二人の騎空士
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進行度 6/7
前書き
――俺を、忘れろ。
数分後。撃ち尽くして森からグランサイファーの近くへ戻ってきた時には既にグランはその場で待っていた。負傷者たちがもう倒れていないのは怪我がない人たちで艇に回収してくれたのだろう。唯一シルヴァだけが、私達が戦っていた森に近かったという理由からか回収されていなかった。
グランは撃ちきったのだろう銃を捨て、落ちている短剣を構えた。とことんやるってのね、上等。
その後、剣や弓、数多の武器を拾い戦った。互いに怪我は負うが致命傷はない。
一通りの武器で戦った後、グランはまた歪んだ笑みを浮かべた。マルドゥークの力はいつの間にか解けていたようだ。
「他の団員たちよりも強いじゃないか。また見捨てても大丈夫だな?」
見捨てたの? カレンの声が脳裏に浮かぶ。
「必要であれば、見捨てる」
「見捨てる覚悟もないのにか?」
「見捨てられる! グランもそうして見捨てた!」
今、私はなんて言った。
「そうか、そうか、そうか!」
大層楽しそうにグランは声高々に笑う。いや、笑うしか無いのだろう。彼は見捨てられたんだから。たった二人だけの団で、彼は、私のために見捨てられたんだから。
――グランが私を殺そうとする夢を見る。
「聞いたかお前ら! こいつはお前らを見捨てるぞ!」
彼はグランサイファーの方へ向けて声を張る。そちらへ視線を移せば、甲板から団員皆が私を見ていた。
「どうしたジータ、胸を張って言ってやれよ。私はお前らを見捨てられると」
言えるか。身寄りの無い人もいる。国から追われた人もいる。私を信じると言った人もいる。そんな人を、見捨てられるなんて言えるか。
「黙っているなよ言ってやれ、否言わなくても良いってのか? 俺はお前が団員を見捨てるということの生き証人だもんな!」
「煩い!」
「死人に口なし、殺せば幾らでも言い含められるぞ?」
剣に手を伸ばす。一度も抜かなかった私の剣。
「嘘は吐かない。私は団の為に行動する! 例えそれが死を与えるのだとしても!」
「なら、お前が団の為に死ね」
グランが自身の剣へと手を伸ばす。ここからが本番。他人の得物を使った演舞ではなく、自身の腕の一部となった業物での殺し合い。
どちらかで言えば、知という面では分は私にある。先の三分間、彼は彼が持つ剣で戦っていた。否、この場合一概に剣と論じるのは良くない。もう少し詳しく見るなら反りのある太刀、それも形状と仕立から見て野太刀であろう。刃長は目測だが四尺。これは他団員の武器との差や嘗ての彼の身長と比べているので大きく差はないだろう。違ったとしても一、二寸。刀身は酷く細く、見ているだけでは数太刀の内にたちまち折れてしまいそうだ。
対して、私の武器は反りのない諸刃の直剣。刃長は二尺三寸。切れ味は鋭いがやや細身。
一般に、互いに防具がない屋外での戦いは武器の長さで勝負がつきやすい。剣で槍を相手にする際、勝つにはその技量に三倍の差がなければ難しいという。つまり、刃渡り、という点では私は彼に劣っている。
では技量。これは一議に及ばず。彼のほうが遥かに優れる。理由は簡単、団員全員を相手にして、勝つなんて芸当は私は到底こなせないからだ。ただ単純なる剣技、槍技であればもしや彼を超えるやもしれぬ、そういう者は団員にもいるだろう。しかしながら、彼は如何な武器でも魔術でも扱う。それは私との戦闘の前にも、団員との戦いでそれを見せている。奪った武器、放った魔術はそれこそ数知れず。その全てを用い団員を倒したのだから技術という面で私の団に敵うものはいない。それは私を含めても。
さて、最後に。体力である。これは何も継続戦闘能力という面だけではない。精神力や集中力、という点でもだ。如何な武器を用い如何な技術を持とうが、気が抜けていれば三下にも負けよう。
