| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

ターン70 鉄砲水と封印の神

 
前書き
前回のあらすじ:(ここに城之内死すを前回のエドに改変したのを書こうかと思ってたけど今現在投稿時間が割とギリギリなのでそんな暇なかった) 

 
「……アモン!アモン・ガラム!」

 一日中エクゾディアを追いかけまわし、アモンに声をかけることができたのはなんと日が西の空に沈もうとする黄昏時だった。カイザーたちと別れたのが早朝だったことを考えるとひどいタイムロスだが、仕方がない。下手にエクゾディアが実体化しているときに勝負を挑んでも踏みつぶされるのが落ちだろうから、アモンがエクゾディアをカードに戻すわずかな隙ができるまで付かず離れずの距離を気づかれないように進むしかなかったのだ。
 でも不思議と、その時間を辛いとは思わなかった。アモンだって人間だから必ずどこかで下に降りる時が来るのはわかっていたし、こんな耐久レースごときで音を上げていたらそれこそケルト達に天国だか地獄だかで笑われてしまう。それにそのおかげで、道中見つけた湧き水から水妖式デュエルディスクに水を入れ直すこともできた。
 一度眠りにつくつもりだったのか、適当な木にもたれかかって座るアモン。僕の声に反応して閉じていた眼を開き、ゆっくりと立ち上がった。

「……驚いたな。まだ何か用か?エドの仇でも討ちに来たか?」
「覇王は僕の手で倒した。この世界にもう王はいらない、だから今度はアモン、お前の番だよ」

 オブライエンの存在はあえて伏せておく。どうせ黙っとけばばれることはないだろうし、それだけのことで必要以上にこっちを警戒してくれるならこちらとしてもその方がやりやすい。
 そのことを知っているのは僕らを除くとグラファぐらいだろうが、あの老獪な悪魔のことだ。おおかた自分の息がかかった人間が覇王の支配に終止符を打った程度の大まかなことしか表には出さず、なんとなく美談っぽく纏め上げて流布していることだろう。グラファ側にもオブライエンの存在を表に出すメリットがない以上、わざわざ登場人物を増やす必要はないはずだ。

「なるほどな。それで、わざわざ止めに来たという事か?まったくご苦労なことだ。エクゾディアの力を手に入れるため、僕がどれだけの犠牲を払ったのかは君も見ていただろう?それでもなお、今更僕を止められるとでも思ったのか?僕はこの世界の王となる。それが、彼女にできる最大限の手向けだよ」
「……へぇ。だったらこっちも言わせてもらうけど、僕はこの場で絶対にその覇道を止めてみせる。それが、覇王を倒せばきっと平和が戻ると信じて!こんな僕のために!命を賭けて道を開いてくれた、ケルト達への手向けなんだ!」

 できるだけ感情を抑えようと努力はしていた。けれど、いざアモンを目の前にしているとだんだん心の底からこみあげてくるものを抑えられなくなってきて、最終的には声を荒げてしまった。
 でもそれは、それだけ僕も本気で怒っていることの裏返しだ。怒っているというより、半ば呆れていると言った方が近いかもしれない。エドと対峙していたときにも感じたが、本当に何の脈絡もなく突然この世界に現れて、ようやく戻ってきたはずのあるべき世界を自分の欲望のためだけに再び消し去ってしまおうとするこの男のことは理解できない。そして、そんなもの最初から理解したいとも思わない。

「君の手向け、ねえ。生憎だが、君の実力はもう知っている。アカデミアではあれだけ何かありそうな様子を見せておいて随分と歯ごたえの無い相手だったから、逆に拍子抜けしたものさ。エクゾディアの肩慣らしとしての役目もエドがやってくれたわけだし、君の挑戦を受けるメリットがないね。それに覇王を片付けたと言っても、オブライエンあっての手柄だろう?君1人の力じゃないはずだが」
「なんでそれを……!?」

 挑発の方は聞き流すこともできるが、問題はその後の言葉だ。なんでオブライエンのことを、アモンが知っているんだろう。まさか、あのデュエルをアモンもどこからか見ていたのか。だとすると、アモンの手は思ったより広い範囲に届くことになる。嫌な汗が流れるのを感じる中そんな流れを変えたのは、僕にとって、そしてそれ以上にアモンにとって予想外な声だった。

「いいじゃないか、受けてあげれば」
「なんだと!?」
「その声……!」

 どこからともなく響く声。この声には、聴き覚えがある。プロフェッサー・コブラのもとに忍び込んだ時、姿を見せずに僕の頭の中に直接話しかけてきた謎の声。十代を病的に愛していて、それ以外の全てをどうでもいいと一言で切り捨てた、あの不気味な存在。デュエルエナジーを手に入れた後は砂漠の異世界でも暗躍し、ウラヌスを囮に校舎に忍び込んでゾンビ生徒軍団を生み出したりとやりたい放題やってくれたオレンジ色の人型。
 今度はどこに潜んでいるのか、と左右を見回す僕に対し、アモンの反応ははっきりしていた。自分の左腕を何かを見つけようとするかのように憎々しげに見降ろし、鋭い目つきで舌打ちする。

「君、確か前にも何回か会ったよね?フフフ、アモン。この人間はしつこいから、たとえここで撒いてもどうせまた思いもよらない場所から何回でも出てくるさ。なら、ここで彼の気が済むまで相手してやればいい」
「待て、何を勝手なことを!」
「おやおや、王になる人間が1度は勝てた相手からの挑戦を拒むのかい?ボクは少し別件で用があるからね、席を外させてもらうよ。どちらが勝つにせよ、戻ってくるまでには決着をつけておいておくれ」
「この……!」

 煽り言葉を置き土産に、得体の知れない気配が遠ざかっていく。かれこれ3回目の遭遇だというのにまたもや喋りたいだけ喋ってどこかへ行ってしまった「何か」に対してもはや呆然とするしかない僕とは対照的に、いら立ちを隠せないアモンが自身の左腕から僕の方へ視線を移す。

「ふん、まあいいさ。あの化物も、いずれは僕の糧となる。それに、奴の言うことも一理あるからな。遊野清明、思えばお前は確かにしつこかった。アカデミアにいた時からな」
「みんなして人をゴキブリみたいに……んで?デュエル、受けてくれるの?」
「ああ、いいだろう。せいぜい、寝る前の暇つぶしぐらいにはなってもらおうじゃないか」
「オーケイ、子守唄とでも洒落込もうか。永眠前の暇つぶしにね!」

 売り言葉に買い言葉を吐き捨て、ほぼ同時にデュエルディスクを展開する。結果的にこうしてデュエルを受けさせることに成功したわけだから、今回ばかりはあの人型に感謝しておこう。

