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さくらの花舞うときに

作者:50まい
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ふたりの神様

「ねぇ、待って」



「え、なに待ってる暇なんてないよあの白い服着たやつらなんかどこ行ってもワラワラわいてくるし」



「いいから、待って!」



その強い言葉にあたしは歩みを止める。



「…なに、どうしたの」



あたしが止まったから先をいく男も気づいて引き返してくる。



「なにをしているんだ。急がないと…」



「待って、国広(くにひろ)。俺たちだけ逃げるなんてできないよ。歌仙(かせん)たちも…」



「…。こいつをここから逃がすのが先だ」



「なに言ってんの!?よくわかってないけど、この人が出してくれたんでしょう?なら歌仙たちだって…!」



「…戻ることになる」



「わかってる!自分勝手だってことは。でも」



「ちょーちょーちょ~どうどう。二人とも落ち着いて落ち着いて。今は争ってる場合じゃないでしょう?」



あたしは二人の間に割り込んだ。



「なにが心残りなの?」



あたしは立ち止まった方の男に聞いた。



「…あと、三振りいるんだ」



「サンフリ」



サン…三人ってことかな。




「わかった。つまり、まだ捕まってる人がいるってことね?よし、戻るわよ!」



「あんた…戻るということがどういうことかわかっているのか!」



「わかってるわかってる」



「軽く言うな」



「本当にわかってる。てゆーかあんたたちは逃げた方がいいわよ。またあの箱の中に戻りたくないでしょ?あたしは万が一捕まっても大したことにはなんないし多分」



「あんたは…審神者(さには)だろう。なぜあいつらに追われているんだ。俺たちを出したせいじゃないだろう」



出た。審神者。



「審神者じゃありません~。道に迷っただけの…」



「審神者じゃない!?」



「えっ審神者じゃないの!?」



二人同時に食いつかれてこっちが驚いた。



「え?審神者…じゃ…ない…けど…?」



「いや嘘でしょう?そんな…」



爪紅(つまくれない)の男はちらりとあたしの肩越しに何かを見て口をつぐむ。



その目は覚えがある。兄上が、霊力で見えないものを視ていた時の目だ。



「嘘じゃないわよ。えっとー、なに視てるのキミ?あたしに審神者の印でもついてる?」



「いや、印ではないが…初めてみるぞこんなに霊力のある人間」


爪紅男のかわりに布を被っている男が答える。



ぎ、ぎゃーっ!最終通告きちゃった!や、やっぱりそうなの!?



「え…えっとぉ…でもあたし霊力使えないし…」



「使えない?嘘を言うな。使っていただろう」



いつ?ああ、空中から剣を取り出したときのことか。



「いや、あれは違う違う。あたし前田家の姫なんだけどね、守護する神様が…え、なに?」



あたしが「前田家の姫」と言った途端、二人がひゅっと息を呑んだ。そして互いに互いを見る。



「えっとお…なに?」



「いや…いや、そうか…審神者じゃないから知らないのか…。神に名を明かしてはいけないと」



頭にふとあの「注意事項」の紙が甦る。確かに、神に名を明かすべからずと記してあった気がする。



でもそんなの別にわざわざ注意事項にされるまでもなく知っている。



「え?知ってるわよ?名は命だから真名を明かしてはいけないことぐらい。でも神様でしょ?妖怪とか荒御霊(あらみたま)に名前握られちゃったならまだしも、神への願い事とかはむしろ誠意を示すために真名で言挙げるじゃない。てゆーかさっきからなんなの?なんか話が噛み合ってない気がするんだけど。神様に真名を明かしちゃいけないって、それが一体全体、今あたしたちと何の関係があるってのよ」