その点、彼は劣っている。こればっかりは疑いようがない。莫大な魔力と超常的な技術を持とうが、名うての団員何十人もと乱闘したのだ。先の一対一での戦闘でもわかったが、序盤に比べて遥かに判断が遅れている。魔術の威力などもだ。攻めるとしたら、この場所。
グランが野太刀を上段に構える。非常に攻撃的な構えだ。上段に構えたグランはそれを振り下ろすだけで速度の乗った攻撃が行える。こちらよりも間合いが長いのだ。近づけば袈裟斬りにされよう。対す私は下段。これは相手の上段に合わせた構えであり、振り下ろしに対し振り上げで対応する。そして下段の長所は獲物の長さを相手に目測されにくい事にある。此度の戦で今初めて鞘から剣を抜いたのだ。相手は私の間合いを測りかねるだろう。
距離は五間。呼吸は浅く、直ぐ様動けるように体から無駄な力を抜く。下手に動けば後の先を取られるのは必須。然らば戦闘は膠着する。集中が切れたほうがその隙を突かれ、死ぬだろう。
隙を見せぬよう、互いにすり足。じりじりと近づく間合いは気づけば三間。グランに隙はない。小さい頃から一年前まで兄弟の様に育った私でさえ、彼の呼吸の合間は伺えない。背中を汗が伝う。私の呼吸は見抜かれているのだろうか。いや、そもそも必殺の間合いは相手の方が長い。それを下段を合わせるだけで崩せるか。
本当に極僅か。私以外の誰もが気づかないような程微かに、グランは笑った。――思考が泥沼に陥っていた事を自覚する。あのまま行けば、確実に集中を切らしグランに討たれていただろう。グランはそれさえも読み、そんなしょうもない結末は御免だとこちらに気づかせたのだ。
合わせて、私も微かに笑う。思えば、嘗ての稽古で互いが膠着した時、それを破るのは常に私だった。
下段の構えを緩やかに解き、正眼へ。肘から剣先までをグランの視線から見て直線に置くようにする。
グランが隙にならぬ程ではあるが、確かに感情を顔に出した。グランから見れば、切っ先から肘までは点としてしか認識出来ず、間合いが図りづらいだろう。そしてその分かりにくさは意図せずとも視線がそこに移動してしまう。
グランがすり足で距離を詰める。時は、今。
剣と足元に魔術を込める。グランはそれに秒を五等分した一つに満たぬ程の時間で反応し、間合いを詰め野太刀を振り下ろす。私はそれに、剣をあわせない。魔術を込めた足を我武者羅に行使して後ろへ跳ねる。グランの刀は私の前腕の中程を半分ほど斜めに切り込みを入れた。これで左腕は使い物にならない。しかし、僥倖。
グランは剣に集中しすぎ、足元に込めた魔術を見逃しのだろう、だから私を殺しきれないのに野太刀を振るった。
私の左腕を犠牲に得たのは僅かな時間と間合い、そして魔力を込めた剣一本。
そもそも考える余地はない。此方が劣っている部分が多い以上、勝る部分で勝負を挑むは道理。それは何も体力だけではない。私が持つ武器もそうだ。それは何も刃の長さだけが武器となるものではない。
……これは、私の奥義。然らば、必殺。
「ルミノックス」
グランと間が開いているにもかかわらず、右手で剣を頭上に掲げる。その瞬間、私とグランとの間に、緑色の球体が生まれ光り輝いていく。
この剣は世界樹の晶剣である。この武器に宿っているのはかのユグドラシルの真の姿であるユグドラシル・マグナの力だ。そしてルミノックスはそのユグドラシルの奥義の名。 そもそも、星晶獣とは兵器である。そしてその奥義となれば、簡単に言えば、人を殺し兵器を壊し戦況を変えるためのものである。故に、その力を借りるこの剣の力は絶大である。周りに味方がいれば容易に巻き込んで殺そう。無論、敵なんてものはこの光によって――
「――次元断」
緑輝が割れる。
「嗚呼」
間の抜けた声が自身の口から漏れた。それは異様な光景だった。莫大な魔力で錬られた緑光は、それが硬いものでもないのに割れたのだ。
硝子に罅が入るような音が鳴り響くと同時、周りの空気が罅割れた。罅は緑光の元から私の直ぐ横を抜けてゆく。あと一尺ずれていれば、私の右半身はこの空気と共に割れただろう。
