| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第八十三話 大きな誤算なのです。

帝国歴487年8月10日――。

ラインハルトとキルヒアイスは久方ぶりにアンネローゼのもとに赴き、2階のテラス椅子に座って姉の作ったケーキやパイを食べている。イルーナ・フォン・ヴァンクラフトとアレーナ・フォン・ランディールも同席している。少し前まではウェストパーレ男爵夫人、シャフハウゼン子爵夫人もいたのだが、二人とも今は下がっている。
 あの襲撃事件があったのち、アンネローゼの身柄は近衛歩兵1個中隊が警護することとなったが、依然として身柄はノイエ・サンスーシにあった。ラインハルトとキルヒアイスとしてはそれは面白くないが、皇帝が生きている以上は姉の身を取り返すわけにはいかない。「いつか黒真珠の間に押し入り、彼奴が犯した罪の重大さをその身に刻み込んでやる!!」というのが、キルヒアイスを前にしてワインを飲むときのラインハルトの近頃の口癖だった。
 それはそれとして、5人の話は政治、軍事に関して一切触れることなく、過ぎ去った過去の日々に思いをはせることに終始した。
「ラインハルトは効かん気が強くて・・・・。」
アンネローゼはけぶるような微笑を浮かべて、弟を見た。
「覚えていて?あなたはいつもこの二人にチェスを挑んで、そのたびに負かされて泣きながら私のところに帰ってきたのよ。」
「嫌だなぁ、姉上。今更そのような話を掘り返すのはやめていただけませんか?私はこれでも帝国元帥なのですよ。そのような話が知れ渡ってしまうと、部下に示しがつきません。」
「あら、若き帝国元帥閣下はそのような取るに足らないことでもお気になさるのね?」
ピーチ・パイを切り分けながら、アンネローゼが珍しくラインハルトをからかう。いつだったか、パイを爆発させたことをラインハルトたちはまだ覚えていて、ピーチ・パイが出てきた瞬間に開口一番それを言ったことをまだ根に持っているのである。
「一応私はラインハルトの麾下にいるのだけれど?」
イルーナが笑いながら言う。
「でも、私はあなたに対しての勝率を他の人に言ったりはしないわよ。私が87勝7敗していることは。」
「ひどいなぁ!」
ラインハルトのしかめっ面が余りにも真に迫っていると、ひとしきり5人が笑う、いや、アレーナに至っては爆笑寸前である。
「不思議よね~。あなたは何をやっても超一流なのに、どういうわけかチェスに関しては私たちの方が強いんだから。ちなみに私は98勝6敗だけれど。」
と、アレーナ。なんかどっかの誰かさんを思い出すわ、と内心つぶやきながら。
「ですが、そのお二人もアンネローゼ様にはかなわなかったと私は覚えております。」
キルヒアイスが言った。とたんにアレーナが渋い顔になった。
「ええ、あんなに挑んでも全敗だったわ。イルーナも似たようなものよ。そのくせラインハルトは勝ってたわね。だから三つ巴でちょうどいいなんて言いあったのを覚えているわ。あ。まさか手加減してたとかないでしょうね~?」
アレーナが、じろ~~りという目をアンネローゼに向けるが、
「いいえ、私が手を抜けばラインハルトにすぐに見破られます。あれは本気だったのよ。」
と、自然に返されてしまった。
「嘘~~、信じらんない。」
という表情が面白いと大笑いである。笑い転げて、ケーキを食べたのにもうお腹が空いた気分だと皆が言いあう。アンネローゼは「少し前に焼いたクッキーがあるからそれをとってくるわね。」と、立ち上がって邸の中に姿を消した。
「仕方ないわね。そんなに食べていると晩御飯が食べられなくなっても知らなくってよ。」
という一言を言い残して。
「・・・で、戦況は?」
うって変わって生真面目そのものになった顔つきのアレーナが尋ねる。
