Sword Art Rider-Awakening Clock Up
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妖精の世界
「うあぁ!」
途方もなく長い落下の末、悲鳴を発しながら俺はどことも知れぬ場所に墜落した。
最初に地面に接したのは足ではなく背中だった。深い草むらに倒れた姿勢で数秒間静止した後、ゆっくりと立ち上がった。そして周りに眼を向けた。
この場所は夜だ。深い森の中。
樹齢何百年とも知れぬ節くれだった巨木が、俺の周囲に天を衝く勢いで伸び、四方に枝葉を広げている。梢を透かして見えるのは星屑を散りばめた黒い空、そして真上で金色に輝く巨大な満月。
虫の音がする。それに被せて夜鳥が低く歌っている。遠く響く獣の遠吠え。鼻腔をくすぐる植物の香り。肌を撫でていく微風。全てが鮮やかに俺の五感を包み込んでいる。ある意味、現実以上の現実が感じられる。
エギルから話を聞いた時は半身半疑を抱いていたが、確かにこの《ALO》のモデリングの高性細さはSAOと何ら遜色がないように思える。1年足らずの開発期間でどうやってここまでの物を、という疑問も、神経系を駆け巡る圧倒的な情報量が押し流していく。
「……これが、未練というやつなのか……」
俺はまだ、仮想世界に対して切り捨てられないものがある。それもSAO__いや、茅場晶彦が原因だと思われるだろう。
その時。
「ふぐぅ!!」
突然、俺の隣に今度は黒い服を着た少年が、情けない悲鳴を発しながら墜落した。
草むらに顔を突っ込んだ姿勢で数秒後、ゆっくりと背中から仰向けに倒れたその少年が誰なのか。容姿は違うが、俺にはすぐにわかった。
「……お前も同じか、キリト」
名前を呼ばれた途端に体を起こした少年は、声が聞こえたほうに体全体を向けた。
「お前、ネザーか?」
「ああ」
どうやらキリトも、俺のように謎の雷光めいたノイズに見舞われたのだろう。そうでなければ自分と同じ場所に落下してくるはずがない。
お互い、自分に何が起きたのかを説明し、状況を納得した上で検証し合った。
「なんで俺達、こんな場所に来ちゃったんだ?」
「さあな」
先ほどのオブジェクト表示異常、謎の空間移動、あれらは何だったのか。そもそも2人はなぜそれぞれの所属のホームタウンに降りられなかったのか。お互い意見を言い合ったが、結局はわからずじまい。
「そうだ!」
突然キリトが右手を上げ、揃えた人差し指と中指を振った。が、何も起こらない。冷や汗をかきながら何度か試したところ、俺が言った。
「メニューの呼び出しは左手だ」
と言われた途端に「そうなの?」とキリトは答え、今度は俺に言われた通り左手の指を振った。
今度は軽快な効果音と共に半透明のメインメニューウィンドウが開いた。デザインはSAOのものとほとんど同一だ。右に並ぶメニューを食い入るように見つめる。
「あ、あった……」
一番下に、《Log Out》と表示されたボタンが光っていた。試しに押してみると、《フィールドでは即時ログアウトはできませんが云々》という警告メッセージと共にYes/Noというボタンが現れる。
ひとまずキリトは安堵のため息をついた。SAOの時のように、ログアウト不可能などということにならないか、という不安に見舞われたのだ。
改めて俺と顔を合わせたキリトは、周囲を見回しながら話す。
「で、ここは一体どこなんだ?」
「……見たところ、広大な森の中心、だな」
「なんでこんなことに……。とりあえずマップを開いてみるか」
再びウィンドウに眼を落とした。ボタンに指を伸ばしかけた時、キリトはあることに気づき、ぴたりと動きを止めた。
「うあ……!?」
思わず口から短い声が漏れた。
「どうした?」
俺は傍に寄り、キリトの見るウィンドウに眼を通した。
「これは……」
ウィンドウには、《Kirito》という馴染みの名前とスプリガンなる種族名の表示。その下に生命力ポイント、魔力ポイントというステータス数値がある。それぞれ400、80という、いかにも初期値然とした数字だ。ここまでは問題ない。
問題なのは、更にその下にある各種スキル欄だった。何を選択した覚えもないので、当然全て空欄と思いきや、様々なスキル名が8個も列記されているではないか。スプリガン種族の初期スキルだと思うが、それにしては数が多すぎる。キリトは欄に指先を触れさせ、スキル窓を開いて詳細に確認する。
