巫女のホグワーツ入学記
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
魔法使い? 私は博麗の巫女よ
とある涼し気な昼下がり。
私はいつもの巫女服を身につけ、神社の周りを掃除していた。私の管理する「博麗神社」には、相変わらず参拝客などやってはこない。御神体様の名前も知らない私が巫女をしているせいか、ただ単に来るのが面倒なだけかーーまぁ、今は私しかいない。
先ほど昼食としておにぎりを食べたが、あまり腹に溜まらない。夏の幻想郷の豊かの緑が風に揺れ、私の長い髪も靡いた。その気持ち良さと共に、声も流れてくる。
『オーイ霊夢! 霊夢〜!!』
誰かが私の神社へやってくる。それは石の階段を駆け上がり、鳥居の奥から姿を現した。黒い魔女服に白いエプロン、大きな魔法使いの帽子を被った私の友人ーー霧雨魔理沙だ。
「ん? 魔理沙、どうかしたの? 昼食はもうないわよ」
魔理沙は手に本を持っていた。また紅魔館からくすねてきたのだろうか。盗品を神社を持ち込むのは止めろ。
「いやぁ、パチュリーに面白そうな本を貸してもらったからさ。暇だし神社で読もうと思ってな。昼食はさっき咲夜の紅茶を飲んできたから良いよ」
「…貸してもらったじゃなくて、盗んできたの間違いじゃない?」
「違う違う〜…んま、良いだろ。どうせ霊夢も暇だろ? 一緒に読もうぜ〜、何だか魔道書じゃないっぽいしな。物語みたいだ」
白黒の魔女は、本を片手にスキップをしながら私の元へと駆け寄ってきた。私は苟も「博麗神社」の巫女”博麗霊夢”なわけなのだが、仕事は掃除程度。参拝客が来ないんじゃ仕方がない。
私も魔理沙の暇つぶしに付き合ってやろう。
「どんな題名?」
「んー? 『ハリー・ポッターと賢者の石』ってさ。ハリー・ポッターって誰?」
「私が知るわけないでしょ。ふーん、まぁ面白いかもしれないわね」
「だろ? ほら」
魔理沙は私に本を渡してきた。皮表紙で、随分と重い新しい本だった。表紙には、黒い文字でさっき魔理沙が言った通りの題名が書かれている。何だか魔力が流れているような気配がして、私は不信感を覚えた。魔理沙が「開け開け」しつこいので、ため息をつきつつ私は本を開いた。
「何々…? プリベット通り4番地の住人ダーズリー夫妻は、『おかげさまで私達は何処からどう見てもまともな人間です』というのが自慢だった。…”まとも”ねぇ…幻想郷にそんな人間は存在しないわよ」
ふと幻想郷の人間の姿が頭に浮かぶ。魔理沙、咲夜、早苗ーー碌な奴がいない。
「そりゃあまぁな。外の世界の本みたいだから」
「へぇ…」
私はページを捲っていく。途端、何の変哲もない本の紙がとてもつもない光を放ち始めた。あまりの眩さに目も向けられず、私は思わず目を瞑る。
魔理沙の叫び声も束の間、私はすぐさま意識を失った。美しい景色の咲き乱れる幻想郷の守り主は、たった一冊の本によって、この世界から姿を消したのだ。
気がつくと、私は真っ黒な世界にいた。四方八方を見渡しても、暗闇が続くばかり。しかし、暗闇とは言っても目が見えないわけではなかった。少し目線を下ろしてみれば着用している巫女服が見える。知らない内にその場で座り込んでいたため、私はゆっくりと立ち上がる。懐に仕舞われたいくつかのスペルカードの有無を確認し、私は歩き始めた。このまま立ち止まっていても仕方がない。
「それにしても、魔理沙…面倒な本を持ち込んでくれたわねー」
歩く事にさえ面倒になった私は空を飛び始めた。しかし、いくら進んでも見えるのは暗黒ばかり。下へ行けば地面があるが、それ以外には何も存在しない。
「一体、何なのよこの場所は…冥界でもないようだし?」
私がつぶやくと、暗黒世界に静かな声が響いてくる。重みのある大人びた声だった。
『魔理沙、また本を盗んだのね。これはいつも私の本を持ち出す罰よ』
「パチュリー?!」
声の主は、紅魔館の紫色の魔女ーーパチュリー・ノーレッジだった。しかし、一体何処から声を出しているのだろうか。
