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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第三十二話 イゼルローンにて(その2)

宇宙暦 794年 10月20日  イゼルローン要塞 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


目の前でギュンター・キスリングが倒れている。どういう事だ? こいつはオーディンで憲兵隊にいるはずだ。異動? まさかとは思うが志願した?
「大佐、その男をご存じなのですか?」

呆然としている俺にリンツが問いかけてきた。訝しげな表情をしている。慌てて周囲を見た、リンツだけじゃない、三人の捕虜も同じような表情だ。無理もない、反乱軍の大佐と捕虜が知り合い? 有りえん話だ。

「ええ、士官学校で同期生でした。私の親友です」
「そうですか……」
リンツが他の兵士と顔を見合わせ困ったような顔をしている。親友が捕虜、おまけに負傷している、怪我は決して軽傷じゃない。なかなかドラマチックな展開だ……。大丈夫、俺はまだ現状を冷静に把握している。

キスリングの体を確認した。気密服の左脇腹の下辺りに怪我をしている。撃たれた傷じゃない、刺された傷だ。手当はしてあるようだ。もっとも手当と言っても応急手当だ。自軍の負傷者の手当てだけで手一杯だっただろう、応急手当てをしてあるだけでもましな方だ。本格的な治療をしないと長くは持たない……。

「……あんた、今キスリング少佐の親友だって言ったよな、大佐。……ローゼンリッターじゃないのか?」
体格の良い男が俺を値踏みするような、探る様な目で見ている。他の二人も似たような目だ……。嫌な目だ、俺はさりげなくキスリングから離れ連中から距離を取った。

「彼は所属が憲兵隊だと聞いていましたが?」
「異動になったんだとさ。なんか上に睨まれたらしいぜ」
体格の良い男が面白くもなさそうな口調で答えた。上に睨まれた……。おそらくはカストロプ公に睨まれ、飛ばされたのだろう。

「アントン・フェルナーを知っていますか?」
三人が顔を見合わせ、訝しげな表情をした。どうやらフェルナーは此処には居ない、ブラウンシュバイク公の下に居るようだ。

フロトー中佐は俺の両親を殺すように命じたのはカストロプ公だと言った。そして俺をも殺せと言ったと。だが理由は言わなかった。何故俺の両親を殺したのか、未だに分からん。

ミュラーが言っていたがキスリングとフェルナーは俺の両親が殺された件を調べた、そして何かを掴んだ……。不愉快に思ったカストロプ公はそれを止めさせようとした。しかし彼はフェルナーには手を出せなかった、出せば帝国一の実力者であるブラウンシュバイク公を怒らせることになる。そこで立場の弱いキスリングが狙われた……、そういう事か。

フェルナーは当然だがキスリングを助けようとしたはずだ。ブラウンシュバイク公を動かそうとしたに違いない。だがキスリングを助けることは出来なかった。つまりブラウンシュバイク公でも助けることは出来なかったという事か……。

カストロプ公か……。彼については色々と思うところは有る、しかし何故俺の両親を殺した? 動機が分からん。どうせ何らかの利権が絡んでいるとは思うが……。

「あんた、エーリッヒ・ヴァレンシュタイン大佐か?」
いつの間にか思考の海に沈んでいたらしい。気が付くと体格の良い男が俺が絡むような口調で問いかけてきていた。

「……そうです」
俺が答えるのと同時だった。そいつが吠えるような声を上げていきなり飛びかかってきた。でかいクマが飛びかかってきたような感じだ。

しゃがみこんでそいつの足に荷電粒子銃の柄を思いっきり叩きつけた。悲鳴を上げて横倒しにそいつが倒れる。馬鹿が! 身体が華奢だから白兵戦技の成績は良くなかったが、嫌いじゃなかった。舐めるんじゃない。お前みたいに向う脛を払われて涙目になった奴は一人や二人じゃないんだ。

立ち上がって荷電粒子銃をそいつに突きつける。他の二名は既にローゼンリッターの見張りが荷電粒子銃を突きつけていた。
「ヴァレンシュタイン大佐! 大丈夫ですか!」
「大丈夫ですよ、リンツ少佐」

