ハイスクールD×D 黒龍伝説
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12話
目を開ければ草臥れた男と人間らしくない女がオレを見ていた。敵意は無いが、何か困惑しているようだ。
「貴方が、アーサー王なの?」
アーサー王?なんのことだ?オレは、オレは、
「オレは誰だ?聖杯戦争?サーヴァント?」
頭の中に知らない情報が叩き込まれている。そして、目の前の男と魔力のパスが通っている。男?違う、オレは、女と、二人?
「くっ、なんだこの感覚は!?オレに何をした!!」
「なんだ、この黒い物は!?」
「落ち着いて、私達は貴方の敵じゃないわ!!」
「アイリ、令呪を使う!!」
令呪、3回しか使えない聖杯からのバックアップ機能だ。回数制限に体が反応して止めるように手を挙げる。
「落ち着いたの?」
「いや、まだ混乱している。だが、回数制限の札を切るような真似だけは止めろと言える位には落ち着いた」
記憶を思い返してみるとエピソード記憶だけがごっそりと抜け落ちている。魔力や自分の身体のこと、武器の扱い方はわかる。だが、自分の持つ武器の名前やこの黒いラインのこと、そしてこの短時間で何度もちらつく二人の黒い髪の女性のことが全く分からない。
そして、身体が変化している。完全に魔力だけで構成されている。属性や特性は引き継いでいるようだ。身体特化強化のプロモーションは行えない。相手の陣地内か王の許可が必要だ。王?マスターとは違うのか?いや、そもそもプロモーション?チェスの用語が何故?駒などではないし、駒も持っていないのに。
そして無理矢理押し付けられた知識の聖杯戦争。7人のマスターと7騎のサーヴァントによる殺し合い。勝者にはどんな願いも叶える願望機『聖杯』が与えられる。オレの記憶を取り戻す鍵は今のところこれだけか。
「大体の状況は飲み込めた。そっちの男がオレのマスターでいいんだな?」
「そうだ。最初の質問に戻るが、君がアーサー王なのか?」
「答えはNoだ。分かって聞いているはずだな。顔を見ればわかる」
「ああ、その服は、どうみても学生服にしか見えない。君は一体何者なんだい?」
「それはオレも知りたい。原因は分からないが、オレにはエピソード記憶のほとんどがない。オレはどこの誰なのかを知るために聖杯を求める。記憶を取り戻せば願いはまた変わるだろうがな。それより、何故オレがアーサー王かを問う?」
「召喚に関する知識は?」
「ああ、成る程。縁のある品を媒介にしたのか。エクスカリバーかカリバーンでも用意したのか?」
「鞘だ」
鞘、つまりはアーサー王を不老不死の化け物にしたあの鞘か。そして鞘という言葉にオレの身体の中が跳ねる。跳ねた物を体内から引きずり出す。全てが灰色に染まった両刃の剣。背後にあった鞘にそれを収める。だが、両方が反発し吹き飛んだのをラインで受け止める。
「そうか。お前は元はエクスカリバーなのか」
剣を手に取りそう語る。そうだ、こいつはエクスカリバーの破片から生み出された7本を再び1本に戻し、魔の力を加えた聖魔剣エクスカリバーだ。もう1本は聖魔剣アロンダイト。こいつらの鞘はオレが担っている。
「少しだけ思い出した。確かにエクスカリバーの鞘はオレに縁がある品だ。オレが呼び出されても仕方のないことだ」
