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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン68 覇王達の戦い(後)

 
前書き
前回のあらすじ:タイトル参照。
いい加減ヒロインズの出番が欲しいのに、異世界編が終わりそうにないのが最近の悩みです。存在忘れてるわけじゃないよ? 

 
 オブライエンが倒れ、覇王城の王室にいるのは僕と覇王の2人のみ。さっきまでは隣にオブライエンがいる心強さからあまり感じなかったが、いざこうして1対1で向かい合うと覇王のプレッシャーをひしひしと肌で感じる。
 だけど、ここで弱気になるなんてありえない。オブライエン、ジム、ケルト……たくさんの人たちの想いを受け継いで、僕はここにいるんだ。

「さあ覇王、お前のターンはまだ終わってないよ」
「なんだ、茶番は終わったのか?カードをセットし、ターンエンドだ」

 カードをセットしたことで、覇王の手札は0枚になった。だが次にターンを回してしまえば覇王は永続魔法、守護神の宝札の効果によりドローフェイズのドローで2枚ものカードを引いてしまう。
 ……オブライエンの奮闘もあり、覇王の残りライフはたった100。この僕のターンで、なんとしてでも奴を潰す。それが僕が受け継いだ、彼のミッションだ。

「僕のターン、ドロー!」

 覇王の従えている恐るべきモンスター、攻撃力4000のダーク・ガイアを倒す方法は……ない。だけど僕の手には先ほどサーチしておいた1枚のカードが、僕にとってはこれまで禁じ手に等しかった、ある方法がある。
 今からすることは、以前の僕なら絶対やろうとしなかっただろう。だけど今の僕は、これまでの遊野清明ではない。僕の中に生き続けるユーノの思考パターンや戦術の癖が、僕の人格にも多少なりとも影響を与えているのがわかる。

「行くよ、グレイドル・イーグル!」

 硬い石の床からにじみ出る銀の水たまりがぶくぶくと泡立ち、黄色い鳥の姿を模した侵略者がその翼を広げた。

 グレイドル・イーグル 攻1500

「バトルだ、イーグル!ダーク・ガイアに攻撃!」

 やっとわかってくれたのか、とでも言いたげに一声鳴き、その羽を震わせてイーグルが自分よりはるかに強い相手に向かって矢のように突っ込んでいく。これまで自爆特攻はモンスターを捨て駒にするみたいで、人の戦法にケチをつける気はないが自分がする分には嫌だった。だけど、もしかしてそんな僕を見て。ずっとそんなことを言ってグレイドルの力を十分に発揮させてやらず、勝てたかもしれない勝負で負け続けてきた僕を見て。彼らはずっと、その悔しさに歯噛みしていたのだろうか。

 グレイドル・イーグル 攻1500(破壊)
E-HERO(イービルヒーロー) ダーク・ガイア 攻4000
 清明 LP4000→1500

 先ほどのように隕石を繰り出すこともせず、岩石の腕を無造作に振るうダーク・ガイア。ただそれだけでイーグルの全身がバラバラに砕け、プレイヤーの僕にまでその衝撃の余波が襲う。だけど、僕はその瞬間だけダーク・ガイアに生じた隙を見逃さなかった。水滴となって飛び散ったイーグルの欠片は壁に床に跳ね返り、銀の雨となってダーク・ガイアへと再び襲いかかっていく。

「この瞬間、戦闘で破壊されたイーグルは相手モンスター1体に寄生してその動きを操る!今僕が受けたダメージは倍近くにしてそっくり叩き返してやる、さあやれ、ダーク・ガイア!ダーク・カタストロフ!」
「甘い。トラップ発動、デストラクト・ポーション!俺の場のダーク・ガイアを破壊し、その攻撃力分だけライフを回復する。ダーク・ガイアよ、俺の糧となれ!」

 かりそめの姿を脱ぎ捨てて真の姿となったグレイドルの猛攻を前に、ダーク・ガイアが四散する。その中心から抜き出された魂が覇王の鎧に吸収されると、オブライエンの火霊術によってボロボロになったはずの鎧が逆再生でも見ているかのように修復されていく。

 覇王 LP100→4100

「まだ、まだだ!ガダーラ、行けっ!覇王にダイレクトアタック!」

 極彩色の羽根をはためかせ、ガダーラが暴風を巻き起こす。モンスターを自分から捨てた覇王にそれを止めるすべはなく、直撃を受ける……だが、覇王のライフはまだ残っている。