「貴様、一体どういうつもりだ! 死にたいのか!」
リンツが体格の良い男、クマ男を怒鳴りつけた。
「う、うるせえー。ヴァンフリートの虐殺者、血塗れのヴァレンシュタイン!俺の義理の兄貴はヴァンフリート4=2でお前に殺された。姉は自殺したぜ、この裏切り者が!」

クマ男の叫び声に部屋の人間が皆凍り付いた。姉が自殺? こいつもシスコンかよ、うんざりだな。思い込みが激しくて感情の制御が出来ないガキはうんざりだ。どうせ義兄が生きている時は目障りだとでも思っていたんだろう。

「ヴァンフリートの虐殺者、血塗れのヴァレンシュタインですか……。痛くも痒くも有りませんね」
俺はわざと声に笑みを含ませてクマ男に話しかけた。周囲の人間がギョッとした表情で俺を見ている。クマ男は蒼白だ。

「き、貴様」
「軍人なんです、人を殺して何ぼの仕事なんです。最高の褒め言葉ですね。ですが私を恨むのは筋違いです。恨むのならヴァンフリート4=2の指揮官を恨みなさい。部下の命を無駄に磨り潰した馬鹿な指揮官を」

その通り、戦場で勝敗を分けるのはどちらが良い手を打ったかじゃない。どちらがミスを多く犯したか、それを利用されたかだ。敵の有能を恨むより味方の無能を恨め。今の俺を見ろ、ウシガエル・ロボスの尻拭いをしている。馬鹿馬鹿しいにもほどが有るだろう。

「裏切り者は事実だろう!」
笑い声が聞こえた、俺だった。馬鹿みたいに笑っている。笑いを収めて蒼白になっているクマ男に答えた。
「私が裏切ったんじゃありません、帝国が私を裏切ったんです。恥じる事など一つも有りません」

呆然としているクマ男を放り出してリンツに近づいた。リンツは心配そうな表情で何処かオドオドしながら俺に話しかけてきた。
「大佐、あまり気にしないでください」
「大丈夫です、気にしていませんよ」

リンツが俺の顔を見ている。思わず苦笑が漏れた、俺はどうやら情緒不安定に見えるらしい。リンツが小声で話しかけてきた。
「先程の大佐の親友の方ですが……」
「……」
「あれは刺し傷でした。我々がやったものではありません」
「!」

キスリングは味方に刺された、そういう事か……。思わずリンツの顔を見詰めた。リンツは俺に答えるかのように無言で頷く。
「あの三人の中に犯人が居る可能性もあります」

思わず溜息が出た。敵と戦う……、だがその敵とは誰なのか。一体どれだけの人間が味方と思っていた人間に殺されたのか……。おそらくキスリングを殺そうとしたのはカストロプ公だろう。フェルナーに対する警告だ……。

部屋を出て仮の司令部に向かいながらリンツに話しかけた。
「シェーンコップ大佐は捕虜をどうするか言っていましたか?」
「いえ、何も言っていません。ですが逃げるのに精一杯ですからね、余程の大物でもなければ、多分放置していくことになるでしょう」

キスリングをどうするか……。此処に放置するのは危険だ、あの三人が殺す可能性もある。カストロプの意を受けているかもしれんし、俺に対する反感から殺す可能性もある。

捕虜として同盟に連れて行く? 気が進まんな、収容所生活は決して楽じゃないはずだ。捕虜交換だっていつあるか分からない……。亡命者として扱う……、無理だな、ハイネセンに戻ったら軍法会議だ。今無茶をすればキスリングだけじゃない、グリーンヒルの立場も危うくする。

残る手段は帝国側の信頼できる人物にキスリングを預けるか……。オフレッサー、リューネブルク、ラインハルト……。どいつもこいつも癖は有るだろうが信頼は出来るだろう、少なくとも部下を見殺しにする人間じゃない。問題はどうするかだな……。