「まさかそれは、エクスカリバーなのかい?」
「そうであってそうでない。そうとしか説明できない」
鞘はアイリと呼ばれていた女性に渡す。
「持っていろ。マスターよりも弱いみたいだからな」
「でも」
「オレには必要がない。それにマスターは暗殺者だな。オレと同じ匂いがする。正面から戦うよりも裏に、影に動くのが主体だ」
「なるほど。これは当たりを引いたかな。はっきり言って僕は不安だった。いくらステータスが高かろうと騎士道精神などといういらない物を持つ所為で相性が悪いサーヴァントを呼ぶくらいなら媒介なしで自分に合うサーヴァントを呼びたかったんだが、ステータスが高い上にこちらのことも理解してくれるセイバーが引けるとはね」
「剣士、それとも救世主?」
「剣士の方だ」
「生憎と剣はそれほど得意でもないんだけどな。まあ、一流程度には引けを取らないことを約束しよう。記憶が戻るまでの間、この身はマスターに捧げよう」
「槍、黄色の、いや、黄金色の槍?」
目の前にいるランサーの槍を見て、また記憶の何かに引っかかる。赤い方ではなく黄色の方だけに。考え込んでいるうちに黄色の方の槍で心臓を突き破られた。この感覚に覚えがある。
「そうだ、思い出した。こうやって槍で貫かれた。そのまま敵に嬲られて死んだふりをして相手の拠点に潜り込んで工作を行ったんだったな。それに、そうだ、あの時も背後からやられたんだったか。だが、魔槍ではなかったはず。聖槍だ。あれは痛かったな」
そう言いながら魔槍を握る。ラインを繋げて情報を引き抜けばあとは用済みだ。溜めてあった倍化の力で握力を強化して握りつぶす。
「バカな!?心臓を貫かれて死ぬ気配がないどころか、握りつぶすだと!?」
「ああ、頭だったら死んでいただろうがな。心臓はオレの急所じゃない。オレを殺すには脳を潰すしかない。これはオレの記憶を取り戻す切っ掛けをくれた礼だ。さあ、存分に殺し合おうかディルムッド・オディナ。モラルタとベガルタはどうした?ゲイ・ジャルグだけでオレを殺せるか?」
「何故!?」
「赤と黄の槍持ちな時点で気付くだろうが。これが赤だけならクー・フーリンと悩んだだろうがな。あと、黒子」
話しながらも高速で傷を治癒していく。ゲイ・ボウを砕いたおかげで呪いは解けているようだな。呪いという言葉にも何か引っかかりを感じる。だが、思い出せない。あとで調べる必要があるな。
「さあさあ、たった2人の軍同士の戦争を楽しもう、少人数の軍?楽しむ?」
娯楽の戦争?ああ、思い出せる。オレには王とその眷属の仲間がいた。顔と名前までは思い出せないが、女性ばかりだった。そして、王が最初からチラつく1人と合致する。
今にも眼球を貫こうとするゲイ・ジャルグごと、ディルムッドをラインで拘束して片っ端からスキルの情報を奪い取り、召喚されてからの記憶を攫う。そして、パスを辿ってマスターの位置を把握し、そこに透明なラインを送り込んで令呪と魔力を根こそぎ奪う。これで切継が死んでも強引に聖杯戦争に参加し続けられる。
「くくっ、今度はちゃんとした戦場で死ねるぞディルムッド・オディナ。今度は不義にまで達せずに散るんだ。よかったな」
ラインで魔力を根こそぎ奪いディルムッドを葬り去る。オレは、どうやって死んだんだ?あの人に後悔を残すような死に方をしてしまったのか?
