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提督はBarにいる。

作者:ごません
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山葵の美味さ・1

「しっかし妙なモンが好きだねぇ、お前も。駆逐艦で辛い物好き、中でも山葵が好きなんてのはお前くらいじゃないか?親潮」

 俺は苦笑いを浮かべながら、カウンターに腰掛ける親潮に語りかける。

「そうでしょうか?美味しいじゃないですか、からし蓮根とか、中華の火鍋とか」

 そのラインナップを聞いただけで、親潮の辛い物好きが筋金入りだと理解できる。この娘ガチな奴や。駆逐艦は全般的に、その幼い見た目のせいか、好みがお子様口の連中が多い。甘い物とかハンバーグやカレー、オムライス等々子供が好きそうなメニューを好む奴が大多数なのだ。

「中でも私、山葵が大好きなんです!あの鼻に抜けるツーンとした刺激が堪らないんですよねぇ」

「だとすると、春先の山葵じゃ親潮の口には合わねぇかもな。山葵ってのは寒くなるに連れて辛くなり、暖かくなると辛味が弱くなるからな」

「え、そうなんですか?」

 山葵ってのは多年草で、年がら年中収穫可能だから他の野菜のように旬は無い。だが、季節によってその辛味の強さが変化するのだ。山葵が生えるのは沢や渓流等の水辺であり、一年を通して水に接している。その為、気温の下がる冬場に凍り付いたりして枯れないように、辛味成分の元となる成分を蓄え、寒さから身を守る。その結果冬場の山葵は四季を通じて一番辛く、春先の山葵は花を付ける為に一番辛味が抑えられる。……まぁ、辛くなくなる代わりに葉や蕾を『花わさび』として楽しめるという副産物もあるんだが。

「それでも良いです、わさびを使った料理をお願いします」

「あいよ。……んでどうする?飲むか?食うか?」

 ウチでは基本、酒か飯かを先に聞く事にしている。両方頼む奴もいるが、大体はどちらか一方だからだ。

「では……先ずはお酒で。でも後からご飯も頼みたいので軽くで」

「了解、ならちょいと珍しい酒をご馳走してやるよ」

 俺はそう言いながら、ホット用のタンブラーグラスに焼酎を注ぎ、お湯割りを作る。そして登場するのは鮫皮のおろし板。そう、焼酎のお湯割りにすりおろしたわさびを溶かして飲むのである。そしてわさびをすりおろす時にも、美味くする為のコツがある。

 わさびを丸々一本買ってきたら、上の方に付いている茎の根元をむしり取る。綺麗に茎をむしったら、包丁を使って皮をすりおろす所まで削ぎ落とす。そうしたら茎の付いていた方からすりおろす為、そちらに砂糖をチョンと付ける。ちょっとした小技だが、砂糖を小量付けてわさびをすりおろすと、辛味が引き立つのだ。後はひらがなの『の』の字を書くように円を描いてすりおろせば美味しいおろしわさびの出来上がりだ。こいつを焼酎のお湯割りに適量溶いて……と。

「ほらよ、『わさび酒』だ。結構鼻に来るから気を付けろよ?」

 見た目は鮮やかなわさびの緑。一瞬緑茶割りと間違えてしまいそうだが、漂う香りは紛れもなくわさびである。親潮も初めて飲むのか、恐る恐る口を付けてくいっと煽る。すると口に広がるのは、焼酎の香りと鼻に抜けるわさびの清涼感。そして後からやって来るわさびの辛味。しかしその辛味は嫌な物ではなく、あくまでも酒の味を引き立ててくれる程度。素晴らしく合うのだ、焼酎とわさびというのは。

「初めて飲みましたがとっても美味しいです!」

「だろ?良い山葵が無けりゃ出来ない代物だが、山葵好きには堪らん一杯よ」

 チューブのワサビで試そうとか思った奴、試すのは一向に構わんが、多分美味くないぞ。おろしたての本わさびだからこそ美味いモンだからな。まぁ、梅酒みたいにわさびをホワイトリカーに漬け込んで飲む『わさび酒』ってのもあって、それもまた独特の味で美味いんだけどな。




 さて、一杯目を振る舞った所で料理に移るとするか。しかし何を出した物か……。まぁ、まずは軽くつまめる物にするかな?