『今から貴女を”ハリー・ポッター”の世界に封じるわ。これは私の新しく開発した魔法の一つ…物語は7巻まで続くわ。自業自得というわけね。死亡フラグ満載の世界で、楽しんでらっしゃい。あぁそうだわ、貴女がその中に入っている間、幻想郷の時間は進まないから安心しなさい』
「魔理沙…!」
あのパンダ魔女め。知ってて私に本を開けさせたのか、それともわざとではないのかは分からないが、とりあえず戻ったらボコボコにしてやろうと、私は心から誓う。幻想郷の神様、名前は知らないけど魔理沙をぶっ殺してください。
『この物語は、外の世界のイギリスという国が舞台のお話よ。主人公のハリーが選ばれし者だとか、ヴォルデモートだとか、魔法だとか、ホグワーツだとか…まぁ色々するお話。そうだわ、貴女は見た目が11歳になるけど、力は変わらないから大丈夫よ。劣等生にならずに済む…っと、少し喋りすぎたわ。
分からない事があるだろうから、ガイドブックみたいなのもつけてあげる。善と悪、傍観者…いくつかの選択があるでしょうけど、自分の好きに進んで頂戴。貴女の選択は、貴女が物語から脱出出来たら紅魔館のメンバーで楽しむから。死んだら死んだで最初からやり直しよ。
じゃあ、楽しんで…でも気をつけてね』
パチュリーの声が途切れたかと思えば、辺りの静寂は光によって破られた。地面があった部分が、白い光に包まれたのだ。飛んだ状態のままだったが、私は大きくなっていく光に包まれた。温かい、母親のお腹の中のような優しい感覚だった。物凄く心地が良い世界に抱擁され、この光から出たくないとさえ思えた。しかしそんな幻想は叶う事などなく、私はその物語の世界へと、足を踏み入れていた。
目を開けると、私は森の中にいた。幻想郷でもよく見かける鬱蒼とした手入れのあまりなされていない森だった。上を見上げると赤い光が差し込んでいた。もう夕方になっているのだろうか。若干の暑さはあったが、巫女服は涼しい作りになっているのであまり熱は篭らない。大幣を指で回しながら、私は地面に落ちている紫色の表紙の薄い本を拾った。
「これがパチュリーの言っていた『ガイドブック』って奴かしら?」
私は近くの切り株に腰掛けると、ガイドブックを読み始めた。中には、この物語のたくさんの情報…というわけでもなく、大方のあらすじや言葉の説明が書かれていた。
読んでみると、どうやらハリー・ポッターのあらすじとしては、主人公のハリー・ポッターが仲間と共にヴォルデモート卿という闇の魔法使いに立ち向かっていくファンタジー物語という事だ。そして、この世界には魔法というものがあり、11歳までに魔法を行使する事ができた少年少女には、イギリスの北部に位置する「ホグワーツ魔法魔術学校」に入学できるという。
魔法は私もある程度は使えるだろうが、巫女故に魔力よりも霊力の方が強いだろう。魔理沙やアリス、パチュリーが使っていた魔法を思い出そうとするも、彼女等のユニークさの方が勝り、思い出す事ができなかった。
ガイドブックに載っていた魔法界特有の単語と言えば、マグルだとか、純血だとか、闇の魔法だとか、純血主義だとか、魔法省だとかーー詳しく説明があったが、物語的に先ほど述べたあらすじ以上の情報を得る事ができなかった。
ガイドブックを読み終わると、それは大きな音を立てて燃え始めた。
「パチュリー…覚えてないわよあんな膨大な情報…ったく、それにしても、楽しんでるんじゃないのあの紫魔女。親切過ぎるわ。新しい魔術の実験? さて…まずは寝床を探さなくてちゃね」
そらから私は雲と同じくらいの高さまで飛び上がり、空中探索を始めた。下界を眺めつつ、手頃な場所を探そうとも思ったが、この世界でいう魔女や魔法使いの家にお邪魔した方が良いと思う。多くの情報を手に入れる事ができるだろうし、物語上立場としては楽になるかもしれない。
場所を探しつつ、私は自分のこの世界での設定を考える。
博麗霊夢、博麗神社の巫女…では通じるかどうか分からない。とりあえず、別の遠くの国の魔女だとでも言っておこうか。しかし、それでは国の名前を聞かれてしまう。身を置くためには、それなりの身の上話も必要かもしれない。同情を誘った方が助けてもらえやすいだろうが、あまり多くの設定をつけすぎると矛盾点が目立ってしまう…さて、どうしたものか。
