蒼き夢の果てに
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第7章 聖戦
第163話 トリステインは今
前書き
第163話を更新します。
次回更新は、
3月22日。『蒼き夢の果てに』第164話。
タイトルは 『虚無と五路侵攻』です。
「まぁ、ゲルマニアとしては新しく得た領土の保全を一番に考えたいのだろうから――」
積極的に動くのはこれから先になるのかね。
かなり呑気な雰囲気のイザベラの言葉。右手には、今まさに飲み干したばかりの湯呑みから微かに湯気が上がる。
う~む。何となくなのだが、平和だね~、などと言うかなり場違いな台詞が次の瞬間に発せられそうな雰囲気。しかし、現状はどう考えてもゲルマニアに積極的に動かれると万単位の敵兵に侵入して来られる可能性が高くなると思うのだが……。
ここガリアは大陸国家。此方から相手の国内に積極的に攻め込む心算がない以上、相手がその気になればガリア国内を泥沼の戦場にされる危険性も高くなる。まして相手は宗教をバックにした狂信者の集団と言っても良い、中世ヨーロッパの十字軍。こいつ等に俺が考えているレベルの真面な補給の二文字はない。
無防備な都市に乱入して好き放題に略奪を繰り返すのは間違いないのだが……。
一般的なガリアの民。特にゲルマニアとの国境付近の街に暮らす民の立場から考えると、噴飯もののイザベラの態度や雰囲気に少し眉根を寄せる俺。
ただ……。
ただ、ハルケギニアの科学のレベルから言うと、真っ当な軍隊ならそいつ等が装備している武器は金属製。更に、ガリアに侵攻して来ると言う事は、俺やタバサがガリア王家の名の元に精霊と契約した地に侵入して来ると言う事なので、敵の魔法の発動はかなり難しい。系統魔法ならほぼ不可能。
これでガリアの兵を害する事が出来ないのは、開戦から今までの経験則でイザベラは知っているはず。更に言うと、現状のガリアの諜報能力なら攻め込んで来る軍隊の規模が大きく成れば成るほど、見逃す可能性は低くなるので対処は立て易くなる。
……なので、現状ではゲルマニアの本格的な武力侵攻が差し迫った危機として彼女が捉えられないのは分からなくはないのですが。
もっとも――
「……と言う事は、アルザス地方はほぼゲルマニアの勢力圏に落ちたと言う事ですか」
嘆息するかのように大きく息を吐き出しながら、そう言う俺。
確かに霊的な意味で言うのなら、兄王を弑逆して王位を奪ったアルブレヒトが精霊に認められた王と成っている可能性は薄い。……なので奪われた地を、ゲルマニアから取り返すのは然して難しい事ではない。
そもそも系統魔法を行使する人間を王と認める精霊はいないでしょう。
確かに精霊は仕事を依頼される事を喜ぶ。但し、系統魔法のように、完全なる隷属を強いられて喜ぶ存在は……居ない事もないが、それでも数は少ないと思う。更に言うと、系統魔法と言う魔法は理を捻じ曲げ、精霊の持っている全ての力を使い尽くす事を要求する魔法でもあるので……。
おそらく、聖スリーズこと、精霊女王ティターニアが語った三人の僭王の内の一人はゲルマニアのアルブレヒトの事。
ティターニアの立場や、アルブレヒト政権のこれまでの成り立ちから言って、この辺りは間違いない。
但し、簡単に奪い返せそうだと言っても、近代兵器で武装している兵士が籠る城に対する攻城戦と考えると……流石に民の被害を最小限に抑える意味から、俺自身が出張って行かなければならないのは間違いないでしょうね。
アルビオンに乗り込み、ブリミル教の狂信者共からティファニアを助け出すのはその後の話か。それまで、聖地にロマリアが単独で兵を送り込む事がない事を祈るばかりだな。
……いや、それと並行してシャルロットも助け出す必要があるのだが。
