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殺人鬼inIS学園

作者:門無和平
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第十四話:転校生と殺人鬼4

 ラウラ・ボーデヴィッヒの葬送から一週間後。編田羅赦は携帯電話に弟分である織斑一夏からのメールの着信を確認し、不審に思った。事あるごとに直接訪ねて来てあれやこれや話に来る弟分らしからぬコンタクトである。しかも、肝心の文面が。

 すぐ来て欲しい、たいへんなことになった。

 と、後半の漢字変換を忘れるほど切羽詰まった様子であった為、ラシャはナイフと拳銃を懐に忍ばせ、治療中だというカモフラージュの杖を引っ掴むと大急ぎで一夏の部屋に駆けつけた。
 ラシャのノックによって一夏が扉を開ける。緊迫した表情を浮かべた一夏に、ラシャの心音は早鐘と化す。
 
「俺だ、どうしたんだ?」

 ラシャの言葉に一夏は安堵の表情を浮かべ、廊下にラシャ以外の人間が誰も居ないことを確認すると、慎重に部屋に招き入れる。そこにはバツの悪そうな顔をしてベッドに腰掛けているシャルル・デュノアが居た。だが、その顔色は悪く、血の気が引くあまり青を通り越して死人のように白くなっていた。
 そして何より、その華奢な身体に大きな変化が起きていた。胸元には子を育む豊かさが自己主張をしていたのだ。そう、胸がある。ラシャは瞬時に事態を把握した。

「やはり、君は女だったんだね」

 ラシャの言葉にシャルルはビクリと身を縮ませ、一夏の表情には驚愕が浮かぶ。

「知ってたのかよラシャ兄!?」

「何となくだ、佇まいや体型を見てれば分かるさ」

 適当に一夏をあしらったラシャは、シャルルを睨みつけた。明らかな敵意が見て取れる表情に一夏の表情は瞬時に青くなる。篠ノ之道場に居た時、調子に乗ってた高校生をぶちのめした時の表情と重なったからだ。

「ま、待てよラシャ兄!!シャルルは悪くねえんだ!」

 一夏は必死にフォローしようとしたが、ラシャに遮られた。その目は明らかに感情を失しており、眼前の怯える少女に屑ほどの価値さえも見出していなかった。

「悪くない?身分詐称の時点で現行犯だ」

「シャルルは実家のデュノア社に利用されてるんだよ!!」

「それがお前の同情を買うための嘘だったらどうする?お前の寝首をかく為だったら?一度我々を騙したやつを容易く信用するんじゃあない!!」

 ラシャの一喝にも一夏は怯まない。

「ラシャ兄!何でそんな酷いことを言うんだよ!?ラシャ兄だからこうして相談しているのに!」

 ラシャは無言で一夏を殴り飛ばした。凄まじい勢いで壁に叩きつけられた一夏は痛みに表情を歪めながらもラシャを睨み返す。

「お前が大切だからに決まってるだろうが!!」

 ラシャは毅然と言い放った。

「全くとんでもない爆弾勝手に抱え込みやがって。何時からだ!?何時からこいつが女だと知った!?」

「……今日だよ、ボディーソープ渡そうとしたら偶然……」

「そうか」

 ラシャはシャルルの方に向き合うと、一夏のベッドに腰掛けて向き合った。

「取り敢えずお前を拘束させてもらう」

ラシャの言葉に、一夏の眼の色が憤怒一色に変わった。

「何でだよラシャ兄!!シャルルを助けてやれないのかよ!?俺や千冬姉みたいにさあ!!」

「もう良いんだ一夏。僕は僕でもう疲れちゃったから…デュノア社は他社の傘下に入って、僕は強制送還でオチが付くんだ。それに今まで黙っていた僕も悪いし、バレるまでずっと一夏達を騙し続けてきただろうし…」

 ラシャは、シャルルを冷ややかに見つめた。

「手前から助けを求めてきたのであればそうする余地もあったさ。だが、どのような理由があれ、お前はお前たちを騙した。俺の大事な人を騙して今日の今日までのうのうと生きた。故に俺からかけてやる慈悲なぞどこにも無い」

 ラシャは携帯電話を取り出して千冬の番号に淡々と電話をかけ始めた。一夏はその様子を釈然としない思いで見つめていたが、意を決して口を開いた。

「それでも俺は納得できねえ…」

「今はする必要はない。近い将来足元を掬われた時に納得すればいい。尤も、その時お前が生きてればの話だがな……っと。ああ織斑先生。緊急事態が発生しましたので、一夏の部屋に大至急来て頂きたいのですが……あと念のため武装した人員を数名お願いします。それでは」

