テキはトモダチ
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ケッコン協奏曲 ~赤城~
4-β.キミだけのヤル気スイッチ
私たちが籠城を始めてから、すでに3時間が経過している。その間私達は、執務室の扉に鍵をかけ、何人も中に入れなかった。
……そして、まるでそんな私たちを狩りの対象としているかのように、このピンク色の瘴気にあてられた艦娘のみんなが、この執務室に次々と訪れていた……
『とんとん。提督ー? 帰ってきたクマ?』
「……ッ!?」
ほら。今度は球磨さんがやってきた。私たちは扉から距離を離し、私は弓を構え、砲台子鬼さんはすぐに砲撃できるようにその砲塔をドアに向ける。万が一にも侵入を許さないために。
『いるクマ? いたら返事してほしいクマ』
「て、提督はまだお帰りになってません! お、お留守でーす!!」
『赤城はまだ執務室にこもってるクマ?』
「は、はい! 提督から頼まれた仕事が結構ありまして!!」
ドア一枚を隔てたその向こう側には今、ピンク色の球磨さんがいる。執務室の頑丈なはずのドアに対し、こんなにも『頼りない』という気持ちを抱いたのは、今日が初めてだ……。
『赤城の様子がおかしいってみんな心配してるクマ』
「そ、そんなことありませんよ? げ、元気いっぱいです!! ほら、げんきー!!!」
『……でも、晩御飯を食べてないクマ』
「い、忙しいんです! 提督から頼まれた仕事がてんこ盛りで……」
『でも赤城が来てくれないと、球磨はさみしいクマ……』
待ってください……待ってください待ってください!! そんなことを妙にしんみりした口調で言わないでください!!!
『提督から頼まれたお仕事が大変なら、球磨も手伝うクマ。入っていいクマ?』
心臓が口から飛び出るのではないかと思うほどの衝撃が、私の胸を駆け巡る。まずいまずいまずい……ッ!!
「だ、大丈夫でーす! 私一人で、なんとかできますから!!」
『……赤城は……球磨のことが嫌いクマ?』
いやいやいやいやそんなどう答えても敗北確定な質問はやめてくださいうまくかわせないから!!
「い、いや決してそんなことはないですよ! 私は球磨さん好きですよ? でも……」
『パァァァァ……ほんとクマ?』
お願いですから、そんな片思いが成就した女の子みたいな反応はやめてください球磨さんっ!!
「で、ですから! 球磨さんは行ってください! お仕事が全部片付いたらご飯食べに行きますから!!」
『了解したクマ! じゃあ赤城がお仕事終わるまで、球磨は食堂で待ってるクマ!!』
「大丈夫ですから! 先に食べてて大丈夫ですから!!」
『そうクマ?』
「はい! だから球磨さんも、早くご飯を食べてしまってください!!」
『そうクマねぇ……じゃあ、明日は二人きりで晩ごはん食べるクマ!』
んー……! それも微妙だけど……今はこの場を切り抜けるのが先決……ッ!!
「分かりました球磨さん! 明日は二人で一緒にご飯食べましょう!!」
「了解だクマ! そのあと二人で一緒にお風呂はいるクマ!!」
あばばばばば……ええいっ! 背に腹は変えられません……まずはこの場を切り抜けなければ!!
「分かりました! ご飯食べたあとお風呂入って……」
『そのあとパジャマパーティーして……一緒のおふとんで寝るクマぁ』
イヤァァアアアアア!? ……あ、いや落ち着け赤城! 球磨さんのメンタル攻撃に今は耐えるのです!!