「「デュエル!」」

「先攻は僕か。ディープ・ダイバーを守備表示で召喚!カードを伏せて、ターンエンドだ」

 アモンが最初に繰り出したのは、エド戦でも使っていた潜水服に身を包むモンスター。戦闘破壊されたターンのバトルフェイズ終了時にデッキのモンスター1体をデッキトップに置くことができる、明確に手札に加えたいカードのあるエクゾディアにとっては心強いサポートカードだ。

 ディープ・ダイバー 守1100

「僕のターン、ドロー!」

 アモンのデッキには今、最低でも2種類の勝ちパターンが存在する。まず最初に、通常通りエクゾディアを手札に揃えての特殊勝利。そしてもう1つ、そのパーツをリリースすることで特殊召喚できる超大型モンスターである召喚神エクゾディアによるビートダウン。あの時のアモンは通常の特殊勝利をエドの機転で妨害された瞬間に召喚神の戦術にシフトしていたが、今目の前のアモンが取ろうとしているのは、どちらの方法による勝利なのか。
 いや、もちろん隙あらばどちらも仕掛けようとはしているのだろうが、その2パターンのうちでより優先的に行おうとしているのはどちらだろう。手札にパーツを揃えなくてはならない本家に対し墓地のパーツの種類で攻撃力が変動する召喚神はそのコンセプトから言って真逆の存在であり、どちらかを本命の勝利手段としてもう片方をサブにとどめるような使い方をしない限り中途半端に手札と墓地にパーツが分散するという最悪の状況に陥りかねない。そしてそんなミス、アモンは絶対にしないだろう。
 となると、それを知るためにもここはあえてあの誘いに乗ってやるべきか。もちろんリスクは高いけれど、それがわからなくてはこちらも壊獣の使い時が掴めない。完全耐性を持つ召喚神をもローリスクで始末できる壊獣カードも、その枚数には限りがある。召喚神が出てくるまで温存すべきなのか、出てくるモンスターに対して片っ端から使って強引にでも短期決戦を狙いに行った方がいいのか。それがある程度見られると思えば、あえての攻撃も悪くない。

「ハンマー・シャークを召喚、攻撃表示。そしてバトル、ディープ・ダイバーに攻撃!」

 ハンマー・シャーク 攻1700→ディープ・ダイバー 守1100(破壊)

 伏せカードと共にアモンは沈黙したまま、自らのモンスターが破壊されるのを無表情に見ている。もっとも戦闘破壊されることが仕事のディープ・ダイバーを守ることなどありえないから、あの伏せカードがミラーフォースや次元幽閉のような攻撃反応でない保証はない。
 あれこれ考えていると、アモンが口の端を歪めて軽く笑った。

「そんなにエクゾディアが恐ろしいか?無い知恵を絞って懸命にこちらの手を読もうとするのは結構だが、せっかく相手してやってるんだ。もっと本気で来てもらわないと、僕も……それにエコーも興冷めだろう」
「この……」
『まあ待てマスター。今の言葉、一理あると私は思う』
「あれ、チャクチャルさんまでそんなこと言うの?ていうか、今まで一体どこにいたのさ」
『その話は後でする、それよりも今だ。だいたい、私だってこういうことはあまり言いたくないぞ。私が口でどうこう言うより、マスター自身が一度痛い目にあった方がよっぽど身につくだろうからな。だが、流石にこれは目に余るぞ』
「……何が?」

 アモンの言葉だけなら、腹は立つけれどまあ挑発のたぐいだと聞き流すことができただろう。だがチャクチャルさんの話は別だ。信用するブレインが不穏なことを言いだしたのだから、その言葉には聞いておく価値がある。

『どうもマスター、あの壊獣を純で使っている間に変な癖がついたようだな。それとも、これもユーノの魂の影響か?だがおおかた怒りに任せて流されるような、自分本位なデュエルが多かったのだろう?』
「う。それはまあ、その……」
『だろうと思った。もちろん、相手の次の行動を先読みすることが悪いと言いたいのではない。それは使いこなせれば、マスターの立派な武器のひとつとなるだろう。だが問題は、相手を見ずに自分の中だけで思考を完結させていたことだ』
「相手を?」
『そうだ。長々と自分の殻に閉じこもって考えたあげく、やったことはただ殴るだけ。これでは何も考えずに突っ込むのと、結果だけ見れば変わりない。長考が悪いのではなく、その時に相手を、盤面全体を見る視野を失ったのが悪い。しかもそのあげく、出した結論すら空回りする羽目になる。私なら、恐らくエクゾディアパーツをサーチするぞ』
「バトルフェイズ終了時、ディープ・ダイバーの効果発動。僕はデッキから、封印されしエクゾディアをデッキトップに置く」

 チャクチャルさんの宣言と重なるように、アモンがエクゾディアの頭をこちらに見せてからデッキの上に置く。その時になってようやく、僕は自分の作戦の致命的な欠陥に気が付いた。

『そうだ。あのように召喚神やドローソースとなりうるモンスターではなくパーツを選ばれては、特殊勝利を狙うのか召喚神のリリース要因にするのかはわからないままだ。まだ見えないエクゾディアの影に怯むあまりにこのターンはみすみす敵に塩を送ったな、マスター』

 なんてことだ。自分の考えにかまけていたばかりに、パーツを持ってくるというごくごく当たり前の選択肢があったことにまるで気が付かなかった。確かにアモンの立場になってみれば、たとえ彼がどちらの勝利方法を軸として考えているにしてもパーツを手札に置く作業は必要不可欠。それなのにこんなことをやらかした僕を見たら、アモンどころかケルトやオブライエン、それにエドにまで笑われてしまう。
 もっとよく見るんだ。場を、相手を、この世界全てを。怒りの、そして無意識な恐怖のあまり視野が狭くなっていたのは、あの時のエドじゃなくて今の僕だ。

「ありがとう、チャクチャルさん。もう大丈夫」
『自分を客観的に見られるようになれば、ひとまずは大丈夫だろうな。マスター、確かにあの魔神は恐るべき力を秘めている。だが、そんな一朝一夕の力を手に入れただけでただの人間が王になれるのなら、マスターはあの人間より遥かに年季が上の地縛神官だ。1つの世界などと小さい獲物に拘る程度の王など組み伏せ、その先に進め』

 その言葉を最後に、また静観モードに入るチャクチャルさん。天然なのかわざとなのか、いちいち言い回しが妙に悪役寄りなのが引っ掛かるけど、背中を押してくれたのはよく理解できた。