実際、戻って来た途端にやらなければならない事は山積み。もっとも俺自身は、基本的に仕事が多いのは嫌いじゃない。気分的に言うのなら、オラ、わくわくして来たぞ的な状態なのだが――
ただ、何にしても――
何にしても、自らの足場を固めるのが先。取り敢えず、混乱した国内を収めるのが最初の仕事かな。そう考えを纏める俺。
しかし――
「アルザス地方はガリアからの独立を宣言しただけで、別にゲルマニアの領土となった訳ではないのです」
タバサの妹を本当のシャルロット姫だと偽り、その彼女を娶ったアルザス侯シャルルが、自らはガリアの正統なる王の血筋を継ぐ末裔だと名乗り、ガリアからの独立を宣言しただけ、なのです。
しかし、問い掛けたイザベラに代わり答えを返して来るダンダリオン。
そして、
「虚無の担い手のシャルロット姫と、簒奪者に因り絶やされたはずのガリアの正統な血筋を引くと自称する大帝シャルルが、背徳者からガリアの解放を謳って聖戦を開始したのです」
……と続けた。
アルザス地方の独立。……成るほど、そう言えばタバサがそんな事を言っていたか。自らの妹を本当のシャルロット姫だと偽って発表し、ガリアに今居るシャルロット姫……つまりタバサは偽のシャルロット姫だと発表した連中が居る、と言う事は。
確かにこんな与太話、一蹴して仕舞えば問題ないのだが、そうも言って居られない事情と言う物がコチラ側にあるのも事実。
そもそも、そのタバサの妹の本当の名前が今の俺たちには分からない。オルレアン大公シャルルが、自らの王位に就くのに双子の存在が邪魔だと言う理由で捨てた双子の片割れの方を預かった人物が、どう言う考えで赤ん坊を預かったかによっては、その少女は初めからシャルロットと呼ばれて居た可能性はある。
つまり、その少女は偽者などではなく、正真正銘のオルレアン大公シャルルの娘、シャルロット姫である可能性が大だと言う事。
そして逆にコチラ側を見てみると……。
表面上は分からない。しかし、多分、タバサは自らの両親の事を否定している。
確かに今の人生のタバサは可愛がられていた。その辺りは間違いない……と思う。
しかし、彼女には前世で、今、アルザス侯シャルルの元に居るシャルロット姫のように、双子が誕生した事が、自らが王位に就く事に対して邪魔に成る……可能性が高いとして処分された経験がある。
そして、その時に残された双子の片割れの方が……。魔法が使えない、更に王位に就く事の出来ない娘がどう言う扱いを受けたのか、……についても既に思い出していると思う。
女性が王位に就く事が出来ないサリカ法に支配されたガリア。普通に考えるのなら……地球世界の中世ヨーロッパに等しい社会通念を持つハルケギニアでは女性が家を継ぐのもかなり難しい以上、娘には政略結婚のコマぐらいの役割しか存在しない。
更に、魔法至上主義で、その他の能力はあまり重要視されないハルケギニア。
そして、ジョゼフと比べるとすべての面で劣っていたオルレアン大公シャルルが、自らがガリア王位に就ける最大の根拠としていたのは魔法の才能。その魔法を使用出来ない娘をどう扱ったかは想像に難くない。
魔法を使えないような無能を嫁として受け入れてくれる貴族に、王位に就いたオルレアン公が望むようなバックアップが出来るとも思えない。せいぜいが、オルレアン大公家に寄生するのが目的のダニかサナダムシ程度の家となるでしょう。
……つまり、今のタバサはこう考えている可能性が高い。
自分はただ、魔法を上手く使う事が出来たから両親に可愛がられていただけだ、と。
シャルロットと言う名前を否定し、自らの両親。子を捨てるような親は否定されて当然だとは思うが、両親を否定したタバサ。
これではどちらが本当のシャルロット姫かと問われると流石に……。
