FAIRY TAIL ―Memory Jewel―
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妖精たちの○○な日常 vol.1
S t o r y 12 人探しは悪夢の始まり
前書き
こんにちは!前回からあまり日が経たないうちに更新することができてホッとしております紺碧の海でございます!
今回は新キャラ登場!しかもなんと6人も!果てさて、彼等は敵か味方かーーーーー?個性豊かで、ものすごく覚えやすい名前の新キャラ達です。
それでは、S t o r y 12・・・スタート!
―マグノリアの街 商店街―
人々が行き交う賑やかなマグノリアの街中を、日の光に照らされた金髪と、風になびく赤い鉢巻を揺らしながらルーシィは鼻歌を歌いながら、その隣をステップを踏むようにコテツが歩いていた。
「ん~~~っ!やっと仕事終わったぁ~~~!」
「お疲れ様、ルーシィ。」
「コテツもね。お疲れ様。」
ハルジオンの街での護衛の依頼を終えたばかりの二人は大きく伸びをしながら、お互いに労いの言葉をかけ合う。
「えーっと……今日の依頼の報酬が10万Jで、コテツと山分けして5万Jだから……」
「あと2万Jで家賃が払えるね。」
「うん!よぉーしっ!明日も仕事頑張っちゃうわよー!」
「僕も手伝うよ。」
「ありがとーコテツー!」
明日の予定を決め、息巻いているルーシィを見てコテツは微笑んだ。そんなコテツの背中を見て、ルーシィは首を傾げる。
「あら?ねぇ、コテツ…リュックはどうしたの?」
「え?あ、あれ……?」
「ま、まさか……!」
ルーシィに言われて初めて気づいたらしく、コテツの顔が一気に青ざめ、それを見たルーシィはそれ以上に顔を青ざめさせた。どうやらコテツの“おっちょこちょい”が発動してしまったみたいだ。
「ウソーーー!あのリュックに報酬も入ってるのにーーーーーっ!」
「あわ、わ……ゴ、ゴメン。」
頭を抱えて嘆くルーシィと、あたふたしているコテツの方に街の人々の視線が自然と集まる。
「って、こんなところで嘆いてる場合じゃないわね。確かハルジオンまでアンタはしっかりリュック持ってたわよね。ということは……」
「た、たぶん…列車に置き忘れたんだと思う……」
「一番マズいところじゃない!……あーもう、とにかく!急いで戻るわよ!」
「う、うん。……ホントに、ゴメン。」
「もういいわよ。あたしも、アンタが“おっちょこちょい”だってことすっかり忘れてたし、確認しなかったあたしも悪いし。……だから、もう気にしないで。」
「うん……」
眉を八の字に下げ、コテツはすっかり落ち込んでしまった。その時、
「おーーーい!そこの金髪ちゃんと鉢巻くーーーーーん!」
「え?」
「ん?」
遠くの方から声が聞こえた。声がした方を振り向くと、額にパイロットが身につけているようなオレンジ色のレンズのゴーグル、首に赤いスカーフを巻いた少年がこっちに向かってぶんぶんと大きく手を振っていた。ルーシィとコテツがいる所に金髪と鉢巻をした人間は他にいなかった。間違いなく自分達のことを呼んでいるみたいだ。
「……コテツ、知り合い?」
「え?ルーシィの友達じゃないの?」
どうやらお互いにとって赤の他人らしい。そんなことを言っているうちに、謎の少年はルーシィとコテツの所にまで来ていた。
「ふぅ、やっと追いついた。お二人さん、列車に忘れ物だぞ。」
「え?あ、それ……!」
「僕のリュック!」
謎の少年の手には依頼の報酬が入ったコテツのリュックが握られていた。顔を輝かせるルーシィとコテツを見て、少年はニカッと笑った。
「一応中身、確認しとけよ。お二人さんが降りた後、これを忘れていってることに気づいてすぐに追いかけたから大丈夫だとは思うけどな。」
「うん。この中に、すっごく大事なルーシィの家賃が入ってるんだ。」
「ちょっ、ちょっとコテツ……!///////////」
「ハハハッ!そらめちゃめちゃ大事なものだな!」
謎の少年から受け取ったリュックを地面に置いて中身を確認するコテツの言葉にルーシィが恥ずかしさで顔を赤らめ、謎の少年は楽しげに笑った。
「うん!中身は大丈夫!」
「そらよかった。次からは気をつけろよ。」
「ありがとう。お陰で助かったわ。」
「俺は大したことしてねェよ。これで無事、家賃が払えるな。」
「うっ……!///////////」
中身を確認し終えたコテツはリュックを背負い、お礼を言ったルーシィは家賃のことを言われ再び顔を赤らめた。
「あたしは妖精の尻尾の魔導士、ルーシィよ。」
「同じく、僕はコテツ・アンジュール。君は?」
「!」
ルーシィ、コテツの順に名乗り、コテツが謎の少年の名を尋ねようとすると、ルーシィとコテツが気づかないほんの一瞬だけ少年の笑顔に影がさした。が、すぐに眩しい笑顔に戻ると、少年は茶色い革の指無しグローブをはめた右手の親指で自分のことを指差すと、
「名乗るほどの者じゃない!俺は、ただの通りすがりの英雄だ!」
少年の言葉に、ルーシィとコテツの目が黒い点になったのは言うまでもない。
その時、「あっ!風船!」という幼い女の子の声が聞こえた。ルーシィとコテツ、そして「英雄」と名乗る少年が振り向くと、空には糸のついた赤い風船が飛んでいた。赤い風船の真下には手を繋いでいる買い物中のお母さんとピンク色のワンピースを着た女の子がいる。どうやら、その女の子が誤って風船を放してしまったらしい。周りにいた人々も視線をどんどん空へと飛んでいく風船に向けている。
「ぅ…風しぇん……。」
「また買ってあげるから。」
「ぅ…ひっ……。」
女の子は目に大粒の涙がたまっていく。
「うーん、とってあげたいのは山々なんだけど……。」
「さすがに届かないね。」
どんどん空へと飛んでいく風船を見上げるルーシィとコテツの後ろで、「英雄」が口角を上げた。そして―――――
「わっ!」
「え、ちょっと!?」
コテツの髪と鉢巻、ルーシィの髪とスカートを翻しながら、少年は駆け出した。その速さは光の如く、人混みを掻き分けながら風船の真下まで来ると、地面を大きく蹴り上げ高く高く跳んだ。
「「ウッソーーーーーーーーーーッ!!?」」
ルーシィとコテツが同時に驚嘆の声を上げた。
驚いているのは二人だけではない。空を見上げていた人々が目を丸くしていた。泣いていた女の子もそのお母さんも、驚きのあまり口が塞がらなくなっていた。
建物を超え、鳥を追い越した少年は、手を伸ばして赤い風船を捕まえた。
「へへっ、楽勝。」
口角を上げた。
そして無事地面に着地すると、女の子に風船を渡す。
「ほい、どーぞ。」
「わぁぁぁ…!風船…!ありがとうお兄ちゃん!」
目をキラキラと輝かせ、嬉しそうに頬を風船と同じ色に染める女の子を見て、「英雄」は嬉しそうにニカッと笑った。それを見ていた周りの人達が一斉に拍手を「英雄」に送る。
「すごいぞ少年!」
「ステキーーーッ!」
「なんだあのジャンプは!」
「や、ヤーベ……ちょっと目立ち過ぎちまったな……。」
賛辞が飛び交う中で、少年は視線を右往左往させた。
「君!どこかの魔導士かい?」
「名前はなんていうの?」
「!」
野次馬の中から聞こえた言葉に、ほんの一瞬だけ少年の笑顔に再び影がさした。が、すぐに眩しい笑顔に戻ると、茶色い革の指無しグローブをはめた右手の親指で自分のことを指差すと、
「名乗るほどのことはしてねェよ!俺は笑顔を届ける「英雄」だ!」
少年がそう言うと一瞬だけ沈黙が流れたが、すぐにさっきよりも凄まじい拍手が野次馬の間で起こった。
「ここに英雄の誕生だーーーっ!」
「カッコイイーーーーー!」
「よっ!我等が英雄様!」
「うおっ!さっきよりも目立ってねーかこれ!?ここは一先ず……退却だっ!」
興奮の熱が冷めるどころかどんどん上昇していく中で、少年は「英雄」と名乗るにしては有り得ないことなのだが、人混みに紛れながら輪の中から抜け出した。そして路地裏に逃げ込むと、野次馬が追ってこないのを見て安堵のため息をついた。
「ふぅ、大したことしてねェんだけどなぁ?」
「あ、いた!」
「やっと見つけた~!」
「うおっ!」
ゴーグルを外して額に浮かんだ汗を袖で拭ったのと同時に声が聞こえ驚いて仰け反ると、そこにはさっきリュックを届けたルーシィとコテツがいた。2人だと確認したのと同時に肩の力を抜いた。