「僕はこれで、ターンエンド」

 アモン LP4000 手札:3
モンスター:なし
魔法・罠:1(伏せ)
 清明 LP4000 手札:5
モンスター:ハンマー・シャーク(攻)
魔法・罠:なし

「僕のターン、ドロー」

 これでアモンの手札には、エクゾディアの頭が加わった。でもまだ最序盤、デュエルはここからだ。

「ふむ。エア・サーキュレーターを召喚する。このカードが召喚に成功した時、手札2枚をデッキに戻すことでカードを2枚引くことができる。だが、それだけではない」

 次いでアモンが繰り出したモンスターは、まるで換気扇に手足のついたようなモンスター。その中央を貫いて、1本の鎖が伸びてきた。

 エア・サーキュレーター 守0

「攻撃力2000以下のモンスターが召喚されたことでトラップカード、連鎖破壊(チェーン・デストラクション)を発動。これにより、僕のデッキからさらに2枚のエア・サーキュレーターを破壊し墓地に送る。そしてエア・サーキュレーターは破壊されたとき、1体につき1枚のカードをドローできる」
「デッキ圧縮して2枚ドロー……やってくれるね」
「こんなものではないぞ?どれ、君にもひと仕事してもらおうか。僕は自分の墓地に存在するすべてのモンスターをデッキに戻し、手札から究極封印神エクゾディオスを特殊召喚する!」

 アモンを中心に風が渦巻き、彼の着ているマントが大きくはためく。その背後に音もなく、第3のエクゾディアとでも呼ぶべき魔神が現れた。西の空に沈んでいく夕日の最期の残滓に照らされたその姿は、実際エクゾディアとよく似ている……だがよく見ると、その細部はまるで異なっている。違う、このモンスターはエクゾディアじゃない。

 究極封印神エクゾディオス 攻0

「な、なんなのさこれ……!」
「彼はエクゾディオス。僕がエコーを招き入れたあの封印の洞窟で、エクゾディアを縛っていた封印の扉を守る番人とでもいうべき存在だ……いや、だったと言うべきか。突然襲い掛かられた時はいささか驚いたが、今ではエクゾディアの封印を解いた僕を主人と認めたようでね。今では実に忠実なしもべだよ」

 アモンの言葉を肯定するかのように、エクゾディオスが唸る。見上げるほど高い巨神の息吹が、その足元で対峙する僕にまで届き空気が震えた。

「エクゾディオスに装備魔法、ワンショット・ワンドを装備。このカードは魔法使い族の攻撃力を800アップさせる……バトルだ、エクゾディオス!天上の雷火 エクゾード・ブラスト!」
「攻撃!?」

 攻撃力0なところを見るに効果でエクゾディアをサポートする系のカードなのかと思ったが、普通に殴りかかってくるタイプのモンスターだったらしい。両腕を振り上げてから勢いよく振り下ろすと、それだけで夕焼け空を切り裂いて稲妻が走った。

 究極封印神エクゾディオス 攻0→800→1800→ハンマー・シャーク 攻1700(破壊)
 清明 LP4000→3900

「攻撃力が上がった……!?」

 攻撃が命中する寸前まで、エクゾディオスの攻撃力は強化を含めてもハンマー・シャークより900ポイントも下回っていた。それを覆す突然の強化に驚愕する僕を満足げに見つめ、アモンがデッキから1枚のカードを引き出して墓地に送りこむ。

「エクゾディオスは攻撃宣言時、デッキからモンスター1体を墓地に送る。そしてこのカードの攻撃力は、僕の墓地に存在する通常モンスター1体につき1000ポイント上昇する。僕はこの効果で通常モンスター、封印されし者の右足を送ったのさ」
「召喚神……!」

 墓地にエクゾディアパーツを送ることができる能力。それはつまり、アモンのデッキに潜む召喚神の攻撃力を上げる作業に他ならない。だが僕の呟きを聞いて、アモンの笑みはより深くなった。

「確かにそれもある。だがその答えでは50点、といったところだな。エクゾディオスはエクゾディアに劣るが、だからといって並のカードと一緒にされては困る。エクゾディオスもまた究極封印神の名に相応な力を持つカード……このカードが自身の効果だけで5枚のパーツを墓地に送ることに成功した時、プレイヤーの勝利が確定する」
「5回攻撃すれば特殊勝利……いいね、面白くなってきた。やってやろうじゃん」
「今度は空元気かい?それもいつまで持つことやら。まあいいさ、ワンショット・ワンドの効果発動。装備モンスターがバトルを行った後にこのカードを破壊することで、カードを1枚ドローする。さらにカードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

 究極封印神エクゾディオス 攻1800→1000

「僕のターン!」

 エクゾディオス……今はまだ攻撃力1000だが、次のアモンのターンまで残しておけば攻撃宣言と同時にまず間違いなく2000となり、さらにエクゾディアパーツを墓地に送られる。その特殊勝利能力もさることながら、あまりもたもたしているとたとえこいつを倒すことができてもその後に控えている召喚神の攻撃力も上がっていく。
 だとすると、今は最優先でエクゾディオスをどうにかするしかない。リソースの温存なんてダメだ、そんなこと考えている余裕はない。

「僕はエクゾディオスを……」
「させるものか!永続トラップ、虚無空間(ヴァニティー・スペース)を発動!このカードが場に存在する限り、互いのプレイヤーはモンスターを特殊召喚できない!」
「うっ!?」
「あいにく、君の手はわかっている。おおかた壊獣カードを使うつもりだったんだろうが、そう簡単には通さないよ」

 手札に存在する壊獣、粘糸壊獣クモグスに指を掛けた瞬間、フィールドが薄闇に包まれた。あらゆる特殊召喚が封じられてしまうこのフィールドでは、特殊召喚による展開がコンセプトの壊獣は機能不全に陥ってしまう。グレイドルによるコントロール奪取も、この手札では不可能だ。
 アモンの場に伏せカードはまだ1枚ある。無理に攻撃したところで、何らかの反撃を受ける可能性の方が高いだろう。なら、もう1ターンの間エクゾディオスを生き残らせることもやむなし、か。
 クモグスから手を離してその隣にあったカードを取り、デュエルディスクに置く。地面に湧いたおなじみの銀の水たまりから、いつもより小ぶりなグレイ型宇宙人の幼体のようなモンスターが大きな目をぱちくりさせつつ現れる。

「グレイドル・スライムJr(ジュニア).を召喚、守備表示」

 グレイドル・スライムJr. 守2000

「さらにカードをセットして、ターンエンド」

 アモン LP4000 手札:2
モンスター:究極封印神エクゾディオス(攻)
      エア・サーキュレーター(守)
魔法・罠:虚無空間
     1(伏せ)
 清明 LP3900 手札:4
モンスター:グレイドル・スライムJr.(守)
魔法・罠:1(伏せ)

「壁モンスターで守備か。果たして、そんな悠長なことを言っていられる暇を僕が与えると思うかな?エクゾディオスでそのモンスターに攻撃……そしてこの瞬間エクゾディオスの効果によりデッキから通常モンスター、封印されし者の左足を送る。僕の墓地にカードが送られたことで虚無空間は自壊するが、これによりエクゾディオスの攻撃力はさらに1000ポイント上昇する!」

