亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第二十三話 イゼルローン要塞攻略作戦
宇宙暦 794年 9月 5日 宇宙艦隊総旗艦 アイアース エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
第六次イゼルローン要塞攻略戦が始まった。正確に言うと始まりつつある、そんなところだ。遠征軍はイゼルローン回廊の同盟側の出入り口を首尾よく押さえた。幸先は良いだろう。問題は終わりが良いかだ。竜頭蛇尾の言葉もある。
原作よりかなり早いように思う。原作だと十月を過ぎてからのはずなんだが、この世界では一ヶ月以上早い。動員した艦隊は第七、第八、第九の三個艦隊だ。総勢五万隻、こいつも原作とは違う。少し多い、無駄に気合が入っている。
帝国軍がヴァンフリートで負った損害から回復しないうちに、混乱を引き摺っているうちにイゼルローン要塞を攻略しようという事らしい。あんまり意味は無いと思うんだがな。
帝国にとってもイゼルローン要塞防衛は最重要事項だ。同盟が攻めるとなればどんな無理をしてでも出張ってくるのは確かだ。だからといって損害とか混乱とか最初から期待するのは危険だ。そんなのは有れば儲けものぐらいに考えたほうが良い。
今現在、回廊の同盟側の入り口周辺で小規模な戦闘が連続して行なわれている。まあどちらかと言えば同盟側が優勢なようだ。どうやらラインハルトは出撃していないらしい。
バグダッシュが出撃前に帝国軍の編制表と将官リストを持ってきた。それによるとラインハルトは確かに遠征軍に参加している。しかし当然だが昇進はしていない。
まあ准将では率いる艦隊は二百隻前後だ。ミュッケンベルガーは出撃を許していないのだろう。或いはグリンメルスハウゼンを喪った、この上ラインハルトまで喪う事は出来ないと考えているのかもしれない。足枷ぐらいに思っている可能性もある。だとすればラインハルトはさぞかし不満に思っているだろう……。
そしてメルカッツも参加していない。どうやらミュッケンベルガーは要塞防御戦なら帝国に分があると考えたようだ。ミサイル艇による攻撃は上手く行くかもしれない。
同盟軍は例のミサイル艇による攻撃を実行する事に決定した。あの作戦計画書は正式に攻撃案として認められたわけだ。間違いとは言えない、問題はその後だろう。
編制表にはオフレッサー、リューネブルクの名前が有った。二人とも陸戦のスペシャリストだ。陸戦隊を要塞内に送り込んでも占拠は難しいだろう……。一体どうするのやら……。
ヤンとワイドボーンは撤退をどうするかを話し合っていたが、有効な手は無かったな。大体総司令官のロボスが戦争継続を簡単に諦めるのかという問題が有る。難しいだろう、犠牲は原作より増えるかもしれない。気が滅入るよ……。
総旗艦アイアースはアキレウス級大型戦艦の一隻だ。同盟軍の正規艦隊の旗艦は殆どがこのアキレウス級大型戦艦を使っている。大型戦艦というだけあって結構でかい。そして俺はそのでかい戦艦のサロンで椅子に座ってココアを飲んでいる。
一応作戦参謀なので本当は艦橋にいる必要があるのだろう。だが参謀は百人以上いる。いくらでかい戦艦の艦橋でも百人は収容できない。という事で参謀チームは二つに分かれている。ロボスのお気に入りが艦橋に、それ以外は会議室だ。
当然だが俺は会議室組みだ。会議室組みも二つに分かれている。仕事をして忙しくしている人間と暇な人間だ。もっとも暇な人間は二人しかいない。俺とヤンだ。サアヤは周囲から色々と便利屋的に使われているらしい。忙しくて良い事だ。
俺は一日の殆どをこのサロンで過ごす、ヤンは一応会議室で紅茶を飲みながら昼寝だ。ヤンは非常勤参謀と呼ばれているが俺は幽霊参謀らしい。ワイドボーンが言っていた。だからどうした、俺に仕事しろってか、冗談は止せ、大体ロボスが嫌がるだろう。
三日前だがロボスと廊下でばったり会った。腹を突き出し気味に歩いていたが、あれはメタボだな。お供にアンドリュー・フォーク中佐を連れていたが俺を見ると顔を露骨に顰めた。上等じゃないか、そっちがそう出るなら俺にも考えがある、必殺微笑返しで対応してやった。ザマーミロ、参ったか!