並んでいるのは、《片手剣》やら《体術》、《武器防御》といった戦闘系スキルから《釣り》のような生活系スキルまでと一貫性がなく、その上熟練度の数値が異常だ。ほとんどのスキルが900台で、中には1000に達してマスター表示が付いているものもある。通常、MMORPG内のスキルというのは気の遠くなるような時間をかけて初めて完全習得できるもので、初期値からマックスということは絶対にあり得ない。
キリトのスキル異常を見ている内に、俺も自分のスキルがどうなっているか気になり始め、左手を振ってウィンドウを呼び出した。
自分が持つ各種スキル欄を開いて見てみると、ほぼキリトと同じく熟練度の数値が異常だった。当然、マスター表示付きのスキルもあった。ここまで見れば、自分のスキルがキリトとまったく同じ熟練度に達しているのは明白だ。
これはどう考えてもデータがバグっている。こんな森の中に飛ばされたことといい、システムが不安定なのだろう。
「おいおい大丈夫なのかよこのゲーム……。GMサポートはないのか……」
首を捻りつつ再びコマンド群を辿ろうとして、キリトはふと何か記録に引っかかるものを感じた。スキル一覧窓に眼を戻す。なぜか、熟練度の数値に見覚えがあるような気がした。
同時に、俺は悟った。
これらのスキル全て、俺とキリトがSAO世界で2年をかけて鍛えた各種スキルの熟練度数値そのままだ。いくつか欠損しているのもあるが、それらはこのALOと共通していないだろう。つまり、浮遊上アインクラッドと共に消滅したはずの2人の最終ステータスが今、眼の前に表示されているのだ。
しかし、ここはSAOではない。異なる会社が運営するまったく別のゲームなのだ。ナーブギアでログインしたのが原因かと思われるが、ここでは確かめようもなかった。
何だかんだかわからない状況だが、とりあえず他の情報がないか探ることにして、2人は自分のウィンドウに眼を通した。お互いアイテム欄を開いてみる。
「うわ……」
「これもか」
そこに現れたのは、激しく文字化けした数十行もの羅列だった。謎の漢字、数字、アルファベットが入り混じり、何が何やら見当がつかない。
多分、これも2人がアインクラッドで所持していたアイテム群の残滓なのだろう。やはり何らかの原因で、旧ネザー及び旧キリトのデータがこの世界に存在するのだ。
「あっ……待てよ……」
キリトはある可能性に思い至った。
アイテムが残っているなら、《アレ》もあるはずだ。アイテム欄を食い入れるように見つめ、指先で画面をスクロールしていく。
「頼む……あってくれ……頼むよ……」
意味をなさない文字列の奔流が高速で瞬く。心臓が早鐘のように鳴り響く。
「何を探してるんだ?」
文字列をスクロールし続けるキリトが何を探しているのか。俺の問いには答えずスクロールを続行する。
__その時。
「……あった!」
キリトの指が無意識のうちにピタリと止まった。その下に、暖かなライムグリーンに発行するアルファベットの並びがあった。《MHCP001》。
呼吸をするのも忘れ、キリトは震える指でその名前に触れた。アイテムが選択され、カラーが反転する。指を移動させ、アイテム取り出しボタンを押す。
ウィンドウの表面に、滲むように白い輝きが浮かび上がった。光はすぐに小さなオブジェクトへと凝集する。涙滴型にカットされた、無色透明のクリスタル。中心部分がトクン、トクンと瞬いている。
キリトは両手で宝石を掬い取ると、そっと持ち上げた。それと同時に距離を取っていた俺が宝石を見ようと1歩、2歩、3歩と近づいた。
掬い取られたその宝石から、仄かな温もりを感じる。それを意識しただけで、キリトの目頭が熱くなっていく。
神様、お願いします。
胸の中でそう念じながら、キリトは人差し指の先でそっとクリスタルを二度叩いた。その途端、手の中で白純の光が爆発した。
「あっ……!?」
声を漏らしながら、腰を浮かせて1歩下がり、丁度俺とぴったり一列に並んだ状態になった。
光の結晶はキリトの手を離れ、地上から2メートルほどの高さで停止した。光はどんどん強くなる。周囲の木々が青白く染め上げられ、月すらその輝きを失う。
2人が眼をいっぱいに開いて見守る中、渦巻く白光の中心部分に1つの影が生まれ始めた。それは徐々に形を変え、色彩を纏っていく。四方に棚引く長い黒髪。白純のワンピース。スラリと伸びた手足。瞼を閉じ、両手を胸の前で組み合わせた1人の少女が、まるで光そのものの化身でもあるかのような輝きを纏いながら、フワリと2人の眼前に舞い降りてきた。