 怪粉壊獣ガダーラ 攻2700→覇王(直接攻撃)
 覇王 LP4100→1400

「耐えきられた……カードを1枚セットして、エンドフェイズにグレイドル・インパクトの効果を発動。デッキからグレイドル・アリゲーターをサーチしてターンエンド」

 清明 LP1500 手札:5
モンスター:怪粉壊獣ガダーラ(攻)
魔法・罠:グレイドル・インパクト
     1(伏せ)
 覇王 LP1400 手札:0
モンスター:なし
魔法・罠:守護神の宝札

「俺のターン、守護神の宝札により2枚ドロー。ほう、このカードを引いたか。なら貴様にも少しは役に立ってもらうとしよう。モンスターとカードを伏せ、ターンエンドだ」

 意味深な台詞とともに、不気味なほど静かにターンを終える覇王。今の一撃で仕留めきれなかった時点である程度の反撃は覚悟していたが、ここまで何もしてこないとなるとそれが逆に不気味だ。

「だからって、ここで退いたら勝ち目はない、か。ドロー!」

 ドローカードは……守備表示モンスター1体をそのプレイヤー問わず破壊することができる魔法カード、シールドクラッシュか。あの伏せモンスターを対象にすれば、リバースモンスターだったとしてもその効果を使わせることなく破壊できる。そうではないただの壁モンスターだったとしても、先ほど魔法破壊に反応して憑依能力を使うグレイドル・アリゲーターをサーチするところを見ていた覇王がそれに対抗するためセット状態で場に出したと考えればつじつまは合う。
 となると、危険なのはもう1枚の伏せカードの方か。何が出てくるかわからないから、こちらも万全の状態で臨むとしよう。

「フィールド魔法、KYOUTOUウォーターフロントを発動。さらに永続魔法、補給部隊も発動。そしてグレイドル・アリゲーターを召喚」

 グレイドル・アリゲーター 攻500

 先ほどと同じような銀の水たまりが、今度は緑色のワニを模して起き上がる。ここでアリゲーターを使うのも少々勿体ないが、勝負をつけるのに出し惜しみはしていられない。もしあのカードがモンスターの破壊をトリガーに発動するタイプなら厄介だ、先にあちらから破壊しておこう。

「これで準備は整った!グレイドル・インパクト第2の効果、グレイ・レクイエムを発動!僕のグレイドル・アリゲーターと、その伏せカードを破壊する!」

 UFOの残骸から放たれた2筋の謎光線が、僕の指定した2枚のカードめがけてまっすぐ飛んでゆく。まず伏せカードを破壊し、その後モンスターを引きはがして直接攻撃。これが今の僕にできる、最大限の攻撃かつ最良の一手だ。だが怪光線が届く前に、伏せカードの方が表になる。

「トラップ発動、裁きの天秤。相手フィールドに存在するカード枚数の合計が俺の手札、フィールドのカードよりも多い場合、その差だけカードをドローする。俺の手札は0、場にもこのモンスターと守護神の宝札、そして発動中の裁きの天秤の3枚のみしかカードが存在しない」
「僕のフィールドには……ちっ、カードが6枚ある、か」
「そうだ。よってカードを3枚ドローさせてもらう」

 伏せカードを警戒しすぎたあまり、万全の状態で覇王を攻略しようとしての準備が裏目に出てしまった。しかも、せっかくサーチしたアリゲーターまでその力を発揮することができなかったし。
 やや弱気になる心を、懸命に奮い立たせる。破壊効果をかわされたからといってどうということはない、今はまだ僕のターンなんだ。まだ僕の優位は揺らいでいない。

「KYOUTOUウォーターフロントはフィールドから墓地にカードが送られた時、1枚につき1つの壊獣カウンターを乗せる。アリゲーターと裁きの天秤は、方法はどうあれ墓地に送られたことには変わりないね。さらに僕のフィールドでアリゲーターが破壊されたことで、補給部隊により1枚ドローする」

 KYOUTOUウォーターフロント(0)→(2)

「魔法カード、シールドクラッシュを発動!何を伏せてたのかは知らないけど、そのモンスターには退場願おうか!」

 KYOUTOUウォーターフロント(2)→(4)

 シールドクラッシュのカードからも光線が放たれ、伏せモンスターが焼き払われる。当然だ、どんな耐性持ちのカードだってセットされた状態で直接除去されてはたまったものではない。
 相変わらず沈黙を保ったままなのが少し気にはなるけれど、とにかくこれで覇王の場は今度こそがら空きだ。

「これで今度こそ、終わらせる……!やれ、ガダーラ!」

 怪粉壊獣ガダーラ 攻2700→覇王(直接攻撃)

