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なにも、いらない。

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なにも、いらない。







«欲しい物は何ですか?»



TVから聞こえたその声に、食器を片付ける手を止めふっと視線を向ける。


街の街頭インタビューで、道行く人に今一番欲しい物を聞く企画の様だ。


ある男の人は、スーツ。
ある女の人は、洋服やアクセサリー。
ある主婦は家電、ある学生は最新音楽機器、様々だ。



「一番欲しい物…か」



これは、物欲というのだろうか。…それとも。






なにも、いらない。









僕はTVから視線を戻し食器の片付けを再開した。



「…………」



食器を水で濯ぐ音が響く部屋に1人。
僕には帰りを待つ人がいる。


大学生になり、4月から同棲を始めた僕の恋人は、今高校生からしているバイトを続けている。
帰りが遅いのはそれが理由。


時刻は20時、そろそろメールが来る頃か。


---~♪♪


ほら、きた。



[終わった。今から帰る]



メールを確認すると、そんな味も素っ気もない文章が一つ。
だが、いつもの事だ。


了解、と返事をしてキッチンに戻った。



「…さて、温め直すか」



【僕が一番欲しい物は何だろうか】



さっきのTVに影響されてか、晩御飯を温め直す最中そんな思想が頭を過った。


「…欲しい物、欲しい物…」



…最近洗濯機の調子が悪いな、そろそろ買い換え時か。
……電子レンジも古くなってきたし、欲しいといえば欲しいな。
………あ、そういえば洗剤と柔軟剤そろそろ買わなきゃなくなってしまうな。


欲しい物、と問われれば今必要な物が浮かんでくる。


……けれど、一番に欲しい物、と聞かれたら少し考えてしまう。


必要な物、とはまた別の【欲しい物】。



「………一番欲しい物、か…」


別に考える必要はないけど、なんとなく頭を悩ませ考える。


………思い付かない。


思い付かないというか、一番に欲しいって思える物がない様な気がする。


…こういうのを物欲がないというのか。



「…………」



これは、物欲というのだろうか。


…それとも、欲求というのだろうか。



「…一番に、欲しい物…」



【一番に欲しい物】はない。


けれど、


【一番に欲しいモノ】


は、ある。



これは、【物欲】ではなく【欲求】だ。



片想いだった時期も、付き合ってる時期も、欲しくて欲しくて堪らなかった。


けれど、手に入れられないものだと思ってた。



片想いだった時期も、付き合ってる時期も、何処か諦めていた。


一生叶わないんだって、そう思い過ごしていた。



「…………」



〝今は、欲求が叶えられているのか〟


〝今の僕は、本当に…〟



「ただいまぁ~」



僕の巡っていた思想は、ドアの音とその声によって現実に引き戻された。



「?どうしたんだよ、ボーッとして」

「い、いや、何でもないよ。おかえり、黒崎」

「ひぇ〜疲れたぜー。ほんっと相変わらずコキ使うんだからよォ店長の奴」

「君を雇ってるんだから当たり前だろ。今ご飯の用意するよ」

「おう、サンキュー」

「…あ、ただいまのちゅーは?」

「さっさと着替えてこい直ぐにだ」

「チッ、石田のケチヤロウ」



ぶつくさ言いながら寝室に入って行くのは、僕の待ち人、同棲してる恋人の黒崎。


高2の時から数えて約一年8ヵ月。
同棲して丁度2ヶ月が経とうとしていた。


同棲しようと言い出したのも黒崎からの提案だった。

色々ありはしたが、何とかうちにも黒崎の家にも了解を得て今に至る。



「今日の飯何?」

「シチューとポテトサラダ」

「おーうまそう、いただきます!」

「…こら、もう少し行儀良く食べなよ」



よほどお腹が空いていたのかがっつく様にご飯を頬張る黒崎に注意を促しつつ、その様子を見る僕。



…本当に子供みたいな奴だな。
……いや、犬か。



「?何だよ、じっと見つめて」

「別に何も」

「ははーん、さてはさっきのただいまのキスをして欲しかっ「片付かないからさっさと食え」…うぃーす」



«欲しい物は何ですか?»