「…説明する時間がない。今のは聞かなかったことにしておいてやるから、もう二度と言うな」



「えええ?」



「追われてる理由も大体察した。あんたは審神者になる気がないんだな?」



「うん。全く。そんなのやってるヒマありませんことよ。あたし前田背負ってるし」



「あんたなぁ…!」



「下の名前言ってないし、ダイジョブダイジョブ。なに?ここ悪い神様でもいるの?」



「悪い…」



「神様…」



また二人はちらりと視線を交わす。



「そう思っといた方がいいかも。でも本当に真名はぽんぽん口にしちゃダメ。俺たちだからいいけど、色んな神がいるからね」



おかしなことを言う。



「あはは、それじゃあまるであんたたちも神様だって言ってるみたいよ」



「…」



「えっちょっとまって黙らないでよ。え、ホントに神様…じゃない…よね?」



奇抜な格好をしているが、二人とも見た目はまるで人間…触れるし。いや待て。前田の神である玻王(はおう)も触れたな。



いやちょっと待ちなさいよ。ここは、審神者を探してる場所っぽいでしょ。審神者とは何か。降ろした神と対話し、悪い神が、良い神かを判断する…もの…。



つまり…降りてくる神がいる?その善悪もわからないままに?



「えっ待ってあんたたちが神様ならなんであんなとこに閉じ込められてたの?封印?ならまさか荒御霊…」



「違う!俺たちは『見本』だから…」



「見本?」



あーもうわけがわからない!



「あんた。審神者のこと、刀剣男子のこと。どれだけ知ってるんだ?」



「とうけんだんし?全然知らないわよ!だから!あたしは!ただの姫で!なんか連れてこられちゃっただけで!神職関連のことなんて知るわけもないでしょおおおが!」



あたしはキレて吠えた。元から気の長いほうじゃない。



「あーもう、とりあえずいいわ!面倒くさいことはいい!今大事なことは、あたし達が追われてて、まだ助けなきゃいけない人がいるってこと。それだけ。つまり、あんた達は逃げて、あたしは戻る。それでいいわね?ハイ解決。ほら、じゃあね!達者で暮らすのよ!」



「えっ!?なに言ってんの?なにもよくないんだけど!」



「おい待て!」



二人が引き留めるが構ったものじゃない。これ以上なる気もない審神者話されて時間くって二人が逃げ切れなくなっても嫌だし、もし万が一あたしが捕まった場合でも、前田の姫って言えばなんとかなるでしょ。流石に天下の前田の姫に審神者兼任させるとか言われないはず。



あれ?てかこれあたし捕まっても大丈夫じゃない?いやでもこの二人逃がしてて追われる理由自分で作ってるしな~やっぱりだめか~。



「待ってって言ってるでしょ!」



考えながらズンズン進んでたら、突如腕を引かれてつんのめる。



あたしの二の腕に絡むのは鮮やかな爪紅が塗られた指だ。



「どこにみんながいるかわかるの?」



「探す。もしくは場所だけ教えてくれる?」



「はぁ?なんでっ」



その顔がイラッとした怒りに染まる。切れ長の目が、尚細く引き絞られる。あれ、今気づいたけどこの子目も赤い。キレイ~。



「なんでそうやって一人で行こうとするの?どっちかって言うと俺たちの問題じゃん!あんたの方が部外者だ。関係ないじゃん!俺たち逃がして自分だけ戻るとかバカじゃないの!?あんたが政府に捕まったらどうなるかわかってんの!あいつらそんなに甘くないよ!」



加州清光(かしゅうきよみつ)!」



鋭い声がとんだ。



清光と呼ばれた方は我に返ったように唇をかみ、ふいと視線をそらす。



「…ごめん…部外者とか…バカとか…言い過ぎた…」



「いいわよ別に。感謝してもらおうと思ってやった訳じゃないし。それに心配してくれたのよね。清光?あんたの気持ちはわかった。仲間を助けたいのよね。もうこうなったら、一緒にいく?ホントは逃げてほしいんだけど…」



