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風魔の小次郎 風魔血風録

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147部分:第十三話 暖かい風その六


第十三話 暖かい風その六

「お兄ちゃんを一人ぼっちにしないでくれ!今まで二人で世間の冷たい風に耐えてきたじゃないか!」
「風は冷たいものばかりじゃないよ」
「冷たいものだけじゃない・・・・・・」
「そうだよ、暖かい風もあるんだよ」
 これは武蔵にはわからないことだった。何故ならそれを感じたことはなかったからだ。武蔵のこれまでの人生では全く無縁のものでしかなかったのだ。
「小次郎がそれを教えてくれたんだよ」
「そうだよ、小次郎がね」
 兄に教えるのだった。その姿は当然ながら夜叉姫や姫子達にも見えていた。夜叉姫は絵里奈の今の言葉を聞きながら魔矢に声をかけた。
「魔矢」
「はい」
「武蔵の妹のことは知っていましたね」
「病気であるということは」
 このことは夜叉の中枢しか知らないことではあった。
「ですがこの様な事情があったとは」
「私も存じませんでした」
 魔矢が夜叉姫に述べる。
「まさか。不治の病だとは」
「私もです。しかし」
「しかし?」
「今は最後の闘いです」
 これは厳然たる事実であった。夜叉姫は居間夜叉の主として述べていた。
「誰にも邪魔はさせません。今は」
「はい」
「蘭子さん」
 姫子もまた蘭子に対して問うてきた。
「あの娘は」
「はい、間違いなく」
 二人には今自分達の目の前にいる絵里奈が何であるのかわかっていた。見れば彼女の姿は時々透ける。それが何よりの証拠である。
「間も無く」
「そうですね。では飛鳥武蔵は」
「いえ、それでもです」
 蘭子は険しい顔で姫子に答えた。
「あの男はそれでも闘います」
「何故ですか」
 これは姫子にはわからなかった。彼女は武蔵は絵里奈の為に闘っている。それならば絵里奈がいなくなっては闘う理由がない。そう考えたのだ。
「もう。闘う理由は」
「忍達がそうですが」
 忍達を言葉に出した。
「闘う為に生きていますね」
「はい」
 これはもうよくわかっていた。小次郎達を見ていて。
「あの男もそれと同じです。いえ」
「いえ?」
「小次郎達以上に闘いの中で生きてきました」
「小次郎さん達以上に」
「そうです。傭兵として」
 武蔵は傭兵として生きていた。それだけに無数の闘いを潜り抜けてきたのだ。だからこそ小次郎達よりも遥かに過酷な人生を経てきているのであった。
「生きてきましたから」
「だからですか」
「あの男は決して引きません」
 また姫子に告げる。
「何があろうとも」
「そうですか」
「私ね、考えていたけれど」
 絵里奈はさらに二人に対して語っていた。二人はただそれを聞くだけであった。
「実はね」
「実は?」
「何なんだよ絵里奈」
「お兄ちゃんとは結婚できないじゃない」
 こう言うのだった。
「それはね。そうでしょ」
「そうだ」
 これは武蔵が最もよくわかっていた。彼は妹として絵里奈を何処までも愛していたのである。この心に偽りもやましいところもない。
「御前は俺の妹だ。だから」
「だから。小次郎と結婚したかったんだけれど」
「俺とかよ」
「もうそれもできないね」
 申し訳なさそうに小次郎に述べる。
「これで。お別れだから」
「だから行くな、絵里奈!」
 また必死に絵里奈を呼び止める。
「御前がいなくなったら俺はもう」
「もう。私の為に闘わなくていいから」
 必死に呼び止めようとする兄に対して告げた。
「さよなら。暖かい風を見てね」
「絵里奈、行くな!」
 妹に駆け寄り必死に呼び止める。しかしその姿はさらに消えていくだけだった。
「絵里奈、絵里奈ーーーーーーーーーーっ!」
 だが絵里奈の姿は消えてしまった。後には何も残ってはいなかった。武蔵は遂に一人になってしまったのだった。
「終わりです」
 ここで夜叉姫が席を立って言った。
「この勝負、決着がつきました」
「何っ!?」
「それは」
 呆然とする武蔵はそのままに小次郎と姫子達が夜叉姫の言葉に一斉に顔を向けた。
「夜叉の姫さんよ、そりゃどういう意味だよ」
「夜叉姫、それは一体」
「何を考えている、闘いはまだ」
「飛鳥武蔵はもう闘うことはできません」
 これが夜叉姫の言葉であった。
「最早。ですからこの戦いは」
「風魔と夜叉の戦いって意味か」
「そう考えるのなら考えるといいでしょう」
 小次郎に対して答えた。
「どちらにしろもう。武蔵は」
「そうだな。どう見ても戦闘不能だ」
 蘭子もそう見ていた。
「ではこの戦いは」
「無念ですが貴方達の勝利です」
 潔く敗北を認める夜叉姫だった。
「全ては決しました」
「そうか。それではだ」
「お行きなさい」
 小次郎、そして姫子達にまた告げる。
 
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