気がつけば、すっかり夜になってしまっていた。満月が太陽の代わりに輝き、星々は笑顔を振りまいている。このまま飛び続けても良いかもしれないが、いくら夏時でも寒さで凍えてしまうかもしれない。
好い加減地上に降りてみようとスピードを上げて下界へと落ちる。地面ギリギリで止まったそこは、大きく不思議な家だった。否、家ではないかもしれない。
たくさんの小さな小屋が不安定に縦横にくっつき、小さな窓から光が漏れだしていた。10メートルはあるだろうその大きな建物の中からは、たくさんの人間の笑い声が聞こえてきた。いくつもの小屋から飛び出す煙突からは煙が出ていた。建物の周りは柵で囲まれており、豚だったり鶏だったりの家畜も飼われていた。辺りを見回すが、この建物の他に家は見当たらない。人がいるのなら訪ねてみる価値はあると思い、私は柵を開けて中へ入っていった。
途中に看板があり、「隠れ穴」と書かれていた。全然隠れていないのは気のせいかしら。
私は歪んだ木のドアをノックした。すると、「ハーイ!」という女性の声がして、やがてドアが勢い良く開いた。
ドアを開けたのは、小太りの赤毛の女性だった。私を見て驚いて目を見開いている。
「あら何方?」
女性は不穏な雰囲気を隠す事ができず、私に不審の瞳を向けた。頭の中の設定を整理しつつ、私を言葉を発する。
「夜遅くに申し訳ありません。実は私宿無しで…宜しければ、一晩だけでも泊めていただけないでしょうか?」
「まぁ大変…どうぞいらっしゃい。私はモリー・ウィーズリーよ」
「え、良いんですか? あぁ…ありがとうございます。私は博麗霊夢です」
「ハクレイ…レイム? 不思議なお名前ね。まぁどうぞ入って」
モリーに誘われ、私は一礼して家にお邪魔した。敬語なんて使い慣れないな。
中は賑やかな食卓だった。6人の赤毛の人間が長テーブルにつき、たくさんの見た事のない料理を口にしていた。皆突然入ってきた私に目を向けた。すると、赤毛の双子の片方が言った。
「母さん、お客さん?」
「えぇそうよ。アーサー、この子家がないらしいのよ。しばらく泊めてあげれないかしら?」
「家出かな? 勿論構わないよモリー」
モリーは長テーブルの一番端に座っていた男性に言った。アーサーという名前なのか、恐らくモリーの旦那さんだろう。私は一礼して、自己紹介を始める。
「博麗霊夢と言います」
「…母さん、見ず知らずの人を家に上げるのは…」
一番近くに座っていた赤毛の若者が非難の声を上げた。すると、モリーはピシャリと言う。
「いいえ、困っている人を見過ごす事なんてできません。それに女の子なのよ。もし何かあったら私は罪悪感に押しつぶされてしまうわ。…霊夢、私の息子がごめんなさいね」
「いえ、突然訪問した私が悪いんです。やっぱり、ご迷惑でしたね、突然訪問して…」
「そんな事ないわ。どうぞ泊まっていって。辺鄙な場所だけど、居心地は良いわよ。ね?」
モリーはまるで娘に話しかけるかのように私に言ってくる。あまりにも必死なので、私も頷くしかなかった。此処までやってきて外に出るのもマナー違反なので、何方にしろそうなっていただろう。
こうして、私はこの家にしばらくお邪魔させてもらう事になった。彼等は魔法使いの一族のようで、家名はウィーズリー。
現在の私は11歳になっているわけだが、同じ年齢の少年が一人いた。それがロン・ウィーズリーだ。ガイドブックにあった事を思い出せば、確か彼はハリー・ポッターの親友となる人物のはずだ。今のうちに仲良くなっておくのも一向、か。
家主がモリーの夫であるアーサー・ウィーズリー。息子が6人、娘が1人。そのうち息子の2人はホグワーツ魔法魔術学校を卒業して自立しているとの事。たった1人の女の子であるジニー・ウィーズリーは来年で11歳。つまり、今年ホグワーツに行くのは4人という事になるらしい。今この場にいるホグワーツ生を説明すると、まずは双子のフレッド&ジョージ・ウィーズリー。正直見分けがつかない奴等だ。もう一人がパーシー・ウィーズリー。成績優秀の監督生らしい。その監督生というのがどういう役職かは知らないが、きっと良い立場なのだろう。全員が燃えるような赤毛で、黒髪の私は浮いていた。
