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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第十三話 兵は詭道なり

宇宙暦 794年 4月 6日  ヴァンフリート4=2 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


帝国軍が攻めてきた、その兵力は十万。もう直ぐこの基地に攻めかかるだろう。通信を傍受して分かったのだが指揮官はやはりリューネブルクらしい。となると次席指揮官はラインハルトだと見ていい、原作どおりだ。

連中が原作どおり攻めてくるなら同盟軍は勝てる、勝てるはずだ。だが勝てばどうなる? 場合によってはラインハルトは死ぬだろう、いやかなりの確率で死ぬはずだ。

ラインハルトが死ねば帝国による宇宙の統一は無くなる。結果的に戦争は長く続くだろう、百年か、それとも二百年か……。俺が何時まで生きているかは分からないが、生きている間に戦争がなくなる事は無いかもしれない……。あるいは戦争が無くなる前に同盟と帝国の両国が崩壊するかもしれない。残るのはフェザーンとそれを操る地球教か……。笑える未来だ。

死ねばいい、俺が此処で死ねばラインハルトは皇帝になり宇宙を統一するだろう。人類全体のためを思えばそうするべきだろう。だが俺は死にたくない、利己主義といわれようが身勝手といわれようが俺は死にたくない。他人のために死ぬなんて真っ平だ。この世界に生まれて両親を奪われた、帝国からも追われた、おまけに訳の分からん戦争に放り込まれた。どうして俺だけが犠牲にならなきゃならない。ふざけるな!

思い切れ、詰まらない事を考えるな! ただ勝つ事を考えろ、生き延びるんだ。何のために生き延びるのかは生きているうちに分かるだろう。そう信じて生きるんだ。笑え、お前は勝てる、歴史を変える事が出来る事を喜ぶんだ……。後の事などどうなろうと知った事か!

不安そうな眼でセレブレッゼ中将が俺を見ている。そんな顔をしなくてもいい、俺がこの戦いを勝たせてやる。あんたの一生も変わる、原作ではこの戦いで捕虜になるが、俺があんたを勝利者にしてやる。後方勤務本部次長だろうが本部長だろうが好きなものになれば良い。だからあんたは俺に指揮権を預けてくれればいいんだ……。

「閣下、帝国軍が攻めてきました。迎撃の指示を出しますが、宜しいですか」
「うむ、宜しい、少佐」
「各戦闘区域は帝国軍が攻撃範囲内に入りしだい攻撃せよ、第三十一、第三十三戦略爆撃航空団は集束弾を搭載、第十八攻撃航空団は対艦ミサイルを搭載、第五十二制空戦闘航空団は空戦準備、別命あるまでいずれも待機せよ」
ヴァンフリート4=2の戦が始まった……。全ては此処から始まるだろう……。



宇宙暦 794年 4月 6日  ヴァンフリート4=2  ミハマ・サアヤ


戦闘が始まって既に十二時間が経ちました。基地からは同盟軍に対して悲鳴のような救援要請が出ています。“帝国軍が大規模陸上部隊をもって基地を攻撃中。被害甚大、至急救援を請う、急がれたし”

司令室のスクリーンには第一から第八まである戦闘区域の状況が映っています。帝国軍の攻撃は必ずしも上手く行ってはいません。というより守っている同盟軍のほうが圧倒的に有利です。帝国軍は既に二度攻撃を中止し体勢を立て直して三度目の攻撃をかけてきました。もう止めたほうが良いのに……。

私達は皆、装甲服を着ています。ヴァレンシュタイン少佐も装甲服を着ています。華奢で小柄な少佐が装甲服を着ていると着ぐるみを着ているみたいです。皆もこっそり笑っています。万一の場合には基地内での戦闘も有り得ますから当然なのですが、実際に基地内で戦闘になるなど誰も考えていないでしょう。そのくらいこちらが優勢です。

低空から地上攻撃メカが基地に突入しようとしますが、突入以前に同盟側の近接防御火器システムに撃破されています。滅茶苦茶凄いです、圧倒的に地上攻撃メカを撃破してしまうのでなんか映画でも見てるんじゃないかと勘違いしそうです。

近接防御火器システム、六銃身のレーザー砲に捜索・追跡・火器管制システムを一体化した完全自動の防御システムです。今回ヴァレンシュタイン少佐が大量に運び込んだ武器の一つですが基地防御に大きく役立っています。

