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世界最年少のプロゲーマーが女性の世界に

作者:友人K
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25話 日常回その2

 現在の時刻は午後6時と7時の間。あっという間に1日が過ぎて、そして終わりを迎えようとしていた。
 疲労に包まれた身体を引きずるように、寮の廊下を闊歩する。寮の廊下には鬼一以外の人影はほとんどない。生徒のほとんどは、週末ということもあって外出している。近場に実家があるなら実家に帰っているという生徒もいるだろう。

 鬼一も実家に帰ろうと思えばいつでも帰れる距離にある。が、誰もいない実家に帰ろうとは思わなかった。ただ寂しさを感じるだけだ。


「……ふぅ」

 ―――疲れたな……。トレーニングと食事は終わった。後は今日の復習と予習。あと、反省と研究。……あぁ、鬼神のレポートと新装備の申請もしないとな。

 肩から下げている着替えなどが入っているバッグがいつもより重く感じる。いつもより疲れているせいなのかまでは分からない。瞼を擦りながら自室の扉を開こうとした。

「……」
 鍵が開いている。つまり、同室者の人間は鬼一よりも先に戻っている。そのことに鬼一のテンションが更に下がった。疲れている顔をあまり見せたくない。この同室者は世話焼き、お人好しと呼んでも間違いない人種。
 今までは気にしなかったが、IS学園に入ってそういった人種に苦手意識が生まれつつあった。その原因までは鬼一には分からなかったが。

「ん、おかえりー」

「ただいまです。たっちゃん先輩もおかえりです」

「うん。ただいま。随分と疲れた顔してるけど大丈夫?」

「大丈夫です」

 楯無から投げかけられたその言葉に鬼一は内心舌打ちを零す。顔に出ている自分の未熟さを呪った。
 当然ながら、楯無は鬼一のその言葉をバカ正直に受け入れたりなどしない。お互いの弱さや恥ずかしいところを見せたことのある両者ではあるが、踏み込まれたくない領域はお互いなんとなく理解していた。

 ―――この子、日に日にトレーニングの量や勉強の量が増えていて、そんな青い顔してて大丈夫なわけがないでしょう。

 同室者であり、護衛対象である鬼一の行動を楯無は当然把握している。その内容は明らかに以前よりも過密なものになっていた。

「たっちゃん先輩はご飯食べ終えたんですか?」

「食べてないけど今日はもういいわ」

「なんで……あ、すいません」

「なんで謝ったのよそこで?」

 理由を聞こうと思ったがその前に察した鬼一と口調が硬くなった楯無。

「いえ、女性が食事を抜くということはそういうことなのかと思いまして」

「それ、口にした段階でもうダメなことに気付いている鬼一くん?」

 これ以上突っ込んだら間違いなく痛い目を見るのは自分だと気づいた鬼一は撤退を決め込む。流石に好き好んでぶん投げられる趣味は持ち合わせていない。

「紅茶飲みます?」

「……頂戴。砂糖もミルクも無しでお願い」

 余りにも雑な話題転換に楯無しは溜息を1つ零すが、自分も鬼一も疲れているのだ。これ以上疲れるのはゴメンだ。まだ仕事は山積みなのだから。

「分かりました」

 テキパキとした動作で紅茶を入れる準備を進める鬼一を眺める楯無。楯無からすればまだ粗雑なそれだが、素人とも言えないその手つきは真剣なそれだ。

 ―――この子、意外と凝り性なのよね。気がついたら紅茶用のポットなんかも部屋に持ち込んでるし。

 鬼一は凝り性ではない。単純にセシリアが紅茶を嗜んでいて、それを理解しようと思って自分も紅茶を淹れて飲んでみたらその不味さにスイッチが入っただけだ。気がついたら道具や茶葉を揃えていただけの話。

 ただ悲しいのはセシリアと紅茶絡みの話題などを実際に交わすことがないという点だ。

「その持ち帰ってきたそのDVDと紙の束は?」

 鬼一の机の上に積み上げられたDVDケースとクリップで止められた紙。

「アリーナで録画されていた映像と1年生の特徴や癖を抑えた書類ですね。DVDさえ用意すれば自由に部屋に持ち帰ってもいいじゃないですか。入学から今日に至るまでの1年生達のを集めれるだけ集めて、整理しました」