 どうやら、初めから虚無空間は1ターン凌げれば十分と使い捨てるつもりだったらしい。躊躇のない攻撃宣言を受けてエクゾディウスが再び雷を放ち、天からの裁きのごとく叩き下ろされたそれがJrの不定形の体を焼く。だが、エクゾディオスの攻撃力は倍になったとはいえいまだ2000止まり。体中から煙を出しながらも、銀のスライムはその衝撃に耐えきった。
 そう思った次の瞬間、雷撃の勢いがさらに跳ね上がる。流石にこの衝撃と熱量には耐えきれず、小さなスライムの体が溶け崩れる。

 究極封印神エクゾディオス 攻1000→2000→3000
→グレイドル・スライムJr. 守2000(破壊)

「Jrの守りが破られた!?」
「言っただろう、暇は与えないと。トラップ発動、奇跡の軌跡(ミラクルルーカス)!このターン対象としたモンスターが与える戦闘ダメージが0になる代わりに、攻撃表示のエクゾディオスはこのターンの間攻撃力を1000ポイントアップし、さらにモンスターへの2回攻撃が可能になる!」
「2回攻撃……!」

 先ほどのワンショット・ワンドを装備した時も思ったけれど、どうもエクゾディオス自体には召喚神にあったようなカード効果への耐性が付いていないらしい。その辺も含めてアモンはエクゾディオスのことをエクゾディアに劣る、と表現したんだろうが、耐性がないということはつまり自分のカードを使ってのコンボも可能ということだ。
 こんちくしょう、もっともらしい顔して何が『劣る』だ。確かに単体でのカードパワーでは下回るかもしれないが、見方を変えれば1ターンに1度、通常攻撃しかできない上に完全耐性が邪魔になって貫通能力を付与することも難しい召喚神よりも、この究極封印神はよほど相手にするのが厄介だ。

「ただし奇跡の軌跡のデメリットとして、相手はカードを1枚ドローできる。さあ、引くといい」
「……ドロー!」

 言われたとおりにカードを引く。確かに今の攻撃には耐えきれなかったけれど、Jrの死は無駄にはならない。崩れて溶けた銀の水たまりは消えずにその場に残り、やがて震えたかと思うと再び別の形に盛り上がってゆく。

「Jrは戦闘で破壊された時、デッキからグレイドルを1体特殊召喚できる。僕がこの効果で呼び出すのは、グレイドル・イーグル!」

 グレイドル・イーグル 攻1500

「後続を残す効果か。しかもそのカードは……だが、むしろ好都合だ。こちらからエクゾディオスの2撃目の的を用意する必要がなくなったからな。エクゾディオスで追撃、そしてこの瞬間、封印されし者の左腕を墓地に!」
「ここで突っ込んでくるの!?……悪いね、イーグル。また頼むよ」

 任せておけと一声高く鳴き、黄色の鷹が上空高くに舞い上がる。狙うはただ一点、目の前にそびえ立つ巨神の顔面だ。翼を体にぴっちりと付け、1本の黄色い槍のようにイーグルが迫る。当然その突撃は巨神の腕によりあっさりと払いのけられ、一撃を受けたイーグルの体が空中で銀の水滴となって弾け飛ぶ。

 究極封印神エクゾディオス 攻3000→4000→グレイドル・イーグル 攻1500(破壊)

「ぐううっ……!イーグルが戦闘破壊されたことで、効果発動!エクゾディオス、こっちに来い!」

 奇跡の軌跡のデメリットにより戦闘ダメージこそ通らないものの、大地を揺るがすほどの雷がこう近くで乱れ飛んでいてはこちらの体にも全く影響がないとは言えない。体の芯からジンジンくる痺れを感じながら、弾け飛んだイーグルの体が銀の雨となってエクゾディウスに降り注ぐ様を見守る。いかに究極の封印神とはいえそこは耐性を持たないモンスターの悲しさ、銀の液体が浸透していったその額に銀色の紋章が輝いた。
 ゆっくりと向きを変え、僕の元へと来る巨神……だが、1歩を踏み出すごとにその全身から神の力が抜けていく。僕の墓地に、エクゾディオスの攻撃力を決定づける通常モンスターはいないからだ。

 究極封印神エクゾディオス 攻4000→1000

「ターンエンド。これで、奇跡の軌跡による強化も終わる」

 究極封印神エクゾディウス 攻1000→0

「これで構わないさ。エア・サーキュレーターに攻撃、そしてこの瞬間エクゾディオスの効果発動!僕のデッキから通常モンスターのレインボー・フィッシュを墓地に送り、エクゾディオスの攻撃力アップ!天上の雷火 エクゾード・フレイム!」

 究極封印神エクゾディオス 攻0→1000→エア・サーキュレーター 守0(破壊)

 先ほどまで僕のフィールドに降り注いでいた裁きの雷が、うってかわってアモンの場にいた換気扇のお化けに叩き込まれる。下級モンスターの攻撃にも劣る程度の威力とはいえ多少はアモンにも衝撃が伝わっているはずだが、当の本人は眉一つ動かさない。

「先ほども説明したが、エア・サーキュレーターが破壊された時にプレイヤーは1枚ドローできる。神の名を持ちながら無様にコントロールを奪われたあげく、唯一の取り柄の効果すら逆利用されるとはな。所詮はまがい物、この程度が限界ということか」
「はっ、偉そうに……今のセリフだけでアモン、お前の底が知れるってもんさ。本物の王様は、部下に対してそんな口の利き方なんてしないもんだよ」
「だが現に、エクゾディウスは君のフィールドでその無様な姿を晒している。エドといい君といい、どうしてそうこちらの事情に首を突っ込みたがるんだい?あの洞窟で君らが見た光景こそが僕とエコーの愛の形、そしてこれがエクゾディオスと僕の主従関係の形だ。どうこう言われる筋合いはない、それより終わったなら早くターンを終えてくれ」
「何言っても効かないし、聞きやしないわけね。そういうどうでもいいところだけは覇王とそっくりだよ、ターンエンド」

 アモン LP4000 手札:4
モンスター:なし
魔法・罠:なし
 清明 LP3900 手札:6
モンスター:究極封印神エクゾディオス(攻・イーグル)
魔法・罠:グレイドル・イーグル(エクゾディウス)
     1(伏せ)

「僕のターン。さて、そろそろ遊びも終わりにしようか。封印されしエクゾディアを召喚する」

 モンスターを失ったアモンの場に通常召喚されたのは、最初にサーチしておいたエクゾディアの頭部。となると、次の手は読めている。

 封印されしエクゾディア 攻1000

「そしてこのパーツをリリースし、手札からこのカードを特殊召喚。エコー、僕に力を!」

 エクゾディアの頭部が揺らめいて消え、その場所に現れたのはエクゾディオスよりもさらに一回り大きな魔神。いまだデッキか手札に眠ったままの右腕のみを残し、両足と左腕、そして頭部が黄金の炎に包まれてその力を解放している。