「敵の襲来を押し返しこちらが逆攻勢を行ったが、要塞を制圧するに至らず、です。」
ラインハルトはそう言ったが「フロイレイン・フィオーナらはよくやってくれています。」とも、感慨深そうに述べた。
イゼルローン要塞攻防戦は、アーレ・ハイネセンが襲来してから都合3度の戦闘があったが、いずれも決め手を欠くまま推移している。ヤン・ウェンリーが攻めの手を打てば、フィオーナがそれを阻止し、フィオーナが攻めの手を打てば、ヤン・ウェンリーがそれを阻止する。そんな図式が転生者たちの脳裏にはあった。これがヤン・ウェンリーが総司令官になり、本腰入れてイゼルローン要塞を落としにかかったならばどうなるだろう、とも。
 また、彼女が内々に報告してきた情報の一つによれば、どうもイゼルローン要塞には敵の情報部員が潜伏しているらしいとのことである。いくつかの戦闘が行われているが、敵が待ちかまえていたかのごとく布陣していた、というのがその理由だった。この場合の敵が、自由惑星同盟か、はたまたフェザーンを指すのかは不明であったが、それ相応の手段を取ることを彼女は言ってきていた。
「本気と書いてマジと読む。どうやら向こうは本気のようね。到着早々に要塞主砲をぶっ放すなんて。あなたの教え子が要塞前進という手を打たなかったら、一方的に叩きのめされていたわよ、イゼルローン要塞は。さすがはフィオーナというところじゃない?」
前世からの親友の賞賛ぶりにイルーナはかすかに憂いを帯びた顔つきで首を振った。
「それでもかなりの被害を被ったわ。それに、要塞前進はあの子のアイディアじゃないから。」
「あなたは教え子にはいつまでも手厳しいわね。」
苦笑いしたアレーナが、ラインハルトに視線を移す。
「どうする?このままこう着状態にして出方を待つ?」
「いや、それは私の望むところではありません。出兵の許可が下り次第私自身が艦隊を率いてイゼルローン要塞に向かうつもりです。」
『あなたが!?』
転生者である『姉』二人がそろって声を上げた。
「いけませんか?」
「いけなくはないけれど・・・。」
イルーナがアレーナと視線を交わしたが、すぐにラインハルトに向き直って、
「相手は要塞を持ち込んだとはいえ、たかだか3個艦隊規模よ。あなた自身が行くのは鼎の軽重を問われることにならないかしら。それに、副司令長官自身が赴くのは、前線で戦っている将兵たちに対して無言の重圧をかけることになりはしないかと思うのだけれど。」
「私が見ているのは何もイゼルローン要塞だけではありませんよ。」
と、ラインハルトは不敵に笑った。
「まさか、あなたは・・・・。」
イルーナが一瞬はっとなったが、ラインハルトを試すようにじっと見つめた。
「そうですよ。宇宙艦隊副司令長官は私にとって通過点にすぎません。イルーナ姉上もそうおっしゃったはずです。確かにこのまま大過なく時を過ごすことができれば、それはそれで重畳でしょう。ですが、それでは私にとっては牢獄にいるに等しいことなのです。原作とやらで私のことをよくご存じの姉上方なら、お分かりかと思いますが。」
「・・・・・・・。」
「どんな銘刀も手入れを怠れば鈍磨する、私はそのようになりたいとは思わない。」
イルーナは静かに身を乗り出して、尋ねた。
「覚悟はできているというのね?」
「もとよりそのつもりです。先の内乱で癌の半分を切除しました。もう半分を放置しておいては、増殖して自己修復、いや、それ以上の災いを成してしまう事でしょう。」
ラインハルトは多くは言わなかったが、この一言で他の3人には十分意志が通じた。話し合いはこれまでに何度もしてきていることなのだ。
「これまでは相手は一か所だったわ。今度は一歩間違えば戦線は数か所になるかもしれない。それをわかっているの?それでもなお、あなたは進もうというの?」