夕食をご馳走になたが、私は神社のお茶がもう名残惜しくなってしまった。この家は紅茶がよく出されたが、やはり咲夜の入れるものには敵わない。あれはホント神か!て思うほど美味いからね。賠償金と一緒に茶っ葉もふんだくってこよう。
「なぁ霊夢、その服装は何なんだ?」
「これは巫女の装束よ」
「ミコ?」
ホグワーツ生達は私の話に興味津々だった。何しろ自分達の知らない異文化だ。そして、 私が悩みに悩んだ事をついに質問してきた。
「霊夢は、どうして家がないんだい? 単なる家出にしては…」
その質問を投げかけてきたのは、パーシー・ウィーズリーだった。まだ私の事を完全に信用しきっていない様子である。何方にしろ話す事になるだろうという事で、私は現実も踏まえた作り話を語り始めた。
「私は、母と一緒に『博麗神社』の巫女として働いていたの。”博麗大結界”という特殊なあー…魔法、を使って、辺りの土地を守っていた。でも突然、何か大きな魔力が爆発して…母を巻き込んでしまったわ。母は私を守ろうとして亡くなったの…それから家無し。2週間くらい前の事ね。親戚も家族ももういないから、渡り歩いてんのよ」
「可哀想に…霊夢、君が良ければだけど、ずっと此処にいて良いんだよ?」
アーサーは優しく私に言う。その言葉は、現在宿無しの私にとってとてもありがたい事だった。しかし、そこまで面倒を見てもらうわけにはいかない。
「良いんですか? でも、これ以上迷惑をかけるわけには…」
「全然構わないのよ霊夢。うちは経済的にも余裕があるし、たくさん人がいた方が賑やかで良いわ。それに、ジニーの相手もしてもらえるし」
「あぁ…」
私はジニーを見た。対して情が沸くわけではないが、確かに男の中5人に女2人というのは窮屈だろう。アーサーは良い人なので、男尊女卑をするはずがないが、やはり女の楽しみが少ない事には変わりない。私はその事も踏まえ、小さく頷いた。
「それでは、これから長らくお世話になります。どうぞ宜しくお願いします」
「あら霊夢、私達の事は本当の家族だと思ってくれて良いのよ」
「そうですね…このご恩は、いつか必ず返させていただきます」
「そんな事しなくても良いのよ」
「それでは私の顔が立たないですから」
*
何日が日が経ち、私はこの世界でいう魔法力を多く発揮していた。それは幻想郷ではやらなかった事ばかりだったので、実に興味深かった。私は博麗の巫女としての特殊な力をいくつも持っているが、使おうとも思わないし自慢しようとも思わない。この世界が一体どんな危険性を秘めているのか、私の基準ではまだ分からない。私がどんな道を選ぶかは、それによって変わるだろう。後はまぁ、成り行きに任せれば良い。
この物語が正しい方向に進もうが間違った方法に進もうが、私が早くこの世界から出られればそれで問題はない。幻想郷の時間は止まっているのだから、この物語を楽しむのも良いかもしれないけど。
幻想郷時での力がそのまま引き継がれているという事は、私はこの世界でも最強という可能性がある。この世界の魔女や魔法使いの実力はある程度見させてもらったが、大した事はなかった。スペルカードを使えば一瞬で吹き飛ぶだろう。魔法の世界で弾幕を使うのは気がひけるが。
「霊夢、クィディッチしようぜ」
「そうね、行こうかしら」
この世界の文化はとても興味深い。魔理沙はよく箒に乗って移動をしているが、この世界では「クィディッチ」という箒を使うスポーツがある。幻想郷でも弾幕ごっこではなくそれをすれば良いのに…と正直思う。スペルカードを制定したのは私だが、クィディッチを覚えて広めるのも良いかもしれない。
そしてある日、朝食を皆で食べていると、真っ黒なふくろうが空の彼方から飛んできた。足にいくつもの手紙を括り付け、リビングルームに飛び込んできた。幻想郷でも文などが伝書鳩を使ったりしているらしいが、ふくろうを使うとは中々ユニークだ。