「ぅわ……わ、分かりました! だからもう、行ってください!! 早くご飯食べないと、なくなっちゃいますよ!」
『了解だクマ!』
ドア越しに聞こえる『明日が楽しみクマ〜……んふふ~』という、上機嫌な球磨さんの歌声が聞こえなくなるまで、私は弓を、砲台子鬼さんは砲塔を、扉に向け続けていた……。
この3時間、万事こんな状況だ。しばらく時間が空くと誰かがドアをノックし、私たちをなんとか執務室から引きずり出そうとしてくる。
『赤城? 本当に大丈夫ですか?』
「大丈夫です! 大丈夫ですから鳳翔さん!!」
『辛くなったら言ってくださいね?』
「はい! 言います! その時は言いますから……」
『夜通しあなたと一緒にいてあげますし……おかゆだって、ふーふーして食べさせてあげますし……』
「……!?」
『あ、赤城が嫌でないのなら……ひ、膝枕してあげても……いいですし』
「ひぃいいいッ!?」
私の弓の先生、鳳翔さんも堕ちた……この戦慄のピンクに、囚われてしまった。
『とんとん。電なのです。赤城さん。お仕事まだ終わらないのです?』
「電さん!? ま、まだです!! 今晩中には終わりそうもありません!!」
『そうなのです……電は赤城さんと一緒にいられなくて、寂しいのです……』
「…へあッ!?」
『へあ?』
「あ、いや失礼……でも電さん、あなた今日、集積地さんとケッコンしたんじゃ……」
『……私もお前がいないと寂しいんだアカギ』
「げふぉッ!? ま、まさかの二人で攻めてくるパターン……!?」
『電たちは気付いたのです……』
『いくら私とイナズマが一緒にいても……お前がいないと、心にぽっかり穴が開いたみたいなんだよ……』
『赤城さんと手をつないで、一緒に笑いたいのです』
『お前とも、もっと仲良くなりたいんだ私達は……』
『赤城さんと三人で、べたべたいちゃいちゃしたいのです』
「ちょ……三人でって……私の身が持たな……あ、いや、そうじゃなくて……」
『どうしたのです?』
「何でも無いです!! なんでもないですから!!!」
電さん集積地さん夫婦も堕ちた……二人揃って、ピンク色の瘴気の中で、無邪気に仲良くお遊戯している。
『とんとん。……なぁ。赤城の姐さん』
「て、て、天龍さん!?」
『……ひょっとしてそこに、二世はいるか?』
「コワイカッ……!?」
「い、いません!! 二世さんはここにはいませんよー!!」
『そっか……いないか……なぁ、姐さん』
「は、はいッ!」
『あいつは……もう、俺の元に帰ってきてくれないんじゃないか……なんか、そんな気がするぜ……』
「ソ、そんなこと……そんなことないでーす! きっと戻ってきますから!!」
『そうかなぁ……うう……ひぐっ……会いてぇなぁ……大好きな天龍二世……抱きしめてぇなぁ……』
「こ、コワイカァアアアアッ!!?」
「戻ってきます! 戻ってきますから!!」
『ひぐっ……フッ……姐さん、やめてくれよ』
「へ?」
『俺は今、リコンで弱りきってるんだぜ? 今そんな優しい言葉をかけられたら……姐さんのこと、好きになっちまう……』
「まさかの相談に乗ってたら惚れられたケェエエスッ!?」
天龍さんも、例外なくフォールダウンしていた。ピンク色の空間の中で、一人でポツンと元夫の帰りを待ちわび、そして慰めてくれる人を求めていた。
皆が……皆がピンク色に染まっていた。球磨さんも、鳳翔さんも、電さんと集積地さんも……皆が、頭の中がまっピンクに染まっていた。そして、籠城する私達をその毒牙にかけんと、この執務室へと足を運び、私たちを甘言で惑わせ、そして仲間にとり込もうとしていた。
そして私達は、この異常事態に対処するため、常に緊迫した空気の中にいた。気持ちを休める暇などない。常に張り詰めた精神テンションを保ち、執務室入り口から足音が聞こえる度……ドアがノックされる度、ドアの向こうから甘い声が聞こえる度……弓を構え砲塔を構え、臨戦態勢を取っていた。
砲台子鬼さんの能力に賭け、来訪した艦娘を執務室に招き入れて、砲台子鬼さんに正気に戻してもらうことも考えた。
……だが。
―― 一緒のおふとんで寝るクマぁ
―― ひ、膝枕してあげても……いいですし
―― 赤城さんと三人で、べたべたいちゃいちゃしたいのです
――姐さんのこと、好きになっちまう……
こんなことを言うみんなを、執務室に招き入れる気にはどうしてもなれなかった。あともう少しの勇気があれば可能なのだが……なんだか、ドアを開けた瞬間、皆に貞操を奪われてしまうような……そう考えるとどうしても、ドアノブをひねり、ドアを開けることができなかったのだ……。
そうして、私たちが籠城を初めて3時間ほど経過した頃……時計の針は、すでに夜の9時を指していた。私たちの体力と精神力、そして私のハラヘリ具合が限界に近づきつつあった中、ついに……
『とんとん。おーい。赤城ー?』
ドアのノックと共に聞こえる、あの無気力で死んだ声。この声は……!