「…………」



ーーー僕の一番欲しいモノは。



「……黒崎」

「んぁ?」

「…ご飯粒ついてる、口のとこ」





* * *



「……黒崎、」

「ん?」

「君が今、一番欲しい物って何だい?」

「一番欲しいものぉ?」



風呂上りにソファーでTVを見ながら寛ぐ黒崎に、さっきのTVの内容と同じ質問をしてみた。


黒崎は欲しい物かぁ~…と呟きながら口に手をあてて考えてる。



「…あ、そういや最近電子レンジの調子悪くね?そろそろ買い直すか?」

「まだ使えるからいいよ。そうじゃなくて」

「そういやお前洗濯機の調子も悪りぃっつってたな。来月多めにバイト代ありそうだから買い直せると思うぜ」

「それは僕が欲しいって言っていた物だろう。君は質問の意味を理解出来ていないのかい」

「だってよぉ、思い付かね…あ、あったあった、コンドームとローションそろそろなくなりそうだから欲しいな」

「貴様の頭はそれしかないのか馬鹿」

「あ、後試してみてえから
バイb「死ね変態」



一応真面目に質問したつもりが、出てくるのは真面目から程遠い返答ばかりで拍子抜けしてしまう。



「あのな、そういう事を聞いてるんじゃない」

「?どう違うんだよ、欲しい物だろ?」

「必要な物を聞いてない、欲しい物を聞いてるんだ」

「だからコンドーm「いい加減そこから離れろ馬鹿黒崎!!」だったら何なんだよ!質問の意図がわかんねえよ!!」

「だからだ、一番欲しい物を聞いてるんだよ!今必要な物じゃなくて一番欲しい物、だ!」

「お前何ムキになってんだよ!必要な物も欲しい物も一緒だろうが!」

「一緒じゃないよ!そうじゃなくて…あぁもう何で理解出来ないかなぁ!」

「何でキレてんだ意味わかんねぇっ!!」

「…だから、一番欲しい物、だよ。お金で買えない様な、願っても手に入れられない様な、そういう欲求の話をしてるんだ僕は」



黒崎の理解力の乏しさを再確認しつつ肩を落としつつ、もう一度冷静に質問をし直した。


すると、キョトンとした顔をした後眉間に皺を寄せて唸り出す黒崎。


これは考えているのか、はたまたまだ意味を理解出来ていないのか。



「…金じゃ買えない、願っても手に入れられない一番欲しい物ぉ…?」



どうやら意味はわかってもらえた様だ。
うーん、と唸る様な声を出して考えている様だ。


…僕も、何をムキになってこんな事を答えさせ様としてるんだか。



「…あ、…いや~…でもなぁ…」



こんな事聞いたって、何も…。



「…あー、あった」

「…何?」



真剣な表情の黒崎に、固唾を飲んで返答を待つ。



「お前の、」

「…僕、の…?」

「お前の…」



返答に、一気に胸が高鳴っていく。



「お前の、セーラー服姿」



……あぁ、そうだよその通りだよ。


セーラー服なんか着てたまるか。



「それだけはなぁ~、お前絶対着てくんねえしさぁ~…願っても手に入れられないものっつったらそれしか思い付かねえな」



あぁそうだよすまなかった!
聞いた僕が馬鹿だったよっっ!!