 再び舞い上がったガダーラの羽ばたきが、覇王城の内部に嵐を巻き起こす。今度こそこの一撃で、この戦いも終わる……そのはずだった。
 だが、しかし。辺りの柱をなぎ倒し、調度品を窓から外に吹き飛ばす風の奔流の中で、覇王の周りだけ何かに守られているかのようにそよ風ひとつ届いていない。ダメージが、まるで入っていない。

「まさか、またネクロ・ガードナー……!」
「いや、それは違うな。よく見てみることだ」
「え?あれはまさか……そんな!?」
『クリクリ~……』

 覇王の言葉と、その聞き覚えのある苦しげなうめき声を受け、ようやく気が付いた。覇王のフィールドで、半透明の小さなモンスターが半透明の壁を貼っている。

「ハネクリボー!?」
『ク……クリ……』

 覇王の出したあのモンスターは、入学時から十代を支え続けてきていた精霊のカード、ハネクリボー。そしてその特殊能力は、フィールド上で破壊されたターンの間プレイヤーの受ける戦闘ダメージを0にするというもの。僕のシールドクラッシュをトリガーに、このターン覇王は守られている。
 だが、純白の翼で空をパタパタと飛び回るいつもの自由そうな姿はそこにはない。全身をまるで拘束具のように闇のオーラが包み、それにより動きを封じられて空を飛ぶどころかまともに動くことすらおぼつかない、憔悴しきった様子の精霊がそこにいた。
 十代の中の覇王に封じられたのか、それともハネクリボーが十代の闇を肩代わりして少しでも主人への負担を和らげようとしているのか。僕にそれを判別する手段はないが、いずれにせよハネクリボーはもう限界に近い。早く覇王を倒してあの呪縛を断ち切らないと、力を使い果たして消滅しかねない。

「だったら、ここは……メイン2に魔法カード、一時休戦を発動。互いにカードをドローして、次にそっちのターンが終わるまであらゆるダメージを受けなくなる。さらにウォーターフロントに壊獣カウンターが3つ以上存在するとき、1ターンに1枚新たな壊獣をデッキからサーチすることができる。海亀壊獣ガメシエルを加えて、ターンエンド」

 KYOUTOUウォーターフロント(4)→(5)

 ここで覇王にもカードをドローさせるリスクは大きい。だがそれ以上に、何の準備もないまま覇王にターンを回すことは避けたかった。次の覇王のターン、僕が一時休戦を使わなかったとしても通常のドローだけで奴の手札は5枚になる。E-HEROの全体的な殺意の高さを見ると、その枚数を持たせることは危険だ。下手をすると、次のターンだけで僕のライフが削りきられる危険まである。だったらたとえ1枚のドローを許しても、次のターンに殺られる危険を排除するべきだ。
 耐えきれるかどうかわからない一か八かの賭けなんて、覇王の前には通用しない。そんなものが許されるのは、リスクを承知で勝ちにいくときだけだ。

 清明 LP1500 手札:4
モンスター:怪粉壊獣ガダーラ(攻)
魔法・罠:グレイドル・インパクト
     補給部隊
     1(伏せ)
場:KYOUTOUウォーターフロント(5)
 覇王 LP1400 手札:4
モンスター:なし
魔法・罠:守護神の宝札

「俺のターン、ドロー。まずは墓地に存在するトラップ、ブレイクスルー・スキルの効果を発動。このカードを除外し、貴様のモンスターの効果を無効にする」
「ガダーラ!」

 ガダーラには壊獣カウンターをコストに3つ消費して自分以外の全モンスターの攻守を半減させる特殊能力、風葬がある。それをわざわざ封じてきたということは、ダメージを与えられないのは承知のうえでガダーラを倒しに来たか。
 でも来るなら来い、一応こちらにもセットカードはある。

「魔法カード、ダーク・フュージョンを発動!手札のE・HERO(エレメンタルヒーロー) フェザーマンと、バーストレディを融合させる!」

 フェザーマンとバーストレディ、いつもならばフレイム・ウィングマンを召喚する流れだ。だがあのカードはただの融合ではなくダーク・フュージョン、恐らくはあのカードも闇に囚われているだろう。

「融合召喚!E-HERO インフェルノ・ウィング!」

 天使の片翼と竜の頭を模した腕を持ち、フェザーマンとしての特性が表に出たフレイム・ウィングマンとは対照的な一対の悪魔の翼と竜の腕を持つ、バーストレディの要素を強く持つ闇の女性型ヒーロー。やっぱりあのカードも、か。しかも、少しの間見ないうちに随分元となったヒーローからかけ離れた姿になっている。マリシャス・エッジも大概だったけど、もはやあのモンスターには元の面影すら残っていない。類似した特徴を持つヒーローが存在しないダーク・ガイアもそうだったけれど、心の闇はいまだ十代をがっちり掴んでいるという訳か。

