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Sword Art Rider-Awakening Clock Up

作者:redo
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尾行

数分の飛行で、3人と1人は洞窟の入り口まで辿り着いた。

ほぼ垂直に切り立った1枚岩の中央に、巨人の(のみ)で穿たれたかの如き四角い穴が開いている。幅も高さも、リーファの背丈の3、4倍はありそうな大きさだ。遠くからはわからなかったが、入り口の周囲は不気味な怪物の彫刻で飾られ、上部中央には一際(ひときわ)大きな悪魔の首が突き出して侵入者を睥睨(へいげい)している。

「……この洞窟、名前はあるの?」

キリトの問いに、リーファは頷きつつ答えた。

「《ルグルー回廊》っていったわ、確か。ルグルーってのが鉱山都市の名前」

「ふぅん。……そういえば、とあるファンタジー映画にこんな展開が……」

ニヤニヤと笑うキリトの顔を、ネザーが横目で睨む。

「《ゲーム・オブ・スローンズ》みたいな展開ではないと思うぞ」

「だよね。……って、あのドラマ見たことあるの!?」

意外な言葉にキリトは仰天した。

ゲーム・オブ・スローンズと言えば、《ジョージ・レイモンド・リチャード・マーティン》著のファンタジー小説シリーズ『氷と炎の歌』を原作としたテレビドラマシリーズ。中世ヨーロッパに類似するがドラゴンや魔法が存在する架空の世界に於いて、多くの登場人物が入り乱れる群像劇。

2011年春から放送が始まり、最新の第7シーズンは、7エピソードで2017年7月16日から放送された。日本ではスター・チャンネルに於いて2013年1月から放送され、第6シーズンからは日米同時放送されている。《ワーナー エンターテイメントジャパン》から第1〜6シーズンのDVD&Blu-rayが発売されている。

キリトもシーズン1の第1話を見て以来、面白くてついつい何度も観賞したものだ。そんな人気ドラマをネザーが見ていたというのは驚きだった。

「映画好きの知り合いに見せられただけだ」

言い訳に聞こえるが、俺の言い分は正しい。

茅場晶彦が所属していた大学の重村研究室の後輩《比嘉(ひが)タケル》とはZECTに入る以前からの知り合い。晶彦と共にいるおかげで多くの人間と知り合ってきたが、その内の1人だったタケルは140近いIQを持つ優秀な男。

だが奴は、無骨なデザインの丸眼鏡に、金髪の短い髪を逆立て、アニメのキャラが描かれたTシャツを着こみ、軽い口調で喋るなど、とても科学者には見えない風貌である。俺の眼から見れば凡庸そのものだ。しかもかなりの映画好きで、SFやアクションといった様々なジャンルの映画や海外ドラマをコレクションしている。暇な時や娯楽時はよく映画を観賞し、俺も付き合わされる羽目に何度も陥ったが__見ていて楽しいと思えたのは確かだった。

少なからず__心の闇を打ち払えたような気分だった。

「お2人さん、行きましょ」

フリーズした空間を溶かすように、リーファはスタスタと洞窟の中へと歩き出した。

洞窟の中はひんやりと涼しく、外から差し込む光もすぐに薄れて、周囲を暗闇が覆い始めた。魔法で明かりを(とも)そうと手を上げてから、ふと思いついてネザーとキリトを見る。

「そういえば、2人は魔法スキル上げてる?」

「あ__、まあ、種族の初期設定だけなら……。使ったことはあんまりないんだけど……」

「洞窟はスプリガンの得意分野だ。明かりを灯す術も使えるはずだ。スペルワードさえ覚えていればな……」

俺はこの妖精世界のことを知ってから事前に下調べをした。

魔法はALO内で使用できるシステムの一種。魔法を使用する際は実際に口で《呪文(スペル)》を詠唱する必要がある。このスペルは決まっており、当然暗記しておく必要性が出てくる。ただし魔法名は決まっているわけでもないため、スペルだけ暗記しておけば問題はない。

難解な大規模魔法となるとスペルも驚くほど長くなる。 システムが認識できるよう、一定以上の声量と明確な発音を必要とし、もし途中でスペルを間違えれば失敗(ファンブル)となり、また初めから詠唱しなければならない。また、魔力(マナ)が足りない場合もファンブルする。