フォークがすれ違いザマに“仕事が無いと暇でしょう、羨ましい事です、ヴァレンシュタイン大佐”と言ってきた。仕事なんか有ったってお前らのためになんか働くか、このボケ。
“貴官は仕事をしないと給料を貰えないようですが私は仕事をしなくとも給料が貰えるんです。頑張ってください”と言ってやった。顔を引き攣らせていたな。ロボスが“中佐、行くぞ、我々は忙しいのだ”なんて言ってたが、忙しくしていれば要塞を落とせるわけでもないだろう。無駄な努力だ。
余程に頭に来ていたらしい、早速嫌がらせの報復が来た。クッキーを作るのは禁止だそうだ。“軍人はその職務に誇りを持つべし”、その職務って何だ? 人殺しか? 誇りを持て? 馬鹿じゃないのか、と言うより馬鹿なんだろう、こいつらは。
「ヴァレンシュタイン大佐、座ってもいいか」
俺に声をかける奴が居る、ワイドボーンだ。こいつ、どういうわけか俺を構うんだよな。原作だとエリートを鼻にかけたような奴に見えるんだが、そういうわけでもないらしい。
なんか一生懸命俺とヤンの間を取り持とうとしている。でもなあ、ヤンもサアヤも変に俺を意識している様子が見えるしやり辛いんだよ。俺がサロンに居座っているのもその所為なんだ。
ワイドボーンは一人じゃなかった。隣に初老の紳士が居る。まあ見なかった事にしておこう。俺が無言でいると二人は顔を見合わせて苦笑した。ワイドボーンが連れに椅子を進め自分も座る。相変わらず空気が読めない男だ、座るのかよ……。
「ヴァレンシュタイン、参謀長に挨拶くらいしたらどうだ」
「眼の錯覚だと思ったんです、失礼しました。グリーンヒル参謀長」
俺の答えにまた二人が苦笑した。
「構わんよ、ヴァレンシュタイン大佐。貴官達にはすまないと思っているんだ」
グリーンヒル参謀長が済まなさそうな表情をした。
「気にしないでください。小官は今の境遇に極めて満足しています」
グリーンヒル参謀長とワイドボーンがまた苦笑した。本気だぞ、俺に不満は無い。
多分グリーンヒル参謀長は俺が彼を気遣っていると思っただろう。それくらいグリーンヒル参謀長の立場は厄介だ。俺なら金を払ってでもグリーンヒル参謀長の立場にはなりたくない。
ヴァンフリート星域の会戦にはグリーンヒル参謀長は参加しなかった。おかげであの戦ではロボス一人が笑い者になった。統合作戦本部も国防委員会もロボスの事を不安に思って参謀長にグリーンヒル参謀長をさらに大勢の参謀を遠征軍に配置した。
当然だがロボスは面白くない、そしてヴァンフリート星域の会戦に参加した参謀達も面白くない。ロボスの失敗は自分達の失敗なのだ。フォーク中佐はその一人だ。連中はグリーンヒル参謀長を、そして新しく配属された参謀達を疎んじている。
グリーンヒル参謀長にしてみればいい加減にして欲しいだろう。イゼルローン要塞を落とすチャンスなのだ。それなのに味方同士で足を引っ張ってどうする。そう思っているはずだ。そういうわけで遠征軍の司令部は二つに分かれている。
グリーンヒル参謀長はそれを何とか一つにまとめようとしているようだが苦労しているようだ。敵と戦う前に仲間内で争っている。こんなので勝てるとおもっているとしたら脳味噌が腐っているのだろう。だが現実には脳味噌が腐っている連中が艦橋でふんぞり返っている。お笑いだ。
「ワイドボーン大佐から聞いている。我々の作戦案を鼻で笑って叩き潰したとね」
「それは事実とは違います。小官は鼻で笑ってなどおりません」
ワイドボーン、どういうつもりだ。俺が睨みつけると奴は肩を竦めた。
「俺にはそう見えたがな、良くもこんな愚案を考えたもんだ、そんな感じだったぞ」
「愚案とは言っていません。悪くないと言ったはずです」
俺を悪者にして何が楽しいんだ? この野郎。
「そうかな、今も馬鹿馬鹿しくて仕事をしないんだろう?」
「そうじゃ有りません。ただ仕事をしたくないんです。それだけですよ」
「皆はそう思っている」
「皆?」
ワイドボーン、ニヤニヤ笑うのは止めろ。
「遠征軍の参謀達だ」
「話したんですか、あれを」
「当然だろう、皆感心していたよ。面白く思っていない奴も居たようだがな」
「余計な事を……」
感心していたのは新しく配属された参謀だろう。面白く思って居なかったのはロボスを先頭にヴァンフリートに参加した連中だ。道理でフォークが絡んでくるはずだ、あのミサイル艇による攻撃案を考えたのは奴だからな。赤っ恥をかかされたと思っただろう。
グリーンヒル参謀長は俺とワイドボーンの言い合いを見て苦笑いを浮かべていた。
「ミサイル艇による攻撃は上手く行くだろうと私は見ている、ワイドボーン大佐もだ」
「……」
上手く行く可能性は高いだろう。俺もそう思う。しかしこんな所で話して良いのか? まあ周囲には幸い人は居ないが……。
「問題はその後だ、陸戦隊を要塞に送り込み占領する。上手く行くとは思えない、貴官の意見はそうだね」
「そうです、先ず失敗するでしょう」
グリーンヒル参謀長が頷いた。表情は渋い。