「なんだ、アンタ等か……。脅かすなよ。」
「それはこっちのセリフよ!アンタも魔導士なの?」
ルーシィの言葉に少年はゴーグルを着け直しながら首が傾げた。それを見て、コテツが付け足す。
「君のあの跳躍力……並の人間じゃ、有り得ないことだから。魔導士なら、どこのギルドに所属しているのかルーシィが気になっちゃって。」
「もしフリーの魔導士なら、お礼も兼ねてあたし達と一緒に来ない?」
ルーシィが手を差し出すと、少年は肩を竦めながら言葉を紡いだ。
「生憎、俺はアンタ等と同じ魔導士じゃないんだ。」
「え?でも、あの跳躍力はな」
「そして、普通の人間でもない。」
「……え?」
「!?」
少年の言葉にルーシィは小さく驚嘆の声を上げ、コテツは目を大きく見開いた。
「それと、俺はギルドっていうものには所属してねェけど、俺には大事な仲間がいるんだ。俺は、その仲間を守る義務がある。なんてたって俺は……「英雄」だからなっ!」
そう言うと少年は弾けるような笑顔を浮かべた。
「けど……ルーシィとコテツって言ったよな?確か、妖精の尻尾の魔導士だとも?」
「え、えぇ。」
「なら、またすぐにアンタ等とは会える気がする。」
「え?どうして?」
「なんとなくだっ!」
笑って答えた少年の言葉にルーシィとコテツは同時にズッコケた。
「まぁ、そんなわけで……助けが必要ならいつでも呼べよ。俺は「英雄」だからな!困っている人のところにはすぐに駆けつけてやるさ!」
「じゃあ、また僕が仕事の報酬の入ったリュックを列車に置き忘れたら君は来てくれるの?」
「それはダメだから絶対!」
胸を張って言う「英雄」に、コテツがとんちんかんな事を言うとルーシィがツッコミを入れた。
「それじゃっ、また会おうぜっ!」
「え、うわぁ!」
「ちょっ、キャアアア!」
ニカッと笑い、星が飛び出すようなウィンクをバッチリ決めると、「英雄」はその場を蹴り上げ、あの時と同じように高く跳ぶと、建物を跳び越えながら去っていった。
「去っていく時は空は飛ばないんだね。」
「さすがに無理なんじゃない……?」
少年が行ってしまった方を見ながら呟くコテツに再びルーシィがツッコミを入れた。
建物を次々と跳び越えていた少年はふと何かを思い出したのか、とある民家の屋根の上で立ち止まり、ズボンのポケットから二枚の写真を取り出した。一枚は少し色褪せており、銀縁眼鏡に白衣を身に着けた、紫色の液体の入ったフラスコを持った男の写真。もう一枚は黒髪に同色の吊り目、右目を黒い眼帯で覆い黒いロングコートを羽織った少年が無数の機械を操作している写真。
写真を見て、少年は頬を掻きながら困ったような表情を浮かべた。
「ヤッベ……あの二人にコイツ等のこと聞くの、すっかり忘れてた。」
ハァ、と重々しく吐いた少年のため息が虚空に吸い込まれた。
―南口公園―
大きな木が植えられているこの公園はいつも平和だ。
子供達がボールを蹴って駆け回り、母親達が楽しそうに談笑しており、杖を突いたお爺さんがベンチに腰掛けて気持ちよさそうに寝ていたり、木の上にいる鳥が歌を歌うように鳴いていたり……。とにかく、いつも平和なのだ。
その公園で、大きな荷物を抱えたウェンディとシャルルとイブキの三人が歩いていた。
「なーんで俺がミラの手伝いをしなきゃならねーんだよ。」
「アンタねぇ、さっきから文句しか言ってないわよ。」
「……つーか、なんでここ通ってんだよ?」
「カナさんから、この公園を通った方が商店街からギルドまでの近道だ、って教えてくれたんです。」
「ふーん、カナがねぇ……。」
「アンタ、ギルドに入ってそこそこ経つのに何にも知らないのね。」
「商店街なんか普段行かねェからな。」
ミラからおつかいを頼まれたウェンディとシャルルだったが、買う物の量の多さにとても二人だけでは運べないと思ったミラに、半ば強引に手伝いを頼まされたイブキの不服にウェンディとシャルルが順に答えていく。
「イブキさんって、とっても優しいですよね。」
「は?何だよいきなり?」
脈絡なしに微笑みながら言うウェンディの言葉にイブキは首を捻る。
「さっきみたいに文句を言いながらも、ちゃんとミラさんのお願いを聞いてあげられるし、私とシャルルより重い荷物を率先して持ってくれるし、私の歩調に合わせて歩いてくれるし……改めて、イブキさんは優しいんだな、って思ったんです。」
ウェンディとシャルルが抱える紙袋の中にはパンやスナック菓子、小瓶に入った調味料などの軽い荷物が主に入っており、イブキが抱える紙袋の中には野菜や果物、肉や魚、ワインやコーヒー豆が入った袋などの重い荷物が主に入っており、それを三つも抱えている。それを持ちながら歩幅の小さいウェンディと歩調を合わせているのだ。
「べ、別に……ミラは怒らせたら怖いし、お前等二人じゃこの量は持てないと思っただけだし、俺が先に歩いて迷子になられたら困るし……とにかく!別に優しくなんかねーからな!」
「あら。ウェンディの歩調に合わせて歩いているのは、ロキから教わったエチケットなんじゃないの?」
「だから何で知ってんだよっ!?」
耳を赤くしてウェンディから顔を逸らしたイブキの方に飛んで回り込んだシャルルが横槍を入れ、イブキがそれに悔しそうに唇を噛み締めた。そんな様子を見てウェンディは微笑んだ。
すると、ウェンディ達の進行方向で何やら人集りができていた。
「何よこの集まり?」
「何かあったのかなぁ?」
老若男女問わず団子のように集まっており、ウェンディとイブキの背丈では人集りの向こう側の様子を見ることができない。ましてや、ギルドへの道を塞がれているためギルドに帰ることもできない。
「人が減ってくのを待つしかねェみてェだな。」
「そうしましょうか。」
「全く、仕方ないわね。」
すると、ぐうぅぅぅぅぅ……とイブキの腹の虫がないた。
「……腹減ったなぁ。」
「あ、そうだ!ミラさんがサンドイッチを持たせてくれたんです!それを食べながら待ってませんか?」
「マジで!さっすがミラ、気が利くな!」
「なんだか、ピクニックに来たみたいね。」
「だね。」
人集りから少し離れたところで待つことにしたウェンディ達は芝生の上に座って少し早めのお昼を食べることにした。ウェンディが肩から提げていた、財布などを入れたショルダーバッグからラップに包まれたサンドイッチを三つ取り出す。三つともレタス、ハム、チーズ、トマトというオーソドックスな具だ。
ウェンディがそのサンドイッチをイブキに手渡すと、余程お腹が空いていたのかラップをすぐに剥がし大口を開けてかぶりついた。
「もっと味わって食べなさいよ。」
「……はは、へっへんら。……へふに…ひぃはろ。」」
「飲み込んでから喋んなさいよ!」
「先に話しかけたのお前だろーがっ!」
「まぁまぁ。」
シャルルからの文句に口いっぱいに頬張ったまま返答したイブキは案の定シャルルに再び文句を言われ、今度こそ飲み込んだイブキが文句で言い返し、これ以上喧嘩が酷くならないうちにウェンディが割って入って止めた。その時、
「?……あの、何か聞こえませんか?」
「は?何が……!」
「歌……?」
三人の耳に誰かの歌声が届く。どこから聴こえるのかと辺りに耳をすますと、人集りの奥から聴こえるのがわかった。
「これを聞きに、こんなに人が集まってたのか?」
「確かに、思わず聞き惚れちゃいますね。」
女性の声だろうか……?澄んだ歌声が遠くまで響き渡り、公園にいる人々はみなその歌声にすっかり聞き惚れていた。
「どんな人が歌ってるのかな?」
「ウェンディ、気になるの?」
「う、うん。少しだけ……。」
シャルルの問いにウェンディは遠慮がちに小さく頷いた。
「なら、行ってみようぜ。」
「え?あ、わっ!」
「ちょっ、ちょっと!待ちなさいよー!」
ウェンディが頷いたのを見て、イブキはウェンディの細い右手首を掴むと、人集りに向かって歩き出した。いきなりのことにウェンディは止める間も無く強引に連れ出され、シャルルも慌てて追いかける。
「イ、イブキ、さん……!わぷっ!…まっ、待って、わっ!……くだ…さいっ!……キャッ!」
「ちょっ、ちょっと!……ひゃっ!危な……」
「いいから……おわっ!…手、離すなよ。……だーくそっ!邪魔だっての!」
自分達よりも背丈のある老若男女に押され潰されながら、3人は前に進んでいく。