「……提督ですか!?」
『そうよー? ……とりあえず……開けてくれる?』
「はい! ただいまドアを開けます!!」
提督が帰ってきた……提督が帰ってきてくれた!! やっとこの地獄のようなエクストリームマリッジピンク鎮守府から開放される!! 私は、待ちに待った提督の帰還に、今までにないほどの安堵の感情を胸に抱いた。まさか提督のこの声色に、涙が出るほどの安心を感じる日が来ようとは……
私は構えた弓を投げ捨て、今も施錠されたままのドアへと駆け寄り、そして鍵を解錠しようとした。しかしその次の瞬間。
『……!!!』(ぱちん)
「あだッ!?」
『おーいどうしたの? しらんけど』
鍵を開けようとした私の後頭部に走る、BB弾の痛み。慌てて振り返ると、砲台子鬼さんが、私に……というよりも、ドアに向かってぱちんぱちんとBB弾を発射している。一体どうしたというのか。あれだけ互いを信頼しあっているはずの提督に対し、BB弾射撃を敢行するなど……
「砲台子鬼さん! 一体どうしたというのですか!?」
『……!! ……!!!』(ぱちんぱちん)
「提督ですよ? 提督が帰還したんですよ? 一体何が不満なのですか!?」
私はこの時、この意味をもっと深く考えるべきだった。砲台子鬼さんが、ドアの向こうにいる、深く信頼しているはずの提督に対し、BB弾を発射している……この事実が一体何を意味するのかを、もっと深く考えるべきだった。
しかし、心が疲弊していた私には、そんなことを考える余裕がなかった。度重なる求愛を受け、ハラヘリ具合が限界を迎えていた私の身体と精神は、すでに悲鳴をあげていたのだ。これ以上、負荷をかければ壊れてしまう……早くご飯を食べないと死んでしまう……そのような追い込まれた状況の私に、砲台子鬼さんの砲撃の意味を考察できる精神的余裕なぞ、すでに残されていなかったのだ。
『おーい……赤城ー』
「は、はい提督!」
『大丈夫?……しらんけど』
「は、はい大丈夫です!」
『あらそお?……あら怖い……しらんけど』
「と、とにかく提督、今開けます!!」
『うんお願い……しらんけど……開けて……しらんけど』
いつになく頻繁に『しらんけど』を繰り返す提督の違和感には目もくれず、私はドアの鍵を開いた。ガチャリという音がなり、ドアの施錠が開いたことを大げさに告げる。
『……!! ……!!! ……!?』(ぱちんぽすん……)
ゴウンゴウンという音を立て、厳かに開くドア。砲台子鬼さんはBB弾の球切れを起こしたようで、さっきからぱすんぱすんという音は聞こえるが、肝心のBB弾が射出されていない。
『ありがと……赤城……しらんけど』
未だ半開きのドアの向こうから、提督がねぎらいの言葉をかけてくれた。よかった。彼が戻ってきてくれたなら、この鎮守府のおかしなマリッジストリームも収束に向かうだろう。根拠はまったくないのだが、そんな気がする。
「提督! あなたの帰りを待って……」
『あらそお?……赤城……しらんけど……しらんけど……』
だがおかしい。少しずつ開かれていくドアの向こうにいる、提督の様子がおかしい。会話がまるで噛み合ってない。
「提督、どうされたのですか?」
『しらんけど……しらんけど……しらんけど……しらんけど……』