例えばサラマンダーの攻撃火炎魔法やウンディーネの回復魔法、隠行魔法や看破魔法等の支援魔法など、多岐に渡る種別がある。 種族によって魔法の得意分野が設定されているが、例外もある。闇魔法を得意とするインプでも、他の属性魔法を1つや2つを習得することは不可能ではない。初めてスイルベーンを訪れた時、リーファが1回の魔法でキリトをHPを全回復する回復魔法を使用したのがその証拠だ。

「ネザーさん、随分と詳しいんですね。とても初心者とは思えないんですけど……」

疑いの眼差しが俺に向けられたが、リーファと眼を合わせないまま通り過ぎ去る風の如く受け流す。それを見たリーファは少々呆れたようにため息をついたが、時間を無駄にしたくないと話を本題に戻すことにした。

「まあ、いいわ。それはそうと……さっきネザーさんが言った通り、洞窟とかはスプリガンの得意分野だから、明かりの術も風魔法よりはいいのがあるはずなのよ」

「えーと、ユイ、わかるか?」

頭を掻きながらキリトが言うと、胸ポケットから頭だけ出したユイがどこか教師然とした口調で言った。

「もう、パパ、マニュアルくらい見ておいたほうがいいですよ。明かりの魔法はですね……」

ユイが一音ずつ区切るように発声したスペルワードを、キリトは右手を掲げながら覚束(おぼつか)ない調子で繰り返した。すると、その手から仄白(ほのじろ)い光の波動が広がり、それがリーファとネザーの体を包んだ途端、スッと視線が明るくなった。どうやら光源を発生させて周囲を照らすのではなく、対象に暗視能力を付与する魔法らしい。

「わあ、これは便利ね。スプリガンも捨てたもんじゃないわね」

「あ、その言われ方なんか傷つく」

「うふふ。嫌でも実際、使える魔法くらい暗記しておいたほうがいいわよ。いくらスプリガンのしょぼい魔法でも、それが生死を分ける状況だってひょっとするとないとも限らないし」

「うわ、更に傷つく!」

軽口を叩きながら、曲がりくねった洞窟を下っていく。いつの間にか、入り口の白い光はすっかり見えなくなっていた。





「うええーと……アール・デナ・レ……レイ……」

キリトは、紫に発光するリファレンスマニュアルを覗き込み、覚束ない口調でスペルワードをブツブツと呟いた。

「ダメダメ、そんなにつっかえたらちゃんと発動できないわよ」

「スペル全体を暗記するより、それぞれのスペルの意味を覚えて、魔法の効果と関連付けるように記憶したほうがいい」

ネザーが言うと、黒衣の剣士は深いため息と共にガックリと項垂れる。

「まさかゲームの中で英熟語の勉強みたいな真似することになるとは思わなかったなぁ……」

「言っときますけど、上級スペルなんて20ワードくらいあるんだからね」

「うへぇ……。俺もうピュアファイターでいいよ……」

「泣き言は言わない!ほら、最初からもう1回」

__洞窟に入ってすでに2時間が経過していた。10回を越えるオーク相手の戦闘も難なく切り抜け、スイルベーンで仕入れておいたマップのおかげで道に迷うこともなく、順調に路程(ろてい)を消化している。マップによればこの先には広大な地底湖に架かる橋があり、それを渡ればいよいよ地底鉱山都市ルグルーに到着することになる。

ルグルーは、ノーム領の首都たる大地要塞ほどではないが良質の鉱石を産し、商人や鍛冶屋プレイヤーが多く暮らしているということだったが、ここまでの行程で他のプレイヤーと出会うことはなかった。この洞窟は、狩場としてはそれほど実入りのいい場所ではないし、何より飛行が身上のシルフ故、飛べない場所は敬遠する者が多いのだろう。洞窟内も幅も高さも充分あるのだが、飛翔力の源たる日光も月光も届かないため、翅が一切回復しないのだ。

シルフのプレイヤーで交易や観光のためにアルンを目指す者は、所要時間は大幅に増えてしまうが、シルフ領の北にあるケットシー領を経由して山脈を迂回する場合が多い。猫に似た耳と尻尾を持つ種族ケットシーはモンスターや動物を飼い馴らすスキル《テイミング》が得意で、テイムした騎乗(きじょう)動物を昔からシルフ領に提供してきた縁があるため、シルフとは伝統的に仲がいい。領主同士の関係も良好で、近い内に正式に同盟を結ぶという噂もある。