もしそれが無ければ、同盟の防御陣はたちまち地上攻撃メカによって蹂躙されていたでしょう。そうなれば当然ですが反撃力も減少します。帝国軍が突入してくるのも時間の問題だったはずです。

地上攻撃メカが撃破された事で無傷の同盟側の防御陣からは帝国軍に向けて次々に多機能複合弾が打ち込まれます。装甲地上車が破壊され兵士の身体が宙に舞いました。とても正視できません、酷いです。

逃げ出した兵士達には長距離狙撃型ライフル銃による狙撃が待っています。助かったと思う間も無く狙撃され殺されるのです、帝国軍の兵士にとっては地獄です。

もう分かったと思います。あの救援要請は嘘です、被害甚大なのは帝国軍のほうです。救援を欲しがっているのも帝国軍でしょう。実際、この救援要請を出した通信オペレータは笑い過ぎて涙を流していました。今年最大の冗談だそうです。実際今も一時間おきに救援要請を出しますがその度に司令室には笑い声が起きます。

こんな悪質な冗談を命じる人間は当然ですがヴァレンシュタイン少佐です。
“どうしてこんな救援要請を出すのか”
セレブレッゼ中将が尋ねると少佐はこう答えました。
“こちらが優勢だと通信すると宇宙艦隊の来援が遅くなる可能性が有ります”

確かにそれは有ります。でも私もバグダッシュ少佐もそれだけとは考えていません。ヴァレンシュタイン少佐はそんな単純な人じゃないんです。こっそり問い詰めると少佐はにっこりと笑いました。

“敵の攻撃部隊の指揮官はリューネブルク准将です。彼はグリンメルスハウゼン艦隊の中で孤立しています、亡命者ですからね。その彼が増援の要請を出しても、基地からは被害甚大との通信が流れていれば司令部は信用しないでしょう。わざと激戦を装い武勲を過大なものにしようとしていると判断します。当然増援は拒否か、或いは微少なものになるはずです……”

酷いです、よくもそんな酷い事を考え付くものです。私もバグダッシュ少佐も呆れました。ですが同時に恐怖も感じています。

敵の攻撃部隊の指揮官はやはりリューネブルク准将でした。つまり此処に来たのはグリンメルスハウゼン中将です。少佐の推測は完全に当たっていた事になります。そして全てはヴァレンシュタイン少佐の思うとおりに動いている……。

戦闘開始直後から少佐はセレブレッゼ中将に代わって防衛戦の指示を出しています。自分の用意した武器が役立っているのが嬉しいのでしょうか、ヴァレンシュタイン少佐は微かに笑みを浮かべながら戦闘を見ています。怖いです。

司令室の中は同盟軍が優位に戦闘を進めている所為でしょう、比較的落ち着いています。何よりもセレブレッゼ中将が落ち着いています。帝国軍がヴァンフリート4=2に降下した直後は興奮していましたが今はニコニコして笑い声を上げる事も有ります。

ヴァレンシュタイン少佐に対する信頼も益々厚くなりました。少佐の進言に対してはほぼ無条件にOKを出してます。セレブレッゼ司令官の機嫌が良いため皆も不必要に緊張する必要がありません。多少戦闘の酷さに顔を顰める人間もいますが、味方が酷い目にあっているわけではないですし、ところどころで笑い声も聞こえます。

「帝国軍の単座戦闘艇(ワルキューレ)が近付きつつあります、数、約二百機!」
オペレータが緊張した声をあげました。司令室の中にも緊張が走ります。帝国軍の狙いは明らかです。単座戦闘艇(ワルキューレ)を使用して近接防御火器システムを潰そうというのでしょう。

近接防御火器システムを潰せば地上攻撃メカが威力を発揮します。そうすれば形勢逆転も可能、そう考えているのは間違いありません。視線がヴァレンシュタイン少佐に集まりました。少佐が微かに冷笑を浮かべました。

「ようやく来ましたか、少し遅い、それに少ない……。第五十二制空戦闘航空団に迎撃命令を」
「はっ」
「対空迎撃システム、作動開始」
「対空迎撃システム、作動開始します」