「……おしっ!やっと一番前に……」
「ぷはぁ!イ、イブキさん、歩くの早すぎますよぉ……。って、イブキさん?どうかし……」
「ちょっと二人とも、いったいどうし……」
人混みを掻き分けて一番前に出ることができた三人は、目の前の光景を見て言葉を失った。
そこには、小さなステージが設けられており、そのステージの上で栗色のウェーブがかかった髪、パッチリ二重の青色の瞳、淡いピンク色のティアードワンピースを着た少女が、あの誰もが聞き惚れる歌を歌っていた。少女の頭の上にはピンクと白の薔薇の花冠がのせられており、それが少女の美しさをより引き立たせていた。
「♪~~~~~~~~~~」
透き通るソプラノボイスで、少女を見る人聞く人をどんどん魅了していく。ウェンディとシャルルとイブキもそのうちの1人だ。
「……すごく、キレイですね。」
「お、おう……。」
頬を紅潮させたウェンディはシャルルを胸に抱きながらイブキと短く言葉を交わす。すると、歌っていた少女が視線をウェンディとイブキの方に向け、ニコリと柔らかく微笑んだ。まるで花が咲いたようなその微笑みにウェンディは更に頬を紅潮させた。すると少女は、白い右腕をウェンディの方に差し伸べて息を吸うと、
「♪~淡く咲く花々が 可憐な少女と子猫を囲み~♪」
ソプラノボイスで少女が歌うと、ウェンディの足元で色とりどりの花が咲き出した。
「わあぁ……!」
「す、すごい……!キレイ……!」
ウェンディとシャルルは頬を更に紅潮させ目を輝かせる。
「ど、とうなってんだコレ……?魔法、なのか……?」
突如咲いた花々を見て驚嘆の声を上げたイブキは視線を再び少女に移す。すると少女は、今度は白い右腕をイブキの方に差し伸べて息を吸うと、
「♪~清く咲く花々が 勇猛な少年を囲み~♪」
ソプラノボイスで少女が歌うと、イブキの足元で色とりどりの花が咲き出した。
「おわわっ!」
急に咲き出した花を踏みつけそうになり、イブキは慌てて体勢を整える。
すると少女は、白い両腕を大きく広げ息を大きく吸うと、
「♪~美しい 鳥たちも蝶々たちも 舞い踊る~♪」
美しい色合いの羽を持つ鳥や蝶々が歓迎するかのように三人の周りで優雅に飛び交いはじめた。
「♪~さぁ 幸せな世界に ようこそ~♪」
少女がソプラノボイスで紡いだ最後のフレーズ歌い終えたのと同時に、少女の歌声を聴いていた人々が一斉に拍手を送る。
頬が紅潮したままの三人は少女に拍手を送るのも忘れるほど、未だに花々に囲まれたまま興奮が冷めずにいた。
「す…すごかったね、シャルル……。」
「えぇ、ホントに……。」
「くそっ……顔が異様なくらいすげー熱い……。」
ウェンディとシャルルは未だに目が少女に釘付けのままで、イブキは紅潮した頬に手を当てたまま固まっている。
少女は歌を聴いていた人々に向かって一礼した後、ステージから降りウェンディ達の方に向かって歩いてきた。
「わ、わ、シャルルシャルル!こっちに来るよ!」
「おおおお落ち着いてウェンディ……!」
「お前もな。」
あたふたとする3人にお構いなく、柔らかく微笑んだまま少女は3人の目の前まで来ると、白い手でウェンディとイブキの頭を優しく撫でた。
「聞いてくれてありがとう!私の歌、どうだった?」
ウェンディとイブキの頭を撫でながら、少女は首を傾げて問う。
「す、すごい、素敵でした!すっかり聞き惚れちゃいました!」
「ま、まぁ、よかったんじゃない?」
「お、俺も…すげー上手いと思ったし、ずっと聴いていたいな、って思った。」
キラキラと目を輝かせ、素直になれずに、紅潮した頬を隠すようにしながら、ウェンディ、シャルル、イブキの順に言葉を紡いだ。
「よかった……!すっごく嬉しい!ありがとう!」
三人の言葉を聞いた少女は目を細め嬉しそうに微笑んだ。その笑顔をステージ上で浮かべていた笑顔よりも幼く、近くでよく見ると、少女はウェンディとイブキと同い年、もしくはあまり離れていない年なのかもしれない。少女の背丈もイブキと同じくらいだ。
すると、少女の視線がウェンディの右肩に刻まれている水色のギルドマークに向けられた。
「これは……。」
「あ、これは魔導士ギルド、妖精の尻尾の紋章なんです。」
「妖精の尻尾……じゃああなた達は、妖精の尻尾の魔導士?」
「はい!私はウェンディ・マーベルです。そしてこっちは……」
「シャルルよ。」
「俺はイブキ・シュリンカーだ。で、お前は?」
ウェンディ達が順に名乗った後、イブキが少女の名を尋ねると、三人が気づかないほんの一瞬だけ少女が顔を強張らせた。が、すぐに笑顔になると、口元に右手の人差し指が添え、ソプラノボイスで言葉を紡いだ。
「次に会った時に教えるね。」
そして少女は頭に乗せていた、ピンクと白の薔薇の花冠をウェンディの頭に乗せた。
「これは、私の歌を聴いてくれたお礼だよ。私、時々ここで歌を歌ってお金を稼いでいるんだ。」
見ると、純白の羽の鳥が口に咥えた籠に、少女の歌を聴いていた人々がお金を入れているのが見えた。既に籠三つ分のお金が貯まっていた。
「それなら、私達もお金を」
「ウェンディちゃん達は、今回は特別。その代わり、聞きたいことがあるんだ。」
「聞きたいこと?」
お金を入れに行こうとするウェンディの肩に手を置いて引き止め、少女の問いにイブキは首を傾げた。少女はワンピースのポケットから二枚の写真を取り出した。
「この人たちのこと、どこかで見かけたことある?」
少女が見せてくれた写真を三人は顔を寄せ合って覗き込む。一枚は少し色褪せており、銀縁眼鏡に白衣を身につけている、紫色の液体が入ったフラスコを持っている男の写真。もう一枚は黒髪に同色の吊り目、右目を黒い眼帯で覆い黒いロングコートを羽織った少年が無数の機械を操作している写真。
「シャルル、見たことある?」
「私は一度も無いわね。アンタは?」
「俺も見たこと無いな。ウェンディ、お前もか?」
「はい……。」
三人とも、写真に写っている二人の男のことは知らなかった。
「そっかぁ……残念。」
「すみません、お役に立てなくて。」
「ううん、気にしないで。もし見かけたら次に会った時に教えてほしいな。できれば、こっちを優先してほしいんだけど。」
落ち込むウェンディを励ますと、少女は右目を黒い眼帯で覆った青年の写真の方を指差した。
「アンタの友人か?」
「うん、大事な仲間だよ。」
写真を見つめながらイブキは問うと、悲しげな表情を浮かべながら少女は頷いた。
「……それじゃあ、私、もう行くね。」
お金の入った籠を持ち、鳥を腕に乗せながら少女が去ろうとする。
「あ、はい!花冠、ありがとうございます!」
「もしその二人のことを見かけたら、次に会った時に教えるわ。」
「まぁ、あまり期待はするなよ。」
花冠に嬉しそうに手を添えながらウェンディがペコリと頭を下げ、それに続いてシャルルとイブキが手を振りながら言葉を紡いだ。少女は三人の言葉に嬉しそうに微笑むと、
「なんか……ウェンディちゃん達とはまたすぐに、会える気がするなぁ。」
「……え?あの、今なんて―――――」
ウェンディが聞き返そうとしたのと同時に、強い風が吹き込んだ。風の強さに思わずウェンディはもらった花冠を飛ばされないように花冠と髪をおさえ、ギュッと目を瞑った。
「な、何よいきなり……!」
「風……?」
シャルルもギュッと目を瞑り、イブキは顔を腕で防ぎながら右目を薄っすらと開けると、色とりどりの花びらが渦を巻きながら風にさらわれ、その風の中で少女が微笑んでいるのが見えた。
「おいアンタ……!ッ―――!」
少女を呼び止めようと声を荒げるが、風が更に強まりイブキも目を瞑った。
次第に風は弱まり、ウェンディ達が目を開けた時には既に少女の姿はそこには無かった。ウェンディ達の足元に咲いていた色とりどりの花々も跡形も無く消えていた。
「な、なんだったの……?」
「……まっ、変わった奴だっていうのは確かだな。」
首を傾げるシャルルと、頭の後ろで腕を組むイブキの後ろで、ウェンディは少女からもらった花冠に視線を落とし、小さな掌でそれを包み込むように優しく握り締めた。
「また……会えるかな?」
―クヌギの街―
妖精の尻尾の氷の造形魔導士、グレイ・フルバスターは今、非常に困っていた。
(なーんでこんな事に、なったんだったかなー……?)