提督がおかしい。彼の何かがおかしい。私の予感が告げた。ヤバい。提督はおかしい。全力で逃げるべきだ……砲台子鬼さんの空打ちの頻度が上がる。冷静なはずの砲台子鬼さんの砲撃に焦りが感じられる。ぱすんぱすんという虚しい空打ちの音が、提督の『しらんけど』と共に執務室に虚しく鳴り響く。
ついにドアが全開になり、ドアの向こうにいた人物の姿が視界に入った。そしてその瞬間、私の心臓は、誰かに鷲掴みされたかのように、ぎゅうっと握りつぶされてしまった。私の戦意は、ちんちんに熱したフライパンの上の水滴のように小さく乾き、そしてまたたく間に消滅してしまった。
「くっくっくっ……」
『しらんけど……しらんけど……しらんけど……しらんけど……』
「てい……と……」
「あーおーばー……」
「……!?」
「みーちゃーいーまーしーたー!!」
「ひぃいいいッ!?」
提督ではなかった……ドアの向こう側にいたのは、最後の希望ではなく、絶望の悪夢。私達の最後の希望を装い、ドアの向こうで毒牙を磨き舌なめずりをして、私たちを罠にはめたのは、青葉さんだった。
「ふっふっふっ……赤城さん。恐縮ですー……」
「あ、青葉さん……な、なぜ……」
「お仕事で忙しいと聞いていましたが……そうでもないじゃないですかー」
「て、提督は……?」
「ふっふっふっ……これですか?」
私の当然の疑問を受けて、青葉さんは右手に持った妙な機械のスイッチを押した。その途端……
『知らんけど……しらんけど……赤城……しらんけど……』
提督のいつもの破棄のない声が……あの無責任な決まり文句が……その機械から繰り返し再生されていた。
しまった……迂闊だった……これはきっと、ICレコーダー……事前に録音しておいた提督の声をつなぎあわせて再生し、私の呼びかけに提督が返事しているように偽装していた……!?
「そ、それで提督のフリをしたんですか!?」
「恐縮です……くっくっくっ……」
なんという不覚ッ!! この一航戦、赤城……追い込まれた精神とハラヘリに惑わされ……まさかこのような単純なトラップにひっかかってしまうとは……ッ!?
「ほ、砲台子鬼さん……!!」
振り返り、砲台子鬼さんに助けを求める。……だが、砲台子鬼さんの必死の砲撃にもかかわらず、その砲塔からはBB弾がまったく発射されなかった。
「くっくっくっ……無駄ですよ砲台子鬼さん」
『……!! ……!!!』(ぽすんぽすん)
「この青葉、砲台子鬼さんのBB弾装填数と砲撃回数は把握済みです」
『……!!?』
「恐縮です。クックックッ……」
不敵な笑みを浮かべた青葉さんが、一歩一歩私に歩み寄ってくる。その謎の気迫と恐怖に押された私は一歩一歩後ずさることしかできない……
「あ、青葉さん……な、何をするおつもり……ですか?」
「くっくっくっ……青葉はもう、我慢ができないんです」
いやぁぁああああああ!!? ま、まさか!!?
「お、落ち着いてください青葉さん! 私たちは同性ですよ? 同じ艦娘ですよ?」
「そんな赤城さんが、まるごと好きなんです」
ぇぇええええ!!? いやいやいやなんでここで私の胸がドキッてしちゃってるんですかッ!!?
「と、とりあえず明日お話しましょ! 明日落ち着いて話を……」
「恐縮です。それじゃあ青葉は我慢ができないんです」
いけない机にぶつかった! 追い詰められた! 後ろに逃げられないッ!! 距離を取れないッ!!