どうやらホグワーツからの手紙らしく、私にも来ていた。
『ホグワーツ魔法魔術学校 校長アルバス・ダンブルドア
マーリン勲章、勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長、最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会員
親愛なる博麗殿
この度ホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されました事、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。
新学期は9月1日に始まります。7月30日必着でふくろう便にての返事をお待ちしております。
敬具 副校長ミネルバ・マクゴナガル』
ダンブルドアと言えば、ハリー・ポッターの倒した、最恐の闇の魔法使いヴォルデモートが唯一恐れたとされる魔法使いだ。私はよく知らないが、ロンが蛙チョコレートのおまけカードやらを見せてきたのである程度は把握している。何しろ、偉大な功績を残した魔法使いだ。
教科書並びに教材のリスト…私はお金を持っていない。お金までウィーズリー家の方々に負担してもらうのは嫌だ。
すると、私の巫女服のポケットの中に、何か重みを感じた。違和感を感じてポケットの中に手を突っ込んでみると、茶色の皮袋が出てきた。それには手紙が添えられている。
『まさか霊夢が迷い込んだなんて思わなかったわ。魔理沙だったら絶対にしないけど、特別よ。一応、必要なだけだったらいくらでもお金が出てくる袋。なくさないようにしてね。 パチュリー・ノーレッジ』
袋を開くと、多くの金貨が入っていた。これならば、ウィーズリー家に負担を強いる事もないだろう。それに、宿泊施設なども使えるかもしれない。しかし、貧乏癖が出てしまい、どうしても不必要なお金を使おうとは思わなかった。甘えられるのなら、そうしておこう。
「今日リストが届いたわねみんな。お昼頃に買いに行きましょうか」
モリーは笑顔で言う。今日は平日なので、アーサーは既に魔法省に仕事に出ている。彼は魔法省の魔法不正使用取締局の局長をしているらしい。マグル(普通の人間)の製品が好きらしく、電池やら飛行機やらに興味があるとか。正直、私も初めて見た代物なので興味が湧いた。
お昼時になると、皆魔法使いのローブに着替えた。私は巫女服しか持っていないので、そのままの格好で買い出しに行く事にした。
「何処に行くの?」
「『ダイアゴン横丁』だよ。何でも揃う場所さ。そこで色々と日用品を揃えたりするんだ」
何故か私達は、暖炉の前に並んでいた。ふとガイドブックの内容を思い出す。確か、魔法使いは「煙突飛行ネットワーク」というモノを自分の家の暖炉で繋ぎ、暖炉間で行き来ができるらしい。
「暖炉の中に入って『煙突飛行粉』を掴み、行きたい場所を叫ぶ。そして粉を暖炉の中に投げ込めば移動できるんだじょ。霊夢は使った事あるかい?」
「ないわよジョージ…フレッドかしら?」
「残念、ジョージでしたー☆」「と見せかけてフレッドでしたー☆」
「本当にそっくりね…」
相変わらず双子は見分けがつかない。片方頭を剃っておくとかすれば、きっと何方かが分かるだろうが、この瓜二つな少年を見分ける事は難しい。
「霊夢は暖炉を使った事がある?」
「いいえ、私は普段空を飛んで移動するから」
「箒を使うのか。面倒だなぁ」
「そうね…箒…」
そういえば、私が「空を飛ぶ程度の能力」を持っているだけで、普通の人間は空を飛ぶ事ができないのだった。箒を扱う際も、またがってその能力を使って猛スピードを出しているだけの話。クィディッチの才能があるとか、変な事を言わないでほしい。ただ反射能力が高いだけだ。