グレイを悩ませている元凶は、今まさに目の前でもめている妖精の尻尾の水の魔導士、ジュビア・ロクサーと、記憶を無くした宝石魔法を使う魔導士、エメラことエメラルド・スズランの二人にあった。
「エメラさん!いつまでジュビアとグレイ様の恋路を邪魔するつもりなんですかっ!?」
「いやいや、邪魔してるつもりは一切ないんだけど……。」
「じゃあなんでジュビアとグレイ様について来るんですかっ!?」
「私もギルドに帰るからだよ!」
「ジュビアとグレイ様は、これから二人でラブラブデートに出かけるんです!」
「いつ決まったんだそんなこと!?」
誰がどう見ても、喧嘩をふっかけているのはジュビアの方であり、エメラは巻き込まれただけで喧嘩をしているとは微塵も思っていないのだが……。
最初から簡潔に説明すると、クヌギの街での討伐依頼に行こうとしたグレイとエメラにジュビアが無理矢理ついて来たのだが、依頼を無事達成し、報酬も受け取ってギルドに帰ろうと駅に向かう道中でジュビアが口火を切り、今に至る。
「エメラさん一人で帰ればいいじゃないですかっ!」
「わ、私、まだ一人で切符、買えなくて……」
「そーやってわざと切符を買えないフリまでして、グレイ様に甘えて構ってもらいたいんですかっ!?」
「な、なんでそうなるのォ!?ジュビアお願い、信じて!私、ホントにまだ」
「言い訳は結構ですっ!」
エメラが必死にジュビアの誤解を解こうとするが、状況は悪化する一方で、ジュビアは沸騰しそうな勢いで顔がどんどん怒りと憎悪で赤くなっていく。対するエメラは翠玉のような大きな瞳にみるみるうちに大粒の涙がたまっていく。
「おいお前等、いい加減落ち着けって。」
これはマズい……!と思い始めたグレイは二人の間に割って入り仲裁しようとするが、
「どうしてジュビアの周りには、こんなに恋敵が多いのォ!?そ、そりゃあ…グレイ様がとぉ~~~ってもカッコよくて素敵な方だからなんでしょうけど……。」
「わ、私は恋敵じゃないよぉ……。」
「いーえっ!エメラさんはジュビアにとって一番のライバルです!ルーシィさんやエルザさん、ミラさんやカナさんよりもグレイ様と一緒にいる機会が多いあなたがっ!「恋敵」以外でなんと呼べばいいんですかっ!?」
怒りを露わにしているジュビアはもちろん、泣きそうになっているエメラまでもがグレイの声が耳に入っていない。
「おい……どーしろってんだ。」
頭をガシガシと掻きむしりながらグレイが本気で悩み始めたその時だった。
「あのー……」
「ん?」
遠慮がちな小さな声が聞こえグレイは後ろを振り返ると、暗めの青色の髪に同色のとろんとした大きな垂れ目、青と白のノースリーブのワンピースに同色のアームカーバを着けた少女がいた。肩から黒いショルダーバッグを提げている。
「グレイ?」
「どうしたんですか?」
揉めていたエメラとジュビアもグレイの側に寄って来て、見知らぬ少女がらいることに気づいた。
「グレイの知り合い?」
「いや、全然知らねェぞこんなガキ。」
「ということは……まさかっ!新たな恋敵ですかっ!?」
「なんでそーなる!?」
グレイはエメラの問いに首を振り、盛大な勘違いをするジュビアにツッコミを入れた。
勝手に話を進めるグレイ達のことを見ても、少女はとろんとした表情を崩さずにその様子を黙って見ていた。
「えー……っと、私達に何か用?」
自分よりもやや背丈が低い少女と目線を合わせてエメラが聞くと、少女はとろんとした青い目をパチクリと瞬きさせると小さな口を開いた。
「東の森って、どっち?」
「……え?」
少女の言葉にエメラは目を白黒させる。グレイとジュビアもエメラと同様に目を白黒させていた。
「東の……森?」
「そもそも、クヌギの街に森なんてありましたっけ?」
グレイが眉間にしわを浮かべ、ジュビアが顎に白い細い指を当てて考え込む。すると、二人の言葉に今度は少女が首を傾げる。
「クヌギ……?ここ、マグノリアじゃ……?」
「「「………え?」」」
少女の言葉にグレイ達三人は同じ驚嘆と疑問の声を上げた。
どうやらこの少女、マグノリアにある東の森に行きたいのだが道に迷ってしまい、道を聞こうとしてグレイ達に声をかけたみたいなのだが、そもそも自分が今いる街自体がマグノリアの街でなくクヌギの街であることにも気づいていないみたいだった。
「かなりのうっかりさん、ですね。」
「だね。」
顔を見合わせて可笑しそうに小さく笑うエメラとジュビアを見てグレイはホッと安堵すると、
「俺達もこれから帰るとこだし、コイツも一緒に行けばいいんじゃねーか?」
グレイが少女を見やりながら言うと、
「私は全然いいよ。」
「ジュビアも、グレイ様がそう言うなら……」
エメラはすぐに頷き、ジュビアも口を尖らせながら渋々といった感じで了承した。
「ありがとう。」
少女は嬉しそうに若干目を細め小さく微笑んだ。
そしてグレイ達3人と少女は今、マグノリアに帰るため列車に乗っているのだが……やっぱりグレイは困っていた。
「えー……っと、ねぇジュビア、機嫌直してよ。ね?」
「ジュビアは納得出来ません。どうしてジュビアの隣にはグレイ様じゃなくてエメラさんが座っているんですか?」
簡潔に説明すると、マグノリアに帰るために列車に乗ったまではよかったのだが、最初に席に座ったグレイの隣にエメラが座ろうとしたのを見てジュビアが再び怒り出し、エメラが席を譲るも恥ずかしくなったのか座る前から頭から湯気が出るほど顔を真っ赤にして他の乗客に迷惑をかけてしまうことになったので、最終的にジュビアの隣にはエメラ、グレイの隣には少女が座ることになったのだ。
「そんなに恥ずかしがらないで、普通にグレイの隣に座ればいいのに。」
「エメラさんはグレイ様の隣に座ることに対して躊躇しないんですかっ!?な、なんてハレンチな……!?」
「えーっ!?な、何でそーなるの!?」
「お前等、声でけーっての。」
エメラとジュビアの声の大きさにグレイは口元に苦笑いを浮かべながらツッコむ。グレイの隣に座る少女は窓に手をつきながらとろんとした青い目でずっと窓の外を黙って見つめていた。
「そんなに景色が珍しいのか?」
グレイの問いに少女はコクンと頷く。
「あれ?怪我してるの?」
「!」
エメラは窓に手をついている少女の左手の甲を指差しながら言うと、少女は慌てて左手の甲を隠すように、右手で左腕のアームカーバを引っ張った。
「痛くないの?」
「平気。ただの、火傷だから。」
「そっか。」
エメラの問いに少女は俯きがちに答える。
(うーん……なんか変な形してたし、ただの火傷には見えなかったんだけどなぁ……?)