 ラシャは携帯電話を切ると、シャルルに視線を戻した。その表情は先程のそれより幾分か柔和になっていた。

「まあお前はこうしている間にも手向かうことをしなかった。大方落ち目の実家にあれこれ言われてのことなんだろう?知ってることを取り調べで全部吐けば情状酌量の余地はあるんじゃないか。まあ捜査にどれだけ協力的かによるけどな。少なくとも学園が許せば俺はなにもしないさ」

 その後、駆けつけた千冬達によってシャルル・デュノアは拘束された。厳重な取り調べの結果、彼女自身脅迫されて今回の件に協力していた点が明らかとなり、学園に仇なす存在ではないと判断され、数日間の拘束の果てに釈放という判決が下された。

 翌日の夜、ラシャは十蔵に緊急招集され学園長室に居た。

「まずは病み上がりの中、さらなる問題に対処してもらったことに感謝しなければなりませんね」

 十蔵は柔和な笑みを貼り付けてラシャを労った。対するラシャの表情は固く、今回の招集もまた慰労の為にあったわけではないということを理解していた。十蔵も彼の腹の中を読み取ったのか、直ぐに冷たい表情に変え、数枚の報告書をラシャに手渡した。

「此度の騒動は一部とはいえ国家が関わっていました。更識に調査をさせたところ、シャルル・デュノア……いえ、『シャルロット・デュノア』の入学をお膳立てしたのはフランス政府の女尊男卑主義者を始めとした急進派ですね」

 ラシャの目に呆れの色が浮かんだ。

「また女尊男卑派ですか……奴らも暇なんですかね?」

「大方暇なんでしょう。だからこうして織斑一夏を排除できるスキャンダルを求めているのでしょう。シャルロット・デュノアへの取り調べの結果、連中は織斑君の暗殺や遺伝子情報の採集による退学処置を目論んでいたようです」

「15の子供にそんなことをやらせようとしていたんですか?EU圏は大掃除が必要なのではないのですか?」

「それについては同感ですね。そこで、貴方に依頼するのはデュノア社に対する報復措置と今回の一件を幇助した連中の排除をよろしくお願いいたします」

 十蔵から渡されたリストを受け取ったラシャは一通り目を通すと、リストの人数が思ったより少ないことに驚愕したと同時に、IS産業の上層部の腐敗ぶりに閉口した。

「二週間ください。それで全て解決です」

 ラシャは、いつものごとく出張の名目で学園を離れることになった。スーツケースに仕事道具を仕舞い込んで出立の準備を進める中、部屋に千冬が訪ねて来た。

「また出張か?ラシャ……」

 心配そうにラシャを見つめる千冬に、ラシャは力ない笑みを返した。

「仕方ないさ、無駄飯食ってばかりも居られない。それよりまた飲み会を蹴ってしまうことになったなあ、それが心残りだ」

 ラシャは机の上に置いてあるノートパソコンに視線を向ける。恒例の飲み会の通知が一週間前に来たばかりだ。だが、千冬が言いたいことはそうではあるまい。

「ボーデヴィッヒの事は残念だった。あの時何があったかは覚えてないが…気づいたら脚がずたずたになってて学園のスタッフに叩き起こされていた」

「……私はあいつを正しく導いてやれなかった。上っ面の強さしか教えてやれなかった」

 ラシャは千冬に必要なことは活を入れることだと判断し、千冬の両肩に手を置いた。

「悔いるにはもう遅いぞ、何せボーデヴィッヒはもう死んでいる。だから今を生きている生徒のことを考えてやれ」

「ラシャ……そうだな、立ち止まっている時間なんて無いはずだ」

 部屋から出ようとする千冬をラシャは優しく抱き止めた。ラシャの唐突な行動に千冬は顔を真っ赤にして狼狽える。

「なっ!?ななな!?ま、待てラシャ!まだ日も高いしシャワーだって浴びて……」

「君が今も昔も苦しんでいるのは分かるよ、千冬ちゃん。君は変わってない。裸足で一夏を抱えて走り回っていたあの時のままだ。辛くなったら頼りなさい。俺は千冬ちゃんの味方だからな」

 ラシャはゆっくりと千冬の頭を撫でる。千冬の眼前には寒空の中手を差し伸べてくれた一人の男が変わらぬ笑顔を浮かべていた。




忘年某月某日、フランス某所。デュノア社本社にて。

 デュノア社社長ギデオン・デュノアは呆然とニュースを見ていた。そこには、IS学園に送ったはずの「息子」が堂々と自社を糾弾していく様だった。慌てて端末を確認すると案の定、デュノア社の株価は急転直下の大暴落を始めていた。