リーファにも親しいケットシーの友人が何人かいるために、今回のアルン行きも北回りルートを取ろうかと考えたが、キリトとネザーが急ぐ様子だったので山越えを選んだ。地下深く潜るのは正直不安もあったが、この調子ならさして問題なく突破できるだろう。

__そう言えば、2人がなぜそれほどアルン、いや世界樹へと急ぐのか、その理由も謎のままだ。飄々(ひょうひょう)とした態度からは中々内心が(うかが)い知れないが、戦闘の様子を見るとどうやらかなり気が急いでいるようでもある。

確か人を探している、と言っていた。リアルで連絡が取れない相手をゲーム内部で探すというのは、それほど珍しい話でもない。雑貨屋の店先にあるう掲示板の訪ね人コーナーには、常に《探しています》の書き込みが後を絶たない。大概その理由は恨みつらみか色恋沙汰のどちらかだが、リーファが思うに、このどちらもネザーとキリトには似合わない気がした。それに__アルンで探す、ならわかるがなぜ世界樹なのか。あそこには今のところ不可侵領域であり、例え根元まで辿り着けても、上部に登ることは不可能だ……。

スペルワードに悪戦苦闘し続けるキリトと、スペルをほぼ完璧にマスターしたネザーの傍らを歩きながら、リーファはぼんやりと取り留めのない思考に身を任せていた。普段なら中立地帯で物思いに耽るなど自殺行為だが、この旅に限ってはユイが恐るべき精度でモンスターの接近を予告してくれるため不意打ちの心配はない。

更に数分が経過し、いよいよ地底湖が間近に迫りつつあったその時、リーファの意識を呼び覚ましたのはユイの警告ではなく、ルルルという電話の呼び出し音にも似たサウンドエフェクトだった。

リーファはハッと顔を上げ、キリトとネザーに声をかけた。

「あ、メッセージ入った。ごめん、ちょっと待って」

「ああ」

「急げよ」

立ち止まり、体の前方、胸より少し低い位置に表示されたアイコンを指先で押す。瞬時にウィンドウが展開し、着信したフレンドメッセージが表示された。と言ってもリーファがフレンド登録しているのは、不本意ながらレコンただ1人なので、差出人は読む前からわかっていた。どうせまた益体(やくたい)もない内容だろうと思いながら眼を走らせる。だが__

【やっぱり思ったとおりだった!気をつけて、s】

書かれていたのはこれだけだった。

「なんだこりゃ?」

思わず呟く。まったく意味を成していない。何が思ったとおりなのか、何に気をつけろというのか、そもそも文末の《s》というのは何なのだ。署名ならばRのはずだし、文章を書きかけて送信したのだろうか?

「エス……さ……し……す……うーん?」

「どうした?」

不思議そうな顔のキリトに、内容を説明しようとした、その時だった。彼の胸ポケットからぴょこんとユイが顔を出した。

「パパ、接近する反応があります」

「モンスターか?」

ネザーが腰の片手剣の柄に手を掛ける。だが、ユイはフルフルと首を振った。

「いえ__プレイヤーです。多いです……12人」

「12人……!?」

リーファは絶句した。通常の戦闘単位にしては多すぎる。スイルベーンからルグルーもしくはアルンを目指す、シルフ族の交易キャラバンだろうか。

確かに、月に1回ほどのペースで領地と中央を往復する大パーティーが組まれてはいる。しかしあれは出発数日前から大々的に告知して参加者を募るのが慣例(かんれい)だし、朝に掲示板を覗いた時にはそのような書き込みはなかった。

しかし正体不明の集団であろうとも、それがシルフである限り危険はないし、まさかこんな場所に異種族の集団PKが出るとも思わなかったが、何となく嫌な感じがしてリーファは2人に向き直った。