「私もそう思っている」
良いのかね、参謀長がそんなことを言って。
「出来れば避けたいと思っている。しかし上手く行く可能性が無いわけじゃない、やってみるべきだと言うんだ」
ロボスがそう言っている訳か。
「万一上手く行かなくとも要塞内に陸戦隊を送り込んだという事実は残る……」
冗談言ってるのか? グリーンヒル参謀長の顔を見たが至って真面目だ。ワイドボーンの顔にも笑いは無い。つまり本気か……。要塞内に陸戦隊を送り込んだ、それが実績か、今一歩で要塞を占領できるところまで敵を追い込んだ。そう言いたいのか……。失敗前提の作戦? 何考えてるんだ? 俺にはさっぱり分からん。
「イゼルローン要塞を落とせるかね?」
「?」
グリーンヒル参謀長が俺に問いかけて来た。落とせるも何も今難しいと話している最中だろう。
「前に頼んだよな、イゼルローン要塞を落とす方法を考えてくれと」
「……」
今度はワイドボーンが俺に話しかけてきた。そういえばそんな事も話したような気がするな。あれ本気だったのか……。
「もうあれから一ヶ月以上経った。何か考えてくれただろう? 仕事も無かったんだ」
「……」
グリーンヒル参謀長とワイドボーンが俺を見ている。困ったな、どうする? 有りませんと答えるか? でも信じるかどうかだな……。
正直に知ってる事を話すか? 面倒なことになりそうな気がする。いっそ思いっきり駄法螺を吹いて煙に巻くか、その方が良さそうな気がするな。それで行くか。
「駐留艦隊を撃破しイゼルローン要塞を攻略するのにどの程度の戦力を必要とします?」
俺の問いかけにグリーンヒル参謀長とワイドボーンが顔を見合わせた。ややあってワイドボーンが答えた。
「大体三個艦隊、そんなところだろう。今回も三個艦隊動員している」
グリーンヒルが隣で頷いている。同感だ、原作でロイエンタールがイゼルローン要塞を攻めたときも三個艦隊だった。おかしな答えではない。
「残念ですが三個艦隊ではイゼルローン要塞は落ちませんね」
「……」
「理由は一つ、敵の増援を考えていない」
俺の答えに二人の顔が渋くなった。
「敵の増援が二個艦隊有ったとします。駐留艦隊と合わせて三個艦隊、それらを排除しなければ要塞攻略は難しいんです。敵は要塞主砲(トール・ハンマー)を利用して要塞を防御します。簡単に艦隊決戦にはならない、つまり敵艦隊を撃破し排除するのは難しいんです。当然要塞を落とす事はさらに難しい」
「……こちらの遠征軍の規模が大きくなれば、帝国軍も増援の規模を大きくする……。イゼルローン要塞は落とせないという事か……」
ワイドボーンが呟く。グリーンヒル参謀長が大きく溜息をついた。
「イゼルローン要塞を落とすためには帝国の眼をイゼルローンから逸らす必要がありますね」
「逸らす?」
ワイドボーンが問い返してきた。グリーンヒル参謀長も期待するように俺を見ている。喰い付いて来たか……。
「逸らすと言ってもどうやるんだ、ヴァレンシュタイン」
「良い質問だね、ワイドボーン大佐。フェザーンを攻める」
俺の言葉に二人が息を呑んだ。
「本気か?」
ワイドボーンが小声で訊いてきた。おいおい緊張しているのか、らしくないぞ、ワイドボーン。グリーンヒル参謀長も驚きを顔に浮かべて俺を見ている。
「本気です。フェザーンは帝国と同盟の戦争の長期化を望んでいます。同盟が軍事行動を起せば必ず帝国に伝えるんです。だから帝国軍は早期に増援を送る事が出来るんです。イゼルローン要塞の帝国軍の戦力を固定するにはフェザーン方面で軍事行動を起し、帝国の眼とフェザーンの眼をイゼルローン要塞から逸らす必要があるでしょう」
「しかし、フェザーン方面で軍事行動を起すとなれば後々厄介な事になるはずだ。フェザーンが帝国と協力関係を密にする可能性もある。危険じゃないか」
汗を拭け、ワイドボーン。
「中途半端な軍事行動は危険です。だからこの際フェザーンを占領するんです。イゼルローン要塞を攻めると見せてフェザーンを攻める。帝国が驚いてフェザーン方面に出兵しようとしたとき、同盟はイゼルローン要塞を攻める……」
「……」
ワイドボーンもグリーンヒル参謀長も顔が強張っている。
「軍の動員は最低でも八個艦隊、いや十個艦隊は必要でしょうね。イゼルローン要塞に五個艦隊、フェザーン回廊に五個艦隊。成功すれば同盟は両回廊を占領し、帝国に対し圧倒的に優位に立てます。フェザーンの経済力も手に入る……」
「しかし、失敗したら」
「その場合は同盟の屋台骨が揺らぐでしょうね。それだけのリスクを背負うだけのメリットが有るか、それとも無いか。難しい判断ではあります」
ワイドボーンもグリーンヒル参謀長も顔を蒼白にしていた。まあ駄法螺だが不可能じゃない。しばらくはそれで悩むんだな。悩むのは良いが本当に実行しようとするなよ。失敗しても知らんからな……。
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