「泣いているの、セイバー」
「オレはどういう死に方をしたんだろうなって。あの人を、あの人達をどれだけ悲しませることになったんだろうって。たぶん、碌に死体も残っていないはず。恐ろしいまでの不死性を持っているように見せ続けてきたから。恨みもずいぶん買っていたから徹底的に消滅させたはず」
「セイバー」
「オレは英雄なのか反英雄なのかすら分からない。それどころか、この世界の存在ですらない」
「どういうこと?」
「幾らか思い出した記憶の中に、ありえないような科学の産物が存在している。科学は未来に進む物だ。同じ世界だとしても未来から呼び出されたことになる」
「それは」
「記憶を取り戻して余計に謎が増えた。オレは一体何者なんだ」
このまま何も言わずにいれば、向こうからの接触はなかっただろう。だが、オレは求めた。さらなる記憶の鍵を。戦いの中にこそオレの求める鍵があると信じて。
「降りてこいよ、ライダー!!最初から見ていたのは知っているぞ!!他にもいるのは分かっている!!姿を見せぬもよし、ただ臆病者と判断するだけだ!!姿を見せるもよし、ただの愚か者と判断するだけだ!!」
「ほぅ、中々の啖呵だ。それだけ自分の力に自信があるのか」
「いいや、事実があるだけだ。貴様らにオレを殺すことはできない。オレの正体を正確に捉えなければ、オレを滅することは不可能!!貴様らにオレを見極めれるだけの目が有るか否や?」
「ふん、雑種の正体など興味はない。こうすれば全てが同じだ」
高魔力の反応を多数感知してアイリスフィールを影の転移でアインツベルン城に飛ばし、次の瞬間全身を多数の宝具が貫いていく。無論、頭部にも命中し地面に倒れ伏す。
「愚か者は貴様の方だったな、雑種」
とりあえず地面に着弾している多数の宝具を影の中に取り込んでいく。それを終えてから体を再構成させて立ち上がらせる。
「なるほど、物を見る目もないただの道化師が彼のギルガメッシュとは。がっかりだよ」
「何!?」
不死殺しの宝具を中心に放っていたのにも関わらず再生したオレを見てギルガメッシュが驚く。
「言ったはずだ。オレの正体を見極めない限り殺すことは不可能だと」
「バカな、不死殺しが効いていないだと!?」
「う~む、凄まじい破壊力には驚いたが、この再生力も驚いたな。坊主、何かわからんのか?」
「ちょっと待てよ、こっちも混乱してるんだよ。あいつのステータス、常に変化し続けてるんだよ!!それどころかクラスすら変わってる。今は、キャスター、また変わってアサシンになった。幸運だけはE++で固定されてる。スキルは、多すぎな上に文字化け!?なんなんだよあいつは!?」
「へぇ~、そんなことになっていたか。くくっ、まるで混沌、混沌?」
混沌という言葉から再び過去を思い出す。そう、オレは混沌龍王の名を冠していた。相棒と共に。その相棒はオレと一心同体の龍だった。だが、その存在を今は感じられない。眠っている感じではない。完全に消滅している。その力だけが残されている。ラインは相棒の力だ。
考え込んでいる間にもギルガメッシュから宝具の連弾を浴びて肉体が完全に消滅してしまったので新たに魔力を練って新たな分身体を生み出す。今度は視覚的な演出を兼ねて影が集まって肉体を作り出すように幻影魔術も交えて。
「影が集まって、こいつ、まさか影そのものなのか!?」
「ぬぅ、そうだとするなら圧倒的に不利だな。今は夜、影など幾らでもある。いや、昼間でも影自体は存在する。こやつほどの男をどうやって殺したのか逆に興味が湧いたわ。だが、ここは一度引くぞ坊主。夜は絶対にまずい」
「ああ、悔しいが退くぞライダー!!」
「逃げるなら追わんよ、ライダーのマスター。お前はオレの記憶の鍵を与えてくれた。今後も記憶の鍵を与える限り、その命を許そう」
雷を纏う牛に引かれる戦車を見送り、ギルガメッシュに相対する。
「さあ、どうするギルガメッシュ。貴様にオレが殺せるか!!自慢のお宝で殺せないこのオレを!!見逃して欲しければオレの記憶の鍵を探し当ててみろ!!」
ラインを伸ばし、その先には奪った宝具を持たせる。
「貴様!!愚弄だけでなく、我の宝具まで!!万死に値する!!」
