kissはいつでも無責任!
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生まれつきの特殊能力だぁ? ロクなもんじゃないよね!
暑い。死ぬほどむし暑い。右側を見渡せば防波堤の先に大海原が広がっているが、今はそれですら清涼感を与えちゃくれない。入ったとしてもぬるいに決まってる。
ともかく――尋常じゃなく暑い。日焼け不可避。ジリジリ輝く陽光がまるで悪魔のようだ。
その下で照らされつつも、僕は堪えて歩を進めている。
「水族館に向かって全速前進、ヨーソロー!」
「あー、うんうんわかった」
我が左腕にぎゅっと密着して離れない、この娘を連れて。
暑い理由が温暖気候のせいだけだと? そんな訳ないでしょうに。彼女がべったりくっついてくるから割り増しでしんどいのだよ。
真夏の太陽と同等……いや、それ以上に容赦ないこの女の子は――渡辺曜。
何が曜しゃないかって? あ、間違えた。何が容赦ないかって? こんな接近されたら理性が削られるだろうが!! 美女特有の甘い匂いが漂ってくるし、豊満な胸がさっきからずっと左腕にむぎゅむぎゅ当たりっぱなしなんだよ!!!
……うむ、いと柔らかし。
「あれ、鼻の下伸びてない?」
「間違いなく君のせい」
「えっ、ええ!? そんなはっきり……うぅ」
ニタニタしてからかってきた曜ちゃんに対し、僕は正直という名のカウンターパンチを返す。まさかの答えだったのだろう、彼女は気恥ずかしそうに縮こまった。可愛い。
ところで、衝撃の事実を明かしてやろう。まぁ誰に話しているというわけでもないが。一見して親しい間柄のような僕と渡辺曜ちゃん。その関係は……。
幼馴染み? カップル?
レンタル彼女? セ○レ?
とんでもないね。こんな可愛い娘とそれほどの仲になっちゃったら逆に困るわ。僕達の関係――――実は、赤の他人同士でしかない。それも1時間前に初めて出会ったばかりの。
勘違いするなかれ、彼女はビッチなどでは決してない。原因は僕にあるのだ。
「ねぇ。やっぱり水族館まで行くのは体力的に辛いから、そこの海辺じゃダメかな?」
「えー、行こうよー!」
……もう一度言おう、僕達はあくまで1時間前に知り合った赤の他人同士だ。彼女の名前に関してはついさっき知ったに過ぎない。
本来なら「どうしてこうなったー」という感じに騒ぎ立ててもおかしくない状況なのだろうけど、僕は驚きやしない。これはなるべくしてなった結果だから。
僕の名前は――旗口大颯。学校の同級生にはあだ名で「ダイソー」と呼ばれている。某100円ショップみたいなものをつけやがって。ふざけてんのか。あ、もしくは名字から「フラッグ」とも言われている。最近は面倒だからと「フラグ」と省略する奴もいる。……なるほど、どっちにしてもクソじゃないか。
まあいいや。僕はビジュアルといい学力といい、そこら辺の男子とたいして違いはない。しかしどこにでもいる高校2年生……といったら嘘になる。僕は特殊能力を持っているのだから。
――誰かとキスをすると、それが意図的であろうとそうでなくとも関係なしに……口づけを交わした相手を自分にベタ惚れさせてしまう。原理は不明だが、そういう理不尽かつ意味不明な能力が僕には生まれつき備わっていた。
今日初めて会ったばかりの曜ちゃんが僕にこれほど気を許しているのもそのためだ。
これに気が付いたのはまだ自分が幼稚園生だった時。だいぶ昔のことなので記憶は曖昧だが、僕は女友達と遊んでいた際に何かの拍子でキスしてしまったことがあった。すると今まで普通の仲だったその子が、明らかに僕へベタベタするようになったのだ。それが全ての始まりだった。
他にも過去に犠牲者は出た。愚かなことに、僕が効力を面白がって色んな人に試したからである。そしてこの能力――惚れ状態にしても再度キスすれば元に戻る。早い段階でこの事実も知ったので、なおさら遊んでしまった。
