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提督はBarにいる。

作者:ごません
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長芋でスタミナを・その1

「はふぅ……」

 疲れきった溜め息を吐きながら、カウンターに突っ伏している女が一人。

「どうした?珍しく疲れきってるな」

「だって……み~んな私の言う事聞いてくれないんですよ?遠征の旗艦は私なのにっ!」

 むぅ、と顔を膨れっ面にしながら冷や酒を煽る。ブハーッと酒臭い息を吐き出しつつ、グラスをズイッと前に突き出して来る。

「おかわりっ!」

「いい加減にしとけよ阿武隈。そりゃあ明日はお前非番かも知れんが……」

 そう、俺の目の前で管を蒔いていたのは阿武隈。第ニ改装が実装されて改ニとなった彼女は、半ば便利屋と化していた。大発も積めれば甲標的も積める。対潜装備もしっかりしたのを積めば先制雷撃と先制爆雷を同時にやってのける等々、色々な場面で仕事がこなせる娘に『化けた』のだ。その甲斐もあって錬度もメキメキと上がり、戦艦や空母の活躍が多い我が鎮守府では数少ない軽巡のケッコンカッコカリを果たしたのが半年位前か。

「む~、旦那様ならもう少し奥さんを労ってくれてもいいと思うんですけどっ?提督」

 ダメだこりゃ、完全に酔って目が据わっちまってら。大概の酔っ払いはこうなるとテコでも動かない。

「はぁ、仕方ねぇなぁ。じゃあお疲れモードらしい嫁さんにうってつけの物を食わしてやるか」

 大袈裟にそう言いながら、今朝方届いた大きな荷物をカウンターの上にドン!と乗せる。おが屑にまみれて姿を現したそれは……

「な、長芋?」

「そうだ、青森の知り合いが送って寄越してな。今の時期の長芋は“春掘り”だから美味いぞ~?」

 長芋の本来の旬は11~1月の晩秋から冬にかけての時期。しかしわざと土の中に残して更に成長と熟成を促し、雪融けの4月、5月に掘り出す獲り方もある。それが春掘りだ。春掘りの長芋は秋掘りの物に比べると瑞々しさでは劣るものの、その分旨味や栄養価が凝縮した濃厚な味になる。寧ろ春掘りの方が美味い、なんて言うグルメもいる位だ。

「今日はこいつで長芋尽くしといこうじゃねぇか」




 長芋と来たらまずはやっぱり、『とろろ』だろうな。濃い目の出汁で溶いたとろろを熱々の飯にかけて……ん~堪らん。俺も食いたくなって来たし、とっとと作ろう。

《お好きな山芋で!麦とろご飯》※分量2人前

・山芋:250g

・かつお出汁:100ml

・醤油(出来れば薄口):大さじ2

・味醂:大さじ1

・米:1.5合

・押し麦:0.5合

・青のり:適量



 さて、長芋を擦る前に麦飯を炊く準備をしておこう。とろろに合わせるなら白飯でもいいが、やっぱり麦飯の方が美味いからな。米を研いで一旦ザルにあけて水を切り、炊飯器に入れて米の分量通りの水を入れる。麦飯を炊く時の比率は、大体米3か4に対して押し麦を1。水の量は押し麦の袋に大概書いてあるのでそれを参考にしてくれ。……まぁ、大体1割増し位だと思っておけばいい。今回は合計で2合炊くので炊飯器の2合分の目盛まで水を入れ、そこに大さじ3位水を足した。後は普通に炊き上げるだけ。これで麦飯の方はOKだ。

 さぁ、メインのとろろに移るぞ。山芋は皮に付いた土汚れを洗い流して皮を剥く。この時、すり下ろしやすいように少しだけ皮を残すと良いだろう。それでも手が痒くなるという人は一度凍らせるか、皮を剥いてからサッと酢水に浸けてやるといいぞ。皮を剥いても黒ずんだ所があったら包丁で削り落とせば準備完了だ。

 さぁ山芋を擦っていくぞ。山芋を擦る時のコツは、おろし金を使って円を描くようにすりおろす事。こうするととろろに空気が含まれてフワフワの口当たりになる。もしもすり鉢があるなら、おろしたとろろをすり鉢に移して、すりこぎで更に擦ってやると滑らかに更にフワフワになるぞ。