しかし――
ガリア領のアルザスを自領に加えたと言うのでなければ、ゲルマニアが新たに得た領土と言うのは一体……。
「既にトリステイン王国と言う国が滅んで、北は神聖ゲルマニア=トリステイン帝国の一部に。南は新たに起きた大小の貴族の同盟ネーデルランドと言うふたつの国に分裂しているのです」
心の中のみで発生した疑問に答えるように、ダンダリオンが言葉を続ける。
成るほど。つまり、今のガリアの周辺には真正の、簒奪者シャルルにより奪われた今のガリアではなく、それ以前の祖王からの血を引く真正ガリア王国=アルザス侯国と、かなり小さな単位だと思われるがネーデルランドと言う国が新たに興り、ゲルマニアがトリステインの北部を呑み込んだと言う事か。
まぁ流石に、虚無の担い手を嫁にしたハルケギニア的な英雄。それも始祖の血を引くと言われているガリア祖王の血を引く人間が、成り上がりのゲルマニアの下に、……確かに実質は分からないが、名目上付く訳はないか。そう考える俺。
ただ、ゲルマニアがトリステインを呑み込む事は以前からの既定路線。俺の記憶が確かならば、ゲルマニアの皇太子ヴィルヘルムと、トリステインの女王アンリエッタとが結婚して、将来的には両国が統一される事となっていたような気がするのだが……。
そして、トリステインの南と言う事は、ガリアの影響が強く、更に新教の影響が強い地域だった……と思う。そもそも俺が居なかったのは、地球世界とハルケギニア世界との時間の流れが同じならば、二か月足らずの間。その程度の時間で、既定路線通りの北部の方は未だしも、南部のネーデルランドなどが簡単に出来上がる訳はない。ある程度の浸透は平時の内に行われていたと考える方が妥当でしょう。
つまりこれは、新教に属する連中が、旧教に支配される事を嫌い起こしたクーデターか。こりゃ、アルビオンで新教に対する迫害がかなりのレベルで行われた可能性も高いな。そう考える俺。確かに、地球世界のクロムウェルが行った旧教に対する弾圧は、言ってみれば形を変えた十字軍。自らと違う宗教の連中を、当時のヨーロッパ人がどう言う風に扱ったかを考えると……。
何故、それまで伴天連に対して友好的だった秀吉が、急に伴天連追放令を発したのか。その理由をある程度知って居れば、当時のヨーロッパ人の性根と言う物が見えて来ると思う。
それにどうも、今回のトリステイン分裂の裏側にはガリアが居るような気もするので、この事態を起こしたのはガリアとゲルマニア。更に、ゲルマニアの後ろ側にはロマリアも居る。そう言う訳でしょう。
大国や宗教の都合で分断された国家か。確かに地球世界のオランダとベルギーも似たような形で二つの国に別れたような記憶がある。それに、あの地球世界で見た夢。タバサが王太子の護衛騎士隊を率いて攻めて居た都市はトリステインのラ・ロシェール。あそこは確かトリステインでは南部に位置する都市だった……と思う。
あれが単なる夢などではなく、現実に行われた作戦だった場合、その意味は何となく分かるような気がするな。
「成るほど、それなら無期限に延期されていたトリステインのアンリエッタとゲルマニアのヴィルヘルムの婚姻が為されたと言う事か」
ゲルマニアとしては妙に急いだ感は拭えないけど、それはおそらくトリステイン南部の貴族たちにガリア王国と新教……いや、最早ガリア正教と言うべきソレの浸透を警戒して急いだと言う事なのでしょう。
そもそもトリステインの現王家はどちらかと言うと新教寄りの考え方をする王家。そして、ゲルマニアに皇太子ヴィルヘルムが居るように、ガリアには王太子ルイ……つまり俺が居る。
共に未婚。確かにガリアの王太子には婚約者のオルレアン大公の娘が居るが、彼の大公は一時期反逆者の汚名を着せられている。
