| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

K's-戦姫に添う3人の戦士-

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

1期/ケイ編
  K18 Moon Drop

 暮れなずむ夕日を背にして響が歩いてくる。その肩にフィーネの腕を回して支えながら。

(はっきり言って予想外。あの爆発に飛び込んでまで助け出そうとするんだから)

 ケイとて櫻井了子には世話になった身だから、了子が無事であればいいと願った。だが、完全にフィーネとなった了子は手遅れだとも思っていた。だから、フィーネを助けるという行動に踏み切った響が、眩しい。

「もう終わりにしましょう、了子さん」
「……ワタシはフィーネだ」
「でも、了子さんは了子さんですから。きっとわたしたち、分かり合えます」

 響はフィーネを適当な岩に座らせ、邪気のない笑顔を浮かべた。

「……ノイズを作り出したのは先史文明期の人間」

 フィーネは立ち上がり、こちらに背を向けて歩いていく。

「統一言語を失った我々は手を繋ぐことよりも相手を殺すことを求めた。そんな人間が分かり合えるものか。だから、ワタシはこの道しか選べなかったのだ!」

 ――もしかすると、フィーネは最初、響の言うように人類同士で分かり合おうとその術を模索したのかもしれない。言葉を失くしても心を繋ごうと奔走したのかもしれない。それでも叶わなかったから、今の「痛みだけが心を繋ぐ」という悲しい宗旨があるのかもしれない。

 そんな、益体もない想像を、ケイはした。

「人が言葉よりも強く繋がれること、分からないわたしたちじゃありません」

 だから、響のまっすぐな言葉が、フィーネの心を少しでも照らしてくれればいいと、願ってしまった。

 フィーネが勢いよくふり返って、ネフシュタンの楔を放った。
 しかし、響は楔を避け、一息でフィーネの間合いに入り込み、拳を――フィーネの胸の前で寸止めした。驚く理由が浮かばないほど、清々しい立花響「らしさ」だった。

「ワタシの勝ちだ!!」

 ケイは、はっとして楔が伸びた先を顧みた。
 楔は天高く。それこそ月に届かんばかりに伸びて――

「月の欠片を落とす!! ワタシの悲願を邪魔するものは、ここでまとめて叩いて砕く! この身がここで果てようと、魂までは絶えやしないのだからなァ。聖遺物の発するアウフヴァッヘン波形がある限り、ワタシは何度だって世界に蘇る。どこかの場所、いつかの時代! 今度こそ世界を束ねるためにッ! ワタシは永遠の刹那に存在し続ける巫女、“フィーネ”なのだッ!」

 フィーネの哄笑に合わせて絶望感が押し寄せてくる。欠片だとしても、天体。巨大隕石だ。カ・ディンギルもない今、墜落を防ぐ手立てがケイたちには、ない。未来たちを守ってやれる力が、ケイには、もう、ないのだ。

 ―― 一陣の風が吹いた。

「うん。そうですよね」

 フィーネと向き合う響の表情は、響が背中をこちらに向けているから見えない。

「どこかの場所、いつかの時代。蘇るたびに、わたしの代わりにみんなに伝えてください。世界を一つにするのに力なんて必要ないってこと。言葉を越えてわたしたちは一つになれるってこと。わたしたちは未来にきっと手を繋げられるということ。わたしには伝えられないから。了子さんにしか、できないから」
「お前、まさか――」

 ここまで聞いて察せないほどケイは馬鹿ではない。

 立花響は、落下する月の欠片に挑む気でいる――――命と引き換えに。

「ほんとにもう――放っておけない子なんだから」

 とても穏やかな呆れ方は、ケイがよく知る櫻井了子のものだ。
 そうだった。どちらが本物で偽者という次元ではない。了子はフィーネだが、フィーネとて「櫻井了子」だった。

 翼が口を堅く引き結び、クリスは憚りなく涙を流している。そんな少女たちの、頭に、ケイは無言でそっと両手を置いた。

「胸の歌を、信じなさい」

 それを遺言に。
 痛みだけを信じた孤高の巫女は、砂と化して、優しい風に吹かれて――逝った。







 藤尭が小型の装置で、月の欠片の落下軌道を計算した。計算結果は――

「直撃は、避けられません――」

 まあ、そうだろうな。――ケイの胸に浮かんだ感慨はその程度。感慨、いや、諦念と表現すべきか。

 誰もが落ちる月の欠片を見上げる中、響が一人、進み出た。

「響……」
「何とかする。ちょーっと行ってくるから。生きるのを、諦めないで」

 そして、響がそう申し出て空へ飛び立った時も、ケイは小さな悔しさと深い諦念を抱くしかなかった。

 翼とクリスが顔を見合わせている。彼女たちも、また、やはり。

「小日向」

 翼がケイをふり返った。呼びかけだけでも伝わった。問われている。征くか、征かないか。

「俺のギア、空は飛べないみたいなんだ。――だから、すまん」
「ならば仕方ない。私と雪音で行こう」

 翼はクリスを見やる。クリスは苦笑して肯いた。

「つーわけだから、あたしらが帰るまで、あの子とそっちのことは頼んだぞ」

 クリスに胸を軽く小突かれた。

 ふり返れば、まだ涙を流している未来がいる。未来の友達がいる。弦十郎も藤尭も友里も緒川もいる。

「分かった。バシッと引き受けさせてもらう」

 だから必ず帰って来い――と、繋げることはできなかった。







 ――空に絶唱。歌に極光。

 3人の少女をむざむざ送り出したケイの、背中に、どんっ、と誰かがぶつかるように縋りついた。

「未来……」

 未来が、ケイの背中に縋って、泣いている。
 どんな慰めも、かけることができない。

 胸が張り裂けそうな想いで、ただケイは戦姫たちの末期の歌に、心に、耳を澄ました。

 ――確信がある。世界は今日で終わったりしない。明日になればまた太陽が昇り、壊れた街は時間をかけて回り始める。
 彼女たちに託された「明日(みらい)」を生かすのが、残った小日向ケイの責任だ。


 ――夜に閃光。そして、砕け散った星が幾百条と流れて落ちる。

 ケイは、泣き出した未来を抱き寄せて、散華の光にこそ、誓いを立てた。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