 山芋をすりおろしたらお次は味付けだ。だし汁、醤油、味醂を合わせて合わせ調味料を作り、数回に分けてとろろに加えていく。調味料を加えたらその都度擦ってやるといい。すり鉢が無い場合も入れたら混ぜて、それからまた調味料を加えるようにな。調味料が全部入ったらもう一度全体を大きくかき混ぜてとろろは完成。後は炊き上がった麦飯の上にとろろをかけて、青のりを散らしたら出来上がりだ。



「ハイよ、『麦とろご飯』だ。味は付いてるから、もうそのまま食べられるぞ」

「いっただっきま~す!」

 匙を受け取った阿武隈は、麦飯ととろろをグチャグチャにかき混ぜてズルズルとかっこんでいく。その顔は先程までのどんよりとした雰囲気は微塵も見えず、ぽわぽわと綻んでいる。

「んっ!とっても美味しいです!」

「そうか、良かった良かった」

 んじゃ、俺も自分の分の麦とろを……と。麦飯を盛って、とろろをかけて、青のりを散らしたらその上から温泉卵を投下。

「あっ!ズルい、温玉ズルい!」

「うるせぇ、食べる前に温玉も注文すりゃあ良かったじゃねぇか」

 むうぅ~……と唸る阿武隈。顔が真っ赤になってきていて、今にも破裂しそうな感じだ。からかうのはこれくらいにしとこう。

「まだ丼に麦とろ残ってんだろ?ほれ、温玉足してやるから寄越しな」

「はいっ、私的にはとってもオッケーですぅ!」

 チョロい。




「しかし、やっぱり久々に食うと美味いなぁ麦とろ」

 麦とろというか、とろろご飯全般に言える事だがシンプルな料理故に色々と足して味も変えやすい。ワサビやゆず胡椒、刻みネギ等の薬味を足すも良し、さっきの俺達みたいに生卵や温玉を足してまろやかにするもよし、明太子やなめたけ、梅肉を加えて大きく味を変えるもよし……一品で色々な味を楽しめる。

「うん、なんだか私みたい……」

 あれま、またブルーになってやんの。

「とろろのどの辺が阿武隈っぽいって?粘着質なトコか?」

「ちっ、違いますよぅ!そもそも私、粘着質じゃありませんっ!」

「……そうか?」

 前髪の事とか北上の事とか、言う事聞かない駆逐艦の事とか……ウジウジ悩んで粘ついて、ザ・粘着質って感じだったが。

「そうじゃなくて、とろろは一品で色々な味になるでしょ?だから色々やらされてる私みたいだなって」

「いや、そりゃお前が出来ると俺が判断したからお前に任せてるんだぞ?」

 俺だって今はこんな事やってるが、それなりに実績を積んできた提督だ。出来ないと判断すれば仕事は割り振らないし、今は満足に出来ていなくてもいずれは出来るようになるだろうと将来性を見込んで仕事を任せたりしている。

「私が改ニになってから、いっぱい頼られるようになったでしょ?だから、もしかして器用貧乏みたいに思われてるのかなって……」

 グスン、グスンと鼻を鳴らし始めた阿武隈。

「アホだねぇお前も」

「え?」

「あのなぁ、便利屋?器用貧乏?結構じゃねぇか。プロデ野球なんかにも便利屋って呼ばれるピッチャーもいるが、それは先発・中継ぎ・抑え……どこを任せても安心感がある、そういう奴じゃないと便利屋なんて任せらねぇんだぞ?」

 つまりは器用貧乏とは『何でも一定以上にやれる』という事で、それだけの実力を期待されているという事だ。

「まぁ、お前がしんどいって言うならその辺の配置は考えるけどよ?どうする、阿武隈」

「……そっか、提督は私に期待してくれてたんだ。だったらもう少し、もう少しだけ頑張ってみようかな?」

「そうか、それならもっと山芋食べてスタミナ付けないとな!」

「うん!だから提督、山芋料理のお代わりお願いしま~すっ!」

 さて、嫁さんからのリクエストだ。応えない訳にゃあいくめぇよ。

 
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