そう言ってギルガメッシュの背後に波紋が浮かび上がり、そこから剣の柄が現れると同時に危険なものだと判断して透明なラインで奪い取る。同時にこれ以上の追撃を止めるためにラインで魔術回路をズタズタに改変する。その次に片っ端からスキルの情報や知識を吸い上げる。7割ほど奪ったところで令呪によってマスターの元に転移されてしまったが十分だろう。
「そうだ、オレは奪うことに特化していた。オレは周りの奴らよりも自力が低かったから。弱い自分を誤魔化して大きく見せることと手札の数と技量によってそれを覆していた。会話や所作で戦場を支配していた」
謎は深まったが朧げな形だけは見えてきた。オレはあの人達のためならどんなことでも行ってきたんだ。オレはあの人達に全てを捧げていた。あの人達はオレが生きる意味だった。なのに、オレはこうして今、英霊としてこの場にいる。帰りたい、帰らねば、あの人達の元へ。
「セイバー、キャスターの拠点は割り出せたか?」
「地下水道の何処かというのは分かってる。今は拠点として使いやすそうなポイントに印をつけているところだ。あとは、運試しと行くしかない。オレの幸運はE++だからマスター、もダメそうだな。アイリスフィールに任せるか」
「絞り込めないのか?」
「狂人の考えなんて分からないな。少しでも会話ができていれば絞り込みやすいんだが、何か情報はあるか?」
「マスターの方ならな」
渡された資料に目を通す。子供を楽器に、しかも生きたまま作り上げるだと!?巫山戯るな!!子供は、子供、弱い者、そうだ、あの人は弱者を減らすために学校を作りたいと、貴族しか学ぶ事ができなかった物を誰でも学べる学校を作りたいと。オレは、それを心から助けてやりたいと思った。そして、面倒を見ている少年と少女がいた。何も知らない、何もすることが許されなかった二人に色々な経験をさせていた。だからこそ記憶の鍵を与えてくれたとはいえ、このマスターを許すことはできない。
考えをさらに巡らせる。おそらくだが、キャスターとこのマスターは手段、いや、ターゲットが似通っているのだろう。このマスターは裏側を一切知らない。ということは、キャスターを得たことで更に上の作品を作ろうと考えるはずだ。つまりは
「貯水池か。その中で街の中央に近い、ここが奴の工房か」
地図にバツを付ける。
「マスター、強襲の許可を」
「何かを思い出したのか?」
「子供は、オレにとって守らなければならない存在だ。それを助けてやりたい。一人でも多く!!」
「セイバー。そうか、なら、許可する。援護はできないし、こちらに異変があれば令呪で呼び出すことになる。それでもいいかい?」
「ああ、構わない。キャスターは狩らせてもらうぞ、マスター」
「やってくれて構わない。マスターの方も君に任せよう。だが、秘匿だけは確実に」
「了解だ。出し惜しみはしない、禁手化!!」
全力を出すために禁手化を行い、影の転移で目星をつけた貯水池に飛び、こちらに気付く前にキャスターを斬り殺す。マスターの方はラインで縛り上げておく。今は、楽器に作り変えられてしまった二人の子供を救うのが先決だ。
他に眠らされている人数から言えば我慢できなくなって、ちょっとしたつまみ食いだったのだろう。それが逆に助かった。この状態で二人なら救える。キャスターのマスターは人体を知り尽くしている。どうすれば生きたまま変形させれるかを。逆に言えば人体を知り尽くしていれば元の形に戻せる。そのあとに魔術で治療してやればいい。一人目を半分ほど元に戻したところでライダー達が現れる。
「なっ、まさかセイバー、お前が」
「黙ってろ!!手元が狂ったらこの子達が苦しむことになるぞ!!」
「坊主、よく見ろ。セイバーの奴は元に戻しているだけだ。だが、死なせてやった方が良いのではないか?」
「治療できるから楽にせずにいるんだろうが!!この子達を救いたいなら邪魔が入らないように見張ってろ!!」
形を完全に元に戻して聖母の微笑の力をラインで流し込んでやりながらもう一人の方も組み立て直す。一人目で慣れたのか、簡単に元に戻すことに成功した。記憶は消しておいて精神が安定したのかはあとで確認しよう。たぶん、大丈夫だとは思うが。
「さて、ここからもう一仕事だな」
「何をする気だ、セイバー」
「因果応報。最後は自分を作品に仕上げて殺人鬼は人生の幕を下ろしてもらう」