死なせることは出来ない……。俺の所為でお前を死なせることは出来ない。キスリング、必ず助けてやる。



宇宙暦 794年 10月20日  イゼルローン要塞 ミハマ・サアヤ


ヴァレンシュタイン大佐がリンツ少佐と共に戻ってきました。大佐の表情は硬いです。そしてリンツ少佐が何処となく大佐を気遣うような表情をしています。
「何かわかりましたか?」

シェーンコップ大佐が問いかけるとヴァレンシュタイン大佐は頷きました。
「敵の指揮官ですが、オフレッサー上級大将、リューネブルク准将、それとミューゼル准将だそうです」

思わず横にいるバグダッシュ中佐と顔を見合わせました。中佐も表情を強張らせています。ラインハルト・フォン・ミューゼル准将……。大佐がヴァンフリートで何が何でも殺そうとした人物です。

大佐は天才だと言っていました。外れてくれればと思っていましたがやはり大佐の言った通りだったようです。こちらの作戦を見破って伏撃を仕掛けてきた……。大佐が自嘲交じりの口調で言葉を続けました。

「悪い予想が当たりました。やはりミューゼル准将がこちらの作戦を見破ったようです。唯一の気休めはミュッケンベルガー元帥は彼を無視している。そんなところですね」

シェーンコップ大佐が頷きながらヴァレンシュタイン大佐に問いかけた。
「出来るのですな、その男」
「出来ます……、こちらの状況はどうです」

シェーンコップ大佐がこちらに視線を向けました。釣られたようにヴァレンシュタイン大佐もこちらを見ます。バグダッシュ中佐が私を見ました。私は一つ頷いて大佐の問いに答えました。

「艦隊は負傷者、強襲揚陸艦の乗組員、そして第三混成旅団の約半数を収容しイゼルローン要塞を離れました。おそらく後三十分もすれば第二次撤収部隊がイゼルローンに到着します」

「問題は無い、そう見て良いのでしょうか?」
「問題は有る、敵がこちらの撤退に気付いた。攻撃が激しくなっている。艦隊が来ても撤退できるかどうか……」
苦渋に満ちたシェーンコップ大佐の声です。ヴァレンシュタイン大佐が顔を顰めました。

「此処から艦隊の到着場所までどんなに急いでも十分はかかる。艦に乗り込むまでにさらに十分、撤収作業には合計二十分はかかることになる」
「間違いありませんか?」
「間違いない、ミハマ大尉が撤収の所要時間をシャープ准将に確認した」

大したことではありません。シャープ准将と別れるときに撤収作業の時間を計って欲しいと頼んだだけです。第一次撤収作業は負傷者の搬送も含んでいます。おそらく第二次撤収作業は時間を短縮できるでしょう。それでもせいぜい二、三分です。やはり撤収作業には二十分かかると見た方がよいでしょう。

「大部分の兵を後退させ、少数の兵で時間を稼ぐ。タイミングを見計らって撤退し途中に仕掛けた爆弾で時間を稼ぐ……。今爆弾を仕掛けさせている。後十分もすれば終わるだろう」

シェーンコップ大佐の声は苦渋に満ちています。おそらく時間を稼いだ少数の兵が戻れる可能性はほとんどないと見ているのでしょう。

「私は最後まで残りますよ」
「ヴァレンシュタイン大佐!」
「シェーンコップ大佐は最後まで残るのでしょう。であれば私も残ります」
シェーンコップ大佐が一瞬口籠りました。

「……ヴァレンシュタイン大佐、貴官は戻ってくれ。貴官が戻っても誰も総司令部が、貴官が我々を見殺しにしたとは言わん。だから戻ってくれ」
何処か懇願するような響きのある口調でした。

「そうじゃ有りません。もしかすると味方の損害をもっと少なくできるかもしれないんです。だから此処に残ります」
ヴァレンシュタイン大佐は穏やかな笑みを浮かべていました。



宇宙暦 794年 10月20日  イゼルローン要塞 バグダッシュ


第二次撤収部隊がイゼルローン要塞に接岸した。シェーンコップ大佐は大部分の兵に後退命令を出し、自ら時間稼ぎをするために前線に出ようとしている。ヴァレンシュタイン大佐はリンツ少佐に捕虜を連れてくるようにと言うとシェーンコップ大佐の後を追った。