青葉さんが左手で私の髪に触れる。その途端に私の身体がビクンと波打ってしまう。
「ひやぁぁあああッ!!」
「可愛いですねぇ赤城さん。演習で青葉に稽古をつけてくれるときは、あんなに強くて凛々しいのに……」
身体が縮こまる。青葉さんが触れてくる感触が心地よくて気持ちいい。……いやいや待て待て落ち着け落ち着け!!!
「んんんッ……!!」
「今はまるで天龍さんのように乙女で可愛らしいですよ?」
ちょっと待ってくださいなんで天龍さんのそんな姿を知ってるんですかッ!? あと私の髪を耳にかけないでくださいッドキッてするから!! 身体がビクッてしちゃうから!!!
「でも……」
「へ……?」
「そんなかわいい赤城さんも、青葉は大好きですよ?」
やめてくださいぃぃいいいい!!? お願いだから私を……私の胸を、無理やりドキドキさせないでくださいぃぃいいいい!!?
逃げられない……逃げられない!! 青葉さんの左手が私のほっぺたに触れる。頭がゆだってるせいか、青葉さんの冷たくてすべすべの手がちょっと気持ちいいかも……あ、なんか少しぽやっと……してません!! うっとりなんかしてません!!! 一航戦・赤城!! 気をしっかり持って!!!
「赤城さんのほっぺた……」
『……!! ……!!!』(ぽすんぽすん)
「ヒ……ヒィイイ……」
「とても気持ちいいですねー……恐縮です」
左手だけじゃなく、右手もほっぺたをさすり始めた。床に転がるICレコーダーはこわれたらしく、堕ちた瞬間の『しらんけど』のセリフ再生の後、完全に電源が落ちた。青葉さんの右手の指先が、さっきから私の耳にちょんちょんと触れる。さ、触るならもっとちゃんと触って……ほし……くなんか……ないッ!!!
「はわぁッ……!?」
「?」
青葉さんの左手の指が私の右耳を挟み込んだその途端、私の両足と腰に力が入らなくなった。本当にストンという感じで腰が落ち、私はその場にへたり込んでしまう。ダメだ立ち上がれない……足に力が入らない……恐怖で身体が震えてくる……あ、でもこわいだけじゃなくて……ちょっと……ドキドキ……
「恐縮です」
「はわわわわわわわ……」
……してませんッ!! ドキドキなんかしてませんからッ!! この赤城、何も期待なんかしてませんからッ!!! 『強引に迫られるのもなんだか新鮮でドキドキしてちょっとうれしいかも』とか思ってませんからッ!!!
「やっと、青葉の気持ちを受け止めてくれる決心がついたんですね?」
「い、いや……はわわわわわわわわわ……」
「恐縮です……」
待ってください待ってください!! うるうるした眼差しでこちらを見つめないでください!! 顔を近づけないでください私の唇にロックオンしないでくださいぃぃいいい!!?
「青葉は……赤城さんのすべてを……愛しています……」
お願いだから顔近づけないで青葉さぁぁあああん!! いやぁぁああ!!? 青葉さんの吐息が私の顔をくすぐってる……!! あ、でも青葉さんからいい匂いが……いやいやいや!!!
「天龍二世……さんッ!! たす……け……!?」
最後の望み……!! 私は唯一自由に動けるはずの天龍二世さんに助けを求めたが……
「フッ……コワイカ?」
「なぜ今イケメンボイスで……!!?」
天龍二世さんは、床についた私の左手にもたれかかり、イケメンな表情で私に振り返っていた。まるで、一夜を共にしたあとのような……いやいや何考えてるんですか私!!?
「い、いやぁぁあああ!!?」
「青葉は……」
「……!?」
「あなたを、大切にします」
急に身体がふわっとして、幸せな気持ちが胸いっぱいに広がった。あれ!? 今、私なんて思ったんですか!? なんで『この人に身を委ねよう』なんて思っちゃったんですか!!?