いや、違うな。知っている人間は知っている。それが汚名などではない事を。オルレアン大公が王位を望み、その為に多くの空手形を切り、その約束を信じて彼が王位に就く事を支持したガリア貴族たちが多数居た事を。
つまり、このオルレアン大公の娘には実家の後押しがゼロ。更に、ガリア国内にオルレアン派と言う貴族の派閥が存在したのは過去の話。有力貴族の大半が既に彼岸の彼方に旅立ち、表だってオルレアン大公の遺児シャルロット姫の後押しをする貴族は存在しない。
彼女の後ろ盾と成っているのは、表向きにはマジャール侯爵。しかし、少し見る目がある人間ならば、本当にオルレアン大公家当主シャルロットの後ろ盾は現ガリア王ジョゼフである事は簡単に見抜く事が出来ると思う。
その理由も直ぐに察しが付くレベル。要はオルレアン家と現王家が王位を巡って争う事に因って乱れかけた国内をもう一度まとめ上げる為。そして、その役目は既に終わっている事も簡単に分かるでしょう。
そして、旧教は生きている間に離婚する事を禁じているが、新教に関してはそのような戒律はない。
……と言うか、シャルロット姫と王太子ルイは未だ結婚した訳ではない。
つまり、トリステイン王家と言う高貴な血筋と、未だ衰えていない実家の後押し。今現在アンリエッタ女王が持つ物、これらはかなりの武器になる。……そう考えたトリステイン南部の貴族連合に因って、無期限延期状態となっているゲルマニア皇太子ヴィルヘルムとの婚姻を破棄。新たにガリア王太子ルイとの婚姻を画策しようとする一派が現われたか、その危険性を危惧したゲルマニアがアンリエッタとヴィルヘルムの婚姻を急いだ可能性はある。
その証拠となるには少し根拠が薄いような気もするが、無期限延期状態となっていたアンリエッタとヴィルヘルムの婚姻の儀の日取りの発表が為されていなかった事が挙げられると思う。
流石に王位を持つ者同士の結婚式は盛大になる物だし、これほどの相手同士なら招かれる連中も各国首脳クラスとなる。まして、ロマリアから教皇自らがやって来たとしても不思議ではない。
しかし、少なくとも去年の年末。俺がこの世界に居た時点までそのような発表はなかった。これはかなり異常な事態だと思う。
特に、今険悪なガリアとその他の国との間柄なのだが、こう言う場に招いて、その場でトップ同士……は流石に難しいけど、少なくとも王太子ぐらいは呼び出せると思う。その次期王たる王太子ルイと皇太子ヴィルヘルム、更に運が良ければ教皇聖エイジス三十二世との間で会談が持てる可能性はある。
そのようなトップ同士が直接会話を交わす事によって関係が改善された例は歴史上枚挙にいとまがない。
しかし現実には――
「何にしてもアンリエッタ姫とヴィルヘルムの正式な婚姻が発表されて、トリステインの北半分がゲルマニアに呑み込まれた」
この事実だけは動かし様がないのか。
あまりの急激な変わり様に、イマイチ思考が追い付いていない俺。こりゃ年末から新年に掛けての短い間にどれだけの事件が起きたのか……。
実際、現状の戦争自体はガリアに有利な形で進行しているようなのですが、俺の立場としては戦争に勝つよりも、世界の気の流れを正常に保つ事の方が重要なので……。
世界に対して現在の状況がどの程度の影響……おそらく悪影響を与えているのかを考えると、非常に頭が痛いと言わざるを得ない。そう考える俺。
しかし――
「違う」
しかし、今度は自らの右側に座る少女から、一体何に対する否定なのか分からない言葉が発せられた。
そして、
「そう、違うね」
我が弟ながら、少し世界を甘く考え過ぎじゃないかね。
……やれやれ。お姉ちゃんはあんたの将来が心配だよ。そう言わんばかりのイザベラ。御丁寧にわざわざ肩を竦めて見せて居るのは愛嬌の心算なのか?
