ソードアート・オンライン~神話と勇者と聖剣と~
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ファンディスク:神話と勇者と断章と
ピース・オブ・レイ
ディザイアネス・グレゴリオ
前書き
このお話は『オーディナル・スケール』および『ホープフル・チャント』のネタバレを含みます。最低でもオーディナル・スケールをご観賞の後にお読みください。
親友が珍しく歌詞つきの歌を歌っているのを、セモンは剣の手入れをしながらきいた。少し、驚く。癖毛を揺らしながら特に意味もなく巨剣を振り回す彼――シャノンは、あまり歌詞つきの歌を好まないからだ。歌うとしても聖歌とか死葬曲とか、そういった宗教音楽ばかりを何故かセレクトしてくる、奇妙な趣向をしていることを、セモンは知っている。
しかしシャノンは機嫌が良さそうに、歌いながら剣を振る。つい一か月ほど前に習得した、《両手剣》派生エクストラスキル、《大剣》スキルのそのまた派生エクストラスキル、《巨剣》――扱いが難しく、現在の全プレイヤーの中で見ればあり得ないほど高いシャノンのレベルが無ければ、筋力値の最大値が不足し、スキルを上手く扱えないだろう、とさえ言われる、その廃人向けスキルは、マイナー厨の彼のお気に召した様で、最近は低いスキルレベルをいつでも上げている。
シャノンは半ばチーターだ。システムの抜け道というか、そう言うのを発見するのが異常に上手い。
レベル上げにはモンスターに与えたダメージとヒット数…大抵はどちらかが増えればどちらかが減る…から計算される経験値が必要となるところを、どちらもを稼ぐ奇妙な攻撃方法を発見したり。
ラグというか、SAOを統御する『カーディナル・システム』のわずかな処理限界を利用したスキルレベリングの方法を見つけ出したりとか。
もちろん、しばらくすれば、カーディナルがその『抜け道』を潰してしまう。けれどもシャノンは、すぐに新しい抜け道をまた発掘する。一体どこからそんなアイディアが出てくるのか、というかカーディナルってそんなに抜け穴多かったか、と、もう一人の親友――ハザードも頭を抱えていた。
そんなシャノンの事だから、彼のスキルスロットは殆どがエクストラスキルで埋まっている。本来ならば特殊な手順を踏んだり…例えば《体術》スキルがそのいい例だ…例えば対象スキルを一定以上使い続けるとランダム、あるいは非常に特殊な条件を満たした場合のみ発生したり…《刀》や《大剣》がそれである…するそれらを大量に持っているという時点で少々おかしいのだが、そこはまぁアイツだし、で済ませられてしまうのもまたおかしい。
だから今回も、何か新しいエクストラスキルでも習得して、そのスキル上げ条件が歌うことなのか――などと思ったのだが。
「ほう、その歌、『ウタちゃん』のものだな」
意外に上手いなお前、と、歌うシャノンに気が付いた、銀髪の青年――ゲイザーが、セモンの隣に腰を下ろしながら言う。
ゲイザーは2023年の五月、シャノンが連れてきた、情報屋を営む体術使いの男性プレイヤーだ。何でもシャノンとは以前からの知己だそうで、彼の提示したチートレベリングの方法を独自に改良し、彼もまた非常に高いレベルを有していた。話をよく聞くとどうもリアルでも面識があるような感じだった。シャノン/天宮陰斗の妹、天宮刹那の事を知っていたぐらいなのだからそうなのだろう。
セモン、ハザード、シャノンはリアルの知り合い。ゲイザーはシャノンと知り合い。もう一人、セモンの所属する、このギルド《聖剣騎士団》のメンバーには、コハクという槍使いの少女がいるが、彼女とはリアルでも知り合いではない……はずだ。時々ハザードが「本当に覚えていないのかお前」と呆れたような表情で問うてくるが、分からないものは分からない。セモンは昔の事はあまり覚えない主義なのだ。
――話が逸れた。
ともかくゲイザーは凄腕の体術使いであると同時に情報屋でもある彼が、そんなことを口にしたのだから、シャノンが急に歌うようになった理由も分かるかもしれない。
ところで。
「『ウタちゃん』? ……誰ですかそれ」
聞きなれない名前が出てきた。
ゲイザーはああ、と、無表情のまま頷く。
「『歌エンチャンター』の略だよ。《吟唱》なるエクストラスキルを習得している、ある女性プレイヤーの称号というか、二つ名だな。今は綽名の様に使われていると聞く。まぁ、一種のアイドルと言うか、吟遊詩人というか」
《吟唱》。SAOには音楽に関係するスキルがいくつかある。確かシャノン自身もなぜか《盤奏》なるスキルを習得していた時期があるが、今もスキルスロットに入っているのかは分からない。
しかしまたエクストラスキルか……と思案する。となるとシャノンの興味を引くのもなんとなく分からなくはない。
「はー……で、シャノンの歌っているのがその『ウタちゃん』の持ち歌だと?」
「そうだな。よく聞いてみると分かるが、NPC楽団が演奏しているBGMに歌詞を付けたモノだぞ」
「――――あ、本当だ」
今シャノンが歌っている曲のリズムは確かに聞き覚えがあった。確かアインクラッド第二十五層主街区、《ギルドシュタイン》のNPCたちが演奏するBGM。シャノン曰く中世のリューベックだかロンバルディアだか、そんな名前の都市と似たような景観だとかいうその街は、ギルドの本部を置くのに適したたしかに中世ヨーロッパ風の都市なのだが、ものものしい街名とうらはらにBGMはのどかで田舎っぽいのを覚えている。
なるほどここで謎の一部は解けた。