「酷いな、これは……。帝国軍の損害は増える一方だろう」
バグダッシュ少佐が呟くように言葉を出しました。全く同感です。第五十二制空戦闘航空団は約四百機の単座戦闘艇、スパルタニアンを所持しているのです。帝国軍の二倍の兵力です。そして対空迎撃システム……。おそらくあっという間に敵の単座戦闘艇(ワルキューレ)、二百機は壊滅状態になるでしょう。帝国軍に同情するわけではありませんがちょっと酷すぎます。
「まだ、引き上げないのでしょうか?」
「敵の指揮官はリューネブルク准将だ。簡単には引き上げられんだろうな」
バグダッシュ少佐が何処か同情するような口調で答えました。

「彼にとってはこれが浮かび上がるチャンスだ。何とかして物にしたい、そう思っているだろう。ヴァレンシュタイン少佐はそれを上手く利用している。本当なら戦略爆撃航空団を使えば簡単に地上部隊を叩き潰せたんだからな」

「酷いですね、そんな弄ぶような事をしなくても……。何故ヴァレンシュタイン少佐は戦略爆撃航空団を使わないのでしょう」
「さあ、何故かな。俺にもわからん」

ヴァレンシュタイン少佐を見ました。少佐は司令部のスクリーンを見ています。私の視線に気付いたのでしょうか、こちらを見ました。慌てて視線を外しましたけど少佐は何かを感じたようです。私のところに歩いてきます。拙いです、思わず身体が強張りました……。



宇宙暦 794年 4月 6日  ヴァンフリート4=2 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


サアヤとバグダッシュが俺を見ている。何となく非難するような視線だ。俺のやる事に文句でもあるらしい、俺が視線を向けると顔を背けやがった。話でも聞いてやるか……。

「何か聞きたい事でも有りますか?」
「あ、いえ、その」
「ああ、ヴァレンシュタイン少佐、その、何故、戦略爆撃航空団を使わないのかと思ってね」
「そうです、これじゃまるで弄んでいるみたいです」

しどろもどろで答えてきた。つまり俺が酷い人間だと言いたいわけか……。分かっているのか、こいつら……。俺達がやっているのは戦争だって事が。
「帝国軍が可哀想だとでも?」
「そうは言いません。ただ、あの地獄を何時まで続けるんです?」

サアヤがスクリーンを見た。スクリーンには宙に舞う帝国軍兵士が映っている。これがサアヤの言う地獄か・・・・・・、ただの戦闘だろう、こんなもの!

「地獄ですか、これが……」
「ええ、そう思います」
「甘いですね、本当の地獄はこんなものじゃありませんよ」
サアヤとバグダッシュが怯えたような表情で俺を見ている。そうだろうな、今の俺は多分どうしようもないほど怒っているに違いない。

「私は第五次イゼルローン要塞攻略戦に参加しました。あの戦いは酷かった。同盟軍の並行追撃作戦を潰すために帝国軍は味方もろとも同盟軍を攻撃した。戦闘終了後、要塞内は味方の攻撃で負傷した人間で一杯でした……」
「……」

「私の周りは血の臭いで充満していましたよ。あの独特な鼻を突く臭い……。腕の無い人間、足の無い人間、火傷をした人間、そんな人間が周りにゴロゴロしていたんです……。悲鳴、怒声、呻き声、泣き声、そして怨嗟……。“何故味方を撃つんだ”、“こんな死に方をしたくない”、声が出ている間は生きています、死んだら何も聞こえなくなる……」

「……」
周りが俺の話を聞いているのが分かった。だが止まらなかった。止める気も無かった。あの地獄を俺以外の誰かに教えてやりたかった。

「私は何も出来ませんでした。血の臭いに嘔吐し、負傷者の声に怯えていました。何故自分は無傷なのか、どうして自分も負傷しなかったのか、そうすれば彼らと一緒に誰かを恨み、呪う事が出来たのにと、それだけを考えていました。あのままだったら私は狂っていたかもしれない……」

そう、狂っていたかもしれない。そして自分で自分を傷付けていたかもしれない。それをナイトハルト・ミュラーが助けてくれた。
「あの時、私が狂わずに済んだのはナイトハルトが居たからです。彼は怯え、泣きながら嘔吐していた私を助けてくれた。背中をさすり励ましてくれた。彼自身が負傷していたにもかかわらず、役立たずな私を守ってくれた。だから今の私が居る……。あれに比べればこんなのは地獄じゃない、ただの戦闘です」