但し――
但し、俺はあんたの弟として産まれた覚えなどないのですが。
そもそも、俺の推測の何処に甘い部分があるのか。心の中だけで少なくない反発を覚える俺。もっとも直ぐに、その考え自体が妙に子供っぽい事に気付き、少し反省をしたのだが。
そう、よくよく考えてみると、俺の知らない情報があればこの仮説は瞬間に吹っ飛ぶ類のあやふやな物に過ぎなかった。そう気付いたから。
しかし――
「矢張りシノブは無能なのです」
オマエはカトレアの存在を忘れているのですよ、シノブ。
カトレア……ルイズの姉の事か。前世で白娘子と融合させて、失った魄を補わせたのだが、彼女の魄を奪い去った存在との戦いは……。
結果、今回の人生で彼女はどうやら、その融合された状態の魂のまま転生。そして、前世と同じように魂魄に傷を……。いや、ある意味前世よりも酷い状態で俺の前に現われたのだった。
前世の俺は彼女こそがトリステインの『虚無の担い手』だと考えていたのだが……。
沈思黙考。そう言えば、カトレアが何故、風の精霊王の元に現われたのか。その理由が分かって居なかった。
おそらく何モノかに襲われて魂魄に回復不能の傷を受け、残った白娘子の部分がかつての仲間であった風の精霊王の元に逃げたのでしょうが……。
「オマエが異世界に送り出される前の日。突如国境を侵したゲルマニア軍に、アルビオンとの戦争中のトリステインは為す術もなく敗れ、王都トリスタニアは反乱を起こした旧教に属する貴族連中が掌握」
中でも貴族はおろか、一般的な民衆にも嫌われていたマザリーニ枢機卿の邸宅には多数の投石が行われ、見るも無残な状態となったのです。
まるで見て来たかのような口調でそう言うダンダリオン。
しかし……マザリーニ枢機卿。それに投石。
心の中で何かが引っ掛かっている俺。いや、其処に繋がる更なるキーワードはアルビオンと清教徒革命。
つまり、トリステインで起きたこの事件は地球世界のフランスで起きた『フロンドの乱』なのでは?
あの事件は確か、三十年戦争を継続する為に重税を課した事に対して貴族や民衆が反発した為に起きた事件。
そして現在のトリステインはアルビオンとの戦争を行う為にかなりの重税を掛けているのは事実。更に言うと、然したる理由もなく誅殺された自らの両親。その仇を見事に打った白き国の聖女ティファニアの治める国に対して、戦争を吹っ掛けた現トリステイン王家に対する反発……旧教を信じている貴族や民衆の中に、ある一定以上の不満が存在していたのも間違いない。
今のガリアに枢機卿はいない。完全に国王が親政を行って居る以上、ガリアにはマザリーニ。……ジュール・マザランが現われる事はないので、地球世界で起きた事件の歪なパロディ化の如き事象が起きるのなら、フロンドの乱がトリステインで起きる可能性は高い。
そして――
そう、初めからトリステインには貴族や民衆が反乱を起こす下地はあった。
更に、根こそぎ動員を行い、その全兵力をアルビオン戦に投入していたのも事実。
更に更に、旧教が非常に強いゲルマニア。そもそも皇帝自体が還俗する前は旧教の聖職者だった。そのような国に対して、かなり新教寄りのトリステイン王家。元々水と油に近い相手を信用し切って、無防備な背中を晒したトリステイン王家の方にもかなりの非があるのは間違いない。
大体、アルブレヒトが王位を得た経緯は、トリステイン王家の方も知っていたはずなのだが。
「国境付近に領地を持っていたヴァリエール公爵一家の生死は不明」
王都に居たマリアンヌ皇太后はゲルマニアを支持する貴族たちの手により拘束され、マザリーニ枢機卿は拘束後、生死不明。
アルビオンとの戦争の指揮をラ・ロシェールで執っていたアンリエッタ女王も同日夜、逆に攻め込んで来たアルビオン軍との戦いの後、行方知れずに。
無機質な声で事実だけを淡々と告げるタバサ。
国王不在の王都では不満のある貴族や民衆の蜂起。国境からは場違いな工芸品で武装したゲルマニア軍の侵入。