「無論の事です。」
イルーナの問いかけにラインハルトは躊躇なく答える。
「姉上を救うだけならば、後数度武勲をたてればいいでしょう。ただ、私にはその先になさなくてはならない事があります。そのためにも帝国全土を掌握しなくてはなりません。そのためには、普通のやり方をしていては到底目指すことのできない高みに足を踏み入れなくてはならないのです。」



アンネローゼが戻ってきたとき、4人は昔話を笑いながら話していたが、どこか硬さが漂っていることに彼女は気が付いていた。だが、彼女はそれに触れず、黙ってポットから紅茶を各人のカップに注ぎ始めた。



他方――。
イゼルローン要塞とアーレ・ハイネセンの攻防戦はこう着状態が続いていた。といってもどちらも小競り合いを仕掛け、それに応酬する作業は続いていたが、決め手を欠いていたのである。帝国の方は守るだけでいいが、同盟の方はそうもいかない。新要塞を投入した以上は華々しい成果を上げなくてはならない。制圧できないならば破壊してしまえ、というやけくその命令も出たが、それができなかった。というのは、アーレ・ハイネセンが後退して主砲をぶっ放そうにもイゼルローン要塞のほうがコバンザメよろしくしっかり食いついて離さなかったのだ。
 ヤン・ウェンリーが放った要塞奪取作戦も数度にわたって手を変え品を変え行われたが悉く敵の前にはじかれて失敗してしまった。これらの報告がもたらされた際に跳ね返ってきたのは国防委員長からの叱責である。これにはヤンとしても頭を掻くほかなかった。内心ヤンに期待していたアルフレートもカロリーネ皇女殿下もいささかあっけにとられた形である。が、後でこっそりとヤン艦隊の幕僚であるフレデリカ・グリーンヒル大尉に聞くとヤン・ウェンリーとしては「想定内」だったというのである。
「閣下はこうおっしゃっていましたわ。あれは敵の力量を見定めるためのものだったのだと。ですから閣下にはまだ腹案がおありなのだと思います。」
フレデリカ・グリーンヒル大尉は確信をもってそう言ったのである。
 そのヤンは存外失敗をめげずに、次の作戦案をウィトゲンシュティン中将の下に持ってきていた。
「要塞を制圧することは難しいですが、要塞を破壊することはさして困難なことではないと思います。」
という言葉と共に、彼は二通の作戦書類を提示したのである。一通は、イゼルローン要塞を制圧することの困難さのレポートであり、もう一通はそのイゼルローン要塞破壊作戦の立案書類で有った。
「これは?」
「第十六艦隊のアーセルノ中将から提案があったもので、私も二、三、修正を加えさせてもらったものです。本来ならば立案者が持ってくるべきなのでしょうが、押し切られてしまいましたよ。」
「迷惑をかけるわね。私が不甲斐なくて申し訳ないわ。」
いう人が言えば皮肉そのものであったが、このところあまり元気がないウィトゲンシュティン中将の口からは心底の申し訳なさが伝わってきた。それについてヤンはどうこう言わず、
「少し、お疲れのようですから休まれてはいかがですか?」
とだけ言った。
「ありがとう。でも、これを検討してからにしたいの。」
「あぁ、それがですね。数ページで終わればよかったんですが、少々分厚いんですよ。」
ヤン・ウェンリーは頭を掻いた。
「少しお休みになって頭がすっきりしてから読むのをお勧めします。体調がお悪い中で読むと頭が痛くなりますよ。歴史書やファッション誌とは違いますからね。」
ウィトゲンシュティン中将は思わず声を上げて笑った。居合わせた者は皆びっくりして顔を司令官に向けた。彼女が笑う声を久方ぶりに第十三艦隊のスタッフたちは聞いたのである。
「あなたって面白い人ね。わかったわ。タンクベッドで少し仮眠してそれから読むことにするわ。」