フレジョとロンが移動した後、私は大幣を持ちつつ暖炉の中に入った。大幣は、巫女服と同じで幻想郷の名残のような気がして、どうしても肌身離さず持ってしまっていた。大幣を使って魔法らしきモノを使う事もできたが、この世界では幻想郷のように杖なしで魔法を使う事ができないため、大幣を使うのはあくまでも最終手段という事にしておこう。
私は「煙突飛行粉」を手に取り、叫んだ。
「ダイアゴン横丁!」
*
その後、グリンゴッツに行ってウィーズリー家の金庫でお金を取り、制服のローブを買い、教科書を買い、最後に魔法の杖を買う事になった。大幣が杖の代わりになってくれるが、やはり魔法界で杖を使わない事は不審なのだ。新しい杖を買うのは、私だけ。ロンはお下がりの杖を使うようだったので、赤毛一家はダイアゴン横丁の入口である場所、「漏れ鍋」で先に昼食を食べているはずだ。
多くの魔法使いの乱れるダイアゴン横丁には、紀元前から開かれる杖店があった。ドアを開けると涼しい鈴の音が店に響き、人が入った事を伝えた。
平然と杖箱の積み上げられた埃っぽい店の奥からは、満月のような大きな瞳を持った老人が出てきた。彼が店主のオリバンダーだろう。
「初めましてお嬢さん、素敵な服ですな」
「そう…えーと、オリバンダー老人? 杖がほしいのだけど」
「おぉ勿論ですとも。杖腕は何方ですかな?」
「利き手…私は両利きだけど、あえて挙げるなら右よ」
「では失礼して」
オリバンダーは巻尺を取り出し、私の体を測り出した。つま先から頭のてっぺんまで。万遍なく測り終わると、彼は巻尺をしまった。何やら眉間にシワを寄せている。
「うむ…お嬢さん、貴女は何やら普通の人間と少し違うようで。間違いないでしょうか?」
「…まぁそうね。普通の人間とは違うわ」
幻想郷の守り主であり、妖怪さえも手を出す事は許されない私は、確かに普通ではない。尤も、幻想郷に「普通」などという言葉は何処へ行っても見つける事ができないだろう。オリバンダーは唸りつつも、店の奥に入っていき、杖の箱を取り出して戻って来た。震える両手で慎重に箱を持ち、ゆっくりゆっくりと歩いてくる。
そして箱を開き、中から杖を取り出した。細いが色鮮やかな美しい杖だった。彼はそれを私に渡し、徐に言葉を並べ始めた。
「ふむ、猫柳に、フウーパーの羽毛…奇怪な美しい魔法を使うのに最適。これは初代より受け継がれてきた杖です。どうぞ試してみなされ」
カラフルな杖を受け取り、指先が何やら熱く感じた私はオリバンダーに促すままにヒュッと一振りした。すると杖先から、杖と同じように色鮮やかな閃光が飛び出し、空中で遊び、ぶつかって分裂していった。その刹那は美しく、オリバンダーを巻き込んで瞳を魅了していた。光が失せると、彼は長らくかかっていた魔法が解けたかのように、頭をブルッと震わせた。
そして私に、哀れんでいるような、悲しんでいるような、そんな多くの感情が入り混じった目を向けてきた。何も言わない老人を前に、私は動揺する事なく、大きくため息をついた。
「これをいただくわ」
「そ、そうですな…7ガリオンです」
「何か言いた気な顔ね、オリバンダーさん?」
私は袋から7ガリオンを取り出しつつ、薄ら笑いを浮かべてオリバンダーに聞いた。
「この杖、初代より受け継がれてきたって言っていたけど…杖は持ち主を選ぶと読んだわ。そんなにも頑固な杖なのかしら?」
「いえ、そういうわけではなく…猫柳もフウーパーの羽毛も、杖の材料としてはとても珍しく、と同時に杖も持ち主をよくよく選ぶのです。この杖は、『特殊な力を持った者』を選ぶと、初代は言っていたそうです」
「『特殊な力』ね…まぁ良いわよオリバンダー、良い杖が買えた」
私はそれだけ言い残すと、店を去る。
荒れ交う人々の真ん中で、赤の巫女が一人佇んだ。
閉じ込められた物語の中心で、私は何を守れるのだろう。
幻想郷で私は、秩序と平和を守り続けた。代々巫女に受け継がれし「博麗大結界」により、私は強大な力と人望を盾にして幻想郷を守り続けた。
終わりなき世界の果てから、私は出る事もできない。ただ今は楽しもう。異変にも、妖怪にも、結界にも幻想郷にもーー何にも捉われず、物語の終焉までの日々を。
ページ上へ戻る