7歳の時に親戚のおじさんに試して襲われかけてからは能力の恐ろしさを理解し、以降はずっと封印し続けてきた。悪人や研究者に利用されても困るし。
「曜ちゃん」
「ん?」
「キスしてもいい?」
だが、1時間前方不注意に歩いていた僕はジョギング中の彼女と衝突、不運にも唇が重なり――能力を9年振りに発揮することになった。
くどいようだが、元々僕と彼女は赤の他人。だったらこの状況は非常に良くない。なんとしても効果を解かねばならない。
ただし……。
「そっ、それだけは……ダメ」
「やっぱりかーーいっ!!」
僕は心底絶望して叫んだ。
そう、この能力はメリットばかりではない。欠点もある。元に戻すにはもう一度キスする必要があるが、解除しようとすると相手がどういうわけか拒む。よって戻すのが結構難しい。
「頼むよ」
「ダメ! なんだかわからないけど、それをしたら今の私が私じゃなくなっちゃうような気がするの!」
ほい、この通り。どうしようもなくなってしまう。
「仕方ない、こうなれば」
「え?」
「Good-bye!!」
「あっ、ちょっと!?」
僕は彼女を置いて駆け出した。戦略的撤退である。すまない、今日会ったばかりの見ず知らずの娘よ……。
●○●○●○
「……ふぃ~っ」
あれからなんとか曜ちゃんをまいた僕は、(たまたまだが)淡島神社に続く階段を半分ほど上ったところにある途中地点の小広場へ逃げ込み、そこで一息ついていた。彼女はスピードと持久力があったが、そこは男女の差で辛勝。
「やべぇぞコリャ。うーん……」
事の重大さに一人嘆息する。考えていても仕方ないが、厄介なことになってしまったものだ。冷静に考えたら放置とか最悪じゃないか……。
かつて僕の能力にかけてしまった人は、苦労したものの最後にはちゃんと戻した。だから大丈夫かとは思うが――次はいつ遭遇できる? そもそもそんな機会自体あるのか?
「……喉乾いたし帰るか」
思考した末、ひとまずこの結論に至った。ハッキリ言って現実逃避である。僕は立ち上がり、もと来た道を下り出した。
――――だがその時。木々に阻まれて見えない下方から、何かが駆け上ってくるのが聞こえた。
まさか曜ちゃんか?
いや動じるな。ここまで追ってくるはずはない。もしこようものなら、もはやヤンデレだ。かつて僕の能力に侵された人は、デレデレになってもヤンデレになったことなどない。きっと別の人だ。通りすがりさ、そうであってくれ。
僕は動けず、固唾を飲んで棒立ちする。擦れる足音が近くなり、やがて上がってくる人物の影の先っぽが地面へぬっと伸びてきた。
「誰……なんだ?」
自分でも信じられないほど掠れた声が出た。無性に体が震える。悪寒が背筋をくすぐる。
ドクンと大きく鼓動が波打って――しだいにそれは減速し始めた。現れたのは、背中ほどまである長いポニーテールの髪をしたナイスバディな美少女。つまり知らない人だった。
「……あははは」
――びっくりしたぁ。
安堵と圧倒的脱力感のままに、僕は固く笑った。その後すぐ下りを再開した。いつもなら綺麗だなとか考えつつ、美少女を眺めたかもしれない。でもそんな気分ではなく、ただただ帰りたくなった。ぶっちゃけ気疲れした。
が、
「あ、待って待って!」
後ろから呼び止めがかかり、僕の歩行は中止を余儀なくされた。辺りは無人だったので、おそらくは美少女だ。できれば声をかけないでもらいたかった。
「……はいぃ?」
面倒くささにだらだらと振り返ると、やはりその娘。どういうわけか嬉しそうだ。
「君って、もしかして大颯くん?」
「うわ……なんで知ってるんすかねぇ」
見ず知らずの人に名前を言い当てられて思わず本音がもれる。なにこの人コワイ。
「やっぱり大颯くんか~久しぶりっ!」
「むぐっ――!?」
しかも突然、抱きつかれました。
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