「お聞き届けくださって何よりです。」
うなずいたウィトゲンシュティン中将が報告書を受け取って大切そうに自分のファイルに入れ、指紋認証装置でロックした。ヤンは敬礼を捧げてから、部屋を出ようとしたが、急に振り返って、
「あまりご無理をなさるのはどうかと思いますよ。」
「ありがとう。」
少し咳交じりだがしっかりした声で応えたウィトゲンシュティン中将は、スタッフたちに
「申し訳ないけれど、少し仮眠をとるわ。」
と、言って奥の自室に消えていった。
「おめでたい人ね。」
20代後半の青い冷たい瞳、金髪をポニーテールにした女性がそっけなく言った。クレアーナ・ヴェルクレネード准将という。ヴェルクレネード准将は帝国からの亡命者ぞろいの第十三艦隊の中で珍しく生粋の自由惑星同盟軍人であった。しかもその先祖はあのアーレ・ハイネセンの長征に加わった16万人の中にいるという、いわば自由惑星同盟の建国の名門の家柄であった。だからこそなのか、普段の第十三艦隊の面々とあまり親しく交わろうとしなかったし、どこか距離を置いて一線を画している態度を取り続けていた。
「そのような言い方、慎んでもらえますか?ウィトゲンシュティン中将があまりお身体がよろしくないという事をあなたも知っているでしょう!」
もう一人、女性士官の中でもホープと言われているカレン・シンクレア准将がきつい言い方でたしなめた。くっきりとした黒い目、線の強い眉、つややかな黒髪をポニーテールにしている白皙の人だ。彼女とヴェルクレネード准将は士官学校の「美貌の双璧」として有名であったし、シンクレア准将もまた自由惑星同盟の生粋の家柄であったが、二人は悉く対立していて仲が悪かった。その一端にはシンクレア准将の母親が帝国からの亡命者であるという事が大きな要因であったかもしれない。親孝行の彼女はあまり体が丈夫でなく内気な母親の面倒をよく見ていた。
「艦隊司令官は病身では勤まらない。そのことを誰よりもわかっていなくてはならないのは司令官本人。そしてその周囲の幕僚たち。皆イエスマンになってしまっては組織としての機能は立ち行かなくなる。誰かが歯止め役にならなくてはならない。」
「それは、私たちが間違っていてあなた一人が正しいのだという事?」
ヴェルクレネード准将は何も言わずにプイとその場を離れてしまった。
「あの子、どういうつもりなの!?」
シンクレア准将もまた彼女を追って外に飛び出していった。幕僚たちはやれやれというように顔を見合わせ、しばらくはワイワイと雑談の花が咲いた。むろん話題になっているのはあの二人の事である。シンクレア准将とヴェルクレネード准将の対立はこのように日常茶飯事だったが、それがこと戦場に立つと互いを意識しすぎるのか、どちらも功績をたてようと奮闘し、良い結果を生み出し続けている。この点は旧イゼルローン要塞における駐留艦隊と要塞の双方司令官の不仲に似ている部分がある。
「また始まったわね。」
カロリーネ皇女殿下がやれやれというようにアルフレートに言う。
「仕方ありませんよ。あの方たちはあの方たちで案外楽しんでいるところがあると思います。」
アルフレートの返答にカロリーネ皇女殿下は驚きもし、またあきれもしていた。どこをどう言う風に見ればそんな結論が出てくるのだろう。
「そう思うの?そうかなぁ。そうは見えないけれどね。」
それはそれとしてカロリーネ皇女殿下には気になることがあった。
「さっきの話の様子、どう思う?」
カロリーネ皇女殿下は書類整理の手をとめて、そっとアルフレートに尋ねた。
「どう思う?・・・・って、ヤン・ウェンリーにはフレデリカさんがいらっしゃるではありませんか。」
「違うわッ!!」
ゲシッ!とツッコミを入れたカロリーネ皇女殿下が、痛そうにしているアルフレートに、
「ウィトゲンシュティン中将の身体のことを聞いているのよ。」