「いいの!?」



ぱあっと彼の顔が明るくなる。わ、かわいい。思わず頭をナデナデするとふわりと何かが舞い散った。



「え…なに花びら?屋内なのに?」



上を見てもあるのは質素な天井だけ。



ナゾだ。



まぁいっか、とそんなことをしている場合じゃないと思い直す。



「あんたは…国広って言われてたかしら?あんたもくる?」



「あんたがいくのなら」



「そりゃあ…もちろん、あたしは戻るわよ。あんな非人道的なこと許しちゃおけないし…待って。あんた達神様だっけ。てことは捕まってるのも神様なのよね?助けるに当たって…あんた達が悪い神様じゃないって証明してほしいところだけど…まぁそれはいいや」



「なぜだ?俺たちが悪い神で、あんたを騙して仲間を助け出そうとしているかもしれないのに?」



あたしは至極真面目な顔で言った。



「なぜと言われれば理由はひとつ。カンよ」



「カン?」



「カン?」



ふはっと笑い声が漏れた。



国広が我慢できないと言うように吹き出した。それを見た清光が呆然とする。なんなら国広自身も笑いを引っ込め直後驚いたように口を押さえる。



一拍おいてから、清光は泣き出す直前みたいな顔で、歪に笑みをかたちどった。



「ふへっ、へ、へへへへへ」



「え、なに清光こわい」



「もう今だけは怖くてもなんでもいい!可愛くなくていい!すごい!あんたすごいよ!出してくれてありがとう。俺たちを顕現してくれてありがとう!こうやって、誰かと会話することも、笑うなんてことも、もう絶対ないだろうって諦めてた。きっと戦いが終わるまで俺たちはただあそこに『ある』ためだけに在って、目の前を通りすぎる数えきれないほどの審神者達を見送って、そして全て終わったら刀解されるんだって思ってた。なのに、なのに!」



感極まった清光にぎゅっとすがりつかれる。わけがわからないながらもとりあえず背中をぽんぽんとする。すると清光がうって変わった圧し殺した声で呟く。



「俺はあんたの刀になりたいな…。俺をあんたの刀にして、主」



「んっんっんっん??んん???刀?主?ちょっと待って!」



慌てて体を離せば、きゅるんとした顔の清光があたしを見る。う!…っ。



「ダメなの?俺、捨てられちゃう?」



「いやいやダメってことではないけど…」



「えっ、じゃあ、いいの?ありがとう!主が審神者になりたくないならそれでいいよ。前田のお姫さまのままでいいから、主のいるところに俺を連れていって!最期まで可愛がってね!あーるじっ」



またぶわりと花びらが舞い散った。わぁああ、なんだこれ。どっから吹き込んできてるの?前が見えないくらいの花吹雪。桜かなぁ。もとより、桜は大好きだからこれだけ吹き荒れてても不快じゃないどころか見惚れるぐらいだけど。



「清光、そもそも顕現されてる時点で俺たちはもうこいつの刀だ」



「それはそーなんだけど!でもほら、気分的に全然違うじゃん。無理矢理顕現させられたのと、自分で選んだのは。俺は主が主でよかったなぁ」



これは…連れて帰ることになってますね。神様…ふたり…いや、国広は別に着いてくるとか言ってないよね。じゃあ清光ひとりか。いやもう、いいや、神様のひとりやふたり。女前田瑠螺蔚(るらい)、二言はないわよっ。



「わかった。清光、加州清光、よろしくね!あたしは前田のる…」



「おい!」



「主!」



「え、ここまできても名乗っちゃダメなの?あたしだけ二人の名前知ってるのはズルくない?」



「ずるくない!いいから黙っていろ!」



「いいの!主はもっと危機感もって!」



二人に諭されてもイマイチピンとこない。



「とりあえず三人?三柱?助けに行きましょうか。清光は一緒に来るとして、国広はどうする?」



「…あんたと共にいくと言った。何度も言わせるな」



なぜか機嫌を損ねたらしく、ぷいと横を向かれてしまう。



「なぜ清光はよくて俺は…俺が写しだからか…?写しの刀など無用ということか…」



そんでなんかブツブツ言ってる。



清光が寄ってきてこそりと呟く。



「主、まさか国広だけ置いていくなんていわないよね?」



「え…国広も来たいの?」



「そりゃそうでしょ!てゆーか俺よりも国広の方が主を大事にしてるよ。わかってる?」



「どこらへんが?」



「国広、主のためを思って主を逃がそうとしてたんだよ。俺は主が戻ると捕まるかもしれないってわかってても、みんなを残して逃げられなかった。全部わかってて戻ろうって言った。言い訳はしない。ごめん。嫌いになった?」