「ふぅん? 学年別トーナメントの準備ってわけね。随分と早いわね」

「準備に際限はありませんけど、準備不足というのはありますからね。それで泣くのも寒いですし」

 ―――この子を上手く休ませる方法ってないのかしら。本人も自覚してる部分もあるだろうけど、本人が思ってる以上に疲れているのは間違いないだろうし……。

 どうも今の鬼一は地に足がついていない印象が楯無の中にはあった。クラス代表決定戦の時はこうではなく、もっと自分のことを理解していた。

 とはいえ今はそこまでそれは重要ではない。楯無は頭の片隅にそのことを放り投げる。今は休ませることだけを考えた。

「鬼一くん、お休みの間は何かするの?」

「……」

「おんやぁ? 鬼一くん、何かあったのかなぁ?」

 問いかけに動きを止めた鬼一。そしてそれに面白そうな空気を感じ取った楯無。動きを止めた鬼一だったが、冷静に紅茶をカップに淹れて楯無に手渡す。

「……何にもないですよ。いつも通りトレーニングと休息で予定は埋まってます」

「ふぅん? セシリアちゃんと何かするんじゃないの?」

「まさか。セシリアさんだって忙しいんですからそんな暇ありませんよ」

「鬼一くん? 私の目を見て言ってもらえる?」

「……」

 見つめ合う鬼一と楯無。楯無は鬼一の瞳が泳いでるのを見て確信する。

「へー。やっぱ、何かやるんじゃない。涼しい顔してやるわね鬼一くん」

「……」

 紅茶に一口をつけて、その渋みに顔を顰めそうになるが、それよりもこの面白そうな空気に自然と笑顔になる。

 紅茶の入ったカップはサイドテーブルに置き、立ち上がる。

「あ、先輩を無視するんだー。よぉーし、それならこっちにも考えがあるわよー!」

 鬼一の反応が遅れるほどの身のこなしを見せた楯無はあっという間に鬼一を捕獲。迷いなくそのまま鬼一をベッドの上に放り投げる。

「うおおおおおっ!?」

 投げられた勢いをそのままにベッドに着弾。スプリングは衝撃を受け止め、鬼一に跳ね返した。

 勢い余った鬼一はベッドから転げ落ちる。

「突然何するんですかあなたは!?」

「だぁって鬼一くん、何も話してくれないから面白くないんだもん」

「面白い面白くないで人をブン投げるのは止めてください! ホントに心臓に悪い!」

 鼓動がいつもより早くなった心臓を落ち着かせながら鬼一は楯無に言い返す。

「じゃあ話してよー。退屈なんだもん」

「もん、じゃないです。なんとなく予想ついてるんだったら僕がいちいち話す必要もないじゃないですか」

「いやいや鬼一くん、キミは何もわかっていない。本人から聞くことに意味があるんだよ」

 立ち上がった鬼一は楯無を無視することにして、机の上に置いてある紅茶に口をつける。が、やはり不味いそれに顔を歪ませた。

「……」

「……電話?」

 鬼一の携帯電話から電子音が鳴り響く。

「……!」

 ディスプレイに表示されたその名前を見た瞬間、鬼一は驚きを隠せなかった。それは自分にとっては一言では言い表せない人間。保護者、師、ライバル、戦友、色々と該当する言葉はあるがどれも違う。もっと複雑な関係。

 だけど、鬼一は一瞬だけ顔をほころばせた。

「お疲れ様です。月夜です。お久しぶりですアヤネさん」

『はいお疲れ。割と久しぶりだね。元気にしてた?』

 半年にも満たない期間ではあったが、やけに懐かしく感じられるその声。数多くいる現役プロゲーマーの中で、鬼一が破るまでは3年連続でワールドリーグを優勝した『最強』と呼ばれた女性。

「元気にやってますよ。アヤネさんこそ、アジアカップベスト4おめでとうございます。これで6年連続でしたっけ?」

 内から湧き上がる感情を必死に抑えながら普通に話す。

『さぁ? あんまり記録とかは意識してるわけじゃないからさ。そんなことよりも明日時間ある?』

 アヤネも鬼一の感情を理解している。付き合いは決して短くない。それを分かっているからこそアヤネも以前と同じように鬼一に話す。

「明日……ですか? アヤネさん、明日はアジアカップの準決勝と決勝じゃないですか」

『いいの。柿原さんと鬼一がいなかったら私の優勝は揺るがないわよ。それに、明日の帰国は夕方くらいだからね。たまには一緒にご飯にでも行かない?』

 アヤネのその言葉には確固たる自身が宿っており、落とすとは微塵も考えていないようだあった。が、言葉にはしなかったが鬼一もその言葉には無言の肯定を示す。実力的にそれだけアヤネが突出しているという意味。

 ―――……外出、か。状況を考えたら出来ないんだよな。セシリアさんとの約束もあるしアヤネさんには悪いけど―――。

「行きたいのは山々なんですけど―――」

「鬼一くん、ついて行ってもいいなら私が護衛についてもいいわよ?」

「いや、流石にそれは……」

 ただでさえ自分のせいで時間を割いてもらっているのに、これ以上自分のせいで時間を割いてもらうのは申し訳ないと考えている鬼一にとっては到底頷けるものではない。

『え、ちょっと待って鬼一。今、女の子の声がした! しかも私のカンに間違いなければとんでもなく可愛いの女の子! こっちがヒイヒイ言ってる間、そっちは宜しくやってるってこと!?』

 電話口から焦ったようなアヤネの声に鬼一は耳から携帯電話を遠ざける。やらかした。

「違います違います! 可愛いのはともかくとしてそういうのじゃないです! というかなんですか、その食いつきの良さは!」

『いいから電話変わりなさい! 姉としてその女の子を知る責任があるわ! さっさと紹介しなさい!』
「声が笑ってますよ! 絶対自分が楽しみたいだけじゃないですか!?」