「イテテテ・・・鳩尾入った・・・。あ、あぁ・・・そ、そっちの話でしたか。」
「あんたねぇ・・・。」
しきりにド突かれた箇所をさすりながら、
「ウィトゲンシュティン中将は、何かの御病気なのではないでしょうか?ずいぶんと無理をなさっておいでだと思いますが・・・。たぶん第十三艦隊の・・『帝国からの亡命者の家の家長』だという責任感からでしょう。」
「家長、か。私にはとても真似ができないな。」
カロリーネ皇女殿下は、ウィトゲンシュティン中将の自室を見た。
「あの人、前世での私と同い年くらいなのよね。それに比べて私は・・・・自分の事で精一杯だったもの。前世でも、今でも。他人を思いやることなんてできなかった。」
「・・・・・・。」
「駄目よね。そんなことじゃ。私と同い年の人が頑張ってるのに、私が頑張らないっていうのはどうにも癪なのよね。それに、今は私はあの人の副官だし。」
カロリーネ皇女殿下はファイルを片付け始めた。
「私にできるのはこうやってあの人が取り出しやすいように身の回りを整理することくらいかな。もっとヤン・ファミリーのように役に立てればいいんだけれど。」
寂しそうな横顔がアルフレートの胸をうった。それは彼をして話しかけるのをためらうほどの寂寥感をにじませていたのだった。


他方――。


イゼルローン要塞では自由惑星同盟からの攻撃をいなし、あるいはこちらからの反撃を実行し、結局のところ決め手がないまま対峙を続けていた。

「ああもう!!!いつまでコバンザメのようにくっついていればいいのよ!!!???」

いらだったティアナが自室でたまりかねたように叫んだが、ほどなくして顔を赤くすると、自分の頬を叩きながら会議室に戻ってきた。我ながら辛抱が足りないと思ったのかもしれない。
「何をしていたのだ?」
ロイエンタールがめざとく自分の頬を見てきたので、ティアナは真っ赤になった。
「別に。自分に気合を入れていただけ・・・よ。」
という情けない答えしかできなかったのは不覚だった。
「ほう・・・?」
唇の端がお決まりの角度で歪むのを見たティアナは何とも言えない気分になった。「何もかもお見通しなのだぞ、愚か者め。」などと言われているような気がしてならなかったのである。
「フロイレイン・ティアナ。いいところに来られた。どうやら敵要塞の奴らに動きがあったようなのだ。そのことでフロイレイン・フィオーナが話をしたいと言ってきている。」
と、ミッターマイヤーが話しかけてくれたのが救いだった。
「動き?対峙するのに向こうも飽きて、またぞろ新しい手を考えついたのね?」
「そうなのよ。」
と、ちょうどそこに会議室に入ってきたフィオーナが声をかけてきた。ケンプや参謀、副官たちを伴っている。
「敵はイゼルローン要塞を制圧するのをあきらめて、恒星アルテナにこの要塞を沈めようとしているようなの。」
「沈める!?」
「というのはね・・・・。」
ここで、副官が操作すると、ディスプレイ上に現在のイゼルローン要塞、それに敵要塞であるアーレ・ハイネセンが映し出された。
「今双方がこの位置だからこそ、お互いの主砲は封じられた状態になっているわけです。が、こうするとどうでしょう?」
ディスプレイ上にアーレ・ハイネセンが後退する動きが展開される。すると、徐々に相対方向の双方の流体金属層が薄くなっていくのが分かった。
「我が方もそれについていかざるを得ないな。装甲が薄くなれば相手の主砲が使用できるようになる。そうなると、撃ちあいになるが・・・正直なところわが方が敵を凌駕できるとは思わない。」
と、ミッターマイヤー。
「その通りです。」
「そこで、敵はこのように・・・・。」