「気にしてないわよ。あたしが清光の立場でも同じ事するわ。きっと。てかあんた素直ね~黙っときゃ良いのに。いいこ、いいこ」



冗談でまた頭をくしゃくしゃと撫でたらまたふわりと花が舞った。あれ、そもそも今…春だったかしら?



「…あんまり子供扱いしないでよね。見た目は主と変わんないかもしれないけど、何百年も生きてるんだから」



「子供扱いというか可愛がってるのよ。かわいいかわいい~」



「俺かわいい?へへっ」



あれ、かわいいと言われて喜ぶ男の人なんて初めて見た…って人じゃなかった。



「国広」



あたしは放置していた国広にととっ、と寄ると俯いた顔を下から覗きこんだ。すると、視線を避けるようにふいっとまた顔が逸らされる。ありゃ。



「国広」



それをまた追う。



「国広」



「…なんだ」



しつこく名前を呼んでいると、やっと返事が返ってきた。



「あたしと一緒に来てくれる?」



「だから…っ同じ事を何度…!」



「これから先も、ずっと」



ハッと国広がこちらを見た。やっと目が合う。キレイな翡翠の目。神様はみんなキレイな瞳をしているのかな。



「死がふたりを分かつまで」



あれ、なんかどっかで聞いた言葉みたいになっちゃった。



「あん…たはっ…!」



なぜか国広がぼぼぼぼっと赤くなってきゅっと布を引っ被る。刀の手入れで使うまるんとした打粉(うちこ)みたいになってしまった。国広ならぬ、打粉広。



「あれー国広ー国広ー国広ー?清光いまなんかどっか照れるとこあった?」



「大有りだよ、主…」



清光が呆れたように額に手を当てる。



「大袈裟だったかな…死が分かたなくても、イヤになったらいつでも好きなとこに行ってくれてかまわないからね?」



「あー主!そんなこと言うとまた国広がスネるよ!国広は本心じゃ主と一緒に行きたいんだから、多少強引なぐらいでちょうど良いって」



「なっ清光なに言って…!」



「ふうん?じゃあ」



あたしは無理矢理国広の被った布の隙間に手を押し入れてがばっとひっぺがす!



うわっと情けない声をあげて、国広はその勢いで腰をついた。黄金の髪が露になる。



「国広!おまえ、真名をなんという!」



あたしは腰に手を当ててびしりと指を指す。



「や…山姥切(やまんばぎり)国広…」



「山姥切国広!二度は言わぬ、良く聞け!我は前田忠宗(ただむね)が女!前田の全てを統べる宗主(そうしゅ)である!あたしと共に…来い!」



あたしは強く叫んで国広の手を引いた。



「うわっ!」



ぽかんとあたしを見ていた国広は引かれるがまま、勢い良く立ち上がる。



「あたしの神になりなさい」



あたしはそっと言ってにっこりと笑った。



国広は呆気に取られた顔をしていたけれど、その顔がみるみるうちに赤くなっていく。染まりきらないうちに、自分でまた布を被って顔を隠してしまう。



「…」



「えーいいなーそれーそれ俺にも言ってよー」



「あたしの神様になってほしーなー清光~!」



「なるー!」



清光がまたがばりと飛びついてくる。



「国広、返事は?」



清光の頭を撫でながら言うと、打粉広のまま、「…勝手にしろっ」とお言葉がかえってきました。素直じゃないんだから、ヤレヤレ。 
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