が痛い。そして、ほんの4、5分歩いていると後ろからピチャピチャと水溜りを避けようともせずに、走ってきている音がする。
「おはよう、輪島」
「おはよう、寺田」
いつもいつも、曇り空とか雨空の癖に、晴れると溜め込んでいたぶんの日光が一気に解放される。それで僕はよく、眩しくなって目を細める。
だから僕は、梅雨が嫌いなんだ。 
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