フィオーナが副官を促すと、たちまちディスプレイ上に逃げるアーレ・ハイネセンと、それに追いすがるイゼルローン要塞の動きが展開された。いくつかのパターンが示されたが、最終的にはいずれもイゼルローン要塞のみが恒星アルテナに吸い込まれて消滅し、アーレ・ハイネセンは悠々とイゼルローン要塞が元あった座席に座っていく・・・というパターンなのであった。
 これには一同堪り兼ねたようにうなりを上げるしかなかった。
「ううむ・・・・・。」
腕組みをしたミッターマイヤーが、
「俺も今提示された以外のコースは思いつかないな。これでは敵の思うつぼだ。どう思う?ロイエンタール。」
と、僚友に視線を向ける。
「残念ながらそうなるな。だがな、ミッターマイヤー。このまま座して待っていては、あの闖入者の主砲の良い的になるだけだ。」
「それは分っているが、かといって追撃すればああなるというのはわかりきっているではないか。」
「そこでですが。」
フィオーナが三人を当分に見た。
「逃げるのはどうでしょう。」
『逃げる!?』
帝国の双璧がそろって身を乗り出す。ティアナは声こそ挙げなかったが内心あきれ返っていた。と、同時にどこかフィオらしくないわ、とも思っていたのである。
双璧の反応にフィオーナはちょっとそれに気圧された様に、
「え、ええ。いっそ回廊の入り口にまで後退してそこを守った方がいいと思ったのですけれど。」
と胸元に手をやった。数分の間、会議場は湖面のように静まり返っていた。誰も彼もが彼女の言葉を咀嚼するのに難を要していた。それを消化してその意味を悟るのにも。逃げるという手段は帝国軍の中ではタブーとされてきた。それがことイゼルローン要塞という国防の要の中の要の事とあっては尚更である。列席者たちはどう表情を作っていいかわからず一様に困惑の顔を浮かべていた。
「フロイレイン・フィオーナ。あなたという人は!!」
いや、例外が一人いた。一人の将官の激怒した声が会議室に響いたのである。怒声を浴びせられた対象者も意外ならば発言者も意外だった。
ティアナはあっけに取られて二人を見た。居並ぶ将官も副官も参謀もあっけに取られて双方を見ている。今度はミッターマイヤーとフィオーナか、と。
「まぁ待て。」
と、ロイエンタールがミッターマイヤーを制した。
「いや、ロイエンタール。最後まで言わせてくれ!不肖の身でありながら、ローエングラム閣下のお力になろうとこうして戦場に出てきたからには、水火の中をくぐることも辞さないという気でいるのだ。それを不利な戦ならいざ知らず、まだ開戦して10余日ほどしかたっていないというのに、みすみす敵に背を向けることなど断じてできん!!」
ダン!!と机を叩き上げたミッターマイヤーの瞳には武人の炎が宿っていた。
「ここまでの絶対損害数に関しては敵も同じだ。我々は守ればよいが、敵はこの要塞を攻略しなくてはならないという心理的な重圧がある。であればこそ、守勢に徹して鉄壁の気構えを敷けばいずれ敵は退くだろう。」
「ですが、後退しなければイゼルローン要塞はアルテナ星域に突っ込むだけです。」
「そうはさせん。双方が離れた瞬間に我が主砲は全力をもって射撃、味方艦隊もありったけのミサイルを撃ち込めば勝機はある!」
「タイミングが難しすぎます。それにそれは机上のプランではありませんか?」
「フロイレイン・フィオーナ!!」
ミッターマイヤーが血相を変えて立ち上がったが、フィオーナは微動だにしない。ロイエンタールとティアナが立ち上がって双方をなだめた。
「あ、あぁ、そ、ちょっと!ミッターマイヤーも落ち着いて。フィオも落ち着いて。」
「会議はいったん散開だ。これでは冷静な議論ができぬからな。卿らは少し頭を冷やして来い。」
フィオーナとミッターマイヤーはそれぞれ反対方向に姿を消し、それを見た幕僚たちもぞろぞろと会議室を出ていった。
「???どうなっちゃってんの?」