「…変態」

「変態上等だボケ」

「もういいよ、聞いた僕が馬鹿だった」

「ていうか何で肩落としてんだよ意味わかんねぇ」

「…煩いな、僕はもう寝るよおやすみ」

「おいおい何だよ!お前が質問したから答えただけだろうが!!何だよその期待外れです的な態度は!!」

「いや気にするな、君の馬鹿さ加減を甘く見ていた僕が浅はかだったのさ」

「何勝手に期待して何勝手に落胆してんだオメーは!!」

「別に期待なんかしてないさ、おやすみ」

「おいおいなんか真面目に答えた俺が馬鹿みてえだろうが勝手に自己完結させんなっ!」

「馬鹿みたいじゃなくて馬鹿なんだよ君は」

「だってお前はもう手に入れちまってるし他に願っても手に入れられねえもんとかもうねえんだよ!だからお前のセーラー服姿って言っただけだろ!」

「……は?」

「?何だよ」

「…今君、何て言った?」

「…?お前のセーラー服姿「その前」…お前はもう手に入れちまってるし、願っても手に入れられねえもんはねえって」



…この男は、サラッと爆弾落とし過ぎだ。



「ぼ、僕がいつ君のものになったんだ!!」

「は?!付き合ってんだろ俺達!!恋人になった時点で俺のもんだよオメーは!!」

「ふ、ふざけるな!君のものになった覚えなんかない!」

「じゃあお前誰のものなんだよ言ってみろよ!」

「僕は僕自身の物に決まっ「違えよ俺のもんだ!」食い気味に否定するな!!」



〝だってお前はもう手に入れちまってるし他に願っても手に入れられないもんとかねえんだよ!〟



「じゃあお前あれか?sexの時も俺のもんじゃねえって言いてえのかよ?sexん時あんなに俺にしがみついてもっともっとってよがるじゃねえか!!」

「そ、そんな事言ってない!!///」

「いーや!言ってるぜ!!お、しがみついてよがってる事は認めやがったな?!」

「認めてない!!!」



嬉しい、だなんて思う。


黒崎にとって僕は【願っても手に入れられないもの】というカテゴリーに入っているという事。
そして、【願って手に入れた】と言い切った事。


一番の欲求の対象になっている、その事実。



「はぁ、はぁ、はぁ、、もう、、やめないか…疲れてきた…」

「はぁ、はぁ、、だったら、認めるんだよな?お前が俺のもんっつーのを…」

「…はぁ、もういいよ、わかった…仕方ないから認めてやってもいい…」

「…わかりゃいいんだよわかりゃ…」



疲れる様な言い争いの末、僕が仕方なく引いてやると満足した様にソファーに座り、僕もその隣に腰を掛けた。



「…あっ」

「…なに」

「…あった、もう一個」

「…何が」

「…一番欲しいもん」

「…なに」



その答えに、僕は驚かざるを得なかった。



「お前の人生」

「…え?」

「〝石田雨竜の人生〟」

「…僕の人、生?」

「お前の未来、欲しくても手に入んねえかもって思ってたけど、今こうして一緒に暮らしてよ……お前のこの先の未来も、お前の人生も俺は手に入れた、って思ってんだ」

「………」

「だから、多分俺に一番欲しいもんってのはもうできねえと思う。だってよ、」



黒崎が向かい合わせになり、コツン、と額をぶつけて、



「お前とこの先死ぬまで、一緒にいるんだからよ。手に入れたも同然だろ?」



そう言って、いたずらに笑った。



「……横暴も甚だしいな」

「うっせえよ」

「…馬鹿黒崎」

「何とでも言えアホ石田」



僕の頬に黒崎の手が掛かり、ゆっくりと口付けた。


数秒し離すと、ぎゅっと抱き締めあった。



「…好きだぜ、石田」

「…知ってる」

「…ずっと一緒だからな」

「………うん」



〝僕の一番欲しいモノ〟


〝黒崎一護の人生〟



もしかしたら僕はもう既に、手に入れているのかもしれない。



「…黒崎」

「ん?」

「…何でもない」



君が僕の傍に居るのなら



「…どうした、今日は甘えたか?」

「...煩いよ、ばか」



僕は、なにもいらない。



君さえいれば、それで。



END


















 
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