「その攻撃力は、墓地のパーツの1000倍……出でよ、究極の魔人!召喚神エクゾディア!」

 召喚神エクゾディア 攻4000

「攻撃力4000……!」

 こちらのエクゾディオスとの攻撃力差は、きっかり3000。確かに大ダメージは必至だが、幸いこれまでの応酬で僕はまだほとんどダメージを受けていない。自身の効果以外での強化を受け付けない召喚神相手なら、何もしなくてもぎりぎり耐えきれる数値だ。
 だがそれを聞きつけ、アモンが鼻で笑う。

「4000だと?言っただろう、遊びも終わりにすると。魔法発動、おろかな埋葬!残る右腕のパーツを墓地に送り、エクゾディアは今完全なる姿となる!」

 唯一黄金の炎が覆っていなかった召喚神の右腕が、体の他の部分のように光に包まれる。まさにエドを葬ったときそのままの姿が、今度は僕に牙をむいた。

 召喚神エクゾディア 攻4000→5000

「エクゾディオス、それに遊野清明。君たちの役割はもう終わった。後は、僕の邪魔にならないように仲良く退場していてくれ。エクゾディアで攻撃、魔神火焔砲(エクゾード・ブレイズ)!」

 2体の魔神がそれぞれ両手に力を込め、聖なる火炎と天上の雷をぶつけ合う。だが、2つの力が拮抗していたのはほんのわずか、1秒にすら満たない時間だけだった。ジグザグに走る雷撃がみるみるうちに炎に呑みこまれ、そのまま押し切られていく。エクゾディオスの体を火焔の砲撃が貫いたのは、その直後だった。

「……ッ!トラップ発動!」

 辛うじて場のカードを表にするのが精一杯だった。逃げる暇もなく襲いかかってきた炎の余波に身を焼かれ、苦痛のうめき声が喉の奥から漏れる。それでも叫び声を上げなかったのは、勝負の最中そんなみっともないことはできないなどという意地ではない。口を開いたらその中まで焼かれるという、もっと本能的な恐怖からだった。

 召喚神エクゾディア 攻5000→究極封印神エクゾディオス 攻1000→1500(破壊)
 清明 LP3900→400

「ほう、これを耐えたか」
「グレイドル・スプリットは……発動後、装備カードに……なって、エクゾディオスの、攻撃力を……500ポイント、アップさせた……!」
「なるほどな。エクゾディオスは墓地に送られる場合、ゲームから除外される。これでターンエンド……と言いたいところだが、エクゾディアの強大な力にはリスクも伴う。その真の力を発揮できる期間に限りがあるエクゾディアは、毎ターン終了時に墓地からパーツ1枚を強制的にサルベージしてしまう」

 その言葉とともに、アモンの背後に立つ召喚神の左腕を包んでいた黄金の炎が消える。これで、今もなお力を解放しているのは下半身と右腕、そして頭部の4か所だ。

 召喚神エクゾディア 攻5000→4000

「まったく、困ったものだよ。ターンエンドだ」

 まだ少しふらつく足でどうにか踏ん張っていると、ふいに体が軽くなった。腕を見ると、みるみるうちに全身をまだら模様に変えていた火傷の後が引いて肌が元通りになっていく。
 こんなことができるのは、僕の知る中には1人……というか1柱しかいない。タイミングよく、その声が頭の中に聞こえてきた。

『これで大丈夫か、マスター?』
「ありがとね、チャクチャルさん。助かったよ」
『あの神聖な炎は、私をはじめとした闇の神の力とは対極の存在。いつまでも放っておくと、マスターの命を保っている闇の力を全て食いつぶしかねない代物だからな。それはそうと……まさかとは思うが、ちゃんと気づいているよな、マスター?』
「もちろん。何がサルベージしてしまう、なんだかね」

 召喚神の攻撃力が下がっても、チャクチャルさんの声から警戒の色はいまだ消えていない。そしてそれは、僕も同じだ。これで召喚神の攻撃力が下がっても、嬉しくもなんともない。
 アモンはこのサルベージ効果をいかにもデメリットだと言わんばかりの口調で説明していたけれど、そんなこと心にも思っていないだろう。もしこれが本当にデメリットなら、強欲な壺だって使うだけで2枚分デッキデスに近づくデメリットカードだ。手札にパーツを5種類そろえれば特殊勝利する本家エクゾディアと墓地のパーツに依存する召喚神は、先ほども考えた通り致命的に噛み合っていないように見える。それでもこの2つのギミックを同時に仕込む以上、一度でも墓地にパーツを落とした時点で本家を使っての特殊勝利は考えなくていいものだとばかり思っていた。
 でもアモンは、そしてこの召喚神は、そんな単純な考えで読めるほど甘くなかった。エドはアモンのデッキに墓地のパーツをサルベージする方法はないと思っていたが、今の効果を見る限り恐らくはサルベージを使っての特殊勝利も長期戦になった場合の選択肢として視野に入れているはずだ。
 短期決戦では召喚神に分があり、かといって長期戦に持ち込めばエクゾディアの封印が解ける。どちらに転んでも隙がないアモンのデッキが、王の名に恥じない代物であることは認めざるを得ない。

「でも僕は負けないね。アモン、確かにお前の道の後ろにはエコーがいるのかもしれないけど、僕の後ろにはもっともっとたくさんの人たちがいる。僕がこの場で戦うために、全てを投げ打った戦士たちの魂がある。だから絶対、後には引けないのさ。ドロー!」

 僕の手札には、先ほどは妨害されて出せなかった粘糸壊獣クモグスのカードがある。けれどその対となる、こちらのフィールドに呼び出せる壊獣をまだ引けていない。
 それに、今引いたこのカード。これを使えば、単にクモグスを出すよりもなかなか面白いことができそうだ。少なくともアモンの度肝を抜くことはできるだろうし、このタイミングで引いたということは、このカード自身も多少なりともそれを望んでいるのだろう。

「よし、わかった。魔法カード、埋葬されし生け贄を発動!僕の墓地からハンマー・シャークを、そしてアモン、お前の墓地から封印されし者の右腕を除外することで2体分のリリースとし、アドバンス召喚を行う!」
「除外か……くだらない真似を!」

 そう、除外だ。召喚神の右腕の炎が消え、その攻撃力はさらに下がる。明らかに苛立った様子のアモンを見る限り、どうやらさすがのエクゾディアも除外には弱いらしい。だがそれも無理はない、召喚神も本家も使えるということは、たった40枚のデッキの中に墓地肥やしとサーチとサルベージの要素がすべて入っているということだ。そのうえさらに除外にまでメタを張っていては、それこそデッキがパンクしてしまう。
 僕の60枚デッキは、ドローカードでどれを引いても十分戦えるという良く言えば精鋭ぞろい、悪く言えば戦略性やコンボ性が低い集団だからこそ成り立っているようなものだ。