『当たり前じゃない!』

「認めやがったよこの人!」

『年がら年中遠征してたらノンビリ恋愛なんてしてる暇なんてないのよこっちは! 鬼一だって知ってるでしょ!?』

 プロゲーマー、と言ってもピンからキリまでいる。勝てば勝つほど試合数は増えるし遠征数も増えていく。トッププレイヤーにもなればポイントを稼ぐための各トーナメントやリーグ戦は言うに及ばず、ワールドリーグや国別対抗戦、と言った一握りの人間しか参加出来ない大会にも出場することになる。
 鬼一もそうだったが自身の母国である日本よりも海外にいる時間の方が長くなる。そもそも1つの場所に留まるということが無くなっていくのだ。必然的に恋愛などに割ける時間は減っていく。

「それは分かってますけど、柿原さんたちだって結婚してるじゃないですか!」

『あの人たちと私を一緒にしないで!?』

「めんどくさいなこの人!?」

「鬼一くん鬼一くん」

「……なんです?」

 楯無に肩を叩かれた鬼一は億劫そうに振り向く。その表情は心底めんどくさそうだ。

「なんか話が進まなさそうだから私に変わってくれない? 一度は話してみたいと思ってたし」

「……ですが、ってちょっと!?」

 鬼一が返答する前に楯無は鬼一の手から携帯電話を奪い取る。あまりの滑らかさに鬼一も反応が遅れてしまい止めることが出来ない。

「初めまして涼月 彩音さん。月夜 鬼一くんの護衛を務めています、IS学園生徒会長兼ロシア国家代表の更識 楯無です。突然で申し訳ありません」

『あらあら、ご丁寧にありがとうございます。Teamアークキャッツ所属のプロゲーマーのアヤネです。いつもうちの鬼一がお世話になっております。ご迷惑をおかけしておりませんか?』

「いえいえ、よく助けられています」

「……なんなんだこのやり取り」

 両者のことを少なからず知っている鬼一は2人のやり取りを見て目を細める。

『うん。やっぱり予想通りこれは可愛い女の子の声だ。うちの鬼一が更識さんを困らせておりませんか?』

「ありがとうございます。私の方が年下ですので楯無、で構いません。鬼一くんは実に大人しい子ですので困らされることはありませんよ」

「……」

 楯無を困らせている自覚のある鬼一にとってはその言葉は耳の痛いものであったが、無視するわけにもいかない。ここからどんな話題に発展するのか分からない以上、警戒するのは至極当然のことだからだ。

『もし宜しければですが、楯無さんもどうですか? 保護者として色々とお話をお聞きしたいのです』

 ―――というか行くのはもう確定しているのか……。

「そちらが宜しければ是非。それと1つお願いがあるのですが」

『お願い?』

「はい。叶うなら護衛の私以外にもう1人お呼びしても構わないでしょうか?」

『鬼一の友人とかならこちらからお願いしたいくらいです』

「分かりました。でしたら場所と時間を―――」

「いやいやいや! 何、平然と話を進めているんですか!? しかも話の流れだとセシリアさんも呼ぶ感じですよね!?」

 あまりにもスムーズに進んでいく流れを止めようと声を荒げる鬼一。

「あら? 何か問題だった?」

「問題とかそういう話じゃないでしょう!?」

『へぇー、そのセシリア、って子はどんな子なの? IS学園なら女の子なのは間違いないだろうけど』

「イギリス出身の女性で凄い美しい方です」

『ちょっと鬼一!? あんた一体、そこで何があったのよ!』

「あああぁっ! 本気でめんどくさいっ!」

 今後、電話に出るときは細心の注意を払うことを心に誓った。自分にとってロクなことにならないのは間違いなく予想できるからだ。
 アヤネと楯無の2人はその後、鬼一の発言の悉くを切り捨てながら予定を組み上げ、話もそこそこにして電話を終えた。

「すごい疲れた……」

「あはは。随分と力強い人だったわね」

「……」

 ぐったりと椅子に身を預ける鬼一に笑いながら感想を述べる楯無。鬼一はもはや怒る気力すらも湧かない。

「あぁ、セシリアさんにお話してこないと」

「別に私からセシリアちゃんに伝えてあげてもいいのよ?」

「……僕から伝えるのが筋でしょう。結果的にお茶の約束を破ったわけなんですから」

「セシリアちゃんもそこまで気にするようには見えないけどねー」

 ―――むしろ、鬼一くんの姉に会えるということなら喜んで行くと思うけど。まぁ、そこまでは言わなくてもいいわね。

 こうして鬼一たちの日曜日の確定していく。
 
 

 
後書き

 大変お待たせしました。久しぶり過ぎて文章の組み立て方を忘れているせいか、かなり短いです。次からは色々と温めていたネタなんかも取り入れていきたいと思います。
 感想お待ちしております。モチベーションになっているのでくれると嬉しいです。

 それではまたどこかで。 
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