眼鏡っ子は筋肉がお好き
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第一章
眼鏡っ子は筋肉がお好き
池辺亜美はいつもだった。こんなことを言っていた。
「男の子はやっぱりね」
「筋肉だっていうのね」
「マッチョだっていうのね」
「そうよ。鍛え抜かれた鋼の身体」
涎を垂らさんばかりになってだ。亜美は丸眼鏡のその奥の目をとろけさせ緩みきった口で言うのだった。
「シュワちゃんとかスタちゃんみたいにね」
「シュワちゃんスタちゃんって」
「アイドルじゃないんだから」
「アイドル、日本のアイドルは駄目よ」
こちらはきっとした顔で否定する亜美だった。
「優男ばかりじゃない」
「亜美はそういうの好きじゃないのね」
「ああした感じのアイドルが」
「じゃあ特撮俳優も?」
「駄目駄目。背が高いのはいいけれど」
右手を横に振って一蹴しての言葉だった。
「ああいうのもね」
「じゃあムキムキ?」
「筋肉だっていうのね」
「そうよ。それもプロレスラーとかフットボーラーとか」
アメリカンフットボーラーだ。格闘技そのものとさえ言われるあまりにも激しい球技の選手のことだ。
「あとラグビーの選手とか」
「野球とかサッカーも違うのね」
「好みじゃないの」
「そう。何ていっても筋肉よ」
亜美は言い切った。
「筋肉モリモリ、ヘラクレスみたいなね」
「言い切ったわね。ギリシア神話の英雄ね」
「ああいうのなのね」
「ダビデよりもね」
ミケランジェロのあの像だ。ルネサンス芸術の代表作の一つでもある。
「ヘラクレスよ、ヘラクレス」
「つまりがっちりとした筋肉ね」
「それがモリモリなのがいいっていうのね」
「そういうこと。日本人はねえ」
彼等はどうかというのだ。自分の国の男子は。
「やっぱり細いから」
「しかも小柄っていうのね」
「駄目なのね」
「もっとね。本当にね」
亜美は残念そうに言う。それも極めて。
「ヘラクレスみたい人いないかしら」
「捜せばいるんじゃないの?」
「そういう人も」
「いたらいいけれどね、マッチョでムキムキで」
同じ意味の言葉をだ。眼鏡の童顔で言う。結構垂れ目で髪は黒のショートだ。背もそれ程高くない、一五五程だろうか。
その彼女の趣味はこうしたものだった。男は筋肉だというのだ。
それでだ。今度はこんなことも言ったのだった。
「自衛官の人ってどうなのかしら」
「鍛えてるからいいんじゃないの?」
「筋肉質な人多いじゃないの?」
「だといいけれどね。自衛隊っていうと」
どうかとだ。亜美はかつて海軍で予科練にいたという曽祖父、まだ健在で背筋もしっかりとしている彼のことを思い出して言った。
「昔の日本軍と比べたら」
「いや、ご先祖様が特別だから」
「あれはもう鬼だから」
「どっかの半島で柔道だけで百万人殺したって伝説あるから」
殆ど特撮のヒーローだがこうした主張もある。
「日本軍は別格だから」
「そういうのと今の自衛隊比べたらね」
「やっぱり違うでしょ」
「比べることが間違いよ」
「ううん。予科練みたいな人がいれば」
亜美のもう一つの理想はこれだった。よりによって。
「違うのにね」
「全く。亜美の趣味はね」
「ちょっと特殊過ぎるわよ」
「マッチョ大好きって」
「何かね」
周りはそんな彼女に少し呆れていた。殆どの娘がマッチョよりもアイドルや特撮俳優の方が好きだからだ。しかしだった。
亜美はあくまでマッチョを追い求めていた。そしてだった。
学校でクラスメイト達に今度はこんなことを言ったのだった。
「今度プロレスの試合行くつもりだけれど」
「で、筋肉見るのね」
「それが狙いなのね」
「そう。筋肉と筋肉のぶつかり合い」
亜美は口を蕩けさせ涎を流さんばかりになって話す。
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