シャノンはアイドルとかそう言うのが嫌いな部類の人間に入るのだが、なるほどゲームBGMの流用ともなれば熱を上げるだろう。彼は聖歌好きであると同時に、かなりコアなゲームBGM好きだ。歌詞つきの歌を好まないシャノンだが、もともとは歌詞が付いていなかった曲に歌詞を付ける、という行いは非常に好む。自分ではやらないが。「そういう才能は僕にはなくてねェ」とは本人の談である。
「結構足しげく通っているらしいぞ、ライブ」
「ライブまであるんですか」
「ゲリラライブというか……突発的に主街区の転移門広場前に現れては、三曲だけ歌って帰っていくらしい」
「ほー」
「しかも出現する場所はほぼランダムらしくてな。全部聴こうと思うとかなり苦労する、と言う話だ」
またそんなドルオタみたいな作業をシャノンが好んで行うとは、いくらゲームBGMに歌詞を付けた曲だからとはいえ、面倒くさがりの彼にとってはかなり珍しいなぁ、以外にもファン精神みたいなのがアイツにもあるんだなぁ、とセモンがしみじみと思っていると、まぁ、とゲイザーが切り出した。そして非常に納得のいく答えが、セモンには与えられたのである。
「最初から最後まできちんと聞くと、曲別のバフがもらえるらしくてな」
「ああ、間違いなくそっちが目当てですね」
なんだ、感動して損した。
セモンは自分の表情が苦笑いの形になるのを、抑えることができなかった。
***
それから暫くの間は、シャノンが剣を振るときに歌っているのをよく見ることが多かった。コハクが「アイツ、あんな明るい奴だった?」と訝しがるくらいには、機嫌が良かったと思う。恐らくは自分で《吟唱》スキルを習得しようとして練習していただけだとは思われるが。
ただ――そんな日も、ある日突然、ぱたりと止んだ。シャノンの《巨剣》スキルが異様な速さで熟練度1000を記録したのと、ほぼ同じ頃だった。10月の半ば――アインクラッド第四十層が攻略される、少し前。
あとで聞いた話だが、この頃、『ウタちゃん』はモンスターとの戦闘で亡くなったそうだった。
シャノンは意外にも献花のような事を行いに第一層の黒鉄宮まで降りた。
それから一か月後。シャノンは自力で《吟唱》スキルを習得し、それをレベリングに役立てた。モンスターを自らにターゲッティングする歌で敵をかき集め、殺戮することで大量の経験値を稼ぐ、荒業。これは聖歌さ、とシャノンは嗤う。
そしてしばらく後に、《聖剣騎士団》は、全員一斉に特殊なエクストラスキル――俗称として『ユニークスキル』と呼ばれる力を手に入れた。
さらに暫くして。
シャノンは、攻略組の一団を、圧倒的なレベル差に物を言わせて血祭りに上げるという騒ぎを起こした。
現場に駆け付けたセモンは、彼が本来ならばゲーム内では発生しないはずの『血の海』の中で、笑いながら『死体』を切り付け続ける姿を見た。
生き残った幸運なプレイヤーは、こう言った。
「悪魔が、聖歌を歌いにやってきた」
と。
それから紆余曲折あって、ギルドは解散し、再結集し、セモンとコハクは結ばれ、SAOはクリアされ――
――歌姫が死んでから、二年と七ヶ月が経過した。
***
「~♪ ~~♪」
機嫌が良さそうに鼻歌を歌う親友の姿に、清文は少し意外な物を感じた。
「あ、YUNAの歌じゃないの」
「YUNA? YUNAってあの、ARアイドルの?」
「そうその。凄い人気よね」
へぇー、と、手を繋いで隣を歩く恋人の言葉に相槌を打つ。
「最近、お兄様は彼女の歌に嵌り気味でして……家でもいつも流しています」
そのARアイドルの歌を口遊む親友――陰斗のすぐ後ろを歩く銀髪の少女――彼の妹の刹那が、こちらを振り向いて苦笑した。
これには意外だ、という思いが清文の中で大きい。
陰斗は、大の電子音声歌手嫌いとして有名だ。音楽を再生するデジタル歌手のソフトが大流行して街中でいつでも流れていた時など、耳栓をして歩いていた位である。
そんな彼がARアイドルの歌を好むなどと、一体どんな心境の変化なのか。
「どうした陰斗。お前、こういうの嫌いなんじゃなかったのか? 流行ものだろ」
笑里の車いすを押す秋也が、意外そうに問う。それもそうだ。清文も気になる。
何せ、陰斗にはマイナー厨という側面がある。SAOこそやりたがったものの、元々はナーヴギアの中でも最も人気のないソフトを非常に気に入っていたはずだ。なんだったか、なんとかいう異様につまらない教育ゲームだった気がするのだが。いやまさか歴代ローマ皇帝の名前全部知らないと出来ない問題が出てくるとは思わなかったとかケタケタ笑っていた様な。
それはそれとして。いや、だからこそ。少々、以外で。
んー? と、左耳にかけられたAR端末――《オーグマー》をいじりながら、シャノンはこちらを向くと、にたり、と笑って答えた。
「いいんだよ、これは。聖歌だからね」
後書き
オーディナル・スケール良かったですね。所々ファンタジックでしたけどまぁそれはアンダーワールド編もそんなのですし。そもそも『神話剣』なんて言う、主人公からしてファンタジーな出自持ってる作品を書いてるAskaにとっては「漸く時代が余に追いついてきたようだな……」などと思いつつ観賞しておりました(オイ
なおシャノンはユナちゃんのファンですが、作者はエイジ君が好きです(爆)
ではでは。重村教授が意外と若かったのに驚きつつ、アンダーワールド編アニメ化を所望するAskaでした。
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