 E-HERO インフェルノ・ウィング 攻2100

「さらに魔法カード、破天荒な風を発動。インフェルノ・ウィングの攻守は、次の貴様のターンが終わるまで1000ポイントアップする」

 E-HERO インフェルノ・ウィング 攻2100→3100 守1200→2200

「バトルだ。怪粉壊獣ガダーラに攻撃、インフェルノ・ブラスト!」

 悪魔のヒーローが腕を広げると、闇の炎が放たれる。ガダーラの体に絡みつくように伸びたそれが、じわじわとその体を焼き尽くしにかかり始めた。

「させるか!トラップ発動、グレイドル・スプリット!このカードを装備カードにすることで、ガダーラの攻撃力を500ポイントアップさせる!」
「墓地に存在するトラップ、幻影騎士団(ファントム・ナイツ)トゥーム・シールドは、自分のターンに除外することで相手の場に存在するトラップ1枚の効果を無効とする。従ってグレイドル・スプリットは墓地へ送られる!」
「しまった……!」

 E-HERO インフェルノ・ウィング 攻3100→怪粉壊獣ガダーラ 攻2700(破壊)

 頼みの綱だったスプリットを無効化され、攻撃力で劣るガダーラが炎に沈む。一時休戦により戦闘ダメージは入らないものの、その熱波は見ている僕にも届き火傷しそうなほど全身が熱くなる。
 でも、今の僕はそんなことに構っている余裕はなかった。今、覇王は確かに幻影騎士団と言った。ジムのエースカードだったというガイア・プレートのみならず、ケルトの幻影騎士団まで奪い取ったというのか。怒りのあまり歯を食いしばる僕をさげすむような目で見て、覇王がいかにも馬鹿にするようにパチパチと手を叩く。

「くそっ、補給部隊でドロー!」
「貴様の洞察力……いや、その臆病は褒めてやろう。結果的とはいえ、それで命を繋いだのだからな」
「……どういうこと?」
「インフェルノ・ウィングがモンスターを破壊した時、本来ならばそのモンスターの攻守どちらか高い方のダメージを相手ライフに与えることができる。偶然とはいえそれを回避したのだから、まったく大したものだ。だが、もう一時休戦の効果も切れる。次はないと思え、カードを2枚伏せてターンエンドだ」
「この……!」

 人を馬鹿にしたその物言いと冷たい声色に、さらに頭に血が上りかける。すんでのところでそれを沈めてくれたのは、僕の頭に響くチャクチャルさんの声だった。

『落ち着け、マスター。いいか、なぜ奴は言わずともいいようなインフェルノ・ウィングの効果を自分から話したのだと思う?あれはただの挑発だ、乗って理性を失えばそのまま敗北する。いいか、逆に考えてみるんだ。確かにマスターは今のターンかなり危なかった。だがそれはつまり相手にしてみれば、今のターンで仕留めきれなかったということに他ならない。マスターがイラついているのと同様、奴もまた勝負を思うように終わらせられない苛立ちを感じているはずだ。それ故にこちらのミスを誘うため、あえて心理戦に出た。敵を自分の中で必要以上に強大にすることはない。相手を見て、その力を混じり気なく見極めることだ』

 説得を受けて、少し落ち着いた頭で覇王を見る。その黄色い目には全てを呑み込む怒りや悲しみといった負の感情と傲慢な王者の態度、そしてその裏にはかすかだがちらちらと苛立ちを感じる。それはそうだろう、侵攻の準備も色々とあるはずのこの時期に僕らに捕まって、しかも1度倒したはずの相手にも関わらず粘られているのだから。
 そうだ、確かに覇王は強敵だが、そこに人格がある以上つけ入るすきはある。悔しいが実力差は圧倒的、だけど必要以上に奴を恐れることはない。むしろ恐れれば恐れるほどに、その感情を糧に覇王の闇はさらに増大してしまう。平常心を保ち、今のカードでできる事を考えるんだ。
 ……待てよ?そもそもなんで、覇王はこの僕のターンが始まるタイミングで心理戦を仕掛けてきたのだろう。例えばあの挑発に僕が引っ掛かったままだったとすると、どうしただろう。当然ウォーターフロントで壊獣をサーチ、さっきのターンでサーチしたガメシエルと合わせて展開、バトルさせただろう。でも、僕の手元にガメシエルがあることは覇王もよく知っている。
 もし、もしもだ。最も手軽かつ単純にダメージを与えられる方法であるそれ以外のルートを僕に考えさせないがために、この瞬間を狙い澄まして僕を怒らせようとしたんだとしたら?怒りは思考を単純にする、それを計算していたのだとしたら?