 召喚神エクゾディア 攻4000→3000

「おっと、ここからが本番なんだから驚くのは後にしてもらいたいね。僕が2体のリリースで呼び出すのは、このモンスター……出でよ、レベル8!」

 そのカードをデュエルディスクの水の膜に置くと、宵闇の空に輝く満天の星の光が急に薄らいだ。見渡す限りの空を塗り潰すように、巨大な入道雲が湧き上がる。やがて巨大な人型の上半身のような形に落ち着いたその雲の中央がプルプルと震えたかと思うと、巨大な体に相応しい巨大な一つ目がゆっくりと開いた。
 そのモンスターを見てアモンの目が驚愕に見開かれたけれど、気づいた時にはもう遅い。

「ここは任せるから、しっかり働いてもらうよ?雲魔物(クラウディアン)-アイ・オブ・ザ・タイフーン!」

 雲魔物-アイ・オブ・ザ・タイフーン 攻3000

「なぜ、お前がそのカードを……!」

 無言の入道雲の巨大な目玉に見降ろされながら、アモンが驚きの声を出す。その反応に少し満足したからというわけではないが、お望み通りにネタバラシと洒落込むことにした。と言っても、別にそうたいした話があるわけではない。

「そんなタイミング、ひとつしかないじゃない。エドと戦う前、もういらないとかなんとか言って、自分のデッキを捨てたでしょ?逃げるときには手一杯だったから他のカードは無理だったけど、あのときたまたまこのカードだけが吹き飛ばされて僕の足元まで飛んできたのさ。その時にちょろっとね」
「人の捨てたカードを拾うとは、何とも手癖の悪いことだ」
「僕は貧乏性だからね。それに、この子の声が聞こえた気がしたんだ。もう1度でいいから、アモンのところに連れて行ってほしいって。たとえ捨てられるにしても、それでも最後にもう1回会いたいって」

 これは本当のことだ。エドが倒れ、洞窟から逃げ出そうとしていたあの時、たまたま目の前に飛んできた1枚のカード。それはまるでアモンのデッキそのものが最後の力を振り絞り、このたった1枚を代表として僕に託したように感じたのだ。
 いくらアモンが許せないといっても、そのカードに罪はない。それにこの世界に来た当初はデッキと離ればなれになっていた僕にとっては主人から一方的に別れを告げられ、そればかりか無造作に捨てられたこのカードたちの境遇が他人事とは思えなかった。
 そして今、アイ・オブ・ザ・タイフーンとアモンがこうして対峙している。アモンがどんな対応をするのか、と黙って見ていると、ややあってアモンの肩が遠目に見てもわかるほどはっきりと震えだした。

「ククク。クククククッ、ハハハハハ!」

 どうやら笑いをこらえていたらしいが、抵抗虚しく突然笑い出すアモン。心底愉快そうにひとしきり笑い終えると、僕らの方へあらためて向き直った。しかしその顔には、いまだ先ほどの笑いの残滓が残っている。

「何を言い出すのかと思ったら、そんなことか。別に僕の捨てたカードを君がどうしようと勝手だが、そんな勝手なことを思われるのは滑稽で、そして心外だな。僕にはカードの精霊の声を聞くような力はなかったが、これだけはわかる。彼らもエコーも同じで、僕のためなら全てを捧げる覚悟はできていたはずだ。ならば僕も遠慮するつもりはない、全てを踏み台としてでも僕の目標、世界を統べる王となる。エコーも、そのデッキも、最終的な存在意義は全てそのための犠牲としての役割に収束するのさ」

 何の迷いもなく言い切るアモンを見て、次いでそんな彼をどこか悲しげな丸い瞳で見つめるアイ・オブ・サ・タイフーンを仰ぎ見る。
 ……ああ、うん。エコーといい雲魔物といい、これだけ好かれているところを見ると、アモンも決してどうしようもない奴ではなかったんだろう。恐らく、昔はそれなりの理想に燃える正しい青年だったはずだ。でなければ、ここまで人望を集められるはずがない。
 なのに一体、どこで何が狂ったのか。何がいつからおかしくなったのか。僕にとっては知ったことではないが、頭上でまたたく悲しげな瞳を見ているとこちらまでやりきれない気持ちになってくる。
 もう、アモンに対する怒りは消えていた。こんな姿を見ていると、もはやそんなもの通り越して憐れみしか感じない。頭上の入道雲に合図すると、こちらの意図を察してくれたかのように静かに頷いた。もう、終わりにしよう。

「……デュエルを続けよう、アモン。魔法カード、アクア・ジェットを発動。マジックコンボで水族モンスター、アイ・オブ・ザ・タイフーンの攻撃力は1000ポイントアップする。これで召喚神エクゾディアに攻撃、パーフェクト・ストーム」

 風が吹き、周りの木々がバサバサとせわしない音を立てる。アイ・オブ・ザ・タイフーンには自身の攻撃宣言時、場の雲魔物以外全てのモンスターの表示形式を変更させる効果がある。だが今この場にいるのは、カード効果を受けないためその影響がない召喚神のみ。迎え撃たんとばかりに大地を踏みしめ放たれた炎が風雨を貫いて雲の中心に大穴を開けたのと同時に、暴風が召喚神を薙ぎ倒す……だが召喚神の姿が消えていったのに対し、ちぎれ飛んだ雲は再び空中で何事もなかったかのように寄り集まって元の姿に戻った。

 雲魔物-アイ・オブ・ザ・タイフーン 攻3000→4000
→召喚神エクゾディア 攻3000(破壊)
 アモン LP4000→3000

「エクゾディアは戦闘破壊された時、手札のパーツの数だけドローできる。僕の手札には先ほど回収した左腕が1枚、よって1枚ドローだ」

 死してなお、自らの主人のためにドローという希望を繋げようとする召喚神。思えば、召喚神も哀れなものだ。エコーを、雲魔物たちを、そしてエクゾディウスを自分から切り捨てていったアモンに今も唯一従っている、どこまでも封印を解いた者に対して忠実な僕。そう考えるとあの召喚神にも先ほどまでの恐れではなく、ひたむきに付き従う姿へのもの悲しさすら感じる。

「ターンエンド」

 アモン LP3000 手札:3
モンスター:なし
魔法・罠:なし
 清明 LP400 手札:4
モンスター:雲魔物-アイ・オブ・ザ・タイフーン(攻)
魔法・罠:なし