「赤城さん……」
「あ、青葉……さん……」
「愛しています……恐縮です……」
「……ああっ」
うう……ダメだ……もうダメだ……私の心が、青葉さんを求め始めている……私の髪が、ほっぺたが……体全体が、青葉さんに触れて欲しがってる……もうダメだ……抵抗できません……目、勝手に閉じちゃってるし……
「……」
「……」
一航戦・赤城……青葉さんと……夫婦に……なり……ま……
――ぱこんっ
私が観念し、青葉さんとの将来を決意して、唇にその瞬間が訪れるのを半分恐怖、半分ドキドキで待っていたその直後、こんな軽い音が鳴り……
「う……きょ、恐縮……」
「あお……ば……さん?」
「……です」
唇が触れる寸前まで来ていた青葉さんが、私の上でぐしゃりと崩れ落ちた。その青葉さんの体温が心地よくて……いやいや、私はそんな妙なことを考えず、力が抜けて完全に私の上で気を失っている青葉さんの身体を抱きしめて……あ、いや、抱きしめてなんてなくて、私を見下ろしている、四人の影に目をやった。
「お前たち……なにやっとるの女同士で……」
そこには、ロドニーさんと戦艦棲姫さん、大淀さん、そして……
「提督……」
「まったく……しっかりしなさいよ……」
私達が待ち望んでいた、我らが提督がいた。
「提督!」
「どうしたの赤城……」
ああ……提督だ。今度こそ本当の提督だ……胸に安堵が広がっていく……この男に対し、ここまでの安心を感じたことが、今まであっただろうか……
「はぁ……このロドニーと死闘を演じたお前が、アオバごときに遅れを取るとは情けない……」
さやに入ったままの剣を片手に、ロドニーさんがそう言いながらため息をついていた。なんとでも言ってください。はっきり言って、今日の青葉さんはあなたよりも強敵でした。それよりも……。
「提督」
「ん?」
「待ちわびていました……あなたを……」
「あそ。……それよりもさ。鎮守府、なんかおかしなことになってない?」
「そんなことよりも……提督」
「ん? うるうるしちゃってどうしたのよ? 青葉がそんなに怖かったの?」
恐ろしかった……青葉さんのあの強引さに、私は落とされそうになりました……でも提督……この赤城、最後まで貞操は死守しましたよ。
「怖かった……」
「そうなの? 泣く子も黙る一航戦がめずらし」
「…… でも、あなたが来てくれたました」
「そらぁ仕事が終われば帰ってくるよ」
「私は……あなたに守られるために、生まれてきたのかもしれません……」
「お前さん、俺のこと『目が死んでる』とかいって煙たそうな顔してたじゃないの。どうしたのよ突然……」
すみません提督……私は今まで、あなたに失礼なことばかり言ってきました……でも、でも今日からは違います。私は、あなたのことを……
「提督……?」
「ん?」
「私は、あなたのことを……愛しています」
……言ってしまった。すぐそばに大淀さんがいるにもかかわらず……私は、もう我慢することが出来なかった。提督、私はあなたを愛しています。だから私の……私だけの提督になってください。そして、できるなら、私とケッコ……
「あらそお? ありがと。んじゃお礼に間宮のチケットあげるから、明日クリームあんみつでも食べて来なさいな」
一瞬にして呪縛が解けた。
あんなに魅力的でたくましく見えた提督が、途端に見るも冴えない加齢臭のキツい中年男に戻り、私の愛情メーターが一気にマイナスまで振り切れた。
「て、提督……」
「ん?」
「お礼をいいます……おかげで、正気に戻れました」
「どういたしまして」
これか。私が提督を待ち望んでいた理由はこれだったのか。いくら鎮守府がまっピンクに染まったとしても……どれだけ艦娘のみんなが色めきだったとしても……提督の無気力かつ、中年男性特有の、何事にもめんどくさそうに接する腰の重さ、そしてなによりその死んだ眼差し……すべてが、強制的に周囲の人間の意識をフラットにしていく。……私が提督を待ち望んでいた理由が、今やっとわかった。
その後……私は大淀さんが見守る中、四人がいない間にこの鎮守府に起こった恐るべきショッキングピンクな事態の事情聴取を受けた。