「……そりゃどうも、お褒めに預かりまして。僕のターン、ドロー。まずKYOUTOUウォーターフロントの効果を再び発動し、デッキから雷撃壊獣サンダー・ザ・キングをサーチする。そしてインフェルノ・ウィングをリリースし、そっちのフィールドに海亀壊獣ガメシエルを特殊召喚!」
「……ふん」

 海亀壊獣ガメシエル 攻2200

 インフェルノ・ウィングの姿が消え、その場所には代わりに僕が送り付けたガメシエルが居座る。後は、サンダー・ザ・キングを特殊召喚して攻撃すればいい。だけど、僕の考えが正しければ、恐らくはこのタイミングで仕掛けてくるはずだ。

「トラップ発動、マインドクラッシュ!雷撃壊獣サンダー・ザ・キングのカード名を宣言し、そのカードが相手の手札にあればそれを捨てさせる。もっとも貴様が今サーチしたばかりのカードだ、ないはずがないがな」

 サンダー・ザ・キングを墓地に送る。だが僕は、内心では会心の笑みを浮かべていた。チャクチャルさんからのヒントがあったとはいえ、ついに覇王がこちらの予想通りに動いてくれた。ほんのわずかだが確実に、これまで常に覇王と共にあった勝負の流れがこちらに傾いてきた。これであの覇王に一泡吹かせられるかもしれない、ここからが正真正銘の反撃ターンだ。

「相手フィールドにのみモンスターが存在するとき、カイザー・シースネークはレベル4、攻守0として特殊召喚できる。さらに相手の壊獣に反応して、手札からもう1体のガメシエルを僕の場に特殊召喚!」

 カイザー・シースネーク 攻2500→0 守1000→0 ☆8→4
 海亀壊獣ガメシエル 攻2200

 これで、下準備は整った。グレイドル、そして壊獣。どれだけ新たな力をデッキに組み込んでも、いかなるギミックを仕込んでも、結局最後はその努力の全てがこのカードに帰結する。僕のデュエリストとしての原点にして頂点、最強無敵のマイフェイバリット。

「さあ、これこそが僕の切り札だ!2体のモンスターをリリースし、アドバンス召喚!霧の王(キングミスト)!」

 その瞬間、暗い部屋の中を青い光が満ちた。霧の宝剣を軽々と持ち上げた魔法剣士が、その切っ先をぴたりと覇王に合わせる。

「霧の王……。さあ覇王、覚悟してもらおうか。霧の王の攻撃力は、リリースしたモンスターの元々の攻撃力の合計になる。バトルだ、ガメシエルに攻撃!ミスト・ストラングル!」

 力強く石の床を踏み締め、鎧の重さを感じさせない動きで魔法剣士が宙に舞った。空中で剣を2度、3度と振り回すたびに、持ち主の意思を受けて魔力を帯びた剣自体が自らも力を解放して光を放ち始める。そしてその輝きが頂点に達した時、大上段からの一刀が大気を、闇を、覇王城を切り裂いて振り下ろされた。

 霧の王 攻0→4700→海亀壊獣ガメシエル 攻2200(破壊)

「おのれ、おのれええ!トラップ発動、ダメージ・ダイエット!このターン俺の受けるあらゆるダメージは、半分になる!」
「なっ!?」

 剣風をまともに受け、鎧が再び崩れていく。だが覇王の瞳の憎しみは、いまだ衰えを知らないかのように燃え盛っていた。ギリギリの局面で発動されたダメージ・ダイエットにより、本来2500受けるはずのダメージは半分の1250止まりとなってしまう。ライフ減少のストップと同時に鎧の崩壊も止まり、満身創痍ながらも覇王はまだ立っていた。

 覇王 LP1400→150

「貴様の攻撃はそれで終わりか?ならばエンドを宣言しろ」
「……ターンエンド」

 清明 LP1500 手札:2
モンスター:霧の王(攻)
魔法・罠:グレイドル・インパクト
     補給部隊
場:KYOUTOUウォーターフロント(5)
 覇王 LP150 手札:0
モンスター:なし
魔法・罠:守護神の宝札

「俺のターン、ドロー」

 あのターンは、まぎれもなく僕の全力だった。それでもなお覇王を仕留めきれなかったことで、僕の心の中で何かが折れてしまった。頭が真っ白になり、何も考えられない。目の前にいるはずの覇王の声も、なんだかやたらと遠く感じる。
 やるだけのことはやった。勝つために全力を出した。それでも駄目だったんだ、これ以上何をしたって敵うわけない。だから、もういいじゃないか。そんな情けない幻聴まで聞こえてきた。だが何よりも恐ろしいのは、その声に耳を傾けようとしている自分がいることだ。それほどまでに、今のターンで燃え尽きてしまったとでもいうのだろうか。