「ちょっと嫌な予感がするの。隠れてやり過ごそう」

「隠れるって……どこに……」

キリトは戸惑ったように周囲を見回す。長い1本道の途中で、幅は広いが身を隠せるような枝道の類いは見当たらない。

「ま、そこはおまかせよ」

リーファは澄ました笑みを浮かべるとキリトの腕を取り、手近な(くぼ)みに引っ張り込んだ。

「ネザーさんも速くこっちに」

リーファに呼ばれ、スイスイと滞りなく窪みに向かって歩むネザー。3人の体が密着すると、リーファは左手を上げてスペルを詠唱する。

すぐに緑に輝く空気の渦が足下から巻き起こり、3人の体を包み込んだ。視界は薄緑色に染まったが、外部からはほぼ完全に隠蔽されたはずだ。リーファはすぐ傍らの2人を見上げ、小声で囁いた。

「喋る時は最低のボリュームでね。あんまり大きい声出すと魔法が解けちゃうから」

「わかった」

「便利な魔法だなぁ」

キリトは眼を丸くして風の膜を見回している。そのポケットから顔を出したユイも、難しい顔をしてヒソヒソと囁いた。

「あと2分ほどで視界に入ります」

3人は首を縮め、岩肌に体を押し付ける。緊迫した数秒が過ぎ、やがてリーファの耳にザッザッという足音が微かに届いた。その響きの中に、重い金属質の響きが混じった気がして、あれ、と内心で首を傾げた時__。

ネザーがひょいと首を伸ばし、不明集団が接近してくる方向を睨んだ。

「あれは……」

「何?まだ見えてないんじゃ?」

インプは暗中飛行と暗視能力に長けた種族としても知られている。洞窟に入って暗闇に閉ざされた時も、インプであるネザーの視界にはちゃんと洞窟内が見えていた。キリトに魔法で明るくしてもらってからは、視界がより鮮明になった。

「プレイヤーではない。モンスター……小さな、赤いコウモリ……」

「!?」

リーファは息を呑んで眼を凝らした。洞窟の暗闇の中に__確かに小さな赤い影かヒラヒラと飛翔し、こちらに近づいてくる。あれは__

「……くそっ」

無意識の内に罵り声を上げると、リーファは窪みから道の真ん中に転がり出た。自動的に隠蔽魔法が解除され、キリトも戸惑い顔で体を起こす。

「お、おい、どうしたんだよ?」

「あれは、高位魔法のトレーシング・サーチャーよ!!潰さないと!!」

叫びながら両手を前方に掲げ、スペル詠唱を開始。長めのワードを唱え終わると、リーファの両手の指先からエメラルド色に光る針が無数に発射された。ビィィィ、と空気を鳴らし、赤い影目掛けて針が殺到していく。

コウモリはフワリフワリと宙を漂い、巧みに射線から身をかわし続けたが、やがて弾数の多さに屈したように数本の針に貫かれて地面に墜落し、赤い炎に包まれて消滅した。それを確認するやリーファは身を(ひるがえ)し、キリトとネザーに向かって叫んだ。

「2人とも、街まで走るよ!!」

「え……また隠れるのはダメなのか?」

「トレーサーを潰したのは敵にももうバレてる。この辺に来たら山ほどサーチャーを出すだろうから、とても隠れきれないよ。それに……さっきのは火属性の使い魔なの。ってことは、今接近してるパーティーは……」

「サラマンダーか!」

察しのいいところを見せたネザーも顔を(しか)めた。そのやり取りの間にも、ガシャガシャという金属音の混じった足音は大きくなっていく。リーファがもう一度チラリと振り返ると、彼方の暗闇にチラリと赤い光が見えた。

「行こう」

頷き合い、3人は走り出した。

一目散に駆けながらマップを広げて確認すると、この一本道はもうすぐ終わり、その先に大きな地底湖が広がっていた。道は湖を貫く橋に繋がり、それを渡り終えれば鉱山都市ルグルーの門に飛び込むことができる。中立都市の圏内はアタック不可能なので、いかに敵の数が多くとも何もすることはできない。

でも、どうしてこんな所にサラマンダーの大集団が……。

リーファは唇を噛んだ。トレーサーに付けられていたということは、連中は最初からリーファ達を狙っていたということだ。しかしスイルベーンを出てからは、ユイのサーチ能力のせいでそんな隙はなかったはずだ。可能性があるとすれば、まだスイルベーンの街中にいた時に、すでに魔法を掛けられていたという線しかない。

火属性の魔法を使うシルフもいないわけではない。各種族の魔法は、風ならシルフ、闇ならインプというように特定の種族に(ひい)でた適正があるが、習得に苦労するだけでスキルを上げること自体は可能だ。