ラインで拘束してあるだけのキャスターのマスターを見下ろして宣言する。
「安心しろ、お前の作品よりも綺麗に仕上げてやる。痛みは強烈だがな!!あっ、見たくないなら帰った方がいいぞ。子供はオレの方で保護するからな」
「あ、ああ、うん、分かった。えっ、というか同じことができるの!?」
「オレなら作品にしたあとも富通に生き永らえさせることもできるな。結果だけは見せてやる。明日の新聞を見てみろ。一面を飾ってやる」
青い顔をするライダーのマスターとにやにやしながら去っていくライダーを見送り、子供達は念のためにアインツベルンの城に送り、マスターには念話で事情を話してから、何かあれば令呪を使うと言われてから作業に移る。作業をしながら影の中に分身体を3体ほど作り出し、オレとマスターたちを監視しているアサシンと思われる反応に送り込む。念話なんてするから場所がバレるんだよ。居場所のばれた暗殺者なんて怖くもなんともない。似たような反応があちこちにあるから一つずつ虱潰しにするか。分身体の2体にはマスターとアイリスフィールの影で護衛に、残りの一人で暗殺者同士の死闘だ。おっと、ちょっと雑になったな。元に戻してっと。よし完成。あとは箱に詰めて警察署の前にでも置いておくか。
「ふむ、ランサーとキャスターはオレが滅し、アーチャーがバーサーカーに強襲されてリタイア、バーサーカー自身もマスターの魔力切れで消滅。アサシンも狩りつくした。つまり残るはオレとライダー、お前だけだな」
「そうだな。それで、わざわざここに呼び出したのはなんのマネだ?」
オレはライダー達をアインツベルンの城の門前に招待した。森にあった防衛機構は全てオレが沈黙させた。ライダー達の魔力隠蔽もオレが行い、マスターとのパスも叩き切った。
「なあ、ライダーのマスター。お前は疑問に思ったことはないか?」
「何を?」
「聖杯、調べてみれば誰もまだ手にしてないそうだな」
「ああ、だから第4次聖杯戦争なんだろう」
「ああ、第4次だ。聖杯戦争を作り上げた3家がいるのにも関わらず誰も手にできずに4回目なんだよ」
ようやく異常に気がついたのか思考を回し始める。
「1回2回なら3家が争ったからだと判断するが、その後の3回目に今回だ。おそらくだが、3家共重要な部分を隠しあっている。それに何故7騎のサーヴァントが殺し合う必要があるのかも分から分からなかったが、それも判明した。オレたち英霊は聖杯の生成に必要な材料なんだよ」
「なっ!?」
「ほぅ、興味深いな」
「サーヴァントってのは基本的にマスターからの魔力供給で存在する。それはなぜか?オレたちサーヴァントの魔力生成回路の一番重要部分がマスターからの魔力でしか稼動しないように細工を施されているからだ。だからこそ生前では切り札とはいえ、そこまで使用に制限がなかった宝具の全力解放が出来ない。まあ、オレの宝具は対象から奪い取る物だから問題はないんだがな」
「ふむ、それで何故我らが材料になる?」
「殺しあうために魔力を高める。それはステータスに直結するからな。そして負ければ座に戻される。だが、座から引き下ろされたときに入れられる仮初めの器が残るのを回収して高魔力を圧縮。それが聖杯の正体だろう。一定周期で聖杯戦争が行われるのは霊脈の力を少しずつ貯めてサーヴァントを呼び出す分に使い、体の分は回収できる上に負けたときの残留分に魂をプラスして回収。殺し合いという儀式で増幅ってところか?俺の視線から見るとそういう風にしか見えん」
「なるほどのう。それで、お主は何が言いたい」
「オレには記憶がない。それを欲して聖杯戦争に参加した。それが果たされないというのなら強引にでも果たす。この地の霊脈を抑え、強引な交渉を行う。お前達は何方に付く?オレは契約は遵守、そう、遵守する。対価を払えば、対価?」
また記憶が蘇る。オレは、元人間の悪魔、契約は仕事でお金とかでも契約できた。
「どうする?協力するなら聖杯をオレが使った後に譲渡しても構わん」
大聖杯と呼ばれるものを前に元マスターと対峙する。
「これが聖杯の正体か。元マスター、これに願ってみるか、恒久平和?たぶん、人類皆殺しによる恒久平和だぜ。まあ、恒久平和なんて夢幻だけどな」
夢幻というキーワードで更に記憶が戻ってくる。だが、それは後回しだ。
「恒久平和が夢幻だって」