首を捻るエメラだったが怪我のことには触れられて欲しくなさそうな様子の少女を見てそれ以上は聞かないことにした。
「そういえば、あなたは何でクヌギの街にいたんですか?」
今度はジュビアが少女に問いかけた。ジュビアの問いに少女は肩から提げていた黒いショルダーバッグから2枚の写真を取り出しグレイ達の方に差し出した。
「この人達を、探してた。」
グレイ達三人は写真を覗き込む。一枚は少し色褪せており、銀縁眼鏡に白衣を身に着けた、紫色の液体の入ったフラスコを持った男が写っており、もう一枚は黒髪に同色の吊り目、右目を眼帯で覆い黒いロングコートを羽織った少年が無数の機械を操作している写真。
「この二人はいつからいないんだ?」
「こっちは、ずっと前に。こっちは、三日くらい前に。」
グレイの問いに、少女は最初に色褪せているフラスコを持った男の写真の方を、次に眼帯をした少年の方の写真を指差しながら答えた。
「こっちの写真の男の子は、随分最近にいなくなったんですね。」
「で、お前はこの二人を探している間に知らぬ間に列車に乗ってクヌギの街まで来たのはいいが、帰り方が分からなくなっちまったって訳か。」
ジュビアとグレイの言葉に少女はコクンと頷く。
「私達、魔導士ギルド妖精の尻尾の魔導士なんだ。だから、もしこの二人のこと見かけたらあなたに教えるね。」
「ありがとう。」
エメラが微笑みながら言うと、少女は嬉しそうに目を細め小さく微笑んだ。
グレイ達三人と少女を乗せた列車は無事にマグノリア駅に到着した。
「ここから、東の森まで行ける?」
「うん、大丈夫。」
エメラが聞くと少女はコクンと頷きながら言った。
「ところで、どうしてあなたは東の森に行きたいんですか?」
「………。」
ジュビアが尋ねると、少女は目をパチクリさせながら考え込み、グレイ達は少女が答えるのをじっと待つ。
「……内緒。」
「「「え。」」」
しばらくの間考え込んでいた少女からの言葉を聞いたグレイ達は同時に素頓狂な声を上げた。
「そ、そういえば!まだ私達、お互い名乗ってなかったよね!私はエメラルド。」
「ジュビアです。」
「俺はグレイだ。で、お前は?」
「………。」
パン!とエメラが手を叩いた後、エメラ、ジュビア、グレイの順に名乗りグレイが少女の名を尋ねると、少女は再び目をパチクリさせながら考え込みグレイ達は少女が答えるのをじっと待つ。
「……内緒。」
「「「え。」」」
さっきと同じ答えをする少女に対し、グレイ達は再び素頓狂な声を上げた。
「な、何で教えてくれねーんだよ?」
グレイが問うと、少女は三人から顔を逸らすように僅かに顔を伏せると口を開いた。
「……内緒、だから。」
「はぁ?」
「内緒」としか言わない少女にグレイは苛立つ。
「まぁまぁグレイ、この子にも事情とかあるかもしれないじゃん。」
「その事情も「内緒」なのかよ?」
「………。」
苛立つグレイをエメラが宥め、グレイが再び問うと少女は黙ってコクンと頷いた。それを見たグレイは諦めたようにハァ…とため息を吐いた。
「でも、次会った時は……言えるかも、しれない。」
「え?」
少女の言葉にジュビアは首を傾げる。
「次って、いつのこと?」
「分からない。でも……」
そう言うと少女は、何かを掬い取るように両手を胸の前に掲げると、少女の掌に淡い水色の光の粒子が集まり、それが蝶々となって一羽、少女の掌から飛び立った。その不思議な光景にグレイ達は目を丸くし、飛び立った蝶々を目で追いながらエメラは呟いた。
「……綺麗。」
不思議な水色の蝶々は何かに誘われているかのように遥か彼方まで飛んでいった。
「私の蝶々が、そう言ってる。だから、きっとまた……会える。」
そう言うと、少女の掌から蝶々が大量に飛び出し、少女を囲むようにくるくると舞い始めた。
「キャッ!」
「な、何……コレ!?ひゃあ!」
「エメラ!ジュビア!……おい、お前……!くっ!」
風を巻き起こしながら舞う蝶々で少女の姿はすっかり隠れて見えなくなってしまった。エメラとジュビアは両腕で防ぎながら小さく悲鳴を上げ、グレイは蝶々の渦の中に腕を突っ込もうとするが、風の勢いがあまりにも強く弾かれてしまった。
やがて蝶々は四方八方に飛び去っていった。風も止み、グレイ達が目を開けると蝶々に囲まれていた少女の姿は影も形も無くなっていた。
「消えた……。」
「どーなってやがる……。」
ジュビアとグレイは辺りを見回すが、駅内に少女らしき姿はどこにも見あたらなかった。
エメラは蝶々が飛んでいった方を見上げ小さく呟いた。
「きっと会える……か。」
―マグノリアの街 商店街―
日が暮れ始めてきたマグノリアの街の商店街は夕飯の材料を買いに来た人々で昼間と変わらず賑わっている。肉や魚、野菜や果物は売れ残ってしまうと鮮度が格段に落ちてしまうので、今日中に売る為に多くの店は安売りしている。その為どの店も人でごった返していた。だが、安売りされた商品よりも注目を浴びているのは二人の妖精の尻尾の魔導士―――――大量の荷物を乗せた荷車を引きながら緋色の髪をなびかせ銀色に光る鎧をガシャガシャ鳴らしながら歩くエルザ・スカーレットと、その隣を紅玉のように紅い瞳で真っ直ぐ見据えながら歩くバンリ・オルフェイドだった。
妖精女王の異名で知られている妖精の尻尾の数少ないS級魔導士であるエルザは美貌と強さを兼ね備えた魔導士である。バンリは問題ばかり引き起こしている妖精の尻尾には希少レベル並みに稀な常識人で、寡黙で冷静沈着な魔導士である。そんな二人が堂々と街中を歩いているのだから注目を浴びているのは無理もない。
「お前のお陰で、本来泊まり込みするはずの仕事が予想以上に早く片付いた。ありがとな。」
「大したことはしていない。俺がいなくても変わらなかった。」
「謙遜するな。」
マスターに認められたS級魔導士だけが遂行できる依頼「S級クエスト」はS級魔導士が同伴、もしくはS級魔導士に頼まれた時だけ、一般の魔導士もS級クエストに行くことができる。今回はエルザがバンリに頼み、二人はその依頼を終えてきたばかりだった。
「それにしても、まさかピューリィの特性が「頭部の触覚で遠くにいる仲間と意思疎通ができる」で、弱点がその触覚だったとはな……。お前、よくわかったな。」
「前に読んだ図鑑に書かれていた。」
今回エルザとバンリはとあるS級モンスターの討伐依頼を受け、そのモンスターの名は「ピューリィ」という巨大な鳥型モンスターの群れだった。本来ピューリィは山奥に住み着いているのだが、討伐対象のピューリィは街中で飛びながら暴れ回り、建物や人々に被害を与え、全治三か月という重傷を負った人間もいたそうだ。
ピューリィの住処の山奥で退治しようとしたのだが、触覚で仲間を呼び出し群れで襲いかかってきたのでだ。それでも冷静沈着なバンリがピューリィの弱点を思い出し、エルザがその弱点を狙って次々と倒していき、依頼を無事完遂したのだった。
「ピューリィの住処のあの山は、街の人々によってどんどん木が切り倒されていった。食料や住処が無くなったピューリィが怒って街を襲ったんだろうな。」
「原因は、人間にある。」
「仕方のないことだ。……ん?」
どこか重々しく呟いた二人の足元に、コロコロと真っ赤なりんごが転がってきた。しかも、一つではない。エルザとバンリがそれを拾い上げる。すると―――――
「す、すみませぇ~~~~~ん!」
両手にたくさんの食料が入った大きな紙袋を持った、明るい青色の髪に同色の目、冬でもないのに首に羽織るように緩く巻いた淡い青色のマフラーをなびかせながらエルザ達の方に向かって駆けてくる男がいた。どうやらりんごの落とし主のようだ。
「このりんごはお前のか?」
「は、はい!そうです!拾って下さりありがとうございます!」
その男は走ってきたのにもかかわらずちっとも息を乱していなかった。エルザとバンリは拾ったりんごを男が持つ紙袋の中に入れる。それだけで紙袋は満杯になり、また落ちそうになるりんごを男が紙袋を持ち直してなんとか落とさずに済んだ。
「お陰で助かりました。ありがとうございます。」
柔和な笑みを浮かべて男はペコペコと頭を下げる。