光の爆発は、始まった時と同じように唐突に消え去った。地上から少し浮いた場所で静止した少女の長い睫毛が震え、両眼が静かに開いていく。やがて、夜空のように深い色の瞳が、まっすぐに2人を見つめた。
2人は動かなかった。声が出ない。瞬きすらできない。
そんな2人を見ていた少女の、桜色の唇がゆっくりと綻んだ。天使のような微笑。それに勇気づけられたように、キリトが口を開いた。
「俺だよ……ユイ。わかるか?」
続いて少女__ユイはハッとして唇を動かし、懐かしい鈴の音のような声が響いた。
「また、会えましたね、パパ」
大粒の涙を煌かせながら、両手を差し伸べたユイがキリトの胸に飛び込んできた。
「パパ……パパ!!」
何度も叫びながら、細い腕をキリトの首に固く回し、頬を摺り寄せる。キリトもその小さな体をギュッと抱きしめる。喉の奥から堪え切れない嗚咽が漏れる。
《ユイ》。今は無きSAO世界で出会い、たった3日だけ一緒に暮らし、そして消えてしまった少女。短い時間だったが、あの日々はキリトの中で掛け替えのない記憶として焼き付いていた。アインクラッドでの長く辛い戦いの中、間違いなくキリトが真に幸福だと感じていたあのわずかな日々。
郷愁にも似た切ない甘さに包まれながら、キリトはユイを固く抱いたままいつまでも立ち尽くしていた。傍らからその光景をただ眺める俺には、懐かしい風景を見ているようだった。
だが、どれだけ望もうが祈ろうが、あの幸せだった頃の人生は__二度と戻ってこないのだから。
「で、こりゃ一体どういうことなんだろ?」
森の中、先刻墜落した空き地の片隅に手頃な切り株を見つけて腰掛けた2人。キリトは、アスナのことを真っ先に口にしたい衝動を抑えて、膝の上にユイに訊ねた。
キリトの胸に頬を摺り寄せて至福の笑みを浮かべていたユイは、キョトンとした顔で見上げた。
「………?」
「いや、ここはSAOの中じゃないんだよ」
キリトは、ユイが消滅してからの経緯を掻い摘んで説明した。
サーバーから消去されようとしていたユイをネザーが圧縮し、クライアント環境データの一部として保存したこと。ゲームクリアとアインクラッドの消滅。そして新たな世界アルヴヘイムと、そこになぜか存在する旧ネザーと旧キリトのデータ。だが、未だ覚醒していないアスナのことだけは、簡単には言葉にできなかった。
「ちょっと待ってくださいね」
ユイは眼を瞑ると、何かの声に耳を澄ませるかのように首を傾けた。
「ここは……」
ぱちりと瞼を開け、2人を見る。
「この世界は、《ソードアート・オンライン》サーバーのコピーだと思われます」
「コピー?」
「はい。基幹プログラム群やグラフィック形式は完全に同一です。わたしがこの姿を再現できていることからも、それは明らかです。ただカーディナル・システムのバージョンが少し古いですね。その上に乗っているゲームコンポーネントはまったく別個のものですが……」
このアルヴヘイム・オンラインがリリースされたのはSAO事件の12ヶ月後。アーガスが消滅し、事後処理をレクトが委託されたしばらく後だ。アーガスの技術資産をレクトが吸収したということになれば、それをそのまま流用して新規のVRMMOゲームを立ち上げるということは充分考えられる。ゲームの根幹たる全感覚シミュレーション/フィードバック・プログラムを出来合いで済ませれば、開発費は大幅に抑えられるだろう。この世界の精度をSAO並だと、至極当然の話だったのだ。
ALOがSAOのコピーシステム上で動いているという話は理解できたが__。
「だがなぜ、俺とキリトの個人データがここに存在してる?」
「ちょっとお2人のデータを覗かせてくださいね」
ユイは再び眼を閉じた。
「……間違いないですね。これはSAOでパパとネザーさんが使用していたキャラクターデータそのものです。セーブデータのフォーマットがほぼ同じなので、2つのゲームに共通するスキルの熟練度を上書きしたのでしょう。ヒットポイントとマナポイントは別形式なので引き継がれなかったようです。所持アイテムは、破損してしまっているようですね。このままではエラー検出プログラムに引っかかると思います。アイテムは全て破棄したほうがいいです」