「分かんねえかな?恒久平和ってことは争いが一切ない世界、競争なき世界は停滞しかしない。人々はただ歯車となって世界を支えるだけ。それは生きていると言えるのか?ただそこにいるだけだ。根本から間違ってるんだよ。平和ってものは戦争状態じゃないってだけで次の戦争への準備期間を差すんだよ。それをどれだけ長くできるかは、人々の努力次第。恒久平和は多くの者が願い、そして成し得なかった夢。夢は夢であるから美しい」
「どこまで僕を馬鹿にする気だ、セイバー!!」
「なら、言ってやろうか。愛した女一人救えないで全人類を救えると思うな!!アイリスフィールドも望んでいる?それで残されるイリヤスフィールはどうする!!争いは多くの要因から発生する。それをすべて取り除いた世界は画一世界。何をしても認められず、何をしても感じず、ただの機械として生きる世界。人としての尊厳をすべて奪う貴様はただの殺戮者だよ。おめでとう、歴史書に名も残らないが人類史上最悪の殺戮者だ!!」
「セイバー!!」
怨念とともにマスターが銃を構えるが、本体のオレはマスターの影に潜んでいる。殺すことは不可能だ。ラインでマスターから魔力をすべて奪い尽くしアインツベルンの城に転移する。ベッドに寝かされているアイリスフィールにラインをつないでサーヴァントの魂をすべて奪い、肉体を人間に近いように改造する。今まで世話になった分はこれでいいだろう。手紙をテーブルに置いて大聖杯の元に戻る。これだけの強大な呪いを身につければ世界を超えることも不可能ではない。まあ、精神は汚染されて身体も変質するだろうがあの人達の元に戻ってから考える。向こうの世界の方が封印の技術などは上だからな。
大聖杯にラインを繋ぎ、大聖杯ごと身体に取り込む。途端、世界の悪意のすべてがオレの体内を駆け巡る。身体を作り変えられる感覚が気持ち悪いが、世界を渡るために、夢幻というキーワードから思い出した夢幻を司る存在の元へ、夢を渡ってたどり着き、そこからオレという可能性が残っている場所へと渡る。そこで意識が途切れる。
「どうしたというのだ、サマエル!?」
匙の敵討ちだと意気込んで戦おうとした矢先、サマエルが苦しみ始めた。理由はわからないけど、気は抜けない。匙だったら演技からのだまし討ちぐらい普通だからな。ヴァーリと共にいつでも覇龍になれるように身構える。次の瞬間、龍の爪がサマエルの腹を貫いて現れる。何かが産まれるように少しずつサマエルの身体を引き裂いて、そいつはその姿を表す。身体は不定形で、こぼれ落ちた身体の一部が触れた地面が死ぬように色を失い、おぞましい魔力を纏った何か。そうとしか言えない。そいつはサマエルを飲み込み、龍に近い姿となる。
「なんだこれは!?ゲオルグ、どういうことだ!!」
「分からない!?こいつは一体なんなんだ!?」
曹操たちも想定外のことに混乱している。だが、オレやヴァーリは何かの正体に心当たりがある。
「まさか、匙なのか?」
「見るからに生きるしかばねだな。だが理性と知性を失っている分、能力が前面に押し出ているのか?一つ言えることは、放っておけば冥界は滅びる」
オレとヴァーリが話している間に曹操とゲオルグが取り込まれ、消滅した。移動するたびに体の一部がこぼれ落ち、どんどんと色を失っていく。
「あんな姿になってまで、自分を見失ってまで生きたいって匙の奴は思うかな?」
「さあな。オレは元士郎とは違う。だが、害獣にカテゴライズされるなら殺されることを望むはずだ。守りたかったもの、大切なものを自らの手で壊すぐらいなら、死を望むはずだ!!やるぞ、オレたちの手で眠らせてやるんだ」
「それしかないのか。オレ達に力がないばかりに!!」
握りしめた拳から血が流れる。オレ達にもっと力があればこんな結末じゃなかったはずなのに。オレ達の手で、匙の力の全てを消してやることしかできないなんて。
『相棒、だからこそだ。せめて、眠らせてやれねば奴の生きてきた意味を無に返すことになる』
「分かってるよ、ドライグ。この力さえ、あいつのおかげなんだ。あいつがオレにくれた力。その恩を今返す!!」
サマエルの毒を取り除く際に、匙が歴代の所有者達の怨念の部分に流してくれたおかげ怨念が消滅し使える様になったこの覇龍で、あいつを止める!!