サアヤとバグダッシュが顔を強張らせて聞いている。そうか、そういうことか……。
「バグダッシュ少佐、少佐はナイトハルト・ミュラーをご存知のようですね。少しも訝しげな表情をしていない。ミハマ中尉から聞きましたか?」

俺の問いかけに二人はハッとしたような表情を見せた。
「違います、私、話していません」
「別に構いませんよ、私は口止めをしていない。ただ貴女が話さないだろうと勝手に思っただけです」

つまり俺が馬鹿だったというわけか……。彼女が情報部の人間だと分かっていて信用した。何となくスパイらしくないと思った。彼女はそんな俺を利用した、つまり正しい事をしたわけだ。

サアヤが泣きそうな表情をしている。
「違います、私、本当に話していません、信じてください、少佐」
何を信じるんだ? 俺には信じるべき何物も無い。有るのは現実だけだ、そして現実は彼女が情報をバグダッシュに知らせたと言っている。

俺が此処に来たのはそれが理由か。俺が帝国に帰ろうとしている事を望まない人間が居るわけだ。そして帰さないために最前線に出した。死んでも構わない、生き残ればさらに出世させて最前線に出す。そういうことだろう……。ローゼンリッターと同じだ、危険なところに出して遣い潰す、これこそまさに地獄だな……。

「待ってくれ少佐、ミハマ中尉は我々に報告していない」
顔を青褪めさせてバグダッシュがサアヤを庇った。
「では、何故知っているんです?」
沈黙か、上手い手じゃないな、バグダッシュ。

「……フェザーンのヴィオラ大佐に頼んで盗聴器を彼女に仕掛けた。それで分かったんだ」
「……盗聴器! 酷い! 酷いです、バグダッシュ少佐!」
「それが私の仕事だ。たとえ味方でも疑ってかかる。それが情報部だ!」
「!」

ヴィオラ大佐か、あの空気デブにそんな芸当が出来たのか……。一本取られたな、フェザーンの首席駐在武官は伊達ではなかったという事か。バグダッシュを睨んでいるサアヤを見ながら思った。世の中は驚きに満ちている……。馬鹿馬鹿しいほど可笑しくなった。

「話を戻しましょう、何故、戦略爆撃航空団を使わないのか、でしたね?」
「そうです。あれを使えば簡単に勝敗が付いた。今でも圧倒的に優勢ですが犠牲は出ている。何故です?」

スクリーンに単座戦闘艇(ワルキューレ)が映った。対空迎撃システムを避けるためだろう、低空飛行をしている。そしてその上から単座戦闘艇(スパルタニアン)が襲い掛かった。一機、また一機と撃墜されていく。到底基地への攻撃など出来まい。

「簡単に勝敗が付く、それが問題なのですよ」
「?」
二人とも訝しげな表情をしている。困った奴らだ、戦闘に勝つのと戦争に勝つのは別だという事が理解できていない。局地戦で勝っても戦争全体で見れば負けるなんて事は良くある事だ。

「戦略爆撃航空団が有る以上、地上攻撃は簡単に成功しない。グリンメルスハウゼン艦隊がそう判断すれば、彼らは艦隊を基地の上空に持ってきて攻撃をするでしょう。対空迎撃システムは有りますが、それでも一個艦隊による上空からの攻撃では持ちません。基地は破壊されます」
「……」

「戦略爆撃航空団を使うのは、味方の艦隊がヴァンフリート4=2に来てからです。彼らにグリンメルスハウゼン艦隊を攻撃させ、こちらは敵の地上攻撃部隊に対して戦略爆撃航空団を使って攻撃を加える。それまではこのままで行くしかありません。それ以外に勝つ方法は無いんです」

だからあの馬鹿げた救援要請を出しているのだ。グリンメルスハウゼン艦隊に自分達が優勢に攻めていると勘違いさせる。勘違いしている限り奴等は動かない。有り難い事にリューネブルクもラインハルトもあの艦隊の中では嫌われているし信用もされていない。

兵は詭道なり……。詭道とは人をいつわる手段、人をあざむくような方法を言う。騙すほうが悪いのではない、騙されるほうが悪いのだ。何故なら騙される事によって何十万、何百万という犠牲者が出るのだから……。



 
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