「礼を言われるほど大したことはしていないぞ。それにしても、りんごがやけに多いな。」
エルザは紙袋の中身を覗き込みながら言う。さっき落としたりんごで全部でなく、紙袋の底の方にも真っ赤なりんごがあった。どうやら男が持っている紙袋の一つはりんごしか入っていないようだった。
「そこの八百屋さんで安売りしていたもので。今晩の夕食のカレーに使うのと、明日のデザートに使うって彼女が言っていたので。」
「……彼女?」
「……あ、あれぇ?」
紙袋を再び持ち直しながら言う男の言葉に、バンリは「彼女」という言葉に対して首を捻る。それを見た男も隣を見やり、隣にいるはずの「彼女」の姿が無いことに初めて気づいたのか眉尻を下げ、困ったような表情を浮かべた。
「ちょっとオオオオオッ!」
そして、その「彼女」は予想よりも早くエルザとバンリの前に姿を現した。
胸の辺りまで伸ばした明るい赤色の髪に同色の目、大きくスリットの入った赤色のロングスカートに踵の高い赤色のヒールサンダルをカツカツ鳴らしながら、彼女は苛立ちの声を荒げながら真っ先に男の隣まで来ると、
「私が肉屋に行ってる間に一人でどこほっつき歩いているのよっ!全くどれだけ心配したと思ってるのよっ!“奴等”と接触して何かあっむぐ!」
「ゴ~メンゴメン。でも、ちょっと声が大きいかな?それと……口が滑ってるよ。」
「!……ゴ、ゴメン…。」
男は苛立ちを一気にまくし立てる女の口を片手で塞ぎ、最後の方は女の耳元で周りに聞こえないように囁くように言う。そして自分達を囲んでいる騒ぎを聞きつけた人々を見回し、いつの間にか集まりの中に紛れ込んでしまっていたエルザとバンリを見つけると二人に向かって手招きをする。
エルザとバンリはお互い顔を見合わせた後、人を掻き分け男と女の方に歩み寄る。
「俺がうっかりりんごを落としちゃってね。それをこの人達が拾ってくれたんだ。」
「アンタねぇ……。このバカ野郎がご迷惑をおかけしました。」
「バカ野郎って……酷い言われ痛ッ!暴力反対!」
「黙ってて。」
エルザとバンリに向かって深々と頭を下げる女の言いように男が参ったように眉尻を下げ苦笑いをすると、女のヒールサンダルの爪先が男の右足の脛にクリーンヒットし、喚く男に女が一喝し黙らせる。その光景をエルザは困ったような表情を浮かべながら、バンリは相変わらずの無表情で黙って見つめていた。
「えぇっと……その、ホントに大したことはしてないから、そんなに気にしないでくれ。な、バンリ?」
引き下がるようにエルザは言い、隣でバンリも黙って頷いた。
「そう言っていただけると助かります。全く……今度から気をつけなさいよ。」
「分かってるって~。」
「ハァ……」
飄々とした言葉で返す男に、女は呆れたように深いため息を吐いた。
「ところで、エルザ・スカーレットとバンリ・オルフェイドじゃない?」
「あ、あぁ。そうだが…?」
「やっぱりー!二人は魔導士ギルド妖精の尻尾の人間だよね?」
「あ、あぁ。」
「ねぇねぇ、これはチャンスだよ!」
「はいはい。実は、あなた達に聞きたいことがあるの。」
「?」
りんごを拾ってくれた相手がエルザとバンリである事が分かると、男は嬉しそうに声を上げた。そして女の言葉にバンリは首を傾げた。女はロングスカートのポケットから二枚の写真を取り出し、それをエルザとバンリに見せる。
「この二人……どっちか一人でもいいから、知らないかしら?」
エルザとバンリは写真を覗き込む。写真には二人の人物が写っていた。一枚は少し色褪せており、銀縁眼鏡に白衣を身に着けた、紫色の液体の入ったフラスコを持っている男の写真。もう一枚は黒髪に同色の吊り目、右目を黒い眼帯で覆い黒いロングコートを羽織った、無数の機械を操作している少年の写真。
「……バンリ、知っているか?」
「知らない。」
「私もだ。」
「そっか……。」
「魔導士だから、知ってるかもっておもったんだけど……。」
エルザとバンリは首を振る。それを見た男と女は心底残念そうに肩を落とした。
「力になれなくてすまんな。見かけたら、すぐにお前達に知らせると約束しよう。」
「ありがとう!できれば、こっちの子を優先してくれれば嬉しいな。」
手を差し出したエルザの手を男がしっかひと握り返し、無数の機械を操作している少年の方の写真を指差した。
「……これが、“奴等”?」
「「!」」
二枚の写真を指差しながらバンリが尋ねると、男と女の表情が明らかに固まった。バンリは紅玉のような紅い瞳で二人のことをじっと見つめる。
「……そ、そうそう!俺達、この二人のことをずっと探しているんだけど全然見つからなくてね。だから、魔導士の人達に協力してもらおうと思ってたんだ。ね?」
「え、えぇ。まさか、あの有名な妖精女王にお願いできるとは思ってもなかったんだけど。」
「………。」
慌てて繕った笑みを浮かべる二人を見てバンリは不審に思ったが、それ以上は何も言わなかった。
「あ、そうだ!りんごを拾ってくれたお礼と、人探しの協力してくれたお礼にコレあげるよ。」
「これは……」
「……飴?」
「ほんのり甘くて美味しいよ~♪疲れがとれるよ~♪」
男がポケットから何かを取り出し、エルザとバンリの掌に乗せた。男の手はやけに冷たかった。二人の掌に乗せられたのは淡いピンク色の包み紙と淡い紫色の包み紙の飴玉だった。エルザの飴はいちこ味、バンリの飴はぶどう味だ。
「この飴は「幸せの飴」。なめると忽ちあら不思議~♪幸せになっちゃうんだ~♪」
「「幸せの飴」……?」
妙な商人のような口振りの男の言葉を半信半疑で受け止めたバンリは掌の「幸せの飴」を見つめる。
「アンタ、いったい何個持ってるのよ?」
「ん~とね……後30個くらいはポケットにあるよ~。」
「全く、虫歯になってもしらないわよ……。」
(30個っていう数にはツッコまないんだな……。)
ポケットに入ってる飴の数に対して男も女も何も気にしていない素振りを見て、エルザは内心驚いた。
「……名前、聞いてない。」
バンリが小さく呟いた。
「そういえば、お前達は私とバンリのことを知ってたからな。つい聞き忘れていた。お前達、名は何という?」
「「………。」」
エルザが尋ねても、二人は押し黙ったままだ。エルザは二人の様子に首を傾げ、バンリは相変わらず無表情でじっと待つ。先に口を開いたのは男だった。
「ただの、通りすがりだよ。」
そのわざとらしい男の柔和な笑みを見て、エルザは眉間にしわを寄せる。
「あなた達は妖精の尻尾の魔導士なのよね?」
「あぁ、そうだが?」
「なら……きっとまた、すぐに会えるわ。」
「……は?」
「……?」
女の言葉にエルザとバンリは首を傾げた。
「次に会った時は、きちんと名乗れると嬉しいな。」
「どういう―――――」
男の意味深な言葉に疑問を抱いたエルザが聞き返そうとしたが、まるでエルザの声を掻き消すかのように強い風が吹いた。
「それじゃ、私達はこれで。」
「俺達の帰りを、待ってる仲間がいるんでね。」
そう言うと二人は、男が抱えていた荷物を分けて持ちながら去っていった。追いかけようとしたが、二人の姿はあっという間に人の波に飲まれて見えなくなってしまった。エルザとバンリはその場に呆然と立ち尽くす。
すると、バンリの鼻先にポツリと一滴の雫が落ちてきた。
「雨……。」
「何?荷物が濡れてしまうな……。バンリ、急いでギルドに帰るぞ。」
そう言うとエルザは踵を返し、荷車を引いてギルドの方に向かって早足で歩き始めた。バンリはしばらく二人が去っていった方を見つめていたが、やがてエルザと同じように踵を返した。買い物に来ていた人々も足早に帰り始め、多くの店も店仕舞いをしようとしていた。
エルザに追いついたところで、バンリは男に貰ったぶどうの飴玉を包み紙から取り出し口に放り込んだ。そして一口目でガリッと音を立てて噛み砕く。
(甘い……。)
雨が次第に強くなり始めていた。
その日の夜、マグノリアの空は黒く淀んだ分厚い雲で覆われた。この雲のせいで、日が暮れ始めた頃から雨が降り続いており、一向に止む気配がない。豪雨、と呼べるほど強い雨ではないが、傘をさしていなかったらあっという間に全身ずぶ濡れになるだろう。雨が地面や屋根に叩きつけられる中、さっきまでの賑やかな街とは打って変わって静まり返っていた。