「ドロー!」

 引いたカードを見たアモンが、明らかに苛立った表情になる。前から持っていた手札を発動し、引いたカードの方は即座に墓地に送りこんだ。

「魔法カード、死者転生を発動!手札を1枚捨て、墓地から召喚神エクゾディアを回収する。そして左腕を召喚し、そのままリリース!復活しろ、エクゾディア!」

 召喚神エクゾディア 攻4000

 再び降臨し、アイ・オブ・ザ・タイフーンと睨み合う召喚神。右腕を除く全身を黄金の炎に包みそびえ立つその表情には、エド戦の時には見られなかった確かな感情の色が……あくまでもアモンのために戦おうとする、はっきりとした強い意志が感じられる。なんだろうこの既視感、まさか封印を解く際に、このカードの中にエコーの最期の想いが入り込んだのではないだろうか。馬鹿げた話だけれど、アモンを守るかのように両腕を広げる召喚神の姿が……ある種盲目的ともいえるその献身が、あの時のエコーとだぶって見えた気がした。
 そんな考えを、頭を振って追い払う。あながち妄想とも言い難い話ではあるが、どうせ知る由もないことだ。そうしている間に、フィールドではまた動きがあった。無限に続くかと思われた互角の睨み合いも、エクゾディアの左腕から再び力が失われていったのをきっかけに終わりを迎えた。

「エンドフェイズ、エクゾディアの効果により墓地の左腕を回収する……」

 召喚神エクゾディア 攻4000→3000

 悔しげな言葉とともに、デュエルディスクの墓地から吐き出されたカードを手札に加えるアモン。だけど、これは誰にもどうしようもない。召喚神の守備力は0なため、仮に召喚神を守備表示で出せば、もし僕の手札に他の通常召喚可能なモンスターがあればそれを出して攻撃するだけでアイ・オブ・ザ・タイフーンの直接攻撃が通ってしまう。ゆえに、アモンは召喚神を攻撃表示で出さざるを得ないのだ。エンドフェイズごとに攻撃力が下がる召喚神は一方的に倒されダメージを受けると知りながら、それでも他に方法はない。

「僕のターン。召喚神エクゾディアに攻撃、もう1度パーフェクト・ストーム」

 再び嵐と炎がぶつかり合い、先ほどと同じく魔神が地に堕ちる。そしてアモンが、またその死に際に発動した効果でドローを行う。何もかも、ついさっきのターンと同じだ。違うのはアモンの手札の総数と、そのライフの数値。そのどちらも確実に、0へと近づいている。

 雲魔物-アイ・オブ・ザ・タイフーン 攻4000→召喚神エクゾディア 攻3000(破壊)
 アモン LP3000→2000

 アモン LP2000 手札:2
モンスター:なし
魔法・罠:なし
 清明 LP400 手札:5
モンスター:雲魔物-アイ・オブ・ザ・タイフーン(攻)
魔法・罠:なし

「僕のターン!くっ、またか……!死者転生を発動、手札を1枚捨てることで召喚神エクゾディアを回収。さらに左腕を召喚して、そのままリリースする!」

 三度現れる召喚神。だがそれ以上アモンにできる事は何もなく、またも自らの前で場に出たばかりの召喚神が力を失っていく。

 召喚神エクゾディア 攻4000→3000

「ドロー。アイ・オブ・ザ・タイフーンで攻撃する」

 ドローカードは、バブル・ブリンガー。こちらもモンスターがなかなか引けないが、これはデッキの方が空気を読んでアモンのカードであったアイ・オブ・ザ・タイフーンに決着をつけさせようとしているのだろう。だがアモンの方は、純粋に状況打開のカードが引けないようだ。これは無限ループなどではない。アモンのドローによっては、いくらでも違った内容に持って行けたはずだ。だがまるで図ったかのように2体の大型モンスターが激突し、三度魔神が力尽きる。その絵面はまるでただ1体、どこまでも忠実な召喚神のみを除いて自分のデッキにまで愛想を尽かされたように僕の目には映った。

 雲魔物-アイ・オブ・ザ・タイフーン 攻4000→召喚神エクゾディア 攻3000(破壊)
 アモン LP2000→1000

「ぐううっ……!エクゾディアの効果により手札の左腕を公開し、1枚ドローする!」

 ドローしたカードを見て、アモンの顔が歪む。だがそれは歓喜にではなく、格下であるはずの僕に押されているというのにいつまでたってもデュエルの流れを思い通りに修正できない苛立ちの……そしてその奥に潜む、次第に現実味を帯びてきた消滅の可能性に対するかすかな恐怖の表れだ。

「ターンエンド」

 アモン LP1000 手札:2
モンスター:なし
魔法・罠:なし
 清明 LP400 手札:6
モンスター:雲魔物-アイ・オブ・ザ・タイフーン(攻)
魔法・罠:なし

「馬鹿な、そんな馬鹿なことがあるはずがない!そうだろうエコー、僕はこの世界の王となってみせる!そのために君のことまで犠牲にして、ようやくここまでやって来たんだ!それを今更妨げる権利など、どこの誰にもない!ドローッ!」

 アモンにとって最後のチャンス、ここで退かなければ敗北が確定する状況でのドロー。いつもの冷静さはどこえやら、髪を振り乱して必死の形相でカードを引くアモン。その顔が示したのは、絶望の色だった。
 無言で、その場に膝から崩れ落ちるアモン。その腕がまるで見えない誰かに支えられているかのように不自然な動作で動きだし、その引いたカードをデュエルディスクにそっと置く。

「死者転生……」

 思わず僕が呟いたそのカードは、このデュエルで3度目の発動となる。再び手札1枚をコストに召喚神が墓地から手札に舞い戻り、やはり不自然な動きで召喚された左腕のパーツを憑代としてフィールドに顕現する。
 アモンのそばに寄り添うように、そして庇うように僕の前に立ちふさがった召喚神。アモンが完全に戦意喪失しているところを見るに、あの召喚神自身が意志を持って最後の抵抗に乗り出したのだろう。アモンを守りぬくことも、勝利に導くことも、もう不可能とわかっているはずだが、それでも黙って見ていることはできなかった。そんなところだろうか。
 となると、やはりエコー。意識があるかどうかは知らないが、アモンを守りたい、その手助けをしたいという彼女の強い思いだけは、体が消滅した今もあの召喚神の中で生き続けているのだろう。
 だが、そんな彼女の最後の意地も、エンドフェイズと共に終わりを迎える。

 召喚神エクゾディア 攻4000→3000

「……ねえ、アモン。これだけ愛される素質はあったのに、どうしてこんなことになっちゃったんだろうね。説教なんて柄じゃないから長々とは言わないけどさ、1つだけ。そのことに気づけなかったのか、気づいていたのにその大切さに気づけなかったのか。どっちにしろその時点で、人間アモン・ガラムの中にあった王者の素質は、消えてなくなっちゃったんじゃないかな」

 僕の声が、彼に届いているのかは知らない。僕はただ、言いたいことを言っただけだ。

「もう終わりにしよう、アモン。アイ・オブ・ザ・タイフーンで攻撃、パーフェクト・ストーム」

 雲魔物-アイ・オブ・ザ・タイフーン 攻4000→召喚神エクゾディウス 攻3000(破壊)
 アモン LP1000→0





「エコー……」

 最後に彼が呟いたのは、自分のために最後まですべてを犠牲にした恋人の名前だった。そしてその体が、光となって消えていく。その光の最後の一粒を見送って、僕もデュエルディスクを片付けた。