だが、さっき潰した赤いコウモリは、目標を追跡するトレーサーと、隠蔽を暴くサーチャーの機能を兼ね備えた高位の術で、サラマンダー以外の種族があれを使えるほどに火属性スキルをマスターするのは至難の技と言っていい。ということは__

「スイルベーンにサラマンダーが入り込んでいた……?」

走りながら、リーファは呟いた。もしその想像が的中しているとすれば容易ならざる事態だ。スイルベーンは比較的多種族の旅行者に門戸の開かれた術だが、敵対関係にあるサラマンダーの侵入だけは厳しくチェックしていた。強力なNPCガーディアンが、見つけ次第斬り倒しているはずなのだ。それを掻い潜る手段は極少ない。

「お、湖だ」

お前方を走るキリトの声が、リーファとネザーの意識を引き戻した。顔を上げると、ゴツゴツした通路はすぐ先で石畳の道に変わり、その向こうで空間がいっぱいに開けて、青黒い湖水が仄かに光っていた。

湖の中央を石造りの橋が一直線に貫き、彼方には空洞の天井まで繋がる巨大な城門が聳え立っている。鉱山都市ルグルーの門だ。その内部に飛び込んでしまえば、この鬼ごっこはリーファ達の勝利だ。

少しばかり安堵して、リーファは再び後方を振り返った。追手の灯す赤い光とはまだかなりの距離がある。これなら__、そう思って石畳を蹴る足に力を込める。

橋に入ると、周囲の温度がわずかに下がった。冷んやりと水の香りがする空気を切り裂いて疾駆する。

「どうやら逃げ切れそうだな」

「油断して落っこちないでよ。水中に大型のモンスターがいるから」

キリトと短く言葉を交わしながら、橋の中央に設けられた円形の展望台に差し掛かった、その瞬間だった。

頭上の暗闇を、背後から2つの光点が高速で通過した。特徴的な輝きと効果音は、魔法の起動弾に間違いない。追ってくるサラマンダー集団が悪足掻きで放ったものだろうが、照準がまるで外れている。

着弾をやり過ごしてから走り抜ければいい、と走るスピードを緩めた直後、光点の10メートルほど先に落下した。

爆発を予期し、リーファは右腕を顔の前に翳そうとしたが、しかし続いた現象は予想外のものだった。ゴゴーン!という重々しい轟音と共に、橋の表面から巨大な岩壁が高く迫り上がり、行く手を完全に塞いだのだ。顔を顰め、反射的に毒づく。

「やばっ……」

「な……」

「ちっ……」

ネザーの舌打ちでピリオドが打たれる。

キリトも一瞬眼を丸くしたが、走る勢いは緩めなかった。背の巨剣を鈍い金属音と共に抜き放つと、それと一体になって完璧に突進していく。

「あ……キリト君!」

無駄よ、と口に出す暇はなかった。キリトは巨剣を思い切り岩に打ち込み、ガツーン!という衝撃音と共に弾き返されて橋に尻餅をついた。褐色(かっしょく)の岩肌には傷1つついていない。

「無駄よ」

翅を広げて急制動をかけ、キリトの横に停止すると、改めてリーファは言った。時を同じくしてキリトの横でネザーが停止した途端、スプリガンの少年は恨めしい顔で立ち上がった。

「もっと速く言ってくれれば……」

「速さで全てを解決できるなら苦労しねぇよ」

文句を聞いたネザーが呆れ顔を浮かべる中、リーファは眼前の岩壁について説明する。

「これは土魔法の障壁だから物理攻撃じゃ破れないわ。攻撃魔法をいっぱい撃ち込めば破壊できるけど……」

「そんな余裕はなさそうだな」

並んで背後を振り返ると、血の色に輝く鎧を纏った集団の先頭が橋の(たもと)に差し掛かるところだった。

「飛んで回り込むのは……無理があるな」

「湖に飛び込むのはありか?」

キリトの提案にリーファは首を横に振る。

「なし。さっきも言ったけど、ここには超高レベルの水竜型モンスターが潜んでるらしいわ。ウンディーネの援護なしに水中戦をするのは自殺行為よ」

「じゃあ戦うしかないわけか」

「面倒臭いことになったものだな」

巨剣をガシャリと構え直したキリトと、後から片手剣を抜き取ったネザーに向かって、リーファは頷きつつ唇を噛んだ。

「それしかない……んだけど、ちょっとヤバイかもよ……。サラマンダーがこんな高位の土魔法を使えるってことは、よほど手練れのメイジが混ざってるんだわ……」

橋の幅が狭いため、多数の敵に一方的に包囲殲滅されるという最悪の展開は避けられそうだった。しかしそもそも12対3という圧倒的に不利な戦力差の上、このダンジョン内では飛ぶことができない。リーファの得意な空中での乱戦に持ち込むことができないのだ。