「速攻魔法、ダブル・サイクロンを発動。俺の場の守護神の宝札、そして貴様のグレイドル・インパクトを破壊する」

 覇王の言葉が耳に届くが、話している内容がほとんど頭の中に入ってこない。インパクト?ああ、そういえばさっきのターンでサーチしてなかったような気がする。でもそれも今更いいや、もうどうせ殺るのなら、まだるっこしいことしてないでさっさと殺っちゃってくれ。そんな自暴自棄な考えまでもが頭を駆け巡る。

「俺の手札がこのカード1枚のみの時、手札のバブルマンは特殊召喚できる。さらにこの時俺の手札とフィールドに他のカードが存在しないことにより、カードを2枚ドローする」

 E・HERO バブルマン 守1200

「俺の墓地から魔法カード、ダーク・コーリングを除外することで、手札のマジック・ストライカーを特殊召喚。装備魔法、レインボー・ヴェールを装備する」

 マジック・ストライカー 攻600

 あのカードも、十代が昔から使っているモンスターの1体。こんな時にE-HEROじゃなくてそのカードを持ってくるなんて、まったく皮肉が効いたことだ。ただでさえ心折れた僕に、さらに駄目押しの精神ダメージを与えようとでもいうのだろう。

「バトル。マジック・ストライカーで霧の王に攻撃。この瞬間レインボー・ヴェールの効果により、相手モンスターの効果は無効となる」

 力を失いその場に膝をつく霧の王の無防備な背をめがけ、小人の一撃が叩き付けられる。僕のフェイバリットカードが、反撃の象徴が、その場に崩れ落ちた。

 マジック・ストライカー 攻600→霧の王 攻4700→0(破壊)
 清明 LP1500→900

「くっ……」
「ターンエンドだ。もう諦めろ、貴様はこの俺に勝てん。サレンダーするというのなら、俺は命までは取ろうとは言わん」
『俺は、か。惑わされるなマスター、あんなものはただの狂言回しに過ぎない。いいか、ここは敵陣だぞ?もしここで敗北を認めれば、仮に覇王が手を出さずともマスターにとどめを刺しにくる輩はこの城内に腐るほどいる事を思い出すことだ』
「でもチャクチャルさん、さすがにちょっと、もう一回逆転するだけの気力が湧いてこない、かな……?」
『惑わされるな!それにもう一度よく状況を見てみるといい。マスターが疲弊しているのと同じく、覇王もまた平静こそ装っているものの限界も近いはずだ。その証拠がこの盤面だ、偉そうなことを言ってはいるがもはや融合モンスターを出すことすらできていない。搦め手といえば聞こえはいいが、これ以上戦うためのリソースが底を尽きてきているだけだ。それだけ奴も……』

 チャクチャルさんが何か言っているが、半分も頭に入ってこない。代わりにははは、と力のない笑いが漏れる。多分今の僕は、さぞかしひどい顔をしているだろう。これまでどれだけ霧の王1枚に依存していたのかが、今更ながらによくわかる。霧の王を出したうえでの反撃は、これまで僕にとっての常勝パターンだった。確かにそれでも負けた経験がないわけではないが、そんな時でも大体その攻撃1回で決着がつく、霧の王と同時に負けるパターンばかりだった。
 でも今回みたいに、霧の王だけが先に負けてしまうなんてのはこれまでなかった。ずっと一緒にやって来た相棒が先に力尽きて、僕だけがいまだ戦闘可能な状態にあるなんて初めての経験だ。
 情けないと思う。なにをうじうじしてるんだと馬鹿にされても仕方ないし、実際これが他人事だったらそう思っていたことだろう。でも、なぜだろう。折れてしまった僕の心は、立ち直ろうとする気配すらないままだ。
 もうこの手をデッキに載せて、サレンダーすれば楽になれるのかな。何を馬鹿なと叫ぶ自分がいるが、そんな心の声とは無関係に腕がゆっくりと動く。サレンダーしようとする自分の体を、まるで別人の動きを見ているかのような感覚で見降ろしていた。