《手軽に美味しく!アボカドの梅わさび和え》

・アボカド:1個

・梅干し:3~4個

・わさび(チューブでも可):小さじ1/2

・小さじ1/2

・鰹節:適量


 さて、作っていこう。梅干しは種を取り、包丁で叩いて粗めのペーストにする。ペーストが出来たらボウルに入れ、わさび、醤油と合わせる。

 アボカドは皮を剥いて種を取り、賽の目にカット。作っておいた梅わさびタレと合わせて、盛り付けた時にお好みの量のおかかをかければ完成。おかかの代わりにきざみのりと大葉の千切りを乗せても美味いぞ。



「ハイよ、『アボカドの梅わさび和え』。さっきすりおろしたわさびを使ってるからかなり刺激的なハズだが……足りなけりゃ足してくれ」

「いただきます……!」

 親潮は心底嬉しそうに、アボカドを口に運ぶ。口に放り込めば広がるのは、梅の酸味とおかかの旨味と塩気、そしてわさびのツンとした辛味。そこにアボカドのねっとりとしたまろやかさが加わり、絶妙な塩梅の味わいで満たされる。また次を食べようとわさび酒で流し込んでやれば、口の中がリセットされてまた食べたくなる。クセになって止まらない……そんな感じの味だ。

『辛すぎて食べにくいと言われたら、クリームチーズを足してやるつもりだったが、杞憂だったか』

 アボカドとも山葵とも相性のいいクリームチーズ。このわさび和えに加えると、また一味も二味も変化が生まれて面白いぞ。




 さて、お次は……っと、そういやぁ今朝仕入れた鰆があったっけな。丁度いい、時期の物だしこいつで一品といこう。


《ピリリと辛い!鰆のわさび味噌焼き》※分量4人前

・鰆:4切れ

・酒粕:50g

・味噌(出来れば白味噌):50g

・みりん:大さじ3

・わさび:大さじ1

・長ねぎ:適量


 魚の味噌漬け焼きと言えば西京漬けが有名だが、それよりもわさびの風味で飯が進むぞ、こいつは。酒粕は手で小さくちぎっておき、みりんをかけてレンジで1分程加熱し、柔らかくしておく。そこに味噌とわさび、それとみじん切りにしたネギを合わせて、よく練っておく。

 鰆の表面をキッチンペーパー等で拭いて水気を取り、全体に味噌ダレを塗る。皮に多めに塗るとパリッと焼けて美味いぞ。180℃に余熱しておいたオーブンで10~15焼けば出来上がりだ。フライパンでも焼けるが、味噌が焦げやすく、鰆が生焼けなのに味噌が黒焦げ、なんて事にもなったりするのでフライパンで焼くときには気を付けよう。

「ほれ、お次は魚だ。『鰆のわさび味噌焼き』……鰆は今が旬だからな、脂のノリも良くて美味いぞ~?」

 パリッと焼けた皮と身を一緒に取り、口へ運ぶ。脂の乗った鰆の身に、ネギ味噌の風味とわさびの辛味が合わさる。

「提督、ご飯ください!」

「あいよ」

 こいつには酒でもいいが、何といっても白飯が合う。ピリリと辛い味噌の味が口に残っている間に、白飯をかっこむ。一緒に咀嚼してやれば、もう幸せいっぱいだ。

「ふぅ、美味しすぎて一気に食べちゃいました」

「そうか、気に入って貰えて何よりだ」

「……あの、不躾なおねがいなんですが」

「何だ?」

「次は、鶏肉の料理でお願いします!」

 要するに、リクエストである。にも関わらずくそ真面目なその口ぶりに何だかおかしくなってしまった。

「な、何で笑うんですか!?」

 くっくっと喉を鳴らして笑うと、親潮が顔を真っ赤にして抗議してきた。

「すまんすまん、何だかお堅い親潮が面白くってなぁ……笑っちまった分美味い物食わせてやっから、勘弁してくれ」

 さぁて、作るとしましょうか。 
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