「な、何故だシャルロット!?親を裏切るつもりか!?」

 この身ひとつで立ち上げ、時代の流れに乗りつつ順調に業績を上げてきたデュノア社。だが、それがたった一人の小娘によって修復不可能な大打撃を受けてしまっていた。
 ビルの周囲には、年端もいかぬ娘を虐待の果てに、利用しようとした事を始めとしたデュノア社の悪行に憤慨した市民が押し寄せてきていた。女尊男卑の世の中に辟易している人種の怒りが遂に爆発したのだ。自社のIS部隊達が鎮圧を開始しているが、なにぶん数が少ないので徐々に突破されつつあった。

「このままで終われるか!!このままでっ!!」

 ギデオンは隠し金庫を開けると、大事にしまっていたプリペイド携帯電話を取り出し、或る番号にかけ始めた。妻であるジャサント・デュノアはとうの昔に音信不通状態になっており、捨てられたギデオンにとって残された最後の手段である。たった数コールだが、彼にとっては数年とも錯覚できる時間の果てに、目当ての人物は受話器を取ったみたいだ。ギデオンの胸中に安堵の感情が広がる。

「ミス・ミューゼル!私だ、デュノアだ。こうなれば我々の失脚は確実だ!これから我々は貴公らの傘下に合流する。合流ポイントを……」

 しかし、受話器の向こうから聞こえてきたのは苛立ちと殺意に満ち満ちた声色だった。

「ギデオン、あなた達は悪手を打ち過ぎました。我々が愛想を尽かすのに充分な程のね」

「な、何を……我々は貴公らに多額の資金援助をあれだけ行ってきたではありませんか!!」

「それを帳消しにして余りある事態を引き起こしたのよ、あなた達は。これでフランス政府にも捜査が入って我々の子飼いに被害が及ぶのは明白……あなた達には今更居場所なんかなくってよ」

言われるだけ言われるとブツリと通話は切られてしまった。ギデオンは怒りと絶望のあまり携帯電話を床に叩きつけた。

「畜生!なんということだ!!シャルロットめぇ……」

 その時、社長室の扉が開け放たれ、一人の青年が入室してきた。編田羅赦である。彼は堂々と表玄関から侵入し、社長室に入ってきたのだ。

「こんにちは、社長さん」

 突然の乱入者にギデオンの表情は焦燥に染まる。

「き、貴様、何者だ!?警備は何をしている!?」

「そう言うな、彼らはクソ真面目に業務に従事した。何せ私が『最期まで』その勇姿を見届けたのだからな」

 ラシャの笑顔から禍々しい殺気が傷から滲み出る血のように部屋を満たし始めた。

「それに、これから死ぬ人間に名乗っても無意味だろう。奥さんは何処だ?」

 青年の冷えきった声色に、ギデオンは数歩後ずさりをした。この青年からは獣じみた何か。強いて表現するならば「人間の流儀が通用しない」様な理不尽さが感じられた。心音が一拍子打つ毎に見えない真綿が首を絞めてくるような恐怖。自らに向かって徐々に迫りつつあるダモクレスの剣とも言える青年は再び口を開いた。

「聞こえなかったようなのでもう一度質問するよ。奥さんのジャサント・デュノアは何処だ?言えば楽に殺してやる」

 一歩、また一歩とラシャが近づく。ギデオンは最早自らを救い出すものはこの世にはなく、如何にして安らかな死を迎えるかという算段をつける以外に道はない事を悟った。

「家内は逃げたよ、いち早く察知してな……今頃国境を超えてドイツ経由でスイスにでも向かっているのではないかな?……さあ、殺してくれ。私はもう疲れた」

 ラシャは、それに呼応するようにナイフを振り上げたが、何を思ったのかギデオンの胸ぐらを掴むと、窓ガラスに叩きつけた。

「ぐぅ!?……な、何を!?」

「何、どうせなら劇的にと思ってな他意はないよ」

 ラシャは冗談を飛ばす若者のようにウィンクを飛ばすと、そのままギデオンの腹に掌底を食らわせた。刹那、背後の窓ガラスに蜘蛛巣状にヒビが入り、ギデオンの身体はビルの谷間の向こうへ消えていった。

 翌日、ジャサント・デュノアの遺体が発見された。遺体は無残にも頭部を切断されており、その頭部も下顎を大いに損壊されていた。安物のハンカチで切断面は覆われており、遺体の背中には「7月27日に宜しく」と刻まれていたという。
 この事件後、フランス政府は蜂の巣をつついた様な騒ぎとなり、国連の調査を受けることになった。そのため、多くの政治家が汚職の嫌疑で逮捕、投獄されることになる。結果、デュノア社倒産による大規模なIS産業の立ち遅れ、欧州防衛計画イグニッション・プランの除籍等、フランスは痛みを伴う変化を強いられていくことになる。
 
 

 
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