『清明!』

 手が今まさにデッキにかかろうとしたその瞬間、誰かの声が聞こえた。その声はオブライエンのもののような気もするし、ジムのものにも聞こえた。あるいはケルトや、辺境の大賢者といった人々だったような気もする。もしかしたら、その全員だったのかもしれない。
 だが確実に言えるのは、覇王ともチャクチャルさんとも違うその声を聞いた瞬間、まるでバケツ一杯の冷たい水でも被ったかのように意識がはっきりしたことだった。すっきりした頭に諦めや絶望とは違う、不思議な気力が少しずつ湧いてくる。

「これは……」

 ポケットの上からでもわかるほど、オリハルコンの眼が赤く輝いている。そっと取り出してみると、その光は直視したら目が潰れそうなほどの強さになっていた。手の上のそれをぐっと握りしめると、不思議と力が湧いてくる。あれだけ心を占めていた絶望が、消えていく。
 そうだ、このデュエルは僕一人の物じゃない。どうして、そんな大事なことを忘れかかってしまったんだろう。覇王を倒すため、そして十代を救い出すために僕らはたくさんの犠牲を払ってきた。ここに来た時点で僕らの後ろに道はない、最後の最後まで突き進むのみだ。

「だから、僕はサレンダーなんてしない。この手はそんなことをするために付いてるんじゃない、カードを引いて戦うためにある!」

 勝負を捨てるためではなく、続けるために改めてデッキに手をかける。目の錯覚だろうか、一瞬その手に何人もの手が重なって見えた気がした。

「僕のターン、ドロー!」

 引いたカードは……死者蘇生、か。確かに文句なしに強力なカードではあるけれど、この局面で有効活用はできるのだろうか。さあ考えろ、これまで僕らが使ってきたカードは何がある?
 ただ打点の高いモンスターならば僕の墓地の壊獣達……ドゴラン、ガダーラ、ガメシエル2体、サンダー・ザ・キングがいるが、それらを蘇生させてもダメだ。バブルマンは守備表示だし、マジック・ストライカーは自身のバトルで発生するプレイヤーへのダメージを0にする特殊能力を持っている。壊獣カウンターは溜まっているから固有能力も使おうと思えば使えるが、それ込みで考えても覇王のライフには届かない。でも諦めるものか、何のためにオブライエンが倒れていったと思ってるんだ。
 ……そこまで考えて、はっとした。そうだ、そうだった。

「覇王。まったく大したもんだよ、僕だけじゃ絶対にこの勝負、勝てなかった」
「うん?」
「僕1人だったら、勝てなかった。魔法発動、死者蘇生!」
「死者蘇生だと?今更そんなカード1枚に何ができる」
「確かにね。これがタイマンだったら、このカードでもどうにもできなかったさ。だけど覇王、敗者には敗北した時点で目もくれなくなるお前にはわからないだろうけど、僕には仲間がいる。たとえ傷つき倒れても、その戦う魂は今もこの場に残っている!僕が蘇生召喚するのは、このカードだ!」

 表になった死者蘇生のカードが光り、その輝きに照らされた地面から炎の柱が噴き上がる。そしてその中心から、1体のモンスターがフィールドに蘇った。硬い鎧のような、それでいてしなやかな外骨格に身を包み、口の端からチロチロと舌の代わりに火を噴き出すその姿は。

「オブライエンの墓地から蘇れ、ヴォルカニック・エッジ!」

 ヴォルカニック・エッジ 攻1800

「馬鹿な、そのカードは!」
「ああ、そうさ!オブライエンがこのデュエルに参加していたから、僕はこのカードを呼び出すことができた。このオリハルコンの眼を通じて僕に力をくれたから、ここで死者蘇生を引くこともできた。この世界で何があったのかなんて僕は知らないし、言いたくないならそれでもいいさ。でも」

 ここで一度言葉を切り、目の前の存在……より正確に言うなら、その奥に幽閉された親友に届かせるつもりで言葉を放つ。

「いいからとっとと帰って来い、十代!ヴォルカニック・エッジは1ターンに1度、自身の戦闘を放棄することで相手ライフに500ポイントのダメージを与える!」

 覇王の墓地のダメージ・ダイエットには自身を除外することでプレイヤーへの効果ダメージを半減させる能力があるが、それを使ったとしても覇王のライフはそのダメージに耐えきれない。僕の命令と共に火炎弾が飛び、闇の鎧の中心を直撃したそれが大爆発を引き起こした。

「うおおおおお!」

 覇王 LP150→0





「まだだ、まだ足りない……!こんなところで、この俺が……!」

 爆炎が収まった時、そこには信じられない光景が広がっていた。ライフが0になってなお、収まることを知らない闇の力。十代の中の覇王の執念。恐るべきことに、覇王の人格はデュエルによる敗北イコール消滅というこの世界のルールすらも捻じ曲げ、強引に現世に留まろうとしている。覇王の鎧が炎の中に消えていくそばから復活し、再び十代の体を覆い尽くそうとしつつあった。