こりゃ、余程の諜報組織を有した王家でなければ。更に、強力な軍を持っていなければこの企ては成功するしかない。
つまり、トリステインに対してもガリアと同じような策謀をゲルマニアは企てていた、と言う事。そもそも、トリステインがアルビオンとの戦争になだれ込んで行った理由は、そのアルビオンが行った宣戦布告なき戦争に対して国内世論が沸騰したから。
まして、その戦闘。トリステインとアルビオンとの間で行われた戦闘がトリステイン側の圧倒的な……むしろ神がかり的な勝利で終わった事もその事に対して拍車を掛けた。
貴族に有るまじき不意打ちを行ったアルビオンを打つべし、と言う異常に強硬な世論が。
結果、トリステインとしては引くに引けない泥沼の戦争へと突き進んで行く事となった。
もし……。
もし、その部分にゲルマニアの細工が存在していたとしたのなら。そのトリステイン国内の世論をゲルマニアが操作していたとしたのなら。ゲルマニアがアルビオンとの戦いに対して戦力を送ると裏で約束をしていたとすれば……。
しかし、う~む、ややこしいな。
「つまり、トリステインはアルビオンとの戦争に負けて、去年の年末にアルビオンに攻め込んで居た地上部隊は追い返され、逆にアルビオン軍にラ・ロシェールの港に攻め込まれた挙句、其処で指揮を執って居たアンリエッタ女王は行方不明に。
そして、その前日に攻め込んで来て居たゲルマニア軍を、王都で反乱を起こした現王家に不満のある貴族たちが受け入れ、マリアンヌ皇太后の身を押さえた彼らが現在のトリステインの実質的な支配者となった。
そう言う事なのか?」
それで、その事に不満と、かなり大きな危機感を持った新教寄りの南部の貴族たちが寄り集まって国を作り、その混乱に乗じてガリアも王太子の護衛騎士団とタバサと言う切り札を場に晒した……と。
トリステインの立場は微妙だが、元々、国力に見合わない無理な戦争をアルビオンに吹っ掛けた段階で、こうなるリスクは織り込み済みでしょう。それでも、虚無魔法を押し立てて、戦争に勝てたなら得る物は大きいと考えて、アルビオンとの戦争に踏み切ったはず。
もっとも、俺の記憶が……。前世の記憶と今の人生の配役に大きな違いがないのなら、アルビオンのティファニア女王も虚無の担い手。俺が立てた仮説。虚無に魅入られるのは王家の血を引く不幸な人物と言う設定にも当て嵌まる。
故に、最後の最期の瞬間まで、その虚無魔法と言う切り札を隠し通したアルビオンがトリステインとの戦争に勝つのも理解出来る。
おそらく、戦乱が続いたアルビオンには真面な海軍……と言うか、空軍力が不足していて、トリステインの侵攻軍。無敵艦隊を水際で阻止する事が出来ず、最初から本土決戦を挑む心算でトリステイン軍の上陸を許し、そのままズルズルと撤退する振りをしながら焦土作戦を展開。
本来なら首都ロンデニオンに近いはずのポーツマスの軍港にトリステイン軍が上陸する事もなく、何故か遠いロサイスに上陸したのも、もしかするとアルビオン側に何等かの策謀があったのかも知れない。
そして、伸び切ったトリステインの補給路を海賊行為で脅かしながら機会を待っていたのでしょう。
旧教で繋がるゲルマニアが動き出すのを。
「大まかな処ではそれで間違いではないよ」
小さく首肯きながら、そう言うイザベラ。
成るほど。ただ、大まかな処で……と言う部分に若干の引っ掛かりを覚えるけど、その辺りは大きな問題でもないのかも知れない。
但し、俺の仮定が正しいとすると、その混乱した中でガリアは自らの国土と権益を守る為に、トリステインの南半分に自分たちに対して友好的な国をひとつでっち上げた挙句、傭兵として表向きには身分を隠した王太子の護衛騎士団とタバサを投入し、ラ・ロシェールの港をアルビオンから奪い取った……可能性が高いのですが……。
もっとも、その代わりに自国内からアルザス地方が独立して仕舞ったようなのですが。
しかし……
「五十点」
後書き
それでは次回タイトルは『虚無と五路侵攻』です。
ページ上へ戻る