全ては個々の数がどれほどの戦闘力を持っているかにかかっている。

__それもあんまり期待できそうにないかも……。

内心で呟きながら、リーファは2人に挟まれる形で隣に立つと長刀を抜いた。重い金属音を響かせながら接近してくる敵集団はもうはっきりと目視できる。先頭、横一列に並んだ巨漢のサラマンダー3人は、先日戦った連中よりも一回り分厚いアーマーに身を固め、左手にメイスなどの片手武器、右手に巨大な金属盾を(たずさ)えている。

それを見て、リーファは一瞬訝しく思った。ALO内での利き腕は現実世界と同じなので、サウスポーのプレイヤーはやはり少ないはずなのだ。

だがその疑問を口にする前に、隣に立つキリトがリーファをちらりと見て、言った。

「リーファ、キミの腕を信用してないわけじゃないんだけど……ここはサポートに回ってもらえないか?」

「え?」

「サラマンダーの相手は俺とネザーでやる。キミは後ろから回復役に徹してほしいんだ。そのほうが俺達も思い切り戦えるしな。それでいいよな、ネザー」

ちらりとネザーの横顔を見ながらキリトは問う。

「ああ、異存はない」

抜き取った片手剣を掌で器用に回しながら答える。

「ここは道幅が狭いが、思う存分に戦うには2人のほうがいい」

リーファは改めて2人が携える諸刃(もろは)の剣を見やった。確かに狭い橋の上で、味方を気遣いながら戦うのは面倒だろう。特にキリトの持つ大剣は振り回すにはは至難と言える。ヒール役は性分ではなかったが、リーファはコクリと頷き、軽く地面を蹴って橋を遮る岩壁ギリギリの場所まで退いた。どちらにせよ議論している時間はもうない。

キリトとネザーは腰を落とすと体を捻り、巨剣を体の後ろ一杯に引き絞った。津波のような重圧で3人のサラマンダーが迫る。2人の大きいとは言えない体が、ギリギリと音がしそうなほどに捻転(ねんてん)していく。蓄積されたエネルギーの揺らぎが眼に見えるようだ。両者の距離は見る見る内に縮まり__

「__せいっ!!」

「__はぁっ!!」

気合一閃、2人は左足をずしんと一歩踏み出すと、青いアタックエフェクト光に包まれた剣を、深紅の重戦士達に向かって横薙ぎに叩きつけた。空気を断ち割る唸り、橋を揺るがす振動、間違いなくかつてリーファが見た中で最大級の威力を秘めた斬撃だった。

__だが。

「えっ……?」

リーファは唖然として眼を見開いた。3人のサラマンダーは武器を振りかぶることもせず、ギュッと密集すると右手の盾を前面に突き出し、その陰に体を隠したのだ。

ガァーン!!という大音響を轟かせ、ネザーとキリトの剣が並んだタワーシールドの表面を一文字に()いだ。ビリビリと空気が震え、湖面に大きな波紋が広がった。しかし重戦士達は、わずかに後方に押し動かさただけで2人の攻撃を耐え切った。

リーファは慌ててサラマンダー達のHPバーを確認した。揃って1割以上現象している。だがそれも束の間、次の瞬間戦士達の後方から立て続けにスペル詠唱音が響き、3人の前衛の体を水色の光が包んだ。ヒールの重唱(じゅうしょう)でHPバーが瞬時にフル回転する。そして、直後__。

鋼鉄の城壁にも似た大型シールドの後背から、オレンジ色に光る火球が次々に発射され、大空洞の天井一杯に無数の孤を引いて降り注ぎ、2人の立つ場所に炸裂した。

湖面を真っ赤に染めるほどの爆発が巻き起こり、小さな黒衣と紫衣の姿を飲み込んだ。

「キリト君!!ネザーさん!!」
 
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