そんな静まり返った夜のマグノリアの街に溶け込むかのような黒装束の人間が数人、マグノリアの街を雨の降る中駆け回っていた。まるで、誰かを探すかのように―――――。
「いたか!?」
「こっちはダメだ。そっちは?」
「俺の方もいなかった。」
黒装束の人間達はお互い顔を寄せ合って短く言葉を交わす。フードを目深に被っているので彼等の顔は全く見えない。
「くそっ!あのクソガキ……!ドコ行きやがったんだ!?」
「落ち着け。この雨の中だ、まだそう遠くには行ってないはずだ。」
黒装束の人間達の会話を、路地裏から聞いている少年が一人―――――。
「ハァ、ハァ、ハァ……。」
肩で短く息をし気配を殺しながら、黒装束の人間達の様子を伺っていた。
長い時間外にいたのか、羽織っている黒いロングコートは雨でぐっしょりと濡れていてすごく重そうで、雫が滴り落ちる濡れた黒髪を無造作に掻き上げた。その隙間から、黒い眼帯で覆われた右目が覗く。
「無知の愚か者に、裁きの鉄槌を下す……。」
少年は詠唱のように呟くと、左胸の辺りを守るようにしながら地を小さく蹴り上げ路地裏から飛び出した。
「グアアッ!」
「ぎゃあああああああ!」
「な、何だコレ!?」
少年が飛び出したのと同時に、黒装束の人間達の頭上に巨大な鉄槌が落ちてきた。黒装束の何人かは突如落ちてきた鉄槌の下敷きになり身動きがとれない状態になる。間一髪のところで避けた黒装束の人間は、夜闇に紛れながら路地裏から飛び出した少年の姿を捕えると、
「いたぞーっ!追えーーーっ!」
「何としてでも、アレを取り返せーーーっ!」
懐から先端に魔水晶が付いた杖を取り出し、黒装束の人間達は一斉に少年を追い始めた。そして杖を振るうと、魔水晶から淡白く光る魔力の光線が放つ。少年はギリギリながらも黒装束の人間達の攻撃を避ける。
「光の速さで愚か者の心臓を貫け……。地獄の業火で愚か者を焼き尽くせ……。」
再び少年は詠唱のように呟いた。するとどこからともなく金色の光を帯びながら無数の銃弾が飛んできて、追尾型なのか黒装束の人間達がかわしてもどこまでもついてくる。
「うおああ!」
「うぎゃーーーっ!」
再び何人かがが犠牲になり地面に倒れ込む。
光の銃弾の犠牲にならなかった黒装束の人間達は再び少年を追いかけようとしたが、踏み出した足元から轟々と燃え盛る黒い炎が噴き出し、体が炎に飲まれてしまった。
「ギャーーーーーッ!」
「あぢぢぢぢぢっ!」
黒装束達は地面に倒れ込む。
巻いたかと思いきや、別の方向から黒装束達が姿を現した。少年は唇を噛み締める。
「我の背に生えし天使の純白の翼……。」
そう呟くと、少年の背中に綺麗に生え揃った純白の翼が表れ、翼を大きく羽ばたかせながら雨が降る空を飛んだ。
「怯むなっ!撃ち落とせーーーっ!」
黒装束の人間達は走りながら魔水晶から光線を放つ。少年を空中で上手くかわす。だが、少年は右目を眼帯で覆っており、おまけに雨が降っているので視界が非常に悪い。この街の象徴である教会―――カルディア大聖堂を越えた辺りで、羽が雨で湿り始め上手く羽ばたかなくなってきた。速度も落ち始める。
「クソッ……!」
少年は再び唇を噛み締める。
「今だっ!撃てーーーーーっ!」
黒装束の人間の一人が速度が落ち始めたのに気づき、一斉に光線が放たれる。それでも上手く羽ばたかない翼を必死に動かしながらかわしていたのだが、放たれた光線の一つが右翼に直撃し体勢がガクンと崩れた。
「くっ……!」
衝撃に耐え何とか体勢を立て直し再び飛ぼうと雨で濡れた黒い瞳で前を見据えると、
「!しまっ……」
後から駆けつけた黒装束の人間が少年の行く手を塞ぎ、一つ先の建物の屋根の上で杖を構えていた。魔水晶から放たれた光線が少年の腹に直撃する。
「ガハッ!」
それを見逃す訳もなく、黒装束の人間達は狙いを定め一斉に光線を放った。
「ぐああああああああああっ!」
そのほとんどが少年の身体に直撃した。翼は消え、ボロボロの少年の身体は重力に倣って落下する。
とある建物の屋根に身体を叩きつけられ、ゴロゴロと転がりながら地面に落下した。
「…ぅ……くぅ……っ……」
起き上がろうとするが、全身に激痛が走り息をするのも辛い。腕や腹、額から血が流れ雨で地面に広がっていく。朦朧とする意識の中、バシャバシャと雨を弾きながらこっちに向かって来る無数の足音が聞こえる。
意識を手放す前に歪む視界の中、少年が最後に見たのは「FAIRY TAIL」の文字だった。
―同時刻 妖精の尻尾―
妖精の尻尾の魔導士達は突然降り始めた雨のせいで家に帰る事ができない者が残っていた。ルーシィもその一人である。
「じゃあ、ウェンディとエメラは同じ人のことを聞かれたの?」
「はい。私とシャルルは南口公園で。わざわざその人達が写っている写真を見せてくれて。」
「確か、白衣着た男と機械をいじってる男の子の写真だったわね。」
「そうそう。」
「私はグレイとジュビアと一緒にマグノリアに向かう列車の中で。男の子の方を優先してくれって言われたよ。」
「わ、そこまで一緒なんて。」
ルーシィ、ウェンディ、シャルル、エメラの四人は同じテーブルを囲んで昼間の出来事を話していた。
ちなみに妖精の尻尾の女子寮「フェアリーヒルズ」に住むウェンディ、シャルル、エメラは走って帰れる距離なのだが、一人ギルドに取り残されるルーシィを気遣ってここに残っているのである。同じ女子寮に住む、エルザやジュビアやレビィなども居残っていた。
「あたしとコテツは写真のことについては何も聞かれなかったけど、もしかしたらアイツも、ホントは聞こうとしてたのかしら……?それにしても、同じ日に同じ人のことを聞かれるなんて……。」
「偶然、って言えば偶然なのかもしれないけど……。」
「でも、尋ねてきた人はみんな違うんだよね?」
「ルーシィとコテツが「英雄」と名乗る男、私とウェンディが誰もが魅了する歌を歌う女、エメラとグレイとジュビアが不思議な蝶々を操る女、そしてさっき聞いたんだけど、エルザとバンリも仕事帰りにマフラーを巻いた男とロングスカートの女から同じことを聞かれたそうよ。」
「「「えぇ!!?」」」
ルーシィ、ウェンディ、エメラの順に首を捻り、今までの情報をまとめるように言うシャルルの最後の言葉に三人は驚嘆の声を同時に上げた。
「名前を聞いたら、絶対にはぐらかされるし……「また会える」とか「きっと会える」とか意味深な事を言い残していくし……。」
「エメラさんの話だと、妙な形の火傷みたいな跡もあったんですよね?」
「うん。私が会った女の子には左手の甲にあったんだけど……。」
考えれば考えるほど謎が一層深まり、「う~~~ん……?」と四人は首を捻りながら呻いた。
「そんなに難しく考えなくてもいいんじゃないかしら?」
「ミラさん!」
考え込んでいた四人の元にミラが暖かい紅茶を持って来てくれた。お盆に乗せた紅茶を順番に四人に配り、砂糖やミルク、レモンを傍らに置いた後、ミラもエメラの隣に座り紅茶を一口啜る。
「その人達が名前を聞いてもはぐらかして答えなかったのも、エメラが見た火傷みたいな跡のことも、何か事情とかあって言えなかったんだと思うわ。あまり深く追求するのはよくないわよ。」
「うーん…でもでも!五人全員が答えれないなんておかしくないですか?」
「確かにそうかもしれないけど……あまり気にしない方がいいわよ。ほら、あそこに全然そういうことを気にしていない人達がいるし。」
ミラが指差した方に視線を動かすと……
「いちいちてめェは細けェんだよ変態野郎!」
「お前は大雑把すぎンだよ燃えカス野郎!」
ナツとグレイが額をぶつけ合って喧嘩をしていて、
「ぐー……すー……ぐー……。」
「………。」
「……うむ。ここの店のショートケーキ、程良い甘さで飽きない味だな。気に入った。今度買い足してこよう。」
「お魚も美味しいよ。」
その近くのテーブルではイブキが盛大な鼾をかきながら寝ており、その隣でバンリが本を読んでおり、その向かいでエルザが呑気に苺のショートケーキを、ハッピーが魚を食べていた。
「ほらね。」