「我、目覚めるは覇の理を神より奪いし二天龍なり。無限を嗤い、夢幻を憂う。我、赤き龍の覇王と成りて汝を紅蓮の煉獄に沈めよう 」
「我、目覚めるは覇の理に全てを奪われし二天龍なり。無限を妬み、夢幻を想う。我、白き龍の覇道を極め汝を無垢の極限へと誘おう 」
オレ達が準備を整える少し前から匙が移動を始めた。オレ達の後ろの街に向かって。まるでオレ達がいないかの様に無視して。それを阻止するために掴みかかる。そして、触れた途端激痛が走る。この痛みはつい先日にも感じた痛みだ。
「サマエルの毒を取り込んでるのか!?」
「どけ!!」
ヴァーリが特大の魔力弾を匙の足元に放ち、爆風で街から遠ざける。邪魔をされたことに怒ったのか匙がオレ達の方を初めて見た。そして咆哮と同時に全身から匙の代名詞とも言える夥しい数のラインが伸びてくる。
「絶対に触れるな!!サマエルの毒を流し込まれれば、ワクチンを接種しているとはいえ死は免れんぞ!!」
「分かってるよ!!喰らえ!!ドラゴンブラスター!!」
ラインが広がりきる前にドラゴンショットの改良版、ドラゴンブラスターでまとめて薙ぎ払う。ヴァーリも同じようにラインを薙ぎ払っていく。仕切りなおすために距離をとったところで気がつく。
「匙本人より大分弱い」
「ああ、それが余計に、奴自身でない証明になる。ただの力の塊だ」
だよな。あれは、匙であって匙でない。それが分かって余計に虚しくなる。しぶとさが、あいつの売りだったのに。本当に死んじまったのかよ、匙。また、何事もなかったように裏で暗躍していてくれよ。そんでひょっこり帰ってこいよ。みんな、お前が帰ってくるのを待ってるんだぞ。
「匙!!」
無限に再生し成長を続ける匙にオレとヴァーリが押され始めた頃、会長とレヴィアタン様が飛んでやってきた。そして会長を見た途端、匙の動きが止まった。そしてゆっくりとラインを伸ばしていく。
「意識が、残っているのか?」
「それだけ、あいつにとって会長達は大事な存在なんだろう。いつでも動けるようにだけしておこう」
ヴァーリと共にいつでも飛び出せる距離に移動して二人を見守る。
「匙」
目の前には変わり果てた姿となってしまった元ちゃんがいる。ラインで作られた足場に乗り、隣には、あの日から心が壊れてしまったと思えるぐらいに弱ったソーナちゃんがいる。放っておいたら何をするかわからないというのもあるけど、私も元ちゃんのことが心配だったのだ。
「こんな姿になってしまって。悔しくて。でも生きて戻ってきてくれて。色々と話したいことが。何を言っているのか自分でもわからないですね」
「ソーナちゃん、落ち着いて」
「ごめんなさい、お姉さま。大丈夫、私は大丈夫」
いや、そんな濁った、というか単色の瞳で言われても、ねぇ。お姉ちゃん、二人のことが心配です。
「匙、また、私の元に戻ってくれますか」
そう言ってソーナちゃんの手元に戻っていた悪魔の駒を元ちゃんに入れる。って、私の駒をいつの間に!?別に構わないんだけど一言言って欲しかったな。
「パスが繋がらない。これらだけでは足りないと、なら残っているこの騎士の駒も。貴方自身が編んだ血の契約を使ってでも!!」
騎士の駒まで入れて、指を切って血を流し、なんらかの術式を走らせる。それでも変化は起きない。
「何が足りないと言うんですか。何が、一体何が!!何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が」
「ソ、ソーナちゃん!?」
「匙が戻ってきたのに!!私が力不足のせいで!!何が足りないって言うの!!」
喚き散らすソーナちゃんを抱きしめることしかできない私に、思わぬところから救いの手が差し出される。