『マスター、それを使え』
「うん、わかってる」

 不思議と、何をすればいいのかはわかっていた。もはや三沢特製の水妖式デュエルディスクに溜めておいた水も空になり、例え覇王が向かってきてももう一度デュエルを行うことは不可能という切迫した状況にも関わらず、むしろ落ち着いた気持ちで孤独に戦い続けるそのそばへと歩み寄る。
 いまだまばゆいほどに光り続けるオリハルコンの眼をぐっと握りしめ、そのままその拳で復活しつつある鎧の中心を殴りつけた。
 その瞬間、世界が真っ白になるほどの光が放たれた。何も見えなくなるほどの光が収まった時、覇王の鎧は消えていた。そこに倒れて気を失っているのは、久しぶりに見る親友の姿。

「十だ……」
「君は、清明!?なぜ君がこんなところに?」
「こんなところでお前の顔を見るとはな……その様子だとうまくいったようだが、オブライエンはどうした?」

 ちょうど後ろから入ってきたのは、なんとエドにヘルカイザー。ああそうか、なんか覇王城を下から見た時に目に止まった機械龍に見覚えがあると思ったら、あれだ。カイザーがヘルカイザーになって新しく手に入れたとか言うエース、サイバー・ダークとかいうモンスターだ。吹雪さんとデュエルしてるのを最後に少し見ただけだったから、今の今までどうしても思い出せなかった。
 って、そんなこと今はどうでもいい。

「話は後で。いつまでもこんな辛気臭いところに居ないで、とっとと外に出よ……うおわっ!?」

 まったくの不意打ちだった。ズシン、ズシンという何か重いものがぶつかるような音とともに、覇王城が大きく揺れる。岩肌に穴がくりぬいてあるだけの窓から外を覗くと、覇王城めがけて何体ものモンスターが攻撃を仕掛けていた。その攻撃に対抗している覇王軍は数では勝るとはいえリーダーを欠く状態での士気はお世辞にも高いとは言えず、結果としてかなりいい勝負になっている。混乱に包まれ怒号の飛び交うその戦場の最前線から、僕にとって聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「さあ、我々を苦しめてきた覇王は既に亡き者となった!敵は幾万有りとても、全て烏合の衆でしかない!今こそ我らの、本物の悪魔の誇りを取り戻す時が来た!怯むな、かかれ!」
「グラファ……まさかっ!」

 まるでタイミングを計ったかのような、グラファ達による覇王軍への強襲。偶然とは思えないほどのタイミングの良さに何かピンと来るものを感じ、ばっと水筒を……一番最初にグラファにあった際、老人の姿に粉していた彼に水を所望され差し出したそれを持ち上げてまじまじと見る。案の定、底の一点にほんの数ミリほどのサイズではあるが盗聴器らしき機械が付いていた。完全にしてやられたことに呻きつつ、もう遅いとはいえそれを引きはがして踏み潰す。ただ僕を手駒として覇王退治に行かせるだけでなく、その様子をこんなものまで仕掛けて窺ってたなんて、本っ当に油断も隙もない。

「これ以上ここにいるのは、たしかに危険そうだな。退散してから君の話は聞かせてもらう」
「十代は気絶したままか。まあいい、出でよ、鎧黒竜-サイバー・ダーク・ドラゴン!」

 その様子を遠巻きに見ていた2人が、用が済んだなら出ていくぞとばかりに脱出の準備に取り掛かる。サイバー・ダーク・ドラゴンの背に十代を背負って飛び乗る2人の例に倣い、僕もその後ろに座らせてもらうことにした。デュエルディスクに水が残っていないせいで、僕のデッキの精霊に頼むこともできそうにないからだ。
 漆黒の金属製の羽根を広げ、鎧黒竜が空を駆ける。何度か眼下の戦闘の流れ弾が飛んできたが、その全てを危なげなく躱したのちに僕らは外の闇の中に消えていった。 
 

 
後書き
ここ最近ずっとマスタールール4って連呼してた気がしますが、あれ正式名称は新マスタールールだったんですね。何!?3の次は4ではないのか!?なんてことも一瞬思いましたが、ゲッターロボがゲッターGに世代交代したんだと思うとなんかしっくりきました。
ただ真面目な話、ゴウフウ規制とかやってる暇があるならトークンはリンク使用不可でよかったと思います。今のリンク・スパイダー君のもてはやされぶりは一時期のローチ君を思い出すので、あの時と同じなら案外最終的には落ち着くような気もしますが。 
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