「俺たちもいったん抜けよう。会議を続ける気分ではないからな。」
「え、あ、ちょちょちょっと!?」
ロイエンタールがティアナを会議室から連れ出した。そうして素早く、やや離れた小部屋にティアナを引っ張っていったのである。と、驚いたことにそこにはミッターマイヤーがいた。ややしばらくしてフィオーナもやってきたのである。
「いや、本当にすまなかった。フロイレイン・フィオーナ。いくら打合せをしていたとはいえ、あなたにあんなことを言ってしまって申し訳ない。」
「いいえ、迫真の演技でした。私も内心びくびくしていましたもの。」
と、フィオーナが微笑んだ。
「え、え!?何がどうなってるの?」
ティアナの視線は二人の顔を行ったり来たりしている。フィオーナは手短に訳を話した。
「内通者!?」
「し~~~~~~っ!!!」
「あ、あぁ、ごめん。でも、本当なの、それ?」
「こちらの作戦が敵に二、三漏れている。軽微なものだが、間違いない。こちらの艦隊の動きを敵が待ち伏せていたのがその証拠だ。そこで、こちらから逆手を打って揺さぶりをかけることにした、というわけだ。」
と、ミッターマイヤー。
「ごめんね。あなたを蚊帳の外に置いてしまって。でもこれは必要な事だったの。」
親友は心底申し訳ない顔をして謝った。ティアナが先の戦いの後、麾下の艦隊を出撃させていなかったこともあるが、フィオーナたちとしては、彼女の親友であるティアナがそのような事実を知らないでいる、という状態が3人の芝居に真実味を加える重要なエッセンスととらえていたのだった。
「なるほどね。」
ティアナは視線を宙にさ迷わせたが、不意に3人の視線に気が付くと、
「あぁ、別にいいのよ、そのくらいは。そうじゃなくて、こんな姑息な真似、誰がやったんだか、何の目的でやったんだか、ってことを考えていたの。中途半端じゃない?」
「中途半端だと?」
オウム返しに聞いたのは、ロイエンタールらしくなかった。
「すぐに露見するような間抜けな情報部員を相手が送り込んでくる?ねぇ、フィオ。私あのことを考えていたんだけれど・・・・・。」
あのこと、という一言でフィオーナはピンときた。イゼルローン要塞の進駐の際に、ヤン・ウェンリーが低周波爆弾を仕掛けていたが、それは要塞システムに細工を施した事実を隠すためだった、ということを。
「囮工作・・・・。」
フィオーナは顎に手を当てた。
「そう。それよ。すぐに露見するようなバレバレなものを仕掛けてくる目的の一つとして、大いに考えられることじゃない?」
帝国の双璧は顔を見合わせた。
「考えられるとすれば、この要塞システムをダウンさせ、要塞としての機能を失わせてしまう事だ。」
ロイエンタールが言った。
「そうすれば、要塞はただの鉄くずと化すからな。後は艦隊さえ封じてしまえば、後はどのようにも料理できる、というわけだ。」
「ロイエンタールの意見に俺も賛成だ。可能性として考えられるのはそれだろう。さて、どうするか・・・炙り出しを行うか、それとも泳がしておいて逆手をとるか・・・。」
と、ミッターマイヤーが意見を述べたその時、フィオーナの端末に反応があった。ケンプからだ。
『閣下、反乱軍が動き出し始めました!要塞、後退運動に入りつつあります!』
「すぐ戻ります。」
端末にそう切り返すと、彼女は3人を見た。
「ティアナ、あなたは全システムの確認にあたって。不審な点があれば残らず洗い出してほしいの。ロイエンタール、ミッターマイヤー両提督は艦隊の出動用意をお願いします。敵はおそらく・・・あの手で来るはずです。」
フィオーナの言う「あの手」とは何か。それはただここにいる4人のみが知っていることだった。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