「そうか、なるほどな」
「納得した」
俺とキリトはアイテム欄に指を滑らせると、文字化けしているアイテムをまとめて選択した。
この中には、アインクラッドでの思い出が詰まった品もいくつかある。だが、今は感傷などに浸ってる時ではない。それに、どうせもう名前をわからず、オブジェクト化もできない余計なアイテムだ。
文字化けアイテムを全て消去すると、残ったのは正規の初期装備品だけとなった。
「このスキル熟練度のほうは大丈夫なのか?」
「システム的には問題ありません。プレイ時間と比較すれば不自然ではありますが、人間のGMが直接確認しない限り大丈夫でしょう」
「そ、そうか」
「またビーターになった気分だ」
皮肉な俺の言葉に、キリトが言葉を返した。
「いや、ビーターというより、単なるチーターだ」
だが、自分達のキャラクターが強力であるのは好都合である。《世界樹》とやらに登り、アスナを探し出す。それがこの世界にやってきた理由なのだから。まっとうにゲームをプレイする暇などない。
それに、ステータス・ウィンドウを仔細に眺めているうちに、この世界ではキャラクターの数値的強さにはあまり重さが置かれていないことに気づいた。SAOに存在した敏捷力や筋力パラメータはそもそも見当たらないし、ヒットポイントやマナポイントの上昇幅も微々たるものである。各種武器スキルは、上昇しても装備できる武器の種類が増えるだけで、威力には影響しない。当然SAO最大の特徴だった各種ソードスキルも存在しない。
つまり、このALOはプレイヤー本人の動きと判断力が強さを決定するというアクション重視の味付けをされたゲームなのだろう。SAOのように、ずっとレベルの低い敵相手なら棒立ちで打たれるがままになってもHPはろくに減らない、などということはなさそうだ。
唯一未知数なのはSAOでは排除されていた《魔法》で、おそらくはインプの初期スキルらしい《闇属性魔法》というのが所持欄に登録されているが、こればかりは実際に使ってみなければ何とも言えない。
ウィンドウを閉じた俺は、相変わらずキリトの胸に密着して猫のように眼を細めているユイに訊ねた。
「ユイ、お前はこの世界ではどういう扱いになっている?」
彼女の実体は人間ではない。SAOのケアプログラムが異常変化を起こし、その結果生まれた人工知能、つまり《AI》である。
2025年現在、いくつかの研究機関が《限りなく知能に近い人工知能》を発表している。
プログラムの《知性的振る舞い》は、突き詰めていくと見かけ上は疑似的な知能と真の知能との境い目が曖昧になっていき、現在ではそれら境界上のAIがもっとも先進的なものとされている。
ユイもそのような存在なのかもしれない。人工知能の研究をしたことのある俺に言わせれば、ユイこそが最初に生まれた真のAIなのかもしれない。
「えーと、このアルヴヘイム・オンラインにもプレイヤーサポート用の疑似人格プログラムが用意されているようですね。《ナビゲーション・ピクシー》という名称ですが……わたしはそこに分類されています」
言うなり、ユイは一瞬難しい顔をした。直後、その体がパッと発光し、次いで消滅してしまった。
「お、おい!?」
キリトは慌てて声を上げる。跳ね起きようとしてから、ようやく膝の上にちょこんと乗っているものに気づいた。
身長は10センチほどだろうか。ライトマゼンダの、花びらを象ったミニのワンピースから細い手足が伸びている。背中には半透明の翅が2枚。まさに妖精と言うべき姿だ。愛くるしい顔と長い黒髪は、サイズこそ違うがユイのままである。
「これがピクシーとしての姿です」
ユイは俺の膝上で立ち上がると、両腰に手を当てて翅をぴこぴこと動かした。
「おお……」
キリトはやや感動しながら指先でユイの頬っぺたを突いた。
「くすぐったいです!」
笑いながらユイはキリトの指から逃れ、しゃらんという効果音と共に空中に浮き上がった。そのままキリトの肩に座る。
「じゃあ、前と同じように管理者権限もあるのか?」
「いいえ……」
少し、シュンとした声。
「できるのは、リファレンスと広域マップデータへのアクセスくらいです。接触したプレイヤーのステータスなら確認できますが、主データベースには入れないようです」
「そうか……実はな……」
キリトは表情を改め、ここでついに本題を切り出した。
「ここに、アスナが……ママがいるらしいんだ」