「これ、元士郎に」
いつの間にかやってきたオーフィスがボロボロのコート差し出す。
「元士郎、奪って自分のものにする。これ、元士郎の血。レオと留流子が」
ボロボロのコートは京都の時に負傷した際の物で、今は乾いてしまっているけど、確かに元ちゃんの肉体情報が詰まっている。元の姿に戻れないのも、肉体を失ってしまったから。その肉体の情報がこれに詰まっている。
「ソーナちゃん、貴方が与えてあげて」
固まっている血を削ってソーナちゃんに持たせる。ソーナちゃんがそれを足場であるラインに吸収せせる。だけど、何も変化はない。これで打つ手無しかと思ったのだが、ラインが二本伸び、私とソーナちゃんの手の甲に紋章が刻まれ、パスが繋がる。同時にこれの知識も流れ込んでくる。
令呪、聖杯の莫大な魔力を持ってパス対象に強引な奇跡を実現させる使い捨ての物。私にもソーナちゃんにも3画ずつ宿っている。ソーナちゃんは迷わずに叫ぶ。
「令呪を持って命ずる!!本来の姿を取り戻しなさい!!本来の姿を取り戻しなさい!!本来の姿を取り戻しなさい!!」
同時に手の甲の令呪が光を失い、莫大な魔力と共に元ちゃんの体に変化が始まる。だが、それでも足りないのか変化の量が減ってくる。ソーナちゃんが血走った目でこちらの見てくるので選択肢がないみたい。できれば政治的な関係上1画は残しておいた方が良いんだけど、嫌われちゃうかもしれないから全部使うことにする。命令も同じ方が良いよね、変に干渉しても困るから。
「令呪を持って命ずる!!本来の姿を取り戻しなさい!!本来の姿を取り戻しなさい!!本来の姿を取り戻しなさい!!」
さらに莫大な魔力でほぼ変わらない姿を取り戻し、元ちゃんが倒れこむ。同時に足場のラインも解けてしまったので翼を出してゆっくり降りる。ソーナちゃんとオーフィスは飛び出していっちゃったけど、大丈夫だよね。全身に変な入れ墨が入ってるけど、あれぐらいなら簡単に隠せるしね。
えっ、なんで全身にあるって分かるのかって?乙女の口からは言えないの。
沈んでいた意識が浮かび上がるのを感じ、目を開くと知らない天井が目に入る。
「匙、目が覚めたのですね」
声が聞こえた方に目だけを向ける。そこにいたのは、あの世界で求め続けた二人のうちの片割れ。同時に全ての思い出し、涙が溢れる。
「か、会長、オレ、生きて戻ってこれた?」
「ええ、ちゃんと、貴方は生きています。ちゃんと帰ってきてくれましたよ」
「体に力が入らないんです。手を、握ってくれませんか?」
会長がオレの右手を握ってくれる。会長の手の温もりが、オレが生きているということを実感させてくれる。安心から睡魔が襲ってくる。意識が落ちる前にやっておかないと
「少し寝ます。それから、預けておきます」
繋がっているパスから残り2画の令呪の内の1画を会長へと預けて眠りにつく。最後まで全身をあらゆる拘束器具や術式で縛られていることに気づくことはなかった。
ふふふ、令呪が残っていましたか。おそらくお姉さま用にもう1画ぐらいは持っているでしょうが構いません。これを解析して私だけ補充できるようにすれば、匙は私の物、いえ、私だけの物になる。お姉さまは、まあ良いでしょう。匙も主人として認めていますし、守ってくれるでしょうから。あとは匙を救うのに役立った留流子になら少しぐらいは貸してあげても良いですし、家族ということでレオナルドとオーフィスにも貸してもいいでしょう。ですが、他は認めません。絶対に二度と手放しませんよ、匙。ふふふ、あはは、あはははははははは。
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