「何があったのかなんて興味ないけどさ。本当に、何がいけなかったんだろうね」
「おやおや、君が勝ったのか。意外だね、てっきりアモンがもう少し頑張るかと思っていたけど」

 ぽつりと呟いた言葉に、返事を返すものは誰もいない……なんてことはなかった。一体このデュエルをどこから見ていたのか、どうやら戻ってきていたらしい例のオレンジの人型の声に振り返る。

「ヨハン……?」

 だがそこにいたのはいつものオレンジの人型ではなく、砂漠の異世界で僕が消えた少し後に行方不明になっていたらしいヨハン……のはずだ。きっぱりと断言できなかったは、目の前の存在が本当にヨハンなのか自信が持てなかったからだ。なるほど、確かに背格好もその顔も、ひとつひとつ見ていけばそれはヨハンそのものだ。服装が様変わりしているのも、まあこの世界に来てから着替えたんだろうということで理解できる。
 だけど、まずあの眼だ。僕が知っているヨハンの目は、あんな不敵な光を湛えたオッドアイではなかったはずだ。しかもその全身から立ち上る危険な雰囲気も、とうていあのヨハンと同一人物だとは思えない。

「お前は一体誰なのさ?」
「いやだなあ、気づいているんだろう?いや、君に名乗るのは初めてだったかな?ともあれ、ボクがユベルさ。もっとも、この体は確かにヨハン・アンデルセンの物だけどね。それよりも、あのエクゾディアを倒すとはね。勝者にはボクからのご褒美だ、ボクの城に招待してあげるよ」

 そう言うや否やヨハン……いや、ユベルの背後の地面が盛り上がり、石造りの巨大な扉が生えてくる。自分の背丈よりはるかに大きくて重そうなそれを片腕だけで無造作に開きながら、もう片方の手で僕を手招きする。

「さあ、ついておいで」

 その言葉を最後に、先に自分が扉に入ろうと背を向ける……その瞬間、突然僕のデッキから1枚のカードが飛び出した。空中で勝手に実体化し、先ほどの召喚神並みに巨大な球体が出現する。さらに問答無用で正面部分のギミックが動き、巨大な砲台が伸びる。

「待って、ウラヌス!あの体はヨハンの……!」

 The() despair(ディスペア) URANUS(ウラヌス)。砂漠の異世界では囮として使われるためだけにユベルに致命傷を負わされ、その後はカードとして僕のデッキに入り込んでいた天王星の主。その経緯を考えればユベルに対してのこの反応も無理はないけれど、奴の言葉を信じるならばあの体はヨハン本人、ならここで消し飛ばさせるわけにはいかない。何をしようとしているのかわかったところで止めようとするが、もう遅かった。チャージを終えた砲台から、白い光線がユベルの無防備な背中めがけて放たれる。

「ぐっ……!」

 至近距離で見た光の眩しさに、たまらず腕で顔を覆う。ようやく光が収まって恐る恐る前を向いた時、そこには信じられない光景が広がっていた。
 確かに、攻撃を仕掛けたのはウラヌスの側だったはずだ。それなのに不意打ちを食らったはずのユベル本人は傷一つなくぴんぴんしていて、逆にウラヌスの体を貫通して大穴があいている。まるで、たった今放った自分の攻撃を、そのまま自分で受けたかのように。

「ん、今何かしたかい?さあ、早く入っておいで」

 にやにやと笑いながらこちらを見て、ユベルが扉の中に消えていく。あちらも気になるけど、今はウラヌスが先だ。駆け寄ったウラヌスの巨体からは既に光の粒が出てきていて、何をしたとしても先が長くないことが一目で判別できた。

「ウラヌス……!」

 痛々しいその光景に絞り出すように出した声に、すでに力を失いつつある球体がかすかに反応する。傷口から岩石の欠片をまき散らしながら、転がるようにしてこちらを向いた。だがその目に助けを求めるような色はなく、黙って自分の運命を受け入れようとしている。

『承知した。マスターには私から伝えておこう』

 突然チャクチャルさんが一言喋ると、ウラヌスが安心したように眼を閉じる。どうやら、僕にはわからない会話がこの2体の間であったらしい。そのまま唸り声一つあげることもなく、ウラヌスの姿が消えていった。同時に、僕が持っていたウラヌスのカードからも色が抜けて白紙になっていく。
 短い間とはいえ、ウラヌスは僕の仲間だ。とはいえあまりにも突然のこと過ぎて、まだ実感が湧いてこない。半ば呆然と突っ立っている僕の頭に、チャクチャルさんの声が聞こえる。

『マスター、伝言だ。自分が今何をされたのか、そこにユベルの持つ力のヒントがあるはずだ。私の二の舞にならないよう、私の死を無駄にせず戦ってくれ。そして、生き延びて自分の世界に帰ることを成功させて欲しい……だそうだ』

 生き延びろ。つい先日もどこかで聞いたことのある言葉だと思ったら、あれだ。覇王城近くの闘技場で、最後の瞬間に正気に戻ったケルトが僕に向かって言った言葉だ。
 あー。ちょっと、これは、辛いかもしんない。

「……ねえ。僕って、そんなに早死にしそうなことばっかりやってるように見えるかな」

 泣き出しそうになるのを堪えるためとはいえ、我ながら随分つまらないことを言ったと思う。見えるも何も、現に何回も何回も死にかかってるというのに。傍から見てるぶんには、危なっかしくて仕方がないのだろう。だけど今更どうしようもない、それが僕の性分だ。
 涙の波のピークが過ぎ去り、どうにか気持ちを落ち着かせて歩き出す。行先はもちろん、開きっぱなしのままのユベルがくぐっていったドアだ。どんな仕組みかは見当もつかないが、その向こう側には全く別の空間が広がっている。これが、ユベルの城とやらがある場所か。
 ユベルに次元を移動する力があることは、これまでの経緯から想像がつく。となると、僕が元の世界に帰るためには、この先は避けては通れない道だ。デュエルアカデミアからの腐れ縁、そろそろきっちり清算する時がきたのだろう。
 意を決して、扉の中の空間に1歩を踏み出した。 
 

 
後書き
この主人公また人のカードでとどめ刺しやがった。
ちなみにグレイドル使いとしてひとこと言わせて頂くと、グレイドルとタイフーンには一応最低限のシナジーはあります。何が良いって、Jrで墓地のドラゴン吊った時に手札から出せる水族レベル8モンスターで最高打点なんですよねこの台風。ガメシエルやメガメビウスの方が汎用性は高いのは否めませんが、どうせこの方法で出せば効果無効になるので打点に走るのもありかと。他にも相手がこちらの自爆特攻を嫌って守備出ししてきたモンスターを強引に叩き起こしたりもできますし、事故の危険に目を瞑りさえすれば案外いい仕事してくれるのでグレイドルを使いたい人、組んでみたい人は覚えておいて損はないです。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