「えっ……ママが……!?」
ユイが肩から飛び上がり、キリトの顔の前で停止した。
「どういうことですか?」
「………」
キリトは須郷のことから説明しようとしたが、寸前で思い留まった。ユイをかつて崩壊寸前まで追い込んだ人間の負の感情。これ以上ユイに人の悪意で追い込みたくない、と考えた上での行動だった。
「……アスナは、SAOサーバーが消滅した今も、現実に復帰していないんだ。俺とネザーはこの世界でアスナに似た人を見かけたという情報を得てここにやってきたんだ。もちろん、他人の空似かもしれないけど……藁にもすがる、ってやつかな……」
「……そんなことが……。ごめんなさいパパ、わたしに権限があればプレイヤーデータを捜査してすぐに見つけられるのに……」
「いや、大体の居場所は見当がついてる。世界樹……とか言ってたな。場所、わかるかい?」
「あ、はい。ええと、ここからは大体北東の方向ですね。リアル距離置換で5キロメートルはあります」
「アインクラッド基部の直径の5倍はあるな。……そういえば、なぜ俺とキリトはこんな森にログインしたんだ?それぞれのホームタウンに転送されるはずだったんだが……」
俺が当然の疑問を口にすると、ユイもキュッと首を傾げた。
「さあ……位置情報が破損したのか、あるいは近傍の経路からダイブしているプレイヤーと混信したのか、何とも言えません」
「どうせなら、世界樹の付近に落ちたかったものだ」
「それは言えてる。……そういえば、ここでは飛べるって聞いたなぁ……」
キリトは立ち上がり、首を捻って肩越しに覗き込んだ。
「おお、羽根がある」
背中から、グレーに透き通る鋭い流線型の羽根__というよりも昆虫の翅と言うべきものが伸びている。だが動かし方がさっぱりわからなかった。
「どうやって飛ぶんだ?」
「説明書によれば、背中の筋肉を動かす感じ、とあったが……」
俺はALOにログインする前に説明書を読んだ。当然、妖精プレイヤーの飛び方も載っていた。
「背中を筋肉を動かす、ね」
「パパ、翅の制御には補助コントローラーもあるようなので、まずはそちらを試してみたほうがいいですよ。左手を立てて、握るような形を作ってみてください」
再び肩に乗ったユイの言葉に従って、キリトは手を動かした。するとその中に、簡単なジョイスティック状のオブジェクトが出現した。
「えと、手前に引くと上昇、押し倒すと降下、左右で旋回、ボタン押し込みで加速、話すと減速となっています」
「なるほど」
キリトはスティックをゆっくり手前に倒してみた。すると、背中の翅がピンと伸び、ぼんやりとした燐光を放ち始める。そのままスティックを引き続ける。
「おっ」
不意に、体がフワリと浮いた。ゆっくりとした速度で森の中を上昇していく。1メートルほど浮いたところでニュートラルに戻し、今度は天辺の球を押し込んだ。すると体が滑るように前方に移動していく。
下降や旋回を試すうち、キリトはすぐに操作を呑み込むことができた。かつて遊んだ飛行系VRゲームに比べれば相当に単純な操作系だ。
「なるほど、大体わかった。とりあえず基本的な情報が欲しいよな……。一番近くの街ってどこかな?」
「西のほうに《スイルベーン》という街がありますね。そこが一番……、あっ……」
突然ユイが頭を上げた。
「どうした?」
「プレイヤーが近づいてきます。何人かが1人を追っているようですが……」
「3人だ」
「「え?」」
不意に口を挟んだ俺に、キリトとユイが眼を向けた。
「3人が1人を追っている。1人は《シルフ》で……3人は《サラマンダー》だ」
「わ、わかるのか?」
あまりに正確な情報を伝えられ、キリトは驚愕した。
「ただの勘だ。……戦闘中のようだ、行ってみるぞ」
「お、おお」
驚きながらも応え、2人は背中に装備されていた初期アイテムの片手剣を抜いて、数回振ってみた。
「うわあ、なんか小っちゃい剣だなぁ。おまけに軽いし」
「ないよりマシだ。さっさと行くぞ」
「はいはい。ユイ、先導頼む」
「了解です」
鈴のような音と共に肩から飛び立ったユイを追って、キリトもスティックを握って空中移動を開始した。しかし、俺はスティックを出すことなく背中からパープルに透き通る鋭い流線型の翅を出し、そのまま空中へ飛び立った。
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