「ったく……なんで私たちがこんなことを……」
「つべこべ言わず運べ戦艦棲姫……」
「お前たちと手を組んだのは、ピンク色のアオバを運ぶためじゃないぞ……」
「私だって日本に来たのは、ピンク色のアオバを運ぶためじゃないのに……」
「「はぁ〜〜……」」
気絶した青葉さんは、ロドニーさんと戦艦棲姫さんが運んでいった。二人はぶつくさ文句を言いながら、気持ちよさそうに伸びている青葉さんを二人で支え、彼女の部屋へと連れて行った。
「……んじゃ、この二週間、実はみんな色めきだっていた……と?」
「そうです。大淀さんと提督をケッコンさせるために」
「ふーん……」
提督の尋問に対し、私は嘘偽りなく、隠し事もなしですべてを答えていく。すべてはこのイレギュラーな事態を収束させるため。元の健全な鎮守府に戻すためだ。
提督は、私の回答の一つ一つを、相変わらずの死んだ魚の眼差しで受け止めていた。そんな眼差しで私を見ているものだから、提督が私の話を本気で信じているのかイマイチ読めない。
大淀さんに目をやる。
「……ほら、あと数発でいっぱいになりますから」
『……♪』
彼女は砲台子鬼さんを抱っこして、その砲塔からBB弾を補給してもらっていた。私の回答は全く耳に届いていないようだ。彼女に自覚がないので仕方ないのだが……なんだかその様子が他人事のように見えて腹立たしい。『あなたは事態の中心に近いんですよ!!!』そう言いたくなる腹立たしさだ。
……なんだかむかっ腹がたってきた。この人たちのせいで私はまっピンクなみんなに襲撃され、まっピンクな青葉さんに迫られ……そしてまっピンクに染まり、一時は青葉さんとのケッコンを覚悟したというのに……当の本人たちは、『俺は関係ないし……しらんけど』『そんなことがあったんですねー……しりませんけど』とでも言いたげな態度だ。私の苦労は一体何だったんだ。こんなことなら、私もまっピンクに染まっておけばよかった。そうすれば、こんなに苦悩することなどなかったというのに。今頃、何の迷いもなく青葉さんの強引プロポーズを受け止めて幸せな気分でいられただろうに。……あ、いやいや。
「それはそうとして、鎮守府のみんなを元に戻さなければいけません」
「そうねぇ……どうすりゃいいんだか……」
提督が頭をポリポリとかく。その横では大淀さんが、膝の上に砲台子鬼さんを乗せて、その砲塔を優しく撫でていた。砲台子鬼さん、もはやペット。
「別にこのままでもいいんじゃないですか?」
自分が被害に遭ってないからなのか、大淀さんがそんな無責任なことを言い出した。いいわけないでしょう。皆がまっピンクなエクストリームマリッジ鎮守府なぞ、存在価値はないですよ。
「いやダメです。こんなところに敵に攻めこまれでもしたら……」
「でも戦争終わったし、敵なんていないじゃない」
「この鎮守府の風紀に関わることです」
「元からそんなの気にしたことなかったけどなぁ……それに、仲よきことは美しきかなって言うし……」
「仲良しを超越して、すでに妻帯者が出ているのですが……」
しかも二組ですよ二組。更に言うと両方とも艦娘と深海棲艦のカップリングで、一組は離婚までしてるんですよ。おかしいですよココ。
「お前さんが言えることじゃないだろう」
「失礼な」
「この前ロドニーと前代未聞の告白合戦をしといてよく言う……」
「あれはただの稽古であり果たし合いで、愛の告白ではありません」
あれが愛の確認なんだとしたら、私とロドニーさんは、ただのエクストリームどえむどえすバトルジャンキーじゃないか。……言い直す。ただの変態だそれじゃ。私たちはバトルジャンキーですバトルジャンキー。
「……で? 仮にお前さんからの報告が本当だとして」
「本当ですってば……」
「みんなを元に戻す方法は? お前さん、何か策はあるの?」
「あります。とっておきが」
私の予想が間違いでなければ……この作戦を敢行すれば、きっとみんなは元に戻ると思います……!!
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