緑光が、硝子を割ったような音を立てて砕ける。一瞬遅れて理解が及ぶ。グランが使ったのは割れないはずのものも割り砕く強大な魔術だ。ルミノックスが目の前にあるおかげで余波しか私の元へ届かなかったが、もし直接私へ行使されたのならば私の魔術では到底防ぎきれなかっただろう。
砕け散った緑光の破片の中、グランは私へ向かって駆け出した。驚きで声が出ない。割れたと言えどもあれは破片一つ一つが莫大な魔力を湛えている。受ければ無傷というわけにはいかない。
グランの吶喊は、見ていて痛ましかった。彼が短時間で貼った魔術的な防壁も予めかけてあったであろう加護も破片に当たるたびに弱まり、穴が空き、そしてその場所へ新たな破片が降り注ぐたびにグランの肉は弾けていく。敵味方関係なしに、制止の声を上げたくなる。
グランは足を緩めない。……分かっているのだろう。これが勝機と。彼の体力は既に殆ど無い。そして今の次元断。いつ倒れてもおかしくはないだろう。対して私は時間はかかるが腕の治癒も行える。グランの魔力が尽きれば距離を取りながらルミノックスをもう一度放つことさえできる。
右手で剣を構え、私も駆け出す。グランのなけなしの体力で放つ太刀を剣で往なす。グランはそれだけでもう握力も維持できないのか、野太刀を手放した。私も片手だけで満足には受け流しきれず、剣を離してしまう。私は間髪入れず、もう一歩踏み込むと右手でグランの顔面へ拳を叩き込んだ。
倒れ込むグランに馬乗りになり、背中に携えていた短剣を引き抜き振りかぶる。さあ、振り下ろそう。
グランが此方を見る。
振り下ろそう。これで、悪夢に悩まされることはなくなる。
グランがただ、私を見ている。
振り下ろそう。これで、私は彼と決別し、一人で団を率いていくんだ。
グランが、口を開いた。
「振り下ろせ。何を迷っている。殺せ!」
私は、グランを見つめた。
振り下ろせない。二人で、騎空士になるんだから。
涙が溢れる。手が震える。簡単な理屈だ。私は、ジータは、グランを殺せない。
「一年前と同じだろう!」
「違う……やっと気づいた。私がグランに殺される夢を見る理由が。私はずっと、グランが生きていると信じていたんだ」
だから、他の団員が彼の立場になった夢を見た時、一年前と違う気持ちになったんだ。
一陣の風が、私達を撫でる。終わったのだ。終わった。
「だとしても。お前は、俺がいない団を率いなければならない」
グランは私の目を見て言い放つ。何でそんなことを言うのだろうと呆気にとられた私の下で、グランは右手を伸ばす。その先には、ククルの拳銃。私が捨てたのとは別の方!
止めようとした右手をグランは左腕で押しとどめる。左腕を動かそうとして激痛を私が襲った。そして何もできないまま、グランは銃口を彼自身のこめかみに当てる。
「何で」
グランの引き金にかけた指に力が篭もる。
無表情を装ってはいるが私は分かる。彼は、グランは、笑っていた。
一発の銃声が辺りを包む。グランの血が跳ね私の顔を濡らした。
後書き
Q,どうした? 何を待ってる?
A,やれ 殺せ!
Q,元ネタは?
A,HFの「――君を、忘れる」のシーンのまんまですね。セリフはウォッチメンから。銃の下りはある動画から。
Q,武器は?
A,ジータは世界樹の晶剣・マグナ。グランはコロッサスブレード・マグナです。
Q,どっかで見たことがある殺陣じゃない?
A,正眼で惑わせてきたり、同じ流派同士で演舞じみた殺陣したりしたゲームが元ネタです。
Q,何で色んな武器を使えるの?
A,原作の職を変えればどんな武器でも扱える、という部分の理由付けというか解釈というか。けど全部の武器を元の持ち主より上手く使うってこれただの化物じゃないですかね……。
散々色んな方法で戦った後に結局はグーパンを顔面に叩き込む、っていう展開好きです。
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