「アイツ等は気にしなさすぎなのよ。」
「ナ、ナツさん!グレイさん!喧嘩はダメですよ~!」
「イブキも起きて!バンリとエルザとハッピーも二人を止めてよー!」
ニコッと微笑むミラに対しシャルルがツッコミ、ウェンディが喧嘩の仲裁に入り、エメラがテーブルにいる四人に駆け寄る。
「うーん……あたし達が気にしすぎなのかなぁ?」
ルーシィが顎に手を当て首を捻った、その時だった。
ダァァン!ガタガラガタガラガタガタガララ……ドサッ………
「キャア!」
「うわあっ!」
「んぁ?」
「何だ?」
「何、今の音…?」
「うるっせーな…何だよ……ふあぁ……」
「……?」
ルーシィとハッピーが悲鳴を上げ、ナツとグレイがお互いの胸倉を掴んだまま上を見上げ、エメラがビクッと肩を震わせ、イブキが寝惚け眼を擦りながら欠伸をし、バンリは平静を保ったまま上を見上げた。
「屋根が少し崩れたのかな?」
「風、でしょうか?」
「いや、雨は降っているが屋根が崩れるほどの激しい風は吹いていないはずだ。」
「じゃあ何の音なのよ?」
コテツ、ウェンディの言葉を否定するようにエルザが首を振り、シャルルが首を傾げながら上を見上げた。
「何だ何だっ!敵の襲来かっ!?」
「物騒なこと言わないでよ。」
「まぁ例え敵が来ても、リンさんが一掃してくれるだろうけどな。」
「リンさん、何だか怖いよぉ……。」
「大丈夫大丈夫。」
場違いなテンションで刀を構えるジーハスにレーラが冷静にツッコミ、ティールが大真面目に頷きながら言い、微かに震えているサーニャの背中をリンが安心させるように優しく撫でる。
「マスター、俺が様子見てくるよ。」
「おぉー。頼んだぞアオイ。」
「一人で大丈夫?」
「へーきへーき。心配すんなって。」
ギルドのドアから一番近くにいたアオイが立ち上がり、それを見たマスターがシュタッと手を上げ、心配そうに声をかけるミラに向かってアオイは片手をひらひらと振った。
「待てよアオイ!俺も行くぞー!」
「うげっ!ナツ、てめェ……。」
「オイラもー!」
「はぁ!?何でだよっ!?」
グレイの胸倉から乱暴に手を離し、テーブルを跳び越えながらナツとハッピーもドアに駆け寄る。
「ジーハスが言う通り、もし敵の襲来だったらお前一人じゃ太刀打ちできねーだろ?」
「そしたらアオイ、ぺっちゃんこだね。」
「余計なお世話だ。それに、敵の襲来の訳ねーだろーが。」
ナツとハッピーの皮肉混じりの言葉を適当にあしらいながらドアを開けると、雨風が入り込みアオイはギュッと目を瞑った。
「くそ……雨、強くなってん―――――う、うわあああああっ!」
アオイが甲高い悲鳴を上げてその場に尻餅をついた。
「どうしたんだよアオイ。まさか、ホントに敵が来たん―――――おいお前ッ!」
ナツがギルドから飛び出した。
「ナツもアオイもどうし―――――って、わーーーーーっ!ひ、人が!人が倒れてるよーーーーーっ!」
「何じゃと!?ミラ!医務室を開けるんじゃっ!」
「は、はい!」
「おいナツ!ハッピー!アオイ!どーいうことだよっ!?」
ハッピーの叫び声にマスターがバーカウンターから降りミラに指示を出すと、ミラは言われた通りに医務室に走って行った。只事じゃないと感じたグレイがナツに続いて真っ先に飛び出した。
「ナツ!グレイ!」
「一体全体どうしたんだよっ!?」
「アオイさん!しっかりして下さい!」
それに倣うようにルーシィ達もギルドを飛び出し、ウェンディとシャルルは未だに腰を抜かしたままのアオイに駆け寄った。
「おいお前!しっかりしろ!」
「ナツ、いったいどうし―――――ヒィ!」
ナツの肩越しから覗いたルーシィは小さく悲鳴を上げた。ナツの腕の中には血塗れの少年がいたのだ。顔が青白く、身体が冷たくなっていた。雨で羽織っていた黒いロングコートも髪の毛もぐっしょりと湿っている。少年が横たわっていたであろう地面には雨で薄まった血の水溜りができていた。腕や腹、額からは血が流れ続けている。
(あれ……?この子、どこかで……)
「ナ、ナツ……その子、死んでるの……?」
エメラが目をパチクリさせる横でハッピーが目に涙を溜めながら恐る恐る問うと、
「いや、まだ脈はある。心臓も……動いてる。」
少年の胸の辺りに耳を寄せながらナツは言った。それを聞いたルーシィ達は心の底から安堵した。
「!」
「バ、バンリ!?」
「お、おい…いきなりどうしたんだよ……?」
バンリが突然後ろを振り返りながら小刀を取り出し、銃に変換させるとギルドの屋根の方に向けて撃った。そのあまりの速さと行動にグレイとイブキは驚嘆の声を上げた。
「………。」
撃った後も、バンリは紅玉のような紅い瞳で屋根の方を睨みつけていた。
「……誰かいたのか?」
エルザが問うと、バンリは黙って頷いた。
「恐らく、さっきの物音はこの少年が屋根から地面に落ちた音だろうな。」
「落ちたって……」
エルザの言葉を聞いたルーシィは再び視線を少年に移す。ずっとナツとハッピーが肩を揺すり呼びかけているが、少年は一向に目を覚まさない。
「多分、何者かに襲われたんだと思う。」
「アオイ…平気か?」
「あぁ。情けねェが、ちょっと驚いただけだ。」
ウェンディの肩を借りながらゆっくりと立ち上がるアオイはまだ若干顔色が悪かった。
「何で、襲われたって分かるんだ?」
グレイの問いにアオイはゆっくりと震える口を開いた。
「ほんの一瞬だけど……全身真っ黒な奴等がギルドの方に向かって来るのが見えたんだ。俺のことを見た瞬間、すぐにどこかにいなくなっちまったけど……。」
アオイの言葉にその場にいた者が皆息を呑んだ。
「じゃあ、バンリが屋根の上で見たのも……。」
「コイツを狙ってた、全身真っ黒な奴等の一人、って訳か。」
ハッピー、イブキが続けて言い、バンリが再び視線を屋根の上に向けた。当然、それらしき姿はもういない。
「とりあえずお主等、その子を中に入れてあげなさい。」
「じっちゃん。」
ツカツカと外に出て来たマスターがナツの腕の中いる少年の視線を落とした。
「ウェンディ、すまんがミラと一緒にこの子の手当を頼む。」
「は、はい!」
「ナツ、医務室までそっと運んでやるんじゃぞ。」
「お、おう。」
マスターに言われたウェンディとナツは医務室に向かう。
「マスター、どうするんですか?」
エメラが恐る恐る問うと、マスターは細い目を更に細め眉間にしわを寄せると、
「命を狙われておるのであれば、匿ってやるしかないのぉ。せめて怪我が治るまでは。」
そう言うとマスターはギルドに戻っていった。ただてさえ小さい背中がいつもより小さく見えたのは気のせいだろうか……?
「私達も中に入ろう。風邪を引いたら大変だ。」
「そうだな。」
「アオイ、大丈夫?」
「あぁ、まぁな。」
エルザの言葉にグレイが頷き、ハッピーがアオイの顔を心配そうに覗き込み、シャルル、エメラ、イブキ、バンリがそれに続いた。
「ルーシィ、僕達も入ろう?」
「……うん。」
コテツに促され、ギルドに入る一歩手前でルーシィは立ち止まり後ろを振り返った。外は相変わらず雨が降り続いている。
(何だか…嫌な予感がする……)
「ルーシィ?」
「あ、うん。今行くわよ。」
ルーシィが中に入ったのを確認してから、コテツがギルドの重いドアを閉めた。誰も気づかなかったが、雨で薄まった血の水溜りには赤色に染まったボロボロの羽根が浮かんでいた。
―――――雨は今も降り続いている。
後書き
Stоry12終了です!
無駄話を突っ込んでしまったせいか予想以上に長かなってしまった!というわけで一度ここで区切らせていただきます!ちょっとシリアスな雰囲気になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか……?
さーて次回は、倒れていた少年を匿っていたナツ達ですが、少し目を離した隙に少年がいなくなっていた!そしてナツ達はとある依頼を受けることにしたのだが……。
次回こそ彼等の正体が明らかになります!乞うご期待!
それではまた次回、お会いしましょう〜♪
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