時間稼ぎをする場所は通路がコの字に曲がっている場所だった。百メートルほどの距離をおいて帝国軍と同盟軍が銃だけを突出し敵を牽制している。なるほど、此処なら敵を防げる。

しかし此処を撤退すれば、後は時間稼ぎを出来る場所はほとんどない。一気に帝国軍は攻撃をかけてくるだろう。後十五分程度は此処で時間稼ぎをする必要が有る。

「デア・デッケン、状況はどうだ?」
シェーンコップ大佐が話しかけたのは大柄な男だった。背はシェーンコップ大佐とほぼ同じか、だが厚みははるかに有る。

「向こうは戦意旺盛ですよ、大佐。何度かこちらへ突入しようとしました。まあ、撃退しましたが」
「当たり前だ、ここなら何時間でも連中に付き合えるさ」

リンツ少佐が捕虜を連れてきた。三人、いや四人だ。但し一人は背負われている。意識が無いようだ。
「ヴァレンシュタイン大佐、連れてきました」
「有難う、リンツ少佐」

「ヴァレンシュタイン大佐、彼らをどうするつもりです」
シェーンコップ大佐の問いかけにヴァレンシュタイン大佐は穏やかに笑みを浮かべた。
「彼らを帝国軍に返します。同盟に連れて行くような余裕はないですし捕虜を殺すのは気が引けますからね。此処で返します、それで時間を稼ぐ」

皆が訝しげな表情をした。捕虜の返還などそれほど時間稼ぎにはならない。だが大佐は少しも気にしなかった。
「後五分ほどしたら帝国軍に伝えてもらえますか、捕虜を返すから撃つなと」
シェーンコップ大佐がデア・デッケン大尉を見て頷いた。

五分後、デア・デッケン大尉が大声で捕虜を返すから撃つなと声を出した。
「さてと、卿らは一人ずつゆっくりと通路に出るんです。慌てて動くと敵と思われて撃たれますよ、良いですか?」
ヴァレンシュタイン大佐の言葉に三人が頷いた。そして大柄な男が問いかけてきた。

「キスリング少佐はどうする」
「卿らは向こうに着いたらこう言って下さい。もう一人動けない男が居る、その男は同盟の軍人が運んでくると。さあ行きなさい」

ヴァレンシュタイン大佐の言葉に三人が一人ずつゆっくりと通路に出る。緊張の一瞬だ、撃たれるのは帝国人だと分かっていても緊張する。幸い帝国軍は発砲しなかった。だがこれで稼げるのはせいぜい二分だ。しかし、キスリング? 何か引っかかるが……。

いや、問題は捕虜の返還だ。もっと後の方が良かったのではないだろうか、時間ぎりぎりに返す。連中はゆっくりと戻るはずだ、その隙に撤収する……。もう一人はこの場で置き去りにする。そこでも時間を稼げるだろう。そして最後は爆弾で敵の追い足を防ぐ……。

「シェーンコップ大佐、兵を撤退させてください」
「しかし、まだ時間が足りない。後五分は此処で防がないと……」
「後は彼を運ぶ事で時間を稼ぎます」
そう言うとヴァレンシュタイン大佐はキスリング少佐を見た。

「本当に運ぶのですか、運ぶと言って時間を稼ぐのではなく」
「運びますよ」
俺の問いかけにヴァレンシュタイン大佐が答えた。何気ない口調だ、隣家にお土産を持っていく、そんな感じだった。

「でも誰が運ぶんです」
ミハマ大尉が厳しい表情で尋ねた。おそらくは戻ってこれない、殺されるだろう。相手がこちらの意気を感じて戻してくれるという事も有り得るがあまり期待は出来ない。

「私が運びます。ギュンター・キスリングは私の親友ですからね」
「!」
キスリングとはあのキスリングか! 憲兵隊の彼が何故此処に……。驚く俺にミハマ大尉の呟く声が聞こえた。
「ギュンター……」





 
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