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ワルツは一人じゃない

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第一章

                    ワルツは一人じゃない
 池畑由実はいきなりだ。親にこう言われた。
「お父さん転勤になってな」
「オーストリアに行くことにになったのよ」
 住んでいるマンションのリビングでだ。両親に呼び出されてこう言われたのだ。
「ザルツブルグにな」
「急に決まったのよ」
「ザルツブルグ!?」
 そう言われても由実にはだ。ぴんとこなかった。
 そのやや細長く大きい口を持つ顔も少し吊り目気味のアーモンド型の長い睫毛を持つ目も驚かせている。黒い髪は長い首の付け根の辺りまでカールさせた感じで伸ばしている。まだ十六だが全体的に大人びた感じだ。
 その彼女がだ。その顔で両親に言った。
「何処、そこ」
「ああ、ザルツブルグな」
「そこのことなのね」
「街よね。そこって」
 それはわかった。由実にも。だが、だった。
 どういった街かわからず首を捻ってだ。それで両親に尋ねたのだ。
「オーストリアの」
「ああ、モーツァルトの生まれた街だ」
「お父さんそこに転勤になったのよ」
「そこに出張所みたいなのができてな」
「それでなのよ」
「モーツァルトは知ってても」
 それでもだとだ。由実はまた言うのだった。
「その街は知らないわ」
「まあ。いい街らしいからな」
「だからね。そんなにね」
「怖がらなくていいからな」
「心配しなくていいのよ」
「怖がってはないわ。けれどね」
 母の言う心配はしてだ。それでだった。
 その心配に不安を混ぜてだ。両親に言っていった。
「急にオーストリアにって」
「まあ。お父さんも驚いてるからな」
「けれど。家族で転勤しないと駄目らしいから」
 これは会社の都合だった。両親は彼女にはそうしたことは詳しく話さないがそうだったのだ。
「それでだ。一緒にな」
「ザルツブルグに行きましょう」
「大丈夫かしら」
 今通っている高校を転校してそこの友達と別れるのも辛かったがそれ以上にだった。
 遠いオーストリアの何処にあるのかさえわからない街に行くとなってだ。由実は不安で仕方がなかった。だがその不安をそのままにしてだ。
 彼女は友人達と別れてオーストリアに出発した。ウィーンの空港からそのザルツブルグに来た。その街は。 
 確かに奇麗でいい街だった。西欧と東欧の合流点にある様に様々な歴史を思わせる煉瓦の建物が並んでいる。その街を見てもだった。
 由実は不安な顔でだ。こう両親に言うだけだった。
「ここで暮らすのよね」
「ああ、暫くな」
「転勤まではね」
「何か。大阪と全然違うわね」
 これまで彼女が暮らしていたその街とはだ。明らかに全く違っていた。
 それでだ。また言うのだった。
「確かに奇麗だけれど」
「ほら、あそこ見ろ」
「あの山の方ね」
 ザルツブルグは周りに山があった。そして市街のところにもだ。
 緑の山がある。そこに中世の趣を感じさせる白い見事な城があった。宮殿にさえ見える。
 両親は由実にその城を見せながらだ。こう言うのだった・
「あれがホーエンザルツブルグ城だぞ」
「奇麗でしょ」
「確かにね。奇麗なことは奇麗ね」
 このことはだ。由実も認めた。その通りだとだ。
 だが、やはりだった。由実はこう言うのだった。
「けれど。私はお城っていったら」
「大阪城か?」
「あのお城だっていうのね」
「大阪城がお城なのよ」
 例え憎き徳川家が再建した、しかも昭和になって建てられた三代目の近代的な天守閣であってもだ。大阪人にとっては大阪城は太閤様が建てた大阪の象徴だ。
 その大阪城とホーエンザルツブルグ城とやらを比較してだ。由実は言うのだった。
「確かにね。奇麗よね」
「だろ?それでもか」
「大阪城の方がいいっていうのね」
「不安なのよ。どうしても」
 不安に満ちているからだ。だからだった。
 由実は今は何を見ても楽しめなかった。ザルツブルグの見事な街並みにその間を流れる青い清らかな川を見ても街を優しく囲む緑の山々を見てもだ。ましてやその壮麗な白いホーエンザルツブルグ城、緑の山の上に存在しているその城を見てもだ。
 とにかく楽しめなかった。街からモーツァルトの曲を聴いても。
 どうしても楽しめずだ。両親に言うのだった。
「だから私大丈夫かしら」
「そんなに不安か?」
「この街で生きていけるかどうか」
「だって。私ドイツ語も喋れないし」 
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